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♯04 初のアスレチックエリア!

「あ~、今度はアスレチックエリアかぁ~」


 連休2日目の朝、昨日とほぼ同じスケジュールを経てモニター前に座る二人。昨日と同じ、早い時間でのインで限定イベントの攻略をすべく、二人は弾美の部屋でコントローラを手にしていた。

 今日も取り敢えずの目標は、縛りの2時間で2部屋のまったり攻略。瑠璃の言うアスレチックエリアをクリアすれば、ステージ3へと辿り着くことが出来るのだが。

 ダンジョンには付きものとは言え、瑠璃に限っては嫌な思い出しかない。


 他のギルドメンバーのチームとは差がついてはいるものの、まだまだ先は長い。そもそもゴールして一番になる条件が、未だに明確に発表されていないのも不思議である。

 ボスの魔女を最終的に倒せば良いとは予測出来るものの、それに当たって必要なのはスピード攻略とは限らないのがミソ。レベルの高さとか特定アイテム入手とか、色んな要素が必要になって来るとも考えられる。

 ステージ間は後戻り出来ないのだ、慎重に進んで悪い事は何も無い。


 ただし、瑠璃の苦手なアスレチックエリアは別とも言える。明確に時間を使わせる事が目的の仕掛けや道のりは、駆け足でさっさとクリアしてしまうに限る。

 居座り続けても、嫌な仕掛けでダメージが増えるだけ。


「ヘマするなよ、瑠璃! 朝イチから攻略失敗なんかしてたら、今日一日ブルーに過ごす事になるからなっ!」

「う、うん……頑張るよっ!」

 

 確かにそうだ。今日は待望の押し花と折り紙展、更には書道展に行って、バイトも夕方から入ってるのだ。初っ端から躓いてたら、確かに一日重い気分で過ごさないといけなくなる。

 苦手だなどとは言ってられない。

 

 とは言っても、一般的にアスレチックエリアは敵の数はともかく、色んな仕掛けがプレイヤーの行く手を邪魔して来る。トリッキーで、意地悪なステージ構成となっているのが常識。

 例えば、タイミングを合わせてすり抜けないとダメージを受けてしまう罠や、細い通路を落ちずに進まないと時間を消費してペナルティを受けたりなどの仕掛け等々。

 特にファンスカの中でも、アクション要素が強いのが特徴なのだ。


 入ってみた感じでは、そんなに幅の広くはない空間が、つづら折り状の坂道となって広がっている感じ。相変わらず根っこがあちこち張っていて、それが障害物にもなっているよう。さらにはいかにも邪魔っぽい所に、モンスターや罠っぽい装置が配置されている。

 ハズミンの敵探知レーダーは、一見何も見えない場所の敵も、見逃す事無く存在を知らせてくれる。こういう意地悪なエリアでは、とても便利なスキルに違いないのだが。

 後ろに従うパートナーも、果たして守りが得られるものかどうか定かではない。


「俺が先行するから、遅れずに付いて来いよ」

「わかったよ、ハズミちゃん!」


 いかにも時間を使わせるように設計されたつづら折り状の階段坂を、二人のキャラは軽快にのぼって行く。3D表示のエリアに、早くも障害物が行く手を阻むよう設置されている。

 ハズミンは、ためらわず片手剣で攻撃を繰り出す。派手に壊れ去る、ぼろぼろの木樽。これを壊さないと、キャラの通るルートが確保出来ないのだから仕方がない。

 壊した木樽が10個目を数える頃、木樽の中からネズミ型のモンスターが飛び出て来た。不意を突かれたハズミンは攻撃を受けてしまい、慌てた瑠璃はそいつを倒そうと殴り掛かる。

 しかし細い通路で、慌てて場所移動したのが不味かったようで。


「うあっ、落とされたっ?」


 小さなネズミの体当たりで、何とルリルリは階段の端から真っ逆さま。丁寧に落下ダメージまで受け、上って来た道を半周分ほど強制的に戻される始末。

 隣に座る幼馴染みの冷たい眼差しが、とても痛い。取り敢えず瀕死のネズミに止めを差し、ルリルリは何も無かったように再び階段をのぼり出す。

 待っていてくれている弾美に追い付こうと、顔には出さないが必死な瑠璃。


「……ハズミちゃん、回復いる?」

「いいから、さっさと追いついてくれ」


 他の仕掛けも結構意地悪で、ハズミンの敵感知レーダーは、覚えたてのせいかほとんど役に立たなかった。いないと思っている場所からの攻撃で、何度か階段を落とされたりHPを減らされたりと、色々忙しい。

 一度は急に操作が利かなくなったマイキャラに、瑠璃が不思議そうに首を傾げる場面も。


「あれ、障害物あるのかな? 前に進まなくなっちゃった」

「おバカ、蔦型モンスターに絡まれてる。HP減っていってる!」


 そのトラップは先頭のハズミンをスルーして、後に続くルリルリをピンポイントで狙ったようだ。瑠璃は半ギレで細剣を振るい、自分を掴んでいる蔦モンスターを切り刻んで脱出。

 戦闘後にHPゲージを見たら、ルリルリの体力は半分まで減っていた。倒した敵がドロップした万能薬が、お情けみたいでちょっと悲しい。


「……ハズミちゃん、万能薬いる?」

「いいから、さっさと追いついてくれ!」


 そんなこんなで、10分後にはおよそエリアの半分を踏破。丁度中間地点の、踊り場のような広い空間に辿り着いた二人は、おかしな仕掛けを目にして足を止めていた。

 カーソルでクリック出来る、ドラックストアのポスターが右の壁に貼ってあったのだ。佐々木ドラッグと書かれており、大井蒼空町のアーケード通りに実在するお店である。

 二人ももちろん知っていて、故に悩んでいるとも言えるのだが。


「これって、普通の宣伝ポスターだよねぇ?」

「う~ん、ポスターに変な罠は仕掛けないと思うけどなぁ。……悩む時間が勿体無い、無視するのも可哀想だから作動させるぞ!」

「わ、分った!」


 ――佐々木ドラッグでは、連休中のビックチャンス、ポイント3倍セール実施中! さらに、スポーツドリンク、栄養ドリンク、化粧品の激安セールも併せて行っております!

