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♯17.5 迅速装備取り!

『今日はどこに行くんだっけ? 昨日取れなかった木の葉の回収かな?』

『何かそれも間抜けだな……昨日いっぱいメダル出たから、裏エリア行こうか!』

『いいですねぇ! 今日は誰の装備取りですか?』

『あれ、そっち行くの? あちこちに行き残しがあるのに……まぁ、忘れなければいいかな?』


 瑠璃の言う行き残しとは、遺跡エリアの木の葉はもちろん、フリーエリアとタウロス族の集落のトリガーNM。更には月の鍵のクエストエリアの未踏の地とか、指輪トリガーなどなど。

 トリガー系は、早急に行かなくても別に逃げはしないのだが。戦えば必ず、何かは良いものが貰えるのも分かっているのだし。先に処理しても悪い事は何も無い訳でもある。

 しかし、弾美の考えは完全に別のよう。ノリの方を大事にしている感じに見受けられる。


 弾美の軽いノリで、完全にパーティは裏エリアに挑む考えの虜になってしまったようだ。何しろ前日の熾烈な冒険の結果、10枚以上金のメダルを入手出来たのだ。

 団体で闇市まで移動して、瑠璃が入場キップを購入する。弱い順番で行くと、今日は薫だと弾美が口にすると。それなら迅速装備になると、瑠璃が真剣に考え始める。

 何しろ、裏エリアは入る前に謎解きをしなければならないのだ。


『迅速装備取りはどんな情報だっけ、薫さん?』

『んと、迅速装備は視えても遭えぬ朧なる土地に……かな?』

『は~、謎掛けですかっ。朧と言えば月夜ですかねぇ、歌の歌詞ですけど。確かお供え物に、月の宝珠って無かったですか?』

『冴えてるねぇ、美井奈ちゃん……朧って漢字、月と龍で出来てるの知ってた?』

『おおっ、さすが瑠璃だなっ! 月と言えば兎だし、中国の龍は前脚に宝珠を持ってるもんな。視えても遭えぬ土地も月の事で確定かな?』


 皆の意見は呆気なくまとまり、東南の兎と竜の方角に月の宝珠をトレードする事で決定。昨日の戦闘を踏まえて、ポーションとエーテルの買い込みは多めに。

 インの準備が出来た所で、弾美が代表してお供え物を台座にトレード。モニター画面が暗転したかと思ったら、パーティは無事にエリアインに成功した手応えを得る。

 キャラはそれぞれ、暗闇の中で平和なメロディを聞いていた。遊園地やサーカスでかかっているような音楽で、そのうち小柄なぬいぐるみが2体、視界に入ってくる。

 顔の部分だけやたら大きな動物の覆面着ぐるみで、下は普通の子供服に見える。キャラ達の周囲で音楽に合わせて踊るそいつ等は、全部で8体。


 一人につき2体の着ぐるみが、やたらとキャラ達の周辺に接近して来る。踊りの調子はそのままで、触るような身振り手振り。暗闇の中で動けないまま、やがて視界に新たな変化が。

 今度はサーカス団長のような、小柄でコミカルな3頭身キャラが出現。2体のノッポのピエロを従えるように連れており、仰々しい口調で言葉を発して来る。


 ――目の前で踊るキャラの特徴を覚えたですかな? これから始めるのは、生死の掛かった鬼ごっこであります。ただそれだけでは、必死になって頂けぬ事態を想定しまして……。

 あなた方の武器と防具を、幾分勝手では御座いますが。一時こちらに、預からせて頂く事と相成りまして。取り返したいと望むならば、8人の鬼役を見事確保なさいませ。

 それでは、遊園の地での鬼ごっこを楽しみ下さいますよう。


 サーカス団長とピエロの一団は、説明を終えるとそれぞれ一礼して退出して行く。2組の盗人共は、キャラ達を突き飛ばしたと思ったら、やっぱり視界から逃げ出して行った。

 気付いたら、一同のキャラは操作可能の状態に。長い前振りだったが、気になるキーワードは鬼ごっこと武器と防具を取り返せという言葉。遊園地やピエロは、この際どうでも良い。

 ふと弾美が、違和感を感じて自分のキャラの格好を確認すると。何と、見事に素っ裸にひん剥かれていた。周りのキャラも全て裸の格好で、駅のホームに突っ立っている。

 駅には古い型の列車が、発車準備の様子で佇んでいた。


『きゃ~っ、みんな裸じゃ無いですかっ! そ、装備どこですかっ!?』

『盗まれたっ? ちょっ、酷すぎる~っ! 戦闘になったらどうするのよっ!?』

『……恥ずかしいなぁ。うわぁ、本当に装備欄スッカラカンだ……』


 女性陣は、それぞれ微妙なリアクション。弾美にしても、限定イベントに最初にインした時に、レベルが1に戻された時以来のショックを覚えてしまう。裸で戦闘など、そもそもあり得ない。

 慌てて予備の武器防具を装備しようとした一同だが、ことごとくキャンセルされる仕様を知らされるのみ。オリジナルを取り返すまでは、下着姿でいろと言う事らしい。

 血のにじむ努力をして集めた装備を取り戻そうと、一行は仕方なく犯人を視界内に捜し求める。完全に相手のシナリオ通りに動くのは業腹だが、そんな不満も言っていられない。

 真っ直ぐ進むと駅のホームだが、着ぐるみ犯人が行けるとしたらそこしかない。


 駅員さんがいるにもかかわらず、一行は堂々とホームに入って犯人探し。列車の窓から手を振る着ぐるみの群れを見つけると、それぞれの怒りも頂点に。

 列車の入り口を探すぞとメンバーに通達し、一番後ろの搭乗口を発見するや否や、全員で勢い良く列車に乗り込んでしまう。無論、搭乗切符など持っていないのは皆一緒。それを知った怒れる駅員さんが、メンバーの後を追って来て。

 得体の知れない鬼ごっこは、混迷の度合いを深める結果に。


『駅員さんが追って来てるけど……お金払わずに、列車に乗っちゃったせいだ~!』

『裏エリア入る時に、金のメダルしこたま払ってるから問題ない。文句言う方がおかしい……ってか、装備盗むって設定からして頭どうにかしてるぞっ!』

『う~ん、そう言われれば、そうかなって思っちゃいますねぇ。ところで、これはどこに向かってるんでしょう? 列車、走り出しちゃってますけど』


 美井奈の口にした懸念は、至極もっとである。走り出した列車は、綺麗な夜のイルミネーションの中をゆっくりと走っており、まるで観覧車のよう。レトロな造りの内装には、NPCだか何だか結構な数の乗客が。

