表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/37

♯24 少女達の秘密の饗宴

 

 時間は一度、昨日の夜にさかのぼる。残り時間を星の鍵のエリア探索に費やす事に決めた一行だったが、散々うろついて出会えたのは川の付近での魚取り網の仕掛けくらい。

 引っ張ってみるかと聞かれたので同意すると、水の中から網と一緒に魚のNMが出現。ピチピチと元気なソイツは、結構な強敵だったのだが。何だかんだで結構あっさり倒してしまうと。

 割と平凡なドロップで、がっかりしてしまう場面も。


 最初に向かった例の墓地も、時間が合わなかったのかNMの姿は見えず。その後に薫が遺跡エリアで見つけた地図を頼りに、怪しい場所に移動する事に決めたのだが。

 川沿いの移動で、ようやく1つ仕掛けを見つけたのが精々な感じで、そのまま終わるかと思われた瞬間。川辺の背の高い水草の隙間に、美井奈が怪しく動く敵影を発見。

 どうやら亀とザリガニの獣人らしいのだが。


『あれっ、今何かいましたよ? 薫さんの言ってた、怪しい場所ってここですか?』

『ん~、地図には獣人の旗のマーク? が書かれてたんだけど……一番分かりやすい怪しい場所って言えば、やっぱり獣人の拠点かと』

『時間もあと10分くらいあるし、ちょっと行ってみるか? 明日は土曜日だし、美井奈もまだ平気だろ?』

『平気ですよ、まだ眠たくないし、行っちゃって下さいっ!』


 そんな訳で、最後の悪あがき的なアタック開始。複合技の書とまでは行かないでも、メダルの1枚でも残り時間で取ってしまおう的な、本当に最後の悪あがきなのだが。

 強化魔法を掛け終えて、前衛陣が率先して視界の通らない草の衝立の向こう側へ進み出る。突入してみてビックリなのは、予想以上の数の敵がウヨウヨとたむろっていた事。

 あまりの獣人の数の多さに、さすがに拠点的な雰囲気はバリバリと感じるものの。リンクしまくりの現場には、タゲ取り役とか後衛とかの役割もまるで関係ない感じ。

 とにかく美井奈以外の三人が前線を維持するのが精一杯。


 敵は亀型の獣人と、ザリガニ型の獣人の混合部隊らしい。亀獣人は盾と片手武器で武装しており、とにかく硬くて頑丈で盾役に相応しい。攻撃力は、実はそれほどでもないようなのだが。

 ザリガニ獣人は両手の鋏での攻撃の他、尻尾が大斧仕様となっているよう。通常攻撃にも使用してくるので、とにかく手数が多くて捌くのが大変だ。反面、体力はそれ程でもない。

 そんな敵達がごちゃ混ぜになっていて、中には魔術師タイプも何匹がいるとなると。相手をするのも相当大変で、前後を挟まれてのハチャメチャな戦闘振りは仕方なく。

 弾美の《グランバスター》の範囲に、一体何匹の敵が入っていたか。


『うわっ、すげ~っ! こんなに範囲技で敵にダメージ与えたの、初めてかもっ!w』

『弾美君、タゲ取り過ぎじゃない? はっちゃけ過ぎだってばw』

『私もさっき買った闇系の矢弾使ってみていいですか? 範囲攻撃出来るらしいんですよっ!』


 どんどん行けとのテンションの高い弾美の号令で。美井奈ばかりか瑠璃も薫も、魔法を連続で使用し始める。敵の群れのHPが満遍なく減って行く中、フィニッシャーの美井奈が遠隔スキル技で次々ととどめを刺して行く。

 パーティはその威力に戦慄のコメント。回転力はともかく、一撃は目を見張るものが。前回の個人強化や武器の新調を機に、スキル技のダメージが2割くらい上昇している気がする。

 負けじと薫も、スキル技で戦場を縦横無尽に駆け回る。美井奈と好対照なのは、敵を翻弄する動きを伴った技の組み合わせ。《竜巻チャージ》と《幻影神槍破》で、敵に反撃のきっかけを与えない動きはさすがベテランだ。

 そんなこんなで、ようやく戦況が落ち着いて来た。


 ごちゃごちゃの戦闘の中、一番危なかったのは実は瑠璃だったのだけど。皆がタゲ取りと数減らしに頑張って、何とか危機を脱出。タゲを集中して取っていた弾美も、本当は一時期危なかったのだが。防御の高さに加え、回復役の瑠璃がしっかりしていたので、何とか事なきを得る事が出来た訳だ。

 敵の数が数えれるまで減って来ると、何とかなるものだとの軽口も増えて来る。実際、戦闘中は割と必死で大忙しだったのだが。気楽なコメントが出るという事は、危機は脱した証しだろう。

 雑魚とは言え、レベル補正が効いていたので敵の強さもかなりのものだった。それでも乗り越えられたのは、ごちゃごちゃしていた事で、かえって敵の動きが制限されていた為か。

 程々の爽快感さえ味わいつつ、雑魚の獣人退治は終了。


『わっ、勝っちゃいましたね! 雑魚とは言え、結構たくさんいたのにっ……経験値も凄いです!』

『だなぁ……入ってみて数を確認した時は、結構焦ったけど。敵の特殊技が、スペース不足で発動しなかったせいで大助かりだったよ』

『あ~っ、あれって味方がぎゅうぎゅう詰めだから発動しなかったんだぁ……何でミスばっかりしてるのかと不思議だったんだけど』

『このゲーム、遠隔とかそういう武器の距離感は割とシビアだからねぇ。魔法なんかは敵味方の判定とか、勝手にしてくれる癖に』

 

 確かに魔法の自動判定が無ければ、範囲魔法など使いにくくて仕方が無いけれど。逆に武器での当たり判定は、距離感がとてもシビアに取られてしまうのはこのゲームの持ち味でもある。

 いかにテンポ良く、空振りしないで攻撃を当てて行くかがこのゲームでは鍵となる。前衛の上手い下手を吟じる上では、とても大切な見極めポイントとなって来る事になるのだ。

 遠隔攻撃のみ魔法と同等で必中扱いなのは、ある意味プレイヤーの間口を広げる逃げ道と取れるかも知れない。美井奈など、モロにその良い例だったりするのも事実である。

 そしてそのゲーム方程式は、そのまま敵にも通用するよう。


 とにかく静寂の戻った空き地は、改めて見るとそれ程広くも無いよう。近くに漁村のような古びた集落が存在しているが、人間の造った建築物とは完全にかけ離れている。

 地面には沼地のような湿地帯も点在しており、枕木を敷き詰めたような通路が集落の奥へと続いているようだ。集落の向こうにも、獣人らしき動く影は少しは見受けられる。

 一行は注意しつつも、あちこちを点検しながら奥に向かって集団で歩き始める。何かを見付けると言うよりも、この変てこな集落の構造を見極めるつもりだったのだが。

 反対側には割と大きな沼が存在しているようで、奇妙な形の社とその前の空き地は、まるであつらえられたフィールドのよう。何を祭っているのか、パッと見では想像しようも無いが。

 絡んで来る獣人も、今のところいない。

 

『集落抜けちゃいましたねぇ……敵は全部倒し終わった?』

『そんな事より見てみろ、美井奈。社の中に、お供え物があるぞ。アレ、取れるんじゃないか?w』

『あ~、その手の仕掛け多いよねぇ……引っ掛かる人はいないと思うけどw』

『えっと……あの、そんな事は無くもない?』


 言いよどむ瑠璃を遮るように、弾美が過去の魔神騒ぎを楽しそうに報告してみたり。過去の傷をえぐられた美井奈は、完全にへそを曲げる破目に。それを見かねた瑠璃と薫が、必死のフォローで宥めにかかる。

 それでも今回は、NMを湧かして倒すのが目的なのだし。恐らくお供え物を取る事が、NM出現のきっかけには違いなく。戦闘準備を素早く行い、今夜最後の獲物に相応しい敵を望みつつ。

 弾美の掛け声と共に、最後の戦闘スタート!



 罰当たりにもお供え物に弾美が手を出して、NMの出現を煽り立てると。案の定、強制イベント動画込みの迫力で、水面から2つの大きな影が出現して来る。

 1体は亀の獣人で、もう1体はザリガニの獣人なのは予測出来た事なのだけど。もう1つ、小さな影が付き従って来ていて、どうやら巻貝のように見受けられる。

 大きな2体は完全に神様仕様のよう。煌びやかな衣装を身に纏い、手に持つ武器も異様なオーラを発している。亀は片手斧に大きな盾、ザリガニは大斧を手にしていて、尻尾の先も武器っぽいのは雑魚と同じ仕様である。

 獣人の神達は、罰当たりな冒険者の群れを睨み据えると攻撃準備に。


『うっ、数が多いな……攻撃の強そうなザリガニから倒すかっ!』

『小さい巻貝が気になるのは、私の気のせい? あれってマラソンで引っ張れるのかな?』

『私が2匹マラソンですか? ここは広いから、楽だとは思いますけど』


 強化済みで待ち受けていたパーティも、敵の数と種類に合わせて作戦を微調整。2体までなら前衛の薫がキープ作戦で良いが、3体以上になると美井奈のマラソンが通常なのだが。

 足の無い巻貝が、果たしてマラソンについて来てくれるのかと、ちょっと戸惑う冒険者一行。弾美が取り敢えずザリガニの獣神をキープしつつ、美井奈が巻貝に遠隔でちょっかいをかける。

 これで近付いて来てくれたら、美井奈が亀の獣神と一緒にマラソンの予定なのだが。薫の心配が当たったようで、半透明な液体を噴き出して硬化してしまう巻貝。

 断固として動くつもりは無い様子。


 それならば獣神の方を離してしまえと、じりじりと空き地の端っこに移動して行くハズミン。戦闘しながら、皆への指示を出す勇姿はさすがに頼りになるリーダーである。

 それでも出会った事の無い戦闘スタイルには、さすがに万全では挑めない。結局薫が亀の獣神を受け持って、固まった巻貝は取り敢えず無視する方向に。

 社の前に、ぽつんと残された巻貝は何を思うのか。


『こんだけ離れれば安全かな? 瑠璃は回転技を潰してくれ、薫っちはそこで平気かも』

『おっけ~、ここでキープしてるねっ! 亀の技のチェックしながら待ってるよ~』

『削り始めて平気ですか? いっちゃいますよ~!』


 美井奈の威勢の良い号令から、ザリガニ獣神への反撃がスタート。安全そうな場所に落ち着いた弾美は、大斧の二重奏に苦労しながらも、さすがに上手なタゲキープを続けている。

 それに乗じての、削り屋ミイナの遠隔攻撃がスタート。弾美のさらに奥に居座り、周囲の安全確認もバッチリである。入手したばかりの多彩な矢弾を確認しながらも、ちゃっかりとダメージも確実に出して行く。