 学生諸君、サラリーマンや主婦の皆さん、連休中のお買い物は佐々木ドラッグをよろしく!


 ポスターのクリックにより、仕掛けが作動。画面いっぱいのコマーシャルにそれは変化する。派手なBGMと共に、流暢な宣伝文句が流れて来て。CMの終わりにもたらされるのは、アイテム取得の軽快なメロディ。 

 ――二人それぞれ、エリクサーをゲット! HPとMPを同時回復する、普通のNPCショップで買えば、かなりお高い薬品である。どうやら、佐々木ドラッグが提供してくれたらしい。

 ドラッグストアらしいと言えば、そうなのかも知れないが。


「わぁい♪ ボス戦に取っておこうっと!」

「……まったく普通の宣伝ポスターだったな」


 やや脱力しつつ、弾美は感想を口にした。アイテムを入手出来たのは嬉しいが、紛らわしい場所に設置しないで欲しいと思う。それともこれも、計算された時間を消費させるためのトラップなのだろうか。

 疑心暗鬼に苛まれる、自分の心がちょっと悲しい。


 エリアの後半も、似たような意地悪な仕掛けに加えつつ。更に加わるのが、剣の範囲外からの段差を利用した遠隔攻撃の仕掛け。そんな嫌味な能力を持つ敵が、二人の進行を妨害する。

 おまけに踏み込み式の罠の発動で毒を受け、二人はなけなしの万能薬も使い切る破目に。今更ながら、ケチってお店で買わなかった事への後悔の悲鳴を上げてみたり。


「ううっ、万能薬買っておけば良かった~!」

「妖精チェックで舞い上がって、買うの忘れてたなぁ……失敗失敗」


 弾美の言う通り、インして恒例の妖精チェック中の出来事。今日は何かが貰える予感がすると張り切る瑠璃の言葉に導かれるように、妖精は今回はネックレスをくれたのだった。

 それに舞い上がってしまっての、お店チェックのうっかり忘れと相成った訳で。これも遠大な、妨害工作の仕掛けの一端だと考えるのは、こちらの考え過ぎだろうか。

 何にせよ、今更後悔しても遅いのだけれど。


 ――あらまぁ、昨日あんなに尽くしてあげたのにまだこんな最下層でウロウロしてるの? 仕方ないなぁ……アナタってば、余程腕に自陣が無いのネ☆

 ちょっとでも力を貸してあげたいけど以下略――


 もっとも、ステージ2の時点で混雑していたせいもあるが、同じエリアに3日間も滞在していたのだ。今までのパターンから何か貰えると勘繰っても、それほど的外れではない。

 結構良い性能の装備だったせいもあり、二人とも有頂天になってしまって、アイテム屋のチェックをすっぽり忘れてしまっていた。今日くらいの人の寂れ方だと、いい感じに薬品も値下がりしていただろうに。

 取り敢えず、戻る事は不可能なのでこのまま突っ切るしかない。


 過ぎ去ってしまった事は、あまり深く考えない性質の弾美の反省はそれでお終い。二人は受けたダメージを魔法で回復し、ボス攻略前の最後のヒーリングを取ろうとお互いに合図を送る。

 このゲーム、HPをヒーリング座りで回復させるより、MPを座って回復させる方が時間が掛からないのだ。その分MP回復薬は、ポーションの3倍くらいの価値があるので、ほいほいとは使い辛かったりするのだけれど。

 要するに、戦闘中以外での効果的な回復方法は、一般的に決まっていると言う事。回復魔法でMPを使ってHPを回復させた後、ヒーリング座りでMPを回復させるという方法だ。

 もっとも、回復魔法を持っていないキャラには不可能な時間節約術だが。


 そういった一般理論を鑑みて、二人の取った方法は至極当然なのだが……。座った途端、階段の仕掛けが作動して、ゴロゴロと丸い岩が上から転がって来た。

 何とも悪質なヒーリング潰しに、休憩も何もあったものではない。慌ててその岩を避けようと立ち上がるのだが、岩が大き過ぎて避難場所が階段の上には皆無。仕方なく殴り掛かろうとするキャラを、轢き逃げして転がる岩は走り去って行く。

 ピキッと、弾美の額に青筋が浮かぶ。


「腹が立つっ! 行くぞ瑠璃、速攻でスキル技使って倒してやるっ!」

「う、うん……MP無くて回復1回しか飛ばないから、ポーション使おうね?」


 MPが回復し切れていない瑠璃とは違って、弾美の方は自信満々。というか、直前の意地悪な仕掛けに、いくらか切れ気味だったり。自信を支えているのは、昨日レベル10になって片手剣に2ポイントスキルを振り終わった途端に覚えた、片手剣の新スキル《二段斬り》である。

 メイン世界では10の次は30まで上げないと覚える事の出来ない新スキルなのだけれど。どうやらイベント世界は短期集中と言う事もあるのか、20で取得出来てしまった。

 話には聞いていたが、この事実に弾美は小躍り。瑠璃も育成方針を少し修正する事に。


「特殊攻撃受けると面倒だから、二人でスキル技使って短期決戦な!」

「りょ、了解~!」


 既に視界に入っている、のぼり階段の終わりの位置。簡素な杭が2本、丁度ゴールか玄関のようにしつらえてあって。二人がそこを通り過ぎると、途端に変わるBGM。

 簡単な強制演出ムービーが、動き出すゴーレムを5割り増しに強く見せる。ハズミン達より3倍近く大きくて、それでなくても強そうなのだが。いかにも堅そうで、力もありそうな中ボスだ。

