♯18.5 大学敷地内見学!
「ジェル1個カバンにあるよ、美井奈ちゃん。ハズミちゃんに内緒で使っちゃおう!」
「思いっ切り聞こえてると思うけど……炎の術書は無いかな、瑠璃ちゃん? 出来れば、炎のブレスを強化しておきたいんだけど」
「あ~っ、前はいっぱいあったんですけど。ギルドで融通し合って、今は2枚しか無いなぁ……はいっ、薫さん。指南書もあるけど、使いますか?」
「ん~、私は炎の術書だけでいいや。ありがと~♪」
通信に忙しい弾美にそれとなく窺った結果、瑠璃と美井奈で使っても良いとの言葉だったので。ここぞとばかりに貯まっていた術書や指南書を消費する女性陣。
結果、瑠璃の細剣スキルが50に達し、新スキル技の《Z斬り》を覚える事に。突き技程には強烈では無いが、安定したダメージとスタン効果が望めるらしい。
これでダメージのほとんど無い《麻痺撃》に頼らずに済むかもと、瑠璃は大喜び。
美井奈も同じく新しいマントの融通で、新雷魔法の《スパーク》を覚える事となった。その結果として指輪とマントを再び固定化してしまったが、それは弾美にはナイショである。
新魔法の効果は、一言でいえば自分の周囲に放電効果なのだが。範囲の攻撃魔法と言うよりは、自分の周囲に待ち伏せのトラップ的な使い方も出来てしまう魔法である。
もちろん、囲まれた際に使えば、立派な範囲攻撃を期待出来るのだが。
「さてとっ、あと1時間だからもう1箇所は廻れるかな? どこへ行こうか?」
「次はやっぱり、裏エリアでお姉ちゃまの装備取りが良いかと! 順番的にもですが、ここは譲れませんよっ!」
「私は本当は、妖精のクエを進めたいんだけど……流氷装備取りでもいいよ?」
美井奈の勢いに押される格好で、瑠璃も裏エリアに1票を投じて決定の流れに。薬品類を買い足して闇市に移動して、女性陣の準備はばっちり完了したのだが。
肝心の弾美が、なかなか戻って来ない。瑠璃がログをチェックすると、器用な事にサブマスの進と、マリモの店長と、さらには他のギルマスのメグミと同時会話をしていた。
いつの間にやら、部屋の全員が弾美のモニターの会話の流れを注視している。マリモの店長は知っての通りに、地上に達する前に敢え無く資格を喪失したそうで。
メイン世界からの通信で、しきりに続きの内容を教えてと弾美にせがむものの。
弾美はまた今度ねと無視モード。
高校生女性ギルドのメグミはと言えば、順調に3パーティに別れて情報を交換しながら進めていたらしいのだが。パーティの1つがイベントエリアで全滅。時間制限に引っ掛かってしまったらしく、奥のエリアに進むにつれ難しくなると教えてくれている。
メグミ本人のパーティは、相変わらずの遠回りモードらしく。弾美達と大体同じルートを進んでいるよう。ただ、木の葉は6枚集めているので、弾美達よりはペースは早いようだ。
上手く行けば、メグミチームも明日辺りに地上エリアをクリアしそうな勢い。
進のチームは、色々と試行錯誤があったものの。4人の装備をある程度固めて、イベントエリアをクリアしてしまおうと言う作戦に落ち着いたらしいのだが。
4つ目のエリアと5つ目のエリアで1回ずつ全滅して、もう少し力をつけようと逆戻り。裏エリアで修行したり、金のメダルを捜し求めたりと、現在はそちらに時間を使っている様子だ。
気が付けば、進のキャラはハズミンの隣に立っていた。
「うわ~っ、何だかみんな、イベントエリアの4つ目以降で苦労してるみたいだねぇ……」
「そうですねぇ、薫さん……あっ、ハズミちゃん。いらない武器や装備を、今の内に渡しておいてもいいかな?」
「おうっ、そうしてくれっ。メダルやロウソクは、さすがに渡せないかなぁ」
「余るんならいいけどねぇ、まだちょっと分からないねぇ」
同じギルドメンバーの苦戦振りに、女性陣もちょっと心配そうではあるのだが。こちらもすんなり行きそうかと問われれば、心許ないと答えるしかなく。
瑠璃のトレードに、進は感謝の素振り。ギルド会話に切り替えて、皆にお礼と励ましの言葉を送って来る。そっちも頑張ってね~と、華のある返答が束の間湧き起こって。
そんな訳で、ようやく弾美の通信も一段落つき。皆で闇市に移動の運びに。
「おっ、行く場所は裏エリアでいいんだな……今度はどこだっけ?」
「お姉ちゃまの装備ですよっ、えぇと……流氷でしたっけ?」
「そうだねぇ、チケット買うよ、ハズミちゃん?」
「おうっ、腹減ってきた。さくっと済ませて昼飯にしよう!」
その言葉に、美井奈が笑いながら弾美を見る。今日は大学の学食にお昼は寄る予定なので、差し入れの類いは持って来ていない。母親も、弾美の食欲旺盛振りには驚いていた。
それはともかく、裏エリアにインした一行は。まずは恒例の謎解きからだと、売っているアイテムと方角をにらめっこ。薫が情報ノートを読み上げながら、手掛かりを一行に指し示す。
瑠璃が小首を傾げて、即座に答えを導き出した。
「地面の無い大地に在りって言うのは、北極の事かな? 南極はちゃんと大地があるから」
「お前は相変わらず、問題を簡単に解くなぁ……つまらん。じゃあアイテム買ってくれ」
「何をお姉ちゃまに、いちゃもんつけてるんですかっ! 素晴らしい頭脳明晰振りじゃないですか」
「そうだねぇ、じゃあ北の方角に『永久氷土の欠片』でいいみたいだねっ」
薫がノートに書き込みながら、問題の解答の最終チェック。褒められているのか貶されているのか良く分からない瑠璃は、恐縮しつつもアイテムを購入して北の台座にトレード。
視界が暗転し、一行が転移したのは氷の平原。
寒々とした景色が一面に広がる景色のそこは、確かに氷の平原だった。ひときわ目立つのは、一行の隣の段々の山だろうか。3段構成になっていて、やはり氷で出来ている仕様らしい。
建造物のようにも見えるが、ぱっと見入り口や階段はどこにも見当たらない。山の周囲には松明が等間隔に設置されているが、今のところ炎は一つも灯っていない。
敵の姿は……遠くにちらほらあるようだが。
「ここは、北極? うわっ、空のオーロラ綺麗ですねっ!」
「北極かどうかは知らないけど……ここで俺達はどうすればいいんだ?」
「ルールが分からないとねぇ、動き様が無いよ?」
「そういう時は、妖精に聞けばいいんですよっ! イベントエリアでもそうでしたよねっ?」
ところが妖精は、助言をする所ではなく。呼び出された途端に、さむっ! と一言、止める間もなくカバンに戻ってしまった。意気揚々と実行した美井奈は、完全にフリーズ状態。
それを見ていた弾美はケラケラと笑い出し、美井奈は完全にむくれてしまう。獅子身中の虫とはこの事かと、薫は味方の中に羽根付きの敵を見た思いなのだが。
手掛かりは無いものかと、薫が松明を調べてみると。
案外と簡単に、火種をトレードするようにと指示が返って来た。その火種はどこかと周囲を見回すと、なんとなく遠くのフィールドに、炎の揺らめきらしき物が見えている。
薫がそう口にすると、弾美が松明の数をざっと数え出した。美井奈も渋々、弾美に《俊足付加》を掛ける。スキルが30に到達したために、他人にも掛けられるようになったのだ。
瑠璃も戦闘に備えて、皆に強化を掛け始める。調子に乗った美井奈は、とうとう全員に俊足魔法を掛けてしまった。それではと、魔法を貰った薫は率先して偵察に出る。
弾美は8つ松明を確認、遠くに炎が見えたから取ってくると報告。
「あれっ、私も違う所目指してるけどいいのかな、弾美君?」
「時間節約でいいんじゃないか? ってか、どう考えても火種が足りない気がするんだけど」
「他にも取得手段があるのかも……ん~、敵のドロップとか?」
「な、なる程っ、さすがお姉ちゃまっ! 試しに何匹か釣ってきましょうか?」
弾美が美井奈の提案に、すかさず待ったを掛ける。薫の画面と見比べて、近くに敵がいないかチェック。薫の目指す炎の近くには、トドの顔の獣人が何匹かたむろしていた。
弾美は獣人なら、持っていても落としやすいだろうと想像を口にする。薫は了承して、近くの炎をチェック後に《炎のブレス》で数匹引き抜いてダッシュで戻りに掛かる。
炎はチェック後、呆気なく消えてしまった。その代わりに火種をゲット。
やっぱり、どう考えても火種は足りそうに無い。瑠璃達のいる拠点を目指しながら、薫が心配そうにそう口にする。弾美も1つ、別の場所で入手に成功したようだが。
俊足を飛ばして皆の待つ拠点へ。戦いは既に始まっていて、敵はなかなかに手強そう。
「ぽつぽつと敵の拠点もあるみたいだな。ちょっと散らばって、炎を探し回るのは危ないかも」
「わっ、マップ画面は使用不可だって、ここ! ……山を見失ったら、ちょっとピンチかも?」
「えっ、マップ見れないんですか、お姉ちゃまっ? それは……迷いそうで怖いですねぇ」
呑気に会話などしつつ、弾美もようやく戦闘場所に合流。ガシガシと敵を殴り始めて、殲滅の手助けに掛かるのだが。氷のブレスやスケートチャージなど、敵の特殊技も氷系の変わった物が多くて、咄嗟の対応に手間取ってしまう面々。
それでも3匹目の敵が、案の定の火種をドロップする。瑠璃の背中をバシバシ叩いて、弾美は見事な推理を労うのだが。4匹目は中ポーションしか落とさず、ドロップ率は微妙。
パーティは、ここで作戦会議。危険を承知で遠出をするか、このまま敵を狩り続けるか?
