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♯06 連休最後の合同イン!

 時間はもうすぐ朝の9時、今日も爽やかな良い天気に恵まれている。午後になれば日差しが幾分強く感じる事だろうと、瑠璃は待ち合わせ場所の住宅街の外れの公園前で思考を巡らせる。

 そうなるともう、春うららなどと言っていられない、初夏にシフトする季節感を味わう事になる。


 公園内には人影は無し、祝日の朝の早い時間だから当然とも言える。子供だけで遊ぼうと思ったら、少し歩けば大きな公園が学区エリアの端に存在するのだ。弾美と瑠璃が毎朝ジョギングで訪れる、立派な敷地面積を誇る運動公園が。

 今日も早朝に、犬達の散歩に出掛けたばかり。


 今日はこの連休中恒例となっていた、早朝からのイベント攻略は取り止めになっている。その代わり、新パーティ仲間である美井奈を招いて、朝9時からの合同インの運びとなったのだが。

 合同インの企画者の瑠璃が、美井奈が住宅街の番地だけで弾美の家を探すのは大変だろうと。遊びに訪れる予定の、少女との待ち合わせ場所を公園に指定したのだった。

 そんな訳で、10分前から美井奈が現れるのを待っている。


 昨日話した感じでは、少女ははきはきした感じの人懐っこい素直な性格に見て取れた。もろ外人風の外見や、たまに突飛な行動を取るのにはちょっと驚いたけれど。

 何より弾美の性格と言うかペースと言うかノリに、自然に付いて来れる所が良い。


「瑠璃お姉ちゃま~!」


 自分を姉と慕ってくれる所も、もちろん良い。……呼び方はちょっとアレだが。ちょっとだけ駆け足で、レンガ歩道をこちらへと向かって来る美井奈に、瑠璃は軽く手を振った。

 完全な駆け足で無い理由は、すぐに判明。片手と言うか両手で抱えないと重いのではという感じの荷物を持参している様だ。予備モニターはこちらで用意すると言っておいたので、コントローラーと布巻きタイプのキーボードだけ持って来ている筈なのだが。

 

「おはよう、美井奈ちゃん。……荷物重そうだけど、何が入ってるの?」

「えへへ、昨日の事母さまに話したら、お礼とお近付きの印にお土産持って行きなさいって」

「あらあら、そんなお気遣いは無用なのに。お母さんにお礼言っておいてね?」


 瑠璃の返答に、美井奈は嬉しそうな笑みを顔いっぱいに広げ、やっぱりお姉様っぽい発言だと口にした。自然に手を繋いで来る美井奈に瑠璃は何となく照れながら、荷物を持ってあげる。

 美井奈の突飛な行動は、余り気にしない事に。どうせ歩いて3分の距離だ。


 弾美の家の中に案内されると、美井奈は好奇心を丸出しにして家の中を見て回りたがった。自分の家がマンションだし、モデルルームの珍しさもあったのだろう。瑠璃は少女を落ち着かせるのに一苦労。

 コロンの行動を思わせる美井奈に、朝からペースを狂わされっ放しだ。


「さっさとコントロールを繋げ、美井奈。イベントエリアが混み出したら、余計な時間が掛かる!」

「は、はいっ。お兄様っ!」

「お兄様はやめろっ!」


 鶴の一声、弾美の言葉には素直に従う美井奈に、瑠璃もちょっと一安心。思えば、マロンもこんな感じで弾美は調教していたっけと、瑠璃は思い至る。

 何というか、懐かれるだけでは良しとせず、適度な距離を置くことも必要なのだと実感。津嶋家は女性の方が強いので、どうしても情が先走ってしまうのではと、瑠璃は思いに耽ってしまう。

 昨日読んだ恋愛小説も、情が深すぎたせいで途中から憎愛劇になっていたし。


 以後気をつけようと、歳不相応の感情を泳がせる瑠璃であった。

 

     *     *


 昨日のお遊び的な経験値と熟練度アップ目的のエリア突入とは違い、今朝のパーティにはどこか緊張感が溢れていた。先程まではしゃいでた美井奈の面影は、コントローラーを握ってモニター前に居座る今は全く無い。その緊張を察した瑠璃も、つられて表情が固くなる。

 本格的な三人パーティでの行動だし、よそ様の家にお邪魔している緊張もあるのだろうし。さらに一度のゲームオーバーも許されない美井奈の心情を考えれば、ガチガチになるのも仕方ないとは弾美も思うのだが。

 しかし何故瑠璃まで緊張しているのかは、弾美には理解不能。


「……なんで瑠璃まで緊張してる?」

「だって美井奈ちゃん、一回死んだらイベント終了だよ? しっかり守ってあげないと!」


 どうやら瑠璃は美井奈の妹属性に、すっかり脳を浸蝕されてしまっているようだ。弾美はため息をついて、今日の攻略手順を頭の中のリストから引っ張り出す。

 慎重に行こうとは思っていたが、これはさらに時間を掛ける必要があるかも。


「あ~、今日はゆっくり行こうな? 2時間で2エリア攻略、行けそうなら3つ行く感じで。昨日のフォーメーションを復習しながら行くから……装備チェックいいな?」


 そう言いながらも、弾美は自分の装備やアイテムをチェック。妖精もちゃっかり使用したが、昨日のようなプレゼントは用意されていない模様。進達の話では、小ポーションなどの薬品を貰える事もあるそうなのだが。

 ここら辺はランダムなのか、いまいち法則がよく分らない。弾美はハズミンの武器の耐久度をチェックし、ポケットの薬品も抜かりなく使い易いように組み替える。

 他にも色々、朝の内にアイテム合成で薬品や防具を仕入れた弾美と瑠璃。やや割高だったが、ポケットが倍に増えるベルトも購入しておいて良かったと思う。

 これでいざという時の状態異常にも、素早く対応出来る。


 名前:ハズミン 属性:闇 レベル:14

 取得スキル  :片手剣27《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 

           :闇14《SPヒール》

 種族スキル  :闇14《敵感知》


 装備  :武器 シミター 攻撃力+10《耐久12/12》

      :盾 木の盾 防+4《耐久7/7》

      :頭 黒いバンダナ 闇スキル+3、SP+10%、防+3

      :首 皮の首輪 防+1

      :耳1 玉のピアス 防+1

      :耳2 白玉のピアス HP+5、防+1

      :胴 皮の服 防+6

      :腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

      :指輪1 皮の指輪 防+2

      :指輪2 皮の指輪 防+2

      :背 皮のマント 防+2

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :両脚 なめしズボン 攻撃力+1、防+5

      :両足 皮のブーツ 防+3


 ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬

            :小ポーション :中ポーション :万能薬



 もっとも、薬品に頼ってばかりいると、魔法を覚えている仲間達から非難と不審の目を向けられるだろうが。このあたりの調整が難しいと、弾美は内心冷や汗をかく。

 何しろ、一度ヘソを曲げると瑠璃は――いやいや、女は面倒。美井奈ですら、一応は女の子なのだし、仲間内に敵を作る愚策だけは何としても避けたいと、真剣に思う弾美だった。


 弾美と瑠璃が、そんな感じで物思いにふけっている頃。一番最後にインしてアイテムチェックをしていた美井奈が、不意に驚きの声を上げた。隣で覗き込む二人にしきりに指差し、画面の中のログを見せびらかす。

 ログを見るに、どうやら妖精チェックをした際に指輪をプレゼントされたらしい。

 

