♯22 攻略失敗と難関突破と
小さな公園内に点在する、数少ない遊具は全部コンクリ製だったりする。隅っこに設置されたベンチも同様で、お手入れ要らずで管理の点では有り難いのだろうが。
その代わり、遊具の種類は本当に限られて来る。飛び石だとか半円の子供がかがんで入れるトンネルだとか、ボールを投げて遊べるペンキで印のついた壁だとか。
50センチ位の大きさの、形がとてもユニークな石像も、石が混じったコンクリ製。モデルは恐らく動物なのだろうが、誰もその正体が分からない事で町内では有名である。弾美は小さい頃はサイだと思っていたが、最近はカバに見えるように。
瑠璃は一貫して、アルマジロが丸まって昼寝している姿だと言い張っているが。
「自分の尻尾に噛み付いているワニじゃないですか? 私はそんな感じに見えますけど」
「う~ん、恐竜のウンチだって言ってた子供よりは建設的な意見だな。薫っちは何に見える?」
「そうねぇ……この突起が曲者なのよねぇ。美井奈ちゃんはこれをワニの背びれだと思ってるんでしょ?」
弾美はサイの角か、それともカバの歯だと思うと譲るつもりは無い構え。薫は考えあぐねた様子で、トリックアートの一種ではないかと、なる程な感じの大人の意見を披露する。
誰かの意見が本当ではなく、わざと何にでも見えるように作られている訳だ。それが外れだった場合は、ちょっと悲しい気もするが。そんな会話に参加していない瑠璃は、ひたすら眠た気。
昨日の深夜の読書が、ちょっと度を過ぎたよう。
学校はとうに終わった時間。いつも通りに放課後に、パーティが集合を果たしての散歩途中なのだけど。頑張って授業を受けた後のダメージで、気が緩みっぱなしの瑠璃である。
心配そうな薫をよそに、弾美は自業自得だと素っ気無い態度。美井奈は自分の元気を分けるべく、後ろから抱き付いてはしゃいだ声をあげたりするのだが。
弾美の気付けが一番効いたよう。犬達に命じて、顔中舐め回させたのだ。
「わっぷ……ひあっ、やめて~っ」
「あはは、私も確かに、これやられるとはっきり目覚めるなぁ!」
「な、何で二匹とも、こんなに素直にお兄さんの命令に従うんでしょう?」
従ったんじゃなくて、これは犬達のスキンシップだと、弾美は簡単にネタばらし。自分はほぼ毎日その洗礼を受けていると、薫も実に楽しげに瑠璃の惨状を見て笑う。
顔中べちゃべちゃの瑠璃は、完全に意識の覚醒には成功したようだったが。トボトボと水飲み場に顔を洗いに歩き出すと、犬達もご相伴に預かろうとついて来る素振り。
それを見て、また笑い出す弾美。
美井奈がようやく1冊読み終えたと、図書館で借りた本の感想を喋り始める。童話の話は短くて助かると、読書家ビギナーの少女は本当に素直な本音を述べてみたり。
最初はそういう短編本からが良いと、瑠璃が戻って来て会話に参加。ぼうっとしていたら、また何をされるか分からないと思ったのか、ちょっと顔に警戒がにじみ出ている。
犬達は悪びれもせず、ちょこちょこと瑠璃の周囲を走り回っている。
散歩の帰り道は、美井奈が犬達の手綱を持たされる事に。運動した後のテンションなら御しやすいだろうと、毎回その役を自ら買って出るのだけれど。
二匹の大型犬のパワーは侮れず、弾美が付きっきりでペース管理をするのも毎度の事。他の犬や動物とすれ違う時など、見張っておかないと非常に危険なのだ。
そんな二人に少し遅れて、瑠璃と薫が趣味の話に興じながらつき従うのもいつもの事。
そんな感じで、ゲーム前のコミュニケーションを行う一行。意識は特にしていないが、それがスムーズなゲーム中の意思疎通に繋がっているとも言える。
逆に、ゲーム前にこれ程ゲームの話をしないのも珍しいパーティかも。
ハズミンの成長は、前回の冒険では残念ながらこれと言って無しの結果に。武器や防具の変更も特に無く、首装備の変更による攻撃力と防御力の、少しだけの上昇のみ。
魔法やスキルの追加取得も無かったので、本当に取り立てて操作性の変更は無し。レベルも30まで上がって来ると、そんなに劇的な変化も望めないのは確かである。
毎日使い込んでいるキャラなので、特に操作性に文句は無い。欲を言えば、強力なタゲ取りとか色々と足りない能力も出て来るのだが、それは仕方の無いところ。
他のキャラとの兼ね合いで、補って行くしかないのだろう。
名前:ハズミン 属性:闇 レベル:32
取得スキル :片手剣66《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 《複・トルネードスピン》
《下段斬り》 《種族特性吸収》 《攻撃力アップ2》
《上段斬り》 《複・ドラゴニックフロウ》
:闇73《SPヒール》 《シャドータッチ》 《闇の断罪》
《グラビティ》 《闇の腐食》 《闇の刺針》 《ダーククロス》
:竜10《竜人化》 :風23《風鈴》 《風の鞭》
:土25《クラック》 《石つぶて》
種族スキル :闇32《敵感知》 《影走り》 《SPアップ+10%》
:土10《防御力アップ+10%》
装備 :武器 破邪の剣 攻撃力+21、HP+20、耐呪い効果《耐久15/15》
:盾 龍鱗の盾 耐ブレス効果、防+18《耐久15/15》
:筒 絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
:頭 暗塊の兜 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15
:首 番人の首輪 攻撃力+3、腕力+2、体力+3、防+8
:耳1 黒蛍のピアス 闇スキル+3、SP+10%、防+4
:耳2 白豹のピアス 器用度+3、HP+10、落下ダメージ減、防+5
:胴 暗塊の鎧 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+25
:腕輪 暗塊の腕輪 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15
:指輪1 サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5
:指輪2 闇の特級リング 闇スキル+4、SP+10%、SP上昇率UP、防+4
:背 砂嵐のマント 風スキル+3、敏捷度+4、防+8
:腰 闇のベルト ポケット+4、闇スキル+3、SP+10%、防+10
:両脚 魔人の下衣改 攻撃力+5、体力+3、腕力+3、防+15
:両足 暗塊のブーツ 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10
魔法やスキルが結構増えて来て、その分使いこなせていないモノも出て来ており、ちょっと不安のあるルリルリだけれど。MPも順調に増えて来ていて、特に文句は無い成長振りである。
盾とブーツの交換で、防御力やグラフィックも様変わりを見せた。魔法戦士も、やっぱり防御力はあった方が良いに決まっている。それより、装備の上下がそれぞれ氷と炎の意匠なので、ややちぐはぐ感は否めないが仕方が無い。
本人的には、バッチグーである。
名前:ルリルリ 属性:水 レベル:32
取得スキル :細剣56《二段突き》 《クリティカル1》 《複・アイススラッシュ》
《麻痺撃》 《幻惑の舞い》 《Z斬り》
:水70《ヒール》 《ウォーターシェル》 《ウォータースピア》
《ウォーターミラー》 《波紋ヒール》 《アシッドブレス》
《水の分身》
:光30《光属性付与》 《エンジェルリング》 《ライトヒール》
:氷43《魔女の囁き》 《魔女の足止め》 《魔女の接吻》 《氷の防御》
種族スキル :水32《魔法回復量UP+10%》 《水上移動》 《MP量+10%》
装備 :武器 戦闘ネコの細剣 攻撃力+15、敏捷度+2、MP+8《耐久12/12》
:盾 氷の盾 知力+4、MP+20、防+14《耐久12/12》
:筒 絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
:頭 流氷の髪飾り 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+8
:首 サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5
:耳1 天使のピアス 光スキル+3、知力+2、MP+8、防+3
:耳2 流氷のイヤリング 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+5
:胴 流氷の鎧 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+18
:腕輪 バトルグローブ 攻撃力+3、HP+8、防+12
:指輪1 光の特級リング 光スキル+4、HP+15、攻撃距離+4%、防+4
:指輪2 プラチナの指輪改 腕力+4、HP+20、攻撃速度UP、防+8
:背 精霊封入の人形 HP+50、MP+50、SP+10%、防+1
:腰 複合素材のベルト改 ポケット+4、器用度+5、MP+13、防+11
:両脚 流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10
:両足 炎獄のブーツ 炎スキル+2、腕力+2、HP+10、防+12
レベルの上昇で、弓術スキルが区切りを越えたミイナ。それによって《影縫い》という新スキル技を覚えたのだが。本人は、ダメージがほとんど出ない技だと不満顔。
スタン用の技なので元々そういう仕様なのだが、美井奈のお気には召さない様子。パーティで一番派手指向なのは、実はこの雷娘だったりするのかも知れない。
その破壊力に振り回されている、操作性の難しいキャラに育っているのには違いない。
名前:ミイナ 属性:雷 レベル:31
取得スキル :弓術50《みだれ撃ち》 《近距離ショット1》 《攻撃速度UP1》
《貫通撃》 《複・スクリューアロー》 《影縫い》
:光50《ライトヒール》 《ホーリー》 《フラッシュ》
《フェアリーウィッシュ》 《フェアリーヴェール》
:風24《風の陣》 《風の癒し》 :水10《ヒール》
:雷31《俊敏付加》 《俊足付加》 《スパーク》
種族スキル :雷31《攻撃速度UP+3%》 《雷精招来》 《落下ダメージ減》
装備 :武器 神樹の長杖 攻撃力+25、知力+5、MP+28《耐久14/14》
:遠隔 雷鳴の弓矢改 攻撃力+20、器用度+5、敏捷度+5《耐久14/14》
:筒 朱塗りの矢束 攻撃力+20 追加炎ダメージ
:頭 妖精のクラウン 光スキル+4、風スキル+4、SP+10%、防御+12
:首 サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5
:耳1 白蛍のピアス 光スキル+3、HP+25、防+9
:耳2 陰陽ピアス 精神力+5、知力+5、MP+15、防+6
:胴 妖精のドレス 光スキル+4、風スキル+4、MP+20、防御+20
:腕輪 星人の腕輪 光スキル+2、闇スキル+3、MP+8、防+8
:指輪1 雷の特級リング 雷スキル+4、器用度+4、攻撃速度UP、防+4
:指輪2 サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5
:腰 複合素材のベルト ポケット+4、器用度+4、MP+8、防+6
:背 白豹のマント 雷スキル+4、器用度+4、MP+10、防+10
:両脚 妖精のスカート ポケット+2、光スキル+3、風スキル+3、防御+12
:両足 戦闘ネコの長靴 敏捷度+2、MP+6、防+10
カオルもへレベルが上がって、基本性能も上昇を見せたが、スキル技や魔法の取得は無し。装備で迅速シリーズのセットを崩して、ブーツを取り替えた程度の変更のみ。