 中には紛らわしい着ぐるみの子供がいて、見分けるのもプレーヤーの腕次第のよう。瑠璃がそのうち、1体の窓の外を眺める着ぐるみの後ろで立ち止まった。

 しばらく悩みつつも、どう接すれば良いのか考えあぐねている様子。


『う~ん、この子が犯人の一人だと思うんだけど……どうすればいいのかな、ハズミちゃん?』

『鬼ごっこだろ、タッチ……は無理だから殴れ!』

『殴ろうにも、瑠璃ちゃんも裸だから武器持ってないよ? あっ、素手パンチは出来たかな、それか魔法を撃ち込むか?』

『今出来る攻撃選択肢だと、魔法くらいしかないですねぇ』


 その言葉を間に受けた薫が、新魔法の《炎のブレス》を選択する。瑠璃の推理は当たっていたようで、犯人キャラは見事宝箱に変化。開けると武器とポーションの中身が丸ごと戻ってくる。

 報告に歓喜していた一行だが、薫の不用意な範囲魔法にNPCも傷付き走り回っている。それを聞きつけたのだろう、追い掛けて来た駅員さんが片手に巨大切符切り鋏を持って参上。

 いきなり戦闘に持ち込まれた一同は大パニック。


 武器を持っているのは瑠璃しかいない。そうは言っても下着姿のままで、戦闘員という雰囲気でも無いのは確かなのだけれど。文句を言っていても始まらず、皆が魔法で支援する中、変てこな戦闘風景が出現する。

 幸い駅員さんの能力は、それ程強くは無かった様子。弾美の《シャドータッチ》と美井奈の《ホーリー》の手助けもあり、程なく瑠璃の細剣に倒される運びとなった。

 一同何故か、いたたまれない雰囲気に。これではまるで、キセル強盗だ。


『はあっ、倒しちゃいました、駅員さん……これで良かったんですかねぇ?』

『当然だ、障害は全て排除する! それより、ここまでで分かった事を整理しようか』

『んと、NPCは攻撃したら駄目とかですか?』

『ペナルティ、当然あるみたいね~、ゴメン! 範囲魔法使いにくくなっちゃった、素直に素手殴りが一番いいみたいかなぁ?』


 パーティは前の車両へと、どんどん移動しながらNPCチェック。綺麗な夜景を楽しんでいる暇などは全く無い。レトロの車内には隠れる場所など無いので、その点は安心なのだが。

 こんな展開になるとは予想もしていなかったので。自分の装備を取っていった犯人のキャラ衣装を、おぼろげにしか覚えていない者がパーティの中に数人、と言うかほとんど。

 着ぐるみの動物顔はともかく、シャツやズボンの色柄となるとあやふやである。

 

『犯人は、無駄な抵抗しないのかな? でも、逃げてる時点で厄介だよねぇ?』

『最初はサービスなのかもな……ここにも、後ろ向いて隠れてるつもりの奴いるぞ?』


 この帽子を被ったコアラには見覚えがあると、薫が発言。下の衣装も、だいたいこんな感じだったと証言が得られたので。瑠璃が思い切って殴り掛かると、ポンと音をたてて宝箱に変化する。

 どうやら何とか正解を引いたようで、これで薫も武器持ちになった。ちょっと余裕が出て来たところで、列車は止まる気配を見せ始める。一行が見守る中、広いホームに滑り込むレトロ列車。

 止まるや否や、着ぐるみ犯人が改札口に列を成して走りこむ。


『シルクハットを被ったサル発見、捕まえてやるっ!』

『えっと、私のは何でしたっけ?』

『お母ちゃまに訊けっ! 出口どこだっ?』


 搭乗口は前後に1箇所ずつしかなく、大慌てて先頭の出口に駆けつけるパーティ。1両分の差を開けられたが、急げは魔法の範囲には掛かるかも知れない。

 ところが、改札口には仁王立ちの着ぐるみ駅員が2名。キリンとサイのぬいぐるみの頭部、下は普通の制服を着用しており、手には先ほどの巨大切符切り鋏を持っている。

 ダッシュで無視する無賃乗車パーティの一団に、襲い掛かって来るのもある意味当然か。弾美は武器持ち二人にブロックを頼んで、ソロで犯人の群れを追いつめに掛かる。

 外はまさしく、パレードの進行中。イルミネーションの広場には、ぬいぐるみの大きな群れが。


 焦る弾美は何度目かの試行錯誤の末、ようやく《グラビティで》目的の犯人の足止めに成功した。魔法は完全に立ち止まってからでないと、詠唱が出来ないのだ。

 そんな訳で、捉えられたのはたったの1匹。他はパレードの喧騒に紛れ込まれる結果に。弾美は自分の武器を何とか取り戻し、戦闘を手伝いに戻りながらそう報告しつつ。

 外から見た女性陣の戦闘風景に、しばし絶句。


『何とか俺の武器、取り戻したぞ~! でも傍から見ると、素っ裸で戦闘してる姿って……もの凄い恥ずかしいなぁw』

『傍から見なくても恥かしいよ~w はやくこいつ等やっつけて、装備を取り戻さなきゃっ!』

『私の武器はまだですか~? MP使い切っちゃいましたっ!』


 魔法で支援していた美井奈は、今は下着姿でヒーリング中。もっとも戦っている他の女性陣も同じく下着姿なのだが。薫の風キャラは、ゲーム内でも炎キャラに次いで背が高くプロポーションも抜群である。

 下着姿になると否応なく目立つ胸の膨らみには、健全な色香が存在している。薫本人の話になると、バストの大きさはともかく、色香の部分では負けているのが悲しい所。

 弾美の参入で、ようやく戦闘にもケリが付き。然る後に、パレードの到達を一行は眺める事に。


『あれっ、パレードのステージ車に乗ってるのって、さっきの団長じゃない?』

『本当だっ、ピエロもいるねぇ……今の格好じゃ、近付くのちょっと怖いなぁ』

『着ぐるみ連中、パレードの反対側にいるみたいだな……ちょっと大回りして近付こうか』


 不必要な危険には近付かないように注意しつつ、一行は弾美の目撃証言を頼りに犯人を追跡にかかる。反対側に回ると、観客の中に着ぐるみ姿がちらほら。

 一同目を皿にして、必死に記憶と格闘する中。薫と美井奈が、それぞれ犯人らしき人物を見つけたと指し示す。まずは薫が自分を信じて、次いで美井奈も瑠璃に代わりに殴って貰う。

