♯27 それぞれの終焉
5月の月末は、もちろん当然のようにやって来た。それは期間限定イベントの終わりを意味しており、最終の27日はとにかく物凄い熱狂を街中にもたらした。
ネットファイター達の、終焉の宴を祝うように。
弾美たちのパーティは、前日に最終ステージの攻略は完了済み。幾分か余裕を持って終わりを迎えており、その点は良かったのか悪かったのか。
ギルド『蒼空ブンブン丸』のもう一つのパーティ、進のチームも何とかエンディングを見れたそうだ。お互いの健闘を讃え合い、学校の教室内はやっぱり異様な雰囲気。
順位の発表は、間を空けて月末の31日の土曜日に行われるらしい。
その日ももちろん、早朝散歩のために早起きした弾美。起きるなり、疾風の速さでパジャマのままオンライン接続。かなりドキドキしながらも、期間限定イベントのページに辿り着く。
早い時間なので、まだ更新されて無いかもと思いつつ。それを含めてのチェックだったのだが、ファンスカ専用サイトには既に更新の後が見て取れる。
派手なアイコン付きで、限定イベントの表彰がHPに載っていた。
慌てて探すまでも無く、自分達の名前は簡単に発見出来た。チーム名は存在しないので、キャラ名の羅列が順位の欄別に掲載されている。
その幾分派手な表彰枠の中に、確かに自分のキャラ名は存在した。
弾美は思わず、画面の前でガッツポーズ。照明を点けていないので、室内はパソコン画面の光のみ。それに照らされながら、興奮気味の弾美は小声で短く咆える。
2位だ、自分のパーティは堂々の2位入賞である。表彰されているページ内に、入賞賞品が大きく表示されているが、そんな事はもはや関係ない。
順位発表まで少し間があったせいで、色々と考える時間もあったのだ。そんな中、脳裏を掠めるのは活動出来なかった日々の事。メンバーが風邪を引いたり、混み混みで順番待ちを諦めたり、最後のエリアは合同インでの攻略が良いと予備日を設けたり。
メンバーを責めるつもりは欠片も無いが、不利な足踏みだったには違いない。
そんな不安を吹き飛ばしての、この順位に文句のつけようも無く。興奮で胸を滾らせていたら、何やら外が騒がしい。犬の甘えたような鳴き声と、自分の名前を呼ばれたような感触。
ベランダに移動してお隣さんの家を伺うと、やっぱりパジャマ姿の瑠璃が窓から大きく手を振っていた。珍しく興奮気味で、薄暗い朝の陽光の中でも紅潮した頬が目に付く。
近所迷惑を考えて、小声でこちらに語り掛けて来る幼馴染みの少女。向こうも順位結果を知ったらしいが、おめでとうとの言葉は他人行儀だと弾美は思う。
何しろ瑠璃も、同じパーティメンバーだったのだし。
手を振り返しながら、何となく照れたような感じの微妙な二人。弾美は階下の庭先を指し示して、散歩に行くぞの合図をお隣さんに送る。大きく頷いた少女、そして窓の閉まる音。
部屋に戻った弾美は、薄暗い室内に光を投げ掛けているモニターに再度目をやる。今度は細部も読みほぐしながら、瑠璃をあんまり待たしたら不味いなと、着替えを始めてみたり。
犬達も、何となく忙しなく動き回っている様子。早くお散歩したくて仕方が無いようで、それはこちらも同じ事。内に滾った熱を発散したくて、いつに無くウズウズしている。
――先ほど目にした空模様は、今日も良い天気になりそうだと保証していた。
学校での騒ぎは、まぁある程度予想はしていたのだが。そろそろ試験週間だというのに、それを忘れたような喧騒振り。B組の弾美と進は、祝福されたり質問されたり、とにかく騒ぎの中心に。
隣のクラスも同じような感じかもと、弾美はちょっと心配してみるのだが。瑠璃は女だし、そんなに騒がしく囲われたりはしないだろうと思いたい。
ちなみに、進のパーティは8位入賞だった。この順位でも賞品の類いは貰えるので、進にしてみれば満足そう。何しろ最後は、ライフポイント全員1つでのギリギリクリアだったらしく。
村っちの献身的活躍に、大いに助けられた結果らしい。
「結局、大学生のサークルチームは、入賞無しの悲惨な結果だったみたいだな。これで連中も、狩場で大きな顔は出来なくなるぜっ!」
「1位は前回の優勝者みたいだね、凄いなぁ二連覇って……何だっけ、変わった名前のギルド名だった筈なんだけど」
「確か『アミーゴ☆ゴブリンズ』だっけ……? 高校生から社会人のごった煮ギルドだろ?」
進の持って来た順位表を眺めながら、同級生達の論評は白熱しているよう。弾美はその1位のパーティのリーダー、ハヤトと言う名前を睨みながら、どんな奴だろうと想像してみる。
大学生らしいが、期間限定イベントを二度にわたって制覇するとは。余程の切れ者か、メンバーに恵まれているのか。多分両方だろうと、弾美は再び闘志メラメラ。
今からリベンジを誓いつつ、気の早い臨戦態勢。
同級生の検討会はなおも続いており、3位のチームは完全社会人チームらしいとの事。短い寸評コメントには、深夜のインお疲れ様と書かれていた。
どうやら仕事から帰宅して寝るまでの時間を、今回の限定イベントに当てていたらしく。どうしても、深夜に時間がずれ込む場合が多かった様子である。
堅実なルート選択と、NM討伐率の高さが高順位の理由らしい。
4位には、メグミがリーダーをしている女子高生チームが入っていた。弾美が知り合いだというと、何故か羨ましがられる始末。取り敢えずの良結果にはホッとしつつ、勝てた事には微妙に複雑な心境。
寸評の欄には、時に破天荒なプレイ振りも見られるが、戦闘スタイルや息の合ったエリア攻略スピードは見事だとの事。地上のイベントエリアの最短攻略部門では、このチームがトップだったらしい。弾美達が、一度全滅を喰らったあのエリアだ。
破天荒振りでは、弾美達のチームは負けていなかったらしいのだが。イベント時間内の稼働率は、実はベスト10のチームの中では一番低かったらしく。
最年少のプレイヤーがいる事も、話題として取り上げられていた。後は、唯一の裏ルートのエンディングを見たチームだとも。それが高得点の理由とは書かれていなかったが、エリア制覇率は一番だったとの評価を貰っていた。
裏エリアとか、色々と走り回った甲斐はあったらしい。
「1位のチーム、やっぱりどの部門でもポイントをそつなく取ってたってさ。弾美のところは、後半の巻き返しは凄いって書かれてるけど……やっぱり稼働率が響いたんじゃない?」
「惜しいよなぁ、1位取れてたかもだせ? 小学生がチームにいるって、やっぱり不利だったのかもなぁ」
「おっ、おい……そんなのはチーム事情だし、それぞれだろ? 後からケチ付けるのは止めろって」
慌てた感じの、サブマスの進の制止。弾美の瞳が、剣呑さを帯びて来たのをいち早く察したからだが。同級生もそれを察知して、慌てて言葉を引っ込める。
折り良く予鈴がなって、HR前の順位結果の検討会はお開きとなった。いかにも安堵した感じで、進はポンと弾美の肩を叩いて自分の席に戻って行く。
何となく最後にケチをつけられた弾美は、むっつりとした表情。良く考えたら、美井奈は弾美達に出会うまで、3日も同じエリアに足止めされていたと言ってたっけ。
薫にしても、連休中は田舎に帰省していて、ゲームにインしてすらいなかったのだ。稼働率の低さは、当然と言えば当然だ。だからと言って、仲間を責める気は微塵も無いけど。
小学生が不利? そんなのは時間の無い社会人だって同じ事だ!