自分の属性とは違う炎スキルのこれ程の上昇は、本人にも予定外だったのだが。前衛をこなす身としては相性の良い魔法が多く、なかなか使い勝手も良い様子。
この調子で、前衛の一角として使命を全うしたいと願う薫であった。
名前:カオル 属性:風 レベル:31
取得スキル :長槍66《二段突き》 《攻撃力アップ1》 《脚払い》 《石突き撃》
《クリティカル1》 《貫通撃》 《複・竜巻チャージ》
:炎43《炎属性付与》 《炎のブレス》 《レイジング》 《炎獄》
:雷20《俊敏付加》 《パラライズ》 :風20《風鈴》 《風の陣》
種族スキル :風31《回避速度UP+3%》 《魔法詠唱速度+6%》 《移動速度UP》
装備 :武器 赤龍の大槍 攻撃力+32《耐久15/15》
:筒 絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
:頭 迅速の兜 炎スキル+4、雷スキル+4、器用度+2、防+7
:首 進みがちな懐中時計改 SP+15%、攻撃速度UP、防+8
:耳1 サファイアのピアス 腕力+2、SP+10%、防+3
:耳2 銀のピアス 器用度+2、HP+4、防+2
:胴 迅速の鎧 炎スキル+5、雷スキル+5、腕力+5、防+20
:腕輪 迅速の腕輪 炎スキル+4、雷スキル+4、腕力+2、防+7
:指輪1 迅速の指輪 炎スキル+3、雷スキル+3、防+4
:指輪2 蝶柄の指輪 器用度+4、体力+4、HP+12、防+5
:腰 獅子王のベルト ポケット+2、攻撃力+4、HP+15、防+8
:背 迅速のマント 炎スキル+4、雷スキル+4、防+7
:両脚 朱色の袴 ポケット+2、精神力+5、MP+20、防御+12
:両足 炎獄のブーツ 炎スキル+2、腕力+2、HP+10、防+12
「影縫いってスキル技、レベル上がって覚えたんですけど……あれはダメージ少ないですねぇ」
「アホ、それは敵の特殊攻撃を防ぐスタン技だ。離れた場所から相手の魔法や技を防げるから、かなり便利なんだけど……果たして美井奈に使いこなせるか?」
そうだったのかと、ようやく納得顔の少女。弾美に昔同じような事を質問して、同じように呆れられた過去を思い出して、瑠璃はちょっと微笑ましくなってみたり。
急激な戦法の変更は、かえって混乱を招くかもと弾美は少し思案顔。美井奈にあれこれ押し付けた挙句、思い切りの良さを消してしまっては逆効果である。結局は、スキル潰しは引き続き瑠璃が背負う事に決まったようだ。
縁の下キャラはルリルリのままで、継続される気配のよう。
ネット接続の最中に、そんな作戦会議を行いながら。昨日までの冒険の過程を思い出そうと、それぞれが気軽にお喋りしながら、試行錯誤を繰り広げている感じだ。
キャラを見ればある程度思い出すのだが、ゲームを始めてしまう前にしておくべき事も多々あるのも本当。覚えたばかりのスキルの発表などは、積極的にしておくべし。
それによって、パーティ戦術に変更があるかも知れないからだ。
「それはそうと、金のメダルがまた増えて来たかなぁ? 昨日だけで6枚も取れたよ」
「昨日の最後の、氷のトリガーの敵のドロップはいいのあったか?」
「うん、ヴェールが筒の部位の装備なんだけど、氷スキル+5なの。でも、腰袋を取るとポケットが減るから交換するかは迷い中」
「また例の手で、スキル上げで使う手もあるな。瑠璃が持っておけよ」
最後の氷の女王とその護衛のドロップは、金のメダルや氷の術書などの普通のアイテムの他にも。氷のダガーや薄氷のヴェール、氷の盾などの高性能装備も多数存在した。
盾は瑠璃が貰い、ヴェールもスキル上げに使う予定。
――薄氷のヴェール 氷スキル+5、知力+4、MP+20
――氷の盾 知力+4、MP+20、防+14《耐久12/12》
昨日のアイテムを分配などしつつ、武器の修理や薬品の補充などにお金を掛ける一行。瑠璃がお金の勘定を持ったり、まるでお母さん役のようなのは最近では毎度の事。
いらない複合書を売ったお金が余って来ているので、普段よりも余計に薬品類を補充に掛かっても平気である。それと言うのも、今日は最後の難関が待ち受けているとの話だから。
知り合いのパーティからも、散々このエリアの噂は聞いているメンバーである。ここでは軒並み1度か2度は、失敗していると報告が上がっているのだ。その情報に一番びびっているのは、実は美井奈だったりする。
次第に画面の前で、緊張で勢いを減じて行く少女。
「美井奈ちゃん、あんまり緊張し過ぎないで。所詮はスイッチ見つけて、押すだけなんだから」
「そうだよねぇ、敵をぱっと倒すか無視しちゃえば、それ程時間は取られないよ」
「うちのパーティには、俺と瑠璃の足止め魔法があるからな。他のパーティよりは有利かも」
「そうそう、後は美井奈ちゃんの俊足魔法もあるしねぇ! あんまり固く考えないでいいかも?」
年長の薫などは、場の空気を和まそうと案外お気楽な口調なのだが。最後のイベントエリアの前に到達すると、やっぱり緊張が身体を支配して行くのは皆一緒なのだろう。
張り紙を読んでみると、ここは1部屋15分制限らしい。前回と同じつくりならば、恐らく4部屋存在する筈だ。5分の時間縮小が、どこまでマイナスに作用するかが肝となるかも。
それは充分承知なのだが……キャラが時には勝手に動くのも、ゲームならではの事。
突入して最初に目に付いたのは、3段目を勝手に動き回る青い木箱と、木製人形の敵の群れ。いきなりの戦線の出来上がりに、パーティはちょっと慌てながらも。
弾美を中心に前線の盾を張ってしまえば、弱った敵から美井奈が片付けて行くのはいつものパターンである。敵の群れにはボス級が2体混じっているようで、初っ端から苦戦の一行。
倒し終わった時には、5分の時間経過とお助けアイテムのドロップが多数。
「いきなりの戦闘はいいとして、強い敵が混じってたなぁ……上はどうなってる?」
「上には、ボスはいないかな? 代わりに動く木箱が2つあるけど……あぁ、これ使えば向こうに渡れるみたいだよ?」
「時間が少ないのに、初の仕掛けはちょっと怖いねぇ……信用してもいいのかしら?」
疑心暗鬼の薫の心配も、もっともではあるのだけれど。それを使わないと、お助けアイテム3つは使わないと向こう側には渡れない仕組みのようだと瑠璃が調べて報告して来る。
反対側に、スイッチは2つ。どうにかして、二人は移動しないとクリア出来ない。
その3段目に上るまでの道を作りながら、茶色の木箱の仕掛けにてんてこ舞いの一行。相変わらず、爆発したり木製の敵が出現したりで、大切な時間が切り取られて行く。
一気に3段目までの道を作れたのは良いが、スイッチが1つ見付からない。妖精の反応が無いところを見ると、どうやらまた物陰かどこかに隠れているようなのだが。
中央の壊せる木箱の山が怪しいと、それを壊し出すメンバー達。念の為にと、瑠璃のみ反対側の捜査に向かう事に。恐る恐る動く木箱に乗るが、今の所不都合は無いようだ。10分はとうに過ぎており、焦り始めるパーティ。
そんな中、ようやく壊した木箱の1つから、推測通りスイッチ出現。
「よっし、4つ目ゲット! 押せる台確保しろっ!」
「そこの階段付き木箱、壊さないで良かったぁ! 私がこれ受け持つから、弾美君が瑠璃ちゃんの方お願いっ!」
「了解っ! じゃあ、美井奈がこの上のスイッチな……おぉうっ、後2分かっ!」
リアルな残り時間を耳にして、パーティ内にさらに焦りの色が芽生えてしまうけど。それでも1人、2人とスイッチの前に陣取って行くと、最初の面のクリアは目前となって来る。
弾美の号令で、最初の面のスイッチは順調に作動した。2面目はやはり、緑の床のフロアとなっているようだ。安堵する暇も無い内に、再び始まる時間制限の仕掛け。
一行はそれに追われるように、早速フロアの仕掛けを解きに掛かる。今回は何故か、やたらとカラフルな木箱が目立つ。よくよく見ると、ボーナスステージで見掛けた属性箱のようだ。
ボス級の敵は、今回は2段目に配置されているよう。木製の恐竜が、大小織り交ぜて数体闊歩している。そこをまず掃除しないと、上のスイッチに辿り着けないのは確かである。
一行は、まずは2段目の掃除から始める事に。
何とか5分以内に敵を倒さないと、探索の時間が果てしなく厳しくなる。リンクしまくりの敵に、狭い場所での戦闘と悪条件は重なるものの。パーティは勢い込んで、攻撃を集中させて敵の殲滅を図るのだが。
戦場になった土台の箱も、範囲攻撃に巻き込まれて壊れて行くという大惨事に。まぁそのお陰で、風と水の術書が入手出来たのだが。肝心の3段目までのルートに問題が生じる結果に。
そんな時のためのお助けアイテムと、Jの豆の木で階段を作って3段目に到達する一行。動く敵の姿は、視界内には既になし。ただし、属性木箱が甘美な誘惑を仕掛けて来たり。
スイッチの確保も大事なのだが、物欲もそれに勝るとも劣らず。
「こ、氷の術書……あと2まいあればぁ……」
「わははっ、瑠璃が物欲に負けてるぞっ! 氷は何色だったっけ?」
「空色の木箱だねっ、そこの奥の2段目がそうじゃない?」
「私が壊してますから、皆さんはスイッチの確保を!」
スイッチの姿は、ここの部屋では今の所2つしか視認出来ないでいる状態。瑠璃が妖精の言葉を頼りに、部屋の端っこの透明スイッチをまずは確保に成功する。
続いて弾美と薫が、茶色の木箱の固まっているあからさまに怪しい場所を上段の奥に見つけ。今までのパターンを頼りに、その木箱の群れを急いで壊しに掛かる。
時間との戦いで焦りまくりだっだのだが、何とか4つ目の破壊で陰に隠れていたスイッチを発見出来た。時計を見ると、残された時間はまだ後ちょっとだけありそう。
残された時間で、パーティはさらにもう1つの氷の術書を取ると言う荒業を敢行。
3つ目のフロアに辿り着いた時には、そんなこんなで心にゆとりも出て来た一行なのだが。白いフロアの初お目見えの仕掛けを見て、そんな余裕も吹っ飛んでしまう。
広い上層の各所では、ぐるぐると横回転するやたらと長い棒状の障害物。風車の軸みたいに、スピードはそれ程でもないのだが。広い床の場所には大抵設置されており、どうやらキャラの通り抜けを邪魔する仕掛けのようである。
さらに上空を飛び回る、団子状に連なった羽根突きモンスター。何匹かでくっついて大きなモンスターの形状となっているようで、頭役の1匹はコミカルな顔付きだが凶悪そう。
見渡す限りでは、上層に2つのスイッチが既に確認出来るのだが。
「だから、時間の無い面で新しい仕掛けを出すのはヤメロ!」
「こんな時に限って、上層に2つもスイッチあるねぇ。親切のつもりかも知れないけど、辿り着くのに障害物と空中の敵が厄介だなぁ……」
「妖精が近くに透明スイッチあるって言ってるみたい。先にそっちを見つける?」
瑠璃の提案通りに、まずは移動のために中層に移動しようと言う事になったのだが。そうするにも、階段に辿り着くために回転する棒状の障害物が邪魔になる。
皆で上手にタイミングを取って、棒につっかえない様に声を掛け合っての一斉に移動。お蔭で無事に下り階段へ到達。雪崩れ込むような勢いで、妖精の案内で白い小道を進んで行く。
程なく、透明スイッチの1つを確保したパーティ。妖精の話だと、もう1つあるらしい。
ところがその方向に進むには、中層と下層の道が通じていなくて無理っぽい。一応、思いっきり遠回りすれば可能なのだが、時間がそれを許してくれそうもないので。
仕方なくお助けアイテムで橋を作って、階段も作って上層へと再び上って行ったパーティだが。お邪魔な回転棒がやっぱりグルグルと張り切って一行を遮っている様子。
近い場所に敵も飛んでいる。注意しながら、端っこを抜けようとした瞬間。
一番最後に抜けようとした美井奈が、ほんの一瞬タイミングを遅らせてしまって。回転棒の端っこに捕まって、ズルズルと半周以上引きずられてしまうと言う事態に。
絶叫を上げる少女に、案の定空中の敵が反応。羽根付き団子の3兄弟が、空中で分解しながら舞い降りて来る。パーティは回転棒に分断されてしまい、いきなりの大ピンチ!