氷の山が見える範囲で、取り敢えず時計回りで周回してみようとの意見が薫から出た。それならば、自分達の位置を見失う事も無くて済むので安全だ。
さすが年長者、良い案だとの皆の支持の元、氷の平原を歩き出す一行。先程、薫が獣人の群れを見つけた場所をまず目指す事に。トド顔の獣人は、まだ結構な数いるよう。
早速の遭遇に、勢い付いて倒しに掛かるパーティ。
時間はそれなりに掛かったが、敵の殲滅には取り敢えず成功した一行。しかし、獣人を6匹倒して火種のドロップがたった1つなのには、完全な期待外れと言うしかない。
移動しながら話し合うパーティ。これって意外と大変かも?
「あっ、でもそこの丘に4つ炎が……ああっ!」
「えっ、うわっ、変な敵が今炎を消したっ!?」
パーティが視野に入った途端、4つの炎の中央にいた敵が順々に炎を消しに掛かり始める。絶叫しつつも、遠隔範囲に入るなり攻撃を仕掛ける美井奈であった。
幸い、消された炎は1つで済んだのだけど。のそのそと動くそれは、どうやら白熊の獣人に見受けられる。やたらと上半身ががっしりしていて、手には槍とか棍棒を持っている。
そして、やっぱりやって来たスケートチャージ。美井奈の絶叫は続く。
トド顔の獣人より、戦った感触は遥かに強かった白熊獣人。敵は2匹のみだったお陰で、程なく倒し切る事に成功して。ドロップにも火種が出て来て、ここで何と8個揃ってしまった。
これはラッキーと油断していた訳ではないが。急な襲撃は、何と氷の下から。
「わっ、わっ、何っ? サメのヒレが見えた気がっ!?」
「ってか、今ので美井奈喰われたろっ? ヒレを殴れっ、美井奈が死ぬっ!」
「わ~っ、私が一人で離れて立ってたからっ? 狙われるのはいつも私ですかっ!」
「わっ、イソギンチャクが氷の下から生えて来たっ? 挟み撃ちだよっ、ハズミちゃんっ!」
瑠璃が慌てて指摘する通り、一行のすぐ近くに巨大イソギンチャクが出現して来た。そんな事より美井奈の救出が先だと、弾美がヒレにようやく近づいて一撃を見舞う。
ようやく救出された美井奈はともかく、安心する暇も無く姿を現した敵と対峙する一行。それは海のギャング、シャチだった。どことなく凶悪なフォルムに、強そうなのは分かるのだが。
瑠璃が咄嗟に氷魔法で、離れた場所のイソギンチャクを足止めする。四人で一斉にシャチへと向かうパーティだったが、イソギンチャクの足は元々遅いようだ。
合流前に何とか数を減らそうと、皆の削りに力が入る。
巨大シャチの呑み込み技を、新スキルの《Z斬り》で発動阻止しまくる瑠璃。何となく誇らしそうに、そのスキルを放つ度に掛け声を掛けて自己アピールに余念がない。
負けじと恨みの言葉を放って攻撃参加しているのは、その隣の美井奈だったり。何度呑み込めば気が済むんですかと、ひたすら自分の境遇を嘆いているのだが。
呆れて気が抜けた訳ではないが、まずは薫が尾ヒレの餌食に。撥ね飛ばしの特殊技で、遥か彼方に飛ばされてしまって。停止後、大慌てで氷上を戻ろうと駆け出すのだが。
さすが氷の上と言うしかない。普段の倍は距離が出ている。
次いでの特殊技はマシンガン弾で、範囲に氷の飛礫が飛んで来る大技だった。サメと戦った時は、確か小判ザメの魚雷だったが、海のギャングはそれを上回っているよう。
強烈な攻撃は、後衛の美井奈まで届く有り様。少なくないダメージを喰らって、後衛ばかりか皆が大慌て。回復を飛ばそうとした瑠璃に、さらに不幸が襲い掛かる。
巨大イソギンチャクの麻痺魔法と、次いでの水弾で畳み掛けられ大ピンチ。
「わ~っ、いつの間にかイソギンチャクが来てたよっ! 麻痺になってHP半減しちゃったっ!」
「平気ですか、お姉ちゃまっ! 今コイツのタゲ取りますねっ!」
「薫っち、早く戻ってこいっ! シャチあとHP4割だっ!」
「ごめんっ、普段の倍も飛ばされたっ。今戻るねっ!」
美井奈が素早くイソギンチャクのタゲを取って、マラソンの準備に取り掛かる。何とか万能薬で麻痺を回復した瑠璃が、皆のHPを急いで回復して行く。
四人での行動も随分こなれて来ており、混乱から回復するのも素早くなって来た感があるのだけれど。薫がようやく戦線復帰して、スキル技で容赦なくラストスパートに参加する。
最後のシャチの連続特殊技も、何とか大事には至らず。程なく削り切りに成功。
足の遅い巨大イソギンチャクは、美井奈の遠隔のいいカモだった。弾き飛ばしの複合スキル技で結構なダメージを与えて、マラソンしつつも弱らせていたようで。
お陰で、弾美がタゲを取り戻すのに相当苦労をしたものの。美井奈は反撃の《ウォータースピア》にヘロヘロになりつつも、安全圏へダッシュで逃げ切る。
水魔法の熾烈な攻撃も、弾美と瑠璃で華麗にスタン防御。麻痺に苦しめられつつも、大物モンスターの2匹目も何とか撃沈に成功。お楽しみのドロップは、薬品が数点のみ。他にはシャチから業火の種火を、イソギンチャクからは普通の種火をゲット出来た。
違いはあるのかと、訝る一行だったが。取り敢えず、戻って試してみる事に。
炎を8つの松明に灯して行く作業は、割と滞りなく進んで行った。各自持っていた種火を順次トレードして行くと、やがて氷の山に覿面な変化が起こる。
美井奈が山のこっち側に通路が出来たと騒ぐので、皆が集合して覗き込んでみると。透明で真っ直ぐな通路が、山の中央まで続いているのが見て取れた。
一行が注意を配りながら進んで行くと。中は円形の部屋になっており、宝箱が6つ並べておいてあった。嬉々として皆で開けて行くが、ほとんどが消耗品の品揃え。
氷の蜜神と氷の術書、氷の水晶玉と闇の秘酒、大エーテルと2万ギルという結果に。
「ここまで15分くらいかな? 目当ての装備は……もっと上かな、多分?」
「ふむっ、確かに上に上がる階段があるな。行って調べてみるか」
「氷の部屋って、ちょっと面白いねぇ……寒そうだけど」
「そうですねぇ、でも私は寒いの苦手ですから、住みたくは無いですねぇ」
上に続く螺旋状の階段は、外に向かう通路に続いていた。外と言っても山の中段の外周の棚段で、下と同じく等間隔の松明が掲げてある。無論、どれにも炎は灯っていない。
仕掛けがようやく飲み込めた一行。上を見上げると、もう1段上に誇らし気に大きな松明とその中央に宝箱が見える。薫が中段の松明の数は5つだと報告して来た。
やれやれまた種火集めだと、一行は氷原を目指す事に。
「ええと、どこまで進んだんだっけ? さっきのシャチが出て来た場所、誰か覚えてないか~?」
「んと……こっちだったかなぁ?」
「確か、そんな感じかな? まぁ、大きくは間違っていない筈っ!」
瑠璃の指し示す方向に、薫が太鼓判を押す。それではそちらに向かおうと、美井奈が率先して歩き出し。こんな開けた場所だと、目印が無くてかえって大変だと愚痴をこぼしてみたり。
確かにそうだと、弾美も一応の同意を示す。メイン世界には、間違ってもこんなエリアは存在しない。手抜きとも言われかねない斬新な作りではあるが、時間制限があるのに迷子になるのは洒落にならない罠かも。
前方に、ようやく敵の群れ。今度はペンギン顔の獣人らしい。
敵も同じ位にこちらを見付けたようだ。近付いた際の一斉のスケートチャージは、一見の価値はあったのだが。喰らったダメージは洒落にならない値。美井奈は慌てて距離を取る。
後衛の杖持ちのペンギン獣人が、足止めを喰らった一行に呪文を唱えて来た。ド派手な範囲魔法の《アイスクラック》は、チャージの後では深刻なダメージである。
瑠璃など3割までHPを減らしてしまい、大慌てで回復を唱えている。弾美は強引に、複合スキルで前衛ペンギンのタゲ取り。薫が杖持ちペンギンの魔法の追撃を潰しに向かう。
それと同時に、何故かタゲを取った筈の前衛ペンギンが猛烈に引き返して行く。まるで薫の後を追うような素振りに騙されて、慌てるパーティだったのだが。
実際は巧みな距離取り行為、2度目のチャージは弾美一人に集中する結果に。
「うぎゃっ、やばいっ、こいつら知能犯だっ!」
「わ~っ、HP残り2割じゃないですかっ、隊長しっかりっ!」
「見掛けの可愛さに惑わされちゃ駄目みたいっ、こいつら白熊より強いかもっ!」
パニック状態のパーティ会話。フリッパーでの連続攻撃も、ガードが間に合わない程回転が速く、チョー危険な相手のようだ。しかも前衛は5匹もいるのだ、ピンチはまだまだ続く。