「2位だって凄いじゃない。他人は順位だけで、その人や結果そのものを判断するけど。打ち込んだ努力は本人にしか分からないし、その身に必ず残るものなのよ?」
「むっ……そうかな?」
隣の席の学級委員長、星野亜紀がそう話し掛けて来た。さっきまでの話を聞いていたらしく、何となく励ますような口振り。弾美が不機嫌になったのを知って、気を遣っているのかも。
HRが始まる前の、数分の空白時間。生徒達は席について、担任の到来を待っている。教室内の喧騒は、それでも相変わらずだけれど。弾美と亜紀の会話も、そのせいで目立たない。
それでも周囲を気にしているのか、小声で亜紀は会話を続ける。
「そうよ……結果に不満があれば、その次に活かせばいいのよ。肝心なのは、折れない心だと私は思うけど?」
「誰も折れてないよ、仲間をバカにされたみたいで、ちょっと腹が立っただけだ。不利とか有利を考えて物事を進めるのって、俺は好きじゃないって言いたかったんだよ」
「ふぅん……私は不利な戦いはしたくないけどね。やる前から、結果が分かっているような」
そのセリフは、何故だか諦めのため息に彩られていた。チラリと弾美をみた委員長は、果たして何を思っているのやら。数週間前の瑠璃のお見舞いに起因しているのは、本人だけしか知らないコト。
弾美はそんな彼女の心中を知らず、気楽に言葉を投げ掛ける。
「ゲームを後から始めるのって、そんなに不利な事じゃないぜ、委員長? 試験終わったら、ファンスカ始めてみないか? 俺達のギルドに入れてやるよ……女子の数も多いぜ、瑠璃もいるし」
その発言に、亜紀は驚いたように弾美を凝視。それから怒ったように顔を赤くし、完全にそっぽを向いてしまった。どこまでも鈍い弾美は、委員長の怒った原因が分からない。
担任の先生が教室に入って来て、その件はうやむやに。そう言えば、あの風邪引きの見舞い騒動で、瑠璃と委員長がどんな話をしたのか、瑠璃も茜も全く話してくれない。
のけ者にされたようで、ちょっと悲しい弾美なのだが。
――ここまで想いが一方的だと、ある意味きっぱり諦められるかも?
半ドンの授業は瞬く間に終わり、メンバーからは部活サボって祝勝会と言う名のオフ会しようぜとの誘いもあったのだが。来週からテスト期間で、部活は当分休止状態に入るのだ。
そんな日に休みたくは無いと、オフ会賛成派の淳を強引に引き連れて部活に赴く態勢の弾美。今日は給食が出ないので、好きな場所で昼食を食べる事が出来る。
そんな訳で同じバスケ部同士が集まって、いつものB組で雑談しながらのお弁当タイム。パンを臨時購買に買いに出る者もいて、バタバタしながら時間を過ごしていると。
瑠璃がひょこっと、弾美を呼びに教室へ。
とっくに帰宅したか、図書室にでも籠っていると思っていた弾美。様子が変なのを訝りながら、廊下で待つ幼馴染みの元へ。そこに目を赤く腫らした美井奈を見付けて、二度目の仰天。
どうやら、先ほどまで泣いていた様だ。何が原因か知らないが、それで途方にくれた瑠璃は、弾美の元に少女を連れて来たらしい。そこまでの経緯を瑠璃が話すにつれて、弾美の瞳に剣呑な光が宿って行く。
小学生は休みの筈の今日の土曜日、どうやら学校行事で登校した美井奈らしいのだが。そこで少女のパーティが2位に入った事が話題になって、まぁ本人も浮かれていた時に。
心無い同級生の男子が、お前が足を引っ張らなかったら1位になれてたと発言したらしく。反論しようにも出来ない美井奈は、終いにはそうなのかもと落ち込んで行って。
居た堪れなくなって、中学校に二人を探しに忍び込んだらしく。
そんな同級生の発言は、ただのやっかみには違いなく。それでも妹分の少女を傷付けた事に、もちろん弾美は怒髪天を突く思い。殴ってでも訂正させてやると、今にも行動を起こしそうな弾美を必死に止める幼馴染みの少女。
そんな事は、もちろん美井奈も望んでいない。欲しいのは、そうでは無いよとの優しい言葉。その言葉をリーダーの弾美に言わせたい瑠璃だが、果たしてそれで皆が納得に至るのか。
混乱模様の現場に、少女達の制止の声。
「わ、私が足を引っ張ったのは本当の事ですから……本当は分かってたんです。だからお兄さんとお姉ちゃまには、一刻も早く謝りたくて……」
「そんな事は全然無いよっ、美井奈ちゃん? 私だって風邪引いて、2日もインしなかったし、薫さんだって連休中は帰省してイベント参加して無かったって話だしっ!」
「そうだな、はっきり言って2位に入った事は奇跡だろ……俺はこの順位に満足してるし、美井奈がウチのギルドに入ってくれるのは凄く嬉しいぞ?」
宥めるような優しい物言いは、以前の弾美には無かった特性である。その事を良く知っている瑠璃は、ちょっとほのぼのとした感情に見舞われる。
血の繋がらない世話の焼ける妹を前にして、自分もそうかもと瑠璃は内心照れつつ思う。少しだけ元気を取り戻した妹分に、瑠璃も束の間掛けるべき言葉を捜す。
何となく、弾美だったらこう言うかなって感じの激励を脳裏に浮かべつつ。
「私だって、同じくらい嬉しいよっ、美井奈ちゃん! 何なら私が、その子に言ってあげるよっ。もしまた次にイベントがあっても、美井奈ちゃんとまた組むって!」
「そうだな、美井奈は大事な戦力だもんな」
その後は、何だか青春ドラマのような展開に。今度は嬉し泣きを始めた少女は、二人に交互に抱きついて泣きじゃくるのを止めない。落ち着かせようと必死に宥める二人だが、どこか温かな表情はお互い様。
何とか落ち着きを取り戻した後も、美井奈とその自称保護者は、中学校に居座り続けたようだ。弾美達が練習を始めた体育館に、二人は見学と称してずっと腰を据えていた。
時折笑顔で会話を交えながら、本当の姉妹さながらの雰囲気を漂わせて。
それも恐らく、少女の気持ちを落ち着ける、一つの儀式のようなものだったのだろう。弾美も敢えて深くは追求せず、自分はバスケの練習に集中する事に。
――順位発表の当日は、こうして過ぎて行った。
次の日は日曜日だったが、蒼空ブンブン丸のメンバーは、全員制服着用で学校前に集合していた。大学院生の薫も、めかし込んでその中に混ざっていたが。
美井奈ももちろん一緒にいて、いつものメンバーでいないのは茜と静香だけ。その二人は、今日は別行動と言うか主役というか。音楽ホールのピアノ演奏会で、二人は午前中に演奏を披露する事になっているのだ。
午後は高校生の部だから、正直そっちには興味ナシなメンバー達。音楽ホールのある敷地は、学校からも目と鼻の先である。ここを集合場所にしたのは、まぁ分かりやすいからと言う理由。
朝からドタバタしたくないので、その点では正解だったかも。
限定イベントのメンバーも混じっているが、そこはまぁ、午後から簡単な打ち上げをするかも知れないし。ぶっちゃけ親しくなった仲間だし、誘っちゃえ的な流れもあって。
どちらにせよ、美井奈と薫は新たにギルドに加入する事を明言しているのだ。同級生のピアノ発表会と言うイベントでも、興味があれば来て欲しいと思って当然。
二人にしても、お呼ばれしたら喜んで馳せ参じるのも必然。
村っちの方は、残念ながら今日は朝のシフトらしく。休日に急に休みを取ると、さすがに店長が泣いちゃうからと、丁寧(?)な断りがメールで昨日あったらしい。
進の説明に、もの凄くがっかりした感じの弘一と晃。それでも同級生の女の子の晴れ姿を、しっかりと応援してやらねばとの使命感は凄まじく。良く分からないが頑張れと、弾美も適当に茶々を入れてみたりして。
変な盛り上がりの一行は、ぞろぞろと公共建物エリアへ向かう。
真面目な瑠璃が、ホール内と言うか演奏中にしてはいけない事を皆に説明している。最も大半は、マナーをきっちり守りましょうと言う類いのモノ。携帯電話はマナーモードにとか、演奏中は席を立ったりせず静かにしましょうとか。
それを真面目に聞いているのは、美井奈や薫のみと言う。進も男性陣に注意を飛ばすが、果たして彼らの脳みそに、注意事項の羅列は沁み込んでいるものかどうか。
弾美は特に、気にしていない様子だが。
演奏会は幕間が幾つか区切られており、観衆の入れ替えは原則その間の休憩時間のみらしい。瑠璃の計算だと、着席したら1時間程度は離席不可能らしく。
そこら辺の説明も、メンバーにしっかり通達している周到さ。
