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枝垂丘高校

 僕は枝垂丘《しだれおか》高校に通っている。

一学年二百名五クラスの、普通科高校。

レベルは中の上くらいで、校舎も比較的綺麗なので、人気が高い。

 正直、僕は一番家に近いのを理由に入学しただけなので、そんなに人気があるとは知らなかった。

入学できたことが奇跡である。

しかし入学できたはいいが勉強についていくのは大変で、今の順位だって努力しないとキープできない。

楽した高校生活を送るのならもう少しレベルの低いところに行けばよかったのかもしれない。

 特に英語と数学は嫌いだ。

 だってほかの国語や世界史、かろうじて理科なんかは暗記をすればテストを乗り越えられるじゃないか。

 だけど数学と英語はそうもいかない。あれは基礎を知っとかないと駄目だ。

小、中学生のうちに先生たちは言っとくべきじゃないか?

今真面目に勉強しとかないと高校生になって苦労するぞ、って。

 「なに嘆いてんのよ」

先生に回収された小テストを見送って、机に伏せているとこんこん、と机を叩かれた。

顔を上げると、拓と、隣の席の森井夕菜が立っていた。

 夕菜は大きく丸い目が特徴的で、いつも短い髪をポニーテイルで縛っている。

 「葵、数学のテストどうだった?」

「聞くな」

「とか言っていつも俺らよりいい点数取るくせにー」

「きみらは授業聞かなさすぎなんだよ」

「授業中寝てる人に言われたくねぇよ」

「まぁまぁ。次は待ちに待ったお昼だよ!」

 両手を広げて言う夕菜。喜びを体全体で表現しているようだった。そういえば、彼女の学校に来る理由は友達と一緒に昼食を食べることだとむかし聞いたことがある気がする。

 「今日はあたし購買なの。だから付き合って」

「いいよ。じゃあそのまま食堂で食べちゃおうか。いい?拓」

「・・・・・」

「拓?」

 返事が返ってこない。

 拓は、僕らに背を向けて固まっていた。

 「拓?」

 夕菜が声をかけても無反応。どうしたのかと一度夕菜と顔を見合わせてから、僕は自分より背の高い拓の背中に手を伸ばした。

 「葵くん」

 しかし、あの甘い声に呼ばれ、僕の手は拓に届く前に止まることとなる。

 ひょっこりと、長い栗色の髪が拓の陰からのぞいた。

「お昼、一緒にしませんか?」

 「・・・・・・」

 そう聞いてきたのは紛れもない、コンビニのビニール袋を手に持った、九十九緋翠である。

 ああ、努力ってこういうことか、と思った。

昨日の帰り道での出来事が再生される。

そういえば、諦めないみたいなことを言っていたか。

 事情を知らない夕菜が、学校でも指折りの美少女に僕がお昼に誘われていることに対して固まっている。反対に事情を知っている拓は、恨めしそうに僕を見ていた。そんな顔で見られても。

