彼女
流血、残酷描写がございますが、それらを推進しているわけではありません。
物語はすべてフィクション です。
じゅるじゅると、何とも言えない音が室内と体内に響く。
体中が痺れ、だんだん指先も冷たくなってきた。
なんだか、このまま死んでしまいそうな気がして、怖くなる。
(・・・それでも)
右手を動かして、自分の首に噛みつく吸血鬼の腰に触れた。
少し震えていたように思えたのは、僕の手が震えているのか、それとも、
どうでもいいんだ。
誰が殺そうとも、誰が死のうとも、誰が血を吸おうとも、誰が血を吸われようとも、
九十九緋翠が吸血鬼であろうとも。
―――――――――――――――
「好きです」
甘いお菓子のような声で、そう言われた。
同じ学校のクラスメイト、 九十九緋翠に。
甘栗色の長髪は細くサラサラで、目も大きく愛らしい。頬は少し桃色に染まっていて、しかしそれに負けないくらいに唇は桜色。そして、彼女の一番の特徴の、透明感ある白い肌はそれらのパーツを引き立たせていた。
ここまでの描写で察してもらえるように、九十九は美少女だ。
しかも成績優秀で、性格もいい。
彼女への告白は入学式から三か月経った今でも絶えないと聞く。
なのに。
そんな学校のアイドルが、帰り道を待ち伏せして僕に告白している。
僕なんかに。
彼女とはそんなに親しくはない。クラスメイトだから、少し話したことがあるだけで、友達ですらなかった。
「えっと、僕に言ってるんだよね」
「ここには貴方と私しかいません」
おおう。
まあ、そうなんだけど。
ここは住宅街だというのに人が歩いていないのは、たんにこの町が田舎だからだろう。
「ごめんなさい」
とりあえず、頭を下げた。九十九の、白い足が見える。
「・・・どうして?」
「九十九のこと、あんまり知らないし」
「付き合ってから知ろうとか、」
「それはなんか違う気がする」
「彼女が欲しいとは思わないんですか?」
「うん。特には」
「・・・そう」
少しトーンの落ちた声に頭を上げると、顎に手を当て、目線を下げる九十九がいた。
その姿は落ち込むというより、何か考え込んでいるように見える。
「うん・・・。そうよね。瑞木くんはそういう人よね・・・」
「え?」
「いえ。こちらの話です」
にっこり。
油断すると口元が緩みそうなほど可愛らしい笑顔を見せ、九十九は言った。
「では、好きになってもらえるまで、努力することにしましょう」
・・・ん?
なんだって?
それは、諦めないということで、
この話はここで終わりじゃないということか?
「だって瑞木くん。私のことをよく知らないって言ったでしょう?」
「・・・うん」
「だったら、よく知ってもらえばいいんです」
―――ちゅ、
「・・・えぅえ!?」
九十九の顔が近づいてきた、と思った瞬間、頬になにかやわらかいものは触れた。
慌てて九十九から飛びのいて、恐らく九十九の唇が触れたであろう左頬を左で押さえる。
ああやばい。自分の頬が、以上に熱い。
飛びのいた僕にやや残念そうにしながらも、九十九はクスリと笑って、それではまた明日、と小さな手のひらを僕に向かって振る。
彼女の白い肌に。夕日が差していた。
―――――――――――――――
「緋翠ちゃんに告られて、しかもほっぺにちゅうされた!?」
「声が大きい」
住宅街から少し離れた僕の家。
リビング+四部屋ある、立派な一軒家だが、住人は僕一人だ。
両親は二年前に交通事故で亡くなってしまい、兄弟も、親戚もいなかった僕は自然一人になった。
それが、中学二年生の春のこと。
手続きやらなんやらは、いま僕の目の前で騒いでいる親友、桜間拓の両親がすべて行ってくれ、両親の貯金もあったので生きることに支障はなかった。
ただ、寂しかったけど。
あの時の僕は自暴自棄になって、拓の両親が一緒に住むよう誘ってくれたけど、それも拒否してた。
家に閉じこもって、学校も行かないで、ご飯も食べなかった。
それでも拓は、毎日家に来てくれたんだっけ。
今では拓が毎日こうして家に来て、泊まったり、晩御飯を食べていったりしてくれているから、家に帰っても寂しくない。
この親友には、とても感謝している。
「この裏切り者!なんでこんなやつが!ちょっと頭いいからって!ちょっと運動神経いいからって!女顔のくせにぃぃぃ!今すぐ絞め殺してやる!」
「ちょっと。今きみの評価上げてあげたんだから、自分から下げるようなことしないでよ」
「俺の緋翠ちゃんがぁ!」
「きみのじゃないし。ああもう僕のベッド殴らないで」
バタバタと暴れているが、この男。ちゃんとすればかなり格好良いはずだ。確か。
長身で、目も切れ長。鼻も高く、大人な印象を与える容姿をしている。
中身が顔に似合わず子供っぽいのが傷だが。
「つーか何フってんだよ!お前は馬鹿か!この贅沢者!」
「付き合ってたら付き合ってたで怒るくせに」
「当然」
「・・・・・」
「俺の親に言ってやろ。葵君がプレイボーイになりましたって」
「変な嘘をつくな!」
いいなーいいなー、と、しきりに呟きながら拓は僕の部屋中を転がる。器用なことが出来る奴だ。
ていうかきみ好きな奴他にいるじゃん。
暫く、ごろごろ転がる拓を眺めていたが、それにも飽きてきたので晩御飯を作ろうと立ち上がった。
ぴたり、と同じタイミングで拓も動きを止める。
「どこ行くんだよ」
「晩御飯作りに」
「ハンバーグ希望!」
「一昨日食べたでしょ。今日はパスタだよ」
「じゃあナポリタン希望!」
「・・・いちいち嗜好が子供っぽいな」
僕はたらこがいい。
拓を置いて、階段を降りる。
僕の部屋で拓は、美味いの作れ―、だの、手を抜くなー、だのぼやいているが、じきに本でも読み始めるだろう。
階段を降りて、キッチンへ行き、僕はケチャップを冷蔵庫から取り出した。