 ――あらまぁ、昨日あんなに尽くしてあげたのにまだこんな最下層でウロウロしてるの? 仕方ないなぁ……アナタってば以下略――


 ――妖精の指輪 光スキル+2、風スキル+2 HP+2 防+2


「おおっ、結構いい性能だな。得したな、美井奈!」

「嬉しい~、私初めて妖精さんに防具もらいました~!」

「良かったね~、美井奈ちゃん!」


 はしゃぎながらも、美井奈は貰ったばかりの指輪を早速装備。瑠璃が朝一で仕入れてくれていた高性能のベルトも、泣きたくなる程嬉しかったのは言うまでも無く。お礼に一刻も早く、仲間に信頼されるような頼もしいキャラになりたいと願う美井奈。

 メイン世界では湧かなかった感情に、戸惑いつつも新たな決意表明。


「私っ、頼られるくらい強くなりますっ!」


 名前:ミイナ 属性:雷 レベル:12

 取得スキル  :水10《ヒール》 :光19《ライトヒール》    

 種族スキル  :雷12《攻撃速度UP+3%》


 装備  :武器 粗末な長棒 攻撃力+6《耐久10/11》

      :遠隔 木の弓 攻撃力+8《耐久11/11》

      :筒 木の矢 攻撃力+6

      :頭 白いバンダナ 光スキル+3、武器スキル+1、防+3

      :首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2

      :耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

      :耳2 玉のピアス 防+1

      :胴 木綿のローブ MP+3、光スキル+1、防+4

      :腕輪 皮のグローブ 防+4

      :指輪1 皮の指輪 防+2

      :指輪2 妖精の指輪 光スキル+2、風スキル+2 HP+2 防+2

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :背 皮のマント 防+2

      :両脚 皮のズボン 防+4

      :両足 皮のブーツ 防+3


 ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :小ポーション

            :小エーテル :小エーテル :万能薬



 一方、ルリルリは瑠璃の心配性な所や勤勉さを反映しているのか、取得魔法の数が一番多い。しかも回復や防御が得意な水属性の特性を発揮しており、縁の下の力持ち的な存在に。

 美井奈がバリバリの前衛なら、もっと破壊力のあるパーティ編成を組めたのだろうが、それは言わないお約束。でこぼこっぽい組み合わせも楽しみつつ、瑠璃はパーティの支え役を今日も担うつもり充分である。


 名前:ルリルリ 属性:水 レベル:14

 取得スキル  :細剣16《二段突き》 :光11《光属性付与》 

          :水20《ヒール》 《ウォーターシェル》  

 種族スキル  :水14《魔法回復量UP+10%》


 装備  :武器 ブロンズレイピア 攻撃力+8《耐久11/11》

      :頭 赤いバンダナ 火スキル+3、腕力+1、防+3

      :首 妖精のネックレス 光スキル+1、風スキル+1 防+1

      :耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

      :耳2 青玉のピアス MP+5、防+1

      :胴 木綿のローブ MP+3、光スキル+1、防+4

      :腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

      :指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

      :指輪2 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

      :背 皮のマント 防+2

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :両脚 皮のズボン 防+4

      :両足 ゴーレムのブーツ MP+3、防+2


 ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬

            :小エーテル :小エーテル :万能薬



 各自装備のチェックを終え、まず最初に入るのは昨日も経験値稼ぎにお世話になったエリア。ステージ4から扉の数が4枚に増えるのだが、どうやら最初に選べるのはその内の2枚のみとの妖精の話。

 相変わらず、規則的な造りの石畳の通路が真っ直ぐに続くエリアである。両脇には太い柱が等間隔で並んでおり、たまに敵キャラの発見が遅れてしまう事態も。

 釣り役の美井奈は、その度に大慌て。


 今日は直接パーティ仲間に声の指示が出せる分、女性陣二人はともかく、弾美はリラックス出来る。美井奈に釣りの催促をして、エリア攻略は半ばまでは割と順調。

 昨日のペースを思い出したのか、美井奈も調子に乗って来る。


「もっとどんどん釣って来ていいぞ~、美井奈。敵を倒しながら奥に行く感じでな」

「このペースより速くていいんですね? 分りました、隊長!」

「あ~、隊長って呼び方はいいね~?」


 よく分からない、瑠璃のほのぼのとした突っ込みを無視しつつ。リンクが厄介な獣人や蛮族の群れをひたすら撃破して進む事10分余り。ようやくマップに変化が現れて、壁の両サイドに佇む中ボスっぽいモンスターの影二つ。

 左側の敵は、ステージ3のアスレチックエリアで見掛けた中ボスの大サソリ。尻尾の先端に炎が灯っており、両手の鋏も殴られると痛そう。右の敵は、もはやすっかりお馴染みのゴーレム。

 動かない敵2体の後ろには、大きな扉が見える。どうやら扉のガーディアンの模様。


「む、見慣れたサソリとゴーレムだな。近くの敵が再ポップしない内に、ゴーレムから倒すか」

「サソリは私、見た事無いですね~。特殊攻撃は、やっぱり毒ですか?」

「えっ、すぐ下のアスレチックエリアにいなかった?」

「見てないですねぇ……そう言えば、ここに一人で入って死んじゃった時、獣人は1匹も見掛けなかったし、まるで別のエリアみたいです。……なんででしょうか、隊長?」


 弾美は眉をひそませ、以前自分で立てたイベント内でのレベル補正の仮説を修正。恐らく、エリアインしたキャラに合わせて敵キャラにも補正が為されるのは当たっているのだろう。

 ただ、他にも中ボスクラスの敵を投入したり、敵の種類や数を増やしたりして攻略の難易度を上げているという事態が推測出来る。下の層でレベルを上げて挑んでも、決して楽には攻略出来ない仕様にしてあるのだろう。

 逆に、低レベルでの早解きにも対応出来ているし、さらには慎重な攻略者にも適正な経験値の提供が可能。今回は、そういう細かい所の設定が良く出来ているようだ。

 弾美がそう仮説を述べると、二人は感心して同時にこっくりと頷いた。


「なるほどぉ、凄いんですねぇ!」

「逆に言うと、俺達くらいレベル上げちゃってると、既に早解きで妖精に賞品貰う可能性は極端に薄くなってる訳だな。敵の数や強敵が、エリアに増えちゃってるんだから」

「じゃあ、これからもゆっくり攻略でいいんだね~。よし、ヒーリング終了! 美井奈ちゃん、釣っていいよ」


 ゴーレムとの戦闘は滞りなく終了、合鍵とステージ1で見たMP付きブーツをドロップ。ついでに真向かいの反対側の扉を守る、大サソリもやっつける。こいつも合鍵と合成素材の甲殻をドロップする。

 ハズミンが戦闘中に毒を受けたが、ミイナの状態回復魔法がすかさず飛んで事無きを得た。コストの掛からない回復に、パーティの戦術も少しは増えて行きそうな気配。

 瑠璃がそう持ち上げるので、美井奈はテレテレ。勢いでまた抱きついて来たり。


「お姉ちゃま~っ!」

「み、美井奈ちゃん、ゲームの途中だから……」


 扉の方には鍵は掛かっておらず、中に入ると宝箱が2つ。ガーディアンが落としたのは、1つの扉に付き1個の合鍵だから、必然的に1つしか開けられない事になる。

 ただ、瑠璃が素材をしこたま合成屋に持ち込んだお陰で、手持ちの合鍵は10個を超える所有数となっている。瑠璃がそれを告げる前に、弾美は意地悪く美井奈に問いかける。


「美井奈、2つに1つだ! 右と左、どっちを選ぶ?」

「えっ、私が選ぶんですかっ!? えっ、ええと…………左?」

「よしっ、外れてたら責任を取るようにっ!」

「えええっ……!」


 ハズミンは左の宝箱に歩み寄り、中ボスドロップの合鍵を使用。宝箱は一瞬の間の後、パカッと開いた。美井奈はそれを確認して安堵のため息をついた後、一転して元気に万歳の掛け声。