始まってしまうと、なるほどクラシックの1曲と言うのは結構長い。瑠璃の持っているパンフには、この幕内の終盤に茜と静香の演奏が入っているらしいけれど。
それまでは他の中学生の演奏を大人しく聴いているしかない訳だ。顔見知りでもない学生の奏でるピアノ曲に、早くも眠気を催す不届き者が数名。
美井奈も一度注意されたが、その相手が瑠璃だったと言うバツの悪さ。
それでも順調にスケジュールは消化されて行き、ようやく茜の番が廻って来た様子。一際大きな拍手で、盛り上がりを演出するブンブン丸のメンバー、待った甲斐があったと言うもの。
ところがここで小さなハプニングが。茜の服装は演奏会に合わせて、大人びたシックなドレスだったのだけれども。それを見て興奮した弘一、いきなり立ち上がってブラボーと叫んだのだ。
演奏も始まっていないのに、この絶賛振りは如何なものか(笑)。
周囲に広がる笑い声、舞台の上の茜は顔も真っ赤。それは瑠璃も同じで、何故か弾美に何て事してくれるのとの痛烈なテレパシーが。自分のせいではないのだが、何となく罪悪感。
なおも頑張れーと声援を上げている同級生を無理矢理黙らせて、舞台の上の茜に親指でゴーサインを飛ばす弾美。猛烈な緊張感も素っ飛んでしまった茜、頷いた後に一度大きく深呼吸して、ピアノの前に着席する。
色んな事を鑑みれば、その演奏は素晴らしかった。
終わった後の拍手と歓声は、今までで一番だったのは確かだろう。ホッとした様子の当人は、満更でも無い様子。笑顔で一礼して、幕裏に消える前にこちらに手を振る余裕も。
後で舞台関係者に、小言を貰うかも知れないけれど。
次に出て来た静香も、何となく顔が赤い。あがり症の性格の友達なのを知っているので、瑠璃はかなり心配だったのだけれど。前のハプニングを出番待ちで見ていて、緊張より恥ずかしさが上回ってるのかも。
ペコッと一礼も、何も起こらないでとの必死な感じを受けて。隣の席の弘一を押さえ付けていた弾美は、それを見てちょっと可笑しくなってしまう。
そのせいでは無いが、持ち前の悪戯心がムクムクと顔をもたげて。
「静香っ、ドレス似合ってるぞっ!」
「ブラボー!」
再び起こる笑いの渦、二番煎じは受けないかなと思っていた弾美だが。弘一と共に立ち上がっての声援は、周囲にそれなりの感銘を与えた様子だ。
当の静香は、やっぱり顔を真っ赤に染めながらも。律儀にもう一度ペコッとお辞儀して、深呼吸してピアノの前に着席する。離れた席からの瑠璃の視線が痛い弾美、それより音楽ホールに出禁になったら不味いかも。
弾美の心中はともかくとして、静香の演奏も波乱無く終焉を迎える。
拍手を送りながらも、目敏く周囲を観察する弾美。やっぱり来てしまった、関係者の役員のお出迎え。ここで一旦休憩に入るらしいが、弾美と弘一は説教タイムとなりそうな気配。
仲間に外で待っててと断りを入れながら、大人しく連行される両者。制服なので学校はバレているだろうし、逃げても簡単に面は割れそうだし。
呆れた感じの、仲間の視線がチョー痛かったり。
結局メンバーが全員合流を果たせたのは、それから約30分後だった。演奏を終えた茜と静香も、普段着に着替え終えて一同に合流している。さすがにあの騒ぎの後で、ホールに残る度胸は無かったようである。
その騒ぎを起こした張本人の弾美と弘一も、ようやく解放されてホッとしている様子。最悪の出入り禁止も免れる事が出来たようで、そこは素直に有り難い。
対面を果たした女性陣からも、散々と小言を承ったのも仕方がないとして。それよりこの後どうすると、巧みに話題をそらそうとする弾美だったり。
何しろ総勢10名だと、昼食のお店の席を取るのも大変。
一番近い敷地内のカフェは、今の時間混み混みなのは想像に難くない。近くのコンビニでパンでも買って、公園で食べる手もあるが、打ち上げと言う感じにはなりそうも無い。
仕方なくと言う感じで、皆で大学の食堂に向かう事に。打ち上げにはやっぱり向かない雰囲気の場所だが、大きな席もあるし何より安いし。瑠璃の計画では、その後みんなで勉強会に移行する予定らしいし。
そうすると、やっぱり図書館の近いこの近辺が都合が良い。
「美井奈はつまんなかったな。でもまぁ、試験を越さないと俺達はゲームどころじゃないからなぁ。しばらくは我慢してくれ」
「もちろんですよ、隊長。お姉ちゃまとも話しましたし、試験が終わるまでは大人しくしてます」
「そっかぁ、今度はメイン世界での冒険かぁ……みんなよろしくねっ!」
薫の社交辞令の挨拶にも、単純に盛り上がる男性陣。女性陣は美井奈を中心に、はやくも仲良し体制を築き上げている。ネットの方でもよろしくねと、ここでも美井奈の妹属性パワーは凄まじい勢いを見せている。
そんな話をしながらも、一行は大学前の坂を上り切って敷地内へ。人通りのまばらなキャンパスを横断し、一応薫の案内で学食へと案内される。
統計を取ると、実は学食が初と言うメンバーはいなかったけれど。
学食のテーブルはやたらと長いつくりなので、幸い10人でもあぶれる事は無い。一同が思い思いに、食券を買ったり席取りをしている最中に、ふと入り口にざわめきが。
何事かと首をめぐらす弾美たちの耳に、英雄のお出ましだと誰かの軽口が飛び込んで来た。それからハヤトという単語、何故か色めき立つ男性陣。
お調子者の弘一が、またもや騒動の火種を投下。
簡単に言えば、アイツは敵だと大げさに騒ぎ出したのだが。物騒な火種は何故かあっという間に点火、それを聞いて入り口で尻込みする人影が約一名。
そいつがハヤトだろうと見当をつけた弘一は、大股でその人物に詰め寄ろうとする。それを制止しようと動いた弾美や進の男性陣。結果的にはそれが、相手には数人に凄んで詰め寄られたように見えたようで。
慌ててUターンして、脱兎の如く逃げ出す大学生。
お調子者と言うのは、相手が下がるとその分つけ込むモノだ。弘一もその例に違わず、勢い付いて追いかけ始める。それだけならまだ良いが、金返せだとか女の敵だとかの風評被害もついでに撒き散らしてみたり。
それを追う弾美も、ちょっと楽しくなって来た様子。
数分も経たずに、壁際に追い込まれた大学生の若者。降参のポーズで壁に寄りかかり、追跡者の人数に改めてビビッているようだ。それもその筈、心配になった女性陣も、追いかけっこに参加していたらしく。
多少気の毒に思いつつ、弾美はハヤトなる人物を観察してみる事に。多少軟弱そうな印象は受けるが、なかなか垢抜けた感じのハンサム君である。
弘一がやっかむのも、無理は無いかも。
「あっ、あのっ……逃げておいてアレだけど、僕は追いかけられる理由は無い筈だよっ? 僕は女の敵でも無いし、他人からの借金もない筈っ……」
「あれは言葉の綾だ、俺達の敵なのは本当だけどなっ! えっと……俺達のギルドの団長から、宣戦布告があるから心して聞く様にっ!」
丸投げされてしまった弾美は、多少気の毒に思いつつハヤトなる人物を見下ろす。見下ろすつもりは無かったのだが、相手がしゃがみ込んでいるのだから仕方が無い。
掛ける言葉など全く考えていなかったが、改めて宣戦布告するのも悪くは無いかも。時期的に、限定イベントの結果が出てしまった後で、少々間が抜けている気もするけれど。
あれが最後の競争イベントでも無いとは思うし、このまま自分が立ち去ったら、それこそ間が抜けてしまう。そんな事を内心思いつつ、ぞろぞろと付いて来た仲間を何気なく見遣る弾美。
変な騒ぎを起こすなよと、進の視線が語っている。
それから、呆れた感じの瑠璃の顔。自分だって、好きでこんなシチュエーションを用意した訳では無いのだけれど。成り行きって恐ろしいって、改めて思う。
今は前から後ろから、言葉に出来ない妙な視線が自分に突き刺さっている。
「ええっと……ここにいるのが、俺の信頼するギルドメンバー達だっ! 今回は最高で2位だったけど、次の機会があれば絶対に俺達が勝つ、覚悟しておくようにっ!」
ギルド員が増えたと実感したのは、やっぱり中間試験が終わりを迎えた日の夜のインだっただろうか。乗り越えたという開放感と、ギルドメニューを開いた時の新しい名前の発見。
インを我慢して来ただけあって、嬉しさも倍増な感じ。
中間試験を無事乗り越えられたのも、ひとえに瑠璃のお蔭だろう。毎回のように幼馴染みの手際の良さに感謝しつつ、メイン世界のハズミンと久々の対面を果たす。