引き返した弾美達が、必死に近付いてタゲ取りを行う。
「3匹に別れたかっ! くそっ、1匹なら魔法で引きずり回せるのにっ!」
「美井奈ちゃん、今の内にこっちに! 弾美君、こいつら倒しちゃう?」
「数を2に減らそうか、そしたら足止め魔法で何とかなるっ」
何とか美井奈も合流したのは良いが、羽根付き団子の特殊攻撃もなかなかエグい。胴体と尻尾の団子には顔など無いのだが、代わりに身体の中心に時計がはめ込まれている様。
時間制限を連想させて嫌なのだが、こいつらはそれとは関係ないよう。タイマー作りのそいつらは、想像通りの時限爆弾らしく。時間が来ると、勝手に盛大に自爆してしまった。
被害は甚大だが、敵が減った事は素直に嬉しい一同。
残った頭部分の団子は、氷付けにしつつ重力操作。念入りに足止めをした後に、スイッチの探索に戻る一行だったのだが。このちょっとした移動が、事態の悪化を招く事に。
頭部分の羽根付き団子の足止め魔法は、早々に切れてしまって追跡の開始が始まり。そして近辺の飛行団子もリンクしてしまうと言う、最悪の事態が発生する。
気付いた時には、上空から団子の雨が降り注いで来ていた。
「うわっ、しまった! こんなに早く魔法が解けるのかよっ!」
「わ~っ、やばいっ! これはもう、全部倒すしかないねっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ……私が絡まれたばっかりにっ!」
懺悔や後悔は戦闘の後だと、パーティは絡んで来た敵を迎え撃つ構え。頭以外の団子の特殊能力は、既に体感して理解している一行。HPが半減したら爆破してしまうため、一気にスキル技で倒さないと駄目みたいだ。
その戦術が上手く行って、団子の数は順調に減って行くのだが。今度は頭部分がブレスを吐いたり、吹き飛ばし技を使用して来たりと、意外な戦闘能力を示して来る。
そのせいで苦戦しながらも、何とか全部を倒し終わった時には。残り時間はあとわずかとなって、パーティは大慌て。ハズミンのレベルが33に上がった事も、喜んでいる暇も無いほど。そして襲い来る、時間制限のリミット切れ。
画面に大きく、任務失敗の文字と妖精の罵声が。
初めての攻略失敗とライフポイントの喪失に、部屋の中には落ち込んだ雰囲気が重く圧し掛かる。幸いにも、経験値やお金やアイテム類のロストは無い様なのだが。ライフポイントと言えば、金のメダルに置きかえれば3枚分相当の価値である。
それがパーティ四人分だと、12枚分に相当……そう考えると、大変な損失には違いない。それでも弾美は、気分を切り替えるように、まぁ仕方ないなと口にする。同意の返事も、元気が無いながらも上がる中。
それを聞いた途端、美井奈が号泣。
「ごめんなざいっ、私のぜいでみんなが~っ!」
「そ、そんな事無いよっ……ゲームの失敗なんか、私もいっぱいしてるし」
「そうそう、リンクしたのは美井奈ちゃんのせいじゃないし。弾美君も仕方ないって言ってるし」
宥める瑠璃に抱きついての実井奈の大泣きに、弾美はやや呆れ顔。ポコポコと優しく少女の頭を叩いて、宥めてるのか泣いてる事を非難しているのか。
中立エリアへと強制送還された、任務失敗パーティの一団。まだ1時間以上ある時間をどうするかと、美井奈抜きで話し合おうとするのだが。いきなり再挑戦も嫌だとの意見が多く、30分程度をどこかで潰す事に。
それならば、裏エリアの修行の塔に行こうかと、ようやく行く先が決定。
「美井奈っ、いい加減に泣き止めよっ。お前、修行の塔とか入った事無いだろっ? 先にちょっとやって見せるから、どんなエリアかよく見ておけよっ!?」
「そうだね~っ、いきなり入っても戸惑うだろうから、私と弾美君が先行して入って見せようか? 瑠璃ちゃんは、こういう塔とか入った事ある?」
「私もメイン世界じゃ、武器スキルはからっきしだから……ちょっと見て、覚えておきたいかな?」
そんなこんなで、一行は闇市へと移動する事に決定。まずは弾美と薫が、金のメダルを4枚払ってチケットの購入から。個人修行場へのチケット代金は、武器スキルの数値で決まるらしい。
薫が闇市の情報屋から、事前に色々と修行場の仕様を聞き出していた。メイン世界と違う所も割とあって、そこら辺は前もっての調査はとても大切である。
魔法や薬品がが一切使えず経験値も入らないのは、メイン世界と一緒なのだけれど。失敗してもライフのロストが無いのは、イベント限定エリアの有り難い仕様のようだ。
薫の説明を聞いた弾美は、頷いて早速インしてみる事に。
「おっ、装備は白装束かぁ……武器もレンタルだし、ここら辺もメイン世界と一緒か。あれれっ、時間制限が30分と短いなぁ? ふむふむ……3部屋回るか4部屋にするかで、時間の割り振りが違って来るのかぁ」
「えっと、3部屋だと1部屋10分使えるのね? 4部屋回ると、1部屋が7分半になっちゃうのかぁ」
弾美と薫の真剣な呟きに、未だ泣き顔の美井奈もちょっと興味を惹かれたよう。瑠璃に抱きついたまま、弾美の画面に目をやると。瑠璃がさり気なくティッシュを渡してくれる。
有り難くそれを使って、美井奈はようやく泣き止んだ様子。瑠璃と一緒に、何だか手強そうな裏エリアの傍観に回り始めるのだが。修行の塔はちょっと和風テイストな建物のようで、そんな木造建ての塔内に二人のキャラは佇んでいる。
今は案内人のお爺さんに、ルートの決定を伝えている所。
「俺は4部屋にするかな? 薫っちはどっちにする?」
「私も4つ回ろうかなぁ? 4部屋目が、かなり楽しそうな名前だしっ!」
「スキル技取得の間っていう部屋ですか? うわぁ、本当に取れたら金のメダル4枚は安いねぇ、ハズミちゃん!」
「だなっ……1部屋7分半だと、全部屋ぐだぐだになる可能性もあるけど(笑)」
本当にそうなったら、笑い事ではない事態なのだけれど。弾美は4部屋に決定したようで、自動的に開け放たれた開き戸を潜って、最初の部屋の中へと通される。
木目張りの部屋の中央の床には、1体の木人形が設置されていた。どうやらここは熟練度を上げる部屋のようだと、経験組の弾美と薫はそれ程の混乱も無いようなのだが。
早速木人形に向けて、ひたすら武器を振るう二人。小気味良い打撃音と共に、熟練度は割と順調に上がって行く。この部屋の仕様で、敵の反撃も無いために、安心して時間内は熟練度を上げるのに集中出来るのだ。
単調な作業に、あっという間の7分半は終了。
次の広間は、ちょっとした柱や段差などで多少入り組んだ構造のよう。移動や視界が遮られる奥行きの広いエリアには、刺客役の敵が点在していた。頭巾のようなもので顔を覆い、灰色と赤の2種類の装束を着込んだタイプがいる様子。
圧倒的に灰色タイプが多いのだが、そいつは外れキャラだと二人の言葉。この室内では、ひたすら敵を倒して指南書のドロップを狙うのだそうなのだけど。
赤の敵は必ず指南書を落とすのだが、ドロップ率の悪い灰色の装束の刺客も絡んで来る。出来れは赤い敵だけ倒したいけど、狙い撃ちはかなり難しい。二人はかなり熱くなりながらも、絡んだ敵を倒す作業に熱中している。
いつの間にか、声援モードの瑠璃と美井奈。
「くわっ、赤い奴やっと殴れたかと思ったら、灰色もリンクしやがった! そんなに強くないけど、死んだらトライも中断だからキツいなっ!」
「あ、あれっ……ポーションも無しですかっ? 回復は全く無し?」
「そうだよっ、修行の塔はそういう持ち込みとかは一切駄目だから。最初の方で死んだら、物凄く勿体無い思いを味わう羽目になっちゃうのっ!」
ようやく血色の戻って来た美井奈の顔が、それを聞いて途端に青ざめて行く。なかなかに厳しい塔の掟に、早くも尻込みしてしまいそうな少女だったけれども。
弾美と薫のドロップ結果は、割と好調な様子で何より。時間切れとなった時点で、二人とも仲良く7ポイントずつの入手に。もう少しで新しいスキル技も取得出来そうな雰囲気である。
そして間をおかず、次の部屋へとワープで導かれる二人。
今度の部屋はお城か何かの屋根裏のような造りで、思いっきりアスレチックエリア仕様だった。この部屋は何が貰えるのかとの美井奈の問いに、確か所有しているスキル技を強化してくれると薫の答え。
ただし、無事にここをクリアしないとチャラだと弾美が付け足して来る。
「アスレチックエリアだねぇ、美井奈ちゃん。私はここは、10分あっても自信ないよっ」
「わ、私もですよっ、お姉ちゃまっ! わっ、床から槍がっ!」
梁のめぐらされた動きづらいエリアの上、床下から槍が飛び出して来たり、振り子仕掛けの障害物を避けたり。忙しく動き回るハズミンとカオルを、手に汗握って応援する少女達。
嫌な記憶を呼び起こす、横回転する棒状の障害物も出て来るに至って。それを見つめる少女達の悲鳴は頂点に。そこを何とかノーミスで、両者ともに通り抜ける事に成功。
そうすると、梁の向こうに昇降機が見えて来た。
太い柱が幾本か複雑に重なり合う構造物は、遥か上空まで続いているように見える。今度は登りのアスレチックらしい。一度落ちてしまうと、思いっきり時間をロスしてしまう。
残り時間も迫って来ていて、プレッシャーは如何程のものか。
「残り時間は、後4分位か……? やべっ、1回のミスも許されないんじゃないかっ!?」
「そ、そうかも……ゴールはどこだろう?」
ゴールまでの道筋は、矢印で示されているのみ。距離までは分からないのが、逆にもどかしい気もするのだが。落下に気をつけつつも、弾美と薫は慎重に距離を稼ぐ。
登りの仕掛けも、実に嫌な感じ。細い丸太の道や、崩れやすい丸太道、その他にも回転式の障害物などもたくさん存在する。敵が出て来ないのが、唯一の救いだろうか。
やがて構造物の上に平らな空間が出現。
「あっ、あれがゴールかな? もうすぐだよっ、ハズミちゃん!」
「時間がもう無いですよっ、お兄さんっ、はやくはやくっ!」
応援の声に急かされるように、頂上を極める弾美のキャラ。続いて薫も、何とか到着出来たようだ。平らなスペースに設置されていたスイッチを、二人がちょこんと触り終えると。