 中には剣術指南書が入っていた。かなりの大当たりに、弾美の顔もほころぶ。


「あの……合鍵合成で持ってるけど、使う?」

「ええっ、両方開けたら聞かれた意味無いじゃないですか!」

「無いな、まぁ罠かも知れないが開けてみよう」


 ブー垂れる美井奈を無視して、ハズミンは2個目の宝箱もオープン。今度はギルが入っていたようで、ログにそれ程多くない金額が貰えたとの表示が。

 瑠璃はちょっと嫌な予感。罠じゃなかった事で、逆に警戒心が湧いてしまう。


「ハズミちゃん、何だか嫌な予感がするんだけど……」

「そうだな、欲張りすぎると何かあるかもな。ただ。何があるかが分らない」

「あ~、大きいつづらと小さいつづらですか?」


 美井奈のたとえ話は、言い得て妙な感じはしたのだが。それが何かは分らないまま、一行は反対側の小部屋に移動。同じような配置で宝箱が2つ鎮座しているのを目にする。

 今度は美井奈は、考えた末に右の箱を選択。ハズミンが開けると、雷の術書が出て来た。またも喜ぶ美井奈に、弾美は剣術指南書と一緒にトレードする。

 美井奈はしこたま感激し、弾美に向けて例の神様発言の騒ぎの後。両方いっぺんに使用して、遠隔スキルが+2、雷スキルが+1上昇したのを報告して来る。

 まだまだひよっ子だが、希望は見えて来たかも。


「よかったね~、美井奈ちゃん!」

「はいっ、後3つでスキル技取得です!」


 その後も、迷った挙句にこちらの宝箱の残りも開けてみたり。中身はポーション1個のみで、かなり微妙な感じ。不審に思いつつも、再び一直線の石畳を進む一行。雑魚の数は少し減って来たが、通路の終わりはまだ見えない。

 しばらく進むと、先程と同じガーディアンの守る扉が左右の壁に2つ。今回違うのは、少し進んだ場所にようやく終焉の門が見えた事。割と大きな門で、扉は元から付いてない。

 さらに奥へと続いている感じで、ボス部屋では無さそうだが。


「おっ、ようやくボスエリアかな? ちょっと中を調べておくか」

「ほいほい~、敵に見つからない感じて、そっとだね?」


 用心して覗き込む、3対の眼。中は少し大きな部屋になっていて、4匹の巨人が佇んでいた。中ボスか、ひょっとしたらエリアボスなのかも知れない。いかにも強そうな敵に、三人は見つからない様にそっと退避。

 宝物庫のガーディアンは、ぬり壁みたいな変なモンスターと、いかにも堅そうなガーゴイル。苦心して倒した結果、薬品数個と合鍵2個、少し上等なマント、風の術書をゲットした。

 マントはハズミンが装備、風の術書は瑠璃が保管となり、いよいよ宝箱に直面。


「……開けるぞ」


 今度の宝箱は開けた途端にハズミンがレベルアップ。どうやら経験値が入手出来る宝箱だった模様。仲間の祝福に答えつつ、ステータスとスキルポイントを振り分ける弾美。瑠璃がためらいつつも、もう1個を開錠する。

 小エーテルが1個のみ、凄く微妙。


 反対側に移動する途中、瑠璃は門の中の部屋に変化があるのに気付いた。敵の中に赤い色が混じっていた気がして、思わず足を止める瑠璃。巨人は薄い灰色で、衣装の腰ミノも暗い色だった筈なのに。

 気付かれない様に覗くと、さっきは明らかにいなかった赤い肌の蛮族が2体増えている。顔には紋様の入った木製の仮面、手には凶悪なつくりの長槍を持っている。

 ひょろっとした体躯はボス補正なのか、雑魚より二廻りは大きい。


 ログ画面に、金のメダルゲットの文字が流れた。感動する美井奈の声と共に、ルリルリの目前でさらに1体追加されるボス蛮族。成る程と、瑠璃は思わず感心してしまう。

 大きなつづらには、モンスターがいっぱい入っていましたとさ。


「ハズミちゃん、宝箱の仕組みが今解けたよ……箱を開けた数だけ、奥の部屋のボスが増えるみたい……」

「なに~~っ!?」

「ええっ、じゃあ今……7匹もいるんですか?」


 指を折って数え上げる美井奈に向けて、いるんですよと瑠璃はちょっと虚ろに脳内で返答してみたり。慌てて駆け寄る仲間が見たのは、室内にぎっしり詰め込まれているボスクラスのモンスターの群れ。

 大きい敵ばかりで、部屋が小さく見えるのは如何なものか。

 

「やばいなぁ、全部リンクしたら死ねるぞ……」

「ど、とうしましょうか隊長?」

「リンクさせないように釣ってくれ、美井奈」

「無理ですっ、あんなひしめき合っているのに!」


 確かにそうだ、言われなくても良く見える。弾美は考えた末に、マラソンに少しは慣れいてる瑠璃に釣ってもらう作戦に変更。その間にハズミンが敵を1匹ずつ倒し、ミイナが回復補助をする。

 ミイナのMPが無くなったら、ルリルリとマラソン役を交代してもらう。


「ううっ、マラソンなんてやった事無いです……」

「慣れろ、それともタイマン勝負に持ち込んで、一人ノルマ1匹ずつ倒すか?」

「それはもっと無理です~!」

「7匹全部来たらどうしよう、ハズミちゃん……?」

「……その時は全力で、入った扉まで逃げろ!」


 それはかなり無茶な命令ではあるが、諦めるよりはいい作戦かも知れない。例えそれが竹槍で大戦艦に立ち向かうような、無謀な類いのモノであっても。

 瑠璃は、残りの二人に用意は整ったかの伺いを立て、そろりと単身大きな門をくぐる。敵の感知範囲は、思ったよりは広かった模様。呆気なく見つかって、すくみ上がるルリルリ。

 ぐるりと振り向いたのは、4体の巨人の方。


「き、来たよっ!」

「瑠璃は2匹でいい、何とか引き回してくれっ!」


 ところがどこで狂ったか。3番目に出て来た敵に殴りかかったハズミンに、2番目にスルーした筈の巨人も戻って戦闘参加。予期せぬでっかい巨人3体同時相手に、ミイナからはハズミンの身体が見えない有り様。

 みるみる減って行くハズミンのHPに、美井奈も瑠璃もパニック状態。


「ふえ~ん、ハズミちゃんごめん! 戻ってもう1匹引き抜くの無理っぽい!」

「ど、ど、どうしましょう隊長? かっ、回復!」

「落ち着け~っ! 美井奈、1匹弓で釣って瑠璃みたいに引き回してくれっ!」


 いくらなんでも、3方向からの攻撃ではバックステップも盾防御も効果がない。弾美は内心焦りまくりつつも、戦闘前に仕込んだ虎の子の炎の神酒と神酒をポケットから使用。

 美井奈から回復魔法も飛んで来て、取り敢えずはHPは安全圏に。


「お姉ちゃま~~!」


 よく分からない叫び声の後、美井奈は巨人の1体に攻撃。その一撃でヘイトを取って、一目散に瑠璃を追って逃げ出す。地面を揺らしながら追い掛けて来る敵が余程怖いのだろう。半べそをかきながら、怖いという単語を連続で口にしている。

 瑠璃の先導する声も聞こえているのか、いないのか。ぐるぐる廻ってとの助言に、今度はぐるぐるという言葉を繰り返し始める美井奈。あんまり奥まで戻らないでと、再び瑠璃のアドバイス。傍目で見ていたらきっと大笑いしただろうが、あいにく弾美にはそこまでの余裕はない。

