♯3.5 ゲームに関わる者の休日の過ごし方
「でね、静ちゃんと茜ちゃんの発表会は中学生の部だから連休中にはさせて貰えなくて、もっと後なんだって。その代わり、大人の発表会があるから、それを聴きに行くって」
「んじゃ、明日はオフ会無理だな。やるとしたら6日の最終日かなぁ?」
時間は休日の朝の10時過ぎ、小さい折りたたみ机を挟んで座っている二人。弾美と瑠璃は時折談話を交えながらも、一応真面目に勉強会を開いていた。
クラスは違うが同じ中学校、連休中の課題がちょびっとずつあるのだ。後顧の憂いを無くすために、早い内に片付けておこうと言う瑠璃の提案だ。弾美にしても、否は無い。
弾美は教科書の英訳を延々と、瑠璃は数学か何だかの問題集をやっつけている。
「ピアノとか弾けたらいいよねぇ? ハズミちゃん、今度一緒に習いに行こうか?」
「やだよ、あいつら一日2時間とか平気で練習してんだろ?」
正確には、発表会前はそのくらい以上は、余裕でするらしいのだが。静香と茜は普段から練習熱心らしく、ピアノ教室をズル休みしたという話は全く聞かない。
弾美は前もって進に念を押されていた、オフ会の日程を瑠璃に相談していたのだが。瑠璃は彼女達のスケジュールを思い出しつつ、思い切り脱線した話題を振って来る。
習い事など、ゲームの時間がなくなるだけだと弾美は渋い顔。
「イベントの賞品が音楽ホールの貸切とかだったら、私は絶対静ちゃんと茜ちゃんにコンサート開いて貰うけどなぁ。二人とも凄く上手だし!」
「どんな賞品だ、それはっ。俺はまた商品券とか図書券で、充分嬉しいけどなぁ」
「あ~、私もそうだなぁ……そうだ、後で本屋に寄ろうよハズミちゃん」
本の虫の瑠璃は、図書館で3冊も本を借りているにも拘らず、平気でこんな事を口にする。実際学校の得意科目は数学などの理系なのだが、好きな科目は国語などの文系なのだ。
文学部に所属してから、週に平均4冊は本を読む。自他共に認める、立派な活字病である。そんな系統の好みから、オールラウンダーの才女が誕生したらしい。瑠璃の学校の成績は、母親が自慢するまでもなく、とても優秀である。
全国模試でも、一度凄い点を取った事もあるのだ。
* *
外はようやく気温が上がり始め、開け放した窓からの風の通過が心地良い。連休初日の天気は上々の様子で、外に遊びに出るには本当にもってこいだ。
ケーブル通信の気象情報によると、連休中は大きく天気は崩れないとの事。各家庭に必ずある、パネル式の簡易伝達情報末端システムは、慣れた者には超便利。こういう日常の瑣末事から、いざと言う時の災害時まで、利用者に迅速な情報を提供してくれるのだ。
ここら辺は、モデル都市ならではのシステムだ。
作動した事は無いが、防犯システムもケーブル通信で制御されているらしい。これも最先端モデル都市の試験導入、各家庭に使用されており、一旦不法侵入者を感知すると、平均5分で警備会社から警備員が駆けつけるらしい。
保安も万全な大井蒼空町。犯罪発生率もかなり低いとの統計もあるらしい。
「お昼どうする、ハズミちゃん? ウチに材料あるから、私作ろうか?」
11時を過ぎた頃、瑠璃が何気なく話題を振る。母親から連休中の特別お小遣いを貰ってはいたのだが、外で食事するよりも本を買ったほうが特だと瑠璃は考えるタイプ。
ちなみに、弾美の所有するコミックや雑誌類も、瑠璃は全て読み漁っている。さらに自分が面白いと思った本があったら、わざわざ弾美の部屋に置いて帰る手の懲りよう。
そして、そうやって強引に貸した本は、感想を聞くのを絶対に忘れない。弾美の読書癖は、実は瑠璃によって形成されたとも言える。まぁ、当たりの本を探すのは大変だし、それを勝手にしてくれる存在がいるのは、本当は有り難い事なのだろうけど。
お蔭で弾美の国語の成績も、平均以上をキープ出来ている。
「あ、母ちゃんが瑠璃と昼飯でも食えって、小遣いを台所に置いてったらしい。折角だし連休の初日くらいは、外食にしようか」
「私も特別お小遣い貰ってるから、折半でいいよ?」
「朝飯代払うの面倒だから、今度は俺が昼飯奢るでいいだろ?」
結局は、弾美の意見が通ってそういう事になった。お昼までは勉強したり本を読んだり、休憩にちょっとファンスカのメイン世界にインして進達と情報交換したり。
連休の初日で学校の課題を全て終わらせてしまった弾美は、ちょっと得した気分である。瑠璃が隣にいると、何故だか勉強の進度は容赦ないハイペースになるのだ。
理由は定かではないが、子供の頃からの刷り込みではないかと弾美は推測する。
その後、弾美はテーブルの上でお小遣いの一万円札を発見し、有頂天になってみたり。これだけ軍資金があれば、連休中は思いっ切り楽しく過ごせるであろう。
進達とのオフ会が少々ハードになっても、これだけあれば恐らく平気。
「マロンとコロンを連れて行くか? 食べれる場所決まっちゃうけど」
「ん~……アーケード通りなら、ペットショップ近いから、あの子達預けられるかな?」
「そうだな、一度戻るのも面倒だし、そうするか」
そんな訳で、二人は取り立てて着替えもせずに、お昼過ぎには兄弟犬を従えてアーケード通りへと歩き出した。しっかり家に鍵をかけ、カバンや財布も忘れずに。
住宅街の人影は、いつもよりは確かに多かった。休みを取れた家の主が、愛車の掃除をしていたり、庭で寛いでいる姿もぽつぽつと見える。窓際に布団を干している家も結構多い。