改めてみると、何とも頼り甲斐のあるキャラである。メイン世界のハズミンは、何でも出来て優秀なアタッカーの代表格である。ソロでもある程度の強敵と、渡り合えるスキルを有している。
ところが限定イベントのハズミンは、不器用そのもので皆に助けて貰いっぱなしだった。慣れない盾役にタゲの固定も不安定、回復が途絶えると途端に倒れてしまう弱さ。
仲間がいなければ、クリアなど到底無理だった筈。
そんな事を思い浮かべながら、仲間と他愛ない会話を続ける。今夜はオン会みたいなもので、実質的な行動は無い段取りになっている。美井奈と約束したキャラ成長指南は、もう少し後になりそうだ。
実は試験の終わった今日の放課後に、ファミレスで盛大なオフ会を敢行した『蒼空ブンブン丸』のメンバー。試験終了の開放感の度合いは、みんな一緒だった訳で。
かなりの騒ぎになったのは、言うまでも無い。
出禁の場所がまた一つ増える寸前まで、盛り上がりがエスカレートしたのはアレだったが。進の気苦労を思って、弾美もちょっと申し訳ないと反省してみたり。
その夜のオン会も、やっぱりみんなハイ気味なのは否めない。
『あっ、チクショー! オン会に散策しようと思ってたエリア、他のギルドに取られてるっ!』
『高校生も、確か今日が試験期間の終了日だったからなぁ……今日はどこも混雑するかも?』
『みんな、頼むから他のギルドと揉めたりしないでくれよ……胃が痛い……』
『みんな、進の身体も案じてやれ……おっ、茜と静香はかなりレベル上がったなぁ!』
『えへへ、後半はピアノの練習であんまりイン出来なかったけど……二人とも、前より8つも上がったよ!』
その嬉しい報告を聞いて、皆からおめでとうのコールの嵐。区切りはみんなで祝うのも、このギルドの慣習の一つ。チャットで騒がしい中、何かスキルを覚えたかと雑談にも弾みがつく。
衣装も替えたよと、楽しそうな静香の報告に。瑠璃や美井奈の女性陣が、お披露目してと集まって来る。架空世界と言えども、お洒落は気になるオンナゴコロ。
こちらのグループも、結構なはしゃぎよう。
雑談の最中に、難しいクエが結構残っていると茜と静香のヘルプの要請。何をするかを決めかねていた一行は、それを手伝うぞと速攻の快諾振りを見せる。
とにかくみんなで過ごせれば、それは立派なオン会なのだ。
『お手伝いありがと~♪ 何かね、強い敵を倒さないと駄目らしいクエなの~』
『やった事あるから、覚えてるよ。確かに強かったし、一度に3匹とか湧いた気がする』
『それじゃあ移動するか。場所が分からない奴は、茜か進に付いて行けよ~』
『は~い、私は分からないからお姉ちゃま達に付いて行きますね。ってか、私のレベルでは役に立たないと思いますけど』
『来てくれるだけで嬉しいよ、美井奈ちゃん! あっ、そう言えば美井奈ちゃんの所にも、運営チームからメール来た?』
『日曜に来て下さいって内容のメールですか? はいっ、後でどうしようか、隊長に相談しようと思ってましたけど。私も付いていって、いいんですかね?』
メールが来たからには、もちろん向こうもそのつもりなのだろう。第一、美井奈も2位入賞チームの、立派な一員であるのだし。小学生だからといって、怖気づく必要も無い訳だ。
製作スタジオに招かれていると聞いて、外野は無責任に盛り上がっている。何かお土産盗って来てくれとか、次のイベントの情報を入手して来てくれとか。
危ない発言に、再度サブマスの胃腸がキリキリ。
弾美の所にも、もちろんそのメールは届いていた。夕方には封書も届いていて、案内用の地図も載っていたのだが。賑やかなビル街の一角らしく、両親の勤め先もその近くに存在するらしい。
弾美も限定イベントチームに、後で相談しようと思っていたのだが。オン会の浮かれ騒ぎで、すっかり脳裏から消え去ってしまっていたらしい。
まぁ、全員参加は当然として、集合場所と時間の打ち合わせは必須か。
薫も届いた封書には驚いていたようで、スタジオ訪問には興奮している様子。夕食時にうっかり口を滑らしたらしく、友達からもかなり羨ましがられたとか。
同封されていたスケジュールには、何とケーブルテレビの番組の録画出演まで入っていたのだ。上位入賞者へのインタビューらしく、街のケーブル放送範囲の家庭に配信されるのだ。
その事実に、今から緊張する者が数名。
他には開発部門スタッフ登録とか、表彰&賞品授与式とか色々と細かい時間テーブルに。これはやっぱり、お洒落していかないと駄目だと今から気合を入れてる女性陣。
今度の日曜日の午後は、やっぱり騒がしくなりそうだ。
そんな話題に混じって、今度また正式なオフ会を開こうよとの要望も上がったりして。村っちを交えて、またあの例のお店に行ってみたいと企画をせがむ声も。
クエを手伝いながらも、一行は割と呑気にメイン世界の雰囲気を楽しんでいる様子。弾美も同じで、久し振りのメインキャラの感触を楽しみながらのプレイ。
新戦力も増えたし、手強いエリアに遠征に行きたいとのメンバーの提案もあったりしたが。美井奈の育成を先にするのだと、約束を真面目に遂行する構えのギルドマスター。
手伝うよと、瑠璃を始めとする女性陣の支援の声が有り難い。
『うちのギルドも、かなり賑やかになって来たよな~? 最初の方針では、メンバーは身内だけにするって言ってたのに』
『美井奈も薫っちも、今は立派な身内だから問題ナシ! でも、あんまり人数増え過ぎると、オフ会とか進の負担とか、色々と大変になるのは確かだよなw』
『何で進君だけ負担が増えるのかな?w 弾美君も、舵取りしなきゃ駄目でしょうにw』
『う~ん、でもハズミちゃんが変に口出しして、話が余計にこんがらがった事も過去に何度かあるし。うちのギルドは、作業分担で上手く回ってる感じですかね、薫さん』
なるほど、そうだったらしい。瑠璃の説明では、計画から実行の細かい部分をサブマスの進が、発案や他のギルドとの提携を弾美が担っているらしい。
そしてやっぱり、イベントの先導役は弾美団長が行った方が、皆のノリは良くなるらしく。そう言う意味でも、弾美の存在はギルドの旗役を担ってもいるようだ。
今日のような些細なクエの手伝いなどは、本来は手の空いている者が気楽に手伝う感じなのだ。元々が知り合い同士で作ったギルドだけあって、仲の良さは折り紙つきのよう。
アットホームな雰囲気に、美井奈と薫も溶け込みやすそうな好印象。
その後もクエの手伝いとか、大半は他愛の無いお喋りなどで時は過ぎて行く。弾美や瑠璃が10時過ぎには落ちるのが通例なので、夜の活動時間は意外に短いのがこのギルドの特徴でもあるかも。
気の早い弘一や晃が、次の限定イベントはいつあるのかなと先走ったコメントを投げ掛ける。間違いなくあるのは、恐らくは夏休みだろうねと薫あたりが返答して来るが。
今がようやく6月だから、まだまだ1ヶ月以上は先と言う事になる。それまでは気を長くして待ちながら、テンコ盛りのメイン世界での、クエや冒険に浸っていれば良い。
それはそれで、充実した時間を過ごせるには間違いなく。
――仲間がいて、冒険の舞台があって……そこに、日常とは違う風景が皆を待っている限り。
指定された訪問予定の時間は午後の2時半という、ちょっと中途半端な時刻だったので。一緒に外でお昼を食べましょうという美井奈の発案で、一行はビル街の通りに早めの集合。
日曜日のビル街は、意外に混んでいる事が発覚。
日曜日も休みではない会社勤めの大人達が、ビル街を忙しなく行き来しているのが見て取れる。働いている人は大変だねぇと、子供達の呑気な感想。
弾美と瑠璃の両親も、やっぱり今日も出勤しているという事実を鑑みて。この街では、さほど珍しくは無い事態なのかも。そうは言っても、休日にまで働かなくても良いのにと思う。
まぁ、弾美たちの両親に限っては、仕事先でも一緒なのだが。
ビル街のサラリーマン目当てなのか、この通りは喫茶店やチェーン店のレストランが割と多い。凄いビルになると、ビルの吹き抜けに面したフロア内に、コンビニや喫茶店が店舗を出している。
確かに便利そうだけど、一般人は入りにくいかなと弾美の意見。
招かれている製作スタジオのビルが、まさにそうだったのだ。正午きっかりには皆で昼食を食べ終わって、ふらふらとあちこち見歩きながら時間を潰していた一行。2時頃に一度、下見と称して案内の地図を見ながら、何となくビルの敷地内まで足を伸ばしてみたりして。
