♯24.5 最終ステージ~大樹の章
「いい加減メソメソするなっ、美井奈っ。俺が苛めたみたいじゃないかっ!」
ある意味、弾美が原因なのだが、元は美井奈の不注意が巻き起こした事。今はスンスンと鼻を啜っている少女は、バツが悪そうに首を引っ込めて瑠璃の影に隠れる素振り。
派手な戦闘はあるのかなと質問する瑠璃は、ちょっと緊張し始めているよう。話題変えの意味もあるのだが、ここで決定的なミスをして全てを台無しにしたくない。そんな様々な心中も見え隠れする一行は、場所を樹上の街へと移動して行く。
インしてみれば分かると、盾のスキル技を使いやすい場所に移動させながら弾美。
「あれっ、何で振り込みボーナスが3ポイントもあるんだ? スキルとステータス、いつもは両方2ポイントなのにっ」
「ああっ、それは多分……呪いのフィールドの、クリアボーナスじゃないかな? 私達も全員1ポイントずつ貰ってるから。お陰で、武器スキル80の大台に乗っちゃった」
「ふむっ、でもハズミンは参加してないんだろ? まぁ、ステータス下がっただけじゃ、こっちも損ばっかりだからな」
「ごめんなさい~っ……」
責められていると思った美井奈が、再び泣きそうな声で謝罪して来る。だから気にするなと、そろそろ弾美の声も荒くなって来る。それを察知した瑠璃は、とうとう二人に抗議する。
ゲームを始める前にちゃんと仲直りしないと駄目だと、その場を仕切りに乗り出す瑠璃。いつもは大人しくて裏方の瑠璃の、突然の強い口調に驚く一同。もっとも弾美は慣れたものだが。
幼馴染のお節介な性格は、既に折り込み済み。
弾美は急なお姉さん口調の少女を、眉をひそめて睨みつけるものの。考えてみれば、確かに今日は最終関門に挑む大事な第一歩。未開の地へのトライに、ケチは付けたくない。
こんなテンションで臨む事態も、弾美にしてはもっての外である。ここは一つ、瑠璃のお手並みを拝見するのも悪くない。素早くそこまで考えた弾美は、少女の台詞を促す仕草。
弾美のそんな視線を改められて振られると、特に何も用意していなかった瑠璃は逆にピンチ。急にモジモジし始めて、良い策を考えながらも皆の視線を気にする素振り。
弾美が仕方なく、子供の頃の兄弟喧嘩の事をそれとなく思い起こさせる。
そう言えばと、弾美も自分の姉や瑠璃の兄とは、良くじゃれ合って喧嘩したものだ。てっきり弾美は、瑠璃が恭子さんモードになって懇々とお説教すると思ってたのだが。
妹を持つという立場自体慣れていないので、確かにどうして良いのか良く分からない。昔は瑠璃が、一緒に謝ってあげるからと弾美を説得する場合が多かった気がするけど。
もしくは泣かされた弾美と一緒に大泣きして、兄や姉が謝って来るのを待つパターン。
そんな昔の事を思い出した弾美は、益々気恥ずかしくなって何となく照れた顔付きに。そもそも一人っ子と言うのは、兄弟喧嘩などした事が無いから余計に話がややこしい。
困っていると、薫が笑いながらあなた達は本当の兄弟みたいと言って来た。薫にも弟が2人いるそうで、田舎に帰るとしょっちゅうその2人の喧嘩を目撃するらしい。
その後の、仲直りしたいと言い出せない気まずさといったら、今の状況そっくり。
「そう、そうなんですよねぇ……ハズミちゃんも、昔っから意地っ張りだから。私がいっつも、一緒に謝りに言ってあげるからって宥めてばっかりで」
「あるよねぇ、そう言うのって。やっぱり喧嘩の後は、お互い素直に謝らなくちゃ。その方が気持ちがスッキリするもん」
「ちょっと待て……俺は今回、何も悪くないような気がするんだけど……」
確かに弾美の主張は正しいとは言え、兄弟喧嘩は泣いてしまった者勝ちだとは瑠璃の弁。泣かしてしまったその事自体を謝らないと駄目だと、瑠璃お姉ちゃまは厳しい表情。
弾美は呆れつつも、確かに昔の記憶からそれは正しいとの判断に至る。親や先生達はとにかく、泣かした兄や姉や上級生ばかりを責めるのは、恐らく世の常識なのだろう。
ここは素直に乗っておこうと、改めて少女に向き直る。
「悪かったな、美井奈。俺はリーダーなのにその場にいなくて、その間にあった事に文句を言えた義理じゃ無いよな。だからお前も、その事はもう気にするな」
「だって……私が変に触ったせいで、お兄さんのキャラが弱くなってたら。それでもし、ゲームがクリア出来なかったら、やっぱり私のせいだと思う……」
「分かった、じゃあ今日を入れてあと3日だな。俺のキャラは、絶対に死なないから。だから、力を合わせて全員で限定イベントクリアしような!」
照れ臭さの勢いに任せて、バンと少女の背中を力強く叩く弾美。美井奈は一瞬つられて笑顔を作った後、急に顔をくしゃくしゃにして弾美に抱きついて号泣し始める。
どうやら許して貰えなかったらどうしようかと、少女なりに相当思い詰めていたよう。ギャラリーの薫などはプロポーズみたいな台詞だねぇと、弾美を冷やかして来るのだが。
瑠璃はその台詞に、少しだけ複雑な表情。
何しろ美井奈は、傍目から見ても将来相当な美人になりそうな素質が満載なのだ。それでも現状を鑑みれば、泣き虫のトラブルメーカー以外の何者でも無かったりして。
そんな訳で、美井奈家のリビングでの騒動が治まるのは、もう少し先になりそう。
――既にインしているキャラ達は、待ちくたびれたように街中の喧騒に溶け込んでいたり。
美井奈の攻撃力上昇に伴って、キープ力がパーティ戦術での絶対条件になって来た今日この頃。そんな中での盾スキルの取得は、まさにタイムリーな吉兆であろうか。
新スキルの《ブロッキング》は、実は盾スキルの代表的な技である。敵を足止めしつつ、挑発を行ってタゲを取る、盾キャラには無くてはならないスキル技である。
SPの多さで何とかカバーして、連続スキル技でのタゲキープで誤魔化してきたハズミン。闇系の魔法も、結構敵の注意を引き付けやすかったのだが、これで戦術も変わってくるかも。
打ち直しではピアスを選択、呪い解除装備は盾を期待していたのだが、防御力が下がるので瑠璃に融通してしまった。そんな訳で、ピアス以外は大幅な装備の変更も無し。
その代わりに、最終ステージに向けて新しい片手剣スキルを取得する事に。複合技の《闇喰い斬》は、闇属性のハズミンにはピッタリのダメージ技になるだろう。
それほど上げるつもりも無かった土スキルからは《レイジングアース》という魔法を取得。防御力とヒール効果を備えるこの魔法は、もろに盾用キャラ御用達の魔法である。
さらに闇スキルに術書とボーナスポイントを振り込んで、新しく《闇系コスト減》という補正スキルを取得した。闇系の魔法やスキルのMPやSPコストが減る補正スキルで、種族に該当するものは出やすいとの噂なのだが。
ある意味強力なスキルである事は間違いなく、嬉しいレベルアップである。
名前:ハズミン 属性:闇 レベル:34
取得スキル :片手剣76《攻撃力アップ1》 《三段斬り》 《複・トルネードスピン》
《下段斬り》 《種族特性吸収》 《攻撃力アップ2》
《上段斬り》 《複・ドラゴニックフロウ》
《複・グランバスター》 《追撃》 《複・闇喰い斬》
:盾10《ブロッキング》
:闇80《SPヒール》 《シャドータッチ》 《闇の断罪》 《グラビティ》
《闇の腐食》 《闇の刺針》 《ダーククロス》 《闇系コスト減》
:竜10《竜人化》 :風20《風鈴》 《風の鞭》
:土30《クラック》 《石つぶて》 《レイジングアース》
種族スキル :闇33《敵感知》 《影走り》 《SPアップ+10%》
:土10《防御力アップ+10%》
装備 :武器 破邪の剣 攻撃力+21、HP+20、耐呪い効果《耐久15/15》
:盾 龍鱗の盾 耐ブレス効果、防+18《耐久15/15》
:筒 絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
:頭 暗塊の兜 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15
:首 番人の首輪 攻撃力+3、腕力+2、体力+3、防+8
:耳1 黒蛍のピアス 闇スキル+3、SP+10%、防+4
:耳2 白豹のピアス改 器用度+4、HP+15、落下ダメージ減、防+8
:胴 暗塊の鎧 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+25
:腕輪 暗塊の腕輪 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15
:指輪1 サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5
:指輪2 闇の特級リング 闇スキル+4、SP+10%、SP上昇率UP、防+4
:背 白翼のマント 器用度+4、HP+10、攻撃速度UP、防+11
:腰 闇のベルト ポケット+4、闇スキル+3、SP+10%、防+10
:両脚 魔人の下衣改 攻撃力+5、体力+3、腕力+3、防+15
:両足 暗塊のブーツ 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10
ルリルリは、前回の冒険でのレベルの上昇は無し。ただし、変化がないと言う訳ではない。前回からキャラの削り能力がいきなり上回った事に、本人は結構戸惑っているようだ。
補正スキルの《クリティカル2》と腕輪部位の時々炎獄効果が相まって、3回に1回は通常ダメージを上回るダメージが出るようになって。細剣も二刀流無しでも悪くないと思い始めたよう。
ただし、二刀流なら攻撃回数が単純に2倍なので、削りにさらに特化出来るのだが。それでも呪い解除の盾を貰って、さらにHPとMPが上昇したのは嬉しい改善点である。
武器も天使から入手した上質のものへと交換し、打ち直しではブーツを選択して。攻撃力も防御力も上昇して、何も問題ないと言えるはずなルリルリなのだけれども。
イレギュラーとも言えなくもない、押し付けられた新魔法。強力なのは、使ってみて間違いのない《マジックブラスト》という魔法にも。本人からしてみれば、自分のキャラに合っていない気がしてみたり。
もう一つ、思い掛けなく舞い込んできた細剣の新スキルの《ハニーフラッシュ》という複合スキルだが。こちらは光スキルが源流なので、使っても良いかなと言う気も起きるものの。
ただ、元ネタはちょっとHな漫画だと薫に聞いて、はたと悩む瑠璃であった。
名前:ルリルリ 属性:水 レベル:33
取得スキル :細剣67《三段突き》 《クリティカル1》 《複・アイススラッシュ》
《麻痺撃》 《幻惑の舞い》 《Z斬り》 《クリティカル2》
《複・ハニーフラッシュ》
:水74《ヒール》 《ウォーターシェル》 《ウォータースピア》
《ウォーターミラー》 《波紋ヒール》 《アシッドブレス》
《水の分身》 :魔10《マジックブラスト》
:光30《光属性付与》 《エンジェルリング》 《ライトヒール》
:氷50《魔女の囁き》 《魔女の足止め》 《魔女の接吻》
《氷の防御》 《ブリザード》
種族スキル :水33《魔法回復量UP+10%》 《水上移動》 《MP量+10%》
装備 :武器 光のレイピア 攻撃力+17、器用度+4、MP+25《耐久14/14》
:盾 精霊封入の盾 HP+40、MP+40、防+10《耐久7/7》
:筒 絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
:頭 流氷の髪飾り 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+8
:首 サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5