 何故か体の節々に蔦が絡まっていて、そこがチャームポイントと言えなくもない。


 ハズミンのいきなりの先制攻撃で、アクションを起こす前に大きくHPを削られるゴーレム。瑠璃も負けじと、素早く近付いてスキル技を使用。猛り狂うゴーレムに、二人は必死に応戦。死角を探して移動しつつも、SPが回復するまで軽く斬撃を見舞い続ける。

 お返しとばかりに、ゴーレムの重い一撃がハズミンを捉えた。一瞬びくりと肩を震わせ、急いで回復魔法を使用する瑠璃。ステータス異常は起こってないかとチラ見したら、弾美は笑いながら勝負を決めに掛かっていた。《二段斬り》のスキル技が再度ゴーレムを襲い――

 勝敗は弾美の言葉通り、短期で決した。



「おっし、スキルあればボス戦も割と余裕だな!」

「そうだね~、それにしてもハズミちゃんのスキル技は強いね~」


 二人のキャラは、スキル技の感想を口にしながら次のエリアへと移動。瑠璃は弾美の覚えたスキル技の威力に、羨ましそうに感想を述べる。って言うか、キャラレベルは同じなのに、自分の《二段突き》とは出せるダメージが倍くらい違うような気が。

 その事実に驚いているのが、正直なところ。


「取得したポイントを全部武器に振ってるし、補正スキルの攻撃力アップも効いてるからなぁ。瑠璃も武器にポイント振れば、スキル技も強くなるって」


 そんな話をしながら、ようやくステージ2をクリアし終えたハズミンとルリルリ。ステージ3の中立エリアは、相変わらず人影もまばら。朝の8時前なので、当然とも言えるけれども。

 中立エリアのつくりに関しては、前の層とあまり変わらないように見える。NPCの数も建物の数も、それほど増えたようには見受けられない。問題は、店売りの薬品の値段だろうか。

 情報収集の前に、二人はここで一時休憩。


「菓子パンも買っておけば良かったかなー。まぁいいか、下にも何かある筈だし」

「ゲーム終わったらコーヒー淹れるね。ハズミちゃん、キャラ情報見せて?」


 朝食のサンドイッチを頬張りながら、弾美は瑠璃に促されてコントローラのボタンを操作する。区切りのレベル10に達したキャラには、どことなく弾美も満足そう。

 何より、瞬発力のある削りスキル《二段斬り》を覚えられたのが大きな要因。


 名前:ハズミン 属性:闇 レベル:10

 取得スキル  :片手剣20《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 

 種族スキル  :闇10《敵感知》


 装備  :武器 シミター 攻撃力+10《耐久8/12》

      :首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2

      :耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

      :胴 皮の服 防+6

      :腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

      :指輪1 皮の指輪 防+2

      :指輪2 皮の指輪 防+2

      :背 皮のマント 防+2

      :両脚 なめしズボン 攻撃力+1、防+5

      :両足 皮のブーツ 防+3


 ポケット(最大3) :小ポーション :小ポーション :中ポーション



 一方のルリルリは、どことなく中途半端な感じが漂って来ている。妖精のネックレスのお陰で、光スキルが8まで増えたのは良いが、10にするのを迷っているせいもある。

 スキルが+される防具を装備しての新スキル技の取得は、一見かなりお手軽な方法ではある。+2とか+3とか、メイン世界でも付与されている装備は幾らでもある訳だから。

 しかしそれ故に、強力で無慈悲な制約もあるのだ。


 例えて言えばスキル+3の指輪を装備した状態で、取得したスキルがあるとする。その後、もっと優秀な性能の指輪を入手して、+3の指輪を取り替えたいと思ったとする。

 しかし、そう簡単には事は運ばないのだ。スキル取得の際に装備していた+3防具は、装備を解除した途端、問答無用で破壊されてしまう。そしてその部位は、しばらくの間他の装備の取り付けが不可能となってしまうのだ。

 それが装備の固定化と言われる現象である。


 古い装備が壊れる位ならまだしも、壊れた部位(この場合は指輪)が一定時間、装備不可能状態になってしまうのはとても痛い。それなら誰しも、無理やり付け替えをしたいとは思わない。

 無論、その時点でスキルが-3され、せっかく覚えたスキルも忘れてしまう事態も。


 +1くらいの装備なら、壊れるのを前提で装備しても構わないと誰もが思うのだけど。覚えたスキルや魔法を使えなくなり、装備が出来なくなるのは洒落にならない。

 このジレンマを解消するのが『同化』と言われる作業である。簡単に言うと、ある程度長い時間、その+装備を装着し続けていたり、同じスキルを伸ばし続けていると。装備に+されていたスキルが、キャラの方に同化されて行くのだ。

 そうして同化が完了すると、防具を外す際のペナルティも完全に無くなる仕組みだ。


 序盤で装備を限定、固定化してしまうと、後々困ると弾美にも脅されており。瑠璃は何となく、水スキルや細剣にポイントを振って誤魔化しているのだった。

 本当は、新しい魔法を覚えたくて仕方がなかったり。

  

