♯07 連休終了と攻略データー
久し振りの登校に思えるが、実はそうでもない。平日がたったの2日、休みになっただけ。その連休も滞りなく消化され、いつもの日常が戻って来ただけだと言うのに。
弾美のクラスと言えば、朝から早くも気だるい雰囲気が漂っている始末である。こんな調子で一日持つのかという感じの、休み気分の抜けていない生徒もちらほらいたりする。
弾美に限って言えば、仲間と会うのも部活動も、楽しいイベントの一つではある。
同級生でありサブマスの進が、クラスの友達からファンスカの限定イベントの情報を入手するのは、案外と容易かった。連休中に脱落した者も意外と多いのを耳にして、自分の中の情報と照らし合わせてみる。
午前中最後の休憩時間の賑わいの中、進はポケットからメモを取り出して弾美に見せた。二人して窓際に陣取って、いつもの他愛ない遣り取りに見えるが――まぁ、他愛ないと言えば他愛ないのだが。
ファンスカの期間限定イベントの、諸々の中間報告が公式サイトから発表されたらしい。専用のホームページから、朝の内に進が主だった内容を書き写したのが、メモの内容だ。
「へえ、早解き挑戦者が7割以上……遅解きはたった3割か。って言っても、ただ単に攻略が遅れているだけの奴等もいるんじゃね? 俺もだけど」
「今回はどっちのルートも正解だってさ。早解きでも性能のいい装備入手出来るし、何より中立エリアで限定装備を買い占めれるしな。遅解きはNMから術書や装備を入手出来て、レベルのアドバンテージは後で役に立つそうだって書いてあったよ」
「進、レベル幾つって言ってたっけ? 早解きで何かいい装備貰えたのか?」
「今レベル14でステージ6の攻略中。そこをクリアすると、地上に出れるらしいけど。早解きで3回くらい、パーティ全員が迅速の装備シリーズ貰ったっけ。器用度とか腕力とか、火と雷対応だったかな? あと、武器防具屋で色々いい装備が買えたよ」
「へえ~、迅速って名前、そのまんまだな。進達は、もう地上見えてるのか」
そう言えば、地上に出るのが取り敢えずの目標だった。何とかの大樹に養分を吸い取られたんだっけ。すっかり忘れていたが、魔女も黙って冒険者達を解放してはくれないだろう。
そもそも、妖精は何故にカバンに入っていたのか、外に出たらどんなイベントが待っているのか? 限定イベントも、ようやく5日が過ぎたばかりである。
設定や攻略情報など、色々と興味は尽きない。
情報交換は授業開始のチャイムに中断され、進はまた後でと言い残して自分の席へと戻って行った。弾美は次の授業のテキストの用意に、カバンを漁り始める。
その経緯を見ていた、隣の席の委員長――星野亜紀が呆れた調子で弾美に話し掛けて来る。
「呆れた……休み中、ずっとゲームしてたの、立花君?」
「ずっとじゃないよ、イベントは2時間限定だし。でも、旅行とかには行かなかったな、遊んだのは近場ばっかり」
「……津嶋さんも、一緒だったの?」
探るような訊ね方。瑠璃は学年でも有名な頭脳の持ち主らしく、全国統一模試で凄い点を取って以来、広く名前を知られるようになっていた。エスカレーター式の付属学校で、ほとんどの者が顔見知りで学園生活を送る中、そういう噂は広がるのも早い。
元々小学校の頃は、瑠璃はクラスでも変わり者の子供という認識が強かった。そのせいで中学に上がっての豹変振りに、周囲の興味が向かったのだろう。
本人は全く気にしていない、と言うより母親の恭子が盛り上がっているのを結構嫌がっていたりする。弾美の認識で言えば、瑠璃のトロい所を子供の頃から色々と知っているのだ。
有名になった今も、人間ちょっとは威張れる長所もあるんだなという程度。
「ああ、ゲームも一緒にやったよ。あとは色々、結構遊びまわったけど」
「ふぅん……」
鈍い弾美には、委員長の含みのある言葉は、勉強の出来る者同士の牽制くらいにしか思っていない。会話は先生の到着で中断され、午前最後の授業が始まった。
弾美としては、瑠璃のお陰で予習はバッチリ。そのせいで気を抜いていると言う訳ではないが、先程進に貰ったメモをばれない様、こそっと開いて覗いてみたり。
隣の席で、弾美の愚行に気付いた委員長が、凄い目で睨んでいるが気にしない。メモには1日から昨日までの、限定イベントの主だったデーターが書き込まれていた。
几帳面な進らしい、丁寧な文字が目に飛び込む。
*ステージ1突破率、97%
*ステージ2突破率、89%(内、下層ステージ滞在率 2%)
*ステージ3突破率、81%(内、下層ステージ滞在率 4%)
*ステージ4突破率、62%(内、下層ステージ滞在率 9%)
*ステージ5突破率、43%(内、下層ステージ滞在率17%)
*ステージ6突破率、21%(内、下層ステージ滞在率41%)
読み方がちょっと複雑に見えるが、要するに昨日の時点でステージ6を突破した人数が、イベント参加人数に対して2割程度いて、その人達からみた追って来る者達の人数は全体の4割。さらに、全体の4割が既に脱落しているという事だろう。
ステージ5の突破率が43%というのは少なく感じるが、まだ17%の冒険者がエリア攻略に挑む権利を持っている訳だ。
イベント参加者数の正式発表は無いが、恐らく1千人近い参加だとの噂がある。大井蒼空町の都市人口が5千人に満たない程度だから、町民の約2割強が参加した計算になる。