:耳1 天使のピアス 光スキル+3、知力+2、MP+8、防+3
:耳2 流氷のイヤリング 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+5
:胴 流氷の鎧 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+18
:腕輪 炎のグローブ 攻撃力+4、HP+14、時々炎獄効果、防+14
:指輪1 光の特級リング 光スキル+4、HP+15、攻撃距離+4%、防+4
:指輪2 プラチナの指輪改 腕力+4、HP+20、攻撃速度UP、防+8
:背 精霊封入の人形 HP+50、MP+50、SP+10%、防+1
:腰 複合素材のベルト改 ポケット+4、器用度+5、MP+13、防+11
:両脚 流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10
:両足 炎獄のブーツ改 炎スキル+3、腕力+3、HP+15、防+17
レベルアップ果実の取得で、一気に2つレベルの上がったミイナ。その甲斐もあり、前回に続き新スキルを取得した。《速射》と言う、攻撃速度の遅い遠隔使いには有り難い補正スキルである。
武器の交換と伴って、ますます凶悪な削り能力に磨きが掛かるミイナなのではあるが。実はこっそりと裏エリアの出店で、色々と怪しい矢束も購入していたりして。
装備の面では、色々と呪い解除の装備を融通して貰った形になったミイナ。写し身の鏡は結果壊れてしまったが、SPや攻撃力はかなりの上昇を見せる事に。
打ち直したのは、瑠璃に融通したのと同じベルト。キャラの外観はと言えば、サファイアも煌びやかな妖精っぽくなってしまったのだが。本人は結構気に入っているようだ。
矢弾の種類が増えて、それが混乱の引き金にならないように祈る美井奈である。
名前:ミイナ 属性:雷 レベル:33
取得スキル :弓術64《みだれ撃ち》 《近距離ショット1》 《攻撃速度UP1》
《貫通撃》 《複・スクリューアロー》 《影縫い》 《速射》
:光51《ライトヒール》 《ホーリー》 《フラッシュ》
《フェアリーウィッシュ》 《フェアリーヴェール》
:風24《風の陣》 《風の癒し》 :水10《ヒール》
:雷35《俊敏付加》 《俊足付加》 《スパーク》
種族スキル :雷33《攻撃速度UP+3%》 《雷精招来》 《落下ダメージ減》
装備 :武器 神樹の長杖 攻撃力+25、知力+5、MP+28《耐久14/14》
:遠隔 妖精の弓矢 攻撃力+23、ポケット+2、敏捷度+5《耐久15/15》
:筒 朱塗りの矢束 攻撃力+20 追加炎ダメージ
:頭 妖精のクラウン 光スキル+4、風スキル+4、SP+10%、防御+12
:首 サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5
:耳1 白蛍のピアス 光スキル+3、HP+25、防+9
:耳2 陰陽ピアス 精神力+5、知力+5、MP+15、防+6
:胴 妖精のドレス 光スキル+4、風スキル+4、MP+20、防御+20
:腕輪 サファイアの腕輪 腕力+5、SP+10%、攻撃力+5、防+12
:指輪1 雷の特級リング 雷スキル+4、器用度+4、攻撃速度UP、防+4
:指輪2 サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5
:腰 複合素材のベルト改 ポケット+4、器用度+5、MP+13、防+11
:背 白豹のマント 雷スキル+4、器用度+4、MP+10、防+10
:両脚 妖精のスカート ポケット+2、光スキル+3、風スキル+3、防御+12
:両足 サファイアの長靴 腕力+5、SP+10%、攻撃力+5、防+12
カオルも果実とレベルアップで、一気に2つレベルが上がった。魔法には追加取得は無いものの、スキルは指南書の融通と呪い解除のクリアでのボーナスポイントの取得で、区切りの80に到達する運びに。
その結果覚えたのは《種族特性吸収》という、ハズミンも持っている補正スキル。風属性のカオルの場合は、攻撃すればするほど敏捷度を吸収して、攻撃速度が速くなる訳だ。
装備交換での改良点と言えば、闇市でベルトを打ち直して貰い、ブーツも呪い解除の良品を入手出来る事となった。ただし、武器はもう長い間変更出来ていないのが寂しい限り。
風の種族は、ステータスやその他の数値が平凡なだけに。装備には格別に気を使いたい所ではあるのだが。固定してしまった部位が多過ぎて、案外レアな迅速装備も困り者な感じ。
今更そんな愚痴も言っていられず、最終ステージに全力を尽くす所存な薫だった。
名前:カオル 属性:風 レベル:33
取得スキル :長槍80《三段突き》 《攻撃力アップ1》 《脚払い》 《石突き撃》
《クリティカル1》 《貫通撃》 《複・竜巻チャージ》
《大車輪》 《複・幻影神槍破》 《種族特性吸収》
:炎45《炎属性付与》 《炎のブレス》 《レイジング》 《炎獄》
:雷20《俊敏付加》 《パラライズ》 :風20《風鈴》 《風の陣》
種族スキル :風33《回避速度UP+3%》 《魔法詠唱速度+6%》 《移動速度UP》
装備 :武器 赤龍の大槍 攻撃力+32《耐久15/15》
:筒 絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
:頭 迅速の兜 炎スキル+4、雷スキル+4、器用度+2、防+7
:首 進みがちな懐中時計改 SP+15%、攻撃速度UP、防+8
:耳1 サファイアのピアス 腕力+2、SP+10%、防+3
:耳2 白蛙のピアス 器用度+2、MP+15、防+6
:胴 迅速の鎧 炎スキル+5、雷スキル+5、腕力+5、防+20
:腕輪 迅速の腕輪 炎スキル+4、雷スキル+4、腕力+2、防+7
:指輪1 迅速の指輪 炎スキル+3、雷スキル+3、防+4
:指輪2 炎の特級リング 炎スキル+4、腕力+4、攻撃力+20%、防+4
:腰 獅子王のベルト改 ポケット+2、攻撃力+6、HP+20、防+13
:背 迅速のマント 炎スキル+4、雷スキル+4、防+7
:両脚 朱色の袴 ポケット+2、精神力+5、MP+20、防御+12
:両足 サファイアの長靴 腕力+5、SP+10%、攻撃力+5、防+12
何とか話がついて、喜んでるのはメンバー全員同じ事。これから先も、意地を張ったり意見の食い違い、悪ふざけの行き過ぎやら何やらで、喧嘩になる事もあるだろうけども。
素直な心と思い遣りがあれば、きっとその時も今日と同じく大丈夫だろう。仲直り騒動の後、何となく心をほんわかさせながら、最終ステージの魔方陣に入り込む一行。
4週間の集大成だと言うのに、どこか気が抜けているのも否めないが。
魔方陣に光が灯り、ポケットの中の妖精が勢い良く飛び出して来る。小さな案内役の始める説明は、期間限定イベントの最終ステージに向かう冒険者への注意事項。
小さな妖精は、その身に似合わず厳かな口調で話し始める。
――さて、冒険者の皆さん。このイベントを選択したら、もう二度と地上ステージには戻れません。その上、他のパーティとの接触も出来ず、進めるのは新たな3つのステージのみ。
通信もパーティ間のみとなり、この最終ステージで限定イベントは終了となります。樹上に滞在するNPCの話の通り、限定イベントの得点評価方法は多岐に渡るため。評価を伸ばしたいパーティは、未開のエリア探索やNMとの戦闘をお薦めします。
もっとも、時間内にクリア出来なければ評価自体が無意味になりますが。
さて、こちらで出せる指針と致しましては、残り3つのステージの攻略期間程度でしょうか。イベント主催側と致しましては、1ステージを約2時間でのクリアを目安に創っております。
もちろんその気であれば、もっと速いルートを選択して、時間短縮でのクリアも可能です。そのあたりを吟味して、メンバー内でご相談されて挑んで頂きたく思う次第でございます。
最終ステージは強制ムービーが多く、戦闘も避けようと思えば可能な柔軟な創り。それこそ選択肢によって、最後のエンディングも変わって来る仕様になっています。
ステージ中の選択肢は、多数決方式となっていて、リーダーのみ2ポイント、その他のメンバーは1ポイントの計算です。もちろん、パーティでの話し合いで決めて貰っても結構。
その辺は柔軟に、納得の行くように方法は事前にお決め下さい。
それでは、最終ステージに臨みたければ、アイテムから『輝く果実』をご使用頂ければオッケーです。なお、このアイテムは最終ステージに入る、大事な鍵となっております。
次回以降も、最終ステージに入る際には、こちらの使用からお願い致します。
「読み終わったか? 何か説明口調で、小難しく感じたけど」
「読んだよ~、要するに準備が出来たら果実を使えって事でしょ?」
「後、選択肢を多数決で決めれるって言ってたね~、マルチエンディングだって~」
「はぁ、バッドエンディングとかもあるって事でしょうか?」
「あるかもな、リーダーだけ2ポイントだっけ? 誰かリーダーやりたい奴いるか?」
誰も弾美の申し出には返事をせず、いつも通りの消極的な女性陣だったり。結局は、分岐はみんなで意見をまとめようとの瑠璃の提案が通る事に。それが良いとの全員の賛成を得て、まずは一件落着を見せる運びに。
1日1ステージ攻略も、話し合った結果それで良いとの意見でまとまる。今日がスタートだと1日余ってしまうが、どこかで失敗してしまって、時間が足りなくなった時の予備日と言う事で。
後は、強制ムービーはちゃんと見ようねと、瑠璃が釘を刺す場面も。
「後で知り合いに説明出来るように、ちゃんと粗筋とか覚えておこうねっ。どうせ、一人だけスキップしても、他のメンバーの合流待たないと駄目なんだから」
「お前はなぁ、自分の趣味を人に押し付けるなってば……まぁ、その辺は臨機応変にな」
「……何と言うか、お姉ちゃまの言葉にはもう逆らえません」
「……同じく、私も」
仲直りのくだりから、妙なキャラの立ってしまった瑠璃だったりして。そのせいで、他のメンバーは変なプレッシャーを感じつつ。なんのかんので、一行はようやくの最終ステージに入る構え。自分のカバンから『輝く果実』を使用して、インに身構えていると。
強制ムービーが発動、どうやら精神体になって天上へと昇って行っているようだ。それだけで、大樹の大きさと緑の茂みの豊かさを感じるメンバー達。
しばらくムービーは続き、壮大な音楽がそれにかぶさって来る構成のよう。
それは大樹、グランドイーターと呼ばれる、恐らくこの世界で最大の樹木の潜在意識だった。大樹の果実を食べたせいで、その意識を垣間見るきっかけになったのかも知れない。
それとも、これは誰かの差し金だろうか? 何しろ大樹の果実を好きなだけ収集出来た魔女は、既に人の域を飛び越した存在なのだ。たった四人の駆け出し冒険者が、到底敵う相手では無い。
それでも何かを期待した、意思の介入が存在しているのか。
その魔女に対して、唯一手出しが出来るとするならば。それはこの、精神体での接触以外には有り得ないのも確かな真実。あるいはそれは、大樹の懺悔なのかも知れない。
――そう、一行が面しているのは、大樹の偽らざる心の暴露だった。
事の起こりは、何の変哲も無い生存競争だったように思える。周囲はその頃、大地にも空にも生命の息吹が活発な活動を見せており、もちろん大樹もその中の一員だった。
何時からだっただろうか……自分の幹が規格を逸れて行き、自分の根が大地深く喰い込み始めたのは? 近くに存在する、全ての生命を糧とし始めたのは?