 名前:ルリルリ 属性:水 レベル:10

 取得スキル  :細剣12《二段突き》 :水17《ヒール》    

 種族スキル  :水10《魔法回復量UP+10%》


 装備  :武器 ブロンズレイピア 攻撃力+8《耐久10/11》

      :首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2

      :耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

      :胴 木綿のローブ MP+3、光スキル+1、防+4

      :腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

      :指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

      :指輪2 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

      :背 皮のマント 防+2

      :両脚 皮のズボン 防+4

      :両足 ゴーレムのブーツ MP+3、防+2


 ポケット(最大3) :中ポーション :小ポーション :小ポーション



 新しい武器を装備しても、さほど強くなった印象を受けない瑠璃。前衛を目指すならやっぱり武器スキルを上げるべきかなと、瑠璃は育成のプランを練り直してみる事に。

 魔法関係の取得は、敵が術書を落とす具合を見て決めても良いし。


 そう言えば、さっきのボスゴーレムも土の術書を落とした。二人とも土スキルは0なので、一応ルリルリが持っておくことにしたのだが。他のドロップは中ポーションに、素材が少し。

 今回のドロップは、外れっぽいと瑠璃は思う。


「素材系のアイテム、結構貯まってるけど……何に使うんだろうねぇ?」

「ん~、クエストあるのかなぁ? 合成に使うっても、スキルも0に戻されてるしな(笑)」


 笑いながら、そう弾美が返して来る。ファンスカにも合成スキルは存在するのだが、キャラのレベルが1に戻されていた時点で、合成スキルも全てキャンセルされてしまっていた。

 限定イベントの仕様で、メイン世界のキャラには被害はないのだが。案外真面目に色々な合成スキルを伸ばしていた瑠璃が、泣きそうな程ショックを受けたのは言うまでもない。

 そう言う訳で、自分で合成はイベント中は無理な仕様のようだ。


「さっきの土の術書、どうする?」

「そっちで使ってもいいし、持っててくれ……よしっ、休憩終わり!」


 先に朝食を終えて、自分のキャラのアイテム整頓をしていた瑠璃。弾美が動き出すのにつられて、アイテムウィンドウを閉じて移動準備を整える。お約束通り、二人は妖精やNPCに話を聞いたり、お店を覗いたりのいつもの行動。

 このステージ攻略の準備を進め始める。


「ハズミちゃん、万能薬320ギルだって」

「おっ、ちょっと買い貯めしておこう!」


 他に使えるお店と言えば、後は鍛冶屋位しかなかった模様。二人はここのアイテム屋で買い物を行った後、いよいよ新しいステージの攻略に本腰を入れる事に。ここも中立エリアから、3つの扉へと続く階段が見える。

 要するに、ステージ2と基本のつくりは一緒。


「ん……? ひょっとして、エリア構造も前と一緒じゃないか、コレ?」

「あ~、でもモンスターは違うみたいだよ……?」


 弾美と瑠璃の言う通り、ステージ3の最初の部屋のマップは、下の層と全く一緒の構造。最初の十字を左に進むと、4匹ずつ2種類の敵がいたが、敵の種類は微妙に違う。

 使い回しは、ダンジョン構成には良くある事だが。


「耳……かな?」


 明らかに体の部位モンスターらしい、耳の左右をくっ付けたような容姿。パタパタと飛ぶ敵は、まるで大きな蝶のようにも見える。部屋の中を好き勝手に飛び回っており、肌色に朱色の紋様がやけに際立って見える。

 それはともかく、瑠璃の感想は安直な推論のみ。


「イヤリングが揃いそうだね」


 瑠璃のその言葉の通り、蝶のようなモンスターは耳装備をドロップ。二人は難無く殲滅後、隣の部屋へと移動する。そこで覗き込んだ次の部屋の体の部位モンスターは、何と生首だった。

 長い髪の毛を真ん中で分け、地面に垂れ下がったその髪が足代わりになって周囲を歩き回っている。顔は達磨さんのそれで、ぎょろりとした目など、何と言うか愛嬌がある。

 どこかのアニメに、出て来そうなキャラかも知れない。


「生首だ~、顔がリアルだったら怖かったね~」

「……確かにそうだな。ってか、合体したら嫌だな」


 生首モンスターは合体こそしなかったが、攻撃時の顔付きがちょっと怖くなる特性があるらしい。特殊攻撃は、長い髪の毛を伸ばしてのがんじがらめ。遠くからでもこちらを察知したら、髪の毛を伸ばして引き寄せを使って来る。

 ドロップは頭装備のバンダナ。これでほぼ全ての部位の装備が埋まった計算になる。


「おっ、後はベルトだけだな。次の部屋かな?」

「時間余裕だね。今日はもう一エリア回るの?」

「ん~、もう一エリア回るか、レベル12まであげながらNM待つかどっちかだな」


 瑠璃はレベルを上げるほうが良いと提案し、結局は前日の殲滅コースをなぞる事に。残りの部屋を回って部位モンスターと獣人を倒しつつ、掃討が終わったら今度は再ポップ待ち。

 1時間が経過する頃には、経験値は1レベルと半分貯まっており、ドロップもまずまず。


「あれ、獣人NM湧いてない……そっちはどうだ、瑠璃?」

「ん~……。あっ、生首湧いてる……3匹も!」


 入り口に近い部屋に、顔の色違いの生首NMが何と三匹も鎮座していた。それを見つけた瑠璃は、その数の多さに喜んで良いのか驚くべきなのか戸惑うばかり。とにかく二人は合流して、どうやって釣るかを検討し始める。

 動き回らないので、リンク必至だという結論には早々と達したのだが。1匹の強さが果たしてどれ位なのかは、想像がちょっとつき難い。中ボスのゴーレム程度なら、何とかなりそうかも。

 とにかく、1匹は速攻で倒そうという作戦に。

 

 ところが実際は、そうは上手くは話は運ばなかった。コイツらの特性を、うっかり見落としていたのが原因ともいえるのだけれど。二人がそろりと近付こうとした途端に、モンスターの髪の毛の引き寄せが発動したのだ。