クリアおめでとうの文字が浮き出て、続いてどのスキル技を強化するかの選択画面が出現する。複合スキルは除外されているようで、弾美は仕方なく《二段斬り》を選択。
薫もそれに倣って《二段突き》を選択。先に弾美が選択したのを、横目で見ていた薫だったのだが。スキル技の強化に伴って、呼び名が変わったのを目にした衝撃が大きかったためだ。
弾美の《二段斬り》は《三段斬り》へと名前が変更された。薫も同じく、とても嬉しそう。
「わわっ、これは凄いっ! この塔ってば結構な大盤振る舞いだねぇ……せいぜい、与えるダメージが上がる位かと思ってたけど」
「本当だなぁ、さすが限定イベント仕様だよな。ここを先に入って強化してたら、もう少し楽に色んなエリア回れてたかもなぁ……」
「あ~っ、個人強化って良く分からなかったですからねぇ。全然範疇に入って無かったですよ」
美井奈の言葉もその通りだが、弾美も個人強化よりレア装備取得の裏エリアの方を優先していたのも確か。何より楽しかったし、それはそれで全く後悔していないのだけど。
やってみればこちらも楽しいと、次のステージにも期待大の弾美だったり。
最後の部屋も、やっぱり7分半でクリアは必須らしい。今までの部屋の中では小さい部類のフィールドに、出現したのはたった1体の敵。派手な和服を着た、鬼の仮面を被った長身の人型タイプのようだ。ラスボスっぽく、見た目はかなり強そうな。
弾美の前の敵は片手剣を、薫のは両手槍を手にしている。
「おおっ、最後の部屋は、1対1の戦いですかっ! これに勝てれば新スキルですか?」
「かなぁ? でも、回復手段無いから正直キツイかもっ……!」
薫の心配そうな返事もごもっとも。今までの部屋の仕掛けで減ってしまったHPは、辛うじて回復して貰っているものの。敵の攻撃と、時折繰り出されるスキル技はとても強烈。
何とかステップを駆使しつつ、通常攻撃をかわす二人。見た事の無いスキル技は、避ける事も困難である。ダメージの蓄積もかなりきついのだが、泣き言は言っていられない。
反撃の刃を撃ち込みつつ、敵を時間内に倒す作業にひたすら集中する。
一発のダメージの高い両手槍を相手にしている薫の方は、かなり苦戦しているようだ。弾美は自身のHPも豊富で、高い防御にも助けられ。薫よりは、割と余裕もあるようなのだが。
それでも持ち前の削り力を生かして、時間内に何とか敵を倒し切る事に成功する薫。残りHP1割の激戦を制して、戦い終わった後の息もゼイゼイと荒かったり。
その少し後に、時間とHPに余裕を残してクリアする弾美。こちらも余裕を残したとは言え、時間にして1分少々、HPも3割だからお世辞にも楽勝とは言えなかったけど。
取り敢えずはハイタッチで、お互いの勝利を称える弾美と薫。
弾美は最終ステージのクリアのご褒美に、範囲技の《グランバスター》と言うスキル技を取得した。土スキルも20必要との事なのだが、一応伸ばしてあったので問題ナシ。
薫の方も、新しく複合スキル技として《幻影神槍破》と言うのを取得した。範囲技でこそ無いが、先ほど敵が使って来た技らしく、結構派手なエフェクトで威力も高そうだ。
雷スキル20も問題ナシ、速攻で使える事にホッとする薫。
「おめでとう~っ、二人ともっ! 無事終われて良かったねぇ!」
「ナイスクリアですよっ、個人強化も楽しそうで良いものですねぇ!」
「そうだなぁ、これは本当に先にクリアしておけば良かったかも……よしっ、今度は瑠璃と美井奈の番なっ!」
弾美の満を持しての振りに、はじかれたように萎縮する美井奈。心配するなと、チケットの購入を瑠璃に指示して、ちゃんと後ろで見ててやると約束する。
薫もそれに参加して、瑠璃の後ろへと移動する。バックアップ体制はバッチリだと、瑠璃の肩に手を置いてリラックスさせる素振り。美井奈もそれを見るなり、後ろに弾美を招く素振り。
もしピンチになったら、操作を代わって貰う気満々である。不正は許さないと、弾美は美井奈にヘッドロック。代わって貰った事のある瑠璃は、あれは不正だったのかと微妙な表情。
そんな奇妙な雰囲気の中、瑠璃と美井奈のキャラは修験場に突入。
茶々を入れる弾美と薫は、もはや気楽なものである。最初のスキルを上げたい武器のレンタル場面で、美井奈が戸惑って弓矢を選択。ちゃんと矢もついてくるからと、安心させる弾美。
一足先に、ルート決定の間に案内された瑠璃だったのだが。自信の無さを前面に打ち出して、3部屋でのルートに決定。スキルが上がれば自然と技も覚えるからと、ちょっとだけ逃げ口上。
美井奈もそれに追従して、一部屋10分に決定。
「なんだよ、二人ともビビリだな……まぁ、複合技増やすよりは、強化した方が混乱しないか」
「そうだね~っ、数が増えても使いこなせないと、結局は宝の持ち腐れだし」
激しく頷いて、薫の言葉に同意する操作組の二人。そして程なく通された、最初の熟練度を上げる部屋。美井奈の部屋はちょっと様子が違っていて、遠くに的が見えている。
どうやらそれを射るらしく、始めた二人は途端に真剣な表情に。小さく気合いを入れながら、必死に修行に励む二人。メダルの元くらいは取れよと、弾美は相変わらずお気楽モード。
美井奈はともかくとして、殴る機会が最近減っていたルリルリは、この修行で結構な数値の上昇振り。本人も順調な滑り出しに驚いているが、まだまだ余白の部分はありそうだ。
負けずにと頑張る美井奈も、時間を有効に使用している。
次の部屋も、さっき見慣れた感じの配置でちょっと安心。その辺は、先にプレイして貰って感謝な二人である。ただし、やっぱり美井奈の遠隔仕様は別モードとなっているよう。
移動式の的が、障害物の間を左から右に通り抜けて行っている。隠れ切る前に、撃ち落とせばポイントが貰えるらしいのだが。タイミングが割とシビアで、弾美もこれにはお手伝い。
力を合わせて、必死に弓を射るタイミングを計っている。
「美井奈っ、赤の的が出たっ! ほらっ、今だっ!」
「わっ、ここですかっ! よしっ、ど真ん中ですよっ!」
「瑠璃ちゃん、集中してっ! リンクしちゃうっ!」
「にゃっ、ちょっと油断してたっ!」
瑠璃は大慌てで、キャラの動きを修正する。本当は、楽しそうな隣が微妙に気になっていたのだけれど。こんな所でリタイアしては、後で何を言われるか分かったものではない。
必死に目の前の敵を屠って行きながら、何とかポイントを稼ぐルリルリ。
頑張った甲斐があって、瑠璃は8ポイント、美井奈は9ポイントの武器スキルをゲット。弾美達より2分半ほど長い挑戦だったとは言え、こんなに稼げるとは思っていなかった二人は。お互いを称え合いながらも、次の部屋への威勢も満々。
それでも次の部屋がアスレチック仕様だったと思い出した途端、二人とも一気に萎縮してしまったり。後ろからの時間はあるから焦るなとの励ましに、とにかく前へと進み始める健気な少女達。
先ほど弾美と薫がチャレンジしたフィールドそのままなのは、正直助かった気分の二人。忘れない内にと、道順を思い出しながらキャラを進め始める瑠璃と美井奈。
前半は記憶の甲斐あってか順調だったのだけど。後半は10分補正の障害物が。
「わっ、これは何ですかっ!? 隊長っ、樽が邪魔で通れませんよっ!」
「こっちにも設置されてるっ……あっ、でもこれは壊せるのかな!?」
ワイワイ言いながら、瑠璃が試しに武器を振るって壊しに掛かる。続いて、美井奈が距離を取っての遠隔攻撃。時間は無情に過ぎて行くが、何とか登りエリアまでは大したロスも無い。
落ちないように、慎重に上を目指す二人なのだが。慎重過ぎて、道中に時間が掛かるのは仕方の無い事かも。それでも余剰分の時間に救われて、何とか頂上が見えて来た。
ヘルプに頼らずのクリアに、何となく驚き顔の二人だったり。
「おおっ、ちゃんと全部屋クリア出来ましたよっ! お兄さんっ、どの技を強化しましょう?」
「瑠璃はどうなった? ってか美井奈、寄っかかるな!」
「美井奈ちゃんは甘えん坊だね~っ? 瑠璃ちゃんも、ちゃんとクリア出来たよ~っ」
瑠璃も同じく《二段突き》を強化し、修験場でのトライはまずまずの結果となった。美井奈は散々迷って、よく使う多段スキルが良さそうとのアドバイスを信じて《みだれ撃ち》を強化。
スキルポイントの取得によって、瑠璃は補正スキルの《クリティカル2》も得る事となった。弾美も新たに《追撃》と言うスキルを取得。たまに攻撃回数の増える補正スキルのようだ。
薫は攻撃スキルの《大車輪》と言う技も、ポイントによって新たに得たようだ。多段攻撃スキル技のようで、これで削りながらSPを増やす手段も得る事となった。
パーティで合計14枚も金のメダルを使ったが、それだけの価値はあったようだ。
修行によって強化されたキャラは、時折混乱も招く事もある。各々が新スキルのチェックなどを行いながら、イベントエリアの5つ目の再挑戦に備えつつ。弾美が美井奈のキャラも、ついでにチェックなどしながらも。色々と戦闘や危機回避のアドバイスなど口にしているよう。
完全に忘れ去られていた新魔法の《フェアリーヴェール》は、姿を消し去る事が可能な性能のようだ。姿を消しても動く事が出来るので、敵に絡まれる心配もほとんど無い。
今度はこれを掛けて動けと、実に的確な指示。
「すっ、済みませんっ……すっかり忘れてましたっ! さっき掛けておけば良かった……」
「終わった事はもういいから、次はしっかり頑張れよっ」
「あっ、私も水の分身出しておこうかな……これも意外と敵の目を欺くのに便利かもっ」
今度は絶対にクリアするのだと、真剣にイン前の打ち合わせを行うメンバー達。瑠璃が念の為と、ライフポイントが3に減ったメンバーに命のロウソクを配布する。
今までの冒険の報酬に、何と4つも獲得しているので全く問題は無い。薫のみライフは最初から5つあったので、これで全員4に揃って1つロウソクが余る勘定だ。
ロウソクを使用しつつも、これ以上減らす予定は無いと、弾美の鼻息は荒い。
その勢いが乗り移ったのか、瑠璃と美井奈も今度はやる気モード全開での突入。失敗したとは言え、一度下見の終わっているエリアだと言うのも大きな利点だ。