それが多いかどうかは分らないが、1千人の2割として2百人が既に地下ステージを突破し、4百人が脱落したと言う事らしい。
ライバルの数を改めて目にして、弾美は小さくため息をつく。だが、逆に言えば1週間足らずで既に4百人がイベント資格を失っているのだ。結構な振り落とし振りかも知れない。
メモには他にも細かなデータなどの記載があったが、弾美の目を引いたのはシリーズ装備の入手率についての書き込みだった。
――シリーズ装備
*妖精シリーズ 入手率、23%(全4部位)……補足、光&風属性
*迅速シリーズ 入手率、64%(全8部位)……補足、火&雷属性
*流氷シリーズ 入手率、 6%(全4部位)……補足、水&氷属性
*暗塊シリーズ 入手率、 1%(全4部位)……補足、闇&土属性
弾美は思わず吹き出しそうに息を詰まらせ、慌てて咳払い。1%って何だ? 6%もいい加減酷い入手率だが、1%は無きに等しい。イベント生存者が6百人として、三人パーティで活動しているとみなして2百パーティ。その内の1%だから、発見入手したのは僅かたった2パーティという計算になる。
隣の席の委員長の視線が再び鋭くなったが、弾美は全く気にしない。暗塊シリーズというのが闇属性を含んでいるのが気に入った。是非とも欲しいものだと、せっかちにもどんな性能かを想像し始める。
授業中の妄想に、時間は飛ぶように過ぎて行った(……程々にネ☆)。
* *
「地上ステージは結構広くて、自由度も高いらしいな。最終的には大樹をのぼって行く事になるらしいんだけど、今は封鎖されてるから皆レベル上げとか装備強化とかしてるらしい」
「封鎖? 何か鍵とかトリガーアイテム、探さないと駄目なのかな? 地上ステージは何人パーティで行ける様になるんだ?」
昨日会ってオフ会したというのに、情報交換どころではない騒ぎようだったせいで。昼休みにもこうしてプレーヤー談話会。イベント生存者は弾美のB組にも数人いて、参加者は輪を作って真剣に聞いていた。
話の中心は、ほとんどが弾美と進が担っている。
「4人らしいな、もっと上ではどうなるか分らないけど。封鎖の原因は諸説あるなぁ。レベル25は無いとイベントが始まらないとか、あるアイテムを集めないと駄目だとか、そんな噂が有力かな。早解きのプレーヤーのレベルは20あるか無いかだから」
「へ~、4人か。……一人ずつって、何か嫌な増やし方だな。あぶれる奴とか出てきそうだし、イベント主催者は何考えてんだ?」
同意の声はあちこちで起き、その問いに関しては進も首を傾げるしかなかった。確かに2人から3人になった時も混乱は起きたし、3人から4人で組む際にも、どこかのパーティは完全にばらける必要が生じる。
ずっと2人で層をのぼって来た者同士とか、そのまま3人で更に上を目指すとか、そんな稀なパターンでもないと上手く行きっこないと思うのだが。
他にもシリーズ装備の質問や情報、レアなアイテムの入手方法などの話題で場は盛り上がりを見せる。どうやら早解きパーティは、雑魚や中ボスすら時には無視して、クリア一直線の戦法を取っているらしい。ボス戦も、回復はポーション任せで、とにかく全員で殴り倒すのが主流とか。
聞いてて全然華が無い。
その点、弾美の話はと言えば、聞きどころが超満載。起承転結どころか驚くようなオチも存在するので、聞いてて面白いしドキドキする。宝箱を欲張って開け過ぎたら大変な目にあった話とか、何度も蘇る死神とか。
大抵は欲張って後で苦労する話なのだが、その分報酬が増えるとなるとみんなが声を揃えて羨ましがる。攻撃力+40の武器を閃きで蘇らせた話になると、歓声は頂点に膨れ上がった。
「津嶋って、ゲームでも凄いんだな……」
「いや、あいつはキャラ操作は全然下手だけど。本をいっぱい読んでるから、想像力とか豊かなんだろうな。それが謎解きに生きるのかも?」
「んで、弾美のパーティの3人目が小学生ってマジなの?」
「ああ、こいつも下手だけど……腕は無くても性格良ければ何とかなるもんだな」
弾美の言葉に、クラスメイトは全員揃って不審顔。ゲームに性格は関係ないんじゃないか的な雰囲気が一瞬にして出来あがる。それでもその言葉は、弾美の偽らざる思いだったりする。
ゲームというのは、一緒の時間を楽しんだもの勝ちなところが確かにある、と。
「別に攻略をなめてる訳でも、諦めてる訳でもないぜ? 目標は最初と変わらず、ベスト3位入り」
「大きく出たなぁ、でも弾美んとこは実績あるからなぁ」
「うちの大学生の兄貴の話だと、今回のイベントも、絶対ベスト3位までは大学サークルが占めるって息巻いてるらしいよ」
同級生の話に、進を始め一同渋い顔。大学生のプレーヤーにも色々傾向があって、中には大人気無いプライドの高い一団も存在するのは確か。狩り場で大きな顔をするし、数に物を言わせて素材を買い占めたり、利潤に走って空気を読まないプレイは、とても見習えるモノではない。
それ故に、イベントで一泡吹かせてやろうと言う思いも強かったり。
「大学生はずるいよなぁ……組織力とか凄いらしいし、サークルって部活動の事だろ?」
「そうそう、部活動でゲームするってずるいよなっ! でも、攻略本の自主制作とか同人誌とか、そういうの作って楽しんでるサークルもあるらしいよ。大学祭とかで売ってるとこ見たし、今でも結構な数が出回ってるって」
「おおっ、面白そう……それって、何冊か手に入らないかな?」