瑠璃の回復と薬品使用で、何とか命を繋いでいた弾美だったが。複合スキル使用で《竜人化》を解いてしまったのは痛かった。今は《シャドータッチ》で、何とか合間のHP回復のみ。
詠唱の長さが違うので、戦闘中の《竜人化》使用はまず無理なのが痛い。それでも瑠璃と美井奈の支援で、ようやく1匹目が氷の大地に倒れ去る。
それと同時に、逃げるように距離を取ろうとするペンギンズ。追うハズミン。
そう何度も、強烈な特殊技を受けてやる必要も無い。適度に距離を置いて、合間に《竜人化》を掛け直す。敵はチャージの距離も、魔法を潰す事も出来ずにオタオタ。
すぐ近くで、薫と杖持ちペンギンが死闘を繰り広げていた。風魔法のサイレンスは、敵の魔法を阻むと言う、割とポピュラーな弱体魔法なのだが。誰も覚えていないのが地味に痛い。
瑠璃と美井奈もすぐに追いついて、HPの少ない敵を仕留めに掛かる。3匹に減らしてしまえばかなり楽だと考えていた矢先、杖持ちペンギンが弾美も巻き込んでの氷のブレス。
侮れないと舌打ちの弾美。しかし、離れるとチャージが来てしまう……。
お返しの薫の《炎のブレス》は、結構な見ものだった。思いっきり弱点属性だったため、ペンギンの群れは大騒ぎ。それに付け入って、さらに美井奈が1匹撃墜に成功する。
固まった事は、敵にもマイナスだったようだ。薫、さらに容赦無くブレスの追い討ち。
これがきっかけで、ペンギン顔の獣人は総崩れ。敵の悪知恵が、反撃の呼び水になってしまうという顛末に。何はともあれ、一行は戦闘終了後の休息とポケットの補充。
6匹の獣人からの火種のドロップは3つ。まずまずの結果だが、5つには足りない。
「これで火種は4つかな? 道を開くには、あと1つ足りないね~」
「業火の火種ってのは、1つでいいんですか? 大きい敵しか落とさないんですかねぇ、これ?」
「それは一番上で使うのかな? 頂上の松明、ちょっと大きかった気がしたけど」
ヒーリングしつつ、色々な推論を述べる一同だったけれど。取り敢えず、敵を探すか炎を探すかしないと謎解きが進まないのは、導き出された確定的な事実である。
回復を終えると同時に、再び元気に進み始める一行。程無くして、次の敵は向こうから来てくれた。しかも、パーティが注意を全く払っていなかった空中から。
パラシュートで降りて来るペンギン顔の獣人と、浮遊するクラゲ。インパクトは大。
「うわっ、クラゲでかっ! あれも敵か?」
「ど、どうだろう? うわ~っ、今回は杖持ちペンギン多いなぁ」
「作戦としては、魔法は使わせない方向かなっ? 氷魔法強烈だもんねっ!」
「わっ、わっ、クラゲもやっぱり降りて来ちゃいそうですがっ!」
今回は、薫の《炎のブレス》頼りの作戦が良さそうだと。弾美の指示で、各所に落ちてきた杖持ちペンギンを一箇所に集める作業を始める一行。段美の《上段斬り》で魔法を封じて、瑠璃もそれを手助けして行く。
その間美井奈は、率先してクラゲの散歩に。
クラゲが奇妙な光り方で怖いと、美井奈は先程のマラソンみたいな余裕は無いよう。一方、ペンギンの相手をしているチームは、単発の氷魔法や氷のブレスに苦労しつつも。
薫の反撃のブレスで、さっきの戦闘よりも追い込みはずっと速い感じなのは作戦通りか。瞬く間に1匹、2匹と敵の魔法使いペンギンの数を減らして行くのだが。
美井奈がクラゲが分裂したとの慌てた報告。モニターを見るに、確かに数が増えている。
「こっちあと2匹だよっ、美井奈ちゃんっ! 何なら増えたクラゲ、引き抜こうか?」
「まだ光ってますけど……ってか、増えたクラゲは種類が違うみたいですよ?」
「ん~、分裂というより召還かもなぁ……美井奈がタゲってるクラゲ、HP減ってるから」
なる程、確かに最初の釣る際の攻撃以外していない筈なのに、大クラゲは8割程度までHPを減らしている。さらに光ったかと思うと新たなクラゲが宙に湧き、大クラゲのHPは6割まで減。
新しく湧いたクラゲは、平べったい形状と違って、ちょっとずんぐりしていてより不気味に見えるような。弾美はここで、ちょっと嫌な予感を感じ始めてしまう。
ひょっとして大クラゲは攻撃能力が無い代わりに、召還能力だけあるとしたら?
「美井奈……大クラゲは他のリアクションしてくるか? ひょっとしてコイツ、攻撃能力ないのかも知れない……」
「ええっと……そう言えば、光ってばっかりの気が……」
「……わっ、次の敵を呼ぶ前に倒すねっ!」
大慌ての瑠璃が魔法での攻撃範囲に到達していた時には、一足ばかり既に遅かったよう。3匹目の巻貝付きの何かが召還されており、大クラゲのHPは4割まで減っていた。
つまりは、後2匹は呼ぶ体力があるのかも知れないと、瑠璃は水の魔法で大クラゲを弱らせて見るのだが。一人のパワーでは大物の体力を削り切れる訳も無く。
美井奈と協力しても、5匹目を防ぐのがやっと。
使命を果たした大クラゲは、シワシワの姿でしばらくは宙を漂っていたのだけれども。やがてフッと掻き消えて、2セットのクラゲと巻貝の礎となった事に満足した様子。
弾美と薫はペンギン顔の獣人を倒し切り、ドロップも中ポーションや火種も2つと上々。もう火種は揃ったし、これ以上は無駄な戦闘な気がしないでもない一行だったり。
さっさと戻りたいのだが、美井奈のタゲが切れていない。
「美井奈、そのままずっとマラソンしてろ。俺達ちょっと中段の仕掛けをクリアして来るから」
「嫌ですよっ、そんな仲間外れはっ! みんなでさっさと倒しましょうよ、この変な敵!」
「ん~っ、見た事の無い敵が多過ぎるよねぇ、この限定イベントってば……どんな攻撃して来るのかなぁ、コイツ等?」
「ハズミちゃん、意地悪しないでみんなで倒そうよっ! ……私もお腹空いてきた」
瑠璃の言葉に、弾美は思わず吹き出して笑い始める。つられて皆も笑い出し、場は一転和やかなムードになるのだが。どっこい、始めた戦闘は熾烈なものに。
巻貝は自分では動けないのか、ずん胴クラゲに抱えて貰って宙を移動している。弾美が試しに挑発魔法を掛けると、そいつは物凄いリアクションで対応して来た。
氷上に落とされた巻貝は、アンモナイトに変形。触手でハズミンを巻き取りに掛かる。
咄嗟にブロックしたものの、敵の触手は弾美を向こうの有利な陣地へと引き寄せるのに成功したようだ。頭上のずん胴クラゲからの放電攻撃で、孤立したハズミンは途端にピンチに。
慌てて駆け寄った薫は、巻貝の側面から槍での攻撃のサポートをするのだが。滅茶苦茶硬いと悲鳴をあげて、慌てて正面へと位置取りを変更する破目に。
重なると範囲攻撃が怖いのだが、そんな事も言ってられない。
待ってましたとばかりに、墨を吐き出すアンモナイト。前衛ズは悲鳴をあげて、急に暗くなった視界越しに苦戦を強いられる。感で適当に殴りつつ、硬い防御に舌打ち。
なるほど、貝の部分は非常に硬い。これがアンモナイトの必勝戦法らしい。
一方、回復で支援していた瑠璃なのだけれど。弾美にずん胴クラゲの支援が不気味だと言われ、魔法で独力削りに掛かってみる事に。案の定の回復呪文がクラゲから発されて、一同は再度の悲鳴をあげる。
破れかぶれでの薫の《パラライズ》が、何とか掛かってクラゲは麻痺状態に。呪文の詠唱も中断され、薫も皆も安堵のため息。雷属性同士で、掛からないかと思っていたのだが。
弾美は今の内にと、ずん胴クラゲから屠る指示を出す。
弾美の《風の鞭》からの《トルネードスピン》が、いきなり強力にずん胴クラゲにヒット。大きくHPを削って行く。クラゲの位置が丁度巻貝の真上なので、距離を取りやすい事もあるのだが。
続いて薫の範囲ブレス攻撃に加え、最後は弾美の《シャドータッチ》と瑠璃の《ウォータースピア》で、邪魔なずん胴クラゲは早くも沈没。どうやらHPは少なかったようだ。
その途端、巻貝に異変が。急に引っ込んだかと思ったら、次に出てきたのはヤドカリ。
「わっ、なんだ……? どんな構造してんだ、コイツ!」
「中でイリュージョンが起きたのかなっ? 変な敵だね~」
「何があったんですかっ? そろそろマラソンも飽きて来たんですけどっ!」
美井奈の言い分も、確かにもっともではあるのだけれど。今度のヤドカリモードは、削り能力に長けているようである。鋏での連続攻撃は、容赦ない回転速度で弾美にヒットする。
防御魔法で硬くなっているとは言え、侮れないパワーに弾実も必死に盾防御。反撃を柔らかい場所に集中して、正面からのガチの殴り合いはなおも続く。