平均的な休みの風景の中、二人と二匹は歩を進めて行く。
二匹の大型犬は、行くべき場所が分るのか、一度も道を間違わずに駅前の通りへの道を選択する。いつもの散歩道とは真逆なのに、なかなかに侮れない能力である。
小学校の頃は、容赦なく遊びに連れ歩いたものだ。友達の家に行く時も、連れて行って庭で放置しておく。外で遊ぶ時は、鎖を外して一緒に駆け回る。そこまで元気になれない瑠璃が一緒だと、彼女が犬の世話係に回る。
そんな接し方から、生まれた能力かも知れない。
大井蒼空町の駅前の広場は、平均より広く小奇麗な造りに設計されている。何しろ、人待ちやバスの乗り継ぎなどで、街の施設でも利用頻度の高い場所である。半分はレンガ造りの洋風な駅の建物は、似たような構えのビル群を脇に従えるように建っている。
その駅の向かって右にアーケード通りへの入り口が存在し、その入り口の通りの外れの一面に、オープンカフェの洋食屋さんが存在する。弾美達が犬を連れての散歩の途中でも、一緒に休める事が出来る、ここら辺りで唯一のお店だ。
ペットショップと獣医さんにも近いところがミソ。寄った帰りにお茶したり出来るのだ。
幸い、通りに面したテーブルが空いていたので、二人は迷わず自分の席を確保する。マロンとコロンも、白い丸テーブルの下に、勝手にのそりと陣取って行く。
小学生の頃、学校が終わった後など散々連れ回ったせいか、二匹は騒いで良い場所と駄目な場所を的確に感知出来るようになっていた。例え人の視線が多い場所でも、二匹は動じる事無くおとなしく待機モードに移行出来る。
賢さとは、様々な経験の中から培うものだと、瑠璃は二匹を見て思ってしまう。しかし今は、そんな事よりオーダーが先。お腹がきゅーきゅー鳴いていて、早く空腹を満たせとせっついている。
「ん~、朝にサンドイッチ食べたから、スパゲティ食べたいなぁ。でも、パスタは犬達に分けてあげられないしなぁ……」
「俺がチキンバケット頼むから、瑠璃は好きなの頼めよ」
自分が奢ると言った手前、瑠璃には好きにオーダーする権利がある。弾美はそう言ってオーダーを通し終えた後、寛いだ感じで何気なく周りの景色を観察しに掛かった。
知り合いの顔は見つけられないが、学校の体育系の遠征なのか、揃いのジャージ姿の一団が少し離れたテーブルで食事している。恐らく高校生だろうか、地元の学生とは違うデザインだ。
朝に散々身体を動かしたと言うのに、弾美はちょっとうずうず。
「あ~、そう言えば連休始まったんだねぇ。どうりで賑やかだと思った!」
「どっかの運動部が遠征に来てるな。他の街の人から見たら、この街どう見えるのかな?」
恐らく変わった街に見えるであろうと、二人は思う。街の基礎設計段階から、色んな分野の専門家が意見を出し合い、採算度外視のテストケースで創られた街、それが大井蒼空町なのだ。
住民も、初期に入居する家族は厳しく選ばれた者達だったらしく、今もその名残りは存在する。知能の高い子供達の数が潜在的に多く、街ぐるみでそれを伸ばすような教育方針が義務教育の時点から見え隠れしている。
傍目には、楽しく自由に授業をしているようにしか見えないのだが。
ランチが運ばれて来て、二人はさっそく空腹を満たし始める事に。途中、給仕さんの目を盗んで、素早く鳥の肉片がテーブルの下の二匹の口の中に消えていく。見つかったら怒られるので、弾美もちょっと必死だ。
瑠璃も何食わぬ顔で、食事を続ける。
食後の飲み物を口にする頃には、遠征軍らしき高校生の一団は席を立っていた。二人の隣を通る時『この街でしかプレイ出来ないオンラインゲーム』の話題が、彼らの口にのぼっていた。
ファンスカは、他地区の学生にとっても余程好奇心をくすぐる異世界らしい。
「……ファンスカの話、してたねぇ?」
「知名度高くてビックリだな! そう言えば、ゲーセンにキャラグッズ置いてるの知ってた?」
「えっ、そうなの? それっていつの間に!」
「よく知らないけど、弘一がつい最近見つけたって。クレーンゲームの景品らしい」
その話を聞いた瑠璃は、驚き顔で弾美を見遣る。どうやら初耳らしいが、ゲームセンターになど滅多に立ち寄らない瑠璃なら、知らなくて当然かも知れない。
弾美もクレーンゲームやぬいぐるみにあまり興味が無いので、そっち系にお金を使った事はほとんど無い。仲間との付き合いで、ゲーセンに寄った時にちょっと嗜む程度である。
ギルドメンバーで一番よくゲーセンに通うのは、やはり帰宅部のC組ペア、晃と弘一の二人であろう。その割には、ゲーム全般を通して得意なジャンルが無いと、仲間内では言われているが。
好きと上手は、一致しない良い例かも知れない。
「……後でちょっと、寄って見ていい?」
「おうっ……んじゃ、出ようか」
そのお店でお勘定を済ませると、二人はちょっと離れたビル群に向かう。アーケード沿いではなく、その通りに90度交差する感じの、駅前通りと呼ばれるメイン通りである。人通りも割と多く、当然だが駅を利用する人の7割近くが、この通りを利用する。
駅の反対側は、住宅街やビル街は全く無い。ほとんどが倉庫街だったり、途端に田舎の風景になったりである。アーケード通りを通勤や通学に利用する人も、殆どいない。
つまりは、集客立地条件の良い通りと言う事だ。
駅から数分離れた場所に、二人の目的地のペットショップ『マリモ』がある。結構広い店舗で、ペットショップの癖に動物の数がやけに少ないという変わったお店だ。