 しかもハズミンとルリルリが、別々の生首に引き寄せられてしまい、各個撃破の大ピンチ。ここから立てた作戦とは、全くの別ルートと言うか逆ルートへと暴走してしまう。

 運悪く2匹にたかられた瑠璃は、パニックに陥り攻撃どころではない。


「攻撃しないなら、ぐるぐる逃げ回れ、瑠璃っ! 部屋から出でもいいから!」

「わ~~んっ、早く助けてハズミちゃん!」


 もちろんそのつもりだが、とにかく最初の1匹を倒さない事には助けにも行けない。生首NMは攻撃力こそ低いのだが、特殊攻撃とHPの高さがいやらしい。焦っている時には、最悪の相性かも知れない。

 弾美はSPが溜まるたびにスキル技を使用しつつ、足を止めての殴り合い。回復はポーション頼みで、とにかく一歩も引かない構えだ。攻撃を受ければ、それだけ早くSPも溜まる。

 莫迦っぽいが、時間短縮には仕方ない戦法でもある。


 ルリルリの地獄のマラソンは、弾美が1匹目を倒した後も、辛うじてまだ続いていた。HPは2度レッドゾーンに飛び込んだが、回復魔法の詠唱に立ち止まる訳にも行かず。仕方なく、虎の子のポケットのポーションでの即席回復で、命を永らえている。

 自分のキャラと敵モンスターの足の速さはほぼ同じなので、一度引き離してしまえば安全に思えるのだが。敵の特殊技の引き寄せに捕まると、アドバンテージか一瞬にして消え、しかも2匹いっぺんにぼこられる事に。

 とにかく敵との距離を引き離そうと、反対側の部屋に飛び込んでしまった瑠璃。良い感じに引き返せばよかったのだが、弾美と離れてしまったのもちょっと不味かった。

 ポップ待ちの無人の部屋内を、必死に駆けて行くルリルリ。


 ポケットの残りが万能薬だけになって、いよいよ命の灯火がピンチの頃。ようやくハズミンが、瑠璃のモニターをチェックして追いついて来た。瑠璃も反対の部屋を一周して、丁度戻って来ようとした途中の巡り合いだ。

 必死ながらに、なかなかのナイスマラソンである。


「1匹取るから、瑠璃はマラソン続けてろ!」

「わ、分った、お願いハズミちゃん!」


 そんな訳で、弾美は苦もなく有言実行。追いかけて来る敵が1匹に減ってしまうと、地獄のマラソンも途端に楽になった。極楽とまでは行かないが、幽冥界手前くらいだろうか。

 ちょっと距離が開いたのを確認して、瑠璃は回復魔法を自分に使ってみる。NMが湧いた部屋に戻る頃には、ルリルリのHPは完全回復していた。瑠璃は完全に平常心を取り戻し、弾美のモニターを確認する余裕も出てきたり。しかし……そんな余裕をかましていたら。

 部屋に再ポップしていた雑魚にぶつかって、NMに追い付かれたのは内緒。


「よしっ、2匹目倒したっ! 残りはどこだっ?」

「そっ、そっちに連れて行く~」


 こうなったら、勝負は決したも同然だ。残りの1匹を、最後は仲良く二人掛かりで倒し切る事に成功する。ポーションの手持ちを減らした甲斐もあって、ドロップも割と豊富。

 お楽しみの報酬は、色違いの頭装備のバンダナが2枚、それから素材や薬品類が幾つか。そしてお金の代わりに何かと猛威を振るう、金のメダルというアイテムが一枚ドロップ。

 メダル関係は、特殊なアイテムと交換可能の擬似通貨である。


「倒せた~、良かったよ~!」

「良かったな、時間も丁度いいかな。そろそろボス行こう、瑠璃」


 ダンジョンにエリアインして、既に1時間以上の経過である。アスレチックエリアで掛かった時間を加えると、ボス攻略の時間で本当に丁度良いくらい。

 ヒーリングしたり、途中に湧いた雑魚を倒したりしながら最終ボスエリアに進んで行く二人。ダンジョン手前まで戻っていたので、ボス部屋までの到達に時間が掛かるのは仕方が無い。

 そして、はたと気付くのは。

 ボスエリアの手前で、魔法を詠唱してくる獣人NMだったり。


「うおっ、2匹目湧いてる~!」

「さっきのは3匹連れ立ってたから、これは正確には4匹目だよね」

 

 魔法に焦げ目をつけられたハズミンに回復を行いつつ、冷静な口調で訂正する瑠璃。何というか、時間に追われているのに邪魔が入る、デジャヴな感じが心地良い。

 ハズミンは、さっきのNMでめでたくレベルが上がった。ルリルリも今度の戦闘で、間違いなく上がるだろう。ボス戦に向けて、まぁ弾みの一戦だと思えば良い。

 さっきのマラソンに較べると、温過ぎると思える瑠璃だった。


「もはやお約束なお邪魔虫だよね、ボス前のこの子」

「いいから、一緒に殴れ!」


 一緒に殴った結果、敵の魔法攻撃も尻すぼみ。二人掛かりのスキル技の使用で、割と呆気なく勝利の運びに。ルリルリは戦闘終了時に入って来た経験値で、目論み通りレベルアップ。

 残り時間をかんがみて、あまり考える暇も無いまま、キャラの補正ポイントの振り分けを行う瑠璃。ステータスのポイント補正は器用さに、スキルも細剣に振り込む事に。器用さを上げると防御時に回避が、攻撃時にクリティカルが上がるらしい。

 弾美の話だと細剣使いは、クリティカルの出やすい華麗な前衛を目指すべきらしい。


 時間も残り少ないので、さっさとボスエリアへ入る二人。下の層のまるっきりパクリの、鏡と足を乗せる仕掛けだけが存在する部屋が視界に入って来る。

 敵影がまるで無いのも、下の層と全く一緒。


「まるっきりおんなじだね~、ここもドッペルゲンガーかなぁ?」

「ん~、でもちょっと……足を乗せる位置が近くないか?」


 言われてみれば、確かにそんな気も。鏡のすぐ前にある、仕掛けを作動させる為の足裏の形の黒いペイントマーク。くっきりと目立つそれは、下の層より鏡に近い位置に描かれてあるような。

 だからと言って、見ているだけでは何も始まらない。ハズミンはボスを湧かせるために、用心しながら鏡の前のマークに移動。離れた位置でそれを見ていた瑠璃だが、もう一箇所、正確には二箇所ほど、ふと気になる差異を発見した。

 部屋の両端の壁も、一ヶ所ずつ鏡張りになっている。ステージ2でもそうだっけ?