結果は、数に勝るパーティの勝利。3度目のイリュージョンは見られず。
ここまで来たら、2セット目もほぼ楽勝パターン。何しろ今度は、遠隔のエキスパートの美井奈も削りに参加出来るのだ。ずん胴クラゲ→巻貝の順で息を合わせて一気に片付けて行く。
この戦闘で、薫がレベル29に上がった。お祝いムードの中、ドロップ報告は業火の火種が1つと普通の種火が2つ。これで中段の仕掛けは平気だろうと、一向は再び氷山を目指す。
マラソン騒動で迷いかけたが、何とか目的地は見失わずに済んだよう。
それからパーティは、氷山の中段に登って5つの松明に炎を灯して行く。仕掛けは今度も順調に作動して、美井奈が斜面の氷が溶けて階段が出来たと報告して来た。
皆が集まると、確かに見事な階段が山の斜面に出現している。そしてお待ちかねの宝箱が、これ見よがしに階段の中央の踊り場に、3つ行儀良く並んでいた。
中からは氷の術書とカメレオンジェル、お金が4万ギル出て来た。
「わ~いっ、お金が増えたね~、かなり有り難いよっ!」
「そう言えば、さっきの宝箱から変な薬品出ませんでしたか、お姉ちゃま?」
「氷の蜜神の事かな? これは、MPをちょっとずつオート回復してくれる飲み物だねぇ」
「メイン世界でもあるけど、合成でしか作れないから高値だよな。薫っち、上はどんなだ?」
「大きな松明が3つと、氷の中に宝箱が1つ……これが最終装備みたいっ!」
一応、普通の火種を試しに使ってみる弾美だったが、小さ過ぎて火がつかないとの返答。裏エリアにインしておよそ30分、まだまだ時間はあるとは言うものの。
あと一つ、業火の火種が足りないようだ。持っていそうな大物を倒すしかないと、弾美は取り敢えず指示を出すのだけれど。雑魚は無視していいのかと、美井奈が意味深に質問して来る。
どうやら、あとちょっとでレベルが上がるらしい。
「分かったよ、好きなだけ釣って来い、美井奈」
「ま、まぁボス級の経験値でも上がりますから、別にどっちでもいいんですけどねっ!」
「ても、ここの雑魚はほとんど薬品系を落としてくれるからいいよねぇ?」
瑠璃も何となく幸せそうに、言葉を足して来る。パーティの財政を預かっている手前、財布の紐は緩めたくないらしく。無駄な出費はなるべく避けて、現地調達が望ましいと言わんばかり。
確かに、実際は4人分の薬品代金もバカにならない。1エリアにつき、だいたい今は1万ギル程度、どうしても掛かってしまうのだ。1日平均2エリアは冒険するので、パーティで2万ギル以上。実際は、余程激しい戦闘で無い限りは使い切らないのだが。戦闘が激しい時には、足りなくなる事もあったりするし。
武器防具の修理代や、矢弾などの消耗品も言うに及ばす。
クエストの報酬や、要らない防具を売るなどして、苦心してお金を捻出している中。瑠璃にとっては、このエリアの雑魚はとっても懐にも環境にも(?)優しいエコ具合である。
そんな訳で、氷上を敵を求めて歩き回る事となったパーティ一同。時間の限り、火種が揃うまで狩りまくる事となって、釣り大臣の美井奈も大張りきりな様子である。
早速のトド顔の獣人を見つけ、敵のチャージが来る前にご案内。
大物に出会うまで、実に10分近く掛かったであろうか。逆に、美井奈の矢束代の心配をしてしまう瑠璃だったが、お陰で薬品の補充はホクホクの結果だった。
そして見付けた肝心の大ボスは、いつか見た雪だるまだったり。大きな図体は、キャラの4倍以上。下の身体に空いた空洞から、次々と雪ウサギを生み出している。
さらに、両脇にアイスゴーレムを2体抱え、動けないカバーをしているつもりか。
「雪ウサギとはちょこざいなっ、薫っち、やってしまえっ!」
「らじゃーっ!」
嬉々として、芝居じみた台詞回しで雑魚を一掃する薫。雪ウサギが範囲に入ると《炎のブレス》で焼き討ちに。冗談抜きに、次々と一撃で倒されて行く雑魚たち。
アレッという表情は、逆に弱すぎる敵に不審感を覚えたせいなのだが。続いての雪だるまのブリザードと、アイスゴーレムの突撃に考える暇も無く対応に追われるパーティ。
ここでも薫のブレスは大活躍するのだが。敵の攻撃をステップで避けようとして、薫はようやく異変に気付く。何と、キャラの足が凍り付いて固まっている!
そして喰らう再びのブリザード。範囲攻撃喰らいまくりである。
先程倒した雪ウサギの仕業だと、皆が気付いた時にはもう遅い。雪だるまは大クラゲと同様に、召喚専用+範囲魔法付きのボスモンスターらしい。何とかアイスゴーレムを倒したのは良いが、次なる雪だるまの召喚を止める手立てが無かったり。
ついでのように、召喚の合間に範囲氷魔法を撃って来る極悪さの雪だるま。瑠璃は回復に大わらわ、しかもルリルリまでが氷漬けで動けない仲間状態である。
召喚1体目、満を持して出現。まずは巨大なペンギン顔の獣人のよう。
「美井奈っ、強化全部掛けて雪だるまのHPを削ってろっ! 湧いた敵はこっちで処理するから」
「了解です、隊長! 範囲魔法も私が受けた方が、被害が少ないですよね?」
「お願い、美井奈ちゃん~っ、さっきから回復してばっかりだよ~っ!」
瑠璃の悲鳴も当然と言えば言えるほど、ブリザードの被害は甚大である。その度に《波紋ヒール》で回復を行うのだが、MPはどんどん減って行くばかり。
そして新たな敵は、固まっているパーティをボーリングのピンに見立ててのスケートチャージ。強烈なダメージを受けたが、お陰でやっとこさ皆が動けるように。
次いでのフリッパー攻撃に、やっぱり瑠璃は回復支援。
《シャドータッチ》からの反撃に、ようやく負のサイクルから抜け出せそうなパーティ。美井奈も雪だるまに猛チャージを仕掛けて、あっという間にタゲを取ってしまった。
2箇所での熾烈な争いは続き、均衡は微妙な感じになっている。今回の獣人はボス補正が掛かっているのか、かなり手強い仕様で簡単に片付けると言う訳にもいかない。
それを崩そうと、雪だるまが新たに召喚を仕掛けて来る。お腹の穴が鈍い光を放って、美井奈が絶叫を上げて阻止出来ないもどかしさを伝えて来るのだけれど。
2体目は白熊顔の獣人。よりマッチョな体躯が、いきなり咆哮を仕掛けて来た。
「あ~っ、頭にくるっ! 薫っち、雪だるま壊すの手伝ってやって。瑠璃っ、白熊連れて凍らせて戻って来てくれっ!」
「ほいほい~っ、スタン解けるの待ってね~っ」
咆哮のスタン効果は、パーティ全員に及んでいたりして。その代わりと言っては何だが、召喚の代償で雪だるまのHPがようやく3割を切っていた。
薫が武器の耐久度を減らしての《貫通撃》を雪だるまに見舞う。これであと2割。
瑠璃の釣りからの足止めは、取り敢えず上手くいったよう。白熊は、咆哮すら届かない距離に取り敢えずの置き去り。回復役の戦線離脱はこの上なく痛いので、瑠璃が戻って来た事でパーティに安心感が。
白熊が戻って来るまでが勝負とばかりに、一行は最大スキル技での応酬に踏み込む。大ボスの雪だるまは、最後の抵抗に雪ウサギを数体生み出して儚く溶けて行った。
雪ウサギは美井奈の遠隔に任せ、二度目のバカを見ない内に弾美に合流する薫。
ペンギン顔の獣人も、残りのHPは3割を切っていた。格闘タイプなのか、飛び蹴りや回転クチバシ落しなど、そっち系統の技が多彩な獣人も。四人掛かれば割とあっという間に陥落。
戻って来た白熊顔の獣人も、やっぱり格闘技を多様に仕掛けて来る。タックルやラリアートを一身に受ける弾美は、美井奈に一々技の解説をしてやるのだけれども。
ノリの良い少女は、なる程と感心してプロレス技にも興味津々。
「今お兄さんが掛けられている技も、やっぱりプロレス技ですか?」
「んむっ、その通りっ! ベアクローは両手で首を締めて持ち上げる荒業だから、良い子は絶対真似しちゃ駄目だぞっ!」
「ハズミちゃんっ、HPどんどん減っていってるよっ! 解説してる場合じゃ……」
「瑠璃ちゃん、これは本人抜けられないみたいっ! 取り敢えず殴り続けてっ!」
一刻も早く救出しようと、瑠璃と薫が敵を殴り続けた結果。ようやく危険技から抜けられたハズミン。そんな一幕もあったが、大ボスを倒すと言う目標は何とか達成出来たようだ。
ついでに美井奈も、入った経験値で29へとレベルアップ。はしゃぐ少女は、ほとんどメイン世界と同じレベルに成長したマイキャラを眺めて感慨深そうである。
お祝いを述べつつ3つの業火の火種を持って、意気揚々と氷山に取って返す一行。