子犬や子猫の展示はほんの数える程、鳥や爬虫類の数もそこそこ。殺風景に感じる反面、動物の入ったゲージが山積みにされて、商品扱いの雰囲気はお店のどこにも無い。
それがある意味、このお店の売りである。
その代わり、熱帯魚を始めとする水槽の数はやたらと多かったりする。それから、ペットフードや各種ペット用品の置き場も、そこそこスペースを取ってある。
一番多く場所を取っているのは、犬や猫との『ふれあい広場』で、15畳近くはゆうにある。専属の癒し系ペットは何匹か存在するのだが、お客が展示されている以外の子犬や子猫を買おうと思ったら、このお店ではまずモニターで欲しい種類を確認しないといけない。
ペットは生物、店頭に置くと人件費や食費、売れ残りのリスクなどを背負う事になる。衛生面や体調にも気を遣わなければならないし、鳴き声だってもちろんする。
そんなマイナス面を省いて、モニターディスプレイで表示するのがマリモ方式である。
5面あるモニターは、ひっきりなしに子犬や子猫の可愛らしい映像を写している。お客さんが気になる種類がいたら、パネル操作でその犬なり猫なりの特徴や性格を呼び出して調べる事も可能である。
即日持ち帰りは出来ないどころか、場合によっては数ヶ月待ちになる場合もある。直接、信頼のおけるブリーダーさんのところに出向いて、子供を選んでもらう場合もある。
ここまで来ると住居探し並みの苦労だが、昨今のペット飽和事情を考慮する姿勢は、概ね町民に理解を得ている。
おまけにマリモの店長さんは、隣のビルで獣医をしている姉の影響もあるのか、簡単なペットの健康診断までしてくれる。弾美いわく「人当たりが良く、傍目にはまともな人」である。
ふれあい広場の癒し効果も相まって、客足は平日でも割と多い。それでも営業中に、店内のモニターを利用してオンラインゲームにインする店長は、ある意味立派だと言える。
もちろん、嫌な方向にではあるのだが。
「こんちは~っ、店長! ちょっと買い物してくるから、その間犬達を預かってて!」
マリモの店に着くや否や、弾美は元気に挨拶してマロンとコロンを連れて店内に入る。大柄な店長は一瞬ぱっと顔を明るくさせたが、再び二人が店を出ていく姿を見て思わず文句を口にする。
その落胆具合は、オヤツ抜きを宣言された子供のよう。
「そんなっ、休みの日はお店忙しいんだよっ! 手伝ってくれてもいいでしょっ!?」
「1時間したら戻ってくるよ~」
「ごめんなさい、本屋に寄る間この子達を預かってて下さい」
軽く手を振って、弾美はそ知らぬ顔。瑠璃はちょっと可哀想に思ったが、考えてみたらこの店に正規に雇われている訳でもない。ちょっと春休みに、店内のディスプレイ変更や配達の手伝いをした程度である。
いつもお店で二匹の餌を買ってるのとファンスカでの縁で、親しくはしているのだが。
「話って、やっぱりお店手伝ってって事みたいだね~」
「本当に忙しそうだったしな……たまには働く気が出ていいんじゃないか?」
「それもそうか」
お店を出た後の会話でも、同情の余地は無いと軽く流されしまった店長。二人はアーケード通りにある本屋へと向かいつつ、いつもより多目の人の流れにちょっと戸惑う。
どうやら世間も、連休真っ只中のようである。
ようやく辿り着いた本屋では別行動、弾美はコミックコーナーや若者向けライトノベルを中心に見て回る。瑠璃の方は、真面目な本の置いてあるコーナーや文学小説が中心。ハードカバーの新刊にも目を通すが、値段を知っているので購入には至らない。
瑠璃の方は、とにかく目が真剣。あらゆるジャンルからバランス良く購入しないと駄目だという、よく分からない使命感がメラメラと湧き起こっている様子。まるで栄養士が食材を選ぶ時のような感情だが、瑠璃の脳内思考はそれに関して、一片の疑う余地すら見出せていない。
本能すら全肯定、これが正しい本の選び方だ、と。
先にお気に入りの新刊コミックを購入し終えて、焦れ始めたのはやはり弾美だった。店内を見渡して瑠璃を発見するが、その手の中に既に4冊も本があるのを確認し、会計を急かす。
最近は本も高いし、幼馴染みの懐を心配しての行動なのだけれども。
「ちょっと待って……もうちょっと見たい」
「お前、何冊買う気だっ!」
「あ、あと1冊買わないとバランスが……」
結局瑠璃は、5冊目の小説を10分掛けて選ぶと、そそくさとレジへと急ぐ。弾美と本屋に行くと、大抵はこんな感じになってしまうのだ。今日に限っては、貰ったお小遣いが多かったせいで、いつもより時間を掛け過ぎてしまった様子。
離れた場所で怖い顔をしている弾美を見て、瑠璃はちょっと反省。
本屋の斜め前に、ゲームセンターが建っているせいなのか、この辺りは若い人の集団が多い気がする。ちょっとだけ覗いて見ようと言う事で、二人はその店内へ。
瑠璃はゲームセンターなど、数える程しか入った事が無い。興味津々で店内を見回すが、結構混んでいてゲームの奏でる騒音と人の喧騒がとてもうるさい。
人混みを避けつつ彷徨っていると、ファンタジースカイの宣伝ポスターが店内に貼ってあるのを発見。弾美がその前で立ち止まったので、瑠璃もつられてそのポスターを注視する。
かなり大き目の、最近貼られた物らしい。
というのも、それは期間限定イベントの宣伝ポスターだったのだ。敵役の魔女と冒険者達が対峙している美麗なイラストで、瑠璃もちょっと欲しくなる。背景には大きな樹が描かれており、小さな妖精が飛び回っている。