「どうだろ? じゃあ俺、帰ったら兄貴に頼んでみるよ」
弾美の頼みに、気楽に頷く同級生。それからは大学祭に遊びに行って、変な同人誌を買った話から週刊少年漫画のタイトルの話に変わって行き、ゲームとは脈絡の無い世間話に。
周囲でもワイワイガヤガヤ、学生達の騒がしい談話が弾んている様。
弾美は今日は部活動があるので、イベントのインは夜からとパーティの面々には告げてある。期間限定イベントを始めてから、初の夜攻略になるのだが。
進たちも今日は、珍しく夜のインらしい。お互いいたら、通信を取り合おうと約束してはいるのだが。エリア攻略中に入ってしまうと、誰もが真剣そのものである。
頑張れよ、そっちもな――攻略前はそれで充分だったり。
学生達の本業は勉強の筈だが、休憩時間にはそんな事は関係ない。思い思いのグループで好きな話題を話しながら、ゆっくりと時間は過ぎて行く。
――弾美たちイベント冒険者にとって、その時間は攻略までのカウントダウンに過ぎないのだ。
* *
『美井奈、ちゃんと宿題終わらせたか?』
『はいっ、ばっちりです! 御飯もお風呂も、トイレも歯磨きも済ませましたっ!』
『ばっちりだなっ!』
『はいっ、ばっちりです、隊長!』
弾美がイベント限定エリアにインしてみると、既に美井奈が待ちわびた様子で中立エリアをウロウロ。約束の時間は夜の8時で、頑張って10時には落ちる予定ではあるものの。
平日だから、突貫での攻略になるのは仕方がない。何しろ明日も学校があるし、寝る時間を削ってまでゲームをしているのがばれたら、何をしてるのってな親からの雷が落ちるのは間違いないのだ。
そんな事を考えていたら、瑠璃もインして来た。時間を見たらきっかり8時。パーティに誘うと、ルリルリはこちらに近付いて来て、薬品などの消耗品をトレードして来た。
どうやら夕方の時間の隙間を見て、買うとか合成で消耗品を作って貰っていた模様。
『よし、全員揃ったしエリア攻略始めるぞ~!』
『はいっ、隊長……でも、一度同じ部屋からの合同インを体験しちゃうと、離れたインは寂しいですね~、ちょっと心細いかも』
『あ~……分かるなぁ、その気持ち』
『空いている内に入ろう、装備チェックはいいか~?』
自分も瑠璃に貰った薬品を整理しつつ、ちょっとずつ混み始めた中立エリアの、一番大きな扉前へ。左右の小さな青白い扉は、昨日の合同インで攻略済み。これでこの大扉も攻略可能になっている筈。
後ろに従う少女達を確認し、弾美は扉をクリック。
エリアの中は、やけに視界が悪かった。茅だか木の根っこだかの障害物が迷路を形作り、一行の前に立ち塞がって来る。その上、不意を突くように物陰からモンスターが飛び出てくる嫌らしさ。
ハズミンの種族スキル《敵感知》が、ようやく役に立ち始め、不用なダメージを減らしてくれる。ミイナに敵の位置を教え、逆に弓矢で自分達の前に誘い出して息の根を止める。
敵を感知出来なくなったら、散らばって道の探索の指示を出す弾美。扉の大きさの違いからの想像通り、このマップは左右のエリアより2倍近く広い気がする。
序盤ではあまり時間を使いたくないと、弾美はそう考えたのだが。
やれダメージ沼に落ちただの、モンスターが襲って来ただのと、仲間からの通信が途端に賑やかになる。作戦的には正しい筈だと、弾美の返事は自分達で処理しろとの冷たいもの。
ついでに正解の道も見つけて欲しいものだが、見つかったのは宝箱。
『鍵は掛かってないタイプですかね?』
『ああ、鍵付きは青いグラだからな……開けるぞ』
中からは聖水が1個と経験値がちょびっと、おおっと上がる歓声。ダンジョンに宝箱はつきものとは言え、見つかるとやはり嬉しいものだ。弾美も思わず、画面の前でガッツポーズ。
次にやるべき事は、1つも見逃してなるものかの気持ちの詰まった言葉を発する事。
『分ってるな……1個も見逃したら承知しないぜ!』
『了解です、隊長!』
『ん~、探す範囲を決めとこうか、ハズミちゃん』
瑠璃の言葉を受けて、取り敢えずミイナが真ん中を受け持ち、右と左をハズミンとルリルリが逐一チェックしては戻ってくる作戦に。ハズミンはもはや雑魚などには遅れを取らないし、ルリルリは自分で回復も出来る。
一番不安なミイナは、真ん中で目印代わり。呼ばれた方向に移動して、ひたすらマップの上を目指す。
次に宝箱を見つけたのは瑠璃だった。中からは神水と、今度は近くにいたキャラの全HPとMP回復。経験値の方が良かったとは弾美の感想だが、次の宝箱からはしっかり頂いてご満悦。
いつしか正しい道より宝箱の探索に熱が入り始め、弾美は感知のレーダーにたくさんの赤点が灯っているのに気付く。苦労して辿り着いてみると、ちょっと開けた場所に大カマキリとハチ型のモンスターの姿が。
その後ろには宝箱が2つ、やるしかあるまい。
『敵と宝箱発見。敵は多分、中ボスかもな。後ろにも何か……なんだアレ?』
『どこどこ? ミイナちゃん、私が行くまで待ってて~』
『はい、お姉ちゃま!』
自動マップはパーティで共有だ、しかもパーティ仲間の位置はマップに表示される。女性陣がハズミンの表示位置を頼りに合流すると、やっぱり出てくるのは驚きの声。
目の前の敵はともかく、その後ろの物体はナニ的な会話が。
『なんだろ、アレ……蜂の巣かなぁ?』
『もう1個は、カマキリの卵に見えますねぇ。田舎に行くと、結構原っぱにあるそうですよ?』