 弾美に確認を取る前に、仕掛けは既に作動してしまっていた。目の前の鏡は無反応、代わりに割れたのは、瑠璃が訝しがっていた左右の壁の鏡のほう。

 2体同時のドッペルゲンガーの出現は、二人の度肝を抜いた。


「うわっ、騙されたっ! しかも……弓攻撃してくるぞ、コイツ!」


 湧いたドッペルゲンガーはその場を動かず、弓での遠隔攻撃をハズミンに見舞い始める。しかも左右両側からの同時攻撃なので、何とも始末が悪い。

 弾美は左のドッペルゲンガーを、最初の標的に定めたようなのだが。瑠璃も同じ敵を殴りに駆け寄った途端、戦況に次なる変化が訪れた――しかも悪い方向に。

 真ん中の鏡が割れて、もう1体のドッペルゲンガーが出現! そいつは何故か、仕掛けに全く触っていない筈のルリルリのコピー、つまりは水属性だ。弾美が二段斬りで削ったばかりの敵のHPをちゃっかり回復し、ルリルリに向けて遠隔攻撃を開始する。

 この敵も、どうやら弓がメイン武器らしい。


「うわっ、なんで私のコピーッがっ!?」

「ひどっ、回復されたぞ、おいっ!」


 弓は本来とても強い武器で、熟練するとその削り能力は計り知れない程である。目の前のドッペルゲンガー達は、それ程まで凶悪な削り能力は無いらしいけれど。

 それでも、3体同時の遠隔攻撃はさすがに堪える。じりじりと、成す術もなく下がって行く二人のHP。逆に敵は離れた位置から回復が飛ぶので、なかなか削り切れない有り様だ。

 このままでは、何も出来ないまま倒されてしまうのは必至だ。


「うわっ、このままじゃジリ貧だっ……瑠璃のコピーから倒すしかないか!」

「りょ、了解……って、うそっ? 2時間過ぎちゃった!?」


 再々度の戦況の変化は、何と妖精の加護切れと来たもんだ。2時間縛りのペナルティである、バットステータスの毒状態のHP減少。妖精がピヨピヨとカバンから飛び出して、二人の周囲を飛び回って危険を知らせているのだが。はっきり言ってそれ所では無い。

 中央の割れた鏡前に引き戻った二人は、接近戦で回復魔法の詠唱を無理やり止めつつ。辛うじて水属性、ルリルリのコピーを激破することに成功。

 弓は距離を詰めると、撃てなくなる事も幸いしたようだ。

 

 それでもその時間の間に、支払った代償は大きかった。ハズミンは2体によって矢ぶすま、回復に追われたルリルリのMPはほぼ枯渇状態。しかし魔法を温存などと言っていられない瑠璃は、アイテムメニューを開いて虎の子のエリクサーを使用する。

 勿体無いなどと、悠長な事は言っていられない状況である。毒状態のHP減少は、今もじりじりと効いているし、回復の為のMPはどうしても必要なのだから。

 延命のために、出来る手は全て打たないと。


 立ち止まっていちいちウィンドウを開いていたせいで、2体目のコピーとの戦闘に出遅れたルリルリだったが。弾美は今度こそ順調に、自身のドッペルゲンガーを追い詰めていた。

 瑠璃は弾美に、その場所から回復支援を送る。更に目前に辿り付いてからの細剣スキル技使用の援護で、程なく2体目との戦闘にもケリが付く。

 ここまで来たら、毒状態と言えど余裕が出て来る二人。

 

「よしっ、何とかなりそうだなっ!」

「冷や冷やしたよ~、3体同時の遠隔攻撃で、しかも時間切れはずるい~!」

「まだ終わってないぞ、瑠璃。こいつらの近距離攻撃も、割と痛いんだからな!」


 そうは言いつつ、3体目は軽口を叩き合いながらの余裕の表情の二人。もはや数に勝る攻撃手段で、怒涛の圧勝へと持ち込む事に成功する。ハイタッチも軽やかに、しかし戦闘後は慌ててエリア脱出に奔走されたりして。

 ペナルティのHP減少は、結構侮れない模様である。


「う~ん、水属性の敵は敵に回すと怖いなぁ。回復が超ウザイ」

「そうだねぇ、でもルリルリを後衛仕様にしちゃうと、回復量はこんなもんじゃないよ?」


 自分の選んだ属性を褒められて、何となく鼻高々な瑠璃だったり。攻略も思ったより順調、って言うかまだ一度もライフポイントを失っていない事実が嬉しい。

 駄目かもと思った瞬間は、この短いイベント中何度かあったのだけれども。やはりパートナーの弾美のフォローに、その都度助けられている結果だろうと瑠璃は思う。

 静香と茜のチームは、早くもイベント期間の序盤で全滅という苦汁を舐めたと報告していた。そんな彼女達のゲームの腕前は、自分とどっこいどっこいだと思う。

 やっぱりそこは、頼れるパートナーの存在の違いかも。


「あっ、しまった……! せっかくボス戦前にスキル注ぎ込んで魔法覚えたのに、肝心のボス戦で使うの忘れてた!」

「……そうなの、ハズミちゃん?」


 ちょっと、性格的には抜けてる所もあるかもだけど。弾美は全く気にしていない様子で、ボス戦のドロップ品の分配に忙しい様子。中立エリアに戻った途端、毒状態は解除されている。