ところが入ってみて、一同はちょっとした驚きに見舞われる。てっきり最初のフロアからやり直しかと思ったのだが、一行が通されたのは失敗した白い床のフロアだったのだ。
ちょっと得した気分で、今度はスイッチの場所は変わっていないかのチェックを行うパーティ。天空の敵にも注意を向けながら、いざと言う時のための魔法強化も忘れずに。
幸い、スイッチの場所の変化も無いようだ。
「あっ、変な場所に大きな宝箱が置いてある……ハズミちゃん、お助けアイテムはあの中かな?」
「そうだろうなぁ……よしっ、それじゃあ薫っちが奥の透明スイッチの確保してくれ。瑠璃と美井奈は、俺に続いて宝箱から上層を制覇するぞっ」
「ほいほいっ、了解……じゃあ魔法の分身試してみるかなぁ?」
瑠璃のその言葉に、美井奈も透明化魔法の使用に踏み切る事に。光球魔法と透明魔法の重ね掛けは、結構不慮の事態の対応力が強そう。大量MPの消費を、ヒーリングで回復して。
瑠璃の水分身は、もう少し派手な感じだ。透明な水で出来たルリルリのそっくりさんが、瑠璃の面前にプヨッと出現する。そしてマント部位の人形と同じく、ルリルリの動きに付随して移動。
二人の回復が終わったのを見て、弾美が動き出す。
ミイナが透明化で見えない分、瑠璃のお供がやたらと賑やかなのはちょっと笑えるかも。上空の敵に注意しつつ、まずは最初の仕掛けの回転棒を順当にクリア。
宝箱を開けて、親切に設置されていたお助けアイテムをゲット。
「よしっ、面倒だからこのままお助けアイテム使って行くか。アイテム数も、結構多いしな」
「了解っ……んっと、そこの階段一旦降りて、橋を作って向こうに渡ろうか」
作戦参謀の瑠璃のルート通りに、忠実に移動する弾美。お助けアイテムのお蔭で、時間をかけずにスイッチのある断層に足をかける三人。中層の階段を上って、再び障害物のある上層へ。
この場所は先ほど回転棒に分断されて、敵に絡まれて思いっきり失敗した例のポイントである。時間のある内に端っこのスイッチを確保しようと、弾美の計画らしいのだが。
ちょっと心配になって、思わず美井奈にお伺い。
「大丈夫か、美井奈。見えないけど、ちゃんとついて来ているか?」
「いますよ~っ、お姉ちゃまの後ろに。お姉ちゃまは子だくさんですねぇ」
「えっ、これは……子供?」
後ろの人形と水分身は、確かにカルガモの子供のようにルリルリに付き従っているけれども。美井奈もその群れに加わっているらしく、そう言われると何だか変な感じ。
それはともかく、リラックスしている感じの美井奈に、弾美は一斉に通り抜けの合図を送る。今度は全員での通過に成功して、透明化したスイッチをあっという間に探し出す事に成功。
それを美井奈に任せて、弾美と瑠璃は来た道を取って返す。
薫がもう1つの透明スイッチを確保したと報告して来る。これで残るは、上層に2つ点在するスイッチのみ。もう1ブロック奥に1つと、右の端っこに1つ設置されている。
天空の敵の動きを見て、瑠璃が奥のスイッチは自分に任せてくれと請け合う。敵の一団は時折通過するが、スイッチを押す瞬間だけスタンバイすれば問題ないとの事。
それを受けて、弾美は中層からひたすら離れたスイッチを目指す。
「私のはいつでも押せますよ~っ! 時たま敵が上を通るんで、ちょっと怖いですけど」
「私のは中層のスイッチだから、全然平気だけど。ちょっと安全な場所に離れてて、合図を受けたらスタンバイすれば、美井奈ちゃん?」
「私もちょっと離れた場所で待機中~。合図あったら、すぐにスタンバイするよ~」
女性陣の用意が整ったのを確認して、弾美もラストスパート。何とか迷わずにスイッチのあるブロックへと到達して、天空の敵の動きを確認しながら上層へと伺おうとするのだが。
敵がなかなか、階段の上から離れて向こうへと移動してくれない。仕方なく、安全そうな場所にお助けアイテムで蔦の階段を作ると。有り難い事にスイッチは目と鼻の先にあった。
用意は出来たと、弾美は皆に合図を送る。
美井奈が慌てた感じで、透明化魔法を解除した。透明なままの状態では、スイッチが操作出来ないらしいのだ。天空の敵を気にして、早めの合図を催促するのだが。
それが瑠璃のスタンバイ場所には、思いがけず災いする事に。弾美のカウントダウンに、やっぱり慌てた瑠璃の移動に。どうやら天空の敵の一団が反応してしまったらしく。
悲鳴を上げて逃げようとする瑠璃だが、隣から画面を見ていた弾美は、分身のガード振りに驚嘆の叫び。敵のタゲを全て身に受けて、時間稼ぎには充分な働きである。
その間にルリルリはスイッチに到達。全員の操作によって、白いフロアのクリアに成功。
全員の喜び様は、まるで完全クリアしたかの如く。MPヒールの時間とは言え、ちょっと油断し過ぎの気もする弾美。何しろこの遺跡のどこかに、エリアボスがまだ潜んでいるのだ。
呑気なパーティの女性陣は、初使用の魔法の感想などを語り合っているのだが。上の方から獣のような野太い咆哮が聞こえて来た途端、お喋りもぴたりと止んでしまう。
敵は既に、出迎える準備は万端のようだ。
「ここで負けたら、元も子も無いからなっ。新スキルとか、各自ちゃんとチェックしておけよっ!」
「あっ、そうか……私なんか2つも覚えてる。ちょっとぶっつけ本番は怖いかも」
「基本スペックも上がってますしねぇ……今回は追い込み頑張りますよっ!」
不安や緊張がない交ぜになった雰囲気の中、後衛の休息も程なく終わりを迎えた。魔法の強化も無難に終えた一行は、ハズミンを先頭に上層を目指しに掛かる。
今回上層に控えていたのは、竜型の敵が1体と巨大なハンマーを持った直立歩行のカエルが2体。両方真っ白い容貌で、ハンマーの緋色がアクセント的に良く目立つ。
竜型の敵は翼の先端がムチ状になっていて、顔も厳めしい感じ。体躯も立派で強そうな敵の出現だが、白いカエルは逆に小さくて殴りにくそう。それでもイベントエリア最後の敵には相応しいと、弾美は気合を入れて突進して行く。
竜型の敵の、毒のブレスで戦闘はスタート。
「ボス抑えるぞ~っ、カエルから減らしてくれっ!」
「了解っ、瑠璃ちゃんは右のをお願いっ!」
瑠璃は自身に、再度の水分身を掛けての戦闘参加。薫の言葉に応じて、右のカエルに氷の足止め魔法を撃ち込んで、がっちりキープに成功する。その間に、薫の前のカエルを潰してしまおうと、女性陣の攻撃は1匹に集中して行く。
薫は、新スキル技を試すように《大車輪》から《幻影神槍破》を使用してみる。最初の多段スキルの《大車輪》は攻撃力も高くて、エフェクトも派手で薫のお気に召した様子。
それに対して次の《幻影神槍破》は、単発のみの移動攻撃を行って、その後に自身の幻影を纏う守りの技のよう。ターゲットしていた相手を見失い、オタオタする白カエル。慌てたのは、知らずにタゲの後ろに移動した薫も一緒。
再度のスキル《貫通撃》で、しっかりタゲを取り戻す。
後衛からの美井奈の削りも、なかなかに容赦が無い。修行の塔で強化済みの《みだれ撃ち》でSPを貯めながらの削りを敢行しつつ、同じく《貫通撃》で強烈なダメージを与えて行く。
《スパーク》も掛けてあるので、タゲを取っても一応は大丈夫。
瑠璃はやや距離を置いての、後方支援に掛かりきり。余裕があれば、水の攻撃魔法で薫前の白カエルに攻撃を仕掛けるのだが。魔法防御のせいか、同じ水属性のせいか、ダメージはそれ程芳しくはないよう。
そんな事をしている内に、足止め魔法が切れてしまったようだ。それでも自身の水分身が、絶好のブロックを見せてくれるので、安心感は以前と全然違う。
再度距離を置いて、後方支援に回る瑠璃。
敵の白カエルの攻撃が熾烈さを増したのは、やっぱりHPが半減してから。空を切っていた白カエルのハンマーが、2匹揃って盛んに地面を叩き始めたのだ。
その度に防御ステップがかく乱され、さらには土属性のダメージを受けてしまうパーティ。一撃の威力はそんなに強烈では無いのだが、クラック魔法の連打は結構痛い。
ステップ封じからの強烈なハンマーの打撃技は、カオルに痛烈なダメージを与えて来た。白カエルのコンボ技に余計なダメージを受けて、薫は本気で悔しそう。
追撃の特殊技の水泡攻撃で、さらにキャラの動きの封じ込みを企む白カエル達。
「わっ、この水泡ってば、ブレスじゃ消えないっ! 炎属性は無効なのかなっ!?」
「ううっ、最後の追い込みしたいのにっ! 隊長っ、もうしばらくご辛抱くださいっ!」
「男前だな、美井奈……そうだ、新スキル試してみようか」
弾美の言葉と共に、新スキルの《グランバスター》が大地を揺らす。しかし、白カエルにはダメージを与えた新スキルも、浮かんでいる水泡には効果は全くなし。
邪魔な障害物を前にして、距離を詰めれない薫。敵はと言えば、地面叩きで地味にダメージを与えて来ている。頭に来た美井奈は、とうとう範囲矢弾での《スクリューアロー》を敢行。
どうやら風属性での破壊は可能な水泡は、どんどん数を減らして行く。それを見て、薫も《竜巻チャージ》をお見舞いする。上層の端まで吹き飛ばされた白カエルは、既に虫の息。
とどめを見舞おうと武器を構えた薫の目の前。白カエルは空気を吸い込み自爆モード。
「びゃ~っ、破裂したっ! カエルが破裂っ! ってか、床まで壊れて落下ダメージ受けたっ!」
「早く戻って来て~っ、薫さんっ! もう1匹がハイパーモードになってるみたい!」
「きゃ~っ、お姉ちゃまがハンマーの餌食にっ!」
薫の絶叫も美井奈の絶叫も、全て呑み込む勢いの赤いハンマーの連打。既に水分身も倒された身の上の瑠璃は、白カエルのハンマーの振り回しに抵抗する手段が無い。
敵のHPもまだ8割程度残っているので、ハイパー化のきっかけはどうやら相方の死亡のようだ。瑠璃のピンチを見兼ねた美井奈が、強引にスキル技の連発でタゲを奪って行く。
そこからのマラソンに、ようやく瑠璃も立ち直りのきっかけを得る。
「こ、怖かった……盾を装備してなかったら死んでたかもっ」
「ごめん、瑠璃ちゃんっ! 今、合流するからっ」
下層に落とされた薫がようやくの合流。一方の美井奈は、華麗にマラソンで敵のハイパーモードを無効にしている。なかなかの策士振りに、パーティ内からも賞賛の嵐。