入手出来るアイテムが、大体予想ついていたとしても。やはり苦労して鍵となるアイテムを取って得た宝箱を開ける瞬間は、それなりにドキドキするものだ。
上の段に登って、大き目の松明という最後の仕掛けを突破して。ようやくの事で、宝箱を目の前にした一行は。みんなして瑠璃に開けるようにと、目で合図を送ってみたり。
宝箱からはパーティ3つ目のレア装備、流氷装備の胴部分が出て来た。
――流氷の鎧 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+18
「おめでと~っ、瑠璃ちゃんっ!」
「おめでとうございますっ、お姉ちゃまっ!」
「やったな、瑠璃っ! これで見た目も結構変わるかなぁ?」
「えへへ、有り難う……そうだと嬉しいけどっ」
脱出用の魔方陣は、さり気なく氷の階段の踊り場に湧いていた。パーティは次々とその中に飛び込み、エリアを脱出。広々寒々とした裏エリアでの冒険は、これにて終了。
早速新装備を装着して、お披露目を始めるルリルリ。
狭いスペースを利用しながら、伸びやリラックス態勢を模索する一同。落ちる前作業のごたごたを乗り切って、ネットのキャラから現実へと操作を切り替えて行く。
次々とゲームからログアウトを敢行して、今日の冒険はこれにてお終い。窓際から外を窺ったり本棚のタイトルを確認したりと、それぞれが好きに時間を過ごすのだが。
部屋の主である薫にとっては、あまり気の進む時間帯では無いのは確か。それとなく昼食に行こうと誘うのだが、年少者達の好奇心はそんな事では逸れてはくれない。
ややこしい質問攻めは、始まったばかりのようだ。
「それにしても、こんな荷物だらけの部屋でよく過ごせてるよなぁ。薫っちはもうちょっと、お洒落とか学問以外の趣味を持ったほうがいいと思うぞ?」
「それは私も賛成ですね、隊長! それより、このサボテン大きくて立派ですねぇ。観葉植物も多いですけど、これも研究資料なんですか?」
「サボテンの本も本棚にありますねぇ、薫さん……結構面白そうなタイトルあるけど、これって専門知識無くても読めますか?」
学問以外に、ちゃんとゲームを趣味として持ってるから問題無いとか、お洒落には興味が無い訳ではないが、そちらに掛けるお金が捻出出来ないとか、観葉植物やハーブ類は趣味で育てていて、手入れもほとんど必要無いからお薦めだとか、本棚の本は確かに専門知識が必要なものもあるが、比較的簡単なものなら見繕ってあげられるとか。
当たり障りのない返答をしながらも、何となく気もそぞろな薫だったり。
「これなんか簡単な植物実験なんかも載ってて、結構面白いと思うけど。サボテンに電極差して、簡単なウソ発見器にしたりとか、隣の部屋で野菜を切った時にどんな反応を示すかとか。これを読むと、植物への見方が変わるわよ~?」
「へぇ……面白そう。あっ、借りてもいいですか?」
どうぞどうぞと、薫が何冊か見繕っている間に、美井奈がピンナップの写真を発見。弾美がそれに加わって、写真の中から男の影を探そうとするのだが。
弾美や美井奈のメガネに適うような人物は、なかなか存在しないようで。ほとんどが大学内でのゼミ仲間での集合写真のようで、教授らしき中年の人物も含まれている。
プライベートで熱々系な感じの写真は、一切無し。
「これは……薫っちには恋人、いなさそうだなぁ。ウチの両親は、学生時代に知り合って結婚したって言ってたぞ? 薫っちの奥手振りには困ったもんだな?」
「へぇ……隊長の両親も割と早くに結婚したんですねぇ。私の親も、授業参観とかでは浮くくらい若いですけど。薫さんに足りないのは、やっぱり女らしさのアピールですかねぇ?」
「あの、二人とも……薫さん落ち込んでるから、その辺でもう……。でも、私の両親も大学時代に知り合って結婚したらしいですから、薫さんも頑張って?」
瑠璃のフォローも、薫にとっては最後のとどめっぽい言葉に変わってしまっていた。落ち込む薫に、基礎は悪くないんだからとか、年下なら紹介出来るけどとか、慰めになるかならないか分からない言葉を掛けて来る少年少女達。
辛うじて笑顔で平気と答えて、自分には研究があるからと、本業を全うする気構えを見せる薫。大学院まで進んだのも、浮ついたキャンパスライフを送る為では無いのだ。
年少組には、その熱意もあまり伝わらなかったようだが。
「研究って、そんなに面白いもんなのかな? 親が仕事でやってる研究チームも、このところ休み無しで忙しいみたいだけどさ」
「そうだねぇ、私はそう言う仕事には就きたく無い気がするかなぁ? 色々な本を読んで、それを繋ぎ合わせてまとめるのは面白いと思うけど」
「瑠璃ちゃんは、でも研究者に向いてる気がするわねぇ。あっ、もう部屋に戻らないなら、悪いけど廊下に置いた資料を部屋に戻しておいてくれないかな?」
狭い部屋には、もうそれ程掘り下げて追求するようなネタも転がっていないようだ。言われた通りに皆で協力して、廊下に山積みにされた資料を部屋に戻して行く事に。
作業は数分で済んで、部屋は元通りの窮屈な居場所になってしまった。今度バイトで、資料の整理でも頼もうかと、薫も多少は申し訳なさげな感じではあるのだが。
そんな事で、この先この部屋が快適な空間になるかはとことん疑問ではある。
持って来たモニターなどの荷物は、取り敢えず受け付け奥の管理人室に預けておく事に。そのあと連れ立って、一行はレンガ造りの階段を降りて学園の敷地を散策し始める。
とは言っても、薫にとっては歩き慣れた道のりである。一日の3食のうちの半分以上は、実は学食を使っている生活を送っているのは、別に怠惰だからではない。
寮の各部屋にはキッチンは付いておらず、共同スペースでしか料理は作れないようになっているのだ。そこで交代制で作る者もいるが、学食の方が便利で安いのも確かなので。
いつしか寮生の胃袋は、学食のお預かりになるのが毎年の恒例だとの事。
薫から学食の説明を聞きながら、そんな理由から休日も祝日も、学食は休む事が無いのだそうで。一般人の利用者も多いみたいだが、さすがに休日はそれ程混まないと薫は請け合う。
事実、大きな食堂内には人もまばら。セルフサービスらしく、ご飯物やパスタ類は先に食券を買うシステムらしい。その他のおかずは、出来合い物が陳列ケースの中に入っているのをトレイに取って行けば、最後に清算してくれるようだ。
その値段は、皆を驚かせるのに充分だった。
「おおっ、どんぶり物が全部300円以内とはっ! どんぶり物をご飯に、おかず皿を3つ取っても500円以内が可能じゃないかっ!」
「パスタも安いねぇ……何を食べようか、美井奈ちゃん?」
「お昼はやっぱり、麺類がいいですねぇ。お姉ちゃまは何にします?」
ワイワイと相談しながら、楽しそうにメニューをチェックして行く年少組。全部のメニューを制覇してしまっている薫から見れば、とても新鮮なリアクションには違いない。
何だかんだで5分以上、メニューの決定に時間が掛かってしまったが。他にはほとんど利用者もいないようで、簡単に勘定まで済ませられるのは大きな利点。
それぞれがメインとおかずを選択して、4人でそれをテーブルに並べてみると。結構、贅沢な昼食風景に見えなくも無い。いつも食べ慣れている薫でさえ、何となくウキウキ気分である。
味はいつもと変わらず、可もなく不可もない無難な感じなのだが。
「んっ、まぁまぁかな? 薫っちが言うほど、期待外れって訳でもないぞ」
「そうだねぇ……確かに味付けに工夫は無いけど、他の料理屋さんと較べるのは不公平?」
「確かに、この値段ですもんねぇ。素材とかを考えると頑張っている方ですか?」
平均の出費が350円くらいで、贅沢なおかずの種類を並べている訳なのだから。普段食べている給食と較べつつも、自分で好きなおかずを選択可能なのは学食の良い所であろうか。
グルメリポーターを気取って色々と批評しつつも、箸の止まる気配も無い一行。相変わらず仲も良く、おかずを分け合ったりしながらの賑やかな食事風景である。
陽の当たる窓際に陣取って、明らかに他の客とは違うテンションだったり。
食事もほぼ終わる頃、弾美がこちらに近付いてくる人影に気付いた。美井奈の食べ切れなかった分も胃袋に収めた弾美は、明らかに皆の2倍は食べて満腹気味。
張った腹をさすりながら、弾美は薫にそれとなく合図を送る。大学生風のその男は、どうやら薫を目にして近付いて来た感じに見えたからなのだけど。薫が何となく嫌そうな顔をしたのを、目ざとく気付いた弾美は。