洒落た造りのビルは、吹き抜けの場所から見渡せる限りは出入り自由らしい。右手にエスカレーターがあって、内庭っぽい吹き抜けからコンビニや喫茶店のテナントの存在する2階へと続いている。
さらにその奥に進むには、受け付けのチェックが必要らしいけど。
何となく美井奈の行動に釣られて、2階の探索まで始めてしまった一行。面白い造りだねぇと、女性陣の興味は尽きない様子。そんな集団に少し遅れて歩いていた弾美が発見したのは、何とその通路を歩く自分の父親の姿だったり。
驚いたのは向こうも同じらしく、お互いに何でこのビルにいるんだという顔付き。女性陣は気付かずに先に進んでいってしまっているが、まぁはぐれる事は無いだろう。
父親の方へと駆け寄りながら、紳士協定の内容を思い出す弾美。
「父ちゃん、何でこんな所にいるの? 勤め先は全然別のビルだろっ?」
「お前こそ……ああっ、そう言えば。スタジオに招かれたのは今日だったっけな、忙しくて忘れていたよ。私はつまり……例のアレさ。持ち出せないデータがあるんで、閲覧やデータ解析に出向く日があるんだよ。何せ、街のプレーヤー全員分の秘密データだからね」
少し声を潜めて、父親の言い分。いつも出勤時や帰宅時に見ている父親のスーツ姿だが、何故か今は自信に満ちて輝いているように、弾美の目には映って見える。
ハッカーと言うのはほんの遊び心で、こちらの秘密を入手してしまう困った輩らしく。結局はアナログ式のやり方が、秘密保持には最適らしい。閉ざされたケーブル配線の情報でも、やっぱり盗まれる危険は存在するらしいのだ。
弾美にはさっぱり理解出来ない話だが、大変さは伝わって来る。
そんな父親とのヒソヒソ話に熱中していたら、向こうから女性陣の弾美を呼ぶ声が。うっかり忘れていたが、そう言えば一緒に行動していたのだった。
ところが女性陣も、遅まきながら弾美の父親の存在に気が付いて。弾美は慌てて、父親はこのビルの知り合いに会いに来たらしいとデマカセをばら撒きに掛かる。
瑠璃は容易に、幼馴染みの少年の嘘を見抜いてしまったけれども。嘘をついた理由にまでは、とんと見当も付かない様子で。挨拶をしながら、不思議そうに弾美を見遣るのみ。
その父親は、時間があるならお茶はいかがと皆を招きに掛かる。
時間は実はそんなに無いのだが、結局その言葉に甘える事にした一同。喫茶店は目と鼻の先だったし、ここのケーキは美味しいよとの弾美の父親の言葉が決定打となって。
ぞろぞろと店内に入り込んで、まずは居心地の良さそうな店内の雰囲気を楽しむ一行。父親の遠慮しないでとの言葉に、女性陣を代表して美井奈が元気に返事をして来る。
自らもフルーツケーキをオーダーしながら、お祝いの言葉を述べる父親。
「全員オーダーは通ったかな? まずは入賞おめでとう、弾美からそこら辺の経緯は聞いていたけど、すっかり失念してしまっていてね。自分から言うのは何だけど、郊外アウトレットモールの意見交換では、ひとつ有意義な意見を頼むよ」
「はあ……そんな時間も今日はあるって、確か招待状にも書かれてましたねぇ? あれっ、お兄さんのお父ちゃまは、そっちのお仕事に関係してるんですか?」
「いやいや、直接は関係ないんだけどね。開発局とは、密に連絡は取り合ってはいるね」
へえっと言う顔の、女性陣の反応はともかくとして。早速運ばれて来たケーキと飲み物のセットに、美井奈や薫は気もそぞろ。瑠璃だけは、両親との兼ね合いもあって真剣に聞いていたが。
美井奈がなおも、この場の雰囲気に物怖じせず質問を口にする。どうやらこの後に番組の収録が控えていると知って、どうした物かと言う事らしいが。
一般の感覚では、ゲームのイベントで入賞したくらいで、表彰されたり番組に出演したり、ましてやスタッフ登録などあり得ない事には違いなく。ましてやアイデアの質次第では、金銭的な見返りも発生すると案内の書類には書かれていたのだ。
小学生でなくても、こんな持ち上げ方には驚いてしまう。
その辺りの裏事情を、以前に父親から聞かされていた弾美は顔色を変えまいと必死。あの時は、確か自分も与太話と一蹴していたような気もするが。
父親がどう皆に説明するのかと、弾美はちょっと心配顔。
「う~ん……私に言えるのはたかがゲーム、されどゲームと言う事かな? 肝心なのは大人達が、子供の才能の発露を見逃さない事だと思うよ。たとえそれがゲームと言う分野であってもね」
「へえっ、それは面白い考え方ですね。確かに野球やサッカーなんかのスポーツでは、才能の青田刈りはもはや当たり前になってる感がありますもんねぇ?」
「あ~っ、そう言う理屈もあるんですねぇ、薫さん。私は良く分からなかったけど、プロ野球の契約金? 自分のチームに入って下さいって、凄い金額を提示しますもんねぇ?」
なるほどと、ケーキを食べながら分かったような顔付きの美井奈。自分も青田刈りされかけている事が、果たして本当に分かっているのかどうか。
弾美の父親は、そんな込み入った契約では決して無いよと一行を安心させるが。早くから社会の仕組みの一端に触れるのは、悪い事ではないねと言葉に含みを持たせてみたり。
その気になれば、そちらの道に進む事も選択可能と言わんばかり。
それでもやっぱり、腑に落ちない表情の少女が一人。自分はゲームも下手な凡人だし、ここにいるのはお兄さんを始めメンバーに恵まれたからだと主張の筋は通っているけど。
パーティと言うのは、役割分担が命なのだと弾美の返答。美井奈は立派に、パーティの一員として活躍したぞと請け合って。瑠璃や薫も、その通りだと優しく諭す口調。
そもそもゲームの上手い下手など、生活の必須事項では無いのだし。
「そりゃあ生活には関わりは無いですけど、メイン世界でもお世話になりっぱなしじゃ、やっぱり申し訳ないですもん! 少しでも上手くなりたいです、私にとってはたかがゲームじゃ無いです!」
「案外と負けず嫌いだよな、美井奈も。まぁ、じっくり育ててやるから安心しろ」
「弾美達のチームは何とも結束が固いというか、ゲームに前向きだねぇ。私もゲーム愛好者を軽く見るつもりは無いし、そう言うムーブメントの動向は慎重に見守るべきだと思うね」
弾美の父親の難しい言葉での評価に、美井奈はハテナ顔。隣の瑠璃に視線を向けて、説明を求めるべきかスルーして良い話題なのかを伺う素振り。
瑠璃はそれを受けて、何とか分かり易い言葉に変換しようと試行錯誤。つまり流行と言うのは、流行り廃りがどう転ぶか分からないんだよと少女に簡潔に説明。
廃れて下火になるか、流行って爆発的にヒットするかはプレーヤー次第。
「まさにそうだね、例えば囲碁や将棋なんかも、ただの駒遊びに過ぎないけどプロが存在するしね。ゴルフにしたってただの玉入れ遊びなのに、トッププレーヤーは結構な年俸を稼ぐじゃないか。競技人口や注目する愛好家が多くて、スポンサーが付けばプロ競技は成り立つんだよ」
「へえっ、それは面白い話だね、父ちゃん。確かにネットゲームでも、たくさんの国をまたいでヒットしているタイトルもある訳だし。将来的に、プロとか出来たら面白いなぁ!」
突飛も無い話に聞こえるが、世の中は何が起こるか分からないのも事実。ブログやネットコミュニティにしても同様で、こんなに流行ると誰が予想しただろうか?
今では学校でも、ネット環境の授業が行われる時代である。それどころか、携帯で手軽にネット接続が出来てしまう世の中。それがいつしか、新たな友好や文化を作り上げて行くとして、何の不思議があろうか?
そのムーブメントは、ある程度必然たったのかもと弾美の父親は熱弁を振るう。学校教育が個性の画一化を進めた一方で、個性を発揮する場所を若者達が探し求めた結果だと。
自己確立と言うのは、ある意味人間の基盤なのだから。
そう言った他人との差別化、そして競争が特別な存在やスキルを生むのだ。イベント的な大舞台でのそんな特別な個性の発露を、見逃さないのが大人の役目だとも。
今や慣例化してしまっている野球選手の契約金と言うのも、その磨き上げた個性の発露への報酬といった所であろうか。傍目に見たら、もし活躍出来なかったらどうするのだろうと思ってしまうけれど。
たかがゲームの入賞者だとしても、磨き上げた才能の発露で無いと誰が言えよう?