 さすがに神様だけあって、追加ダメージタイプの魔法効果はほとんど上乗せされないよう。攻撃タイプの癖に外殻の防御力も高いザリガニ獣神は、侮れない敵には違いないが。今の所、雑魚との相違は基本スペックのみのよう。

 特殊技はまだ隠されているのか、使って来ない。

 

 薫の方も同様で、硬い敵だとぼやきを交えつつも。置き去りにした巻貝が余程心配なのか、時折チェックも欠かさずに行ってみたり。現状では、全く変化なしとの事。

 瑠璃も次第にノッて来て、前衛に出張ってスキル技での削りに参加する。弾美も強化魔法は切らさずに、時折魔法でHPを奪ったりスキル技でヘイトを稼いだり。

 敵に動きが起こったのは、やはりHPが半減してから。


『わっ、ザリガニが怒った! 真っ赤になっちゃったよっ』

『茹で立てみたいだけど、これってハイパー化……うわっ、攻撃貫通扱いかよっ、盾防御が効かないっ! 逃げろっ、瑠璃』

『ええっ、お兄さん血だるまじゃないですかっ! かっ、回復っ!』


 ハイパー化したザリガニ獣神の特殊技は、攻撃に貫通撃が混ざるという、盾使いには最悪の相性の悪さのものだったようで。お陰でモロに両手武器のダメージ技を喰らった弾美は、あたふたと逃げ回る羽目に。

 敵の追撃をステップ防御でかわし始めながらも、途端に肝を冷やしっ放しの弾美。瑠璃も改めて距離を置きつつ、回復と魔法での攻撃に切り替えているのだが。

 水属性相手の《ウォータースピア》は、思ったよりは効きが悪いよう。幸い防御力が落ちているみたいだと、美井奈は妖精魔法での突貫攻撃の許可を求めてくる。

 まだ削り切るのは無理だからヤメロとの、弾美の制止も何のその。お姉ちゃまと力を合わせれば平気と、どうやら2時間近くのプレイで、集中力も途切れ掛けている少女。

 仕方なく、天使魔法からのバニッシュ込みのスキル技を見舞うルリルリ。それに乗じて、美井奈の妖精の光球込みの《貫通撃》からの連続技が派手に炸裂するも。

 当然、弾美の読み通りに削り切るには至らず。


『おバカ美井奈っ! だから言っただろうがっ、タゲ取ってどうする気だっ!』

『わ~っ、ごめんなさいっ、隊長っ! 助けてくださいっ!』

『相手は神様みたいだから、光属性の耐性強いのかな? まだ4割くらい削れてない……』


 それくらい推察しろと、弾美はあくまで素っ気無いのだが。奇跡的に闇魔法の《グラビティ》が掛かった上、美井奈の《スパーク》にもさらに足止めを喰らうザリガニ獣神。

 遠隔攻撃の能力は、敵には備わっていないだろうと。ちょっと油断のパーティは、時間稼ぎしつつタゲの再固定を図ろうと模索するも。時間経過にハイパー化は解けたものの、無礼を許すものかと新たな特殊技が炸裂。

 飛び上がりからのボディプレスに、美井奈がペチャンコ。


『わっ、なになに? そっちはどうなってるのっ、今何か飛んだっ!?』

『わ~っ、美井奈ちゃんが敵に潰されたっ! 海老反りプレス技だっ!』


 予期せぬ大技の飛び道具に、一同は度肝を抜かれる思い。喰らった本人は、何がどうなったのか分かっていないようだが。HPをみれば、久々の雷精を招く3割減の状態に。

 それによって敵も痺れてスタン状態、ミイナも潰されてまるでダブルノックダウン状態。パーティ内では笑えない状況だと、弾美が必死に再度のタゲ取り挑発を敢行する。

 近付いてのスキル技の連発と、瑠璃の回復魔法が交錯する。


 美井奈は瑠璃の回復を受けて、何とか安全圏に逃げ延びる事に成功。ところがどっこい、目の前に現れた変てこの物体が、雷娘の混乱をさらに引き起こす破目に。

 先ほどからずっと無視していた巻貝が、硬質化を解いて目の前に佇んでいたのだ。少女の悲鳴がこだまする中、容赦の無い巻貝の範囲攻撃が巻き起こる。

 スプラッシュブレスが、再び美井奈を瀕死状態に追い込んだ。


『えっ、いつのまにか3匹目がこっち来てるっ! 美井奈ちゃんがピンチだよっ、ハズミちゃん!』

『毎度のトラブルメーカーだなっ、いいから離れてコイツを削れっ!』

『何で急に貝のスイッチ入ったのかな? わっ、何もしてないのにこっちに来たっ!』


 瑠璃が驚くのも当然で、無軌道な巻貝の行動は誰も先読み出来ない。後衛のドタバタに呆れつつも、弾美が範囲スキル技の《グランバスター》で巻貝に攻撃を仕掛けるも。

 全く相手にされずに、再び沼の方向にワープで逃げてしまった。


 良く分からない敵の行動にペースを乱されつつも。1匹目のザリガニ獣神のHPは後わずか。弾美の頑張りで順調に削りを続行し、瑠璃が怖い特殊技を潰して追い込んだ結果。

 最後はフィニッシャーの美井奈も戦線復帰に間に合って、何とか最初の敵の撃破に成功する。帳尻り合わせの活躍だけども、何とかリーダーからもお褒めの言葉を貰ってご満悦の美井奈。

 ところがやっぱりペースを乱す、巻貝の特殊攻撃。


『わっ、変な粘液掛けられたっ……うわっ、移動出来ないよ、これっ!』

『何だコリャ、とことん嫌がらせキャラだなっ……美井奈、先に倒しちまえっ!』

『了解ですっ……あれっ、振り向けないから弓矢が使えませんっ!』


 とことん駄目キャラっ振りを発揮する美井奈に、弾美は魔法での攻撃を指示。弾美の《グラビティ》にも、ワープを移動手段にする巻貝にはあまり効果は無い様だったが。

 続いて放たれた《ダーククロス》には、少なくないダメージを喰らったよう。


 薫がこちらの惨劇に気付いて、それならこれを相手してと、2匹目の敵を誘導して来てくれた。その間にポケットの整頓をしたりと、追撃準備に余念が無い弾美達だったけれども。

 なかなか移動不可の制限が解けなくて、ちょっとイライラしている感じは否めない。その間巻貝は、ブレスを吐いたり呪いを振り撒いたりと、変にスイッチが入った様子だ。

 慌てて天使魔法を使用する瑠璃は、足止め魔法も交えて巻貝の攻撃を無効化しようと孤軍奮闘。美井奈も同じく、妖精魔法を掛け直してこれ以上のダメージを防ぐ構え。

 これ以上株を落としたくない少女は、エーテルガブ飲みでそれなりに必死。


 ようやく足止めから解除された弾美は、亀の獣神と足を止めての殴り合いに突入。ピーキーな巻貝は瑠璃に任せたと、薫と一緒に硬い獣人の神相手にHPを削り取って行く。

 弾美のタゲが固定された頃に、ようやくアタッカーの美井奈にお声が掛かった。瑠璃のお手伝いをしていた少女は、やたらと張り切って2体目の削りに参加する。

 薫によっていい具合に削られていた亀の獣神は、自慢のアタッカー達の火力によって、見る間に体力を減じて行く。硬さに自信があるようだが、さすがに両手武器使いの前衛アタッカーが二人相手だと、あまり関係無いようだ。

 そして訪れる、HP半減からの特殊技。


『あれっ、ダメージが1桁しか出なくなっちゃった! コイツの特殊技かなっ!?』

『うぬっ、これはしばらく解けないかもなっ……魔法はどうだ?』

『わ~っ、スキル技も全然ダメージ出ませんよっ、魔法試してみますねっ!』


 薫の炎のブレスも美井奈の光魔法も、何とか2桁届くかどうかの情けないダメージに終わる結果に。それでも殴っていないとSPは貯まらないので、静観している訳にも行かず。

 早く硬化よ解けろと皆が念じる変な空間の中、瑠璃が慌てて通信して来る。天使魔法が解けた途端に、再び巻貝がそちらにワープして行ったそうなのだが。

 美井奈の目の前に出現したそいつは、ちゃっかり亀の獣神を相手にしていた三人を範囲に巻き込んでの魔法を行使したようだ。毒とか呪いを振り撒きながら、あざ笑うように再びワープ。

 怒髪天をつく弾美に、畳み掛けるように亀獣神からの一撃。


 弾美パーティの戦線は、敵の盾での吹き飛ばし攻撃も加わるに至り。修正不可能なまでに、一気に崩された感じである。呪いで反撃を封じられた薫が、次なる標的に選ばれピンチに。

 敵のハイパー化は、一撃を見舞う度に追加ダメージとHP吸収の効果が乗っかる酷い仕様のようだ。騒がしく悲鳴をあげながら、辛うじてカバンから聖水を使用する薫。

 回復を飛ばしながらも、ゴメンねとのコメントを付け加えてくる瑠璃。巻貝の動きが全く予測がつかないので、仕方ない事とは言え。意表を突かれた瑠璃は、とっても悔しそう。

 それぞれ何とか聖水の使用も終わって、キャラの操作を取り戻した一行は。プッツンと行きそうな怒りのぶつけ所を模索して、フィールドをキョロキョロと見回す素振り。

 ところが肝心の亀の獣神も巻貝も、ぴたりと動きを止めてしまっていた。


 次の瞬間、甲羅を残して水と溶けてしまった亀の獣神に一同は驚き顔。何故にとのビックリのコメントが飛び交う中、それなら巻貝だけでも自分達の手で始末しようと物騒な台詞も。

 何か絶対に仕掛けあるよと用心深いのは、最年長の薫のみ。つられる形で、瑠璃も皆に回復を飛ばしつつポケットの整理。ヒーリングの最中に、前衛組は巻貝に殺到していた。

 そろそろ時間も無いからと、容赦の無い攻撃を浴びせるつもりが。


『あれっ、大きな甲羅の下から……何か出て来たみたい。ホラ、溶けた水が流れた水溜まり!』

『ザリガニの神様の死体も、消えてないなぁって思ってましたけど。ひょっとして、これは不味いパターンだったりしますか?』

『神様は不死身だからね~、ってか、あれは完全に泥ゴーレム?』

『泥ゴーレムに見えるなぁ……おっ、ザリガニと亀の甲羅が合体し始めたっぽいぞ?』


 呑気に実況しているメンバーも、好きでそうしている訳でもなく。止める手立てが無い神様の骸の合体は、溶けた水が泥の粘土となってベースを構成しているようだ。

 そのための亀の自爆だったのかと、手の込んだ誘導には一同ちょっと呆れ気味ではあるが。とどめに巻貝がワープで消えて、再び現れたのはその泥ゴーレムの頭頂部。

 巻貝の穴からは、厳ついえらの張った半漁人の顔が出現したようだ。まずは挨拶とばかり、そいつは咆哮を放って全員をスタン状態に追い込む。合体を完了した敵は、先程より体躯も一回り以上大きくなっているよう。