ポスターの一番下に、実施期間や参加条件など、イベント条件の細々した事が要約して書かれてあった。但し、賞品のところは曖昧で、10位から7位までしか発表されていない。
その辺りはオリジナルグッズや音楽CD商品券など、当たり障りの無い賞品になっている。
「弘一の言ってた限定イベントのポスターって、これの事か。過去最大級のオリジナル大規模広大ステージと、豪華賞品だってさ!」
「でも、7位から10位までしか書かれてないねぇ?」
「それに対応して、販促グッズも充実って……クレーンゲームの事かな?」
「ハズミちゃん、取るの得意……?」
「やった事がほとんど無いからなぁ……欲しいのか?」
二人は問題のクレーンゲームの場所まで移動。大きな透明ケースの中に入っている様々な景品を、時間を掛けてまじまじと品定めする。元々3Dデフォルメされたキャラクター群達なので、ぬいぐるみになって可愛らしさは減じるどころか大幅アップした感がある。
クレーンゲームは結構人気があるようで、高校生らしき10代の若者の列が順番待ちの状態。瑠璃は自分の使用している水属性キャラを探すが、残念ながら見当たらない。
代わりに、メイン世界で有名なモンスターを発見した。
「ハズミちゃん……ヘソクリにゃんこがいる!」
「あぁ、いるな……あれにも招福効果があるのかなぁ?」
「ちょっと欲しいかも……」
しばらく二人で見ていたが、順番待ちの列は増えこそすれ、なかなか減らず。その間ずっと、ヘソクリにゃんこはチャレンジャーの挑戦をことごとく跳ね返していた。
焦れる弾美の横で、瑠璃は何となくホッとしていたり。
「ああっ、爪掛かってたのに……アーム緩いのか?」
「あ~、もうゆうに1時間過ぎてるよ……ハズミちゃん、そろそろ出よう」
店長の存在を思い出し、弾美も渋々諦める事に。とは言っても、今回は順番待ちに並んでさえいないのだが。ゲームセンターを出ると、大きな音に順応した耳が暫くは変な調子。
こんな場所に足しげく通う人達の気持ちが、弾美にも瑠璃にも良く分からない。
時間はようやく3時を過ぎた程度で、遊ぼうと思えば中学生でもまだまだ宵の口の時間帯。けれどまぁ、約束は約束だと二人はペットショップ・マリモへと舞い戻る事に。
店に入ると、歓迎してくれたのはもちろん兄弟犬の二匹。それに負けず劣らず、店長も熱弁を振るい始める。マロンとコロンは、ふれあい広場に入れられていたのかと思いきや、店内を自由に闊歩していた。
ふれあいが売りとは言え、客もさぞかし驚いたであろう。
「バイトの子が、二人も同時に連休休み取っちゃってさぁ! シフトがどうにも回らなくなって困ってるんだよ。二人は連休暇らしいから、良かったら手伝ってくれないかなぁ。いや、暇な時に商品補充とか配達とかしてくれるだけでもいいんだよ。バイト料はずむからお願い!」
「…………えっと」
話の内容は予想通りだったのだが、普段は穏便な店長のマシンガントークに、二人はやや怯み気味。カウンターの中の店長はどこか切羽詰った様子で、さながら天敵に怯えるシマリスのよう。
弾美は店内をそれとなくチラ見。お客の姿はちらほら見えるが、確かに店員の姿は全く見えない。どうやら朝から、本当に店長一人での操業らしい。
店長がキレ掛けているのも、何となく理解出来る。
「ひょっとして、朝から一人なの、店長?」
「そうだよっ! 夕方から潮崎君が来てくれるんだけど、それまでは僕一人だよ。お昼とか、隣の姉さんの所のスタッフさんに来て貰ったり、大変だったんだから!」
まるで大変なのは自分達のせいみたいな言い方だったが、一応心情は察してあげるべきであろう。二人は目と目で相談して、不定期バイト員として店の手伝いをする事を了承。
店長の喜びようは、獲物を捕獲したサバンナライオンの如し。
「エプロンどこだっけ? タイムカード打たなくてもいいよね店長。潮崎さん何時に来るの? 商品補充からすればいいかな、バックヤードどうなってる?」
「エプロンあったよ、ハズミちゃん。マロンとコロンはどうするの、広場に入れておいた方が良くないかな? 店長がバックに入るなら、私レジやるけど? 店長さん、商品発注までした方がいいかな?」
やると決まったら、途端にてきぱきと働き始める弾美と瑠璃。1ヶ月前の春休みには、結構仕事を任せて貰っていたので、ある程度の勝手は分っているのだ。
マロンとコロンは、商品補充作業に邪魔なので、ふれあい広場に収容の運びに。小型犬の可愛さに和んでいた利用者に、思い切りびびられていたりして。
それでも、子供達には意外に好印象なのか、途端に数人の子供が集って来ていた。
弾美と瑠璃はバックヤードから手を付ける事にしたのだが、いきなり昼に届いた荷物が手付かずに放置されているのを発見。その量にちょっとやる気を削がれそうに。
瑠璃は商品管理のパソコンシステムを立ち上げて、バックにも店の商品棚にも在庫の無い補充商品を告げて行く。バックに古い在庫があったら、そちらから先に出すのが常識。
商品補充は、出来るだけ迅速にしないと駄目である。このお店のメインの売り上げはペットの餌などの消耗品なので、品切れで購買チャンスを損なうのはよろしくないのだ。
二人掛かりでてきぱきと、陳列棚に減ったアイテムをどんどん補充して行く。いつしか無心で作業している弾美の脳裏に、何故こんな状況になっているのか疑問符が。
楽しい連休は、どこへ行った?