 それでも、炎の神酒の攻撃力アップ効果は凄まじく、弾美は何とか最初の1体を倒し切れた。これで残りは1体ずつ、まずは目の前の残った方の敵の相手をすれば良い。

 しかし弾美が1匹減らして一息ついた頃、予断を許さない追加シナリオの幕開けが。美井奈が瑠璃の言い付けを守らなかった(聞こえていなかった?)せいで、再ポップした雑魚獣人2匹にも絡まれてしまっていたのだ。

 状況は何だか、あまり変わっていないらしい。


「きゃ~、助けて~! お姉ちゃま、もう嫌だ~!」

「諦めちゃ駄目、美井奈ちゃん! ……どうしよ、ハズミちゃん?」

「……瑠璃の巨人、こっちによこせ。瑠璃はフリーになって、絡んだ雑魚の退治と回復支援。美井奈はそのまま、マラソンの練習……上手くなるまでずっと」


 マジ泣き一歩手前の美井奈に、生暖かい声援を送りつつ。瑠璃の連れて来た巨人にスキル技を喰らわせて、まずは瑠璃をフリーにする弾美。お返しにルリルリから回復魔法が飛んで来て、再びハズミンのHPは安全圏に。

 肝心のミイナも、HPは半分まで減っていた。回復魔法を飛ばすと、こちらにヘイトが来るかも知れないと、瑠璃は代わりに光属性付与の魔法を掛けて、雑魚獣人2匹に殴りかかる。


「ほら、追い掛ける数が減ったよ、美井奈ちゃん! ポーションで回復して」

「ふえ~っ、巨人がまだいます!」

「それを取ったら練習にならないよ……大丈夫、殴られない距離を保って、ぐるぐるだよ!」

「ぐるぐる、ぐるぐる……」


 今度は少し吹いた。弾美は笑いを堪えて女性陣の会話を聞き流しつつ、大急ぎで2体目の敵を倒しに掛かる。何しろ炎の神酒、効き目は凄いのだが……効果が切れた途端、酔っ払いのバットステータスになるのだ。

 魔法の詠唱が出来なくなるのはまだいいが、千鳥足で勝手に向きが変わるのは痛い。


 瑠璃が雑魚2匹を倒すのと、弾美が2体目の巨人を倒すのはほぼ同時だった。これで瑠璃は完全フリー。ハズミンの元に駆け寄り、残りの敵の討伐に力を貸し始める。

 ちらりと美井奈の様子を見るのも忘れない二人。少女は今は、少し落ち着いてコントローラーを握って画面に集中出来ていた。それでも時折、唸るようにぐるぐると口から言葉がこぼれる。

 ミイナのHPゲージも、今は安全圏で落ち着いているよう。


 3体目を倒した後、瑠璃は自分のレベルがいつの間にか上がっているのに気付いた。ポイントを割り振りながら、今は安定したマラソンに従事している美井奈に報告する。


「レベル上がったよ、美井奈ちゃん!」

「ぐるぐる?」

「そう、こっちに巨人連れて来て!」


 今度は盛大に吹き出した弾美に、瑠璃はきつい顔付きでお黙りなさい的な視線を向ける。最後の戦闘は、いつの間にやらハズミンが炎の神酒の効果切れ、かなりグダグダに。それでも山を乗り切った後の感動に、美井奈は泣き出す寸前だったり。

 抱き付き合って喜ぶ女性二人に、弾美は蚊帳の外。……ちょっと寂しい。


 ハズミンの酔いの回復待ちとヒーリングの後、大部屋に残ったボス蛮族を三人で見遣り。作戦の発表を待つ二人の視線に、弾美はお気楽に口を開く。

 爽やかな口調で、苛めに聞こえないよう努力して。


「よしっ、今度は2匹マラソンしてみようか、美井奈!」

「えっ、お姉ちゃまと1匹ずつじゃ……?」

「お姉ちゃまがサポートしてくれるから、今度はテン張らずに頑張れよ!」


 怯える小動物の目を向ける少女に、瑠璃は一応励ましの言葉を掛ける。今日は慣れない美井奈が弾美に弄ばれない様にと、自分の席の位置を二人の真ん中にしたのだが。

 全く効果がない様子で、自分の力の無さを改めて嘆いてしまう瑠璃だったり。自分程度のサイズの防波堤では、自然災害的なビックウェーブには敵いません。

 それでもパーティ内で分担して、強い敵に立ち向かう技術を身に付けるのも大事な事。これから先も、似たような場面やもっと酷い場面が出て来るかも知れないのだ。

 いざとなったら交代してあげると告げると、美井奈は少し安心したようだった。


「い、いきますっ!」


 始まってしまえば、遠隔釣りのアドバンテージを生かしてのマラソンは意外と余裕がある事が判明。美井奈はそれでも緊張感を漂わせつつ、時折ぐるぐるの呪文を口にしつつ、2体の蛮族を引き連れて駆け回る。

 ルリルリはミイナのサポートにも駆けつけれる様、ぐるぐるの真ん中付近で支援体制。ハズミンはひたすら1体目の蛮族と殴り合い、スキル技で派手に敵を追い込んで行く。

 今回は薬品類は使ってないが、その削り力は安定しているよう。


「美井奈、マラソンの調子はどうだ?」

「は、はいっ! 何とかなってます!」

「次の敵、引っこ抜くね~、美井奈ちゃん?」

「は、はいっ、お姉ちゃま!」


 先程の慌ただしい戦闘とは大違い、まともに言葉を掛け合う余裕も出て来ている。これと言ったハプニングも無く、順調に蛮族の数減らしは進んで行く。

 数分後には、ボス蛮族戦は無事終了。


「おっ、片手剣落とした……俺が貰うな、コレ」

「私もレベルアップしました~、嬉しいっ♪」

「おめでと~、美井奈ちゃんっ♪」


 他の主なドロップは、片手斧や短剣など一行の使えない武器や、薬品やメダルや素材類。辛うじて弾美の装備出来る片手剣がドロップして、攻撃力は少々のアップをみせた。

 弾美は早速装備し直して、先頭に立ってダンジョンの奥へと向かう事に。部屋数は残り1つだけ、ボスエリアに辿り着いて、ラスボスを目のあたりにする一行。

 待ち受けるのは、ゴーレムにも負けない巨大な体躯の猿人である。その体躯の半分はメタルコーティングされており、禍々しい雰囲気が漂っているエリアボスだ。

 素手だが、殴られるととても痛そうな。


「……大っきいし、何か堅そうですねぇ……」

「俺と瑠璃が前衛な。状態異常が来たら頼むぞ、美井奈」

「あっ、待ってハズミちゃん。魔法掛け直しておくね」


 瑠璃が防御や支援系の魔法を掛け直して、三人は勇んでボスの眼前に。部屋に入ると同時に、挿入されるイベント動画。天に向かって咆哮して、ゴリラのように胸をドラミング。

 端っこに座る美井奈が、驚きでひあっと声を上げる。今までのパターンだと、こけ脅しにしか過ぎない演出だけど。初めて見る敵なので、強さが測れないのが怖いところだ。

 挿入画像はすぐ終わり、戦場に引き戻される一行。


「皆で削れ~、容赦するな~!」

「はいっ、軍曹!」


 苛め過ぎたのか、弾美の階級が隊長から軍曹に下げられてしまっていた。瑠璃は苦笑しながら、弾美と一緒にボスを殴りに前衛へ。目の前を丸太のような腕の一撃が通り過ぎて行き、一瞬冷やりとさせられる。