 両手には片方ずつ大斧を持っていて、その破壊力は想像に難くない。


 それでも一同の本音は、訳の分からない巻貝を相手にするよりは数倍マシと感じたりもしていて。どこか悟ったように、力を合わせて合体獣神の相手を始めてみたり。

 脱力した感も否めなくは無く、どうにでもなれ的な雰囲気がプンプンに漂っている。敵は硬い上に攻撃力も強く、巻貝から出た顔からはブレスや呪いが放たれるというハイスペック。

 だからどうしたと、こちらは普段通りのチームワークで立ち向かう一行である。天使魔法が切れる前に倒してねと、瑠璃だけが心配そうな素振りを見せるのだけども。

 どこか気の抜けた戦闘は、さっきより余程順調に終盤に差し掛かっていた。


 敵のHP半減からの特殊技も、最終局面でのハイパー化も、どちらも先ほどの二番煎じでしか無く。範囲技は瑠璃がきっちりスタンで止めれば、二人のアタッカーがこれでもかと言うパワーとスピードで敵の体力を削ぎ取っていく。

 それを支える弾美のキープ力も、もちろんパーティ戦術で一番の鍵となっているのは間違いない。縁の下の存在の瑠璃の存在も、もちろん語るまでも無いところ。

 そんな訳で、意外とあっさり獣神の究極形は撃破されたのであった。


『やった~、2時間縛りが発動したから、途中ちょっと焦ったけど良かった!』

『うっ、社の前に宝箱が3つ……期待して良いものやらって感じだな』

『素直に期待しようよ、ハズミちゃん……それより雑魚が湧き始めてるし、さっと箱の中身を取って戻った方がいいかな?』

『そうだねぇ、美井奈ちゃん開けていいよっ?』


 苦労を労い合いつつも、2時間縛りのダメージでヒーリング出来ない一行。いち早く宝箱の前に駆け寄った美井奈に、薫がどうぞとの掛け声が掛かる。今日もいっぱい良い写真が取れたと、満足そうな言葉は美井奈だったかその母親だったか。

 宝箱の中身は、今まで見た事の無いアイテムも混じっていて大当たりと言って良いかも。配分は明日とのいつもの言葉と、明日の合同インの場所確認などを交えつつ。

 転移の棒切れで、このエリアを脱出に掛かる冒険者一同。湧き始めた雑魚達が、こちらを恨めしそうに見つめている気がする。さらに社の前の開きっ放しの宝箱の絵は、何だか賽銭泥棒みたいで嫌だとの薫のコメントに。

 神様を倒した時点で罰当たりだから気にするなと、弾美のよく分からないフォロー。


 悪あがきのエリア探索の結果にしては、ドロップは上々の結果となった。まずはお馴染みの金のメダルや水の術書や水晶玉。武器指南書や、水棲の小斧という性能の良い武器も。

 宝箱の中身は、盾の宝珠と《複合技の書:大斧》という複合書、それから巻貝の呼び鈴と言うお助けアイテムが1つ。それぞれレアもので、思いも寄らぬプレゼントな感じだが。

 巻貝はもう見たくないと、嫌な感じの刷り込みが発揮されていたり。


 とにかくみんな頑張ったよと、年長者の薫が必死に締めを担おうとの努力を見せて。そうだね、明日は心置きなく最終ステージに向かえるねと、瑠璃もさり気なく乗っかってみる。

 弾美はと言えば、最後のドロップで戦闘で溜まったイライラも解消されたよう。美井奈と明日の予定を話し合いながら、子供はもう寝ろとお兄さん振りを示しているつもりか。

 これを意地悪と取るか気遣いと取るかは微妙な所。


 ――そんな一幕もはさみつつ、地上エリアの冒険は幕を閉じたのだった。





 集合場所がいつもの公園になったのは、お出掛け前にマロンとコロンの散歩を済ませたいと瑠璃が口にしたため。昨日の夜の打ち合わせ通り、瑠璃と薫がそこで合流を果たす。

 昼食は美井奈の家でごちそうになるため、まだ二人とも食べていない。犬の相手をしながら、世間話など交えつつ。弾美はやっぱり、4時過ぎに合流になりそうと伝言を口にする。

 ひょっとしたら、部活が休みになりそうな気配もあったらしいのだが。


 一度津嶋家まで戻った二人は、予備モニターを荷物に加えて美井奈のマンションを目指す事に。薫は張り切っての率先振り、荷物を持ったり美井奈からの伝言を確認したり。

 美井奈家の準備は整っているらしいのだが、浮かれ気分の美井奈を果たして当てにして良いものか。とにかくゲームの出来る環境だけは、確保出来ている事を願うのみだ。

 そんな事を、弾美は部活に出る前に瑠璃に漏らしていたのだが。何しろ薫の部屋の例もあるしと、とことん疑心暗鬼なパーティリーダー。そんな台詞は、間違っても本人には言えないけれど。

 一度伺った事のある瑠璃は、心配ないと請け合うのだが。


 薫の方も、それ程心配はしていない様子。ただ、家の人とかち合って、前回のような宴会騒ぎにならないかと変な心配が頭をよぎる。美井奈の母親は、優しそうではあったけれど。

 沙織さんはともかくとして、美井奈の父親には瑠璃も会ったことが無いと言うと。今日はあんまり長居しないようにしようと、急に不安そうな感じになる薫だったり。

 美井奈の話だと、毎晩帰りは遅いそうなのだが、職種までは聞いていない。


「弾美君は、じかに来るって? それじゃあ4時位まではする事ないのかな?」

「妖精の泉で呪い解除位なら、ハズミちゃんのキャラも連れて行っていいって言ってましたけど。多分、最終エリアは2時間も掛からないから時間は平気だって」

「そうかぁ、じゃあフリーエリア行って、最終エリアの突入準備をして弾美君を待ってようか?」


 それが良いだろうと、瑠璃も素直に同意しながらも。私服姿の二人は、美井奈のマンションに向かって週末の昼下がりの街中を歩いて行く。今日は風はちょっと強いが、良い天気である。

 お互いに学校では、最終ステージ資格所持者として、結構有名になっていると報告し合ったりして。あまり目立ちたくない二人には有り難くない現状だが、それも後数日で終わる。

 トライするからには頑張りたいねと、どこかのんびり意気投合する瑠璃と薫。


 荷物を手にして、美井奈の通学路をお喋りしながら歩く二人。やがて美井奈のマンションと、美井奈本人が視界の中に入って来た。どうやら迎えに降りて来ていたようで、嬉しそうに手を振って向こうもこちらを見つけた様子。

 合流を果たした女性陣は、楽しそうに挨拶を交えつつ建物の中に消えて行く。


「どうぞ、いらっしゃいっ! あっ、お姉ちゃまは2度目でしたよねっ。お母ちゃまがサンドイッチを作ってくれてるんですけど、足りなかったらピザとか頼んでいいそうですっ」

「ハズミちゃんが部活だから、足りない心配は無いと思うけど。それじゃ、お邪魔します」

「お、お邪魔しますっ。わっ、室内にも大きな水槽あるんだぁ」


 初めての訪問の薫は、あちこちと珍しそうにマンションの中を見回している。瑠璃は時計を見ながら昼食の準備を始め、美井奈はいそいそとそのお手伝いなど。

 用意されたサンドイッチは、三人で食べるには充分過ぎる量だった。お茶のカップを人数分用意しながら、テーブルがランチ仕様にセッティングされて行く。

 学校が休みだった美井奈は、午前中は暇だったようで。図書館で借りた本は、お陰で全部読み終えたそう。ちょっと誇らしげなその報告は、褒めて欲しいとの意思がバリバリに伺える。

 偉いねぇとの瑠璃の言葉は、まるで本当のお母さん。


「午前中に、図書館に借りた本を返しに行って、ついでにまた数冊借りて来ましたっ! 今度はもうちょっと長いお話に挑戦ですよっ!」

「おおっ、凄いねぇ、美井奈ちゃん! この調子で、瑠璃ちゃんみたいに読書を趣味にしちゃえばいいんじゃない?」


 それも良いかもと、薫の提案に勢いを得る美井奈。昼食を食べながら、そんな他愛の無い会話で盛り上がってみたり。その後に、瑠璃に月に何冊位読んでいるかとの質問を投げかけた美井奈は、答えを聞いて絶句。

 多い時で20冊だと、いきなりやる気をへし折るような数字に。人それぞれだからと、薫が苦笑いしながらのフォロー。続けて行けば、読む速度も上がるからと励ましも忘れない。

 どちらにしろ、瑠璃の読書量は特殊だと注釈も忘れずに。


 食事を終えて、薫が予備モニターのセッティングをリビングで行っていると。お母ちゃまが着なくなった服があるのだけれどと、美井奈が収納ボックスを奥の部屋から引っ張って来た。

 興味を惹かれたのは瑠璃も一緒で、特にお洒落に感心がある訳ではないけれども。美井奈によれば、サイズの合うものは持って行ってくれて構わないとの母親の言葉らしい。

 事の発端は、どうやら少女が貧乏な大学生の服装の少なさを、母親にチクッたかららしい。


 そういう、悲しみに彩られた背景が見え隠れはするものの。古着なのだから、遠慮は全然いらないと美井奈の言葉。あっけらかんとした表情で、悪気はこれっぽっちも無いようだ。

 瑠璃は既に、楽しそうに物色を開始しているよう。ほとんどがサイズが1つか2つ上っぽいが、トレーナーなどは裾を折れば平気かもとご機嫌にあれこれと手に取っている。

 薫は完全に気後れしていて、そこまで積極的になれないでいるのだけれども。瑠璃が全く遠慮無しなのが不思議な薫は、思わずその理由を尋ねてみたりして。

 瑠璃の性格からしても、こんな無遠慮なのは珍しい。


「あの、瑠璃ちゃん……服って割とお高いものなんじゃない? 本当に、もういらないからって、貰っちゃっていいものなのかなぁ?」

「えっ、だってもう着ないものなんですよね? 服は天下の廻り物っていうか、お下がりは貰わないと損ですよ? 私はよくハズミちゃんのお姉さんのお下がり貰ってたし、ハズミちゃんは私のお兄ちゃんのお下がり貰ってたし。親戚に貰ったりは普通だし、友達からもたまに貰いますよ?」