「そうですねぇ、お姉ちゃまなんて学校の成績も良くて家事もこなせて、私にとっては憧れの女性ですもんね! 才能てんこ盛りですよっ!」
「そ、そんな事ないよ……美井奈ちゃんだって才能あるよっ! ……ねっ、ハズミちゃん?」
「何で俺に振る、瑠璃? まぁ、あるんじゃないかな、人懐っこい性格とか」
弾美のその発言を受けて、瑠璃もフォローに必死の様子。確かに誰とでもすぐに仲良くなれるのは、素晴らしい才能だと盛り上げる。薫も何となく、美井奈ちゃんは将来凄い美人になるよねと年少の少女にご機嫌伺い。
いつの間にかパーティのトラブルメーカーだった少女は、マスコットキャラ的な位置に登り詰めている感じ。まぁ、収録前に拗ねられても困るという、大人の裏事情もあるけれど。
そこら辺は、やっぱりパーティの役割分担的なナニか。
コーヒーを口に運びながら、弾美はちょっと別の事を夢想していた。先ほど突飛も無い話題から、ネットゲームの可能性を論じていた一行だったが。
将来的に、本当に全国的なネットゲームの競技があれば面白いと思う。全国の代表のプレーヤー、つまりはネットファイター達が限定イベントで順位を競うのだ。
国の威信とか、そんな難しい事は関係なく。ただ純粋にゲームと言う競技を楽しみつつ、お互いの距離を縮める為に。
一ヶ月前には名前さえ知らなかった少女が、半分食べたケーキを弾美の前に押しやって来た。どうやらお昼を食べたばかりで、お腹がいっぱいらしい。これもまぁ、役割分担。
ネットゲームを通じて、ここまで短期間で仲良くなれるのだ。お互いの利権ばかりを主張し合う大人達に任せておいたら、外交問題などこじれるばかり。
そう、瑠璃の言う通りに『誰とでも仲良くなれる』のも才能なのだ。
そんな事をのんびり考えていたら、時間がやばいと驚きの薫のリアクション。確かに時計の針は、今の時点できっかり2時半を示している。つまりは、相手の指定した時間を。
勘定は平気だからと、弾美の父親の言葉に。それぞれお礼を述べつつ、教えて貰った受け付けへとダッシュする一行。弾美はなおも夢心地で、架空のネットファイターとの遣り取りに忙しい。
受け付けでは名前の記入から、エレベーターで5階に上がって下さいとの指示を貰い。緊張気味の一行は、未知の世界へのリアルの冒険に心臓を高鳴らせる。
ドアが開くと、スーツ姿の女性が一行を待っていた。
そこからは、やや慌ただしくもスケジュールの説明を受ける一行。ここはゲームの製作スタジオかと思い込んでいた弾美だったが、どうやらケーブルTV関係のスタジオらしい。
控え室に通された一同は、まずは一人ずつ衣装や髪型のチェックを受ける事に。撮影をするとの説明だったが、改めて本番前の緊張に襲われてたじろいでみたり。
美井奈だけは、何故か逆に生き生きとしているのが不思議。話を聞くと、母親の手伝いのモデル撮影もこんな感じらしい。撮影慣れしているとは、たいした大物振りだと弾美の皮肉に。
お姉ちゃまも、今度一緒にバイトしましょうと更に緊張を煽る少女。
「や、やばいかも……緊張して顔がこわばって無いかな? 話を振られても、ちゃんと返せないかもしれないよぅ、ハズミちゃん……」
「仕方ないな、話すのは俺と美井奈に任せておけ。瑠璃と薫っちは、取り敢えず頑張って笑顔作っておけよな?」
「平気ですってお姉ちゃまっ! 呼ばれるまで、手を繋いでおきましょうか?」
どっちが年長だか分かりゃしないと、呆れ顔の弾美だが。薫も似たような感じで、ちょっと本番での戦力にはなり得ないかも。まぁ、半分の人数で盛り上げれば、この事態も乗り切れるだろう。
案内係のお姉さんに色々と尋ねた所、分かった事が幾つか。どうやら今日の収録は、自分達だけで他の入賞者はいない様子。授賞式も撮影用の形式だけで、取り立てて意味は無いそうだ。
ハヤトチームや3位の社会人チームには、今日は出会えないらしい。
この前あれだけの啖呵を切ったのだ、今日顔を見合わせても気まずい雰囲気になっただけかもだけど。何となく優勝チームのメンツも見たかった弾美としては、残念な知らせ。
本番前のちょっとした打ち合わせでは、弾美チームの経歴やアンケート内容に間違いが無いかと尋ねられた。アンケート内容は、以前メールで返信したもの。
自分の性格やゲームの事などの質問の記載は、収録時に使われるようだ。
本格的な打ち合わせに入ると、女性陣はもっと緊張するかと思ったのだが。アシスタント役のお姉さんの絶妙なトークは、一行の気持ちを和らげるのに一役買ったようだ。
自身もゲーマーだと打ち明けたお姉さんは、社内規定で限定イベントに参加出来なかった事を悔しがり。女性率の高いパーティの入賞を、我が事のように喜んでみたり。
そんな会話から、盛り上がる女性陣トーク。
弾美にしてみれば、気になるのはゲストと称された男性の方だったけれども。ファンスカの運営開発室のスタッフらしく、若いくせにどこか落ち着いた感じの男性だった。
司会進行の、声の大きな明るい雰囲気の人物とはまるで好対照。ジーンズとポロシャツの姿だが、スーツを着込んでいるように隙が無いように見える。
切れ者の雰囲気が、周囲に漂っていると言うか。
撮影は、まずはそのゲスト役から、表彰のトロフィーを手渡されるシーンから始まった。代表して受け取った弾美だが、今日の訪問のお礼としてゲームグッズまで貰えると知って。
そっちの方が嬉しいと、美井奈あたりから本音もポロリ。
その後は寛げる部屋のようなセット舞台に移動して、明るい声音の進行役の人の元に、座談会のような雰囲気。パーティの面々の自己紹介から、キャラの特徴まで簡単に紹介される。
それから別モニターで、弾美チームの活躍の軌跡が放映されて。一緒にそれを見ながら、ここはどんな作戦だったかとか、敵の強さに苦労したかとか質問を受けて。
一行にしたら、自分達の戦っている映像がここで見れる事の方が驚きなのだが。一体いつ録画されたのかと感心しつつも、ソツなく受け答えするリーダーの弾美。
時折スパイスの効いた、美井奈の発言が味があると言うか。
弾美パーティの大まかな評価は、それぞれ個性がしっかりしている割には、チームとしてしっかりまとまっているというもの。大物退治にも臆す事無く、実に見事な戦い振り。
画面にはその代表の、最後の黒龍との戦闘シーンが映されていた。正直、コイツの設定を強く作り過ぎたとぶっちゃけた、ゲスト役の運営サイドの代表さんの本音に。
パーティが奇跡アイテムの効果に気付いてくれて、ホッとしているのがアリアリ。
画面はまさに、一行がピンチの場面。この設定はやり過ぎだったと運営サイドが認めた、2体の魔人の黒い檻の発動場面。確かに、檻に捕えられた者が手も足も出ない状況は、傍から見てるとさじを投げるか製作者を罵倒するしか無いと言えるかも。
自分のキャラのピンチに、今更ながら悲鳴を上げる女性陣。それでも切り札の効果で、奇跡の大逆転に成功したパーティの活躍振りに、改めてスタジオ内が拍手の渦に巻き込まれ。
ホッとした様な、照れたような態度の一同だったり。
収録の後半は、一行のアンケートの気になった質問が取り上げられるようだ。それをゲストの運営スタッフの人が、答えて行くというものらしい。随分前に出したアンケートなので、何を書いたっけと首を傾げるメンバーもいたりして。
それでも最初の質問が読まれると、それは自分ですと大人しく手を上げる瑠璃。内容は限定イベントの、一人ずつパーティメンバーが増えて行く仕掛けについて。
あの仕様は、どういった理由からですかとのモノ。
「私達は遅解き組? だったので、その情報も先にメンバーから貰えたりしたんですけど。混乱したりあぶれちゃう人もいたんじゃないかなぁって思って、出来れば意図を知りたくて書きました」
「えぇ、確かにこれは混乱も予想されたし、反発もある程度は覚悟はしてた仕掛けです。だだ、製作サイドとしては段々と手強くなる仕掛けに対して、パーティも補強していくと言う構図をやってみたかった。さらに付け加えると、最近のメイン世界のギルド対立の構図、これを緩和したかった」
静かに話し始める運営スタッフの男性、それは恐らく真意なのだろうと弾美は心中思うのだが。以前に父親から聞かされた、オンライン上での環境改善の話。
その実験的な部分が垣間見えた気がして、ちょっと緊張して話を伺う弾美。