周囲の大地はやがて荒廃し、それでも大樹は生長を止めなかった。
荒野は自分を中心に、年々拡がりを見せていた。その頃には、大樹は地中や大気中から魔素を取り込む方法を覚えていた。その結果大地は益々荒廃して行き、人々はそこを死の大地と呼ぶようになった。
それでも生長を止めない大樹は、やがて知性を持つようになる。そして知るのは、自分はイレギュラーだと言う事実。そして、自分は孤独だと言う真実……。
長い年月を、ただただ孤独に過ごした気がする。太陽は昇り、地平線の向こうへとに消えて行く。その下に、他の生物が命の営みを、必死に全うしているのは知っていた。
だが、自分に近付くものは誰もいない。何故なら自分が、糧にしてしまうから……。
その強欲なまでの生存能力は、もはや自分の意志では止め様が無いのも分かっていた。自分の身体は大きくなり過ぎていて、それを維持する栄養はどうしても必要なのだ。
ある時は自分の意志で、余分な枝を切り落としさえしたのだが。結果は同じで、ありあまる生命力に歯止めは掛かる事はなかった。命のサイクルは、他者の命を認めない空転を見せつつ、己を高みへと押し上げて行く……。
それはまるで、神話に出てくる神への反逆者のように。
自分の能力を少しだけ制御出来るようになるのに、一体どれ程の長い年月が必要だっただろうか。その間、大樹の枝で羽を休める鳥の姿も、大樹の作る木陰で休む獣の姿も存在しなかった。
ただの1羽も、ただの1頭も……。大樹はひたすら孤独な存在で、それ故に自分の能力の制御に全力を注ぐのだった。いつしか自分に寄り添う、温かな命の存在を信じて。
鳥でも獣でも、何でも良かった。そう、あの自己中心的で傲慢な人間でさえも。
やがて幾重もの時の果て、その願いが叶う時が訪れた。何らかの理由で荒野に追放された一人の女が、自分の心の声を聞いてとうとう荒野を渡り切ったのだ。
その時の女は心身共に疲れ果て、大樹を目にしてポロポロと涙をこぼしさえした。大樹はやっと、自分以外の命の輝きと暖かさを知り、それは知性を持って初めての感動だった。
――二つの命の、悲しい迷走が始まった。
その人間は、内包する魔力によって、簡単に大樹の知性とコンタクトを取る事に成功した。その人間は魔女と呼ばれる存在で、その力は封じられていたが強力だった。
大樹は乞われるままに、その力の解放を手伝い、あまつさえ己の魔力を分け与えもした。大樹の取った方法は、とても簡単なものだった。果実に魔力を込めればよいのだ。
自分の子孫を作り出すその実も、無の荒野で芽を出す能力は無く、大樹の仲間を増やすには至らなかったのだが。魔女を元気な身に戻し、その力を増す役には立ったようだ。
そして魔女の願いは、次第に私欲に染まっていった。
一緒の時間を共に過ごすにつれ、大樹は段々と魔女の所業が心配になって来た。この地で得た強大な魔力を、魔女は復讐と永遠の生につぎ込み始めたのだ。
それは大樹の持っていた願いとは、真反対だった。滅びる運命の在りようを、まさに待ち焦がれていた大樹は、共に永遠に生きようと語る魔女に異議を唱えた。
魔女は鼻で笑い、さらに強力で合理的に魔力を得る方法を編み出した。それが、魔方陣による遠隔獲物捕獲システムだった。捕らえた獲物は、さらに地中に転移して糧にするのだ。
その結果、魔女も大樹も、さらに力を得る事になった。
不測の事態が起こった。力の一部が暴走して、周囲に魔法生物が氾濫するようになったのだ。それは両者の意図した事ではなかったが、少しだけ賑やかになったのも事実。魔方陣での捕獲を始めてから、地上の生き物を糧にする能力を、大樹は制御出来るようになっていたのだ。
魔法生物の一部は魔女の兵隊となり、魔女は次第に遠征を繰り返すようになった。その目的が殺戮のためと知った大樹は、魔女に力を与えた事を後悔した。それから、魔女に対する裏切りと知りつつも、とうとう秘密裏に天使を召喚した。
異界の通路を開くだけの魔力は、既に自分には備わっていたのだ。
天使は、大樹の願いを聞き終えるとこう言った。魔女は今や強力になり、こちらの手には負えないかも知れない。だから地中に捕らえた冒険者の中からも、貴方が試練を与えて選りすぐりを見つけなさい。
そのための妖精の案内と、地上や樹上でのバックアップはこちらで手配しましょう。ただし、その冒険者がこちらの願い通りに動くかどうかは、それは貴方の訴え次第でしょう。貴方を滅ぼせば、魔女の力も衰えるのは知っています。
しかし……それは私には出来ない。
そんな大樹と天使の遣り取りを、魔女は敏感に察知した。裏切られたと知った魔女は、激しい怒りを天使に向けたのだが。大樹との繋がりは、どうしても断ち切る事は出来なかった。
――その訳とは①天使が大樹をそそのかし、裏切りを仕組んだと思い込んだから
②大樹と自分の力の源が同じなので、大樹が枯れると困るから
③大樹を、我が子のように愛していたから
「うおっ、いきなり選択肢が出たっ! 3択だな、どれもありそうだけど……」
「う~ん、どのストーリーが面白そうかなぁ?」
「根源にあるのは裏切りか利害か、それとも愛情かって話でしょ? 確かに、どれもありそう」
「最初は、ちょっと奇麗なテーマを選ぶのもアリですかね?」
それもそうだねと、美井奈の意見が採用されて。割と簡単に皆で3番をチョイスしてみると。イベント動画はようやく終わり、パーティは見慣れぬフィールドに転送された。
樹海のような感じなのだが、一番目に付くのは目の前に聳え立つ1本の立派な樹木。大樹のように大きくは無いが、洞の部分に古い小さな祠が見受けられる。
一行が近付いて行くと、何かを語りかけるように淡い光が宙に溢れ出し。それと同時に、木の裏側から樹木モンスターの群れがババッと散るように逃げ出して行くのが見えた。
驚きつつも、これも何かの仕掛けかと警戒する弾美達なのだが。
それ以降は何の変化も見られない。瑠璃が、何かのトレードポイントが祠にあるのを発見。お供え物かと首を捻りつつ、何となく先ほど逃げたモンスターが気になる弾美は。
まずは迷子にならない程度に、付近の捜索をメンバーに提示してみる。特に、さっきここから逃げた敵は、仕掛けと関わりが大であると予測。何が何でも倒す気満々なのだけれど。
フィールドには結構、昆虫や獣型のモンスターが設置されていて、パーティの行く手を阻んで来る。先ほど逃げた敵はどこだと、弾美は新スキルの使い心地を確かめつつ移動して行くと。
大半はまた逃げ出したものの、何とか1匹を仕留める事に成功。
「あっ、何かアイテム落としたねぇ。ハズミちゃんの予想通り、今の敵が鍵を握ってるっぽい?」
「ふむっ、逃げると追い掛けたくなるのは当然。残りの敵を追え、美井奈っ!」
「了解ですっ! でもでも、雑魚がまだ奥にいますよ、隊長?」
「ここにいる敵は全部、魔法使って来て危険だねぇ。一人で突っ込むのは危ないから、みんなで行こうか、美井奈ちゃん」
そんな訳で、残りの樹木モンスターを追い掛けて、一行はさらに樹海の奥に移動。ドロップしたアイテムは、想いの欠片と言うらしく、何やらイベント的に意味ありげ。
2度目に追いついた場面で、パーティは強引に足止め魔法や範囲攻撃の使用に踏み切る。お陰で結構な大リンクが発生したものの。何とか踏ん張りを見せて、乗り切るベテラン振りを発揮。
それぞれが上手に力を発揮して、キープと削りを頑張りつつも。美井奈の数減らしの一撃を待つという、パーティお得意の戦術を実行して行った結果。
敵の数は時間を追うごとに減って行き、逃げまくりの樹木モンスターも全て倒し終わる事に成功した。欠片と名のつくアイテムも、カバンを見ると合計4つ集まったと瑠璃の報告。
これで揃ったかなと、判然としないルールに戸惑いつつも。
道に迷う事も無くパーティが取って返すと、最初の祠は依然としてそこに存在しており。よく見れば、トレードのポイントがさっきよりも燦然と輝きを放っているのにはびっくり。
推理は正しかったと、取り敢えず1個だけ欠片の投入を促す弾美。それに従って瑠璃がトレードすると、樹木に変化が。幹に浮き出る女性の姿は、恐らく大樹の精神体だろうか。
同時に、宙に淡く浮かび出る光球が1つ。光球にはタイトルが付随しており、どうやら選択肢の1つらしいのだが。仕掛けが安全だと理解した瑠璃は、全部の欠片を投入してしまう。
合計4つの光球は、それぞれ別のステージになっているらしい。
「むむっ、これ全部行ける所ですか? 全部廻らないと駄目って事なんですかね?」
「どうだろうなぁ……でも、全部廻らないと謎が残って、ちょっと嫌かも?」
「そうだねぇ、じゃあ戦闘の少なそうな場所から廻ろうか?」
「ふむふむ、タイトルだけで判断するに……この、ノアの箱舟ってのが気になるかなぁ?」
それじゃあそこから行こうと、薫の提案にあっさり乗る一行。タゲって選択を実行すると、すぐに転移が始まった。その瞬間、幹に浮き出た女性が身じろぎしたと瑠璃が目ざとく発見。
それが何を意味するかは不明だが、ステージをクリアして戻ってくれば話を聞けるかも知れない。何しろメンバーは、ここのクリア条件すらまだ分かってないのだから。