「あ~、私は一人っ子だから私のちっちゃくなった服は、全部親戚の所行きですねぇ。確かに、服は天下の廻り物ですね、さすがはお姉ちゃまですっ!」


 なる程と、割とショックを受けつつも、薫は今まで知らなかった風習を理解するのだが。育った環境が違うと、そういう感性もまるで違って来るものなのかも知れない。

 美井奈の母親にしてみれば、薫達に古着のプレゼントとしようとの思い付きは。何の気兼ねもなく受け取って貰えるものだとの、昔からの解釈から生まれた好意なのだろう。

 そう思うと、ちょっと感謝の念も湧いて来る薫なのだが。


 瑠璃と一緒に、収納ボックスの中から女性用の服を眺めつつ。そこに美井奈も参加して、これが似合うとかサイズはどうかとか、段々とまるでお人形遊びのノリになり始める。

 挙句の果てには、着ているものを剥ぎ取られて、本当に着せ替え大会のスタート。美井奈のお気に入りは裾の短いワンピースタイプが多くて、それには薫は赤面して抗うものの。

 クローゼット部屋の大鏡に映った自分を見て、別人のような変わりようには戸惑ってみたり。元の素材は良いのだからと、容赦の無い年少組の賛美なのだか批評なのだか。

 結局は、あれやこれやと言われるままに試着を繰り返す薫。


「薫さんも胸が大きいから、襟元の広い服はセクシーに見えてグーですねぇ。お母ちゃまは、お出掛け衣装は派手なの多いんですけど。若い人にも合うんじゃないかって」

「部屋着も結構、華やかなのが多いんだねぇ。私、これ気に入っちゃった。薫さんが良ければ貰っちゃいますよ?」

「ちょっと着てみて下さいよ、お姉ちゃまっ!」


 瑠璃も着せ替え人形のターゲットにされて、結局は狭い室内でのお披露目会。なる程と、薫は着替えの終わった瑠璃を目にして、似合っているその姿に変な感情の歓喜を覚えて。

 美井奈の気持ちも、自分の中ではちょっと理解出来た気がしてびっくり。実は自分の中にも少女っぽい感情がある事に、改めて新発見した思いである。普段は化粧なども全くせず、ゼミでの研究や論文書きの毎日なのだ。

 趣味と言えばネットやゲームで、同世代で遊びに行く事もあまり無い。友達に行動派の村っちもいるが、これも色気の無いタイプで、どこか気兼ねなく付き合えるとの安心感があるのも確か。

 大鏡の前でポーズを取って、確かめるように自分の中の女性を強調してみる薫。


「おおっ、ノッて来ましたね、薫さんっ! じゃあ、次はこれを着てみましょうかっ!」

「髪型もちょっといじって見ましょうか、せっかくのセミロングなんだし?」

「なる程、さすがお姉ちゃまですっ、道具持って来ますねっ!」


 完全に年下の少女達の玩具になってしまった気もする薫だけれど。甘んじてそれを受け入れつつも、何となく色々とファッションの講義を受ける気分にもなったりしてるのだが。

 母親の化粧道具から、櫛やヘアピンを持って来た美井奈は、得意げにそれを見せびらかす。瑠璃と一緒にきゃいきゅい騒ぎながら、恐らく本人達は人形遊びかおままごと気分。

 辛うじて瑠璃に軌道修正して貰いつつ、滅多にしないおめかしを何故か他人の家で行う薫。ちょっと自分自身のテンションも上がって来て、鏡の中の自分に問い掛けるのは。

 こうして見ると、なかなか見栄えもよろしいのでは?


 そんなこんなで、年下の少女達に弄られ続ける事1時間以上。最終的には美井奈のリボンが似合うと言う事で、髪型は美しいというよりは可愛い仕上がりになってしまったが。

 衣装も上下を何度も取り替えられて、大抵の服はサイズが合う事を確認出来たのは良いのだが。年下の少女達にとっては、等身大の着せ替え遊びの時間だった様子。

 むしろやり遂げた感の強い美井奈は、これで母親に顔向けが出来ると誇らしげ。先週貰ったお土産のお返しがしたかったのは本当のようで、母親と色々遣り取りがあったのだろう。

 その想いがやたらと嬉しい薫であった。



 狭いクローゼット部屋から、やっとリビングに場所を移し。今度は、美井奈自慢の冒険写真の鑑賞会を。今までの軌跡がほとんど全て収められており、その数ファイルに3冊とちょっと。

 ほとんどの写真が、期間限定イベントの冒険の様子なようで。厳選された写真の下には、日記のようにメモが書かれている。美井奈の率直な思いや感想は、読んでみると結構面白い。

 弾美隊長と瑠璃に出会った時の感謝の書き込みなど、思わずホロリとしてしまう程。


「恥ずかしいから日記は読まないで下さいよっ! 薫さんはメンバーに入るまでの冒険知らないから、これで補って貰おうと思ったんですっ!」

「あぁ、なる程ねぇ。へぇっ、三人はこんな出会いだったのかぁ! 美井奈ちゃんも序盤は苦労したんだねぇ……」

「だから、文章は読まないで下さいよっ! わっ、お姉ちゃままで熟読しないで下さいっ!」

「えっ、美井奈ちゃんは文章の才能あるねぇ。感情豊かで面白いよ?」


 思わぬ瑠璃の好評価に、ちょっと照れてしまう美井奈だったが。二人がアルバム日記を没頭して読み始めると、今度は照れと同時に退屈になって来てしまう少女だったり。

 瑠璃など特に、読み始めると何も耳に入らないタイプだったりするので。とうとう爆発した美井奈は、二人から自主作成の冒険の書を取り上げて、他の遊びをしようと提案する。

 顔は真っ赤で、どうやら自分の書いたものを読んで貰う事には慣れていない様。


 それじゃあ時間のある内にゲームの中の始末をつけようと、提案したのは年長者の薫。弾美の伝言で、時間があったら呪い解除をしておいてくれとの事だったので。

 それなら自分も参加出来ると、勢い込んでの美井奈の賛成の挙手。そんな訳で、皆で揃ってコントローラーを持ち出す事しばし。弾美の分もと、瑠璃が召喚の用意に励む。

 やや変則だが、時間の短縮には必要な事である。

 

 


 

 ようやくゲームに接続した一行は、打ち合わせ通り時間の有効利用を開始する。闇の屋台で入手した呪い装備を持って、妖精の泉へと出向く事に。ハズミンのキャラも、メモったパスワードから瑠璃が召喚しており、そのサチコメには本人不在との書き込みも忘れない。

 万一ハズミンに通信が入っても、これで答えなくても済む段取りだ。ややこしい事になりませんようにと、他人のキャラの操作の時には特に気を使うのは仕方が無いのだけれど。

 美井奈も本人不在を良い事に、ハズミンの性能を自分と見比べて遊んでいる。キャラのステータスを見れば、育て方の違いなども一目瞭然でなかなかに面白い。

 腕力や器用度は、完全に自分の方が上なのにご満悦の美井奈。楽しそうにそれを皆に報告しながら、HPなど向こうが完全に上の数値は無視する事に決めたよう。

 それでも防御の合計数値には、目を丸くしていたが。


 瑠璃が念の為にと、教会にわざわざ出向いて呪い解除の金額を聞いてみたようなのだが。合計で10万近く掛かるようでは、妖精の泉を頼るしかないと愚痴をこぼして来る。

 幸い、木曜日の夜には3日縛りが解けているので、四人で行けば4つの願いが叶えられる筈。一応念の為にと、薬品や転移アイテムを買い込んで、フリーエリアへの出発準備は完了。

 フリーエリアでの指揮を薫に完全に任せる形で、三人で4キャラを操作して泉へ向かう変則パーティ。美井奈がハズミンを操作したいと言い出して、事態は思わぬ方向へ。

 前衛キャラの講義が、薫先生によって開かれる運びに。


「片手武器は、とにかく回転が速いから気を付けてね。四角ボタンでブロック操作、ステップは今回は教えないけど、上手な前衛はいかにダメージを受けないかに掛かってるから」

「これだけ防御力が高ければ、少々はへっちゃらじゃないですか? 前衛のスキル技って、ちょっと使ってみたかったんですよっ!」

「まぁ……フリーエリアの敵が相手なら、平気だとは思うけど。万一、ライフロストしたら、弾美君にこってり搾られる覚悟だけはしておいてね?」

「……えぇと、四角ボタンがブロックでしたっけ?」


 途端に顔を青くして、真面目に操作の練習を始める美井奈。心配そうなのは瑠璃も一緒だが、敢えて反対はしないよう。自分も、そういう他キャラへの憧れの感情は分かるので。

 薫の号令で、パーティはフリーエリアへ突入。ミイナは薫が同時操作して、オートでの自動追尾を使ってカルガモ状態にしておく。本人が席を立っている時などに、便利な機能なのだけど。

 そういう事が出来るとは知らなかった美井奈は、軽くショックを受けていたり。


 初っ端に存在する獣人の分布エリアでは、期待していた戦闘はまるで無し。どうやらこちらのレベルが上昇し過ぎていて、絡まれようもないレベル差を生んだようである。

 つまらないと連呼する美井奈のために、一行は仕方なしに軽く練習でバトルをする事に。待ってましたと、美井奈は興奮気味にハズミンを操作するのだけれど。

 テンション通りには滑らかに動いてくれないキャラに、美井奈はひたすら文句を投げ掛ける。


「ん~、そんなに簡単には前衛は無理だねぇ。キャラが変な方向向いちゃってるよ、美井奈ちゃん? まずは、向き固定から覚えないと」

「む~っ、以外と難しいですねぇ……ひょっとしたら魔法戦士も楽しいかと思ってたんですけど。お姉ちゃまはどの位で慣れましたか?」

「私は馴染んだのは1週間経ってからくらいかなぁ? でも、今も上手とは言えないけどねぇ」

「毎日やってれば、嫌でも馴染むとは思うけど。メイン世界の遠隔使いは、お金が掛かるから続けて行くのは大変なのは確かかも?」


 ベテランにそう言われて、揺れる乙女心? の美井奈は、再び悩み始めた模様。そんな事を話し合いながら、パーティは3度目の願い事のために妖精の泉に到着した。

 それから遠慮なく、闇の敵のドロップと闇の市で購入した呪いアイテムを、次々に泉の精霊に預ける一同。あまり時間を掛け過ぎて、後の最終エリアに響くような事になったらつまらない。