私はなかなか誘われずに苦労しましたと、正直な美井奈の感想。もっともその後に、親切なカップルに拾われましたと照れも無く告白する天然少女だったり。
よせばいいのに、それを拾うアシスタントのお姉さん。二人は付き合っているんですかと、電波にとんでもない発言を乗せようと画策する。慌ててそれを否定しながらも、2つ隣の美井奈を睨み据える弾美。
照れなくてもいいのにと、撮影を完全に味方につけている少女。
真面目な話をしていた筈の、運営スタッフの男性。何となく取り残された表情で、話を続けて良いものかと周囲を伺っている。それに気付いた進行役のお兄さん、脱線した話を元に戻そうとやや必死に取り繕っている感じ。
弾美は隣の少女に、お前のせいだぞと言う視線を力一杯送っているのだが。あまり効果は無い様で、撮影でなかったら確実に頭をポカリとやっていたところ。
それを何となく察した美井奈は、ちょっと肩を竦めて反省の素振り。
「ええと、つまり……緊急の場面になると、人間と言うのは垣根を越えて協力し合う特性がある訳で。火事や災害などがそうなのだけど、困った際の緊急性でギルドの垣根が壊せないかと。こう言うイベントはギルドで取り組むプレーヤーが多いけれど、それを掻き回す仕掛けを用意したかったというのが本音です」
「な、なるほど~っ……分かりました、ありがとうございます」
かなり頬を染めながら、取って付けた様な瑠璃の返答。進行役のお兄さんも、一応感心の素振りを見せつつも。次の話題を引っ張り上げて、場の変な気まずさを払拭しようと必死な様子。
今度の質問は、最後のエリアの選択肢の仕掛けに関するもの。弾美や薫も、質問の一つにこれを挙げていて。つまりは自分達の選択したルートは、王道なのか裏道だったのかが知りたいと言う理由から。
返って来た答えは、案の定の裏ルートとの事。
作っておいて何だけどと、前置きされたその答え。あのエリアにインしたのは、何と弾美パーティのみだったらしい。それも高得点への呼び水になったらしく、それは喜ぶべきなのかも。
ちゃんと鉢植えも送られて来たしと、美井奈の無邪気なコメントも拾われて。ゲーム内コマーシャルの評価も、意外とプレーヤーにはウケていたとの話になって。
マリモも参加すれば良かったのにと、変な気遣いの弾美と瑠璃。
運営スタッフの男性の話によると、最後のエリアのルートは大まかに分けて3つ。魔女がボスのパターンを正規ルートに設定していたが、実はこれも意外と選択されず。
一番多かったのは、サブルートの三つ巴パターンだったらしい。魔女とプレーヤーと裏切りの四天王達が、最後のフィールドで激しくバトルを繰り広げる仕様となっていたようで。
柔軟に頭を使えば、敵同士で潰し合ってくれるパターンも。
ちなみに、1位のパーティも無難にここを通貨して行ったらしく。全面的に魔女を庇護する考えの裏ルートは、ほとんど一般に支持されなかった様子との事。
こちらとしても、魔女よりは大樹に同情したというのが本音だったりして。最後の大樹のイベントには、メンバー全員が感動したと代表しての瑠璃の言葉。
小学生の美井奈も、生命の輪廻とその重要性を勉強出来て良かったと追従する。大樹の孤独感と他の生物に向ける愛も、とっても心に響いたとの少女の感想に。
運営スタッフ側としても、嬉しい言葉を貰ったと満更でもなさそう。
最後の質問と言うかお願いは、その美井奈からのもの。早くも場の大人達を蕩かして手玉に取っている感の少女は、それに乗じておねだりモードに出る。
いや、質問を書いたのはもっと以前なのだから、これは偶然の流れではあるのだが。要するに、限定イベントで育成したキャラが消されるのは可哀想、何とかしてあげてとのお願いで。
やはりたった四週間の付き合いとは言え、情が移るのは当然で。
少女の切なるお願いに、どんな答えが返って来るのかと緊張気味の一同だったが。実はこの要望は、一般アンケートでも上位に位置しているらしいとの事で。
何とかしましょうとの男性の言葉に、湧き上がる撮影スタジオ。美井奈も大喜びで、隣の瑠璃に抱きついている。その勢いで瑠璃の姿勢が傾いて、隣の弾美と急接近。
二人の慌てる様子を、薫がニマニマしながら観察していたり。
そんな一部の波乱を別にして、和気藹々とした雰囲気で撮影は終了。気が付いたら、たっぷり1時間は経過していたようだ。何分番組か知らないが、確かに充分だろう。
最後のキャラを救うという約束に、すっかり肩の荷も降りた感の一同。緊張も今更ながらに解けた感じで、スタジオのセットを出た場所で仲間内でヒソヒソ話。次はどんなスケジュールだっけと、確認しながら伸びをする弾美。
その輪に近付いて来たのは、先ほどの運営スタッフの男性だった。
「皆さん、お疲れ様。若いチームだから収録も大変かと思ってたけど、受け答えもしっかりしてたし楽しかったよ。それで、こちらからも1つ質問があるんだが……何故、最後の選択肢にあのアイテムを選んだのかな?」
「最後の選択肢って、エンディング動画の最後にあった奴だっけ? こっちはすき焼き食べる気満々だったから、瑠璃に適当に選べって頼んだかも」
「えっ、私は真面目に選んだよ? えっと……何となくクリア報酬を用意して貰えているのは分かったんですが、こちらも4週間も楽しませて頂いたお礼をしたくて。つまり、イベントの世界へのお礼と言うか」
閉ざされた世界だけど、そこは小説と同じだと瑠璃は判断したようだ。例え自分は読み終わっても、他の誰かがその本を開く度に、その世界の時間は永遠に終わらないと。
もっと言えば、心の中で思い出す度に、その物語は終焉を迎えはしない。自分なりに綺麗な終わり方を選択して、楽しませて貰った物語への謝礼としたのだと瑠璃の言葉。
生命の輪廻もそうだけど、人々が紡ぐ物語の輪廻も円を描いて終焉は存在しないのかも。
「瑠璃の言う通りかもな、ファンスカを始めとするネットゲームだって、実質終わりは存在しないし。その物語に繋がる人がいる限り、終わりなんて存在しない!」
「そうそう、いい事言うねぇ、ハズミちゃん! つまり私も、同じ事が言いたかったんです」
「なるほど~、私はメイン世界のキャラがしょぼいんで、そっちで使える報酬だって聞いて正直ときめくものがあったんですけど。感謝の気持ちを忘れたら駄目だって、お姉ちゃまが」
そんな偉そうな事言ったっけと、顔を赤らめながら瑠璃が慌てた様子。お前は本や物語の事になると、途端に頑固になる癖があるぞと幼馴染みの注釈も入り。
変な空気の談話になったが、どうやら真意は訊ねて来た男性に通じた様子。創った側としては、どんな感想よりも嬉しいよと改めてお礼を言われてしまった。
何となく照れながら、お礼のお礼を返す一行。
全員が名刺まで貰ってしまって、改めて思うのは。今の男性は、運営スタッフの中でも結構な地位のある人だったらしいと言う事実。挨拶をして去って行く姿に、何となく認められた気分の一行は宙に浮いてるような夢心地。
そんな中、次に近付いて来たのはエレベータ前まで迎えに来てくれた女性だった。
どうやら他の階へと移動するらしく、案内してくれるとの事。肩のこる撮影が終わって、ホッとした気分がありありの一同。呑気に後に続いて、もはやビル内見学気分。
美井奈など、本当にスタジオ見学をさせてくれると思っていた様子だが。ところが案内されたのは、堅苦しい会議室のような場所。変わっているのは、中央に置かれている大きなミニチュアの建物セット。
室内に大きく場所を占めていて、目立つ事この上ない。
弾美が咄嗟に思ったのは、限定イベントの最終エリアで入り込んだセピア色の現代景色の建物群。近付いて仔細に調べてみるが、どうやら現存する街のセットではない様子。
仲間達も近付いて来て、ほえ~っという感じで覗き込んでいるが。最初に、これが何の建物群なのかに気付いたのは、やはり目敏い瑠璃だったようで。
これはアウトレットモールの模型なのかなと、問うように弾美に語り掛けて来て。
「その通りです、完成予定の構図を忠実に再現した、アウトレットの建物群ですね。えぇと、先に紹介を済ませてしまいましょうか。こちらのお三方が、開発局のスタッフとなりまして……」
「まぁ、堅苦しい肩書きを述べてもつまらないだけでしょうから、紹介は省きましょう。案内状にも書かせて頂きましたが、あなた達も開発局の特別スタッフに登録された訳です。私達が欲しいのは、忌憚のないアイデアや意見です。短い時間ですが、気付いた事は遠慮なさらずに」
