表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

 気づいたら、外は真っ暗になっていた。

夕菜も拓も部活動の生徒も帰って、僕は一人、教室に残っている。

 感傷に浸っていたとか、そういう繊細な理由じゃない。もう考えることはやめたから。

 「待っててくれてありがとう、瑞木くん」

 消えていた電気をつけて、茶天さんが教室に入ってきた。唇には、気分がいいのか微笑をたたえている。

 「どうして電気を消していたの?」

「暗いほうが、星が綺麗に見えるからね」

「ふふ。相変わらず不思議な人ね」

 僕がこの教室にいた理由は、茶天さんに話があると言われていたからである。 

 「それで、用って?」

「九十九さんのことなんだけど」

「・・・・・」

 机に乗ったまま、僕は茶天さんに目線をやる。

 「確認だけど、もう一緒にいないのね?」

「どうしてそう思うの?」

「だって昨日、言ってた。私みたのよ。コンビニに行く途中、あなたが緋翠ちゃんに会ったの」

「・・・・え?」

 あれ。

あれあれ?

どうして彼女がそのことを?

・・・・・・・・・・・・・・。

 ああ、もしかして。

「・・・へえ。それはまた・・・“奇遇”ってやつなのかな」

 僕は、一つのことに思い当たって、取り繕うようにそう言った。

「私の家瑞木君の家に近いの」

 茶天さんが笑うので、僕も笑った。

 「答えてよ。もう、緋翠ちゃんには関わらないのよね?」

 やけに僕の反応を求める茶天さん。なかなか頷かない僕に、少々イライラしているようにも見えた。

 でもだからって、僕は頷かない。うんとは、言わない。

 「ねえ茶天さん。僕、緋翠は吸血鬼じゃないと思うんだけど」

「・・・・・・どうして?」

「昨日、君も見たならわかると思うけど、首切り死体は首切り死体でしかなかったんだ」

「・・・は?」

「だから、首切り死体はどうしようもなく首切り死体だったんだってば。はは、こんな話教室でしてるってなんだかおかしいね」

「茶化さないでよ。なにが言いたいの?」

 茶天さんの声が少し怒気の含んだものになって、僕は本心から笑った。

面白い。

 「僕は最初、君から首切り死体の話を聞いたとき、映画みたいに首から飲んで、そのあとを消すために、隠すために首を斬ったと思ったんだ。でも昨日、実際に現場を見て、思ったんだけど、どう考えてもあの血の量は・・・水たまりになるほどの血の量は、血を吸った後じゃない気がしてね。首を斬ってから血を飲むのは、どうも効率が悪いし、“もったいない”」

「・・・・・そんなの知らないわ。連続して飲んだから、そこまで要らなかったとかじゃないの」

「それならそれで、リスクを冒してまで飲まなくてもいいと思うけど、まあ、もしお腹いっぱいだったとしても、首を斬り落とすまでしなくてもいいんじゃない?首を落とすのは結構な重労働だ。吸った後を、深く切りつけるだけでいい」

「何がいいたいのよ・・・」

「それともう一つね。君はどうして、僕がコンビニに行くって知っているんだい?」

「だから、あなたが緋翠さんに・・・」

 僕は笑顔を保つ。

 「僕は昨日、緋翠には“散歩”って言ったんだ。“コンビニに行く”なんて、言っていないんだよ」

 しまった、という顔つきで、茶天は唇をかんだ。顔に出過ぎである。

 「君は何を知っている?緋翠とどういう関係なの?」

「何も・・・」

「僕がコンビニに行こうとしたこと知ってるってことは、・・・盗聴器かな。僕結構独り言言うし。それなら僕の行く先々に君がいたことも説明がつく。あとは・・・ストーカーまがいなこともやってた?ああそれは腹ただしい。・・・ということで、これ以上嘘つくなら、怒るよ?」

 この十分後、僕は学校を飛び出した。



―――――――――――



茶天椎奈。彼女は一言しか言わないかった。

 「九十九緋翠は、公園の喫煙所に監禁してるわ」

 いやいや監禁って。なんて非人道的な。しかし彼女、恐らく二人

も、僕らをだますために殺して首を落としている。非人道的なんて言葉、今更のような気もした。

 茶天さんが嘘をついていたが、恐らく緋翠が吸血鬼なことは、違っていない。それは、緋翠本人が認めていた。

 そんなことがなんだ!・・・とは言えない。彼女が吸血鬼なら、今後も人を殺さなきゃいけないから。だから、だからせめて・・・。

 「・・・・・・・・」

 自分で考えた答えを噛みしめて、僕は公園にある喫煙所に駆け込んだ。

 遊具が少ない割には広い敷地の公園。この公園の端には、使われなくなった小さい喫煙所がある。この公園自体も町から外れていて、あまり人が寄り付かないこともあり、喫煙所は荒れ放題だった。

 そんな中に。

 割れた窓の破片が散らばる床に、両手両足を縛られ、ビニールシートを被された緋翠はいた。

 制服姿のところを見ると、学校に来る途中に拉致られたのか――――白い肌には殴られた跡があり、息も絶え絶えでひどく衰弱していた。

 「・・・緋翠」

 名前を呼ぶと、緋翠はうっすらと目を開いて、僕を見上げた。

「・・・・・・あ、ぉぃ・・・く、」

「・・・今縄をほどく」

 落ちているガラス片を拾って、手足の縄を斬った。力の抜けた緋翠の体を座ったまま抱えた。

 呼吸が荒く短い。病院に連れて行ったほうがいいのかな・・・。

 ・・・・・・・違う。

 彼女は、吸血鬼だ。吸血鬼なんだ。

 決めただろ、僕。

緋翠を、助けるんだって。

 「緋翠。僕の血を飲んで。そしたら少しは楽になるんじゃない?」

「・・・・・・」

「でも殺さないで。殺すギリギリでやめて。脳死になってもいいから。一生僕で我慢して。ほかの人を殺さないで」

「あ、おい、くん・・・嫌、です、飲みたく、ない・・・・・・」

「・・・緋翠が死ぬのは、嫌なんだ」

 ガラス片を手に取って、僕は首を切った。勿論、切り落とす真似はしないけど、深くは切れたはず。

 だから、僕の首からは鮮血があふれ出てきた。

痛い。ていうか熱い。

寒い。

 血の一滴が僕を見上げる緋翠の頬に落ちた。白い肌に赤い血はよく映える。

 緋翠の唇が震えた。瞳も、戸惑うように揺れている。

戸惑ってはいる――――が、期待に揺れていた。

 ・・・ああまずい。めまいがしてきた。

 もうなんでもいい。なんでもいいから早く飲んでよ。

君が吸血鬼になる瞬間を、僕は見たいから。

だから早く。

 「・・・・・葵・・・くん」

「・・・早く」

 カッと緋翠の目が見開き。

獣のように僕に噛みついた。

 その時の彼女の瞳は荒々しく猛々しく、野生のようだったが。

酷く美しくて。

僕は一生、忘れることが出来なさそうだった。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