そんな思いの中、再び強制ムービーが発動。
――天使との契約の中、大樹の一番の強い思いと言えば。近付くもの全てを自分の糧にして来た、悔恨に他ならなかった。知性を得た大樹は、今や命の輪廻の意味を知っている。
そこからはみ出した存在の自分が、塵へと滅び行く前に唯一出来る事。そう、大樹の願いはイレギュラーのこの巨大な幹葉を、次の世代の糧にして貰う事だった。
命とは強かな物で、大樹は幹や枝の隙間に、風で運ばれて来た様々な種子を蓄えていた。その種子達は強情で強靭で、こちらの意思を全く受け付けず。ただただ、その内側に物凄いパワーを秘めながら、次世代へのチャンスを伺っているよう。
そう、命の発芽の時期を待ちわびているのだ。
自分を、神話に出て来るノアの箱舟になぞる大樹。内に蓄えた命の束を、荒野という大海をかき分けて実りの地へと誘うのだ。一つ違う点があるとすれば、実りの大地は己の枯れた枝葉が担うと言う点。
後は時間が、より良き世代の輪廻を紡いで行ってくれるだろう。今度はより自然のままの、イレギュラーの存在しない自由競争が始まるのだ。不当な搾取の無い、楽園が出来上がる筈。
それが自分の、ただ一つの願い。
天使はその役割の手伝いを、冒険者に託せと言った。だから語るのだ、自分の思いを。だから語るのだ、自分の願いを……それがたとえ、天の理に反するものでも。
ただ一つ心配なのは、魔女の横槍で冒険者が消えてしまう事。可能な限り密かに、試練と報酬で育てた奥の手なのだが。天使はどこまで、魔女を抑えておく事が出来るだろうか。
そうだ、魔女の影が差さないうちに、もう少し冒険者達に力を貸そう。
――その導きは①ハトにして貰おう
②カラスにして貰おう
「あうっ、何か急に選択肢が出て来るねぇ。集中して文字読んでるから、変な気分」
「確かにねぇ、ちょっと悲しい物語だから、しんみりしちゃう……」
「そうですねぇ……私も髪や眼の色がクラスメイトと違うから、自分がイレギュラーだって思う気持ちが良く分かります」
「そんな事で苛める奴がいたら、俺に知らせろ実井奈、とっちめてやるから。それよりさっさと、どっちについて行くか決めないと」
その選択肢は簡単だと、物知りな瑠璃と薫が揃って口にする。ノアの箱舟の神話によれば、洪水の後に乾いた大地を見つけようと、放たれたハトとカラスの顛末は。
ハトが先に乾いた大地を見つけ、それ以来吉兆のシンボルとされる事になったそうな。逆にカラスは不幸の代名詞とされ、人々から敬遠される存在に成り下がったと言われている。
そんな訳で、全員一致でハトを選択。次いでフィールド転送。
自信のある回答からの転送先で、一行はちょっとした混乱に巻き込まれる。樹木で囲まれた小さな空き地には、転移の魔方陣と、ガーディアンの守護する盾と槍の祭られた台座が。
ガーディアンは白い大きなカンガルー顔の獣人で、民族衣装のようなものを着込んでいる。低い台座に不動の姿勢で座り込んでいて、その前にはトレードポイントが。どこかでお供え物か何かを入手出来たのかもと、これでは正しい選択肢を選んだ甲斐も無く。
一行はしばし、逃した戦闘回避の手段を嘆いてみたり。
「まあいいや、盾と槍は欲しいから、コイツやっつけよう!」
「う~ん、持ってるものトレードしてみたけど、まるで反応なしだねぇ」
「両手槍……久し振りの武器交換になるかもっ」
物欲が勝るメンバーは、魔法の強化後に境界線に足を踏み入れる。さて戦闘だと、気合いを入れる面々の前に。のそりと動き出す、こちらもヤル気のカンガルー獣人。
手にしているのは、どうやら片手棍と盾のよう。魔法中心なのかと思いきや、鉄製の片手棍はなかなかの破壊力。早速の《ブロッキング》を使用しつつ、盾役の弾美はその威力を思い知る。
時折の尻尾での範囲攻撃が強烈で、瑠璃はそれをスキル技で止める事にすると宣言。前衛に参加しながら、細剣での削りと敵の特殊技潰しに活躍している。
敵は幸い1匹、力を合わせて速攻で倒す戦法が有効だ。
ところが敵も、尻尾を軸にした両脚キックで戦線に混乱を招いて来る。派手に撥ね飛ばされて戦線離脱したハズミンは、その場で座り込みスタン状態。俗に言うカンガルーキックの炸裂だと、弾美は呑気に美井奈に解説する。
目の前まで飛んで来た盾役に、美井奈はビックリな表情。驚いているのは、他の前衛も同じ事。急にタゲられたのは何故か瑠璃で、敵は盾を捨ててルリルリを拉致の構え。
急に獣人に抱えられたルリルリを、カンガルー獣人はあやす様な素振り。ステップを駆使して、何故か戦場を後にして。手にした片手棍は、いつの間にかガラガラに変わっている。
赤ん坊をあやすように、敵のステップは柔らかで優しげ。
「えっ、あれっ、瑠璃ちゃんどこっ? 敵、攻撃していいんだよねっ?」
「ここどこ~? なんかHPもMPも……回復してるっ! 敵のポケットの中かなぁ、とても快適?」
「頼むから寝返るな、瑠璃! うっ、スタンがやたらと長い……美井奈、こっちにタゲ持って来い」
「とにかく攻撃ですねっ! うえっ、お姉ちゃまにダメージ行きません様にっ!」
その願いを乗せた美井奈の遠隔攻撃は、カンガルー獣人の動きを止める事に成功。その面前に、捕らわれのルリルリが出現。救出成功のようだが、今は睡眠状態のよう。
カンガルー獣人は今度は勇猛なステップで、一番近い薫に襲い掛かって来た。ステップ合戦の戦闘に、ようやく回復した弾美も参戦。美井奈と共に敵の動きを封じに掛かる。
ところが再び、範囲尻尾攻撃からの吹き飛ばしキックのコンボが炸裂。またもや弾美が飛ばされて、残ったカオルがポケットイン状態に。慌てた美井奈の攻撃も、ガラガラ防御でダメージ0。
瑠璃は、まだ寝たまま復帰出来ない状況。
「わ~っ、今度は私が拉致られたっ! これってやっぱり、睡眠効果来るかなぁ?」
「私まだ起きれない……これって結構不味いサイクルっ?」
「む~っ、遠隔攻撃に転ずるべきか? 美井奈っ、魔法試してみろっ!」
美井奈の《ホーリー》に続いて、弾美の《ダーククロス》が獣人に命中。ちゃんとダメージも入ったのだが、今度は何故か薫のHPも魔法の着弾に合わせて減る事態に。
その隙に、やっとこさ瑠璃が戦線復帰を果たす。代わりに眠りに落ちた薫は、あーうーと嘆きながら悲しそうに自キャラを眺めるのみ。近付く敵に、弾美が《グラビティ》で足止めする。
そこからはひたすら、魔法と矢弾での遠隔削りに専念するパーティ。
瑠璃の新魔法の《マジックブラスト》が、事の他削りに良く効く。酔っ払いの追加効果も、戦局にはかなり優位で嬉しい限り。敵のHPは半分を切り、こちらのMPもグイグイ減って行く。
何か仕掛けて来るかと警戒していた一行に、カンガルー獣人の思い掛けない反撃。恐らくポケットから取り出したであろうバズーカ砲で、容赦ない遠隔での範囲攻撃はチョー強力。
それは反則だろうと、地団駄を踏む弾美。
「アレは四次元ポケットかっ!? ってか、遠隔の反撃が痛すぎるっ!」
「わっ、やっと起きたっ! 敵は今の武器召喚で、HP減らしてるっぽいね? 一気に行く?」
「あ~っ、範囲回復するから固まってて、美井奈ちゃん」
「だって、爆弾で全員被害にあってますよっ! 私、HP低いから死んじゃいますっ!」
「おバカ美井奈、お前がタゲられてるんだ、逃げても標準はお前のままだって!」
混乱に拍車を掛けるように、カンガルー獣人が手にしたガラガラを振るう素振り。今度は美井奈が睡眠状態に陥って、パニックからの逃亡をあっさりと敵に阻止される事に。
とにかく止まってくれた少女に安心して、瑠璃が回復魔法を掛けてみると。美井奈の睡魔はそれと同時に退散し、脱兎の如くの逃げを見せ。何故か回復で睡眠状態が解けると知って、一同大いに奮起する。
状態異常回復魔法では、全く治らなかったと言うのに。
それ以降は、弾美と薫を前衛に、後衛を瑠璃と美井奈で押しまくるパーティ。時折混ざる睡眠や尻尾攻撃や爆弾攻撃は、甘んじて全て受ける方向へと作戦変更。
突き飛ばしスタンだけは痛過ぎるので、弾美が《闇の断罪》でシャットダウンを狙ってみたり。土魔法の《レイジングアース》も程良い効果で、弾美のHPは安全圏を常にキープし続けている。
突飛な敵の特殊技の数々に、翻弄され続けた戦闘も。最後は奇麗に決着がつき、強くなった事を確信する一行。それでも戦闘が終わった後には、一同揃って安堵のため息をつく有り様。
カンガルーって強いですねぇと、美井奈の感想に虚ろな同意。
とにかく難関を突破して、ようやく手にした盾と両手槍は。神木の名を冠していて、結構な良性能である。弾美が盾を、薫が両手槍を貰い受けて、二人ともに嬉しそう。
――神木の盾 HP+30、MP+15、防+23《耐久10/10》
――神木の槍 HP+30、精神力+3、攻撃力+40《耐久11/11》
「ああっ、攻撃力が40超えたっ! チョ~嬉しいっ!」
「HPも増えたし、防御も上がったし。何だか難敵が、これから続けて出そうな気配だなっ」