 安心して時間を使いながら、ドロップ品の鑑定を行う弾美。今回の敵からも武器のドロップはあるとは思ったが、何と遠隔系の弓と矢のセットと言う嬉しい誤算である。

 あとは闇と水の術書が1冊ずつ、攻撃力がアップする妙薬の炎の神酒など。


 さっそく術書を使用する二人、キャラの成長もなかなかに順調な感じだ。各々自分の属性のスキルを上げて、弓矢の方は弾美が持つ事に。これで遠くの敵を釣るのがずっと楽になると、弾美はちょっと嬉しそう。

 もっとも、本気で熟練度やスキルを伸ばす気は無さそうだが。

 

 それから二人は、中立エリアのアイテム屋さんで安めの薬品を補充。これは明日以降のための作業で、つまりは落ちる作業に入る。何しろ、今日はたくさん薬品を使ってしまったし、値上がりしない内に買っておかなければ。

 さらに落ちる前に、弾美は進たちにメールを打っている模様。瑠璃はテーブルの上を片付けて、昨日買ったばかりの『読み間違えやすい漢字、熟語500選』を取り出す。

 嗚呼、何て楽しそうなタイトルの本だろう……♪


     *     *


 勉強の途中にトイレに立った弾美は、今日もリビングのテーブルの上にお小遣いが置かれているのを発見してご満悦。ただし、今日はメモの文字が父親のものらしい。これは父親のポケットマネーから出たお金だと、弾美は瑠璃に推測を口にした。

 共稼ぎなのに、弾美の父親はお小遣い制である。その中から身を切るように捻出してくれたのだろうと聞いて、瑠璃は思わず会社ビルのある方向に、手を合わせて拝んでしまった。

 どちらの親も、連休なのに構ってあげられない心の重荷は同じらしい。


 今日は文化会館の開催展巡りと言う事で、マロンとコロンは連れて出歩けない。昨日のような外食案も出たが、結局は瑠璃が作る事に。お小遣いは、いざと言う時のへそくり用に回す算段だ。

 ただし、勝手の違う台所は怖いと瑠璃が言うので、津嶋家に弾美がお邪魔する事に。


 弾美が瑠璃の家を訪れるのは、実はそんなに多くない。瑠璃の母親の恭子に捕まると、大変な苦行が発生するからだ。瑠璃の父親も、弾美を見ると何故だか妙にそわそわし始める。

 男親と言うのは難しいのだと、いつかの恭子さん談。


 そんな訳で、弾美のラーメンが食べたいと言う案は却下され、うどんが二人分、15分でテーブルに現れた。ちゃんと肉と卵とかまぼことネギが、綺麗にトッピングされている。

 まずまずの及第点だと弾美が評価すると、瑠璃はにこりと笑った。


 食べ終わってしばらくは胃を落ち着けていた二人だが、やがて瑠璃が着替えへと自分の部屋に上がって行った。それを機に弾美も出掛ける準備をと、一旦家に戻る事に。

 連休初日と同じくジョギングの為に家を出、そのまま弾美の部屋にお邪魔した瑠璃は、部屋に戻るのは早朝以来の事。だから母親が今日の外出用の服を、わざわざ出して用意していてくれたのを、部屋に戻って初めて知ったのだが……。

 手にとって確かめて脱力。持っている中で、一番可愛くて丈の短いスカートだったり。


 瑠璃はしばし考えて、この衣装を着用するのと、母親からうるさく小言を頂く事態を天秤にかける。脳内でシュミレーションする事数秒、答えは割とすぐに出た。

 他の衣装をわざわざ出すのも面倒だし、母親の顔を立てる事も大事だろうし。そうと決まればさっさと着替えて、頭は楽しいお出掛けのイメージへと移行させる事が大事。

 ……あれ、でも夕方にはバイトも入ってるんじゃなかったっけ?


 まぁ、マリモは文化会館とは反対方向だし、一度着替えに戻るのもアリかも知れない。そんな弁解も、瑠璃の心中の照れから来るものなのだけれど。肝心の弾美は、瑠璃の格好を見て明らかに驚いていたが、微かに面白がっているようにも見えた。

 目的地の文化会館は、運動公園の敷地の向こう側でちょっと遠い。朝はジョギングで毎日走っているだけに、昼くらいは自転車を使おうと車庫から出していた弾美だったが。

 元の位置に戻しながら、ちょっと皮肉めいた言葉で瑠璃をからかう。


「それじゃ自転車乗れないな、歩いて行こうか」

「う、うん……」


 何となく照れながら、ついて来ようとするコロンを強引に敷地に押しとどめつつ。瑠璃は俯き加減のまま、曖昧な返事を返す。それでも歩き出してしまうと、いつもの位置取りに瑠璃は平常心を取り戻した。

 弾美の隣で、マロンとコロンこそいないが、散歩気分で歩を進める。

 