 賑やかなパレード音楽は、一転してバトルBGMに変化を遂げ。殴られたNPC達は周囲をクルクルと走り出す。


『きゃ~っ、間違ったみたいっ! ゴメン~、クマだと思ったんだけど』

『トラの着ぐるみ、間違いみたいです~、済みません~(>△<)/』


 お母ちゃまも、記憶力には揺らぎが認められるようだ。間違いのペナルティは、もちろんお邪魔キャラとの強制戦闘。パレードのステージ車から、2体のピエロが飛び降りて来る。

 1体は大きなボールに乗ってお手玉をしており、もう1体は火の輪を両手に構えている。それと同時に小さな着ぐるみの一団が、左手のアトラクションの建物にわっと逃げ込むのが見えた。

 弾美はすかさず、美井奈に《俊足付加》を掛けてソロで追う様に指示を出す。犯人が見える内に、一人でも捕らえて装備を取り戻せればしめたものだ。

 武器を持たない美井奈は、電光石火で魔法を唱えるとダッシュで犯人追跡に掛かる。


 一方の戦闘組は、装備も無いまま強敵っぽいピエロ達に対峙。いきなりの玉乗りピエロの暴走で、瑠璃が轢き逃げされそうに。更にお手玉がパーティの頭上に降り注いだと思ったら、いきなり爆発してダメージを与えて来る。

 奇襲に仰天したパーティが玉乗りピエロに集中してると、もう1体のピエロが火の輪を投げつけての攻撃を仕掛けて来る。狙われた薫は火の輪に締められ、持続ダメージと行動不能状態に。

 何もしない内から大ピンチのパーティは、反撃のきっかけを探してあたふた。


『追いつきましたよ~、わっ、ミラーハウスの迷路に入っちゃった! 何とか1匹~とりゃあっ!』

『無理せずに戻って来い、美井奈っ! ってか、こっちピンチだっ!』

『捕まえて宝箱出現~っ♪ あれ、私の武器じゃ無かったみたい……』


 その瞬間、瑠璃の装備が戻って来て裸状態からの解放に。何よりMP量が急激に上昇して、戦闘にも少し余裕が。通信で美井奈にお礼を言いつつ、瑠璃が皆に回復を飛ばす。

 弾美が薫を解放している間に、装備の戻って来た瑠璃が火の輪ピエロを抑えに掛かった。玉乗りピエロは玉の操作が上手く行かないのか、戦場からフラフラ遠ざかりつつあったりして。

 その隙を見逃さず、パーティは火の輪ピエロを総攻撃。反撃も許さず、1体目撃沈。


 2体目の玉乗りピエロは、ほぼ自爆の状態。魔法を撃ち込まれると、玉から転げ落ちて勝手にダメージを受ける。挙げ句の果てには、恐らくは最後のドッキリ手段だったのだろう。

 乗っていた大玉の爆弾に巻き込まれ、勝手に昇天してしまう。そして瑠璃は28へレベルアップ。棚ぼたの出来事に、パーティも喜んで良いのか拍子抜け状態。

 ちなみに、敵の装備のドロップも変なアイテムばかり。

 ――ピエロ服 ポケット+4、器用度+6、MP-6、防+7

 ――ピエロ靴 SP+20%、器用度-4、MP-4、防+4


『おめでとうごさいます、お姉ちゃまっ……それで、何だったんですかねぇ、今の?』

『戻って来てたのか、美井奈。ピエロらしい最後だったけど、ちょっと笑えないなw』

『お兄さんが戻って来いって言ったんじゃないですかっ! それより、早く鬼を追いましょう!』

『鬼ごっこの鬼は、実は私達の方なんだけど……泥棒と刑事って遊びの方が近いよねぇ、ハズミちゃん?』

『確かにそうだな、んじゃ、泥棒を捕まえに行くぞ!』


 一同はヒーリングも取らずに、美井奈の案内でミラーハウスの迷路へと場所を移す。既に犯人達の姿は見えないのだが、どこに抜け出たのかだけでも調べておかないといけない。

 迷路を抜け出すのに時間が掛かるかと思ったが、案外簡単に裏へと出る事が出来た。美井奈が途中まで、逃げた一団の足跡を覚えていたのだ。お陰で時間の短縮は出来たのだが。

 抜け出した場所の仕様には、ひたすら呆気に取られる一同。


『ジャングルのセット……? 道もちゃんとついてるし、崖に続く道も用意されてるわね?』

『崖の道は、宝箱があからさまに置いてあるねぇ。外は夜だったから、ここは室内セットなんだね、きっと』

『いや、裏設定なんてどうでもいいから。いきなり道が二手に分かれてるし、瑠璃と美井奈で上の道頼む。魔法あれば、何とかなるだろ?』


 天使魔法と妖精魔法の使い手達なら、万が一崖から落下しても平気だろうとの弾美の読みだったが。いまいち不安なのは、美井奈の装備が全く無いと言うのもあるし、美井奈のドジ振りももちろんある。

 それでも、弾美と薫チームにしても回復は薬品頼りだし、装備もまだ盗まれたままだという不安材料の事欠かない状況である。罠に掛からなければ敵は襲って来ない事を前提としても、ちょっと怖いパーティ分けには違いない。

 それでも歩みを止める訳にも行かず、二手に分かれての探索開始。


 瑠璃と美井奈組は右手に向かう坂道を登って行き、岩だらけの崖の道を慎重に探索する。着ぐるみ犯人の姿は見当たらないが、宝箱は道なりに設置されていて嬉しい限り。

 箱の中には大ポーションや風の水晶玉、炎の神酒に銀のメダルなど、消耗品を中心に置かれている様だ。はしゃいだ報告を弾美達に飛ばすが、いよいよ道のりが高い崖の上に達すると、周囲の変化に細心の注意を払い始める。

 崖の上には、半壊した廃墟とくねりまくって育った樹木と蔦のオブジェが。中央の空き地には大きな巣の上に卵が鎮座しており、その周囲に3人の着ぐるみ犯人が突っ立っている。

 卵も犯人も、今の所リアクションは無し。


 弾美と薫のペアは、真っ直ぐに進む手入れされた道をひたすら突っ走る。時折椰子の木の下にあるのは、やっぱり宝箱。こちらからも消耗品を入手出来るのは良いが、やがて大きな水音が響いて来る。

 気が付けば、流れの急な川辺と滝が。反対側へと渡る吊り橋はいかにも脆そうで、その中央に佇んでいる着ぐるみ犯人には余り近付きたくない状況ではある。

 それでも装備を取り戻すには確認に行くしか無い。こちらも3人、どれが本物?