それでもある程度片がついたら、流れに従って弾美はバックの整頓に引っ込む。在庫の整頓は、分り易いように機械管理に対応させないと忘れ去られてしまうから要注意。商品も、犬のペットフード袋だと5キロとか平気であって、結構力仕事なのだ。
もっとも、その重さのせいで配達の利用が上がっているとも言えるのだけれど。ペットフードの簡易配達サービスは、マリモの重要なサービスの一環だったりする。
弾美も春休みは、ほぼ毎日外回りをしていた。
「表の商品棚の補充、だいたい終わったよ。発注にパソコン使うから、ハズミちゃんと表交代していい?」
「おうっ、こっちも終わった。管理装置の情報、パソコンに入れておいてくれ」
「わかった。あと、配達リストも出しておくね?」
弾美が店内に戻ると、メインバイト店員の潮崎が店長の代わりにレジに立っていた。ひょろっとした容貌の青年で、確か地元の大学生だった筈。店内を見渡すと店長は接客に追われており、それなりに忙しそう。
弾美はレジの若者に軽く手を振って、悲鳴の上がっているふれあい広場をチェックに向かう。動物の粗相はいつもの事、現場を素早く清掃して消臭スプレーを振りまく。
幸い、お客の服には被害は無かった模様。たまにあるのだが、こうなるとジャージを用意したりと対応が途端に面倒になる。犬や猫のやる事に、それ程目くじらを立てる利用者がいないのが有り難い。
マロンとコロンが、ここは飽きたと言いたげに、弾美に付いて店内に出て来た。それを追って、子供達がきゃいきゃい言いながら追従して来る。この良く分からない、列車ごっこはナニ?
兄弟犬も弾美も、ちょっと迷惑そう。
「やあ、弾美君、ご苦労様。何時から入ってるの?」
「3時くらいかな、店長に泣きつかれちゃって」
「僕も店長に、朝10時から来てくれって言われたけど……さすがに丸1日シフトは無理。連休全部入ってるし、こっちも色々大学の用事があるからねぇ」
「潮崎さんも被害者か……さては、犯人は村っちだな!」
村っちとは村重春奈と言う名前の、バイト店員の中で一番の古株のフリーター女性である。お金は稼いだら使ってナンボという思考の、キップの良い姉御肌の性格で、弾美や瑠璃も春休みのバイトの帰りによく奢って貰った。
ファンスカもプレイしているので話も合ったのだが、今回は連休を満喫する気らしい。
「うん、連休を利用して友達と旅行に行くって……よりによって、隅田さんも一緒らしい」
「うわっ、バイト仲間も道連れかぁ! そりゃあ……店長も泣くなぁ」
「泣くよねぇ……」
バイトの店員が二人も旅行に行ってしまったら、それは大変だっただろう。隅田さんも女性のバイト店員で、村っちの紹介で入って来たものだから、そういう事態もあり得るだろう。
シフトに大穴が開くのも、当然の結果である。
雑談している内にレジが少し混んできたので、弾美はカウンターに入って包装を手伝う。その内接客が一区切りしたのか、店長もカウンターに戻って来た。
店長はブラジル系のハーフで、少しだけ浅黒い肌の、大柄な体躯の持ち主。ただ、顔付きは愛嬌があるというか、やや甘い性格が顔に出ていて、商売に不向きだと皆によくからかわれる。
ペットの知識もかなり豊富で、バイト店員との接し方も友達感覚で甘々である。そんな感じで良い人なのだが、仕事熱心でないのが玉に瑕だったり。
最近は、バイト店員の方が危機感を覚えて、逆に仕事熱心なほど。
「バック片付いたよ店長。今、瑠璃がパソコンで在庫整理してる」
「あぁ、本当に助かるよ! これで残業せずに済んだ……!」
「配達あったら、俺行くし。店長休憩に入っていいよ」
「店長朝からですもんねぇ……本当に休憩しないと持ちませんよ?」
二人の提言に、店長の顔はみるみるほころぶ。お言葉に甘えるよと言いつつ、外にコーヒーブレイクにでも行くのかと思ったら。買い置きのコーヒー缶を取り出しつつ、ネット接続を始める店長。
予備モニターを取り出して、当然のように弾美にサブコントローラーを勧める素振り。瞳を子供のようにキラキラ輝かせ、ファンスカの期間限定イベントの話を二人に振って来る。
弾美はちょっとたじろぎながらも、隣の潮崎と目で会話。相手をしてあげてと言う、優しい大人のアイコンタクトが返って来たので、バイトを頼まれながら何故ゲームの相手? というアンビバレンツを体現しつつ。
店長の求めに応じで、マイキャラを呼び出すパスワードの打ち込み。
カウンターの隅とは言え、お客からは丸見えである。しかも大型犬二匹が弾美の傍に控えているので、悪目立ちする事この上ない。そんな細かい事は気にせずに、店長は自分のキャラを起こしに掛かる。
仕方なく、それに追従する弾美。メイン世界のハズミンは、長槍とがっしりした鎧を着込んだ、凛々しい前衛アタッカーである。店長のマリモの方は、いかにも堅そうな鎧と盾を着込んだ、小さいが愛嬌のあるブロッカー。
盾役のキャラは、上手に育てれは強敵相手に必須の存在になるのだ。
「弾美君は、ステージ2から瑠璃ちゃんとパーティ組んでるんだよね。調子はどうなの?」
「ん~……1日混雑で出遅れちゃったし、瑠璃が前衛慣れしてないから前途多難かなぁ? 店長の方は、パーティを誰と組むとか決めてるの?」
「うん……一応イベント始まる前には、村重さんに誘われてたんだけど……」
「あ~……」
その肝心の村っちは、店長を置き去りに旅行に出掛けてしまったようだが。って言うか、同じ職場でシフト回しているのに、二人ともインの時間が合うのだろうか?