 ブーツとグローブとマントが、サファイア装備に変化して行く。精霊封入の盾は特に良品のようで、一同は驚きと歓喜の表情。高かっただけはあると、薫などはご満悦だが。

 難点なのは防御と耐久力の低さ。ハズミンよりはルリルリ向きかもと、感想を述べる。

 ――精霊封入の盾 HP+40、MP+40、防+10《耐久7/7》

 ――サファイアの腕輪 腕力+5、SP+10%、攻撃力+5、防+12

 ――サファイアのマント 腕力+5、SP+10%、攻撃力+5、防+12

 ――サファイアの長靴 腕力+5、SP+10%、攻撃力+5、防+12


 弾美が合流してから分配は行おうと、薫は年少組に転移の棒切れの使用を指示する。スムーズに行き過ぎて意外とあっけない幕切れに、美井奈などは不満顔なのだが。

 それでも薫に欲しい部位を決めておいてと言われると、機嫌を直して呪い解除装備のチェックを始める少女。瑠璃もつられて、一緒に性能を見ながら歓声を上げている。

 瑠璃が思い出したように、まだ残ってる写し身の鏡の事を口にする。欲しい部位が重なった場合は、これでコピーしてしまおうとの提案に。それは良い案だと、薫もキャラを見比べる。

 長靴は自分と美井奈ちゃんで2つ欲しいかもと、パーティ強化は今日も順調。


「わっ、鏡がとうとう割れちゃった! でも長靴はちゃんと2つに増えたよっ」

「やったねっ、腕輪も美井奈ちゃんが持った方がいいかなっ? 分配してても、弾美君は怒らない気がするけど、もうしておく?」

「ハズミちゃんは、全然怒らないと思うけど。マントは全員固定してるけど、ハズミちゃんが使うかなぁ? お金は足りてるから、売るのも勿体無い気がするけど」


 確かに呪いを解除したマントは、売り払うには勿体無い性能ではあるものの。パーティに余っているメダルで、ジェルを購入して無理やり固定化解除も選択は可能。

 弾美の今使っているマントも性能が良いので、交換するかは微妙な感じではある。使うとしたら美井奈だが、メダルを勝手に使うのもリーダーに悪いと消極的な女性陣。

 瑠璃などは、ハズミちゃんは怒らないよとの一点張りなのだが。


 それよりもと、薫が昨日同じく闇市の屋台で購入した『魔の宝玉』の事を持ち出して来る。瑠璃のカバンの中に入っているそれを、さっさと誰が覚えるか決めておかないと。

 装備の交換を順調に行いながら、美井奈もその存在を思い出したよう。弾美に内緒でハズミンに覚えさせておこうとの、過激な意見も美井奈から飛び出したのだけど。

 結局は瑠璃が折れて、自分が使うと申し出る結末に。


「これはもう、仕方がないよねぇ……誰かが犠牲にならなきゃ、メダル10枚が勿体無いもんねぇ」

「まぁまぁ、そんなに酷い魔法じゃ無いと思うよ? 多分、魔法とか魔力の『魔』じゃないかな?」

「そうですねぇ、悪魔の『魔』じゃ無い事を祈りましょう!」


 美井奈の不用意な言葉に、ぴきっと動きが止まりそうになる瑠璃だったけど。何とか気を取り直して宝珠を使ったルリルリは、まばゆいエフェクトの光に一瞬だけ包まれて。

 ログの魔法を覚えましたとのコメントを目にして、瑠璃が魔法欄を慌ててチェックすると。新しく覚えたのは《マジックブラスト》と言う名前の、攻撃系の魔法らしい事が判明した。

 純エネルギーのダメージ系の魔法らしいのだが、魔法スキル10程度で攻撃力が期待出来るのかは謎。試し撃ちにどこかのエリアに入ろうかとの薫の言葉に、元気に美井奈も挙手。

 手にはハズミンの操作コントローラー。どうやら、まだ諦めていないらしい。


 宝珠騒動で昨日の戦利品を思い出した瑠璃は、ハズミンに盾の宝珠をトレードする。代理に受け取った美井奈は、盾スキルの存在を初めて知ったようで驚いているが。

 本格的な盾キャラは、まず間違いなく伸ばしているスキルである事は間違いないと薫の言葉。さすがに今回のような短期限定イベントでは、皆どうしても武器スキルを優先するだろうが。

 こんな終盤に出て来るのは、何かの縁かただの意地悪か?


「使ってみていいですか、お姉ちゃまっ? 盾スキルってどんなのあるか見てみたいですっ!」

「う、うん……多分、それ位では怒らない……で欲しいかなぁ」


 超小声での瑠璃の呟きは、はしゃいでいる美井奈の耳には届かなかったよう。手にした宝珠を勢い良く使用すると、先ほどのルリルリと同じようなエフェクトが画面を白く染める。

 ハズミンが新しく覚えた盾スキルは《ブロッキング》という技で、薫の説明によれば初歩の技には間違いないとの事。挑発系の技で、使用頻度も高い使い勝手の良い技らしい。

 SP使用もほんの少しで、盾キャラには無い方が不自然らしいのだが。


「今頃覚えるって、どういう事ですかっ! さては私が毎回逃げ回る羽目になるのも、お兄さんのズボラな性格のせいですかっ!?」

「えっ、それは……美井奈ちゃんのごにょごにょさが……」

「薫さんっ、今何て言いましたっ!?」


 何でもないですと、薫は慌てて言葉を濁す素振り。とても自業自得とは言い出せずに、ヒートアップする少女にタジタジな感じの年長さん。改めて考えると、この微妙なパーティバランスでよくぞの快進撃な気もするけれど。

 瑠璃はあくまで冷静で、自分の新魔法のコストに首を傾げて思案顔。天使魔法のようにバカ高いMP量かと思っていたのだが、実際覚えてみるとそうでも無いようだ。

 カバンの中には昨日の戦利品がまだ残っている。それを分配したら、弾美に言われた事はほぼ終了。まだ時間もあるし、薫の提案に乗って試し撃ちに出掛けるのも悪くないかも知れない。

 ぶっつけ本番は、いくらゲーム内とは言え怖いものだ。


 武器指南書を、アタッカーのどちらかが取るかを検討して貰いつつ。自分は水の術書を、2枚連続使用する。片方が2ポイント上昇を見せ、合計3ポイントの上昇に気分上々な瑠璃。

 同じく昨日取得した光の術書を、美井奈に使っていいよと瑠璃が口にすると。それなら薫さんが指南書を貰って下さいと、どうやら譲り合いの決着は付いたよう。

 微妙に残っている術書と言えば、風とか土系の類いなのだが。区切り良く魔法を覚えるほどの枚数が揃ってなくて、そのまま保留していた端切れのような存在なのが悲しい。

 薫は要らないというし、きっと弾美も同じコメントに違いないのだろう。


「ん~、地上エリアを去る前に処分出来ないのは勿体無いよねぇ。時間があるなら物々交換を誰かに持ちかけてもいいんだけど……ちょっと知り合いインしてるか見てみるね」

「確かに知らない人との物々交換は、ちょっと嫌な思い出があるしねぇ。サチコメに交換希望書いて、しばらく放置しておいてもいいけど……」

「あ~、前に知らない人に乱暴な口を聞かれた事がありましたねぇ……そう言えばあの時も、ウチからのインでしたね、お姉ちゃまっ」


 そうだったねぇと懐かしむ瑠璃に、限定イベントは皆の気性が荒くなってるからと薫の忠告が飛ぶ。やっぱりこう言う場合は、ギルド単位で動くか知り合いを頼るのが良い方法には違いなく。

 それでも最後の追い上げに向けて、他のパーティもアイテムの処理に困っているかも知れないと。薫を中心に、最終試練に向けての最後のアイテム入手に走るメンバー。

 蒼空ブンブン丸のもう1チームは、常に金欠気味で時には術書さえも売ってしまう有り様らしい。何しろメインの癒し手がいないので、とにかく薬品に頼っての攻略なのだ。

 コストも当然上がってしまい、こちらを気にする余裕は無いかも。


 薫が何とか1人召喚出来たと、瑠璃に交換可能なアイテムの種類を訊ねて来る。こちらも懐が潤う以前は金策の足しにと、古いアイテムや装備品は売ってしまって無いのだが。

 自分のカバンを調べてみると、価値のありそうなのは辛うじて昨日入手した複合技とか呪いの大斧とか。後は、武器が少々と1つだけ残ってしまった命のロウソクとか。

 薫が最終エリアの攻略に入ると、もう地上エリアには戻れないと言う情報を入手していたので。金のメダルも、使うならば今日のイン前までが最後のチャンスになってしまう。

 ただ、リーダーの弾美がいないので、どこまで勝手をして良いのやら。


『こんにちは~、皆さんお久し振りです、春日野です』

『ご苦労様~、突然呼んでごめんね~?』


 リーダーをしていた薫が、パーティに空きを作って自分が呼び寄せたキャラを招く。チルチルという名前の炎属性のキャラは、しばらくして一行の前に姿を見せるのだが。

 ガチガチの前衛仕様のアタッカー風の勇姿に、手にしている武器は両手鎌。瑠璃と美井奈も挨拶をしながら、紹介された名前から誰だったかと推察に頭脳をフル回転させる。

 思い当たったのは、やっぱり瑠璃が最初。


「あ~、薫さんの知り合いの大学の方ですね。この前の日曜に会って、同人誌くれた人」

「そうそうっ、彼らのギルドも何とか1チームだけ生き残っているみたいでね。この間、情報交換とか攻略とかで力を合わせようって話し合ったばかりなのよ」

「へ~っ、薫さんは年上女房ですか。ちょっと趣味には疑問ですが、尽くしてくれそうな男性なのはグーですねぇ!」

「えっ、そういう間柄だったんですかっ? それは……おめでとうございます?」


 ちょっと驚きつつも、色恋沙汰に興味津々な年少組。嬉しそうな瑠璃の言葉に、薫は真っ赤になって否定して来る。話を振った美井奈と来たら、照れなくても良いのにと平然とした顔。

 良く分からないダメージを受けつつも、とにかく渡しても良いアイテムのリストを読み上げて行く薫。本当に違うからねと、必死になって誤解を解こうとする姿は、ちょっと痛ましい気も。

 だらだらと変な汗をかきながら、お互いにリストを出し合う時間が過ぎる。


『あっ、大斧と大鎌の複合技の書は欲しいですねぇ。スキルの足りてる属性の技が出てくれればいいんだけどな。こっちの複合技の書と交換しませんか?』

『片手剣と細剣の持ってるんですかっ、わっ凄いっ、ぜひお願いします! 後は、土の術書かカメレオンジェル持ってたら欲しいんですけど……』


 春日野はジェルは無いけど土の術書は余っていると言い、3枚なら用立て可能との事。お礼のお返しは何が良いだろうかと、瑠璃と薫がカバンの中身を見直すのだが。

 結局は呪いの大斧を、教会で呪いを解除してプレゼントする事に。1万ギル以上解除費用が掛かってしまったが、まだ10万ギル近く資本金は残っているので全然平気。

 自分の所持しているのより性能の良い武器に、春日野も感謝の様子。


『こんな所かな? 他に風の術書とか、氷のダガーとかあるけど、そっちで使う?』

『う~ん、ダガーは必要無いですね。風の術書も、特にはいらないです。こっちに闇と雷の術書が2枚ずつ余ってますけど、そちらで使いますか?』

『伸ばしている人はいるけど、区切りには遠いかなぁ? こっちで渡せるのは、もう命のロウソクくらいしか無いしなぁ』


 今はリーダー不在だから、あまり勝手は出来ないと薫が弁明するのだが。こちらは必要無いから、そちらで使ってくれとトレードして来る春日野。人の良さをバリバリに発揮して、こちらもひたすら恐縮してしまう事に。