「あ~、それに備えてのプレゼントですか。こっちはヒーリング終了しました、隊長」
「こっちも終わった~、さっき言ってた大樹の試練なのかな~、取り敢えず転移で戻ろっか」
最終ステージにインして、まだ30分余り。色々あったせいで、何故かもっと時間が経っているような気が。強制ムービーも多く、キャラの移動や戦闘時間は、まだそれ程行ってないのだが。
いつもと違う勝手に、パーティの調子も少しずれ気味なのは否めない。次の選択肢を楽しみにする瑠璃や、装備したばっかりの槍を試したくてウズウズしている薫や。
弾美はクリア目的に神経を張り詰め、美井奈は何も考えていない様子。
誰が正しいと言う訳でもないが、戻った一行が目にしたのは何か言いたげな大樹の精神体。カーソルが移動出来るように修正されていて、今や立派な一人のNPC扱いだ。
代表して瑠璃が語りかけると、大樹は今までの非礼と辛い試練の数々を詫びて来た。自分の意図した事ではないとは言え、それを利用してここまで招いたのは事実だと独白。
全ての事象は、自分の存在に端を発しているのだ。
無礼を承知での最後の願いは、あなた達を呪縛から解放する代わりに。自分の内包する魔力を弱めて、天使の手伝いをして欲しい。結果、自分が滅びようとも、魔女が滅びようとも。
それを自分は受け入れるだろう。むしろ自分の滅びこそが、本当の願いでもあるのだ。そのために人間の手を借りよと言う天使の助言は、恐らくは正しい摂理なのだろう。
何故なら人間は、自然の輪廻から外れた独自の存在だから。
「環境破壊の達人~って、アレを婉曲に言うとそうなるのか?」
「婉曲過ぎる気もするけど、酷い言われようなのは確かかな? ゲームの世界でも、人間はそういう位置付けなんだねぇ」
「え~と、宙に浮くステージの中で、願いを聞き届けてあげればいいのかなぁ?」
「う~んっ、そんな感じに思えますけど。それじゃあ、次はどこに行きましょうか?」
話し合った結果、次は永遠の生命というタイトルのステージに決定となった。題名的にここがちょっと当たりっぽいと、相談の結果に浮かび上がったステージなのだが。
一行が勇んでインしてみると、先程みたいに目を引く舞台も無い感じ。ただ、広い原っぱのような場所に、ゴロゴロと果実のような物が転がっているだけのようで。
その内の1つがタゲれると、美井奈がフィールドでの発見を報告して来た。戦闘の用心もしながら、皆がそこに集合。何と周囲の全てがレベルアップ果実らしく、皆の気分は少しソワソワ。
タゲった果実からは、恒例通りに3つの選択肢が。
――落ちている果実を①1個ずつ、パーティに行き渡るように
②魔女との戦闘に備えて、たくさん取る
③取らない。自信があるので
「うっ、これは……欲張ると酷い目に遭いそうだけどっ」
「ですねぇ……取るなら1個か、全く無しかですかね?」
「じゃあ、多数決するか? 1か無しか、どっちかで取るぞ?」
多数決の結果、女性陣は前もって決めていたように無しとの挙手。欲がなさ過ぎるぞと、リーダーの弾美などは思うのだが。こんな最終局面で欲張って、全滅などしていては元も子もない。
それではと、皆で無しの選択肢をチョイスすると。
急にフィールドの空が翳って、怪しげな雰囲気を演出して来る。何事かと一行が身構えていると、すぐ先の場所に敵らしき影が出現。その瞬間、弾美と薫がげっと声をあげた。
闇属性でも強烈に嫌われている敵、ソウルイーターと双璧をなすその敵の名は。簡易的にレベルイーターと呼ばれているが、本当はちゃんとしたややこしい名前がある。でも、冒険者はレベルイーターとしか呼ばない。
レベルを落とす特殊技の印象が、とにかく強いので。
「うっ、せっかく欲を出さなかったのに、選択失敗?」
「どうだろう……わっ、こっち来たっ!」
「ううっ、戦いたくないっ。ひょっとして、レベル吸われるの前提での果実だったのか?」
珍しく消極的なベテラン陣なのだが、敵はやる気満々で攻撃を仕掛けて来る。弾美がブロックして、戦線は確定。戦闘はなし崩しにスタートして、嫌々ながらも戦端は開かれる運びに。
敵の姿は、メタボ体型のソウルイーターとは対極の、痩せた手足の長い死霊タイプ。ボロボロの衣類を纏っていて、皮膚は所々剥げていて筋肉繊維が剥き出しな場所も。
とことん気持ち悪い外見だが、基本能力はすこぶる高いこの敵。気を抜いていると、特殊技以前にボロボロにされてしまう。気合いを入れつつ、弾美は天使魔法を要請するのだが。
天使の輪っか効果なのか、レベル奪取を使って来ない死霊モンスター。
「あれっ、呪いは使って来るけど、レベル奪取は来ないね? ひょっとして、制限されてる?」
「あっ、選択肢のせいで、使わない設定になっちゃったのかな? ラッキーかもっ♪」
「おおっ、それはナイスだっ! このまま削り切るぞっ!」
そんな訳で、難敵レベルイーターも大きな見せ場も無く撃沈される運びに。途中に死霊召喚で最後の悪あがきをしつつも、最後は瑠璃の《ハニーフラッシュ》を浴びて消滅。
そのエフェクトの派手さは、なかなかの見ものだったのだが。スキル技の名前の由来を薫に聞いて、弾美は大笑い。ダメージは闇属性には強烈で、使い勝手は良さそうだったのだが。
使うたびに笑われるのはショックなので、瑠璃はこの技を自粛の方向に。
この戦闘の結果、ルリルリがレベル34にレベルアップ。ボーナスポイントを振り込みつつ、後衛が休憩している間に。このステージは結局、他に報酬がない事を確かめつつ。
端っこの砂地に魔方陣を見つけて、元のエリアに飛んで戻る一行。ちょっとずつだが、こうやって全部を廻れば良いのだと、何となく仕組みを皆で理解し始めながら。
大樹の目線で考える事が大事かなと、瑠璃などは結構な乗り気のよう。ナレーションの多い最終ステージに、ややテンポはかく乱されるものの。ちゃんとした物語の締めは全員期待していて、それは恐らく正しい向き合い方なのだろうけど。
単にボスを倒して終わりでも、それで良いじゃないかと話し合う弾美と美井奈。
「えっ、そんなのはつまらないよっ! ちゃんと物語を用意してくれてるんだから、読まないと」
「だって、前半は戦闘メインで目的も定かじゃなかったのに。急に実はこうだったと言われても」
「確かにそうだよなぁ、ここからモチベーションを戦闘じゃなく、物語に求めろって言われても。せっかく育てたキャラの見せ場が無くなっちゃうじゃないか」
確かにそれは、弾美の言う通りなのだが。一応戦闘も組み込まれていて、そこはしっかり考えられている作りのよう。初のステージに、パーティ内でも賛否両論で紛糾している模様。
とにかく次に行こうと、ちょっと制限時間を気にし始める一行だったり。何しろ先に勝手に進めて広がってしまった女性陣の冒険で、どれだけ時間を取られたか判然としないので。
戻ったエリアの大樹の精神体の目の前で、残り2つの選択肢を前にして。パーティはいかにも最終戦闘っぽい、魔女の名前の付いているタイトルを最後に残す作戦に。
自然と次は、食物連鎖と言うタイトルのエリアに決定。
ワープで跳んだ先も、やっぱり似たような樹海の湿地帯だった。アシのような植物が群生し、つたの絡まった樹木も至る場所に存在している。そんなフィールドの端っこに動く姿を見掛けて、パーティは一塊になってその場に移動する。
倒れて腐りかけている木の元に集まっていたのは、キノコのモンスター群。5匹以上がたむろしていて、一体何をしているのやら。一行が近付いても、特に反応するでもなく。
困った一同は、顔を見合わせて思案顔。
周囲を見回しても、特に他には変わった物がある訳でもなく。敵を倒せば変化があるかもと、お気楽な美井奈の言葉に。他に方法も無さそうで、ちょっかいを掛けて様子を窺うと。
途端にナレーションが鳴り響き、天空が早送りのような雲の動きを見せ始める。樹海の全ての木々もざわめき始め、不穏なプレッシャーがパーティに襲い掛かって来る。
――ニンゲンヨ、オ前タチニ命ノレンサヲ乱スケンリガ在ルノカ?
「うわっ、何か怒られちゃった? 攻撃したら駄目だったのかなぁ?」
「いや、待っててもイベント始まらなかっただろうし。ってか、ここでは選択肢無し?」
「食物連鎖って、植物を草食動物が食べてって、アレですよね? 何か関係あるんですかね?」
美井奈の疑問は、間もなく解決される事に。倒木の隙間から、若木のモンスターがワラワラと出現し、パーティに襲い掛かってくる。止む無く応戦すると、再び先程のメッセージが。
続いて湿原から虫柱が発生し、やはり一同にたかり始める。次いでカエルが発生し、その次には蛇が発生。1匹倒すごとに敵は撤退して、それから次の敵が現れる仕組みらしい。
最終的には猛禽類が空から舞い降りて、小さな蛇は消滅した。
巨大な猛禽の目がこちらを射竦めており、気付けばそれはグリフォンだった。強そうな外見だが美しくもあるその敵は、間違いなく食物連鎖の頂きにいる存在。
――頂点ニイテ、底辺モ担ウ存在ノ人間ヨ。オ前達ノ傲慢サハ、全テノ命ノ源ニモソノ刃ヲ向ケル程デアロウ。オ主達ハ、己ノ存在意義ヲ何ト心得ル?