弾美は疑問に思ったが、敢えて口にはせずに聞き流す事に。拗ねられても困るし、大人は夜遅いインでも平気なのだろう。自分や瑠璃は、朝6時には起きてる事もあって、毎日10時を過ぎると眠くなるのが通例である。
その事実を知ってる者は、健康的だねと驚くのも通例。
「おっと、空いているかと思ったけど、メイン世界もそれなりに混んでるね」
「限定イベントエリアの攻略始まったって言っても、2時間縛りあるしなぁ。追加されて馴染みの無い新エリアなら、空いてるんじゃないかな?」
「でも僕、そっち関係のトリガー持ってないなぁ。NM湧き情報も、ろくに調べてないし」
「俺トリガー持ってるから、それ使おうか。二人でNMやっつけて、すっきりしよう、店長!」
店長の顔に、ふわっと幸せそうな笑みが広がる。街中ワープを駆使して、二人のキャラは途中で回復系の薬品を買い込みつつ移動。10分後には目的地のポイントにトリガーぶっ込み、ハズミンとマリモは巨大な亜竜型のモンスターと熱い戦闘を繰り広げていた。
かなりの巨体と膨大なHPを誇る、それなりの強敵だ。
「店長、キープしててっ! ポケットの薬品入れ替えるっ!」
「弾美君、こいつひょっとして多部位モンスター!? 僕、こんなのと戦ったこと無いよっ!」
「大丈夫、一気に範囲スキル技で追い込むから!」
スキル技攻撃可能状態に回復したハズミンは、モンスターと距離を置くと複合スキル技の《シャドースピア》を放つ。闇と土と両手槍の3種の複合スキル技の一撃は、地面からの複数の闇色の槍の棘で、モンスターのHP群をごっそりと削って行く。
多部位モンスターと言うのは、巨大なモンスターの一つの特徴でもある。顔や胴や尻尾という部分別にHPゲージを持ち、それ故に超タフで攻撃も多彩な訳である。
ファンスカ内では、倒すのにとても時間が掛かるので有名だ。
「おおっ、すごいよ弾美君っ! もう一発いっちゃえっ!」
「ここからチャージ喰らわすから、店長防御お願い!」
離れた位置からしか作動しないスキル技《稲妻チャージ》が、モンスターの尻尾のHPを完全に削ぎ取る。これも雷と両手槍の複合技で、習得にはかなりの努力が必要な技だ。
その代わり、とても強くてNMにも通用するのは見ての通り。
やり過ぎてこちらにタゲが来た所を、店長の《マジックウォール》が割り込み遮断をする。一安心と思いきや、敵の熾烈な反撃が侮れない。手持ちのポーションはあっという間に減って行き、それと引き換えの殴り合いの末、敵の胴体のHPを0にするのに成功する。
残りは頭部分のみ。敵の怒涛のブレス攻撃に耐え、マリモが終盤の必死のタゲキープ。
「後もうちょっと! 弾美君、キープしておくからさっきのお願いっ!」
カウンター内の喧騒に、お客さんのギャラリーもちらほらとモニターを注視していたり。大迫力のNM戦に、ファンスカ体験者のお客から声援が飛んで来る。
ハズミンが派手なスキル技で止めを刺した途端、ちょっとした拍手と歓声が周囲から巻き起こった。レジ前にいた筈の潮崎も、思わず観衆と一緒に拍手している。
もの凄く嬉しそうな、店長の表情が印象的である。
「……なにやってるの?」
「……うっ!」
バックで作業を終え戻って来た瑠璃が、呆れた顔で二人を見ていた。手には配達リストと発注リストを持って、今は仕事中ですよのオーラを全面に漂わせて。
弾美は思わず我に返り、後ろめたさと言い訳の渦が脳内を駆け巡る。何というか、とてもバツが悪い思いの中、同じ思いの筈の店長がそろりと瑠璃を振り返る。彼も、その本能で後ろからの氷点下の雰囲気を察したのだろうけれども。
口を突いて出たのは、ある意味あっぱれな言葉だった。
「弾美君、ドロップ品……どう分けようか?」
「……ゲーマーだね、店長」
店長の評価は、日々こんな具合で更新されて行く――主にトホホな方向に。
* *
今夜の津嶋家の夕御飯は、ちょっとしたご馳走だった。ゴールデンウィークにどこにも連れて行ってあげれない罪滅ぼしにと、両親が気を遣ったのがその理由。
上握り寿司の入ったお皿が、テーブルの中央にデンと置かれていた。後は生ハムのサラダや酢の物や、いつものお惣菜が彩りを変な方向に添えている。
結局は瑠璃の作った品も並んで、ややアンバランスなのは仕方が無い。
その代わり、デザートにはケーキが買い置かれてあり、ポットにはコーヒーが沸いている。家族の人数分より多い分は、明日お隣さんと食べなさいと言う事らしい。
弾美も瑠璃も、甘い物は結構好き。もっと言うなら、甘いものを食べて幸せな時間が好き。
夕食も滞りなく終わり、テーブルの片付けも済んでしまうと、母親の恭子さんがさっそくケーキをお皿に分けて行く。津嶋家の両親は、二人ともお酒を嗜む習慣がないので、記念日を作っては食後のデザートがテーブルに出現する事が実に良くある。
今日は良く分からないが、連休に休めなかった残念記念日らしい。恭子がそう宣言して、家族全員にコーヒーを注いで行く。良い匂いだと、父親が言葉を発する。
父親の目の前のお皿には、可愛らしい苺のショートケーキが。それを黙々と食しながら、恭子さんの会話に適当な相槌を打つ瑠璃の父親。割と厳しい顔付きの瑠璃の父親だが、家庭では威厳や存在感が極端に低下する。
母親の恭子さんが、インパクトの強い性格のせいかも知れない。
「あ、8時だ……インしなきゃ」
洗い物の手伝いをしながら、今日あった事を母親に話していた瑠璃は、弾美に言われていたオン会の約束を思い出す。今日は昼間に色々あったので、うっかり忘れそうになっていた。
面倒なので、いつものように一階の予備モニターを使う事に。メイン画面では父親が野球を見ている。母親が洗い物を終え、話の続きを聞きたがって瑠璃の横に陣取った。