 想像していた通り、堅い外皮に削りダメージは芳しくない。スキル技の使用でもHPゲージの減少は微々たるものである。ましてやミイナのヘボ弓術では、一桁のダメージがやっと。

 数分経っても半分削るのがやっとで、反対にこちらは危ない場面が何度か。


「うわっ、範囲攻撃来た~、痛いなっ!」

「美井奈ちゃん、毒受けちゃった。治して~!」

「MPもうすぐ無くなります~! ヒーリングしていいですかっ?」


 それでも何とかパーティ一丸となっての踏ん張りで、粘りに粘って落伍者を出さない構え。堅さを誇る巨大猿も徐々に削られて行き、約5分後には音をたてて崩れ落ちていった。三人はテンションも高くハイタッチ。苦戦した分、喜びもひとしおだ。

 エリア攻略を振り返るに、かなり危ない場面もあったものの。何とか機転を利かして痛手を負わずに済んだ。何より、美井奈の戦闘経験値を得ることが出来、先の展開も楽になりそう。


「最後のボスは、ひょっとして魔法攻撃が弱点だったのかもなぁ」

「あ~、誰も覚えてないよねぇ……ウチのパーティの、今後の課題だね」

「私、光スキルがもう少しで20ですが……都合よく覚えられますかねぇ?」

 

 中立エリアに飛ばされて、そんな感じで戦闘後のお喋りをしつつ。瑠璃は思い出したように、改めて戦利品のログチェック。盛り上がり過ぎてチェックすら忘れていたので、何がカバンに入ったのかさえ分らない。

 堅そうな素材や薬品類、それから聞いた事の無い名前の武器がドロップしたようだ。片手剣のようで、それならさっきの蛮族戦でも出たので被ってしまったかも。何気なく、その性能を目で読み進む瑠璃の、顔色があっという間に変わる。

 ――レイブレード 攻撃力+40《耐久0/2》


「うわ、ハズミちゃん! 攻撃力40もある武器が出てる!」

「え~、何ですかそれっ!」

「マジかっ、何でこんな序盤に……って、耐久度が0/2って何だ?」


 確かにそうだ。耐久度が0の武器は、極端に切れが悪くなっており、使い続ければ壊れて完全に無くなってしまうのだ。しかし、そうなる前に鍛冶屋で砥ぎ直してもらえば済む問題。

 瑠璃は慌てて鍛冶屋に直行、言い渡された修理代を見てビックリ仰天。


「うわっ、修理代に2万ギルも掛かるよ、ハズミちゃん!」

「ひ、ひどいなそれは……耐久度1の修理で1万ギルかよっ!」

「私、そんなに持ってませんよ!」


 美井奈には期待していないが、確かに高いと弾美も思う。今までNMやボスの討伐で入って来たパーティ資産が、丁度そのくらいだ。最近はエリア攻略のために薬品を買い足したり、合成にも依頼代金が掛かるので、出て行く出費も多かったり。

 弾美は仕方なく、修理を保留。瑠璃にそのまま持っていてもらう事に。


 代わりに瑠璃は、代理合成屋さんの合成リストの中から、サソリ皮使用のレシピを発見。通いつめて依頼している内に、いつの間にかレパートリーが増えたようだ。

 サソリ皮のパーティストックは2枚しかない。念のために1枚を取っておき、1枚使用で盾を合成して貰う事に。出来上がりを弾美に渡すと、代わりに木の盾が返って来た。

 ――サソリ皮の盾 防+6《耐久8/8》


     *     *


「さっきのエリアは45分くらいか、もっと長くいた気がしたけどなぁ」

「ボス戦がやたら長かったからね~、次はどこだっけ?」

「一番右の扉ですね、そこをクリアでそこの真ん中の大きい扉に入れるみたいですよ」

「んじゃ、入るか……装備と薬品チェックいいな?」

「オッケーです、隊長!」


 美井奈の機嫌もようやく治って来ているし、固さも何とか取れてきた模様である。弾美は突入の掛け声を掛けて、本日2つ目のエリア攻略の開始を告げる。 

 入って最初の感想は、薄暗くて不気味な風景のダンジョンである。初っ端のソロステージのような、牢屋みたいな雰囲気の背景。道も細くて入り組んでいるよう。

 そして目に付く敵も、最初のダンジョンとほぼ一緒。ゾンビやスケルトン、火の玉やコウモリなどの、地下生息モンスターばかりの構成となっている様子である。


 雑魚なりにレベル補正が効いてはいるが、ルリルリの光属性付与の剣攻撃が面白いほど良く効く。弾美はお付き合い程度の攻撃にとどめて、瑠璃の前衛スキル上達を催促する。

 ミイナの弓も、少しずつではあるが熟練度の上昇が見られるようだ。大体レベルに対して2.5倍の数値まで上昇するので、ミイナなら30位の数値が理想なのだが。

 今はやっと10を越えた程度、伸びしろはまだまだたっぷりある。


 陰湿な通路は入り組んでおり、行き止まりになった場所を何度も引き返しの破目に。パーティで正解の道を探す事15分あまり、ようやく開けた場所に出て来た。

 目に付いたのは、湯気の上がる水溜りと赤茶けた地面のエリア。湿地にも見えるが草の変わりに真っ赤な水晶のオブジェがあちこちに立ち並んでいる。

 辿り着いた空き地も、やはりどこか不気味な感じに見えるのは否めない。モンスターもサソリや毒キノコ、ヒルやゴーストなど嫌なカテゴリーの物ばかり。


「何だか嫌なエリアですね、ここ」

「そうだな、毒や吸血や呪い、掛かると雑魚でもやばいぞ」

「ポケットの中身、入れ替えた方がいいかな?」

「私が全部回復します、平気です!」


 意気込む美井奈に、暖かい信頼の笑みで返す瑠璃。一方の弾美は、平気な顔でポケットの中身に万能薬と聖水を追加する。聖水は飲めば呪い状態解除だし、攻撃アイテムとして使用すれば、光属性付与の魔法と同じ効果を得る事が出来る。意外に重宝する一品だ。

 獣人やボス級の敵がたまに落とすのだが、街の教会でも売っている。


「あ~、お兄さんっ! 何で万能薬と聖水、わざわざポケットに増やしてるんですかっ。私を信用してくださいよ!」

「無茶を言うなっ、第一呪いは聖水か上位の光ヒールのみの回復だろ!」

「だったら聖水だけでいいじゃないですか、万能薬は外して下さい!」

「念のためだろうが! だいたいMPもブーストしてないのに、前衛二人分の回復は無理があるだろうに!」


 瑠璃を挟んで、やいのやいのと言い始める二人。瑠璃は完全に板挟みの心情で、どちらをなだめて良いのやら。取り敢えずは美井奈に、自分の回復をメインにお願いすると、少女の機嫌は安直になおったようだ。


「お兄さんなんて、毒で痺れちゃえばいいんですっ!」

「いいからさっさと釣れ、美井奈!」


 パーティ内に漂う不穏な空気の中、湿地帯の狩りはスタート。サソリや毒キノコの特殊技が来るたび、ひらりと華麗に避けるハズミン。瑠璃の隣に座る美井奈の口からは、その内敵の応援が小声で漏れて来る始末。

 その内に、美井奈の願いが叶ったのか、毒キノコの範囲技の胞子飛ばしで全員が痺れ状態に。技を潰し損なった弾美はケラケラ笑いながら、自分はさっさと万能薬を使用。


「わはは、痺れ状態って詠唱不可も付くんだなっ。美井奈、魔法掛けれなくて残念だなっ(笑)」

「ぐぬぬっ……!」


 半泣き状態で、弾美を睨みつける美井奈。手の中のコントローラーが怒りにプルプルと震えて、反動でミイナの挙動もカクカクし始めて。瑠璃が注意を飛ばそうと思った時には、雷娘は湿地の水溜りにはまり込んでいた。