少女は照れつつも、瑠璃の回復と薫の合流を待つ。
弾美のキープは安定を見せており、噛み付き攻撃や先端のムチ攻撃を、盾でのブロックで凌いでいる。削り過ぎると反撃が熾烈になるので、その所は程々に。
薫が白カエルの削りに参加して、いよいよ囲み込みが完成する。今度は瑠璃も殴りに参加、先ほどの恨みを晴らすべく、スキル技を振るってHPを減らしに掛かる。
体力の半減がきっかけの、敵の再度の特殊技が発動するも。美井奈と薫の範囲技で、今回も難なく切り抜けて。最後の自爆技は、瑠璃の天使魔法で落下を防ぎに掛かるパーティ。
その甲斐あって、今回は戦線離脱者は皆無の運びに。
まだ10分は経っていない筈だが、残り時間は気になるところ。休む暇も無く、ラスボスに対する一行。範囲の反撃を念頭に入れて、微妙に間を取っての必殺の囲いでの攻撃に。
四人揃っての削り力は、個人強化の成果も相まって凄まじい瞬発力を見せる。そのため危うく見せ場も無いままに、倒されそうになるラスボスだったのだけど。
ブレスを潰された後の尻尾の範囲攻撃から、敵は何とか距離を置く事に成功。
「うおっ、出来損ないの竜が飛び上がったぞ。何かやるのかっ!?」
「時間も無いし、遠慮しませんよっ! た~っ!」
「やっちゃえ、美井奈ちゃん! あと残り2割程度だよっ!」
敵は何らかの特殊能力を、最後に絶対使って来ると構えていた弾美達だったけれど。ところが空中で停滞していたラスボスは、美井奈の一撃を受けた途端にはじけ飛ぶ。倒したと喜ぶメンバーを尻目に、分離した欠片は白いコウモリとなって、エリアを無尽に飛び回り始めた。
一瞬クリアだと喜んだのも束の間、これは悪辣な時間稼ぎだと悟った一同。近い敵を何とか撃ち落とし、悲鳴を上げながらも残りの数を数え上げる。もちろん、1匹でも撃ち漏らしていたら、最後のゲートは開かないままなのだろう。
層を上がったり降りたりしている暇は無い。崖っぷちに陣取って、下の層の遺跡に逃げ込もうとする敵を必死に撃ち落とす弾美と薫。壁際の通路を回り込んで、魔法で撃墜に掛かる瑠璃。
一番の撃墜王の美井奈は、得意の遠隔で次々とコウモリの数を減らして行く。
不測の事態に見事対応したパーティ。最後の1匹が倒されると、浮島に向かって緑の橋が浮き上がって行く。喜びの声を上げながら、皆で一斉に渡りきった先には。
宙に浮かぶ白色の木の葉と、その周辺に設置された宝箱。今回は奮発の6万ギルの現金と金のメダルが2枚、雷の術書と水晶玉、生命と魔力の果実が箱の中に入っていた。
宝箱を確認し終えた一行は、出現した退出魔方陣に一目散に飛び込んで行く。
「最後はビックリ仰天の仕掛けだったなぁ……遠隔使いがいて、正直助かったぞ、美井奈っ!」
「本当だねぇ、最後の白コウモリは弱かったけど、たくさんいたから大変だったよ」
「これでイベントエリアは全部クリアだねぇ……あれっ、残り時間はまだ結構あるのかな?」
「ひょっとして、30分くらいあるのかもな……でももう6時過ぎてる、美井奈は家に電話入れる時間じゃないか?」
「あ~っ、そうでした! じゃあちょっと電話お借りしますねっ、お兄さん」
個人強化の修験の塔に、2チームで2回に分けて入ってしまった為に。いつもなら丁度時間を使い切っている予定なのに、今日は30分ほど余ってしまっているようなのだ。
また夜にインして、この前みたいに妖精の泉にでも行こうかとの案も出たのだが。呪いを解除するような装備も手元に無いので、今度は泉に出掛けてもあまり意味が無い。
時間が余っているのなら、トリガーNMか特級リング取りに行きたいと薫がおずおず発言する。30分ならそれ位が良いと、弾美もその案には乗り気なのだが。
このままプレイすると、終了が7時近くなってしまう。
それはそうと、最終エリアのボスのドロップを配分に掛かる瑠璃。隣に家がある瑠璃は気楽なものだが、やっぱり熱中し過ぎて親から小言を受けるのも考えもの。
夕食の支度の手伝いは、自分から進んで始めた約束事だとは言え。自分の都合で今日は出来なかったと申し開きするのも、ちょっと違う気がする真面目な性格の瑠璃である。
ちょっとそわそわと、時間を気にし始めるのもその真面目さ故か。
取り敢えずの話し合いの結果、マントは弾美でピアスは薫の手に渡る事に。武器では朱色の両手持ちハンマーなども出たが、それは売り払う事に決定した。
――白翼のマント 器用度+4、HP+10、攻撃速度UP、防+11
――白蛙のピアス 器用度+2、MP+15、防+6
階下から、弾美を呼ぶ声が聞こえて来た。どうやら仕事から戻って来た母親の律子さんが、何か用事があるらしい。美井奈も何故か、電話を掛けに部屋を出たまま戻って来ない。
何かあるのかと、残された瑠璃と薫は不思議そうに顔を見合わせてみるのだが。なかなか戻って来ない二人に、業を煮やして二人で様子を伺いに降りてみる事に。
1階では、何故か美井奈が律子さんと話し込んでおり、弾美の姿はどこにも見えず。しばらくすると、玄関先に瑠璃の両親を連れて弾美が戻って来た。何事かと戸惑う瑠璃だが、話を聞いて思わず笑みを浮かべる少女。
夕食を一緒に食べる事に、いつの間にか決まっているらしい。
「あれ、お食事会するの、お母さん……手伝った方がいい?」
「ああ、平気平気。手巻き寿司にするらしいから、美井奈ちゃんのお母さんが来るまでは、あんた達は遊んでていいわよ」
「美井奈も電話終わったから、あと30分だけ上で遊んでようぜ。沙織さんが来るまで、その位掛かるらしいから」
「あぁ、それじゃあ……って、私もお呼ばれしていいの?」
薫の驚きもなんのその、勝手に進められていた話は、もはや修繕不可能となっているようだ。夕食の支度を弾美と瑠璃の母親に任せて、子供達は再び2階へと駆け上がる。
大急ぎで薬品を買い込んで、一同は再び冒険の準備。
「面倒だし時間も無いから、通い慣れている場所でいいよな? 薫っちの指輪を取りに、例のクエストエリアのトレード場所に行こうか?」
「ほいほい~、炎のリングをキープしてるけど、これでいいのかな?」
「あ~っ、それでお願いします。わ~っ、ちょっと緊張するなぁ」
「自分の装備取りの時って、確かに緊張しますよねぇ。よしっ、締めの戦闘頑張りましょう!」
張り切る美井奈の言葉に、勇ましさが見え隠れなどし始めているのも自信の現れか。先ほどの緊張からは完全に解放されている少女は、歳上の薫をリードする素振り。
その自信も束の間の事、月の鍵のクエストエリアでの細い端を渡る際には、いつもの美井奈に逆戻り。皆に待ってて貰いながらの、トホホの駄目駄目っ振りを披露する。
戦闘ではいい所を見せろよと、辛辣な弾美の言葉もさもありなん。
取り敢えず、トリガー挿入口の集落までは無事に辿り着いた一行。ここに通うのも3度目で、その点は心配は無い感じ。ポケットの整頓などをしながら、突入の準備に余念が無いのだが。
夕食を前にして変なテンションになっているのが約二名ほど。
「寿司は好きかっ、美井奈っ!?」
「はいっ、大好きですっ!」
「よしっ、スパッと勝って食べまくるぞっ!」
「はいっ、隊長っ!」
妙な師弟関係での遣り取りなどを交えつつ、瑠璃が行くよとトリガーを投入する。一行がここに挑戦するのも、既にこれで3回目の事。いい加減、突入慣れはあるのだが。
今度のフィールドは、いつにも増して変な雰囲気が漂っていた。地面はクレーターのようにえぐれた個所が目立ち、窪みには溶岩らしき液体があちこち溜まっている。
円形のフィールドには大き目の樽が各所に設置されており、そこから炎が勢い良く噴き出している。完全にここは炎の陣営だと強調されており、分かりやすいのは確かではある。
唯一出張っている炎の鳥を前に、強化に走るパーティなのだが。
「あ、あれっ? 氷魔法が使えないねっ……氷魔法は使用禁止なのかな?」
「むうっ、まぁそれ位は仕方が無いか……今までのパターンからして、ボス1匹だけなのが逆に不気味だなぁ」
「確かにねぇ……特に大きくも強そうでも無さそうなのが、ちょっと気になるわねぇ」
魔法の強化が終わると、美井奈はちょっと下がって赤くたぎる溶岩のチェック。ダメージがあるかどうか、踏み込んで確かめて見るべきかと迷っている様子である。
絶対あるに決まっていると、軽く一蹴して来る弾美なのだが。マラソンする時は気をつけろと、敵が1匹しか見えないのに言うのもどうかな的な言葉を口にしてみたり。
戦闘開始からの一気呵成のアタックは、互いに炎の熾烈さを見せる。
敵の炎の鳥は、クチバシとかぎ爪の多段攻撃が通常の攻撃方法らしい。さらに炎のブレスが時折前方範囲に吹き荒れて、タゲのキープはダメージ減少の必須条件だ。
ところが、ボスの強さは通常の敵とさほど変わりが無いようで、何とも呆気なく撃沈されてしまった。拍子抜けした一行は、炎の上るフィールドでポツンと佇んでみたり。
そして数秒後に不死鳥の如く蘇るボスを面前に、やはりとの感想を漏らす。
「やっぱり、一筋縄じゃ行かないみたいねぇ……だんだん強くなるパターンかな?」
「そこの樽から、炎が一瞬吸収されたけど……ひょっとして、あの樽は補給用?」
「あれっ、いつの間にか樽がタゲれるようになってますよっ? さっきは無理だったのに!」
美井奈の指摘通り、3つ設置されている樽が、いつの間にかタゲれるようになっていた。攻撃の対象にも選べるようで、瑠璃の推測通りの補給用ならば、先に壊しておきたいかも。
素早い相談の結果、美井奈が試しにと弓を射掛けてみると。確かにダメージが通る上、フィールドにも新たに変化が。樽を守るように、土の下から炎のゴーレムが出現する。
新たな敵の出現に、大慌てで対応するパーティ。
ボスの火の鳥も、確実にさっきより強くなっている。何度も蘇らせていては、戦況がどんどん悪化して行くのは目に見えているので。ボスをキープしてるから樽を先に壊してくれと、弾美の願いを聞き届けるべく。
薫がゴーレムの相手をしている内に、美井奈が遠隔で樽を壊しに掛かるのだが。樽にダメージを与える度に、樽の中から小柄な火トカゲが発生するのは如何な事か?