ペットショップでの顛末が、余程面白かったようだ。
「店長さんは、基本寂しがり屋なのねぇ。一緒にイベントを予定してた人が旅行に行っちゃったから、誰か身近な人に構って欲しかったのよ、きっと」
「そうかなぁ……? でも、仕事放っぽり出してゲームするのはどうかと思う」
「それで、お人好しな瑠璃は、明日も店のお手伝いするの?」
「ん~、ハズミちゃんが行くって言ってたし、明日も行くかなぁ? あ、明日一緒に押し花展行くの」
母親の恭子は、二人の仲の良さを知っているだけに、微笑ましいとは思いつつ。付き合い方が恋人のそれではなく、まるで兄妹みたいな態度なのにやきもきしていたり。
自分が焦れても仕方が無い事だが、瑠璃の色気の無さに少々いただけない思い。
「弾美ちゃんと出掛けるなら、ちょっとはお洒落しなさい。あなたももう年頃なんだから!」
「ん~……でもお出掛けは近場だし、コロンが抱きついて汚すかも知れないし」
ああ、なんて色気の無い会話! 父親がリビングで耳をそばだてているのを無視して、恭子は女の手練手管を伝授し始める。瑠璃は不思議な顔をしつつも、母親の言葉を受け流して行く。
才女との噂の母親は、時々訳の分らない事を口走る癖があるのだ。
『遅いっ、みんなもうインしてるぞ!』
ファンスカのメイン世界では、既に全員がインして瑠璃を待っていた様子。ギルド内の会話が盛んに飛び交い、盛況な雰囲気を醸し出している。弾美が瑠璃のログインを察知し、ルリルリに文句を言った後、全員揃った事を告げる。
総勢10名、今日はサブメンバーも全員参加してのオン会らしい。
『ごめんなさい、お母さんが張り付いて何だかんだか言って邪魔するの』
『……恭子さん、隣にいるのか?』
『今はいない、お風呂沸かしに行った』
一瞬、弾美の安堵した顔が脳裏に浮かぶ。瑠璃の母親は、恐らく弾美をもの凄く気に入っているのであろう。一旦捕まえたら平気で長話に持ち込んで、二人のスケジュールなどお構いなしである。そのため弾美は、少々瑠璃の母親を苦手としている。
瑠璃が父親を尊敬するのは、あの母と付き合う忍耐力の度量によるものが大きかったり。
久々の大人数でのオンライン会は、ギルマスの弾美の発言により統制を取り戻していた。架空の自室にいたり、別々の場所にいたメンバーが、集合場所を告げられ集まり始める。
普段はどちらかと言うと活発でお調子者の弾美だが、何故か同年代から厚い人望がある。集団ををまとめたり揉め事を仲裁したりするのが、嫌味が無くてとても上手いのだ。
小学生の頃は、6年を通して半分以上は学級委員長に推薦されていたのを瑠璃は思い出す。取り立てて勉強が出来るタイプではないのに、妙に先生からの信頼も厚いのだ。不思議な事に弾美が委員長に選ばれるたび、副委員長の座が瑠璃に巡って来る。
それはセットのように、同じクラスの時はほぼ必ず。
そんな弾美の運営するギルド『蒼空ブンブン丸』は、前回の限定イベントでは5位入賞を果たし、一躍人々の知る所となった。中学生のみの構成で上位に食い込んだ事が、どうやら街の人々の関心を買ったらしい。
高校生や大学生の運営する大型ギルドからも、それから次第に声を掛けられるようになって。何度か共同戦線を張って、超大型モンスターの縄張りへと出向いた事もあったりして。
かなりドキドキの体験だったが、とても面白かったと言うのが皆の感想。集団戦闘は疲れるし、互いの息が合わなければ途端に全滅に追い込まれる特性があるのだが。
それでもまたやりたいねと、たまに計画が持ち上がる。
今夜はそんな上級者が出向くような狩場に、初心者マークがやっと取れた程度の、静香や茜、それより少し前に入った進の弟と弘一の妹――二人とも小学生6年生――を招待しようと言う意図らしい。レベルが足りない分は根性でカバー、上級者は進んで庇って散るように!
いかにも不安そうな初心者組と、妙な盛り上がりの上級者組。瑠璃の心情はその中間、それでも頼ってくる静香と茜は死んでも守らなければと、やっぱり変なハイテンション。
エリア移動する前から、あっぷあっぷの状態である。
進のキャラのシンが、出掛ける前にちょっと情報提供の時間をくれと提言した。慎重タイプのサブマスの進は、盛り上げるだけ盛り上げて肝心な所は根性論の弾美とは違い、丁寧な段取りや細かな注意事項を、いつも必要に応じて語ってくれる。
性格がそうさせるのか、運営の細々した取り決めは進が担っている。今もイベントの為に買い置きしていたポーション類を弟に配分を頼みつつ、狩り場での注意すべき点を述べていた。
少しでも皆の生存率を上げようとの、気配りの行動である。
『それから、これは今日の狩り場探検とは関係ないけど、ここ数日で皆から集まった期間限定イベントの情報だな。ギルドでもパーティがばらばらになってるけど、今後の参考にして欲しい』
みんなの持ち寄った情報をまとめると、こんな感じらしいと進はレポートを読み上げていった。後でホームページを運営しているC組の弘一が、箇条書きにしてアップすると明言する。
――ここら辺の分担も、幼馴染みならではかも知れない。
*あらゆる中立エリアは、2時間縛りの影響を受けない。何時間インしていても大丈夫。フレンドとも通信可能で、同じイベントエリアの別ステージにいる者とも、たとえメイン世界にいる者とも通信は出来る。
ただし、エリア攻略中はパーティ内での通信以外は不可能である。
*ステージ2~3は二人パーティ、4~は三人パーティでの攻略が可能、それより少ない人数での攻略情報もある。それ以降の情報は、まだ入って来ていない。
最終的には6人パーティでの攻略ではないかとの噂あり。