 毒の水によるダメージで、あっという間にミイナのHPは減って行く。弾美の笑い声は、呼吸困難の域に達し、見かねた瑠璃は弾美の太腿を思いっきりつねり上げる。

 最後は自分の悲鳴で我に返った弾美。瑠璃の睨みつける表情より前に、大人気なかったとちょっと自己反省。


「笑って悪かった、美井奈。今はへなちょこなのは、仕方ない事だもんな……近い将来、必ずお前を一流のハンターにしてやるっ。約束と仲直りだ!」

「そうそう、最初は失敗したっていいんだよ! 一緒に頑張って頂点を目指そう!」


 一流とか頂点とか、傍目にはちょっと胡散臭いかなとは思いつつ。二人が場を盛り上げるために口にした言葉に、少女は意外に好反応を示したり。

 半ベソだった顔ににわかに朱が注し、復活した元気を示すように、両手でガッツポーズ。


「やります私っ! 頂点を取りますっ、キラメく星を目指しますっ!」

「が、頑張ろう?」


 まだひりひりする内腿をさすりつつ、弾美は一行に狩りの再開を告げる。美井奈は今回は慎重に、敵から位置を取る事で同じ過ちの回避を目指している模様。

 障害物や段差のある複雑な地形での釣りに、遠隔武器の弓矢は大活躍だった。前衛役の二人は安心して、安全な場所で戦闘する事が出来るのだ。そうこうしている内に湿地帯のモンスターは減って行き、一行は場所移動。

 先行していたミイナは、小高い丘に不気味な影を見掛ける。


「はやっ、見た事無い敵がいます! 中ボスかな?」

「むっ……アンデッド? 死神っぽいな」


 大きな鎌をもつ衣を纏ったボス級の敵は、ハズミン達を感知すると瞬間移動で襲い掛かって来た。パーティを驚かせたその奇策も、しかし実際はたった数回の攻撃で撃沈。

 丘の頂上に現れる明らかな出口用魔方陣と、何か鍵の様なアイテム。黙り込む一同。


「……すごい弱かったね」

「あのアイテム取ったら、このエリア終わりかな?」

「あっ、でも丘の後ろに通路がありましたよ、3つ」


 ドロップは初期装備よりはマシな大鎌、不審がる一行はエリアボスは奥の通路にいると判断を下した。鍵のようなアイテムは後で取る事にして、右端の通路から探検を開始する事に。

 途中に点在するゲジゲジ型モンスターを蹴散らし、一行は奥へと進んで行く。辿り着いたのは清浄な雰囲気の泉と、その周囲を徘徊する色彩豊かなスライムの群れ。

 狩りの号令は、もちろん瑠璃から。嬉しそうに、細剣を振るい出す。


「ポーション~♪ 落とせ~!」

「あっ、オレンジ色のスライムはエーテル落としましたよ!」


 敵を全て狩り終わると、やたらと目立つのは泉の中央に存在するポイント。カーソルは移動するのだが、タゲってボタンを押しても何も起こらないのは如何なものか。

 何かトレードするのかと、弾美がポーションを試してみても反応は無し。


「トレードと違うのか、何か別の場所でアイテム見つけるのかな?」

「名前が『F・ポイント』ってあるね~? Fって何だろう?」

「ん~、ふぁ、ファンタジーとか……?」

「泉の精とか出て来ないかなぁ? そしたら何かねだるのに」


 弾美の泉の精という言葉に、瑠璃がぴくっと反応する。なるほど、妖精と言う単語は思い浮かばなかった。瑠璃はアイテム欄から妖精を使用。エリア攻略中は呼び出さないで頂戴というお叱りを受け、第一案は没の運びに。

 それならばと、今度は泉のポイントに妖精を恐る恐るトレードしてみる。


 ――ああっ、何て清浄な雰囲気、久々に生き返るわネッ☆ ここはワタシ達妖精に力を蘇らせてくれる、この地下では数少ないポイントみたい♪

 お礼に何か、トレードして御覧なさい? た・だ・しっ、欲張らないでネ☆


「おおっ、やるな瑠璃! 問題解決かっ、どうやった?」

「すごいです、お姉ちゃまっ! 何を使ったんですかっ?」

「えへへ、ハズミちゃんの泉の精から妖精を思い出したの。ほら、フェアリーのFかもって。それで妖精を、泉のポイントにトレードしてみたの」


 話を聞いた残りの二人もそれぞれ妖精を使用して、問題は次に何をトレードするかの議論。欲張るなという事は、多分一人1回のみなのだろう。取り敢えず、美井奈が試しにエーテルを投入。

 回復量の多い、中エーテルになったとのログ。おおっと、盛り上がる一行。


「武器や防具は駄目なのかな? 指輪トレードしてみようか」


 弾美の試みはあえなく失敗、妖精はそっぽを向いて何の反応もなし。それを隣で見ていた瑠璃が、今度もまた何か思いついたよう。自分のキャラのアイテム欄から、泉にトレードを実行。

 妖精への祈りが通じたのか、瑠璃は万歳しながら嬌声を上げた。


「すごいっ、お姉ちゃまって天才ですっ!」

「おおっ、レイブレードが使えるようになった、でかしたぞ瑠璃っ!」


 締めて2万ギルの儲け、妖精が望みを叶えてくれて本当に良かった。耐久度を取り戻したレイブレードをハズミンに渡しながら、瑠璃はこの上なくご満悦の表情。

 これでいざという時のボス戦などが、断然有利になった。

 

 ウキウキ気分で元来た道を戻ってみると、丘の上には先程の死神が。どうやら完全復活しており、通路から出た一行に瞬間移動で襲い掛かって来るデジャヴ。

 両手武器の大鎌の一撃で、ざっくり大幅に減るルリルリのHP。驚きと怒声の中、唐突に始まりやっぱり唐突に終わる戦闘。先程よりは強かったボスの死神だが、ハズミンの二段斬りで案外楽に倒す事が出来た。先程と同じく、丘の上に魔方陣と鍵らしきアイテムが再出現する。

 何となく仕掛けが分かって、重い空気が一行を支配。


「……あと2回、今の奴生き返っても平気かな?」

「……攻撃受けた時のダメージが、結構凄かったんだけど……」

「段々と強くなる仕掛け……ですよね?」


 それでも、未開の地があるならば踏破しなければなるまいと。弾美の掛け声と共に、今度は真ん中の通路に進む一行。雑魚を倒している最中に、ハズミンがレベルアップ。

 おめでとうの祝福の言葉の中、ハズミンは一足先に16へ。片手剣にポイントを振り込み、覚えたスキルは《下段斬り》――ダメージと共に、敵の回避や移動速度を低下させる技である。

 これで連続スキル使用の追い込みが出来ると、弾美は満面の笑み。いそいそと、スキル技を発動枠の一つにセットする。


 通路の行き止まりには、今度は扉と両端に佇むガーディアンが2体。犬の顔をした人型のモブで、武器はサーベルの二刀流と、片手斧の二刀流らしい。二刀流の連続攻撃は、ベテランでも避けるのが非常に厄介だ。