逆にちょっとだけ、楽しそうな表情。
「辛島先輩、子供の面倒なんか見てバイトでも始めたんですか? 最近は夕方にインする日もあるみたいですが、限定イベントの調子はいかがですか?」
「えっ、そう……そのイベントで組んでいるメンバーがこの三人なの。ちょっと遅れてる感じもあるけど、限定イベントは割と順調かな?」
「へぇ……それは何より。里帰りでスタートが遅れてたみたいなので、心配してたんですけど。ウチのギルドも結構苦戦してるんで、そっちもそうかなって思ってたけど、当たりですか」
どうやら薫のゼミの後輩らしいのだが、会話のアドバンテージを取ってちょっと偉そうな態度を終始崩さない。服装もこざっぱりしていて、外見は薫よりは余程大学生っぽいのだが。
薫はその垢抜けた若者の態度を苦手にしているのか、歯切れも悪い返答振りである。弾美達の存在も丸々無視されて、大人気ない対応にも見受けられるのだけど。
まさか、限定イベントのライバルとして見られている訳でもあるまいに。
その後も話は続いて、何となくこちらの腹を探って来るような物言いに。弾美も段々とイライラして来て、それを見て瑠璃もハラハラして来る。二人にしてみればいつもの循環。
困った薫に助け舟というよりも、自分のイライラ解消に。弾美も会話に加わり始める事に。
「大学生がサークル活動で、ファンスカ内で幅利かせてるらしいけどさ……それってあんた達の事? 暇と人数に任せての組織力で、中高生から結構なひんしゅくを買ってるって噂だけど」
「な、何だお前はっ……話に割り込んで、失礼だなっ!」
噂も何も、中学生本人からの言葉に鼻白む男。取り敢えずの質問攻めから解放されて、ホッとした表情の薫だったが。反面、瑠璃は止めなさいとの慌てた表情。
こちらを無視していた自分の事は棚に上げて、やや意固地な態度を取る大学生相手に。弾美も全く引けを取らずに、年下らしくない不遜な態度。美井奈は特に驚いた風も無く、楽しそうに成り行きを見守っている。
意外と図太い神経に、薫などはちょっと感心しているよう。
「あんたが先に、こっちが話してたのに割り込んだんじゃん。自分の事は棚に上げて、最近のこの大学のレベルってどうなのさ。学業放っておいて、ゲームに偏り過ぎな気もするけどなぁ……そうそう、コイツの母親知ってる? 肩書きは確か、津嶋名誉教授だっけ?」
「えっ、津嶋教授の……?」
「最近は忙しくて、あんまり講義を開けないってぼやいてたけど。聞いた話じゃ、この大学のレベルを懸念して、長男のコイツの兄は英国の大学に入れたそうなんだよねぇ……」
瑠璃の兄の大学選択あたりの話は、弾美の全くの作り話だったのだが。その話を真に受けた男は、明らかに怯んだ様子。美井奈あたりがそうなのかと感心し始めるに至り、男は完全に戦意を喪失したよう。気まずそうに、そそくさと退散する事に決めたようだ。
してやったりの弾美に、瑠璃は怖い顔をして注意して来る。自分の母親と兄の名前を勝手に使われたからではなく、実は薫も結構なダメージを受けていたのだ。
やはり苦労して入った母校をけなされるのは、在籍者には辛いものがあるよう。
「ハズミちゃん、根も葉もない事言って薫さんまで傷つける事無いじゃないのっ!」
「むっ、済まん薫っち……今のはウソだから、そんなに落ち込まないでくれっ」
「薫さんって、ちょっと打たれ弱いですねぇ。この先が思い遣られますよ?」
小学生の美井奈にまで心配される始末の薫だったが、そういう性格の弱さは確かに傍からも見て取れる。どうやらパーティの弄られキャラに定着しつつある薫に、積極的にその座を譲り渡したい立場の美井奈だったり。
それでも落ち込む薫に対して、今日の午後のお茶を奢るからと、何だか必死な弾美のフォロー。弾美にしてみれば、身近な知り合いを傷つける事は、してはいけない禁則事項である。
弾美は人を弄るのは好きだが、泣かせるのは子供の頃から苦手なのだ。
薫は泣きこそしなかったが、どこか気の抜けた笑顔で食器の片付けを始める。弾美は話題を変えようと、最近の風邪騒動で人手不足で手伝ったバイトの事を口にする。
獣医とマリモでのバイト代で、今は財布が潤っているので。ティータイムには、外のお洒落なお店に入っても平気。みんな楽しみにしているようにと、弾美は風呂敷を広げて行くのだが。
乗って来たのは美井奈のみ、通学路にケーキ屋さんがあるらしい。
「それにしても、獣医さんってお兄さんでもバイト可能なんですか?」
「知り合いだからな、ウチの犬も世話になってるし。補訂って言って、暴れるペットを押さえたりする作業が必要なんだよ。専門知識が無くても、力仕事は出来るからな」
なる程と納得する少女に、お前も医者では補訂が必要な口だろうと、早速からかって来る弾美。注射は嫌いだけど暴れはしませんと、少女はちょっとムキになって反論して来る。
その遣り取りを眺めていた瑠璃と薫も、ようやく笑みを浮かべてリラックスムードに。これからどこに行こうかと、食堂を後にしながら皆で話し合うのだけれども。
なかなか意見がまとまらず、結局近場から見学する事に。
「向こうが男子寮とかの棟だけど、そんなの見ても面白くないわよね? 弾美君はサークルの部室棟を見てみたいんだっけ?」
「う~ん、開いてないんなら見ても仕方がないかな? 友達から大学サークルが作った同人誌ってのを見せて貰ったんだけど、ああいうのがもっと見てみたいんだよなぁ」
「この間、お兄さんの部屋に置いてあった本ですよね? 確かに私も、あんな本があったら欲しいですけど」
キャンパスを移動しながら、そんな話を交わす一行。薫の知り合いも確かにサークルにいて、先ほどの無礼な学生もそんな中の一人らしいのだが。
休みの日でも出入りする暇な人間は、基本的にはいなくも無いとの事。かすかな期待に部室棟に向かっていた一行は、建物の内側通路に歩く人影を発見する。
どうやら知り合いらしく、早速手を振って止めに入る薫。
「春日野君、今から部室に行くの? ちょっとこの子達と中を見学させて貰いたいんだけど、時間あるかな?」
「そりゃあ、辛島先輩のお言葉なら構いませんよ。丁度合鍵持ってるから、今からでも全然構いませんけど……何を見たいんですか?」
「同人誌とか、あとはどんな感じになってるとかかな? この子達、私の限定イベントで組ませて貰ってる冒険仲間なの」
春日野と呼ばれた学生は、それを聞いてにこやかに会釈してくる。弾美達もそれぞれ自己紹介などしつつ、薫の知り合いらしきその若者を値踏みするのだが。
気は優しそうだが、身なりはだらしない感じ。髪もぼさぼさで、不精髭も凄まじい。急な頼み事に全く嫌がる素振りもなく、一同を気楽に部室棟の一角に案内してくれる。
薫ともかなり親しそうで、専門的な話だとか温室の水遣り当番の事などを話しているよう。
ゲームサークルの本当の名称は、ネット研究会と言うらしい。少なくとも、掲げてあるプレートにはそう書いてあった。整然と置かれたモニター群と、きちんと整頓された資料群を想像していた弾美のあては大外れ。
薫の部屋に負けない程、ぐちゃぐちゃに置かれている私物らしきものや資料の束。机の上にも下にも、モニターの前と椅子の上以外は何らかの荷物が占領している感じで。
瑠璃と美井奈が、思わずうわ~っと驚嘆を口にしたのも頷ける。
「薫っち……大学生って、こんなぐちゃぐちゃな荷物に囲まれないと気が済まないのか?」
「えっ、さあ……どうだろう? まぁ、ここの部室の半分は不要な私物だとは思うんだけど」
「全く持ってその通り! 隣の部屋は、もう少し片付いているんだけどね。そっちはウチが出した同人誌とか、そういうのを書いたりする編集室って感じかな?」
その編集室は、隣の惨状を基盤にすれば片付いている部類に入るのだろうが。率先して編集の仕事を説明し始めた春日野だったが、弾美は製作されてある本の方に夢中のよう。
美井奈と一緒になって、面白そうな内容の本を探すのに必死になっている。話を聞く役に回ってしまった瑠璃は、失礼の無いようにと一応真面目に耳を傾けているのだけれど。
薫まで同人誌のチェックに回ってしまうと、もはやどうすれば良いのだか。
「春日野君、これって全部売り物だったっけ?」
「辛島先輩にはデータ収集を手伝って貰ってますし、ただで差し上げますよ。これなんかお薦めですね、ウチの新人がイラスト得意なんですけど」