そんな豆知識は、今はどうでも良いのだが。大井蒼空町も周囲は完全に田舎なので、弾美も瑠璃も子供の頃に見た事はある。問題なのは、アレが戦闘時にはどう作用するのかという事。
増援がとめどなく出てきたら嫌だが、果たして攻撃で壊れるものか。
『タゲれますねぇ、って事は攻撃も出来るのかな?』
『んじゃ、もし増援が出て来たら、美井奈が撃墜頼むな。俺はカマキリやるから、瑠璃はハチの相手をしてくれ』
『わかった、魔法掛けるね~』
ハズミンとルリルリがそれぞれ支援魔法を掛け終わり、いまいち不安な中ボス戦がスタート。モンスターの反応と共に、案の定蜂の巣からは雑魚のハチが空中に飛び出す。
さらにカマキリの卵からは――大量のカマキリの子供が、地面を覆い尽くすように飛び出して来た。大量といっても、恐らくは一塊で1匹扱いなのだろうけど。
女性陣からは気持ち悪いとの悲鳴が上がったが、弾美から見ても充分気持ち悪い。
眉をひそめていたら、大カマキリのカマが飛んで来た。ブロックが遅れそうになり、慌てる弾美。お返しに《下段斬り》から《二段斬り》の連続スキル使用。上手く決まって、敵のHPは一気に半減したが、フリーのカマキリの子供達には攻撃され放題。
美井奈はどうやら、こちらを視界に入れない事に決めたようだ。雑魚のハチと蜂の巣ばかり攻撃して、こちらはまるで知らん顔。
『美井奈っ、こっちの雑魚も倒せよっ!』
『……こっちって、どっちです?』
あくまで無視を決め込むつもりの美井奈である。ルリルリの様子を見たら苦戦しているようなので、弾美は怒らずまあ良い事にする。向こうのサポートに従事して貰おう。
こちらの戦況はと言えば、範囲攻撃があればかなり楽なのだが、無いので仕方ない。邪魔な子供を蹴散らしつつ、大カマキリと距離を取ってSPが貯まるのをひたすら待つ弾美。
《SPヒール》の魔法のお陰で、意外と早くスキル連続使用可能になった。一気にけりをつけようと近付いた時、不意に地面の子供の群れが飛び上がって虫柱を作り、ハズミンの視界を奪う。
一撃で倒せる雑魚だと侮っていたが、こんな特殊能力があるとは。
視界不良に慌てていたら、大カマキリの二段斬りにハズミンのHPは4割近く削られていた。敵の特殊技は、どうやら親子でのコンビプレイのようだ。
虫柱を何とか蹴散らし、取り敢えず視界を確保する弾美。その間にも攻撃を受けてしまったが、敵の親カマキリは何とか2度目の連続スキルで撃破。悪態をつきながら、子供の群れを放出している卵もようやく壊す。
その頃には、ハズミンのHPは残り3割まで減っていた。
『だ、大丈夫、ハズミちゃん?』
『美井奈……明日会ったら、お仕置きだからなっ!』
『だって気持ち悪かったんですよ、仕方ないじゃないですかっ!』
女性コンビも、どうやら丁度倒し終わったようだ。ルリルリから回復魔法が飛んで来て、ハズミンの体力は安全圏へ。瑠璃がドロップを見て、神水の合成材料が入手出来たと喜んでいる。
ついでに中ボスのハチから細剣がドロップ、瑠璃が喜んでゲット。
『神水って、蜂蜜から出来るんですかぁ』
『そうだよ~、栄養があるんだよ、蜂蜜って!』
だから何だと言いたい弾美だが、取り敢えずドロップした鍵で2個の宝箱を開けるのが先。箱の中からは、炎の水晶玉と剣術指南書が1個ずつ出て来た。
炎の水晶玉は、範囲攻撃が可能な炎の魔法が込められたアイテムである。かなり強力だが、1度っきりの使い捨てとなっている。今のように、たくさんの雑魚に囲まれた時には超便利。
面倒なので、全部ミイナにロットして貰う。
『美井奈、水晶玉の使い方分かるな?』
『んと、分かんないです。どうやって使うんですか?』
『ポケットに入れて、バックが赤表示になるだろ? そしたらアイテムを攻撃用に使える。聖水とか、切り替え出来るのあるから注意な』
美井奈はさっそく、ポケットの入れ替えを行って表示の確認。弾美の説明では、たくさんリンクした時の緊急用に良いそうで、しっかり心に記憶しておく事に。
アイテム攻撃は、使用者にヘイトが向かないのでとても便利なのだそう。
茅と根っこの迷路は、中ボスのいた場所で間もなく終了となっていた。その代わり雰囲気は同じく、似たような湿地帯へと徐々に変化して行っているようだ。
モンスターの種類もイモ虫やトンボや獣人、少し奥に入り込むと大カエルと蛮族が目立ち始める。サクサク狩り進めながら、一行はどんどん奥へ。蛮族の遠隔武器に苦しめられつつ、その内の1匹から待望の弓のドロップ。
ケチって武器の修理をしていなかった美井奈は大喜び。
矢筒のドロップもちらほら、残りの矢数を心配してスキル技を自粛していた美井奈は、これにも大喜び。途中までは有頂天で、蛮族大好きとのたまった少女なのだが。
それが蛮族関係で、まさかあのような惨事を引き起こすとは……。
最初に美井奈に降りかかった災難は、大カエルの特殊技だった。油断していた訳ではないのだろうが、釣った時の距離がやや近かったようだ。弓を射掛けて釣り、反転して逃げようとしたミイナを、大カエルの伸びた舌が絡め取る。
次の瞬間ミイナは消失しており、残された二人は何が起きたか把握するまでしばしキョトン。
『何ですかっ、真っ暗です! 隊長、ここどこですか~っ?』
『何だ、どうなった?』
『ハズミちゃん、美井奈ちゃんのHPが減ってるっ!』