     *     *


 目的地の文化会館に着いてみると、既に入り口付近で群集が結構な賑わいを見せていた。二人は催し物の案内板を頼りに、吹き抜けのロビーから取り敢えず2階を目指す。

 会館は結構な敷地面積を誇っているせいもあって、催し物展が重なったりすると、一度に5つの展示会があったりする。今回も連休のせいか、そんな感じの盛況振りらしい。

 それでも案内板を見れば、簡単に展示状況は把握出来る。


「結構人が多いな、どっちから見ようか? 両方、2階の展示室らしいけど」

「ん~、書道展からにしようか? 司書の永田さん、会場のお手伝いでいるかも知れないって」

「へえっ、じゃあそっち先に行こうか」

「んっと……2階のF会場だって、ハズミちゃん」


 書道展示会の会場は、それ程大きなスペースでは無かったものの。展示の数は結構あって、小学生の賞を取った作品から、先生と呼ばれる人の作品まで様々のよう。

 作品も授業で使う半紙のサイズから、畳1畳のサイズのものまで幅広い。中には板切れのようなものに直接書かれていたり、色画用紙をに書かれていたりと趣向も多様な感じである。

 作品群に法則があるとすれば、この街の住民の応募作品からの選出がメインという事だろうか。知っている人の名前がチラホラ出て来るのは、案外この街が狭いせいかも知れない。

 残念ながら、会場に司書さんの姿は見えなかった。会場入り口で案内役の人が、住所と名前の記入をお願いして来たので、いたらここで目にしたのであろう。

 瑠璃はひたすら残念がったが、それはそれで仕方が無い事態である。取り敢えずは、あとでちゃんと司書さんに感想を言えるように、作品をじっくり見て廻らなければ。

 そんな訳で、取り敢えずは弾美と一緒に見学に集中する事に。


「瑠璃、これ何て書いてるんだ?」

「ん~、草書で書かれていることはわかるけど……」

「どこかで習った気がするなぁ、草書とか楷書とか。そもそも読めない字って、果たして価値があるのかな?」

「昔の人は、ちゃんと読めたんだよ。それでもやっぱり、崩して書いてるのには変わりないけど」


 二人は書道の基本とか良し悪しが、そもそも良く分からないので。評価するのはもっぱら取り上げられている言葉や文章とか、バランスの感じとか。たまに、書かれている素材などにも感心をしてみたり。

 ただついて来た感じの弾美も、それなりに書道展の雰囲気を楽しんでいるようである。瑠璃の分かる範囲での展示物へのウンチクに、なるほどと耳を傾けている。

 おおよそ30分で全てを見て廻り、次のエリアへ。

 

 押し花・折り紙展になると、会場は3倍くらいの大きさとなっていた。展示品も圧倒的に書道展より多く、さすがに入場料を取るだけはあると思わせる催し物になっている。

 とは言っても、学生はたったの200円で、しかしその分物販は充実している感じ。出口付近に設置されているお土産売り場の人だかりは、入り口の二人から見てもビックリする程。

 入った途端、賑やかな色彩や華やかな展示物の数々に圧倒される。二人は作品を見て廻りながら、感心する事しきり。弾美も正直言って、押し花の手法がこんなに多く存在するとは思っていなかった。

 ただ綺麗な色の花を、花束のように並べて作品としているものもそれなりに綺麗なのだが。自然に咲いている花々で絵画のような作品に仕上げたり、一つの物語のような表現力の演出があったり、パッチワークやキルトのようなパターンの作品があったり。

 瑠璃も感動を全身で現しつつ、見学にも自然と熱が入る。


 折り紙のコーナーは大作は存在せず、それでも細々とした作品は見応えがあった。季節柄なのか、こどもの日にあわせて鯉のぼりや兜などの作品が、目立つコーナーとして設えてある。

 それでも折り紙を使った立体的な作品は、何とも迫力があって面白い。くす玉のようなカラフルで小さな折り紙の集合体を合体させたものなど、見応えは充分である。

 出口の物販にも折り紙の本や色紙セットなど、結構な数が取り揃えてある模様。


 瑠璃はその物販で、しっかりお土産品を購入してホクホク顔。花の絵の便箋セットや、メモ帳や折り紙セットなども買い込んでいた。弾美にもお小遣いをくれた両親へのお礼に、何かお土産を買って帰るべきだと主張。何故かその品を、瑠璃が選んで行くという運びに。

 弾美も結構、同じ事を瑠璃にするので文句も言えない。

 

「そうだ、明日一緒にお兄ちゃん達に手紙書こう!」

「はっ、何で?」


 唐突の瑠璃の言葉に、弾美は思わず変な声を上げてしまう。弾美の姉は県外の大学に、瑠璃の兄は何と海外の有名工科大学に在籍しており、それぞれ今は別居中。家を出てから1~3年経っていて、連休中も戻って来る予定は無し。

 兄弟で連絡は取っているが、メールでの遣り取りがメインである。随分前から、連休休みには帰郷しない事は聞いているので、それなら心のこもった物を贈りたいとの瑠璃の考え。

 直筆での手紙など、今まで出した事は無い事だし。


「せっかく便箋セット買ったんだから、出さないと駄目だよ! この感動を直接届けなきゃ」

「買ったのはお前だけだろ! 変だぞ、その理論!」

「変な事ないよ、たまには直筆で遣り取りするのもいいじゃない?」


 瑠璃の瞳は、明らかにキラキラと輝きを発している。自分の立案した計画の素晴らしさに、既にどっぷり浸かっている感じだ。こうなってしまうと、弾美が幾ら理論立てて言い包めようとしても無駄な事。

 瑠璃の意志は、ちょっとやそっとじゃあ揺るがない。

 

「私が清書してあげるから、ハズミちゃんは文章考えるだけでいいよ!」

「そんな手間を掛ける必要あるのか? メールで書けば済むことだろ!」

「メールなんて味気ないよ、手紙貰った方が絶対嬉しいってば!」


 瑠璃には子供の頃からの付き合いで、ちょっと変わった所があるのは知っていたけど。さすがはあの恭子さんの血を引いてると、弾美は何ともなしに血の気の引く思い。

 会場を出ても会館を出ても、二人の論争は止む気配も無く。




 

 ――幼馴染故の垣根のない言い争いは、バイト場に着くまで続いたそうな。


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