*同じエリアに1時間滞在で、NMが湧く条件を満たすと考えられる。それ以降は30分か? 恐らく、全部のエリアに存在するが、アスレチックエリアは確認した者おらず。
ドロップ品には性能の良い防具が多いため、スピード攻略が無意味なら狙うべし。
*スピード攻略した者には、それなりの褒賞が貰えるらしい。妖精にクリア後に話す事で、装備品や薬品セット、さらにはギルや金のメダルが貰える事がある。
逆に、同じエリアで何日か足踏みすると、妖精に装備品が貰えたとの報告があるので、最速攻略にものんびり攻略者にも、妖精はプレゼントをくれるとの推測が成り立つ。
妖精は邪険にしない様に、常に話し掛けるのが吉。
*メイン世界とは異なり、スキルポイントの振り分け+10ごとに武器も魔法もスキル取得が可能のようだ。エリアボスからの術書のドロップは、今の所ほぼ確実の様子。
合流できたら、ギルド内で必要術書の交換をするのも良いかも。
*エリア攻略中に2時間が経過したら、HPが徐々に減少していく仕様になっている。この状態は15分ごとに酷くなるので、2時間過ぎのエリア攻略は自粛するべし。
さらに、イベント限定のライフポイント制も大事なので確認しておく事。ライフポイントはスタート時に2個所有し、死亡するごとに減って行くが、ステージ攻略によって増えて行く事もある。
ステージ4到達で、+1の増加を確認。
*メイン世界でも見掛けない仕掛けやモンスターが、多数登場しているのは周知の事実ではあるが。期間限定イベントが終了した後に、バージョンアップでメイン世界で公開される予定があるとか無いとか噂されている。
今後のバージョンアップ情報は、要注意である。
*期間限定のイベント実施期間は、今回は4週間という長さ。一日のプレイ時間に2時間縛りが存在するとは言え、異例の長さである。故に、今度のイベントは最速でのクリアプレーヤーが優勝とは限らない可能性がある。それとも、攻略の難易度がやたらと高いのかも知れない。
なお、今回の優勝賞品は、未だに発表されていない。期待して良いのやら?
レポートの合間に、へ~とかお~っとか、質問などが飛び交ってはいたが。長い情報の羅列が終わって、やはりみんなが気になるのが今後の展開と賞品の未公開振りだったり。
最後に進は、今後も引き続き情報の提供を求む、他の学生ギルドには負けないよう頑張ろう、と言って報告を終了。その言葉に、おーっと合いの手が上がるのは、若者独特のノリの良さか。
お互いに、限定イベント頑張ろうと称え合う仲間達。
『弾美の方は、ステージ4からパーティどうすんの? こっちは幸い、仲間割れする事なく3人パーティ結成出来たけど……』
『あ~、適当に探すかなぁ? まあ、晃の離脱が諍いを無くして良かったよw』
『全然よくねえっ!!』
実は、C組パーティの二人に異変と言うか災難が発生して。片割れの晃の方が早々とライフポイントを2つ喪失して、何と3日目にしてイベント資格を失ってしまったのだ。
それでもパートナーだった弘一は、何とかかんとかステージ4までソロでの到達に成功。こうなってはもう、後悔もやり直しも不可能と言う結論に達した弘一は。
進と淳のパーティに合流して、更に高みを目指す事に。
この3人は、既にステージ4の攻略に取り掛かっており、弾美と瑠璃のパーティとはかなり差が開いてしまっている。それが良い事か悪い事かは別として、どちらかでも優勝圏内に入って欲しいとの思いはギルド全体の思いでもある。
ある意味別々の方法での攻略は、共倒れにならない分良い案かも知れない。
『静ちゃんと茜ちゃんは、今ステージ3だっけ?』
『一回、今日全滅しちゃった……クリア無理かも~』
『難しいよね~?』
静香と茜も、プレイはしているようだが苦戦している模様である。連休中はイン時間が割と自由に選べるので、各々空いている時間を模索しながら進めているらしい。
ギルド会話はそれから、これから先の展望や、まだ知らされていない賞品の推測などに移って行った。妖精の話にしか未だに出て来ない魔女とは、一体どんな奴なのかとか、ステージの長さは一体どれだけあるのかとか。
賞品がイベント開始時に知らされていない事態も、今回が初めてである。もったいぶっているのか、まさかまだ決まっていないのか。期間の長さを考えれば、徐々に発表して気を持たせる作戦なのかも知れないけれど。
まさしく、期待して良いのか悪いのかさえよく分からない。
ギルド『蒼空ブンブン丸』主催のオンライン会は、ようやく雑談も一段落着いたよう。進の案内で、全員揃って狩り場に移動を開始する運びに。メンバーの半数は、未体験の狩り場に揃って不安とドキドキ感でいっぱいになっている様子だ。
弾美が今日は晃の残念会だと明言したので、道中は離脱した晃への慰めと叱咤激励の言葉が飛び交う事に。お気楽な一行に、進が何度注意を呼びかけても効果は皆無。
襲ってくれと言わんばかりの、隙だらけの集団に。
案の定、地中から不意に現れた大型モンスター。襲い掛かられた集団は、阿鼻叫喚の慌て振りよう。ベテラン陣が咄嗟にタゲを取って、何とか最初のコンタクトでの死者は出さずに済んだのだが。やっぱり不意に始まる戦闘だったが、異変に気付くのもやはりベテラン陣が先だった。
雑魚ではあり得ない大量のHPと凶悪な各種スキル技に、これはエリアボスくさいぞと通信で確認がなされて行く。それに呼応して、ベテラン冒険者一同は嬉々として自身の得意な武器を振るい始める。
滅多に出会えない大物に、燃え上がらない方が嘘である。
* *
もしかしたら全滅するかも知れない危機の中、一瞬の情熱を精一杯に体感しつつ。
――ギルド『蒼空ブンブン丸』のメンバー達は、今日も元気である。