「おおっ、これって新しいイラスト集? たくさんあるけど、売らないと赤字なんじゃない?」
「全部売れて、ちょこっと黒字になる程度かなぁ。今度、街のどこかのお店にでも置かせて貰おうかって儚い希望を持ってるんだけどね」
大学祭などの行事でしか、なかなか売るチャンスが無いと嘆く春日野だが。文化ホールでも毎月古書市とか個人物販やってますよと、瑠璃が入れ知恵など口にする。
弾美も口コミで広めるだけで、これくらいなら簡単に学内ルートで売りさばけそうと提案してみたりして。作るばかりで、売る方の才能に欠けていた春日野にしてみれば、天からの声に聞こえたのかも知れない。
パッと顔を明るくして、アイデアを書き止め始めるのに忙しそう。
美井奈が、それならネットやゲーム内で宣伝すれば良いと、これも画期的なアイデアを出してみる。今や春日野の顔は泣きそうな程で、本当にその手の商才には欠けているよう。
案外作り手というのは、作り上げた時点で満足してしまうものらしい。薫が何となく分かった風に、そんな台詞を口にする。統計的に研究者と言うのは、その手の社会的なモノに欠けた人が実に多い人種らしいのだけれど。
年少者達は、目の前のサンプル的な人物を目にして妙に納得顔。
「ウチとか瑠璃の両親なんかは、まだマシな方なのかなぁ? 時々突飛な事するのは、まぁ恭子さんくらいだしな」
「そ、そうだねぇ……薫さんも、かなり常識あると思うけど?」
「それは身内びいきですよ、お姉ちゃまっ! あの部屋の惨状を見て、そんな事言うなんてっ!」
それはそうかもと、言ったばかりの自分の意見を引き下げるしかない瑠璃。自分達が押しかけたのは、ある程度整頓が終わった後らしいのに。それでもあの現場の惨状だったのだ。
再び落ち込む薫に、それでも何とか気遣いを見せる瑠璃。今の所、裏目にしか出ていないのが悲しいけれど。何とか、薫に立ち直るきっかけを与えようとしているのは確か。
何しろ、パーティのお母さん役は瑠璃なのだから。
薫の後輩の春日野という学生と弾美は、どうやらあっという間に親しくなったよう。って言うより、モノに釣られて弾美がひたすらご機嫌に見えるだけなのかも知れないが。
ファンスカのデータ集とイラスト集をそれぞれお土産に貰い、弾美と美井奈はとても幸せそう。今度の大掛かりな限定イベントの、総集編のデータブックも作ってみたいとの編集長の言葉に。
遅解きのルートの、覚えている限りのデータを提供すると約束する弾美と美井奈。
その後は、ゲームに関するマニアックな会話を数十分。そこまでゲームの話についていけない瑠璃などは、完全に置いてけぼりな感じ。午後の気だるい時間は、ゆったりと過ぎて行く。
手近にあった本を目にすると、どうしても中の内容が気になってしまう立派な活字病の瑠璃。ゲームの話に加わるよりはと、何となくデータ解析の教科書を読み始めてみたり。
代表値とは何かとか、散布度とは何かとか、それは統計を取るために必要な理系の教科書らしく。読み始めてみると、専門用語は別にしてなかなかに面白い。
気が付くと、全員がこちらを凝視していた。
「瑠璃、ニヤニヤしながら本を読む癖をヤメロ! だいたい、そんな教科書読んで面白いのか?」
「わ、割と……」
「彼女、あの津嶋教授の娘さんなの……」
「あぁ、なるほど……」
春日野の納得した表情を見て、何となく母親とひとくくりされたようで憮然としてしまう瑠璃。ゲーム討論会はいつの間にかお開きになったようで、今度は裏山の神社に散歩に行くらしい。
春日野は用事があるらしく、ここでお別れらしいのだが。また会おうと、弾美などはすっかり打ち解けた様子である。どうやら同人誌の売り捌きを、本気で担う気満々らしい。
薫も、先ほど食堂で入野君に腹の内を探られたと、憤慨した様子で春日野に愚痴をこぼしている。どうやら入野君とやらは別のサークルの人間で、このネット研究会とは別活動らしい。
向こうの方が圧倒的に人数が多く、幅を利かせているのが実情らしいのだが。
「たまにデータ貰ったりとか、こっちは頭が上がらないんだけどね。そのせいでこっちが軽く見られたり、向こうが増長したりと困ったサイクルなんだけど。向こうはゲームが目的で、本の出版なんかはしていないみたいだけど」
「何なら、津嶋教授に一喝して貰うか? 娘が嫌な目に合ったってチクれば、出張ってくれるぞ」
「へぇ~、お姉ちゃまのお母ちゃまって、怒るとそんなに怖いんですか?」
春日野が慌てて首を振って、その必要はないと言って来るのだが。瑠璃を見る目が、まるで怪物にでも出くわしたような恐怖に彩られていて、ちょっと気の毒に感じてしまう。
弾美が瑠璃の母親は、怒ってもそれ程怖くないと訂正して来る。その代わり、話はくどいので叱られた者は、最長2時間はその場から動けないと言う伝説があると怖い口調。
身を持ってそれを体験した事のある弾美などは、思い出しただけでゾッとしてしまう。
「例えば、物をうっかり壊すとするだろ? そしたらそれがどうやって、どんな思いで作られたかを一から説明して来るんだよ。その間最低1時間、こっちは謝って逃げる事も出来ないからなぁ」
「そ、それは怖いわねぇ……」
「でも、物の生い立ちとかを覚える事は出来るよ?」
瑠璃のフォローも、しらけた雰囲気になるだけの結果に。こいつは母親譲りの説明魔だと、弾美は呆れた調子でぼそっと口にする。本などを友達に貸しても、本人が読む前に粗筋や感想を言ってしまう事もしばしばあるのだそうで。
今は弾美に矯正されたお陰で、そういう困った事態も少なくなったのだが。やっぱり新しい発見をする度に、親しい者を捕まえて説明に時間を取る癖はなくなっていない。
本人としては、その新しい発見による感動を友達と共有したいだけなのだが。
瑠璃ちゃんのそういう資質は先生に向いてるよねと、薫にお返しにフォローして貰って。美井奈も物知りのお姉ちゃまは素敵ですと、親愛の情を送って来る。
よく分からないフォロー合戦の果てに、ようやく裏山の神社まで散歩に動き出す一同。草生した小さな未舗装の道に入り込み、しばらく進んでやっと本道に辿り着く。
石で組まれた長い階段の出現に、美井奈から苦しそうな悲鳴が聞こえて来る。
後の三人にしても、それなりに早朝ジョギングなどで鍛えてはいるのだが。百段をゆうに越す長い石段を目の当たりにすると、やっぱり精神的に来るものはあるようだ。
口数も少なくなりつつ、一行は同じ歩調でのぼり道を進んで行く。人影は全くないのだが、虫や鳥の声は盛んに存在を主張して来て賑やかな生命の波動を伝えて来る。
薫に手を引かれつつ、美井奈が最後の踏ん張りを見せて登頂に成功。
「ふうっ、ふうっ、キツイですねえっ……みんなどうして平気なんですかっ……」
「毎朝ジョギングで鍛えてるからな。瑠璃でさえ、他の運動はまるで駄目だけど、マラソンだけは得意だぞ?」
「得意って程じゃないけど、体力だけは人並みになったかなぁ? 昔は本当にビリばっかりだったから、ちょっと嬉しいかも」
「へぇ……私はどっちかと言うと体調管理と、早起きの習慣のついでなんだけど。美井奈ちゃんも始めてみたら? 毎朝6蒔起きは、ちょっとつらいけど慣れれば爽快だよ?」
それは小学生には酷かもなどと、お気楽に話し合いながらも。境内を見回したり、山の上からの景色を眺めてみたり。思い思いに時間を潰しながら、やがてお参りもしておこうと全員が整列。
薫が正式なお参りの方法を、年少組に伝授する。それからそれぞれお賽銭を箱に放って、ゲームのクリア成功や、その他の願いをムニャムニャと念じ始める一行。
全員が、このメンバーに出会えた事を神様に感謝したのは、果たして偶然の一致か。
お参りが終わってから、何となく皆が照れたように顔を見合わせる。反対側にも登頂口があって、そこから街の反対側が見渡せるよと薫が照れ隠しの一言。
工事中のアウトレットモールの敷地が辛うじて見えるらしく、他に見えるのは田んぼや畑ばかりのようなのだけれど。薫の案内で、ちょっとだけ見学へと赴いた一行だが。
薫の視力が飛び抜けて良いのか、他の者は残念ながら発見出来ず。
時間はまだ2時を過ぎたばかり。3時のティータイムを前に、少し運動しようという事になって。運動公園まで一気に山下りを行って、全員が割とハードなウォームアップ作業。
弾美が早朝に独占しているバスケットコートには、あいにくの人の群れ。それでもボールは余っていたので、美井奈相手に特訓を始める事にした一同。