『トラと帽子トラとネコ発見~、色はみんな黄色だな。見覚えあるのいるか~?』

『こっちはクマとブルドッグとネコだね~、薫さんクマだっけ?』

『お母ちゃまが、帽子被ってるトラっぽいそうだと言ってますが。確信は無いそうです(>△<)』

『クマの服が赤っぽかったら、当たってる確率高いような……』


 2組とも、外れたら相当なペナルティを受けそうで怖いと報告し合うのだが。迷うだけでは、時間を徒に消費するだけ。思い切って弾美の組から帽子トラにタッチ。

 当たりだったとの報告は、美井奈から。武器が戻ってきたと大喜びの通信が。


 勢いに乗った瑠璃チームも、卵を恐れずクマを捕獲。薫の装備が戻って来て、当たりの報告にホッとする一同。後は弾美と美井奈の装備をもった犯人のみだ。

 探すのはこのエリアの出口と、探索し忘れの場所のチェックくらいだろうか。再び移動を開始する2組だったが、程なく弾美組は滝壺へと下る道を発見する。

 瑠璃と美井奈のチームも、川の流れを発見して。川沿いに進めば合流出来るとの目論みは大当たり。ただし、パーティは滝の上と下での邂逅となって。瑠璃が見つけた階段は、踏み外したらかなり怖そう。

 階段と言うより、ただの岩の出っ張りだ。


『だから瑠璃達を崖の上の探索に回したんだよ。魔法掛ければダメージ軽減出来るだろ?』

『あっ、そうか! 試してみるね~』


 瑠璃が《エンジェルリング》を、美井奈が《フェアリーウィッシュ》をそれぞれ自分に掛け終わってから。そろそろと、ほぼ垂直の段差下りのスタートとなったのだけれど。

 結論を言うと、魔法はもの凄く役に立ったと言わざるを得ず。瑠璃は中程で浮遊状態が役に立ち、美井奈に至ってはかなり高い位置からの落下ダメージを軽減して貰えた。

 弾美達が待っている場所へと、恥ずかし気に近付く美井奈。決して下着姿だからでは無いのは明らかだったり。


『俺の作戦は至れり尽くせりだよな? わざわざ証明してくれなくても良かったんだが』

『ええ……まぁ、そうですけど』

『じ、時間節約出来て良かったじゃない? それよりここに、丸太のボートあるんだけど』

『あ~、これでここを脱出すればいいのかな?』


 一行は多少警戒しながらも、四人でも充分乗り込める丸太のボートに搭乗する。しばらくすると、勝手に岸を離れたボートは、流れに乗って下流へと進み始め。

 両側に崖のそそり立つ岩ばかりの景色だが、それなりに楽しい渓流下りだった。スピード感や波の飛沫感はリアルだったし、何より邪魔な敵が全く出て来なかったし。

 安全に勝る快適さは存在しないと、パーティ皆の心からの言葉である。


 ボートは、またも勝手に波止場を見つけて無事に一行を船旅の終点へ。まだジャングルエリアは終わりではないらしく、最後の道の両端に6本の椰子の木がそびえ立っている。

 1本道は、エリアの終点のゲートへと続いているのだが、その前に選択は用意されていた。今度は宝箱の代わりに、6人の着ぐるみ犯人が立っており。良く見れば椰子の木の上には鈴生りの椰子の実ならぬ、サルやヤシガニなどのモンスターの群れ。

 弾美はしばらく眺めた後に、自分の探している犯人はいないと断言。


『う~ん、もう1人は確か……アライグマ?』

『俺のは豹だった、でもここにいる奴は違うと思う』

『アライグマも豹も、2匹ずついるね~。難易度上がってるみたいだよ~?』


 更には、外れた時のペナルティも凶悪になっている筈。6本の椰子の木に3体ずつ、出動待ちの敵を皆がなるべく見ないようにして。美井奈の解答をひたすら待つ一行。

 どうやら、母娘の秘密会議は終了したようだ。1匹の犯人前で、立ち止まるミイナ。


『これです……だと思います! ファイナルアンサー?』

『いや、こっちに訊かれても……戦闘準備は出来てるけど、弾美君盾出来ないから私がタゲ取りメインで行くね?』

『オッケ~、いつでも来い~!』


 何故かパーティ一同、外れ前提で陣形を構えているのが悲しい事実ではあるけれど。瑠璃はさり気無くフォローの言葉を挟みながら、自分もやっぱり戦闘準備。

 美井奈母娘のファイナルアンサーは、どうやら正解の様子。宝箱の出現に、大盛り上がりの女性陣。先ほどまでの信用度から考えると、もの凄い手の平の返し方だけど。

 本人さえ信頼していない記憶なら、それで丁度良い位なのかも。


 ボーナスのように、他のNPCが宝箱に変化を遂げたのには驚いたが。木の上の敵も、いつの間にやら姿を消していた。安心して宝箱を開けつつも、そろそろ最終戦の気配に気を引き締める一行。

 美井奈が弾美に、写真を撮るからポーズを取れと言って来たのは屈辱だったが。装備を盗まれて素っ裸の姿を晒していたのは、先ほどまではみんな共々平等だった訳で。

 怒鳴り散らすのも大人気ないと思いつつ、武器を片手に先を急ぐ素振り。


 ゲートを抜けると、なお一層の夜景が一行を迎えてくれた。天井に飛来する観覧車の明かりは、まるでキャンバスに描かれた甘い夢の景色のよう。

 イルミネーションの華麗さに、これこそ撮影する価値のある景色だと美井奈が呟く。確かにそうだ、裸の♂キャラをパパラッチするよりは数倍マシだろう。

 気付けば、少し離れた暗がりに見慣れたキャラ達が立っていた。例の3頭身のサーカス団長が、2体の新たなピエロを従えて、佇んでいたと思ったら。

 サッと手を上げ、スポットライトを要求。光の輪の中で、団長は高らかに宣言する。


 ――遊園の地での鬼ごっこはお楽しみ頂けましたかな? 8人の鬼役も残り1名、取り返すべき預かりモノも、後1つと相成りました……少しは必死になって頂けましたでしょうか?