瑠璃の言葉にパーティ表示のHP欄を見てみれば、なる程ミイナの生命力がじわじわと減少している。その事実から、弾美はとっさにミイナに降り掛かった状況を把握。
どうやら、消化されているらしい。
『カエルに呑まれてる~!』
ダメージ沼にもお構い無しで、大慌てで大カエルに突っ込む二人。無理やり接近して一撃喰らわすと、ポンッと吐き出されるミイナ。そして沼の毒でダメージはそのまま継続。
大慌てで脱出するように指示され、何とか事無きを得た時には、ミイナのHPは残り2割だった。
『こ、怖かった……!』
『大カエル怖いね~』
カエルに消化されかけるという、笑えない事態にびびりまくる女性陣。調子に乗って、痛い目に合うといういつものパターンだと自戒しつつ、警戒しながら先へと歩を進める。
毒の沼は次第に少なくなり、乾いた大地とこんもりとした茂みが目立ち始める。自動マップはようやく半分くらい、時間はようやく40分を過ぎたあたりだ。
周囲には松明を設えた台座や、集落のようなものが目立って来た。どうやら蛮族の集落のようで、敵も蛮族と豹のような四足動物ばかりがわらわら固まっている。
『わっ、変なところに来ちゃいましたね!』
『美井奈の好きな蛮族の集落だな。固まってるから注意しよう』
集落の敵はなかなかの強敵で、集団行動を取ってきたりスキル技を使用してきたり。吹き矢などの飛び道具には麻痺効果が付随して来るし、侮れない相手である。囲まれないよう用心しつつ、パーティは慎重に戦闘をこなしながら移動する。
ただし、貰える経験値もかなりのモノで、ミイナとハズミンが同時にレベルアップ。
『二人とも、レベルアップおめでと~!』
『ありがとうございます、お姉ちゃまっ!』
『むっ、ここは経験値美味しいな!』
経験値も美味しいけれど、蛮族はドロップも色々と値打ちものが多いようだ。銀のメダルや買えば値段の張る薬品系、更には売れば良い値になる武器や素材など。
そんな狩り場で調子に乗ったミイナは、先行してエリアに散らばった敵を釣りまくる。視界内にとうとう居なくなった敵影に、ミイナはどんどん先に進む破目に。
そんな少女の目についたのが、蛮族の奉っていたであろう祭壇らしき立派な構造物。その中の、煌びやかな貢ぎ物にカーソルが移動する事に気付いた美井奈。
何となく、本当に何となくそれをクリックしてしまう。
弾美が視界にいたら、絶対に止めていたであろう。合同インで隣同士で話せていたら、美井奈も一応相談したであろう。完全な事後報告で、台の上のアイテムを入手したとの言葉を受けて。
弾美の顔色が一気に変わる。
『アホ~、それは貢ぎ物だっ! 蛮族の神様が光臨するぞっ!』
『ええっ、そうだったんですかっ? その神様って……強い?』
『めっちゃ強いわっ、6人パーティでも全滅する事あるしな! もうエリアに放出されてる筈っ、とにかくみんな固まれっ!』
弾美の言葉に、慌てて身を寄せ合う一同。周囲を見回した瑠璃は、そう言えばBGMが変わっている事実に気付く。弾美は迷わず、右手の武器を虎の子のレイブレードにチェンジ。
すぐ使えるように、アイテム欄を開いて神水と炎の神酒にカーソルを合わせる。
『ハズミちゃんっ、来たよっ、右側っ!』
『範囲攻撃が来たら、全滅コースだからな。俺が前に出るから、二人は離れて回復な!』
『ひ~ん、ごめんなさいっ! アイテム返しても、もう遅い?』
遅いに決まっている、既に一行は蛮族の神様の逆鱗に触れてしまったのだ。壮大なオーラを放ちつつ、蛮族の神は真っ直ぐ貢ぎ物を盗んだ不届き者を目指して来る。
美井奈は完全にびびって謝りまくっているが、瑠璃の一言で幾分落ち着きを取り戻したよう。
『落ち着いて、美井奈ちゃん。ハズミちゃんを死なせないよう、回復頑張ろう!』
『はっ、はいっ、お姉ちゃまっ!』
上半身裸の体躯に象徴的な紋章、巨大な両手剣を掲げた褐色の肌の蛮族の神。顔だけは豹のそれで、いかにも精悍そうではある。蛮族の神は不届き者を目にすると、挨拶代わりの範囲攻撃。飛ぶ斬撃で、ハズミンの生命力が一気に削られる。
ハズミンの方は、まだ剣の届く範囲にも入ってない。用意していた神水と炎の神酒を、取り敢えず一気に使用して。後衛の回復を信じて、自分より2廻りは巨大な相手に挑み掛かる。
再度やって来た、両手剣の大薙ぎの一撃を弾美はブロック。しかし剣に付与されていた光の追加ダメージが、容赦なくHPを削って行く。
こちらは一撃も入れていないのに、ハズミンの身体はもうボロボロ。
それでも後衛の回復支援と共に、弾美の怒涛の反撃が始まった。攻撃力40の削りの威力は凄まじいが、さすがは相手は神様だけはある。強烈な防御力と自己回復能力を備えているようで、体力バーはなかなか減ってくれない。
今度の範囲攻撃は魔法の攻撃だった。魔法の動作を潰すつもりで連続スキル技を振るうハズミンだが、全く効果なし。強烈な光の柱が周囲を焼いて、一気に7割近いHPを奪って行った。
範囲内に自分一人しかいなくて、弾美は正直助かった気分。魔法攻撃を受けた瞬間、瑠璃の回復がすかさず飛んで来る。HPは瞬時に、取り敢えずの安全圏に。
さすがに瑠璃は後衛慣れしていると、弾美の重圧も少し軽くなる。
『美井奈ちゃんも遠隔で削ってみて、こっちのMP切れたら回復を交代しよう!』
『わ、分かりました!』
会話をはさむ余裕のない弾美に代わり、指示まで出してくれる瑠璃。美井奈の遠隔攻撃とスキル技の《みだれ撃ち》は、蛮族の神の自己回復を打ち消す程度のダメージは与えてくれている。