 パーティで相談した結果、2対にたかられての戦闘は非常に危険だとの結論が出て。弾美と瑠璃で1体ずつ受け持ち、美井奈が両方の支援をする態勢を取る事に決定。

 なるべく先に弾美が1体倒して、瑠璃の応援に駆けつけるという作戦だ。


「な、なるべく早く応援お願い、ハズミちゃん」

「おうっ、でも勿体無いから奥の手は使わない」

「奥の手……ああっ、あの剣ですか!」


 戦いはかなりの一進一退振りで、特に瑠璃の方はピンチの連続だった。敵の攻撃には特に嫌らしい特殊技は無いものの、二刀流自体が反則っぽい削り能力なのだ。

 幸い敵の防御力もHPも、それ程高くは設定されてなかった様子。ハズミンが敵の猛攻に手こずりながら、自分の相手をようやく撃破。ルリルリは辛うじて生き延びていたが、ミイナのMP切れで大ピンチ。割って入ったハズミンが《下段斬り》と《二段斬り》の連続技でヘイトを奪う。

 残った敵のHPは、ほぼハズミンだけで削り切った。


「もちっと防御、上手くなれよ瑠璃」

「め、面目ない……」


 倒した敵から宝箱の鍵が2個出たので、部屋の中に入る時には期待大の一行。案の定、小さな室内には宝箱が2つ並んで置かれてあった。弾美が代表で、喜び勇んで開錠する。

 宝箱の中からは、両手斧と両手槍が1つずつ。表のガーディアンもサーベルと片手斧を落としたので、このエリアのテーマは武器の新調なのかも知れない。


 いらない武器が増えて来たので、戻ったら全部売ろうと決意する瑠璃。それにしては、肝心の自分がスキルを伸ばしている細剣が出ないのが何とも憎たらしい。

 それより弾美の言う通り、防御の練習をしたほうがいのかも。


 通路を戻ると、やはり再ポップしていた死神モンスター。今度は充分な用意で持って、丘の麓に躍り出たので苦戦をする筈もない……との考えは浅はかだった。

 先程よりはるかに強く、HP補正も高い様子のボスモンスター。元からの凄まじい攻撃力は、ブロックしてもお構い無しにこちらを消耗させて来る。さらに麻痺や呪いなどのステータス異常を起こす特殊技には、危ない場面も何度か。

 ハズミンのスキル技の連続使用と、ルリルリの光属性での削りが地味に効いて、3度目の死神は消滅。闇の術書とエリクサーを落とし、再度丘の上に魔方陣の発動。


「強かったですねぇ……」

「瑠璃、聖水あと幾つある……?」

「ん~、こっちは全部使っちゃった……」


 ハズミンのカバンの中にも、かろうじて後1個残っているだけ。呪いの状態になると、ランダムで座り込んだり近くの味方を殴ったり、勝手にポケットの薬品を消費したり、とんでもない行動を起こすのだ。はっきり言って、戦闘どころではない。

 それでも、時間はまだインして50分くらい。もう1本、進んでない通路がある。行かねばなるまいと弾美が言うと、美井奈が悲壮な顔付きで激しく同意して来た。

 無理をせずに攻略するって約束はどこに行ったのかなと、瑠璃はちょっと呆れ顔。


 3本目の通路には、今度は獣人がたむろしていた。結構手強い雑魚相手に、一同は手こずりつつも奥を目指す。今度の通路には細かな分岐が存在しており、時間を取られつつもマップでチェックして廻る。

 行き止まりの小部屋にはサル型の敵や蛮人の群れが。そいつらを全て倒すと、中央に鍵の掛かっていない宝箱がポップする仕掛けのようだ。


「おっ、聖水が入ってた。瑠璃、これ持ってろ」

「えっ、美井奈ちゃんは……あっ、後衛だから範囲に入らなければ平気なのかぁ」


 そんな小部屋が途中に4部屋。中には聖水が2本、炎の神酒やエーテルもゲット。いかにもボス戦に使ってください、使わないと確実にあの世行きですよみたいな融通である。

 そんな弾美の邪推も、あながち的外れではないのだろう。


 ついでに瑠璃と美井奈が、途中の雑魚の経験値で同時にレベルアップとなった。抱き合って喜び合いつつ、二人とも新スキル取得でハイになっている模様である。

 取得したスキルは、瑠璃が《クリティカル1》――文字通りクリティカル率がちょっと上がる細剣スキルである。通常時でも発動する補正スキルなので、細剣の攻撃力の低さを少しは補える。

 美井奈は弓術から《みだれ撃ち》――矢は多く消費するが、格段に高い瞬間ダメージを与える事が可能なスキル技だ。さらには光属性から《ホーリー》――光属性の攻撃魔法を覚えた。

 こんな最初に覚えられるのはラッキーで、パーティ待望の攻撃魔法に場も盛り上がる。


「これで死神も怖くない……かなぁ?」

「弓じゃ全然ダメージ出なかったですからねぇ」

「へっぽこから、少しだけ卒業だな」


 軽口を叩き合いつつ、最後の部屋へと辿り着く一行。迎え撃つのは、部屋の中央に鎮座する雪男と大キツネの中ボスペア。そして何故か周りには、サルと蛮族の雑魚がうじゃうじゃ。

 ご丁寧に周囲を歩き回っていて、思い切り決戦の雰囲気に水をさしている。ボスと雑魚の混合に戸惑いつつも、それでも全部倒すのは確定の事実ではある。

 サルと雪男は、同種族っぽくてリンクしそうでちょっと怖いのだが。それをかんがみて、弾美は蛮族から掃除しようと美井奈に釣りの指示を出す。

 頷いた少女は緊張気味に、離れた奴にアタック開始。


「わっ……リンク無しで釣れましたっ!」

「……いいじゃないか、何を騒ぐ必要がある?」

「いえっ、絶対何かやらかすと、謝る準備をしてたもので」

「…………」


 順調に雑魚の蛮族は減って行き、お次はお猿さんの番。1匹目は何事も無く、2匹目で案の定リンクの発生。雑魚同士ならまだ良かったのだが、思惑に反して雪男と大キツネがミイナを追い掛け始めていた。

 美井奈の悲鳴は、果たして用意されていたものか否か。


「マラソンは無理っぽいから、瑠璃がキツネをキープ、美井奈は雑魚をたのむ!」

「キツネは雷属性だよ、ハズミちゃん」

「むっ、そうか……じゃあ美井奈がキツネな!」

「にゃあっ!?」


 雪男のタゲを《下段斬り》で素早く取ると、ハズミンは上手に反撃をかわしながら雑魚に殴りかかる。美井奈は動転しながらも、何とか大キツネと睨み合い。幸い大キツネの主要攻撃は、狐火飛ばしと放電のようで、自分からは近付いて来ない。

 ルリルリは水属性なので、火には強いが雷には弱い。属性の強弱という相関関係を疎かにすると、余計なダメージを受けてしまい、気付いた時には昇天の憂き目を見る事もあるのだ。


 美井奈の戦況を気にしつつ、弾美と瑠璃が雑魚を始末し終えた時には。美井奈は受けた遠隔ダメージを自己回復しつつ、逆に弓での遠隔攻撃を仕掛けていた。

 孤軍奮闘する美井奈の口からは、今度は小さくにゃあとの呟きが。敵から魔法が飛んでくるたびに、自然とこぼれている様子。ぐるぐるよりはマシだけどと、弾美は暫し思いに耽る。

 猫なんだか狐なんだか、もうよく分からない。


 弾美の《下段斬り》で動きの鈍っていた雪男だが、範囲攻撃の氷雪攻撃でハズミンとルリルリのコンビも一転ピンチに。ダメージだけでなく、麻痺も受けてしまう。

 幸い、ポケットに1個だけ残っていた万能薬で状態異常を回復し、弾美は雪男に殴り掛かる。再び《下段斬り》から《二段斬り》の連続スキル技使用。雪男の体力は一気に半分へ。