 さて、生死の掛かった鬼ごっこも、そちらの武器防具の関係で、多少の手加減を施していた訳ではありますが。最終ステージでは、そんな野暮は言いっこ無しのデスバトルをご用意しました。

 最後まで、命がけで盛り上げ役をこなしたく思う次第ですので良しなに……!


 団長の合図と共に、後ろの立体セットにもパッと光が灯った。モンスターの巨大な顔が浮かび上がったが、それはどうやら張りぼてのよう。外見から察するに、何となく工事途中のビル現場に見えるのだが。

 セットのモンスターの口の部分へと、身を翻して歩き出す団長。どうやらそこが入り口の様子。連れているのは、背の高い2体のピエロと、反対に背の低い豹の着ぐるみ犯人。

 瞬間迷った弾美だが、無闇に突っ込むよりここは強化を優先。時間は取られたが、一団となって追跡に掛かる事に。


『私の遠隔武器が復活してますから、犯人は簡単に捕まりますよ!』

『だけど、今回はちょっと様子が違う気がするよね? 用心して行こう!』

『そうだな、団長とピエロが今回はブロッカーなのかも。戦闘になっても慌てるなよ!』


 了解との返答と同時に、一行は犯人を追って建物の中に。ところが、敵が逃げ込んだのは建物の中では無かった。工事の基礎組みのような板組の、縦の迷路の中への誘い。

 上って行くには階段を利用する他、資材運搬用の昇降機を使っても良い。常に動いている振り子を使わないと渡れない場所も、所々存在する。

 要するに、簡易版のアスレチックエリアで鬼ごっこをしようと言う訳だ。


 操作に難のある瑠璃と美井奈は、早くも弱気発言。保険にと、早くも自分達に天使魔法と妖精魔法を掛け始めている。弾美と薫は、さっさとのぼり口を発見して敵との距離を詰め始める。

 敵の一団は、ずるい手口は使わずに普通に階段で移動中。こちらの知恵次第では、先回りも距離詰めも可能な仕掛けではあるようだが。前後をがっちり、団長とピエロがガードしている。

 今回のピエロは、鉄砲を持っているようだ。


『先に行ってるぞ。縦の構造だから、敵のいる場所良く見える。迷うなよ!?』

『了解~、他に敵はいないんだよね?』

『いないみたいね~……弾美君、こっち行けばショートカットにならないかな?』


 昇降機の乗り場までの道を発見して、そちらに進む弾美と薫。出遅れた瑠璃と美井奈は、一つ上の層にあったトロッコに乗って、端から端へと短縮移動。壁の陰にに隠されていた螺旋階段を発見して一気に追いつく気配を見せる。

 先に追いついたのは、何故か瑠璃と美井奈の弱気ペアだった。腰が引けてる割には、装備回収すべく美井奈が犯人に矢を放つ。しかしその攻撃は、身代わりにとピエロが受けてしまう。

 反撃の遠隔攻撃は強烈で、瑠璃共々の吹き飛ばしダメージを受ける結果に。


『あっ、危ない~! もう少しで落ちちゃうとこでしたよっ! お兄さんっ、作戦どうしましょ?』

『範囲で吹き飛ばしちまえっ! 時間稼いだら、俺達ももうすぐ追いつくっ!』

『落ちないように、タゲが来たら安全圏に避難してみたら?』


 弾美と瑠璃のアドバイスに、美井奈は俄然やる気になった様子。範囲矢束に装備交換して、SPが貯まっているのを確認。《スクリューアロー》で全員が吹き飛ぶのを確認し、嬌声を上げながら離れた場所にサッと隠れる。

 範囲攻撃には、さすがにブロックも無駄だった様だ。目論見通りに、最後の犯人も宝箱に変わってしまったのだが、開けるには近付かないといけない。

 瑠璃は近付くのが怖くて、1層下からの魔法攻撃でのヒット&アウェイの繰り返し。


 それでも敵の一団は、守る者を失って、その場で臨戦態勢を取っている。遠隔での反撃を警戒しながらの攻撃で、ピエロの1体はもうヘロヘロ。

 そこにようやく合流した弾美と薫が、階段をのぼり様に敵へと殴り掛かって行く。吹き飛ばしの反撃や、団長の鞭攻撃に苦しめられながらも。一瞬の隙を突いて、弾美が宝箱を開錠。

 ようやく自分の装備を取り戻し、上機嫌でピエロの1体目と2体目を同時に屠るハズミン。そのままの勢いで、残った団長に刃が迫る。


 団長は、もっと強敵仕様で粘りを見せるのかと思ったのだが。特殊技の鞭でのスタンが多少ウザかった程度で、呆気なく昇天。一行は喜び合って、皆の装備の無事の返還を祝う。

 ここまでだいたい40分程度、ヒーリングしつつも次の展開を皆で予想してみるのだが。果たしてこのまま上に進むべきなのか、それとも地上の別の建物に答えはあるのか。

 案内人は倒されて、既に口のきけない身の上。ところが団長から抜け出た霊魂、ゆっくりと上昇を開始する。


『おおっ、これこそ案内人の正しき姿だな……仕事は最後まできっちりこなす美しさ!w』

『地獄への案内人だったりして……あっ、今の嘘。招かないで~w』

『それじゃ、上に向かいましょうか。次はラスボスですかね~?』


 建物の屋上には、何の波乱も無く辿り着く一行。一転して無機質なコンクリ仕立てのフィールドは、広々として戦闘には持って来い。その場に、どこからとも鳴り響く馬の蹄と馬車の轍音。

 宙を滑空して出現したのは、2頭だての馬車に乗った甲冑を着込んだ騎士だった。かなりの大きさなのは、幌付きの馬車のせいか。変わった点と言えば、甲冑の騎士の頭の部分は元の位置に無く、小脇に抱えている所だろう。

 モンスター知名度も高い、亡霊の騎士デュラハン――はっきり言って強敵だ。


 案内役の団長の亡霊が、けたたましく笑い声を発し始めた。それよりも、馬車がパーティを轢き殺そうと突進して来るのを懸命にかわす一行。引き返して来るかと思われた馬車は、後ろの幌部分をガチャリと外してしまい。操縦していた亡霊の騎士も馬車を降りてしまう。