この美井奈の攻撃が、弾美の攻撃を再び勢い付かせる呼び水となった。強烈な範囲攻撃が来る前にと、敵の動作の間隙を縫って削り作業に集中する。
短期決戦をと、炎の神酒を服用したのだ。切れるとマジでやばい。
蛮族の神の、剣技での特殊技をかわせたのは、完全にラッキーだった。ハズミンの横の地面が、音を立てて陥没する。敵のHPは残り2割にまで減っている。
連続スキル技使用で残り1割、最後の追い込みにハズミンの剣が唸る。
エリアボスより確実に強い蛮族の神が、地響きを立てて倒れた瞬間。弾美は思わずコントローラを放り出して、歓喜のガッツポーズ。女性陣からも万歳の通信が飛んで来る。
瑠璃のポケットに入っていたエーテルは完全にすっからかん。美井奈のMPも、とっくの昔に枯渇している。よく勝てたものだと、恐らく皆が感じたであろう。
ご褒美のドロップには、見た事の無い光の宝珠というアイテムと、凄く良質の大剣。光の術書に光の水晶玉、金のメダルは2個と、かつて無い大盤振る舞い。
『神様~、ごめんなさい~!』
『まったくだ、神様にちゃんと謝っとけ!』
『大丈夫、みんな生き残ったのは、神様が許してくれた証拠だよ!』
ヒーリングとポケットの整理をしながらの、パーティ内での他愛ない会話。弾美はドロップしたアイテムの品定めの合間に、美井奈を苛めてみたり。
そんな秘密のパーティ会話に割って入る人がいようとは、よもや思ってもいなかったのだが。美井奈に取りついた後ろの人が、何と謝罪の言葉を述べて来た。
『こんばんは、美井奈の母です。娘が不始末を仕出かして本当に申し訳ございません』
『ほえっ、美井奈ちゃん……のお母さん?』
弾美も瑠璃も、これにはビックリ仰天。まさか母親が近くで、娘のプレイを見ているとは思ってもいなかった。特に弾美は、結構際どい言葉を美井奈に対して口にしている。
冷や汗ダラダラ、美井奈の悪戯であって欲しいと内心願ってみたり。
『至らない娘で済みません……昨日も遊びに連れて行ってもらqdp@t』
『えへへ、何でもないですよ!』
『えっと……美井奈ちゃん?』
恐らく、キーボードを取り戻した美井奈が、母親を遠ざけて取り繕っているのだろう。恥ずかしげな言葉と共に、いつもの子供特有の元気口調に戻る。弾美も瑠璃も、何と言って良いのやら。
取り敢えずは、誤魔化した美井奈の言葉に乗っかる事に。
『何でもないなら、次に進もうか……美井奈、昨日はボーリングとかカラオケ、楽しかったな!』
『はいっ、楽しかったです!』
『俺も瑠璃も、美井奈が大好きだからな。ヘマしたって、怒ってないぞ?』
『は、はいっ! ありがとうございますっ! 嬉しいですっ!』
何となく必死の弾美に、瑠璃も察してくれたのだろう。たまにフォローの言葉をはさみつつ、ゲームの進行を催促してくれる。インしてそろそろ1時間。美井奈はまだ全然平気だと言うが、どうしても小学生相手には気を遣ってしまう。
どうやら何とか、蛮族の集落エリアは抜けたよう。地面に石畳が目立つようになり、人工的な建造物の匂いが漂い始める。モンスターの数も極端に少なく、壷や鎧や影型の人工物モンスターばかりが目立つように。
道中の戦闘が極端に少なくなった中、瑠璃がびっくりしたように声を上げた。
『あっ、私レベル上がってた……ってか、次のレベルアップももうすぐだぁ!』
『おめでとうございますっ! 神様効果ですねぇ』
『いっぱい経験値入ったみたいだな、俺ももうすぐ上がるっぽい』
風景はいつしか人工の建造物に変わり、両方の壁も天井も白塗りの立派なものに。変な石造やオブジェは点在するものの、やはり敵の姿はちらほらとしかいないまま。そんな中、大きな扉前に鎮座するゴーレム2体。
マップから推測すると、ボスエリア前の守護者のようだ。
『ここ抜けたらボスエリアっぽいな、気合い入れ直すぞ~』
『了解です、隊長!』
『待って~、ハズミちゃん。ヒーリングする~』
幸いゴーレム達も待ってくれる様子で、敵を目の前にのんびり休憩する一行。作戦はいつも通り、ハズミンとルリルリが1体ずつ相手をして、ミイナが距離を置いてのサポート。
それぞれ適度に距離を置いて、範囲攻撃に巻き込まれないように。
体力こそ多めの守護者達だったが、特殊技のモーションが大き過ぎて、瑠璃でも避けれる単調な攻撃。両者ほとんど傷つく事なく、ゴーレムを一蹴する。ドロップも時化たもので、中ポーションが精々。
一行は門を通り抜け、最終エリアに突入。
* *
いきなり挿入される、ボスの挿入動画には驚いたものの。地面と一体化している、動物の顔に似た風化した岩のようなオブジェを見せられて、一体誰がエリアボスだと思うだろう。おまけに部屋が広すぎて、ボスの姿は遠くに辛うじて見える程度。
緊張感が、まるでありません。
『ここって……ボスの間、だよね?』
『ボス、動かない、動けないんですかねぇ?』
『んむうっ……あれ、本当にボスなのか?』
今までとは完全に違うパターンの演出に、戸惑いまくるパーティ一同。取り敢えずとハズミンが近付いてみようと前進すると、女性陣もそれに従って歩き出す。
近付くにつれてボスの形ははっきりしてきたが、どうみても自然洞窟が偶然顔に見えるという類いの印象しか持てない。穴から空気が漏れ出しているのか、う~とかあ~みたいな呻き声に似た音が聞こえて来る。
それとも、これも演出なのだろうか?