――人間は①破壊者である
②創造者である
③管理者である
「わっ、また難儀な選択肢が出たねっ……これも選択次第で戦闘が楽になるとか?」
「う~ん、それなら環境破壊問題とか、リアルに悩まなくて済むけど……」
「瑠璃、お前はどんだけ優等生振りたいんだっ! ここは、逃げて管理者とかは嫌かなぁ?」
「え~っ、でも破壊者は自虐的だし、創造者は思い上がり過ぎだし。管理者が、一番無難だよ?」
「お兄さんたらっ、何で平気でお姉ちゃまの悪口言ってるんですかっ! お兄さんは、文句なく破壊者ですよっ!」
それならば破壊者を選ぼうかとの、弾美の悪ふざけ的な発言から。良い子ぶっても仕方ないと、いつの間にかそれがパーティ意見に。それからいそいそと、戦闘準備を始める一行。
本当に良いのかとか、後で文句言っても知らないぞとの脅しのような言葉の末、とうとう全員一致で①番をチョイス。グリフォンが羽ばたきを始め、音楽が戦闘用のそれに。
なし崩し的に始まった戦闘も、気を引き締めるようにとのリーダーの喝が飛ぶ。
グリフォンが強敵なのは、メイン世界の常識からも間違いなく。先程の特殊技を封じられた敵より、かなり厄介になるとの弾美の予想なのだが。予想は大当たり、風の精を2体同時召喚したグリフォンの、攻撃力と体力は強大と言うほか無く。
メイン世界でも結構ボスキャラ敵な存在で、大事な場面を任されるんだぞと、弾美が美井奈のために解説をして来る。それじゃあ強いんだと、改めて気を引き締める少女に。
召喚された風の精が殺到して、慌てて瑠璃と薫が必死のブロックに入る。弾美は既にグリフォン本体で手一杯。爪とクチバシの強烈な連続攻撃で、のっけから苦戦模様だ。
さっさと雑魚を倒して、弾美を手伝いたいメンバーの心理は一緒。
しかし、雑魚の風の精もなかなかの強敵振り。懐が深いつくりで、攻撃がヒットしにくい上、魔法にも耐性がある様子。削りの速い薫の方を、美井奈が手伝って数を減らそうとするのだが。
ガッツリ行き過ぎるとタゲを取ってしまうジレンマに、具合を確認しながらの慎重な攻撃。スキル技のタイミングを声で計れるのは、隣に仲間がいるから出来る、合同インならではの有利点。
それを利用しない手は無いっ。
「まだ平気ですか、薫さんっ? まだ撃っていい?」
「もちょっとは平気! 瑠璃ちゃんがヤバくなったらマラソン出来るように、SP半分は残しておいてね、美井奈ちゃんっ」
「こっちは魔法の防御と幻影技で、何とかなってるっ。キープが精一杯で、全然削れてないけど」
「それでいいから、無理すんなっ。後半がつっと来るぞっ!」
召喚された雑魚のクセに、弾美の言う通りに厄介な特殊技を使って来る風の精。体力が半分を切った途端に、案の定カマイタチを範囲に飛ばして来るようになって。
おまけに、遠隔攻撃に対してお返しの、矢弾でのみだれ撃ちを使用して来るやんちゃ振り。思わぬ反撃にあった美井奈は、多段攻撃の反撃に驚いて悲鳴をあげている。
そのせいもあって、追い込みにも迫力が無いのも仕方の無い事かも。お陰で敵の策略に嵌まった形で、雑魚の処理にモタモタと時間を掛けてしまう女性陣。
いい加減にしろと弾美に尻を叩かれつつ、ようやく1匹目撃破。
「びびってないで、どんどん削れっ! 何のためにポケットにポーション入れてんだっ!」
「そ、それはそうですけど……遠隔で攻撃されるって怖いんですよっ!」
「ダメージも高いしねぇ……それより2匹目、ちゃっちゃと削ろうっ!」
「了解っ、特殊技に注意ねっ! カマイタチ止めてね、瑠璃ちゃんっ!」
先程の三人での冒険のせいか、割とスムーズに指令の言葉が出て来る薫。今までは、一番歳上なのに最後にパーティに入った引け目もあって、控え目過ぎたきらいがあったのだが。
限定イベントの最後のステージに来て、ようやくパーティ内の役目が確定されて来た感のある弾美チームだったりして。ようやく出て来た勢いに乗って、2匹目の風の精もスムーズに撃沈。
パーティは素早く囲い込みに入り、ボスを仕留める構えに。
グリフォンの体力を見ながら、美井奈と薫がいきなりの連続スキル技攻撃を開始する。弾美の防御魔法の再使用とポケットの整頓の時間を稼げたらとの判断だが、削り過ぎて敵の特殊技が発動してしまったら元も子もない。
幸い、この簡易スイッチは上手に行って、再び《ブロッキング》と連続スキルでタゲを取り戻すハズミン。しかし、一時タゲを取っていた薫はボロボロで、咆哮からの爪の多段攻撃を見事に喰らってしまっていた。
専門の盾役がパーティ内にいる事を感謝しつつ、瑠璃の回復を受けるカオル。それを受けた後に、専用の回復役にも感謝する素振り。何しろ、一度の回復量が半端ないのだ。
考えてみたら、かなりバランスの良いパーティかも。
そんなパーティバランスに感謝しながら、専属アタッカーの渾身の削りは続いているのだが。咆哮からの反撃もきつくて、それをなかなか潰せない瑠璃はキレる一歩手前。
モーションのほとんど無い咆哮は、敵の一番嫌な特殊技。先にこのスタン技を喰らってしまうと、何もかもが後手に廻ってしまい、被害はとことん甚大になって行くのだ。
メイン世界でも恐れられている、強敵グリフォンの能力の一部だ。そんな訳で、戦闘は終始殴り合いの形に導かれて行き、瑠璃は前衛の回復に追われる形に。
弾美の防御力の高さが無ければ、さらに後手に廻っていたかも知れない。苦労の甲斐あって敵の体力がようやく半分を割り、やっぱりようやくの後半戦に突入する。前衛で頑張っていた瑠璃は、敵の怪しいモーションを目撃。
羽ばたき始めた両翼を見て、瑠璃が渾身のスキル潰し。
「わっ、今飛ぼうとしたっ? そろそろ怖い技使って来るよねっ?」
「もう一回、風の精呼ばれるのもウザいよなっ! 他にも結構、多彩な特殊攻撃あったような?」
「そうそう、風系の敵は突き飛ばしとチャージのコンボが……って、それ来たっ!」
「わっ、スキル潰しっ? 私も使った方がいいですかっ、何て名前でしたっけ、影縫い?」
戦線はまさにカオス状態。前衛陣が次々と、頭突きや魔法の風の爪で吹き飛ばされ始め。慌てた美井奈は、自分の持っているスキル潰し技を使おうかと進言するのだったが。
時既に遅しな感じで、チャージ潰しに近付いた弾美は敵の鋭利な爪に捕まって浮上。アレよと言う間に地面に叩き付けられ、さらに空中からの垂直チャージを喰らってしまう。
エレベータチャージとの二つ名で、全プレーヤーから畏怖されているその技は。見た目は派手なのだが、その前にパーティが崩壊するため、滅多にお目にかかれないので有名な技。
そして、盾役すら一発で殺されてしまうのでも有名な技。
「あっ、危なっ! まさかここで喰らうとはっ! HP残り、あと18で生き残ったっ!」
「うわっ、凄い威力だねぇっ! ってか、この技浴びて生き残ったキャラ、私初めて見たよっ!」
「隊長は体力オバケですからねぇ。しっかし、今のは凄い派手な技でしたねっ!」
「かっ、回復っ!」
瑠璃だけが慌てて回復を飛ばす中、弾美はしっかり自分のポーションも使って体力を安全圏に戻す。珍しいものを見たという事で、何故か一同ハイテンションな様子。
他のキャラが喰らったらヤバいと警戒しつつも、実はこの技は一度掴まれたら防ぎようが無い。突き飛ばされたら、大人しく普通のチャージを受けようとの薫の作戦の提示に。
それ位しか無いかなと、弾美も降参気味。
結局は、それが功を奏したのかも知れない。頭突きとチャージ&咆哮と爪の多段攻撃のダブルコンボには、一行はかなり苦しめられたものの。何とか死人を出さずに削り切りに成功。
倒した場所に魔方陣が出現し、このステージを制覇した事を知らせて来る。しかし、休憩の後にそこに入ろうとしたパーティは、戦闘前の選択肢の意味をようやく知る事に。
強制ムービーの割り込みで、何やらイベントが発生したのだ。
――破壊の化身である人間達よ。もしもその強大な破壊の力を、護る為の糧としたければ……この転移の扉の中心に、お前達の所有する武器をトレードするがよい。
ただし、そなた達が所持する最強の武器でなければ、効果はないであろう。この取り引きを無視するならば、そなた達は破壊の化身として、この先つけ狙われる事となる。
畏れられる存在を目指すならば、それもまた善し。
「ぐえっ、何か変な縛りが出た……体のいい、パーティの弱体狙いのトラップかっ?」
「ん~っ、前の選択肢を間違ったペナルティって事? そんな感じはしないけど、これ自体も一応は選択肢なのかなぁ?」
「ううっ、私の両手槍……短い付き合いだったなぁ……」
「ああっ、薫さんがさっき入手した槍が、パーティで一番強い武器ですかっ!」
それを聞いた弾美は、しばし考える素振り。それからカバンの中のアイテムをチェックして、レイブレードがあったと口にする。確かに攻撃力だけなら、40と同じ数値である。
片手で振るえる分優秀だが、耐久度が2しか無いので、最近はおっかなくて使っていなかったのだ。特に薫がメンバーに入ってからは、削りはアタッカーの二人に任せている。
コイツが無くなっても、この先で不自由はしないだろうと、弾美はそれをトレードする事に。薫は飛び上がって喜んだのだが、瑠璃は何となく浮かない表情である。
何しろその削り能力で、何度もパーティのピンチを救ってくれたアイテムなのだ。
「仕方ないよねぇ、うん。今まで守ってくれて有り難う、お守りみたいに思ってたけど……」
「そう言われれば、そうだなぁ。さよならレイブレード、儚い所を含めて結構好きだったぞ」
「そっかぁ、そうですねぇ……隊長、最後に装備している所を写真に! 1枚だけお願いしますっ」
ちょっとおセンチな気分で、美井奈に促されるまま、卒業写真の撮影のようにパーティが集合。ハズミンが武器をレイブレードに構えてポーズを取ると、光の集約されたその刀身は、まるで淡い命そのものの様にゆったりと光を明滅させる。
いつしか美井奈は泣いており、つられて瑠璃まで瞳を潤ませ始めている。ゲームをクリアしたのならともかく、武器を手放すイベントでこんなにうるっと来るとは思わなかった。
それは弾美も同じ事で、手放すのは苦楽を共にした相棒である。その思いを断ち切るように、片手剣をトレードすると。先程のナレーションが、取り引きは為されたと囁いて来た。護る為の力を、そなたの身に与えよう。
そして眩しい光に包まれるハズミン。
どうやらこの選択肢は、レア装備のパワーアップのために用意されたもののよう。パーティに偶然、両手槍を使うキャラがいたので弾美チームは迷ってしまったが。この最終ステージで、レア装備の防御力を上げる仕組みに用意されていたみたいだ。
そんな訳で、弾美の暗塊装備は軒並みパワーアップの運びに。4部位の防御力が全て+5されたとのログ表示で、装備はより強靭に生まれ変わりを見せてくれた。
実は前の選択肢で、トレードするものが変わっていた可能性が。破壊者を選択したから武器を手放す事になったのだろうとの瑠璃の推理も、多分当たりかなと一行は納得。そう思うと複雑だが、貰ったばかりの盾を手放すよりは良かったかも。
魔方陣が再び光を放ち始めて、移動可能と知らせて来る。
何度も移動を繰り返していると、スタート地点の印象が薄れて来るのだが。一行が戻ってみると、大樹の精神体は相変わらずパーティに悲しげな眼を向けて来た。
残るステージは1つで、魔女の手掛かりと部下の存在を示すタイトルになっている。戦闘は必至な感じ。宙に浮いた、未来を写す水晶玉のような空間には、マッチョな敵の姿が窺える。
この最終ステージのラスボスだろうと、一行が最後に残しておいたのだが。
戦闘準備を整えて、各々が新たに気合いを入れ直して。最終戦に向けて、弾美は皆で意思の統一を図りに掛かる。その後で厳かに、リーダーが代表してステージをクリック。
すぐに転送かと思いきや、強制イベントが挿入される。
――男もやはり、生き物の影の無い荒野を何日も彷徨って辿り着いた者だった。大樹によって助けられた大男は、やがて魔女の力にひれ伏し、その軍門に下る。
今は魔女の護衛などを任されていて、侵入者であるパーティの居場所にようやく見当をつけた所だった。彼にとっては、それはしがらみを消して行く作業に過ぎない。
魔女が正しいとか、誰が間違っているかとか、この小さな空間の中で議論しても始まらない。ここでは力を持っている者が正義に他ならない、力が無いと干乾びてしまうのだ。
その点から言えば、これから対面する冒険者達もひとつの正義なのであろう。そして間違いなく、自分と同等かそれ以上の力を持っている。その力でもって、この3すくみの状況を打破しようとしている。
男は戦う前に問うてみたかった。
――その正義の力を①大樹の願いのために使う
②魔女を助ける手助けにする
③天使の味方となって行使する
「これもまた、微妙な選択だなぁ……」
「だねぇ……どれもありそうな、なさそうな……」
「ん~、私は大樹ですかねぇ? 天使と魔女は、争ってばっかりですもん」
「それもそうだねぇ、じゃあ私も大樹に1票かなぁ?」
それじゃあそうしようと、皆で大樹の願いに票を入れる事に。強制動画は滑らかにフィールドの大男に焦点を合わせて行き、そこは間違いなく戦闘に用意された場所だった。
大男は頑丈そうな甲冑を身にまとい、手には大きな刺付きハンマーを所有していた。足元に、2体の木人形を従えているのが不気味。どこかで見た、糸で操るカラクリ人形のような風体だ。
部位モンスター扱いなのか、人形達は大男にピッタリくっ付いて離れない。
――御託を並べても仕方が無いだろう。これは正義のための戦いではないのは、お互い分かっている事だし。だが、お前達の我を通すと大樹の力が弱まって、魔女も俺も大変な事になってしまうのでね。
何度も言うが、これは互いの我を通すための戦いだ。お前達が大樹の側に付くのならば、俺は全身全霊を掛けてそれを阻止するだけの事。なに、こちらが負けても文句は言わないさ。
用意が出来れば、参るっ!