 パーティがあたふたしている内に、なんと3部位へと分離してしまったフィールドのモンスター。最初に行動を起こしたのは、黒いチャリオット馬車だった。

 軽くなった車体を生かしての、強烈なチャージを弾美に仕掛けて来る。


 避ける事は出来なかったが、ブロックは成功した弾美。1部位だけ突出したのを良い事に、各個撃破を狙って速攻でパーティで集中攻撃を浴びせ始める。

 貯まっていたSPを惜しげもなく使用してのスキル技の連発に。チャリオット馬車は、得意の距離からの攻撃も侭ならず。再度チャージ用の距離を取る暇も無く、HPを半減させて行く。

 黒馬達の単体特殊技も、弾美は丁寧にブロックして行く。フィニッシュは薫と美井奈の、ダブル《貫通撃》――もの凄い威力に、派手な演出で出現した敵は何と瞬殺される破目に。いい所の無かった相手に、瑠璃などはちょっと同情してみたり。

 これではまるで、露払いの雑魚扱いである。


 その出来事を、一体どのように感じ取ったのだろうか。ようやく大剣を抜いて、臨戦態勢で近付いて来たデュラハンだが。もう一人、空中で不穏な動きをしている人物が。

 団長の亡霊は、騎士の後ろで停止している幌馬車に近付くと、仰々しくその扉を開け放つ。何をしているのかと思ったのも束の間、中からぞろぞろと出てくるゾンビの軍団にパーティは絶叫。

 これを盛り上がりと認識しているのか、団長の行為に一同批難轟々。


『きゃ~っ、何してくれるのっ! デュラハンはただでさえ強いのにっ!』

『馬が簡単に倒れたんで、おかしいと思ったら! これは不味いぞっ!』

『わっ、これは早めに止めないと、雑魚の群れは際限なく出て来るんじゃないでしょうか!?』

『だなっ、騎士は俺と瑠璃が抑えとくから! 範囲攻撃手段のある、美井奈と薫で馬車を早めに壊してくれっ!』


 弾美の指示に、薫が素早く反応。近付いてくるゾンビに《炎のブレス》をお見舞いし、いきなりの範囲ダメージ。接近しての《二段突き》で、たちまち雑魚のゾンビ1体が没する。

 美井奈も負けてはいない。遠隔の範囲矢弾を使用しての、惜しみない削り攻撃で薫を支援。MPは回復に残しておき、その内馬車の本体にもHPが存在するのを発見する少女。

 元を断たないとゾンビの群れは減らないと察した美井奈が、スキル技の《貫通撃》を馬車に使用すると。馬車の本体はブルッと震え、かなり体力を減らしたよう。

 雑魚を産み出す際にも、体力を使用しているようなのだが。そんな訳で馬車から吸血鬼登場。


 装備盗難騒動に、弾美はすっかり忘れていた竜魔法の《竜人化》だが。MPも結構使用するので、雑魚にホイホイと使う訳には行かないのが実情。ここと言う場面での初の使用に、ハズミンの皮膚が見る見る鱗化して行く。

 しばらく戦ってみて、防御力と腕力の上昇を実感する弾美だったが。敵も然るもの、両手剣の威力は並ではない。しかも、殴りながらの小脇の頭の魔法詠唱は、ほとんど反則である。

 瑠璃に魔法潰しを頼むのだが、スキル技でも止まる確立は半々といったところ。近付くと呪いの散布や両手剣の範囲スキル技に巻き込まれるし、たまったものではない。

 瑠璃の《エンジェルリング》の魔法はとっくに切れている。呪いが来るたびに使おうと思うのだが、弾美の回復も担う立場上、いきなりMPを空にする訳にも行かず。

 魔法と呪いと両手剣の息を継がせぬ攻撃に、膠着状態のラスボス戦である。


 馬車本体からの吸血鬼の登場に、軽いパニック状態に陥った薫と美井奈だが。雑魚のゾンビをブレスと両手槍で始末してしまうと、何とか立ち向かう余裕も出て来た二人。

 試しに薫が殴ってみると、外見の割には案外弱い事が判明する。こいつはレッサーだと通信で確認し合うものの、飛んで来た呪いと《シャドータッチ》の魔法には大わらわ。

 前衛の薫のピンチに、美井奈が遠隔スキル技を放つのだが。新たに放たれる馬車本体からの刺客の狼男が、素早い動きで美井奈にまとわり付き始める。

 コイツも雑魚とは言え、ゾンビより遥かに俊敏だ。戦場の混乱は、更に輪を広げそうな気配。


『わ~っ、狼男と吸血鬼がまた増えたっ! 弾美君、ポケット補充する暇もないよっ! 次呪いが来たらヤバイかもっ!』

『隊長、殴られて身動き取れません~! わ~んっ、妖精魔法掛けておけば良かった~』

『私、みんなに回復してる状態だけど、美井奈ちゃんの敵を引き受けた方がいいかな?』


 瑠璃の作戦だと美井奈はフリーになるが、瑠璃が敵を倒すまで回復が飛ばなくなる。その間に美井奈が妖精魔法を掛けてしまえば、確かに強力なアタッカーが復活するのは確かだが。

 実は、弾美のポケットも聖水に場所を取られて、ポーションの数はいつもの半分。回復役の瑠璃がいなくなるのは、とても怖い。薫にも回復を飛ばしている現状だと、下手したら二人前衛が崩れる可能性が出てくる。

 こんな事なら新複合スキルの性能を、前もって試しておけば良かったと後悔しつつ。名前からしたら範囲攻撃っぽいかなと勝手に納得、本番で試す事に。

 弾美はちょっと前に効果が切れた竜魔法を再び唱えつつ、パーティに指示を出す。新複合スキルは、竜魔法が掛かった状態で無いと使えない仕様のようなのだ。


『瑠璃っ、氷魔法で雑魚どもを近場に足止めしてくれ。美井奈っ、フリーになったら妖精魔法、それから破魔矢まだ持ってただろっ、交換しろっ!』

『あっ、そうか! ありますっ、了解しました!』

『レッサー吸血鬼は、美井奈ちゃんに任せればいいのかな?』

『新しい複合スキル、範囲攻撃っぽいから試してみる!』


 女性陣から驚きのコメントを頂いたのだが、弾美は至って本気である。瑠璃と美井奈の指示の遂行を見届けると、くるりと反転。固まっていた狼男にタゲを切り替える。

 初公開の《ドラゴニックフロウ》は、弾美の想像通りの範囲攻撃だった。派手な演出で宙に竜が出現したと思ったら、地上に向けて巨大な牙を振りかざす。

 雑魚の狼男は一撃受けただけでヘロヘロ、レッサー吸血鬼のHPも一気に半減してしまう。もの凄い威力に、パーティは驚きで言葉も無い程。さらに美井奈の破魔矢攻撃で、弱っていた方の吸血鬼が沈んだ。