案内して来た女性の紹介の文句を遮って、三人の中の右端に立つ中年の男性が説明を述べて来た。その隣の二人は比較的若く、何かの技術職のような雰囲気。
建物セットの隣には、パソコンとモニターのセットが一台分。何なのかなと思っていたら、代表者の着席を勧められてしまった。ゲームでも遊べると思った美井奈が、元気に挙手。
だが、実際モニターに映ったのは、ポリゴンの街並みのみで敵影は無し。
「ああっ、これもアウトレットの建物探索のゲームですか。変なキャラですけど、動きはスムーズですねぇ?」
「ゲームなのか、これ? なるほど、パソコンソフトでモール内の探索の疑似体験が出来るようになってるんだな。ちょっと面白いかも?」
「今どこなのかな? あぁ、バス停が見えるね、入り口だ。美井奈ちゃん、進んでみて」
薫のお願いに、自分のキャラを進める美井奈。弾美と瑠璃は、隣の模型とモニターを見比べながら、現在位置をしっかりと把握しているようだ。入った敷地のかなりの面積の駐車場には、車は一台も停まっていない。
開発局の人からは、トイレの数や設置場所とかこう言う施設が欲しいとかの、簡単で身近な意見で良いのでとの注釈。子供だと軽んじられるかと思っていた弾美だが、どうやらそんな事も無い様子。
ところが、意見と言うか文句は、意外な所に焦点が当てられる事に。
「駐車場に車が見当たらないのは、何でですかねぇ? 人もいないし、忠実なモールの再現になってないですよっ!」
「確かにそうだねぇ……一般のお客としての意見が欲しいなら、混雑した感じの様子とか見せてくれないとだねぇ?」
「早速のダメ出しか、意外と辛らつだな、瑠璃。でも、その意見も確かにもっともだな」
弾美の茶々入れに、顔を赤らめる瑠璃だったけれど。開発局の大人たちも、もっともな意見に赤面の至りと言う感じ。その考えに至らず、お恥ずかしいと謝罪を述べるのが精一杯。
意に介せずの美井奈は駐車場と言うキーワードから、自分の体験談を披露し始める。以前大きなスーパーに家族で買い物に行った時、広い駐車場に辟易したそうなのだが。
車の流れと人の流れがバラバラで、とっても怖くて不便だったそうで。
郊外からの集客が目当てだとしたら、当然車の数も増える訳で。夏に良くある車焼け対策とか、いっその事屋根とか歩道橋つけちゃえば、面白い駐車場になるとか。
寛いで意見を述べるメンバー達だが、突飛過ぎて参考になるのかならないのか。ところがその意見に、大人たちは意外な好反応を示している様子。
確かに遠くからわざわざ訪れたお客さんにしてみれば、車と言うのはベースな訳でもある。寛げる空間を、まずはその場所からと言うのはアリというか基本なのかも。
技術的にはどうなのかと、模型を前に論じ始める大人たち。
その後は何となく、置き去りにされた感のある一行だったが。案内役の女性に他の意見はと訊ねられても、特に思い付いた感想もアイデアも無く。買い物施設や娯楽施設、飲食店や何やらの数や配置についても、素人目にはピンと来ないのも確かだったり。
そんな事をしている内に、予定の時間が来てしまったようだ。ゲームの開発に加われると思っていた美井奈は、これで今日のスケジュールが全て終わりと聞いてつまらなそう。
そんな訳ないだろと、弾美の突っ込みも力は無かったが。
弾美にしても、ちょっと物足りないという思いは内心あったりして。せめてゲームの開発室の見学くらいは、してみたかったというのが本音だったり。
案内役の女性に、部屋を出る前にそれとなく訊ねてみる弾美。そのお願いを受けて、室内電話で聞いてみるけど期待しないでねとの、優しい口調の女性の返答。
何となく緊張しながら、話の推移を見守る一行。
結果はまさかのオッケーで、これには美井奈を始め大喜びのメンバー。ゲームの開発室はもう1つ下の階だそうで、やっぱりその女性が案内してくれるそうだ。
案内役と言うよりは、お目付け役なのかも知れないが。とにかく浮かれ立つメンバーは、そんな些細な事にはお構いなし。エレベーターで出たフロアで、先ほどの男性スタッフも合流。
一行は、細かな説明を受けつつ気もそぞろ。
作業中の部屋は入り口から覗くだけとか、何も持ち帰っちゃ駄目とか、後は一応の守秘義務が発生するとか。アイデアと言うのは、無限のようで良質なものは有限で高価値なのだと、男性スタッフの弁。
なるほど、そうでないとクソゲーなどと言う言葉は生まれやしなかっただろう。了解しましたと答えつつ、見学の期待は膨れ上がる。目にしたらいけないモノを見たら、どうしようか?
ところが最初に見たのは、順序良く並んだモニターとブースの列。学校の教室以上の大きさがあって、そこで作業している人達は一様に寡黙で忙しそう。
鬼気迫るものを感じて、かなり怖気づく一同。
「あははっ、驚いたかい? ゲーム製作と言うと楽しくて華やかに感じる人も多いみたいだけど、結局はプログラミングとバク取り作業に尽きるんだよ。もちろんゲームのシナリオ製作なんかも重要だけど、うちの場合は少しでも作品を良くしようと、会議ではみんなケンカ腰だしねぇ」
幻想が砕かれて言葉も無い年少組は、呆然と立ち尽くすのみ。自分達がゲームで楽しい時間を過ごしている裏には、こんな地味で気苦労の多い努力があったなんて。
スタッフの男性は、ここがプログラム室だと説明して、その奥が開発企画室だと付け加えた。残念ながら室内には入れてくれないそうだが、例のケンカ腰のシナリオ製作や年間スケジュールを決定する会議室らしい。その隣の休憩室は、スタッフみんなが利用したり仮眠? したりするそうな???
泊まり込みの作業など、まるで珍しくないような口振りである。
同じ階に運営スタジオもあるらしく、そこは主にプレーヤーからの苦情や要請、運営に携わる諸業務や他企業との提携などを執り行っているとの事で。
どんな良質のゲームだって何だって、作っただけでは駄目なのだ。快適な運営とそれを売り込む手腕が、俗に言うヒット作を生むのだ。経営に関する部署だが、製作とどちらが欠けても満足の行く結果には結び付かないものらしい。
大切な話なのだが、それを真面目に聞いていたのは薫ただ一人。
年少組は、未だ先ほどのショックから立ち直れていない様子。ゲームの作り手と遊ぶ側のギャップが大き過ぎて、上手く対処が出来ないと言うか。
何しろ作業に従事しているスタッフ達は、大抵が無精ひげのお泊りコース体験者の体である。寡黙にキーボードを叩く姿は、心身を削って作品を作り上げる陶芸家の如し。
思わず後ろから、大丈夫ですかと一声掛けたくなってしまう。
「えぇと……みんな忙しそうなんですが、今の時期は何の作業を行ってるんですか?」
「んーっ、今はもう、次の期間限定イベントの製作に取り掛かってるね。これでもまだ、みんな穏やかな方だよ。締め切りが迫ると、皆がピリピリして険悪な空気だからね」
「次の限定イベント! そ、それって何時でどんな!?」
薫の質問を受けてのスタッフの男性の返答に、ようやく茫然自失状態から復帰する弾美。製作現場の現実は厳しかったが、せめて有益な情報でも持って帰りたいとの願望。
スタッフの男性はちょっと考え込んでいたが、問題なしと判断したのだろう。次の夏休みの企画が既に立ち上がっていると、時期とタイトルを明かしてくれた。
男性スタッフが持って来てくれたポスターには、大きく『モンスターパラダイス』とのタイトルが。
興奮に沸き立つ一同。どうやら説明によると、ペットモンスターを育成する感じの物語らしいのだが。それぞれのキャラが、自分のペットをモンスターの王へと育てるのを競うイベントのようで。
詳しい事は教えて貰えなかったが、粗筋だけ聞いても面白そうではある。ペット召喚は、今やメイン世界でもブームになっていて、それに乗っかる形の限定イベントなのかも。
告知ポスターを皆で眺めながら、俄然ヤル気になって来たメンバー達。
キラキラと輝く瞳は、既に次に控える見知らぬフィールドを駆け回っているよう。周囲にいるのは見知らぬ敵と、もちろん信頼のおける仲間達。互いに声を掛け合いながら、冒険の気勢を上げている。
夏の到来など、待ち焦がれなくてもあっという間には違いなく。
――次の冒険物語は、もう既にそこで息衝いているのだ。