「見事な前口上だけど……魔女についてたら、コイツは仲間になったのかな?」
「さあ……でも、一緒に天使を倒そうってなお話になっても嫌ですよねぇ?」
「シナリオが破綻するような選択肢は出て来ないと思うけど、確かに悪ふざけで変なストーリーになったら嫌だねぇ。これからは、真面目に選択肢を選ぼうね?」
確かにそうだと、強化魔法を掛けながら話し合う一同。あまり待たせても、啖呵を切った敵にしても退屈だろうとのたまいながらも。ついでにヒーリングで、MPまで回復してしまったり。
そんな感じの最終戦は、思った通り壮絶な闘いになった。大樹の側についた事になったパーティは、当面の敵である魔女を弱体させるために、この闘いに勝利せねばならないらしい。
そんな小難しい理屈とは関係なく、ライフポイントを減らしてなるものかと必死な一行。この限定イベントを皆でクリアする目標は、チーム結成から変わっていない。
順位の良し悪しは、今となってはあまり気にならないメンバー。
「うわっ、人形が足元にまとわり付いて邪魔くさいなっ! 多分ステップ封じだろうな、俺には関係無いけどウザいっ!」
「ステップ封じておいて、あの大きなハンマーで殴る戦法? じゃあ、人形は無視して平気?」
「どうかなぁ? 特殊技で変なの持ってないといいけど……別にHP持ってるし」
「範囲技で、ちょっとずつ削っておきますか? 私なら、矢弾を交換するだけで可能ですけど」
念の為にそうしておいてくれと、弾美が提案に乗っかる形で指示を出す。自分も時折で、特殊な動きの人形の気を引いて、アタッカー達の安全を確保。
大男の一撃はとにかく強烈で、時折通常の攻撃が範囲化してしまう効果があるらしい。体力もかなり豊富で、防御力も高い仕様なのは見た目通りではあるのだが。
時折土系の魔法も使って来て、防御を上げたり回復したりとウザ過ぎる。
「くそっ、使用スキルのスロット上限で《上段斬り》を封じちゃったからなぁ。魔法がなかなか止められないから、敵が図に乗ってるぞっ!」
「やばいねぇ、防御を強化された上に回復まで掛かってるよっ! 瑠璃ちゃん、天使魔法でキャンセルとか出来ないかなぁ?」
「えっ、どうだろう……試してみますねっ」
ただでさえ硬い相手なのに、土系の魔法はほとんど反則である。再三見せる強烈な範囲ハンマー技を潰すのに忙しかった瑠璃は、魔法にまで手が廻らないのだ。
その上足元の人形が、時折こちらの攻撃を邪魔したり、こちらの魔法を妨害したりと厄介この上ない。やっぱりコイツは邪魔だと、弾美はとうとう破壊要請をアタッカーに依頼する。
瑠璃の《アシッドブレス》が程よく効いていて、人形はじんわり弱っている。
さらに瑠璃の天使魔法で、一行の望むキャンセル効果が働いたよう。闇系の魔法以外は効果が無いと思っていたパーティには嬉しい誤算。ここから反撃だと、意気が上がる一同。
これで敵の大男の強化魔法は、全て取り払われたよう。それでも作戦通りに、若干柔らかくなった大男を後回しにして、邪魔な人形を先に倒そうとスキル技を叩き込むアタッカー陣。
程なく1匹倒した途端に、戦場に異変が。
倒れた人形から上空に向かって、透明な糸が一瞬見えたと思ったら。上に茂っている樹木の枝の隙間から、髪の毛のぼさぼさの痩躯の人間が落ちて来て、いきなり薫に襲い掛かって来た。
慌てながらも対応する薫に、もう1匹の人形ももうすぐ倒れるとの報告が。それはやめてと、悲鳴のような薫の返事。何しろ新しく参戦して来た敵も、かなりの強さであるらしく。
弾美も慌てて、範囲技禁止の号令を出す。
「う~ん、毒が入ってるからそのうち勝手に倒れちゃうかも? とにかく新しい敵を先に倒すね、ハズミちゃん?」
「うわっ、コイツ二刀流だっ、結構強い……範囲浴びないように、ちょっと離れるね?」
「通常矢弾に変えましたよ、隊長っ! 薫さんっ、早くタゲ固定して下さいっ!」
流れはこちらにあった筈なのに、何故か劣勢に立たされているパーティだったり。乱入した痩躯の男は二刀流とステップ捌きで、タゲを固定しようと躍起になる薫を翻弄すしている。
瑠璃が横から、足止め魔法とスキル技での援護。薫も連続スキル技をお見舞いして、ようやく撃破態勢が整う事に。そこに危惧していた事態、人形が毒に倒れて戦場に新たな変化が。
今度の人形遣いは、小太りでまさかりを担いでいる。同じように、操る人形が無くなって樹上から降って来たらしい。そいつは嫌らしい笑い声を上げて、混乱している戦線に参加。
腹を立てた弾美は、範囲スキルでそいつのタゲも取ってしまう。
ボスとその新たな手下の、2体の難敵を相手取って。弾美は果敢にも、独りでキープを続けるつもりのよう。2体とも両手武器の使用なので、攻撃にスピードは無いものの。
一度攻撃を浴びてしまえば、結構なダメージを負う事態は免れない。それでもフォローに入ろうとする瑠璃を制止して、回復支援のみで平気だと言い放つパーティの盾役。
顔中に笑みを広げ、2体の敵の攻撃に意識を集中している。
「さっき防御が20も上がったからな。重力魔法とステップも交えれば、案外行けそう」
「ぐむっ、逆にこの二刀流使いが滅茶苦茶厳しいっ。攻撃当たると、結構な確立で麻痺とか毒とか受けちゃうのよっ! 天使魔法ですぐ相殺されるけど、足が止まってステップ封じられちゃう」
「んと、じゃあ幻想系と目潰し系で、被害を押さえた方がいいのかな? 美井奈ちゃん、回復とか支援をお願い、ハズミちゃんの方もっ」
「りょ、了解しましたっ! 回復と支援……支援……」
必死に自分の役割を確認する美井奈。皆と離れた後方にいるので、戦況を把握しやすくはあるのだが。取り敢えず《フラッシュ》を部下に掛けると、途端に空振りが増えた感じが。
弾美に誉められ、途端に気をよくした美井奈。これは行けるかもと、次は《影縫い》での支援を実行する。慣れないアタッカー以外の仕事だが、これはこれで楽しいと感じる少女。
噛み締めるように、敵の動作や味方の体力ゲージに忙しく視線を走らせる。
一方瑠璃と薫のコンビは、幻覚技と目潰しで、敵の二刀流を封じ込める作戦に。瑠璃の《ハニーフラッシュ》や《Z斬り》などで目潰しやスタンを引き起こしつつ。さらには薫の《幻影神槍破》で、反撃の的を絞らせない。
それからSPの具合を見て、ガツンと《貫通撃》で敵の体力を奪う。瑠璃の合図で、美井奈の遠隔攻撃もそれに参加。なかなか上手く行っている新戦法に、手下のHPもどんどん減って行く。
反撃の特殊攻撃を空振りさせた時には、女性陣から気合いの入った声も。
「よしっ、特殊技を空振りさせたっ! これを見れるから、前衛も快感なのよねぇ!」
「た、確かに楽しいかも……ハズミちゃん、もうすぐこっち終わるよっ!」
「おっけ~、美井奈の支援も、なかなか上手だなっ。薫っちのタゲを美井奈が取りそうな時は、この戦法もアリだなぁ」
滅多に誉められた事の無い美井奈は、結構な有頂天振り。そんな事をしている間に、ようやく二刀流使いは昇天する。怒涛の追い込みを演出したのも、やはり調子に乗った美井奈の弓術。
小太り男を引っこ抜いて、2匹目の部下の退治へと移行しようとする女性陣。実行しようと近づいた途端に、ボスのハンマーでの範囲攻撃は、果たして偶然か嫌がらせか。
何にせよ、勢いに乗って数減らしを実行するメンバー達。新たに対峙するまさかり使いは、炎系の魔法も使うようだ。範囲攻撃を受けて、こちらにも避けられない被害が出てしまう。
特に炎のブレスは、敵方に使われるとその威力が良く分かる。
それでも苦労しつつ、敵のHPを削って行く女性陣。幸い小男は、破壊力はあるがHPは少ないよう。最後の悪あがきのまさかりアタックを何とか凌ぎ切り、これで手下の殲滅は終了。
被害の甚大さは、薬品の消耗を見ればよく分かる。ポケットを慌てて入れ替えて、今度はボスとの対決に備える女性陣。弾美もポケットの整頓をしたいと、スイッチの提案をして来る。
それを受けて薫が、チャージからの連続スキル技をお見舞いする。ところがボスの大男は、盾を装備すらしていないのに、何故か防御スキルを実行すると言う反則技。
途中からの技に割り込みを掛けられ、カウンターの餌食になるカオル。
「うわっ、カウンターって防御スキルじゃなかったっけ? 盾持ってないのに使うのはずるいっ!」
「うげっ、強烈なダメージだなぁ。美井奈、仕方ないから代わりにタゲ取ってくれっ!」