 ここから反撃とばかりに、パーティが途端に活気付く。


 凄まじい威力の複合スキルだったが、掛け直したはずの竜魔法は切れてしまっていた。ハズミンのMPはもうスッカラカン。元々魔力の消費の大きな魔法なだけに、連発は到底無理。

 薫と美井奈の踏ん張りに、瑠璃もようやく《エンジェルリング》を使う機会を得る事が出来た。フィールドの呪いを無効化しつつ、何故かヒーリングを始めるルリルリ。

 この魔法の掛かっている状態で休憩すると、あっという間にMPが満タンまで回復するらしいのだ。エーテルを節約しつつ、回復を終えた瑠璃は薫と前衛を交代、その間に薫はポケットの補充に勤しむ事に。

 弾美の回復支援は、その間美井奈が請け負っている。素晴らしい役割ローテ振りだ。


『瑠璃ちゃん、ありがと~! 前衛交代するね~!』

『馬車のHPがもう3割切りましたね、そろそろ追い込んで壊しちゃいましょうか!』

『最後に何か召喚するかもだから、気をつけろよ。デュラハンはまだHP半分残してる、魔法が超ウザイっ!』

『了解~、後ろに下がる前に、馬車を殴っておくよ~』


 瑠璃の置き土産の《アイススラッシュ》と、美井奈の渾身の《貫通撃》で、馬車には最後の異変が。やっぱりブルッと震えたかと思うと、音を立てて崩れ落ちていく。

 最後の召喚はやはり演出と共に存在したよう。崩れた馬車が消滅すると、そこには――再び肉体を得た団長が佇んでいた。手下にのっぽのミイラ男を2体連れており、足取りの覚束無さからピエロの成れの果てではと連想してしまうが。

 薫の《炎のブレス》に、いきなり逃げ惑うミイラ男達。追い討ちの美井奈の破魔矢で、それぞれ見せ場も無く昇天。


『最後、むっちゃ弱い敵でした、隊長!w』

『か、可哀想なピエロさん達……せめて成仏してw』

『団長が全部悪いんですよっ! 薫さんっ、やっちゃって下さいっ!』

『了解っ、月に代わってオシオキよ~っ!w』


 ノリノリで団長を殴り始める薫。やっぱり頑張り所を得ない団長は、程なく2度目の昇天。恐らくは、最後の演出に満足しての成仏であって欲しいと願う一行だったり。

 こうなっては、さすがのデュラハンも強敵とは言え不利な立場に追いやられる破目に。何しろ呪いを封じられ、削り役のアタッカーがいきなり二人も増えたのである。

 削られる速度の上昇に、超ウザかった魔法の詠唱も止まり気味に。最後は怒涛のスキル技の連続攻撃に、散々と粘った甲斐も無くラスボスもようやくご就寝。

 10分以上の白熱の戦闘の終焉に、一同ようやく肩の力を抜く事が出来た。


『勝った~、終わった~、長かった~っ!』

『あれ、裏エリア恒例の宝箱はこっちじゃなくて……団長の方?』

『うん、デュラハンが倒された途端に、団長の方が宝箱に変わったみたい。最後まで役目を果たしてくれたんだね~w』

『うわっ、団長すごい仕事熱心だったな~w』


 何故か最後は、ライバルだった団長を褒め称えるパーティ一同。案内役からライバル役、最後には褒賞役までこなしてくれたのだ。あっぱれと言う他無いと、本心から思ってしまう。

 ラスボスのデュラハンからは大剣を含め、呪われた兜や装備品などがドロップ。団長の化けた宝箱からは、お待ち兼ねの迅速胴装備が出て来て一同大喜び。

 ――迅速の鎧 炎スキル+5、雷スキル+5、腕力+5、防+25

 ――重厚な戦靴 体力-2、HP-10、SP+5%、防+12

 ――重厚な手甲 体力-2、HP-10、SP+5%、防+16


 戦闘の終了時に、弾美もようやく30へとレベルアップ。とうとう3つ目の種族スキル《SP量10%アップ》を得て、スキル技の連続使用にも拍車が掛かりそうな気配。

 弾美的には新複合スキルも試す事が出来たし、勝利以上に得たものも大きい。なにより薫が迅速の鎧を装備した事で、新魔法の《レイジング》と《パライズ》を取得した。

 胴装備による防御力のアップも嬉しいし、前衛の成長はパーティにも大きな比重である。




『結構しんどかったね~! わ~、迅速のこの装備の見栄えどう?』

『いいじゃないですか! 上下揃うと格好良いですねぇ!』

『本当だね~……あっ、この服はどうかな?』


 瑠璃が先ほどのエリアで入手した、ピエロ服を着て見せびらかす。既にエリアを抜け出ているから良いのだが、毎度のファッションショーはやっぱり盛り上がっているよう。

 苦労の甲斐があって、シリーズのレア装備の2つ目をゲット出来たパーティだが。肝心の木の葉とイベントエリアを、ほとんど手を付けていないと言う事実をどう見るか。

 今夜の後半の残りの時間で、行ってみようかと言う話も出たのだが。美井奈はどちらかと言うと、大事なエリアは合同インでの方が安心出来ると口にするので。

 それなら明日にしようと呆気なく決定。今日は最後のクエストエリアに行く事に。


『も~、ハズミちゃんは……手を付けたまま放置の場所も結構あるのに~』

『別にいいだろ、暇な時に行けば。今日は太陽の鍵のエリアに決定!』

『んじゃ、クエストみんなで受けようか。私の後について来てね~』


 **カオルのクエスト・噂レポート**

 ……クエ……

*虫が湧いて、集落にも被害が。退治して来て

*モンスターの苦手な素材がある。その素材を持って来てくれたら、装備に打ち直してあげる

*向こうの水は、成分が変わっている。汲んで来てくれたらお礼をする

*木の根っこから薬を作りたい。探して見付かったら取って来て

 ……噂……

*白いガスの向こうに、巨大な影を見た

*森の中に、動く樹木を見た

*水晶の生る土地があるらしい


 毎度の薫のリサーチで、エリアに入って何をするかは迷わなくて済むのだが。どこに何があるかが分からないのはいつもの事。そこは自分達の足で頑張るしかない訳で。

 前半の1時間、変なキャラに思いっきり振り回されたせいでくたくたの一同。後半はのんびりマイペースで、エリア内を回りたい所ではあるが。薫の報告では、結構調べる場所が多い気配。