 「ど、どういうこと葵。なんで緋翠ちゃんが、」

「えっと、」

「死ね。葵」

「なんでだよ」

 「葵くん」

 九十九が僕を呼ぶ。相変わらず砂糖菓子のように甘い声だった。

 「駄目、ですか?」

 幾分か不安そうな顔だ。

そっか。お昼に異性を誘うって、結構勇気がいるものなのか。

しかしこういう場合、どうしたらいいものなのだろう。経験不足の僕にはわからないぞ。

 「うぅん・・・」

 僕が唸ると、九十九は不思議そうに首をかしげた。

「・・・・」

 僕も真似をしてかしげてみる。

 そんなことをしていると、後ろから拓と夕菜に背中を軽く押された。振り向くと、二人とも中指を立てている。なんなんだ。

 「・・・じゃあ、一緒に食べようか」

 この調子なら、拓と夕菜も気を悪くしないだろうと思い、僕は九十九の誘いを受けた。

 「私たちも購買に行こうか拓」

「そうだな。裏切り者なんて置いて」

「行こ。女顔チビなんて置いて」

「早く行け」

 気は悪くしないが毒は吐くらしい。

 二人が教室を出ていくのを見計らってから、僕は自分の席に座った。

 教室に人気が少ないのは、たんに屋上や中庭で食べる人が多いだけではなく、学食および購買の人気が高いのも関係しているだろう。

種類も豊富で、しかも美味しいらしい。

 僕は毎日節約のためお弁当持参なので食べたことがないが。

「あ・・・教室でいい?もし屋上とかが良かったら・・・」

「いえ。ここがいいです」

 九十九はにっこりと笑って、僕の前に向かい合って座った。

 「嬉しいです。葵くんと一緒にお昼を食べることができて」

「僕と食べても会話は弾まないと思うよ?」

「いいんです。一緒にいるだけで幸せですから」

 おおう。

今のはぐっと来た。

 本当、なんでこんなにかわいい子が僕なんかに告白してきたんだろう。

 緋翠は手に持っていたビニール袋を出して、サンドイッチを取り出した。手作りでも購買のでも無く、コンビニのものだ。

 「葵くんはお弁当なんですね。お母さんの手作りなんですか?」

「あ、いや、・・・自分で」

 まさかお母さんは死にましたなんて言えるわけもなく、だからと言って嘘をつく気もなかったのでそう答えた。

 自分で作った、と言うのもなんだか少し恥ずかしかったが、九十九は素直に驚いたように、目を開いていた。

 「すごい・・・料理できるんですか?」

「う、うん・・・」

「・・・じゃあ葵くん、料理できる子が好みだったり・・・?」

「いや?特に気にしないけど・・・」

「そうですか・・・」

 ほう・・・と、九十九は息を吐く。それさえも絵になるのだけど、あれ、もしかして僕今、アタックされ中?

 「葵くん」

「うん?」

「昨日、私が好きになってもらえるよう努力する、って言ったこと、忘れてたでしょう」

「・・・・・」

 なぜわかる。

 「まぁ、いいんですけどね・・・」

「・・・ごめん」

「いえ。そのかわり、いまからするいくつかの質問に答えてください」

「質問?」

「はい」

 ぱくり、とサンドイッチを一口咀嚼してから九十九は言った。

まぁ、質問くらいならいくらでもいいんだけど、と僕は切られたソーセージを口に入れる。

 「好きなこのタイプはなんですか?」

「ぶっ!」

 危うくソーセージを吹きかけた。

 初っ端からなんて質問を・・・

 「どうかしましたか葵くん」

「いや・・・」 

 うう、この、あからさまにアタックされてます雰囲気はちょっと苦手かも。背中がむずむずする。

 「特に・・・ないけど」

「ない!?」

 九十九が、悲鳴にも似た声を上げた。

教室に残っていた数人が、一斉にこちらを見る。やめてくれ。

 「ないんですか・・・?好きなタイプ・・・」

「う、うん・・・」

「健全な高校生が?」

「えっと・・・」

「流石・・・女の子に告白されて好きじゃないから付き合わないとか言うだけありますね・・・」

「わぁぁぁぁ!?」

 やめてやめて!クラスメイトの目線が刺さる!

 「じゃあ・・・うぁぁ・・・好きなタイプが無いとなると何を聞いても駄目な気がしてきましたーーー!」

 頭を押さえて目をぐるぐる回す九十九。この子、こんなキャラだったっけ。

 「ううう・・・」

「だ、大丈夫・・・?」

「は!」

「え?」

「大事なことを忘れていました!」

 きらん、と彼女の目が光った。落ち込んだり元気になったり、忙しい子である。

 「明日、七月十二日、私の誕生日なんです」

「・・・ん、おめでとう」

「ありがとうございます。それでですね、葵くんにぜひともお祝いしてほしいのですが」

「いいけど、そんな大したことはできないよ?」

「明日、私にお弁当を作ってきてください」

「・・・ん」

「そのかわり私のサンドイッチあげますから」

 にっこにこな九十九。

別に断る気もないが、しかしそんなものでいいのだろうか。

拓は僕のご飯を美味しいと言ってくれるけど、女の子の口にあうかわからないし、美味しいものになるかもわからないのに。

 「お願いしますね、葵くん」 

 ・・・まぁいいか。

今日中に作って、拓にでも味見してもらおう。

 「わっかたよ、九十九」

「・・・名前」

「へ?」

 ぴくり、と九十九が反応した。

 「緋翠、って呼んでください。葵くん」

 九十九は僕の名前を強調する。自分も名前で呼んでいるから、僕も名前で呼べと、そういうことだろうか。

 別に、かまわないけど、

 「早く!」

「あ、うん」

 黙っている僕を、九十九は急かす。

 だって、黙りたくもなるだろう。

名前を呼ばれるのを待つだけで、そんな、不安そうに、だけど期待も込めたような目で見られたら――――――

 「―――――緋翠」

「っはい!」

 ふにゃり、緋翠の顔がとろけるような笑顔になった。

 ああもうこの子は。

 あわてて目を逸らす。

名前を呼んだだけで、あの笑顔。

これは、くる。

 「葵くん?」

「・・・なんでもない」

 卵焼きを口に入れる。

 やたら甘い気がした。

 












 

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