 ただで貰うのは申し訳ないと、結局瑠璃も命のロウソクをトレードする事に。ついでに同化を解除出来れば交換しようと持っていた、サファイアのマントを半ば強引に渡してしまう。

 これもアタッカーには嬉しい性能で、素直に喜ぶ春日野。


「物々交換タイムは、これくらいかなぁ? 片手剣と細剣の複合技の書を貰えたのは、かなりラッキーだったねぇ?」

「そうですねぇ、薫さんの彼氏にお礼を言わなきゃですねぇ!」

「だから、彼氏とかじゃないってば……」


 やや脱力気味に、薫が言葉を返すのだが。相変わらずハズミンを操作している美井奈は、瑠璃から土や闇の術書と《複合技の書:片手剣》を貰ってはしゃいだ声をあげている。

 これでジェルを探して歩く必要も無くなったと、パーティ内では割と気楽な感想がもれる中。それより術書で地味に魔法スキルが伸びたハズミンは、土スキルが区切りの30に到達。

 《レイジングアース》という魔法を覚えて、闇スキルも78という信じられない数値に。何と、ボーナスを振り込み続けた武器スキルよりも、高い数字を弾き出している。

 本人に勝手に術書を使いまくっている美井奈に、薫などは青褪めているのだが。


 ついでにと、交換で貰ったばかりの複合技の書を使う瑠璃と美井奈。こまで来たら、何をしても一緒な感じである。悟ったような表情の薫、瑠璃も同じく止める者はもはやいない。

 本人不在の内に、暴走してるかの様にどんどん強くなるハズミン。書で覚えた《闇喰い斬》と言う複合技は、ハズミンにピッタリな闇スキルを20を必要とするスキル技である。

 この幸運な引きの強さには、瑠璃を始め、使用した本人でさえ驚いた表情である。これは絶対喜んで貰えると、ようやく瑠璃と薫は安堵の表情にと変わるという一面も。

 ちなみに、瑠璃の覚えた技は《ハニーフラッシュ》という、どこかで聞いた事のある冗談のような技名だったり。光スキルが20程必要な幻覚系の技のようで、攻撃と同時にフラッシュ効果を与えて、敵の反撃を封じてしまうようだ。

 幻覚系の技の多い細剣なので、これはまぁ順当かなと薫談。




 順当でないのは、実は他人のキャラ操作に夢中な美井奈だった。春日野の操るチルチルをパーティ会話に入れるため、不在のハズミンを一度外した薫なのだが。

 別れの挨拶と共に去って行くチルチルを見送りつつ、再度ハズミンをパーティに誘ったのだが。何故だか分からないけど反応の鈍さに、不審に思った薫が隣の少女を見遣ると。

 もっと訝しげな表情をした美井奈が、ハズミンのカバンのアイテムに首を傾げていた。


「どうしたの、美井奈ちゃん? まさか……間違って、大事なアイテム捨てちゃったとかっ!!」

「そんな事しませんよっ、バレたら隊長に殺されちゃうじゃないですかっ! ちょっと荷物の中に変なものがあって、さっき術書と間違えて使いそうになって焦ったんですけど……」

「えっ、コレ? ってか、呪いのアイテムだぁ……使わなくって良かったね、美井奈ちゃん。使ってたら確実に、ハズミちゃんの罰ゲームの餌食になってたよっ!」


 ワイワイと皆でその存在に驚いているのは、ハズミンのカバンの中に入っていた、その名も呪いの巻物。形が確かに術書にそっくりで、美井奈でなくても間違えそうな雰囲気である。

 いつの間に弾美が入手したのかと、一行は顔を寄せ合って記憶を手繰る作業。敵のドロップならば、ルリルリが自動ロットするようにセットされているので、ハズミンのカバンには入らない筈。

 前にもこんな事があったようなと、美井奈が思い出しつつ口にすると。そう言えばお供え物を取ったミイナのカバンに、呪いのアイテムが入ってたと瑠璃の口からポロッと言葉がこぼれる。

 その途端、三人の口から揃って同じ言葉が。


「「「お供え物だっ!」」」


 そう言えば昨夜の最後の戦闘で、NMを湧かせるためにハズミンが社のお供え物を取ったのだった。尊い犠牲の事を今まですっかり忘れていた一行は、ちょっとバツの悪い思い。

 呪いのアイテムで終わるのは、実はまだ良いパターンだったりする。後に完全に呪われてしまうケースもあるらしく、本当に罰が当たったキャラも多々報告されているのだ。

 薫がそう言うと、知らずに取ってしまった事のある美井奈は、今更ながら顔を青褪めさせる。パーティにハズミンを加えながら、どうしようかと小声でお姉さん達に窺うと。

 教会に行けば呪いを解いてくれるからと、安心させるような返事。


 時計を見れば、まだようやく3時過ぎ。弾美が来るにはもう少し時間が掛かるよう。お茶にしますかと、美井奈が楽しそうに母親の作りおきの焼き菓子の事を口にすると。

 瑠璃がお茶の支度に席を立ち、美井奈と薫がキャラ操作で全員を教会に導く役を買って出る。地上エリアの教会は、キャラバン隊の作ったらしい小さな造りのモノ。もちろん規模も大きくはないし、外から見てもそれ程立派な建物ではないのだが。

 中も当然小さくて、NPCもたったニ人しか存在しない有り様である。冒険者達がここを使用するのは、主に聖水を買いに来たり呪いのアイテムの鑑定だったりする訳で。

 ハズミンとミイナを操作していた美井奈は、早速呪いの巻物を見て貰おうとして。


「あっ………………」

「えっ、どうしたの、美井奈ちゃん?」

「あの……神父さんにトレードするんでしたっけ? 間違って使用しちゃった……かも」


 えっと言う顔をして、薫は画面を注視すると。モニターの中でハズミンが、何やら酷く苦しがっている様子。黒いもやがキャラの周囲を包み、不穏なBGMなど鳴り響いたりして。

 完全に呪いの音楽だと察した薫だが、もはやどうする事も出来ず。先ほどの勝手な強化と違い、今度は言い逃れ出来ない事態。本人不在のハズミンは、一体どこへ向かうと言うのか?

 トレイにお茶の用意をしてリビングに戻って来た瑠璃が、固まっている二人に不審顔。


「お、お母ちゃまに電話しますっ! 一緒に謝って貰わないとっ……」

「おっ、落ち着いて、美井奈ちゃんっ。正しい判断だと思うけど、ゲームの失敗でお母さんの手を煩わせるのはどうかと思うのっ!」

「えっ、失敗って何がどうなったの?」


 薫から説明を聞いた瑠璃は、全く慌てる素振りも無い。ハズミンの画面を観察しながら、呪われたキャラのステータスチェック。一般的な呪いというのは、装備品の呪いは外れなくなって、キャラが時々勝手な行動を始めるのがポピュラーなのだけど。どうやらこの巻物タイプは、ステータスの低下を招いているよう。

 ハズミンのステータスの全てが半減、HPやMPもかなり減っていて、顔には紋様のようなものが浮き上がっている。メイン世界でも何度か見た姿、リーダーの役割はハードなのだ。

 ここは教会だから、呪いを解いて貰えるよと瑠璃が平然と答えると。薫は余程、気が動転していたのだろう。なる程そうだったと、ちょっと頬を染めて気を落ち着ける素振り。

 早速、美井奈はハズミンで神父に話し掛けての必死のヘルプコール!


 ところが神父は、呪われたハズミンを目にして驚きうろたえた表情を見せる。自分の力は到底及ばないがと、パーティの残りメンバーに早々に代案を提示して来る素振り。

 要するに、自分は力不足でこの呪いには手が出ないのだが。呪いの元である魔法プログラムの基礎部分を破壊すれば、被害は最小限で済むかも知れないと言うのだ。

 この教会の奥の部屋に、呪いをフィールドに転換する魔法陣が存在する。つきましては、その使用料に2万ギル……いやいや、呪いを解く代金としては格安ですじょ?

 何となく胡散臭いその口振りに、しかし藁にもすがり付きたい美井奈は飛び付く勢い。


「お姉ちゃまっ、お金の工面をお願いしますっ! お兄さんがここに来る前に、何とか元の姿に戻すの手伝って下さいっ!」

「うん、それはいいけど……お茶が冷めちゃう、まずはおやつにしましょう」

「瑠璃ちゃんは、何と言うか……度胸が据わってて、肝っ玉母さんみたいな?」


 マイペースな瑠璃の落ち着き振りに、美井奈も薫もちょっと呆れ顔なのだが。興奮して咽が渇いていたのも確か、カップに手をつけると、二人とも一気にあおって紅茶を飲み干す。

 それからのんびりティーブレイクを楽しむ瑠璃を急かして、何とかお金を融通して貰うと。色々と経緯はあったものの、神父に通された奥の部屋で、独りハズミンが魔方陣の犠牲に。

 その結果、小さな部屋は光と闇のカオス状態。先ほど神父が口にしていた、呪いをフィールドに転換するとか、呪いの元である魔法プログラムの基礎部分を破壊するという本当の意味を。

 ――身を以って知る事になる、残りのパーティメンバー。


「あれっ、ここはどこですかっ? 何で、敵のいるフィールドに出ちゃいますかっ?」

「あれっ、あれれっ? ひょっとして、呪いの何とかの破壊って……私達がしなさいって事?」

「あ~っ、神父さんは自分には手に余るって言ってたから……そういう事かも?」


 慌てまくる一行が通されたのは、四角い見晴らしの良いフィールド。ただし、腰までの石の垣根が迷路状の通路を形成しており、道を無視して勝手に動き回る事は不可能のようだ。

 美井奈の言う敵とは、フィールド中央に固まって佇んでいて、形状は大きなスライムのよう。緑色とオレンジ色の軟体生物で、動きは鈍そうなのだが3体は確認出来る。

 フィールドで他に変わった点と言えば、道なりに宙に浮かんで存在する光球だろうか。青色のバレーボール位の大きさの物体が、等間隔で見渡す限りに存在している。

 石の垣根の上にも存在していて、たまに赤いボールも混ざっている。


 中央に、丁度お立ち台のような台があって、細いポールが立っているのだが。その上に4面からなるパネルの集合体が設置されており、不意に神父の顔がそこに映り込んだ。

 パネルの中の神父が、厳かな顔で忠告するには。何とか呪いをフィールドに転換するのには成功したが、この場は10分しか持たないとの事。10分以内に、この場のボールを全て取れば、呪いの魔法プログラムは完全に破壊されるらしいのだが。

 もちろんそれを邪魔するべく、敵も配置されていてこちらを攻撃して来る。呪いも強力な為に、徐々にフィールド内での力の解放も難しくなるらしい。具体的には3分後には武器の使用不可、6分後には魔法の使用不可、9分後にはアイテムの使用不可になる事が確定している。

 トライは本人以外のパーティにより1度きり。今なら離脱可能、トライOr離脱?