小学生にしては身長もあるし、体力は別にして身体の動きには軽快さが見られる美井奈。ドリブルやパスを教えて貰いながら、思い切りはしゃいだ声をあげている。
瑠璃や薫も障害物になったり、時にはパスの相手になったり。授業でポートボールをやった事があるだけにしては、なかなかのセンスだと弾美は即席生徒を褒め称える。
そんなこんなで、あっという間に1時間が経過。
「お兄さん、ちょっと休憩しましょう……結構疲れました……」
「咽が渇いたねぇ……時間もいいし、お茶の時間にしようか?」
「あぁ、そうだなぁ。ここから近いのは、会館の喫茶店だけど。美井奈の言ってたケーキ屋さんまで、行ってみるか?」
「ち、近くでいいですっ……」
呼吸するのもしんどそうな美井奈は、あっさりと自分の提案を翻してみたり。弾美がボールを返しに行って、その後皆で揃って隣の敷地へと移動する事に。
散歩道を抜けると、レンガ敷きの敷地が目に飛び込んで来る。日陰ばかりで涼しかった散歩道とは対照的に、大きな建物ばかりの威圧的な感じのする一角なのだが。
ガラスやレンガを多用した建物は、どこかクラシックな雰囲気で開放感をテーマにしているよう。付随している喫茶店も同様で、半分はオープンカフェの作りになっている。
何となく慣例で、開放的な外の席を選択する一同。
「あっ、いつもの癖で外の席を選んじゃった。中のほうがいいかなぁ?」
「もう動きたくないです、ここで充分ですよっ」
「今日は風も少ないし天気もいいから、外でも平気じゃないかな?」
「他のお客も外で寛いでるしな、もうメニュー通しちゃおうか」
そんな訳で、ようやくの寛ぎタイム。各々飲み物と軽いものを頼んで、この後どうしようかなどの話し合い。美井奈はもう動きたくないと、早くもグロッキーな様子。
弾美などは若いくせにだらしないと、一言で切って落とすのだけど。普段運動していない者が、急に激しい運動をしたからだと薫辺りは気遣いを見せる。
小学校には体育の授業がまだあるのだぞと、弾美の反論にも。授業ではあんなに一人を集中して鍛えるような事はしないと、美井奈も一応食って掛かる。
ハズミちゃんはスパルタだと、瑠璃も女性軍として一言。
分の悪くなった弾美は、運ばれて来たアイスコーヒーとケーキセットに逃げる事に。食欲が無くてケーキを遠慮した美井奈も、皆が美味しそうに食べているのを見て羨ましそう。
結局、瑠璃に一口お裾分けしてもらい、気が済んだためか摂取した糖分のせいか元気も復活して来たようだ。瑠璃が閉館時間まで、すぐ近くの図書館で時間を潰そうと提案する。
乗っかる形で美井奈が賛成して、結局全員の賛同を得る事に。
大井蒼空町の図書館は、在庫冊子数も豊富で建物自体も大きくて立派である。学園ブロックから近い事もあって、若い人の利用の割合も多いので有名だ。
もちろん瑠璃は常連さんで、つられる形で弾美もカードを持っている。美井奈も学校行事で貸し出しカードを作って貰っていて、財布の中に入っているとの事。
限定イベントの裏エリアでネタになったお話の本を、瑠璃が1冊だけ持っていたので。それは約束通りに、数日前に美井奈に貸してあげれたのだけれども。
『ピーターパン』や『長靴を履いた猫』などの児童向けの本は、さすがに瑠璃はもう持っていなかった。ついでに今回借りてみればと、生き生きと美井奈に提案して来る。
美井奈の強化計画は、どうやらここでも健在のよう。
しばらくは、館内の瑠璃のお気に入りのスペースに陣取って、各々静かに借り出す本を模索し始める。個室のスペースも存在する室内は、休日の今日も割と盛況のようだ。
あと2時間あまりで閉館なのだが、利用者で貸し出しカウンターの周囲も賑やいでいる。
「よしっ、美井奈の借りる本は確保出来たな。ちゃんと読んだ感想文を書いて、瑠璃に提出するようにっ。ついでに俺も、何冊か借りて帰るかなぁ」
「えっ、それは……義務? 口で言っちゃ駄目なんですかっ?」
「えぇと……読んでくれれば、私はそれで良いと思うけど?」
慌てた様子のメンバーの遣り取りも、周を気遣って小声でどことなくぎこちない勢い。弾美と瑠璃が借りる本を選びに出てしまうと、再び周囲は静けさを取り戻す。
全員が本を選択し終えると、貸し出しカウンターが混まない内にと早くも退館の準備に掛かる。閉館間際の慌しさは、なるべく避けたいと瑠璃の申し出に従ったのだが。
かさばる荷物が増えてしまうと、さすがに寄る場所も限られて来る訳で。そろそろ帰る支度をしようと、薫の女子寮に預けた荷物を受け取りに戻る事にした一同。
さすがに丸一日遊び倒して、皆がくたくたながらも晴々とした表情である。
女子寮に到着すると、今日の記念にと薫が寮の管理人室からお土産を取り出して来た。乾燥保存しておいた香り用のハーブとか、鉢分けした食材用のハーブで、これで一気に持ち帰りの荷物が許容範囲を超えてしまった。
美井奈の分は、送りついでに薫が持ってくれるそうなので問題ナシ。弾美と瑠璃は二人で協力して、持って来た予備モニターと貰った同人誌と、薫に借りた本と図書館で借りた本と、大物の鉢植え類を選り分ける事に。
貰った鉢植えからは独特な匂いが漂っていて、瑠璃などは楽しげに微笑んでいるのだが。薫にリュックまで借りた弾美は、両手も背中も荷物だらけの壮絶な格好に。
それでも家までは持つだろうと、男前な態度は崩さない構え。
「部屋にあった観葉植物で気に入ったのあれば、株分けしてあげるからね~。サボテンはさすがに無理だけど」
「あ~、残念です。サボテン育ててみたかったんですけど。でもこのハーブも、お母ちゃまは喜ぶと思いますよっ!」
「それじゃあ、明日はいつも通りに俺の部屋でのインな。待ち合わせもいつも通りで、都合が悪い場合はメールか電話で知らせてくれっ」
了解との元気な返事と共に、それじゃまた明日ねの別れの挨拶が賑やかに続く。二手に別れて歩き出した一行に、温かな色の夕日が静かに色を添えて行く。
荷物が多過ぎて歩き辛い弾美を、瑠璃はちょっと心配そうに見守るのだが。自分も割と大きな鉢植えで両手が塞がっており、手助け出来ないのは辛い所。
それでも今日は楽しかったなとの弾美の言葉に、瑠璃もにっこり笑って頷きを返す。
長く伸びた影を追うように、二人は歩道をゆっくりと歩いて行く。時折すれ違う人影は、弾美と瑠璃の持つ鉢植えを見て興味を惹かれている様子である。
植物と言うのは、咲いた花の可憐さが最上なのだと思い込んでいた二人にとって。葉っぱの形や香りを楽しむ新たな分野は、なかなかに新鮮な感動を与えているようだ。
ハッカの匂いがする度に、瑠璃は手の中の鉢植えをしげしげと覗き込む。
「こういうハーブって、外国じゃあ雑草でもあり薬草や香草でもあるって、薫さんが言ってたねぇ……ちょっと面白いかも」
「日本じゃヨモギみたいなものかなぁ? 他にも探せば、何かありそうだけど」
「外国の小説とかにも、ハーブとか知らない植物が出て来るシーンいっぱいあるんだけど。今までは、全然イメージつかなかったから有り難いなぁ。想像力は無限だってどこかで聞いた事あるけど……あれはウソだね、ハズミちゃん」
瑠璃の独特な言い回しに、思わず笑い出す弾美。瑠璃もつられて笑い出し、ほんわかとした雰囲気のまま、あっという間に住宅街まで到達してしまう二人。
その後も、本や植物の話をしながら帰路は賑やかな談話で盛り上がる。
ご主人の帰宅をかなり前から察知していた犬達が、お帰りの挨拶にと吠え始める。夕方の散歩で落ち着かせなきゃと、こちらは逆に用意にあたふた。
好奇心から新しいお仲間だよと、試しにコロンにハーブの匂いを嗅がせてみた瑠璃だったけれど。どうやら彼のお気には召さなかった模様で、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
弾美は二階のベランダで育てると言っていたし、自分もそうする事に。
着替えと散歩の用意を終えて、ほぼ二人同時に玄関前に集合。犬達は相変わらずのテンションで、早く散歩に行こうよと主人達をせきたてて来る。
日常の一コマの遭遇に、さっきまで遊び倒していた事もどこかに吹っ飛んで行きそう。弾美は今夜の夕食は何だろうと口にして、瑠璃は借りた本をどの順番で読もうかと計画を練り始める。
――些細な日常の積み重ねも、二人にとっては幸せの形には違いないのかも。