文句を言いつつ、ようやく樽が壊れる頃には。火トカゲが8匹も生まれている事態に。
「わっ、わっ、何だか敵がいっぱい増えちゃいましたよっ! 樽はあと2つもあるのにっ!」
「むむっ……ってか、火の鳥が一回り大きくなったぞ! 樽があったら補給されて、無くなればハイパー化する仕掛けかなっ!?」
「火トカゲは弱いけど数が多いなぁ……お助けアイテム使っていい、ハズミちゃん?」
「おうっ、遠慮せずにどんどん使えっ!」
弾美の言葉に、火トカゲをブロックしながら、瑠璃が『猪突猛進の札』を使用。その途端に、どこからか出現するイノシシの群れ。火トカゲの群れに突進して、勇ましく蹴散らして行く。
ダメージを負った火トカゲを、美井奈が弓矢の一撃で始末しつつ。気がつけば、割と素早く瑠璃と美井奈がフリーになっていた。ほぼ時を同じくして、薫も炎のゴーレムを撃破。
弾美の負担を減らすべく、続いて2つ目の樽を壊しに向かう女性陣。
2つ目の樽は、一行の後ろの奥に設置されている。炎を吹き出すそれは、見た感じ今にも爆発しそう。美井奈が二人のスタンバイ状況を確認した後に、素早い遠隔攻撃を仕掛けると。
今度の守護者は炎を纏ったサル顔の獣人。そして美井奈が樽を壊すと、炎の骸骨がやはり8体ほど出現する。とても対応し切れない瑠璃は、ここで『天使の呼び鈴』を使用。
今度の敵は、獣人も骸骨も強敵のよう。
「うわっ、時々強烈な炎ダメージが来るなぁ。ごめん、サル倒すのにもう少し掛かりそうっ」
「ピンチなら妖精も呼びますよっ? ハズミちゃんは平気?」
「さらに火の鳥がでっかくなったけど……今度は殴る度に炎の反撃が来るようになった」
「骸骨も強いですねぇ……そうだっ、水晶玉使いますねっ!」
雷の水晶玉と水の水晶玉の使用で、敵の一団にかなりのダメージが通った模様。それをきっかけに、戦局は大きく動き始め。雑魚の骸骨が、瑠璃と美井奈と天使の手で減らされて行く。
順調に進む数減らしの一方で、薫が炎のサルに張り手で吹き飛ばしを喰らっていた。飛ばされた先で溶岩に落ちた薫は、継続ダメージに慌てて脱出を図ろうとするのだが。
突進して来る炎のサルと、地面から生えて来たマグマの手がそれを阻止しに掛かる。薫のピンチに、美井奈の範囲スキル技が炸裂。マグマの手は、奇麗に破壊されて行った。
予断を許さない状況に、とうとう『妖精の呼び鈴』による最後の助っ人投入!
炎のサルの、炎の防御やオート回復能力に手間取っていた女性陣も。三人の足並み揃っての追い込みに、大柄な体躯のサル顔の炎獣人もようやく地に崩れ落ちる運びに。
ガッツポーズで喜びを表現してから、薫が最後の樽の場所を指し示す。美井奈がそれを射抜きに掛かるのだが、今度は何故か厄介な護衛の姿は出現しなかった。
代わりに地面の至る場所にあるクレーター状の窪みから、火の玉が噴き出し始める。
「うおっ、フィールドが何か凄い事になっているぞっ。ボス鳥も、一気に膨らんだっ!」
「樽を全部壊し終えました、隊長っ! うわっ、火の玉がびゅんびゅん飛んでますねっ」
「うあっ、危ないっ! これは……安全地帯なんか無いかもっ」
火の玉の派手に飛び交うフィールドは、薫の言う通りに安全な場所など無い感じだ。せっかく召喚した天使と妖精の助っ人も、哀れにもどんどんHPを減らして行ってしまう。
こんな危ない場所に長くはいられないと、ボスの火の鳥を囲いに掛かるパーティ。ところが巨大化した最後の敵は、物凄いタフネス振りで一行の攻撃にも涼しい顔。
ダメージは与えているのだが、不死身ではないかと思える自動回復を備えている火の鳥。この火のフィールドのせいかも知れないが、この場から逃れる術があるわけでも無し。
とにかく最大スキルで、火の鳥に対する一行。
瑠璃の必殺の《ウォータースピア》で、一気に敵のHPを削る事に成功したパーティだが。敵の逆襲の炎の竜巻は、凄まじい威力で一行に大ダメージを与えて来る。
畳み掛けるような火の鳥の急降下チャージに、ハズミンのHPは3割まで落ち込む。先ほどまでは使って来なかった特殊技に、潰そうにもモーションが判然としなかったのだ。
大慌ての後衛は、回復支援からのタゲ取りに必死。
「わ~っ、怖い技使って来たっ! ハズミちゃん、大丈夫?」
「ちょっとヤバイかも……竜の強化無かったら死んでたな」
「敵もあとHP半分だよっ……ってか、炎の竜巻でこっちも被害甚大だっ!」
助っ人の天使と妖精も、火の玉と竜巻の相乗効果のダメージですでに召喚切れの身。敵のHPも半分を切っているが、こちらも全員かなりの満身創痍状態である。
何しろ、治す端から火の玉でHPを削られているのだ。かなり危険な状態なのは、フィールドにいる皆が一緒の事。ポケットに潜ませた薬品が最後の命綱なのだが、盾役の弾美はポケットを入れ替えている暇も無い。
既にポケットにポーションは無し。後衛もMPの余力は無い。
後衛陣が、エーテルを使い切る勢いでMPを回復し始めた。最後の追い込みのために、魔法の準備に掛かる段取り手段を行っているらしく。天使魔法と妖精魔法で、せめて自分の受けるダメージを減らしてしまおうという作戦らしいのだが。
ここまでフィールドが激変するとは思わなかった為に、二人とも大量MP消費魔法は自粛していたのだけれど。もはや、そんな事は言っていられない状況である。
しかし、何とこの天使魔法が状況を一変させる事に。天使の輪っかを頭に頂いたルリルリが近付いた噴火口は、火の玉の噴出を停止させる事が判明したのだ。
危険地帯から脱出したフィールドで、黙々とMP回復に努める瑠璃。
「火の玉止まったみたいっ、ちょっと休憩するね~」
「よしっ、瑠璃が休憩終わったら総攻撃開始するぞ!」
「了解ですっ、隊長! 今の内に、ポケットにSP回復薬入れておきますねっ!」
追い込みに向けて、着々と水面下で準備を進めるパーティ。2度目の炎の竜巻は、弾美の《闇の断罪》で辛うじて潰す事に成功した。その代わりにブレスを受けてしまい、ハズミンのHPは再び5割を切る勢い。
瑠璃の掛け声と共に、後ろから回復魔法が飛んで来た。弾美の体力を安全圏に回復させつつ、前衛に出張った瑠璃が細剣でのスキル技の一撃を喰らわせると。
天使の輪の効果だろうか、何と火の鳥が1サイズ縮小してしまった。バニッシュ込みの《Z斬り》は、敵ばかりか味方のど肝をも抜くダメージを叩き出す。
その代償として、天使の輪の効果が全て消え去って、フィールドは再び火の玉地獄に。
「わっ、わっ、火の玉が復活しちゃった、ごめんみんな~」
「いやっ、ボスはサイズが縮んでかなり弱ってる! 今の内に畳み掛けろっ!」
「了解ですっ、妖精の加護がある内に、連続スキル攻撃行きますよ~っ!」
美井奈の元気な突撃合図と共に、必殺の連続スキルが炸裂する。1段階前のサイズに戻されたボスの火の鳥は、完全に美井奈の遠隔攻撃に翻弄されてしまう。
闇の秘酒を注ぎ込んでの連続スキル技の敢行に、とうとうタゲすら取ってしまう美井奈。そこに畳み掛けるように、薫の追撃の《竜巻チャージ》からの《貫通撃》が炸裂。
弾美がポケットの補充をしている間に、敵は見る見る弱って行く有り様。瑠璃の水魔法での追撃が行われるに至ると、弾美は近付いておざなりに殴るだけで終焉となってしまう。
怒涛の追い込みは、完全に弾美の想像の上を行ったようだ。
凄いなぁとの弾美の素直な感想に、何となく誇らしげな女性陣。息もぴったりの戦術に、パーティの底力を見た思いだ。今日最初のミッション失敗のダメージも、既に完全に払拭されている様子である。先に待ち受ける最終ステージ攻略に向けて、頼もしい限り。
エリア排出の画面転換のあとに、報酬のドロップ報告がなされた様子。恒例のハイタッチを全員でしながら、今回のリングの性能にワイワイと意見を述べ合う一行。
エリア脱出を転移の棒切れで行うと、一同は中立エリアでしばし休息。
この戦闘の経験値で、瑠璃が33へとレベルアップした。戦闘よりも謎解きが多いイベントエリアのお陰で、経験値も入りにくくなって来ているのは確かである。
今回のエリアのドロップは、リングとグローブの他にも兜とマントがあったのだが。性能は微妙で換金リスト入りとなった。他にも、炎の神酒が人数分出たのは何かの洒落だろうか。
リングは薫が貰い、グローブは瑠璃が持つ事に。
――炎の特級リング 炎スキル+4、腕力+4、攻撃力+20%、防+4
――炎のグローブ 攻撃力+4、HP+14、時々炎獄効果、防+14
まだ時間があるならば、権利を取得した樹上の見学か、明日の時間短縮の為にタウロス族の集落に移動しておこうとの意見が出たのだが。弾美が確認に降りて伺うに、美井奈の母親が到着するまではまだ平気との事。