矢を放って良いものか決めかねていた美井奈だが、先程のオイタがよっぽど懲りたのだろう。今回は弾美の後ろで自粛しつつ、リーダーの言葉を大人しく待っている。
ある距離まで近付くと、敵にようやく変化が現れ始めた。洞窟の口の部分から、小さな泥の人形が数体出現して来たのだ。それぞれ歩みもゆっくりと、パーティに近付いて来る。
洞窟の目の部分にも光が灯り、ちょっと不気味に。
『あっ、ようやくなんか出て来ましたねぇ、可愛い?』
『可愛いけど……ここからこの後、本当のボスが出て来るのかな?』
『成る程ありえるな、しばらく様子を見ようか』
ちょっと距離をおいて、泥人形が襲ってくるのを待つ一同。とても歩みが遅く、よちよち歩く姿は可愛いとも言える。念のため弾美がもうちょっと距離を取ると、女性陣も同じく後退。美井奈は特に、遠隔武器を意識して多めに距離を取る。
その移動の際中に、美井奈は右の壁に大きな横筋があるのに気付いた。亀裂という感じではなく、人工的な人の背丈くらいの隙間のようだ。階段状に奥に向かって続いており、部屋の奥の壁には、やっぱり横に真っ直ぐな、人が入れるくらいの空間。
人がそこから観戦出来そうな場所だと、美井奈はちょっと思う。報告した方が良いだろうか?
『お兄さんっ、何か壁に人の通れそうな隙間があるんですけど……』
『あ~、本当だ……右側だけだね、左には無いや』
『んんっ? そこ入れるのか?』
ようやく攻撃レンジに入って来た敵を殴りつつ、弾美は二人に聞き返す。美井奈は確かめるために、右の壁に向かうが、段差が高すぎてどうやっても入れない。
泥人形は、殴ってみるととっても弱い事が判明した。ハズミンの一撃であっけなく四散、地面に土塊となって倒れ落ちる。ますます訳が分からずに、弾美は首を傾げるばかり。
ただ一つの相違点と言えば、壊された後の敵の処遇だろうか。普通はこのゲームでの敵の死骸は、倒されたらしばらくして自然に消えて行く。そもそも死骸は触れないのだが、この土塊はそうでは無かった。完全に障害物となって、邪魔で仕方が無い。
敵の数は、倒された分だけ補充されて行くようだ。それ以外にエリアボスからのアクションは皆無である。弾美は首を傾げて自問自答、美井奈の見つけた壁の通路も気になるし。
それよりこのボス、倒して良いのやら?
『ハズミちゃん、見て見て~』
瑠璃の嬉しそうな通信が、弾美の思考を中断させた。何しろ泥人形の歩みが遅すぎて、こちらの攻撃範囲に到着するまで結構な時間が掛かるのだ。
見てみると、ルリルリは土塊の作り出した階段にのぼり、ハズミンを見下ろしている。同じ場所で戦闘していたせいで、偶然土塊が積み上がって階段を作ったようだ。
『ハズミちゃんより、ノッポだよ~♪』
そんなアホな会話より、身体の中心を貫く電撃に弾美は震えた。急いで仲間に、土人形に絡まれて壁際に向かうように指示を出す。二人は何の事やらな感想を呟きつつ、言われた通りにカルガモ親子よろしく、泥人形と即席パレード。
右の壁の、一番段差の低い場所。ボスの位置とは結構な距離があったが、泥人形は大人しくついて来てくれていた。壁沿いにくっ付くように、ザクザクと敵を狩り始めるハズミン。
その途端、美井奈から驚きと感嘆の声が掛かる。
『あ~っ、泥人形で階段を作るんですかっ! お兄さん、天才っ、頭いいですっ!』
『なるほど~、全然気付かなかったよ~!』
『気付かず階段のぼってたのか。まぁ、二人の会話で思い付いたんだけどな』
得意満面の弾美の言葉、それでも照れてしまって何となく謙遜してみたり。程なく簡易階段は出来上がり、一行は難なく見えている隠し通路へ。壁伝いに段差を上がって行くと、丁度中間地帯にご褒美とばかりに宝箱が3つ置いてあった。
喜び勇んで開けて行くと、火の術書や風の水晶玉、防御の高いブーツが出て来る。ブーツだけ弾美が貰い、その他は取り敢えず瑠璃が保管しておく事に。
そのまま通路は部屋の奥、ボスの真後ろの隙間へと続いている様子。断崖から覗いて見ると、ボスも今は小休憩しているようだ。道が続くなら行ってみようと、ハズミンを先頭に通路を駆け上がり、左に直角に曲がる。
白い空間には更に3つ、目立つ感じて鍵付きの宝箱が置かれていた。
『また宝箱、大盤振る舞いですねぇ!』
『鍵付きの宝箱だね、合鍵あるけど……』
『油断するなよ、罠があるかも』
罠は確かにあった。三人が白い空間に足を踏み入れると、意外な所からの敵の急襲が一同を驚かせる。やたらと低い天井から魚の背ビレが出現したかと思うと、サメ型のモンスターが襲い掛かって来る。さらに地面からは巨大な岩の手が、最後はやはり天井からフグ型のトゲトゲモンスターがお出まし。
大サメは天井という海面からは完全に飛び出せないようで、それは巨大な手の平も同じ。フグと言うかハリセンボンは完全に宙に浮いており、自在な移動を見せる。
作戦を立てる暇も無いまま、複数のボス級を相手にする事となった一同。入り口の壁はいつの間にか塞がっており、出口は今は封じられている。
弾美は一番手近の巨大ハンドに殴りかかり、その堅さに舌打ちする。土属性の敵は大抵堅いが、一応タゲはこちらに向いたよう。《下段斬り》を見舞って敵の移動速度を落とし、バックステップで距離を置きつつ《SPヒール》の魔法を使用。
ついでに仲間に、ログで慌てて指示を送る。
『無理せず、タゲ取った奴を引っ張りまわせ。神出鬼没なサメは後回しっ』
そう言い放って、今度はハリセンボンに《二段斬り》を見舞う弾美。毒か麻痺を引き起こす反撃がありそうで怖いが、速攻で数を減らすには防御力の低い敵からが鉄則だ。
ルリルリが自分に魔法を掛け終わり、同じ敵に殴り掛かってHPを減らす手助けに入る。という事は、ミイナが大サメの相手をしているのだろうか。ハズミンの視界に丁度、ミイナが写っている。その後ろからはサメの背ビレが。
ひょっとして、少女は敵の姿を見失っている?