 ルリルリも少し遅れて、キャラの麻痺を解除に掛かる。それからハズミンの隣に滑り込んで、こちらもスキル技の《二段突き》で雪男に攻撃を仕掛ける。

 その一撃が弾美に負けないダメージだったので、瑠璃は一瞬驚きの表情。画面に表示された数字を見つめ、クリティカルだったと思い至り、途端に小さくガッツポーズ。

 その後瑠璃は、弾美が横目でこちらを見て笑っているのに気付きしばし赤面。


 雪男をやっつけてしまうと、後は三人で大キツネを囲みに掛かれて一安心。範囲放電で手痛い目に合いつつも、殴り倒す事に成功する。その後、恒例のハイタッチで再び盛り上がる一同。労いの言葉を受け、美井奈も満更ではない表情。

 ドロップは雷の術書と氷の術書、薬品やギルに混ざって良質の棍棒と皮素材も出た模様。消費したポケットの中身を補充し、気は重いが再び死神とご対面に道を戻る一行。


「よしっ、マップ全部制覇したし、多分最後の戦闘だ。気合い入れろ~!」

「はいっ、頑張りましょ~!」

「ハズミちゃん、聖水これだけで足りるかな~?」

「足りない分は気合いでカバーだっ! 美井奈、覚えた魔法をぶちかませ!」

「美井奈、ぶちかましますっ!」


 盛り上がりだけはマックスのまま、再々度の訪問の丘の見える場所へ。通路を出た途端、挿入されるイベント動画。死神の鎌が暗闇で不気味な光を放ち、ぼろぼろの端切れが風になびく。

 最初の一撃は、やはり死神モンスターから。4度目の登場で、完全にエリアボスへと変貌を遂げた死神は、瞬間ワープでミイナの遠隔攻撃をかわす。さらに、ハズミンの眼前に登場しての横薙ぎの一撃。

 予測出来ない攻撃に、一気にHPが削られる。

 

 弾美と瑠璃の揃っての反撃も、敵の体力の1割を削った所まで。再び瞬間移動で距離を取られ、離れた距離からの魔法攻撃を飛ばされる。結果、二人のステータスが毒状態に。

 構わず近付いたハズミンの目の前で、再度掻き消える死神。


「うぜえっ、じっとしてろ~!」

「みゃあっ、こっち来たっ! ワープは卑怯っ!」

「ハズミちゃん、毒治さないとっ!」


 奇妙な追いかけっこで焦れる前衛陣、慌てふためいて距離を取る美井奈。やっと追いついた弾美が《下段斬り》を放つも、やっぱり飛んで来た呪いの魔法で痛恨のスキル技空振り、追撃を放てない。

 それでもルリルリが意外な頑張りを見せ、弾美の一時離脱の空隙を埋めている。光の付与魔法がじりじりと死神の体力を奪うが、反撃の大鎌の一撃は強烈過ぎた。

 ルリルリのHPは一気に半減、女性陣の悲鳴と共にさらに追撃の一撃。


 ルリルリが生きていたのは奇跡としか言いようが無い。真っ赤のHPゲージ、残りの生命力はたった一桁。無防備に立ち尽くすしかない彼女を救ったのは、ミイナの覚えたての新魔法だった。

 光スキル20と言うのは、このレベルでは結構高いほう。更に敵は闇属性なのだ、効かない訳がない。一撃で死神のHPの2割強を削り取る、光魔法ホーリーの強烈なダメージ。

 再詠唱可能になるや、もう一度同じ呪文をぶっ放す。


「お姉ちゃまっ、今のうちに回復をっ!」

「美井奈っ、こっちに走って来いっ!」

 

 慌ただしい指示が飛ぶ中、再び死神の瞬間移動。ミイナを次の犠牲と決めたようだが、既に雷娘はそこにはいない。弾美の指示に従って、二人の待つ丘の麓へと駆け下りていた。

 ルリルリも自己回復、種族スキルの効果もあり、1度の回復で半分近く生命力を取り戻す。殴る相手を失った死神は、魔法範囲からもまんまと逃げ出した獲物を追うべく、再びワープを選択。


 しかし、今度こそ固まって待ち構えていたパーティは、死神の逃亡を許さない。ハズミンが連続スキルでタゲを取り戻すと、ルリルリも光魔法を帯びた細剣でスキル技を見舞う。

 止めは再び、ミイナの光魔法。死神の残りHPをきっちり削り切り、4度目の丘の上攻防戦にようやくのケリがついた。




 歓喜と脱力、瑠璃に抱きついて喜ぶ美井奈の頭を、ぐりぐりと撫でて労わりを現す弾美。瑠璃は主に脱力の感情が強かったが、表情には喜びが隠し切れずに湧き出ている。

 最後はやっぱりハイタッチで締めて、出口の魔方陣に飛び込む一同。宙に浮いた鍵を取るイベント動画が挿入され、1時間振りに中立エリアに戻って来れた。


 エリアボスの死神は、凄く性能の良い両手鎌をドロップ。後は希少素材や薬品、呪われたペンダントが1つ。血の色の首装備は非常に高性能なのだが、装備した者は常時呪い状態になってしまう。

 聖水を飲めば一定時間は正気に戻るのだが、いったん装備したら装備解除不可。教会で解除して貰うまで、戦闘中に味方を殴ったり敵を回復したり、装備を全部外してしまったりと、戦力にはならない有り様となる。


「美井奈、頑張ったご褒美に呪い装備をやる。大事に持ってろよっ!」

「これって、使い道あるんですか? ってか、凄い性能ですねぇ……」

「装備しちゃ駄目だよ、美井奈ちゃん。教会があれば呪い解除で使えるようになるのかなぁ?」

「高い金、取られそうだけどな。レア装備には間違いないかな」


 時間は11時を少し廻ったところ、瑠璃が入手した武器や何やらを換金している間に、弾美にギルドメンバーの進から通信が入った。内容は午後のオフ会の集まりの最終チェックと、集まる人数の確認である。

 マメな進らしく、こういう所はきちっとしている。


「ハズミちゃん、死神の鎌が9千ギルで売れた~♪ 他の武器も合わせて、全部で2万くらい♪」

「お金持ちですっ、お姉ちゃまっ♪ でも、ここじゃあんまり使い道もないですねぇ」

「美井奈、午後からオフ会あるんだけど一緒に来るか? 進と弘一の小学生兄弟も来たいって騒いでいるらしいから、こっちも追加で参加させて貰ってもいいぞ」

「えっ、いいんですかっ? 是非行きたいですっ!」


 電車で10分も移動すれば、学生がよく利用するアミューズメントスポットが存在する。場所はそこに決まっていたのだが、寸前で計画が兄弟にばれたのだろう。

 追加のお伺いの通信に、こちらも一人連れて行くとの返事を飛ばす。


 そうと決まれば、リアルでのお祭りに美井奈はハイテンションな様子。どこに行くのかだの何を着ていくのかだの、騒がしく二人にまとわり付いて来る。

 挙句の果てには、瑠璃のお出掛け衣装を一緒に選ぶと言う名目で、瑠璃の部屋まで転がり込む始末。弾美の支度は5分で済んだが、待てど暮らせど女性陣が降りて来ない。

 いい加減いらだった弾美が家の内庭から声を掛けると、がらりと窓が開き美井奈が顔を出す。その後ろからは、慌てた感じの瑠璃の悲鳴のような声。

 ……何故かまだ、着替えの最中だったらしい。


「隊長、ミニのスカートとフリルの可愛いワンピース、どっちがいいですかねぇ?」

「……ボウリング行くんだ、程々にな」


 どうやら瑠璃は、美井奈に色々と着せ替えされて遊ばれていたようだ。弾美の隣ではコロンも、やや心配そうに窓を見上げている。


「……男で良かったよな」





 ――弾美の呟きに、コロンはもちろん返事を返しはしなかった。


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