「了解しましたっ、連続スキルは……使っちゃ駄目?」
遠隔ならば平気だろうとの返事に、美井奈は張り切ってスキル技を敢行する。ところがこれにも割り込みが入り、何と後半は《アースウォール》で完全ブロックされる始末。
こいつは面倒な敵だぞと、邪魔な壁を壊しながらのパーティ会話。考えてみれば、こんなに防御に特化した敵とは、今まで闘った事が無かった気が。最後は瑠璃の魔法の連弾で、何とか注意を弾美から外す事には成功した一行。
外周をマラソンしながら、弾美のポケットの交換を待ってみたり。
ちまちまと前半削っていた事もあり、ボスのHPは半分程度には落ち込んでいる。再び弾美の《ブロッキング》がら、がっちりキープした敵に向け。再度、アタッカーの削り合戦が始まる。
敵の防御は硬いのだが、弾美の《闇喰い斬》がいい感じ。どうやら敵の防御力を無視するスキル技の特性があるらしく、アタッカーにも負けないダメージを叩き出す。
美井奈と薫は《貫通撃》くらいしか、通常のダメージを出せる技が無い。スキル技と言えど、他の技は分厚い鎧にダメージが阻まれてしまって、不満足な効果しか上がらないのだ。
そんな訳で、瑠璃は離れて魔法での削りと回復役に。美井奈が練習代わりにと、《影縫い》でのスキル潰しにトライしている。何しろスキル技での追い込みを掛けると、割り込みで酷い目に合ってしまうのだ。
それでも順調な速度での削りは、パーティの潜在能力故だろう。
瑠璃の《マジックブラスト》で、大きく体力を削がれた大男。そのダメージで、とうとうハイパーモードに突入したようで、大男の武器のハンマーの形状が変化する。
それは実際、なかなかの見ものだった。ハンマーの先が取れてしまって、独楽の形に変形して行くと。地面に落ちた2つのそれが、刃を飛び出させて暴れ始める。
驚いたのは前衛も後衛も一緒。何しろその暴れ独楽は、後衛にも容赦なく襲い掛かって来たのだから。武器なのでHPは存在せず、一周したら消えてしまったのだが、その間の被害は甚大。
瑠璃が慌てて範囲回復、事無きを得はしたものの。
「うおっ、びびった~っ! しかも強化魔法消されてるしっ!」
「うわっ、本当だ……ひどいなぁ、取り敢えず掛け直すね~」
「今のも特殊技ですかぁ、嫌な技いっぱい持ってますねぇ、この人」
「一応、ステージ最終ボスだもんねぇ。ハイパーモード気をつけなきゃ」
強化魔法を掛け直しながら、それもそうだと一同は気を引き締めつつ。魔法をある程度掛け終わって、MPをごっそり使ってしまった瑠璃が、エーテル節約にヒーリングに入る頃。
ボスの豊富なHPも、残りは3割程度までは削られていた。再度のハイパー化を警戒しつつ、天使魔法を掛けた瑠璃が、魔法の封じ込めにと後衛から距離を詰める。
特殊技までは封じてくれないだろうが、アタッカーの追い込みにカウンターや割り込みを喰らう事態は避けたいとの思いだ。SPの貯まった美井奈と薫は、じりじりと機会を窺う。
一気に倒し切れれば、反撃も気にならず理想的だ。
弾美の《闇喰い斬》を皮切りに、一気呵成のパーティ攻撃が始まった。瑠璃は《マジックブラスト》を、美井奈と薫は得意の貫通系のスキル技をそれぞれ振るい始める。
ボスの防御スキルが、薫の連続スキルにカウンターを合わせる。しかし、全ての攻撃には対応手出来ず、みるみる内に弱って行く大男。瑠璃の魔法効果で、ちょっと酔っ払い気味な感も。
そのまま削り切りたいパーティに対して、ボスの最後のハイパー化が襲う。
今度のハイパー化もかなり厄介だった。魔法のクラックが弾美達を襲い、一時の足止めからハンマーでの吹き飛ばし。追撃を上手く封じ込めつつも、敵自身は超硬質化している模様。
美井奈の遠隔攻撃が、何とたった一桁まで落ち込んでいる。弾美と薫はと言えば、少し離れた場所で何故か地中に埋まって動けない状態。見た目はモグラ叩きのモグラ状態。
その頭上には、突如出現した魔法のハンマーが、ピコピコとダメージを与えて来ている。屈辱の攻撃方法に、しかし脱出手段は見当たらず。それでも天使魔法の掛かった瑠璃が近付くと、魔法のハンマーだけは消滅したようだ。
妖精魔法からの光球ダメージでとどめを刺せと指示された美井奈は、地響きを立てて近付く大男に本気でびびって逃げ出す始末。その隙に魔法で仕留めようとしていた瑠璃は、ハイパー化の際に大男が魔法ロックを掛けていた事を悟って焦りまくり。
美井奈の本気の悲鳴が、たった一人フリーの瑠璃をさらに焦らせる。
「ぐぬぬっ、まだ動けないっ! ボスのHP、あとちょっとだぞっ、何とかしろ、瑠璃っ!」
「魔法が使えないのっ、土系に魔法ロックって魔法ってあったの?」
「あぁ、あったような気がするけど……ハイパー化が解けないと、物理系の攻撃も通じないような気もするなぁ」
「ひぎゃっ、捕まっちゃった! 死ぬっ、死んじゃうっ!」
他のメンバーも、確実にそう思ったのは確か。何しろたった一撃で、ミイナのHPは半減してしまったのだから。しかし、前もって掛けてあった電撃魔法が、辛うじてボスの進撃を止める。
それを見た瑠璃にも閃くものが。前もって掛けてあった天使魔法が消えてしまうが、このままでは美井奈が死んでしまう。必死に駆け寄って、勢い良くバニッシュ込みのスキル技を見舞う。
美井奈も2撃目を受けており、久々の雷の精を召喚。残りのHPはたった一桁、その代償に再度の雷ダメージの報復と、瑠璃の大慌ての一撃が寸前のところで効を奏したよう。
大男は完全に動きを止めて、ようやく弾美と薫も生き埋め状態から解放。
「こ、怖かった……スタンしてたのに2撃目来た時は死ぬかと思いました」
「土属性は雷には強いからな、ダメージもほとんどいってなかっただろ」
「そうだねぇ、瑠璃ちゃんのスキル技でとどめ刺した感じかな? 最後は私と弾美君、完全に封じられて何も出来なかったし」
「あっ、イベント動画始まったみたい」
瑠璃の言葉通り、大男の苦しそうな姿と最期の言葉が画面に映し出される。どうやら、魔女の直属の部下は4人いるようで、その一人でも欠けると大樹との魔力ネットワークに狂いが生じるらしいのだ。
大樹の操る魔力と大樹の巨大な質量が、最近は逆に仇となって来ていているらしく。それを支えるための術式に、どうしても分散してリスクを低くする必要があったらしい。
大樹の口からは直接聞けなかったが、その術式の消滅こそが大樹の望んだ事らしい。大男からは、大樹の側にお前達がつくのならば、悲しい結末をその目にするだろうと警告が発せられる。
命の間際の言葉を、真剣に聞くキャラ達。
大男が倒れてしまい、自然に転移されるパーティメンバー。大樹の精神体の場に出るものと思いきや、一番最初の転移魔法陣、つまりは樹上の街に送られてしまう。
そこに出た途端に、大量のギルと経験値、それから武器やアイテム類のドロップの報告がログに流れる。今回は、さすがに使い道の無い金のメダルの類いは無し。
その代わり、大ポーションなど価値の高い薬品類が大量にドロップした様子。
エリア放出されて完全に気を緩めるパーティは、しかし次の瞬間にとんでもない物を目にして愕然としてしまう。目の前に見えるそれは、ひとつの滅びの空間だった。
大男の言っていた事は、本当だったのだと気付くメンバー達。そこにあったのは、枯れかけている大樹そのものだった。魔力の正常な流れを阻害され、至る所に崩壊が始まっている。
大きな幹に添って、黄色い何かか滝のように流れ落ちて行く。良く見ればそれは葉っぱで、大量のそれは、本当に水のように下へ下へと途切れる事無く流れを作っていた。
樹皮も完全に枯れて剥がれている場所が目立っていて、苔や他の雑草が芽吹き始めている。大樹の願った新しい生命のサイクルは、必要な養分を得る事で世知辛く廻り始めたよう。
たくましく勇ましく、当然の権利を主張するかのような、命そのものの輝きを発しながら。
一行が一番驚いたのは、大樹の中心の巨大な空洞だった。以前は街の床と言うか通路だったのだが、その上辺が崩落したために出現してしまった様子。かなりの大きさのそれは、幅も高さも申し分なく、その存在がひとつの小さな世界のよう。
下を見下ろすと、古い洋風の館が空洞の壁にへばりつくように建っていた。魔女の館のイメージそのままで、薄暗い空間にどことなく不気味な外見を漂わせている。
――その館の窓の一つが、次のステージはここだよと挑発するように瞬いていた。