警告を発する間もなく、今度も雷娘は大サメに一呑みされた。背ビレだけ残して、再び回遊するサメ型モンスター。じりじりと、消化され減って行くミイナのHP。
気付いたら、ハズミンは大型ハンドのデコピン攻撃を喰らっていた。弾き飛ばされ、思いっ切りダメージを受けてしまう。絶壁側に飛ばされていたら、ひょっとして落下してボスの前に転げ落ちていたかも知れない。
飛ばされたせいで、ハリセンボンから思わず視線を切ってしまっていた弾美。そして、気付いたら目の前にサメの鼻先が迫っていた。暗い洞窟のような口内、大きな口で2体目の餌にありつこうとしている大サメ。
絶叫しつつ振るったハズミンの剣技が、何とか一瞬速かったよう。
こちらもダメージを受けたが、大サメはミイナを何とか吐き出してくれた様子。キーボードを打つ暇も無いのがもどかしい。瑠璃も向こうで苦戦しているようで、パーティ表示でのHPは美井奈と同じく半分近くまで減っている。
動きもどこかぎこちない。麻痺を受け続けて、万能薬が尽きたのかも知れない。
『美井奈、瑠璃の麻痺を回復っ! それ終わったら水晶玉使えっ。瑠璃、こっちに来れるか?』
ぎこちないながらも、ミイナは麻痺解除と回復魔法をルリルリに飛ばす。今まで真っ暗闇の空間に隔離されていて、相当堪えているのだろう。瑠璃も回復が飛んで来ると同時に、敵を引き連れてこちらにダッシュ。
3体が綺麗に並んだところに、ミイナの使用した炎の水晶玉が見事に炸裂した。水属性の大サメとハリセンボンには大したダメージは無いが、それでも2割くらいの減少。
直接ダメージには強いが、魔法には弱いらしい大型ハンドは、かなりヘタって来た模様。
『美井奈の魔法と瑠璃の殴りで、手を仕留めてくれっ!』
『了解~!』
相変わらずわたわたしている美井奈と違い、瑠璃は落ち着きを取り戻したようだ。美井奈に回復魔法を飛ばし、素早くエーテルを使用する。戦況を持ち直した安堵と、弾美に対する信頼で持って、再び敵と対峙するルリルリ。
弾美は大サメは取り敢えず無視して、大型ハンドと同じくらいヨレヨレのハリセンボンに猛チャージ。針飛ばしや体当たりなどの特殊技を何とか捌きつつ、毒を受けながらも何とか削り切る事に成功する。
瑠璃と美井奈の女性コンビは、弾美程には苦戦しなかったらしい。距離を置いた場所からの《ホーリー》の魔法の連続使用で、力技ながら大型ハンドを粉砕していた。それはまるで、苛められて泣き出した子供の駄々っ子パンチみたいな攻撃。
瑠璃は殴る相手を失い、ちょっとモジモジ。
残った敵の大サメは神出鬼没ではあるものの、数に物を言わせて最後は押し切る形となった。丸呑みや尾びれアタックは強烈で、3匹の中で1番タフで強かったのは確か。
積極的に敵を追尾する機能が備わっていたら、犠牲者の一人や二人、出ていたかも知れない。
『倒した~、勝った~!』
『やった~、レベルも上がりました~!』
『おめでとう~、あれ、みんな上がった?』
1匹目で美井奈が、2匹目で弾美が、3匹目で瑠璃がそれぞれレベルアップしていたようだ。みんなでそれぞれ祝福し合い、その後に敵の落とした鍵を使って宝箱を開ける運びに。戦闘後のお楽しみタイムを、一同はしばし満喫する。
中ボスからは水の術書や金のメダル、ポケットの増える服や皮素材などがドロップ。宝箱からは土の宝珠や流氷のスカート、土の呼び水などが出て来た。
初めての流氷シリーズだが、どうやら女性キャラ限定のようだ。かなりの良装備で、パーティの底上げをしてくれるのは間違いない。
ややこしい分配は、時間を取れる明日と言う事で皆は納得。代表して瑠璃がカバンに放り込んでおく事に。時間にせかされているようだが、それもまぁ仕方ない。
残ったのは、眼下に広がる部屋にポツンといるエリアボス。何だかちょっと寂しそう。
落下ダメージが怖いので、来た道を素直に歩いて戻る一行。ポケットの補充やヒーリングも、事前にしっかり整えて。準備万端で挑んだエリアボスの、特殊攻撃はと言えば。
ひたすら泥人形を吐き出す事だけと判明。
――期間限定イベントで、一番簡単なエリアボス攻略でしたとさ。
* *
ちなみに、主な今回の入手装備。
――蜂のレイピア 攻撃力+9 器用度+2《耐久10/10》
――蛮族の弓 攻撃力+9《耐久9/7》
――骨の矢の矢筒 攻撃力+7
――編み上げブーツ 攻撃力+3、防+6
――カンガルー服 ポケット+2、MP+6、防+7
――流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10
掛かった時間は1時間20分、まだ平気だとの美井奈の言葉を受けて。中立エリアでの薬品補充もそこそこに、ステージ4最後のアスレチックエリアに挑む事に。
そこからの所要時間は約30分。罠だの仕掛けだの狡猾な敵だので、途中色々波乱はあったものの。幸い一人の脱落者も出す事も無く。
――次の層へのステップアップに成功するパーティ一同でしたとさ。