「わっ、戦闘が始まっちゃうっ。私のコントローラーどこっ?」

「これは……昔のゲームのパッ○マンってのに、ルールが似てるなぁ。ひょっとして、色違いのボール取ると敵が倒れるとか?」

「えっ、そうなんですか? ってか、ボールの数多いですねぇ……垣根の塀の上にもあるじゃないですか、登り口どこですかっ?」

「あっ、本当だ……作戦立てようっ! 私と美井奈ちゃんが敵を受け持って、瑠璃ちゃんが反対側のボールをひたすら取って行く感じで。塀の上のボールは後回しで、色違いのボール取る前には一声掛けてねっ!」


 了解ですと、元気な返事が2つ返って来たのは良いのだけれど。弾美不在の戦闘な上、しかも時間制限付きの厳しいこの場を、果たして女性陣だけで切り抜けられるかどうか。

 リーダー代理の薫は、緊張しつつも的確な状況確認を。美井奈に、俊足魔法を瑠璃に掛けるのを忘れないようにと指示を飛ばし。それからゆっくり、画面の選択肢からトライをチョイス。

 敵がゆっくりと動き出し、中央の4面パネルにはカウントダウンの数字の表示が。


 魔法強化ももどかしく、それでも瑠璃は分身魔法も天使魔法も両方掛けるという大盤振る舞い。時間制限があるので、逆に最初から飛ばさないと駄目だという気構えらしい。

 美井奈も同じく、薫の注文にも素早く応えてから自己強化。先に強化を終えた瑠璃が、ボールに体当たりしながら中央に駆けて行く。ポコポコと、ボールゲットの音が心地良いかも。

 薫も同じく、風と炎系の強化を終えると、敵を迎え撃ちに前に出る。


 石垣の塀が、意外に邪魔だと言う事はすぐに判明したのだけれど。乗り越える訳にも行かず、とにかく道なりに移動を余儀なくされる瑠璃と薫。美井奈はある程度移動したら、敵を引き付けるべく攻撃を開始するのだが。

 緑色のスライムは、キャラ並みには移動速度が速い事がすぐに判明した。一方のオレンジ色のスライムは、移動速度が遅い代わりに塀を平然と乗り越えて来る卑怯な仕様。

 一直線に向かって来られると、動きが遅いとは言えちょっと怖いものがある。


「反対側に抜けれる通り道が、左右2箇所しか無い感じだね~? こっちに渡る時には注意が必要かも……今抜けたよ~っ」

「了解っ、向こうのボール、全部取っちゃって! こっちは敵を相手しながら二人で取るつもり」

「なる程、そういう作戦ですかっ! ってか、もう1匹倒せちゃいますよっ!」


 初っ端からスキル技を大盤振る舞いした結果、遠距離攻撃で早くもスライム1匹平らげてしまった美井奈。薫が慌てて制止する間もなく、敵のスライムは消滅の憂き目に。

 そしてすぐさま中央のお立ち台で復活。オレンジ色のスライムは、近くにいた瑠璃を追尾に掛かる構えを見せる。驚き顔の二人に、ジェネレーションギャップを覚える薫なのだが。

 知らなかったのは仕方が無い。敵の数が倒せば減るなら、こんな楽なゲームはありはしないだろうに。それなら作戦など立てずに、皆で敵を倒して皆でボールを取ってますっ!

 とにかく作戦修正、なにしろ武器を使える最初の3分がカギなのだ。


「作戦変更、瑠璃ちゃんは逃げながら中央付近のボールから取って頂戴! 美井奈ちゃん、私の前の敵釣って、自分に近付いたら倒して!」

「りょ、了解っ!」


 薫のハキハキした口調に、二人の背筋がしゃんと伸びる。気合いを瞬時に入れ直し、再度の状況確認。幸い混乱によるダメージは軽微、ルリルリも順調に迷路を伝って逃げおおせている。

 美井奈の方も、早めに倒すと逆に迷惑だと分かった様子で。攻撃を控えながら、奥に逃げつつボールの確保などしている模様。飲み込みの早さは、誉めて上げたいほど。

 生憎今は、とてもそんな暇も無いのだが。何とか中央までやって来た薫は、炎のブレスで瑠璃に付きまとうスライムの確保に成功する。お礼を言いつつ奥へと遠ざかる瑠璃。

 キープした敵をあしらいながら、瑠璃と反対側へと誘う薫。


 美井奈の悲鳴が不意に上がり、薫も同じく異変を察知。どうやら3分が経過して、武器の使用に制限が掛かったようだ。薫は慌てずに、色付きボールに近い人はそれを取ってと指示を出す。

 瑠璃が近いですと名乗りを上げて、まずは1個目の赤い光球の確保に乗り出すと。途端に放たれていたスライム群は消滅し、3匹まとめて中央のお立ち台に復活を果たす。

 おおっと、歓声を上げる年少組。


「凄いっ、こうやって危険を遠ざけて、ルートを確保する作戦があるんだぁ!」

「さすが年の功ですねっ、だてに私の2倍年を取ってる訳じゃありませんねっ!」

「……年の事はいいから、今の内に美井奈ちゃんもこっち側のボール全部取ろう?」


 再び元気な了解の合図。瑠璃の方はかなり順調で、片方の端っこを含めて半分位は取ったとの報告。後半に備えて赤い玉を残して置きつつも、もう半分のエリアを制覇に向かう。

 美井奈も端っこから、俊足を飛ばしてのボール獲得はなかなかのもの。薫も種族スキルに移動速度UPを持っているので、再び湧いた敵をまとめてキープして逃げるのに不便は無い。

 ただし、オレンジの垣根無視スライムには注意が必要だが。逃げ道を塞がれても、瞬殺されないのは有り難い。そんな事を思っていたら、新たな敵がフィールドに出現して一行を驚かせる。

 そいつは何と、自由に宙を飛ぶ軟体飛行生物だった。特性を思う存分利用するソイツは、真っ直ぐ石垣に乗っているミイナ目掛けて飛んで行く。悲鳴の大きさは、果たして美井奈と薫、どちらが大きかったか。

 弾美の気苦労をまざまざと思い知り、薫の神経はプッツン寸前。


「美井奈ちゃんっ、石垣に登るのは後だって言ったじゃないっ!」

「ごめんなさいっ、だって近くに垣根に登る階段があったからっ!」


 今度放たれた敵は、垣根などまるで関係無い移動手段を持つ敵だ。しかもこちらは、武器が使えない状態。美井奈を獲物と決めた敵は、張り巡らされた《スパーク》に一瞬怯みながらも。

 まとわり付くのは止めずに、雷娘をついばみに掛かる。


 5分が経過した頃には、フリーの瑠璃がほぼフィールドの半分のボールを一人で取り終わったと報告。赤いボールも最後に触って、これで美井奈や薫も一度フリーの身に戻される。

 続いて近くの階段から垣根の上に登った瑠璃に、2匹に増えた飛行生物が近付いて来た。石垣の上に浮遊するボールの数は、そんなに多くは無いとは言えども。

 2匹にまとわり付かれながらそれを取るのは、なかなかに至難の業である。氷の蜜酒のお蔭でMPも全快していた瑠璃は、近付く敵にお試しの《マジックブラスト》を放ってみる事に。

 初魔法の威力は、まるでマシンガンさながら。


 純粋な魔力をぶつけまくるこの魔法は凄い威力。その度に敵の身体は、派手にウネウネ跳ね回る。一度唱えただけで、敵の群れはもうヘロヘロになっていて、これは断然必殺技の候補かも。

 放たれた魔力に酔っているかのように、魔法を喰らった敵の動きは鈍っている。その間に瑠璃は、ちょこまかと塀の上を移動してボールの回収に務める事に。

 最初は覚えるのを躊躇っていた魔法だが、使い勝手はなかなかに良いよう。


「瑠璃ちゃんの新魔法、かなり凄い威力だねぇ!」

「そうみたい、追加で麻痺か何かが付くのかな? まだ敵の動きが鈍ってるみたいで嬉しいっ」

「薫さんっ、赤のボール以外、こっちも回収終わりそうですっ」


 美井奈の嬉しそうな報告と共に、6分が経過したとのモニターの表示。これで魔法も使えなくなって、キープ役は最初に見付かる以外はタゲ取り手段が無くなった。

 瑠璃が中央付近の塀の上のボールを回収したのを見計らって、美井奈が赤いボールを使用。後半は、ほぼ薫の作戦通りに事が運んでいて、このまま行けば順当にクリア出来そう。

 これからは本当の追いかけっこだと、リーダー代理の真剣な言葉に。気合の入った返事が返って来て、最終の追い込みに必死な顔で臨む心意気の女性だけのパーティ。

 ところが、新たな敵がさらに2体湧いて、場は予断を許さない局面に。


 空の敵を引き付けようと動いた瑠璃の方に、その新たな敵は向かって行ってしまった。水分身が辛うじて残っていた瑠璃は、そのお陰でたかられる事は回避出来ているのだが。

 新たな敵は大きな口の大蛙で、のそのそと動き自体は遅いのだが。特殊能力は厄介で、何度かの交戦で水分身を呆気なく呑み込んでしまう。一転ピンチの瑠璃は、しかし抗う術が無い。

 何しろ武器も魔法も使用不可なのだ。


「さっ、最後の手段……呼び鈴使うねっ!」

「あっ、それがありましたかっ!」

「こっちももうちょっと、瑠璃ちゃん頑張って時間稼いでっ!」


 お互いに声を掛け合って、本当に奥の手の呼び鈴使用の助っ人召喚に踏み込む。前もってポケットに入れておいた瑠璃は、とっておきの巻貝召喚をここで利用する事に。

 呼び出された巻貝は、相変わらず倣岸不遜な存在感を発揮している。ルリルリと敵の集団の中央に陣取って、大蛙の呑み込み技にもまるで動じる気配はナシ。味方につくと、本当に頼もしい限りのキャラである。