それなら明日の為にタウロス族の集落に行こうと、一同大急ぎで移動に取り掛かる。すっかり景色にも慣れたフリーエリアを横断しながら、絡んで来る敵は雑魚扱いで始末する。
何とか10分ちょっとで横断を終える頃には、時計も7時に近付いていた。
ログアウト後に、全員で手を洗ったりお皿を並べたりと夕食の準備を手伝う子供達。普段食事をしているダイニングのテーブルでは、とても人数分の席が取れないので。
リビングにテーブルを追加して、即席の宴会場を作り上げる年少組。弾美を先頭に、テーブルを物置から出して来たり、人数分の座布団を用意したりと忙しく動き回る。
美井奈も楽しそうに、お手伝いに駆け回っている。
大人達も賑やかに、談話しながら夕食の準備を進めているようだ。普段はあまり飲まないビールもテーブルにセッティングし、週末でもないのに本気で宴会モードのよう。
酢飯の入ったお櫃と具の取り揃えられた大皿が用意されて、何となく皆のテンションも上がって行く。他のおつまみ的なおかずもテーブルを賑わせ始める頃に、ようやく美井奈の母親が到着。
子供達がやんやの喝采をあげたのは、ようやく食事にありつく事が出来る為。
「遅れて済みません、ちょっとお土産を買いに寄ってたもので……遅れそうだったけど、手ぶらで来るのも気が引けたものですから」
「あらまぁ、そんなに気を使わないでいいのに。さあさあ、お入りなさい、子供達がお腹を空かせて待っているわよ」
「そうね、まずは食事を始めちゃいましょうか。恭ちゃん、音頭を取って頂戴」
相変わらず他人の家でも我が家振りを発揮する恭子さんに、律子さんも慣れたもの。ホスト役を早々に諦めた律子さんは、とにかく食事を始めてなぁなぁにする気満々のよう。
全員が着席するのを見計らって、恭子さんが食事の開始の合図。大人達はビールの満たされたグラスで乾杯をして、薫のグラスも一応大人仕様なのだが。
飲み慣れない飲み物を口にして、早くも顔が朱色の薫だったり。
場は巻き寿司の食事会に浮かれる年少組と、アルコールの力でハイ状態の大人組の2組に分かれ。薫は乾杯には付き合わされたものの、まずは空腹を満たすべく食事組に参加。
瑠璃と一緒に、弾美や美井奈の分の巻き寿司を作りながら、自分の分も調達するのだが。美井奈も作ってみたいと、嬉しそうに見様見真似でチャレンジする。
「お兄さんっ、どの具がいいですかっ? お姉ちゃまが食事中は、私が作りますよっ!」
「それはいいけど、お前酢飯を詰め込み過ぎだっ。海苔が破れかけてるぞっ」
「手作り感があふれてて、いい感じじゃないの? 大食いの弾美君専用っぽくて」
薫が笑いながら、会話で油断している隙に。薫の飲みかけのビールを、弾美が失敬して口にする場面も。弾美もあっという間に顔が赤くなり、薫同様にお酒に弱い事が判明した。
とは言っても、こちらの組もアルコールに頼らず賑やかで騒がしい食事風景なのは間違いなく。ある程度空腹が満たされるまでは、騒がしいほどオーダーが飛び交う羽目に。
ここでもお母さん役の瑠璃は、皆のオーダーにてんてこ舞い。
大人組は、最初はさすがの威厳で静かな談合から始まっていたのだが。恭子さんのピッチが上がるにつれて、つられる形で女性陣がグラスをどんどん空にして行く始末。
お酒を口にしていないのは、瑠璃の父親ただ一人。後で車で送って行く為と、元々お酒には強くないためなのだが。女性陣のピッチの早さに、やや頬が引きつっている様にも見受けられたり。
弾美の父親も、美人の美井奈の母親にお酌して貰って満更でも無い感じ。
「沙織さんも、結構いける口なんだな。向こうが荒れて来たら、あんまり近付かない方がいいぞ? 特に恭子さんに捕まったら、逃げれなくなる恐れが」
「そうだねぇ……律子さんくらいだよ、それを止められるのは」
「お母ちゃまがあんなに飲むの、実は初めて見ましたけど。明日も朝から仕事あるのに、平気なんですかねぇ?」
「むうっ、大人は付き合いで一杯って言葉があるからなぁ。薫っちを人身御供に、沙織さんを救出した方が良くないか?」
美井奈の言葉を真に受けて、顔を見合わせる年少組だったが。弾美の悪巧みに乗っかる格好で、年長の威厳を示しつつ薫がお酌係を買って出る事に。夕食をご相伴に預かった薫の、まぁせめてもの恩返しと言ったところだろうか。
同時に美井奈が、デザートの催促を母親にねだる作戦に打って出る。お土産に持って来たものが、スイーツなのをお見通しの上での年少頭の脳戦なのだが。
それが効を奏して、作戦通りに沙織さんがコーヒーの欲しい人の集計をして来る。年少組に混じって、少し申し訳無さそうな感じで瑠璃の父親も挙手して来たり。
瑠璃が席を立って、何故かお隣さんの家の台所をご案内。
「おっ、シュークリームだっ、美味しそう!」
「少しテーブルを片付けた方がいいかな? ハズミちゃん、ちょっと手伝って」
その手伝いには美井奈も参戦して、何とか母親を年少組のエリアに隔離する事に成功したよう。ホッとしつつも薫を窺えば、案の定恭子さんの話し相手から逃げ切れていない。
気の毒に思いつつも、コーヒーとシュークリームで食事を締めくくる甘党な面々。沙織さんも酔い覚ましに丁度良いといいつつ、その顔にはそれほど酔った形跡は窺えない。
どうやら体質的に、お酒の類いには強いようだと推測する年少組だけど。娘と弾美達の気遣いには気付いていたようで、そっと感謝の言葉を述べて来るのはさすがである。
それと同時に、向こうの大人達は明日は平気なのかしらと、そんな気遣いも。
「いいんじゃないの、あれはあれで。研究に行き詰まる度に、結構暴走する事あるから。恭子さんの研究スタッフチームは、そんな事じゃもはや驚かないと言う噂が……」
「そ、そうなの……職種は違えど、やっぱりどこも大変なのねぇ……」
「沙織さんは、どんなお仕事してるんですか?」
瑠璃も会話に加わって、こちらはこちらで話が盛り上がる。沙織さんの仕事は、ネット通販系の小さな会社なのだそうで、服飾から小物やファッションの分野を取り扱っているそう。
美井奈も時々、母親の手伝いでモデルとして活躍するのだと、本人的には大威張り。子供服などは、実際に着ている写真の物の方が遥かに売れ行きが良いそうで。
瑠璃も今度モデルしてみないかと誘われて、本人は動揺しまくりの場面も。
是非一緒にモデルをやりましょうと、美井奈あたりは明るくノリノリに誘って来るのだけれど。本人はかなり消極的で、とても自分には務まりそうにないと辞退の言葉。
しょっぱい奴だなと、弾美も幼馴染の消極性に呆れ顔である。モデルから連想する体型や顔立ちに、とても自分は当てはまらないからと、こんな時だけ饒舌に語りだす瑠璃だったり。
良かったら考えておいてねと、沙織さんはやんわりと誘いのモーション。
夜も良い具合に更けて来て、そろそろお開きなムードに。何しろ母親同伴とは言え、小学生が混じっているのだ。瑠璃の父親がテーブルから立ち上がり、美井奈親子と薫を送って行く構え。
恭子さんと律子さんは、まだまだ飲み明かしたい様子ではあるものの。それでも玄関先までお客様を送り出し、また今度ねとの挨拶を忘れない。何より久しぶりに破目を外した感に、二人の母親は大満足な様子である。
何となく引きつった顔の薫が、にこやかに会釈を返す姿が印象的かも。
子供達もお別れの挨拶を終えたのは良いが、瑠璃は残ってテーブルの片付けを始める素振り。なにしろ母親が腰を落ち着けて、帰る気配をちっとも見せないものだから。
仕方なく弾美が手伝いながら、瑠璃が洗ったものをふきんで拭って食器棚に戻して行く作業をこなし始める。隣の瑠璃がモジモジしているのに、気付くくらいは近い距離で。
不審に思った弾美は、瑠璃の顔色を窺ってみるのだが。
「私……モデルって柄じゃないよねぇ、ハズミちゃん?」
「お前……まだそんな事考えてたのかっ、アホだなぁ」
「だって、やっぱりねぇ……私は美井奈ちゃんとかと較べると、地味だと思うし」
ここでお前は奇麗だよなどとは、口が裂けても言えない弾美は。困った顔付きで視線を彷徨わせたついでに、隣から成り行きを覗いている親達の顔を発見して真っ赤に。
ヒューヒューと冷やかしの声が掛かるにつけ、瑠璃も恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。お母さんは飲み過ぎだから今日は帰ろうと、瑠璃の言葉もいつになく恨めし気。
――そんな感じで、今夜は様々な波紋を呼んだ食事会だったり。