 その隙に、瑠璃は最後のボールをゲット、こちらは全て取ったと報告を出す。


 反対側で敵の引き付けに苦労する、美井奈と薫のペアはと言えば。相変わらず薫がスライムを受け持って、美井奈が俊足魔法でボールを取る手段を取っていたのだが。

 最後に赤いボールを残す手段をと、取り方の順番にこだわるあまり。一人で取っていた瑠璃に対して、かなりの遅れをとってしまう有り様。パッと見、あと僅かではあるものの。

 美井奈らしいと言えばそうなのだが、薫のフォローも入って安全な移動は保障されている。敵を引き連れ逃げ回っている薫は、何度か殴られたらしく体力が半分まで落ち込んでいる。

 ポーションも余裕があるとは言えず、結構厳しい状況だ。


「これ最後っ、取った~~っ! 赤も取っちゃいますよ、本当の最後ですっ!」

「やった~、時間内で終了~~っ!」


 わっと喜びつつ、転移の瞬間を待つ三人だが。何故かタイマーも止まらず、再び復活した敵達も活動を止める様子は無し。それどころか、新たに小蛙が1匹混じっていて、魔法使用の仕草。

 途端にパニックに襲われる一同。それでも巻貝のブロックが何とか健在の瑠璃は、少しだけ気持ちの余裕もあったようで。動き回る敵影の中に、以前は無かった物体を発見。

 中央のお立ち台に、新たな金色のボールを発見して報告して来る。


「あれっ、敵の復活する場所に新しくボールが湧いてるっ!」

「ひいっ、そんなのアリっ!? とにかく、私が敵を一箇所に引き付けるから誰か取って!」

「あのステージ、どっから登るんですかっ!?」


 巻貝のブロックを有効に利用して、瑠璃は何とか近くまで迷路の道を辿って近付く事に成功。薫を追い掛けているのは丁度半分で、小蛙の魔法攻撃がチョー痛そう。

 もう半分は、相変わらず近くに陣取って傍若無人な態度を示す巻貝を敵と見定めたよう。ぼこられている巻貝のHPが危ういと知った瑠璃は、念の為に別の助っ人を呼ぼうとするのだが。

 いつの間にかアイテム利用不可の縛り、つまりは後1分しか無い事に気付いて瑠璃は顔面蒼白。パニックに襲われながら、丁度倒された巻貝の後ろをすり抜ける。

 リアルに悲鳴をあげつつ、ステージの登り口を必死に探す瑠璃。


 段へ上がる階段は、丁度瑠璃の受け持つ陣地側に作られていたようだ。それ1つだけしかないらしく、反対側の美井奈や薫からは発見出来ないのも当たり前。

 後ろからの複数の攻撃に、ルリルリのHPがどんどん減って行く。キャラも悲鳴を上げているのを感じながら、それでも強引に最後の1段を登り切って。体当たりするように、自分のキャラがボールに触れた瞬間。

 フィールドの全てが動きを止めて、やがて待望のクリアの合図が。脱力しつつも、泣きそうな程の安堵を覚えた瑠璃は。一瞬誉めて貰おうと、弾美の姿を探す自分に気付いて照れてしまう。

 代わりに美井奈が抱きついて来て、しばらくは収集のつかない事態に。


「あれっ、経験値がまとめて入って来たけど……一応クリアのご褒美貰えるんだぁ」

「美井奈ちゃん、ハズミちゃんのキャラを確認してみて。ひょっとして、呪いの反動あるかも」

「へっ、これでハッピーエンドじゃないんですかっ?」


 呪いはそんなに甘くないと、瑠璃がメイン世界での経験を元にそう口にする。リーダーをやっているだけあって、そういう汚れ役を買って出るハズミンを何度も見ていた瑠璃だけに。

 そっち系の酷いペナルティには、瑠璃はいつの間にか詳しくなっていたりして。恐る恐る、魔方陣に独り佇むハズミンを、美井奈は陣の外へと移動させてみると。

 その途端にログに表示される、ステータス減の表示。


 ただし今度は-1とか-2とか、そんな微小な程度で済んだよう。減少しない数値も半分以上、呪いとしてはまぁ標準かも。同時にハズミンにも経験値が入ったようで、変なタイミングでのレベルアップを敢行。

 だから今は本人不在なのにと、瑠璃や薫は何度心の中で思った事か。それでもレベルアップおめでとうと、虚空に向かって律儀にお祝いを忘れない三人の仲間達。

 ログチェックしていた瑠璃は、さらにパーティに報酬が入った事を今更知る事に。


「あっ、クリアした時に、パーティに果実が5個貰えたっぽいですね、薫さん。後は個人に、振り分けポイントがステータスとスキル用に1ポイントずつ?」

「ああっ、本当だ……全然気付かなかった! 経験値だけで儲かった気分だったから。果実を弾美君に融通すれは、一応丸く収まる……かなぁ?」

「ううっ、これが知れたら……私もう仲間に入れて貰えないかも……」


 悲壮な感じの美井奈の言葉に、瑠璃はそんな事無いから安心してと宥めているのだが。短い間だけとは言え、リーダー代理を請け負った薫として見たら、正直もう懲り懲りな気でいっぱい。

 弾美君はこんな大任を毎回背負って凄いなぁ、などと内心ではしきりに感心しつつ。何か報われる事が1つでもあるのだろうかと、ちょっと不思議な気もしてみたり。あるから大任を果たしているのだろうが、自分には理解出来ない気も。

 せめて残り少ない限定イベント中だけでも、自分なりに補佐したいと思う薫。


 隣でお母さんのような役割を果たしている少女も、恐らくそんな気持ちで幼馴染の少年に付き従っているのだろう。縁の下の役割を担って、普段は目立たない少女なのだが。

 瑠璃がいないと、このパーティはたちまちの内にギクシャクして空中分解してしまうだろう。そんな気がするのは、薫も瑠璃の事をリーダー以上に頼りにしているから。

 ある意味、パーティの核とも言える人物かも知れない。




 そんな事を考えている内に、時間は4時を廻っていたようだ。橋本家の家の呼び鈴が鳴って、美井奈が驚いたように飛び上がる。マンションの入り口に辿り着いた弾美を招き入れつつ、少女は何だか不安げな表情。

 テーブルの上を片付けつつも、瑠璃だけがやたらと落ち着いた顔を浮かべている。やっと到着した幼馴染の少年に、何か食べるかもと残り物のチェックをしている様子。

 わざわざエレベータ前まで迎えに出た美井奈は、やがて弾美と連れ立って戻って来る。少女の笑顔がぎこちないのは、やはり今までの経緯を鑑みれば仕方の無い事か。

 部活動の練習後の弾美の方が、余程生き生きとして見えてしまったり。


「いらっしゃい、ハズミちゃん。残り物だけど、サンドイッチとかお菓子とか残ってるよ? 飲み物はアイスコーヒーがいいかな?」

「おうっ、サンキュー瑠璃、それでお願い」

「いらっしゃい、弾美君。練習お疲れ様っ!」


 弾美は初めて入る部屋に、珍しげに周囲を伺いながら。自分の席を定めて座りつつ、普段と違う薫の容姿には驚き顔。何をしてたんだと変な勘繰りも、実はそれ程的外れではなかったりして。

 それからネットに繋がれている自分のキャラをチェックしようとして、美井奈の不自然な話題変換に不審な顔。運ばれて来た食べ物を手当たり次第に口に運びつつ、取り敢えずは瑠璃の説明に耳を澄ませる。

 呪いの装備を妖精の泉で使えるようにしたり、複合技の書を知り合いと交換したり。瑠璃が宝珠で魔法を覚えるついでに、ハズミンも盾の宝珠や貰った術書を使用したと聞くと。

 それをチェックしながらも、弾美は驚いた声を出す。


「うおっ、知らない内にスキルや魔法が増えてるなっ!」

「ひっ、ごめんなさいっ!」

「あっ、ホラ……勝手にハズミちゃんのキャラを使って、怒られるんじゃって思ってるみたい。美井奈ちゃんったら、他キャラ見るのが楽しかったみたいで」


 そんな事じゃ怒らないぞと、食欲を満たしながら弾美はご機嫌のよう。それでも武器スキルが増え過ぎて、セットし直さないと新スキルが使えない事態には戸惑い気味ではある様子。

 どれを外そうかと、コントローラー片手に熟考する弾美。こちらの準備は整っているから、ハズミちゃんの準備が終わったら大樹に登ろうと、瑠璃は進行を買って出ている。

 呪い解除マントは人と交換しちゃったとの瑠璃の言葉には、了解と弾美の返事。


「攻撃力とSP上昇より、攻撃速度とHPの方が有り難いしなぁ」

「あ~っ、やっぱり? さっきの時点でマントも春日野さんに上げて良かったですねぇ、薫さん」

「えっ、うん……確かに最終ステージに入ったら、他のパーティと接触出来ないって話だけど」

「あれっ、俺のキャラいつの間にかレベルが上がってる?」


 びくっと跳ね上がる美井奈の肩に、弾美は再度の不審顔。それを受けて、瑠璃が弾美にお供え物のくだりから、さり気なく要所を誤魔化しつつあらましを説明して行く。

 未開のフィールドで呪い解きの冒険をしたとの話には、弾美も興奮した様子。限定イベントにはエリア開拓率ってのがあったっけと、良くやったと逆に皆を誉める有り様に。

 お陰でステータスで下がったのがあるよと、瑠璃は前のログを追っ掛けながら提示する。代わりに報酬で貰った果実をあげるからと、さり気ない表情で取り繕う瑠璃だったり。

 女性陣の微妙な空気に、弾美はとうとう気付かず終い。


「あっ、盾はどうする? 今は私が持ってるけど、そっちで使う?」

「むっ、HPとMPは上がるけど、防御が下がるのか……じゃあそのまま、瑠璃が持ってろよ」

「了解~、他に何か分配するのありましたっけ、薫さん?」

「えっ、あっ、その……特に無いかな? いつでも準備オッケー!」


 突然話を振られた薫は、ちょっとオドオドしながら変なテンション。何で髪型変えたのと、弾美も変なツッコミを見せるのだが。年下二人にセットして貰いましたと、照れつつも事実を告げる薫。

 やたらと大人しい様子の美井奈は、挙句の果てには弾美に心配されるに至って。とうとう良心の呵責に耐え切れなかったのか、泣き出しながら自分の所業をばらしてしまう有り様。

 ここからは何だか良く分からない、慌しい懺悔のような時間が過ぎて行き。自分がいない間に行われた、正確なキャラの扱いを聞いた弾美は呆れた表情を浮かべるしかなく。

 それでも感情的に怒る訳でもなく、弾美は諦めたような悟ったような雰囲気を醸し出し。今から最終ステージなのだから、気持ちを盛り上げて行けと注文をつけて来る。





 ――泣きべそ美井奈の、明日はどっちだ?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