 個人それぞれの力も付いて来た所だし、探索も分かれて行っても良いかも知れない。


『今回は虫退治と素材集め、後は水と根っこ取りかな? 噂も含めると、調べるもの多いよね』

『噂話は良く分からないですねぇ、NM目撃情報でしょうか?』

『調べるもの多いから、取り敢えずは何か見付かるまでは、別行動で捜索してみようか』


 太陽の鍵を使って、早速クエストエリアに入った一行。周囲の景色を見渡すが、前の2つのクエストエリアとは打って変わって深く暗い森の中。視界は悪く、辛うじて見渡す限りでは。

 遠くの方に、石で出来た細長い塔が幾つか見えるのみ。他に変わった事と言えば、木の種類だろうか。気味悪くうねる様な生長の樹木が、数多く目立っている。

 下生えの植物にも、変な色のモノや胞子類のモノが目立っていて。のっけから不気味な景色を覗かせるエリアに、一同微妙な表情とコメントではあるのだが。

 幸い強そうな敵の姿も見えず、打ち合わせ通りにエリアに散らばる一行。


 4方向に散らばって探索するのは、このパーティでは初の試みである。オートマップ機能にはメンバーの位置か常に表示されるので、迷子になる恐れは無いけれど。塔の方向に進んでいた美井奈から、早速道が石畳になって来たとの報告が入る。

 薫からはアクティブの鹿のような獣に遭遇したとの報告。瑠璃も同じく、猪の獣人が絡んで来たと言って来る。意外と多いアクティブな敵に、弾美はやっちゃったかなと心配するのだが。

 程なく倒したと、二人が同時に報告して来る。心配無用と、やる気のコメントの女性陣。


 一方の弾美は、森を抜けてしまってそびえ立つ崖に突き当たった所。マップを確認すると、左の端まで来てしまっていたらしい。他のパーティもいい感じに散らばっており、マップの下半分はほぼ完成に近い。

 マップの上に向かって進み直しながら、地図の完成具合に手応えを得た弾美。美井奈のいる場所で取り敢えず合流しようと告げると、一同から了解との返答が。ところが肝心の弾美が、川の流れに突き当たって向こう岸に渡れないと言う事態に。

 渡る場所を探していると、木の切り株や流れ着いた枝などで、自然に出来たダムのような場所を発見。おまけに切り株が橋の役割を果たしてくれていてラッキー。そして、そこにあるポイントはもはや何度も見慣れたモノだった。

 弾美は何となく、持っていたアイテムをトレードしてみる。


 ――ザンネン、ここはむしろ水が淀んでて清浄さの欠片もありゃしないわネェ? この自然のダムを壊してくれれば、ワタシがお礼をしてあげても良いケド☆

 そうねぇ、人間の合成屋の発明した、水源式爆弾を持って来て頂戴。それでここの淀みが解消出来たら、アナタにとっておきのプレゼントをア・ゲ・ル♪

 それじゃ、待ってるわネ☆


『お姉ちゃまっ、大丈夫ですか? 獣人が多くて危ないなら、私が迎えに行きますよ~?』

『うん、ちょっと数多いし、リンクするから怖いかな~っ。お願い、美井奈ちゃん~』

『本当にこのエリア、アクティブな敵が多いね~? 私ももうすぐ、そっちに合流出来そう』

『おぅっ……ここにも妖精のポイントがあったぞ~。何か変なクエ受けた』


 弾美の報告に湧く一同だが、瑠璃は戦闘中で手が放せない。薫が自分のクエウィンドウで検分したところ、パーティ全員が受けている状態らしく。いわゆるパーティ内なら誰か一人でもこなせば良いクエの模様。

 戻ったら、誰か忘れずに合成屋に話を聞きに行くようにとの打ち合わせで、この件は終了。


 打ち合わせた場所へ急ぐ弾美だが、ただでさえ出遅れているというのに。魚の群れに絡まれてしまい、予期せぬ待ったをかけられる。薫は鹿エリアを抜け、瑠璃の方へと救済に向かっているよう。

 同じく猪の獣人に手こずる瑠璃と合流しようと、森を進んでいた美井奈だが。空き地の廃墟に崩れていない黒い扉を見つけたと、興奮した様子で報告して来る。

 扉だけ崩れずに佇んでおり、とっても奇妙でポイントも存在するよう。


『おっ、でかした美井奈っ、その場所チェックしておけよ! クエの1つかな、どのクエだろう?』

『碑文があるみたいですね……えっと、これは封魔の扉と言って、モンスターが近付かない材質で作られた不滅の扉だそうですけど』

『周りの壁が崩れてたら意味ないね~? あっ、薫さん発見!』

『私の方が先に合流出来たね~、このまま美井奈ちゃんのとこに行こうか!』


 女性陣は順調に合流を果たしているようだったが、弾美だけは離れた場所で孤軍奮闘。それでも何とか敵の群れを撃破し、ようやくうねった樹木エリアを抜け出せた。

 ここはどうやら、美井奈の言っていた石畳の道のようだ。マップをチェックして、今度は女性陣のいる場所を目指して歩き始める弾美。一応、自分もクエをこなしておくためだ。

 パーティは、程なく廃墟の一角で合流。めでたく封魔の鉱物というアイテムをゲットする。


『ふうっ、ようやく合流出来たなっ。さて、ここからどうしよう?』

『えっと、マップの上の方がまだ全然調べられてませんねぇ』

『そっち行くのはいいとして。絡む敵多いから、みんなで行動した方が良くないかな?』

『そうだね~、獣人が多いみたいだし、ちょっと怖いかも……』


 そんな訳で相談の結果、ここからは団体行動に。しばらく進むと、視界にやたらと枯れた樹木が目立つようになって来た。それからちらほらとアクティブの虫系の敵が混じり出し。

 気が付いたら、何かの巣に紛れ込んだのではと思われる大量の虫型のモンスターが。強くは無いのだが、相手をするのも面倒な数に、美井奈の範囲攻撃が大活躍の運びに。

 クエに虫退治があったと薫が言い出すのだが、これでクリアかは定かではなく。


 困っていたら、瑠璃が枝で出来た構造物を発見。蓑虫の蓑の様に、繋ぎ合わせた枝で身を隠している謎の敵。大き過ぎてぶら下がる事を放棄して、地面にでろんと横たわっているのだが。

 小さくて気持ち悪いのがたくさん出てきたらどうしようかと、瑠璃をはじめ女性陣は超弱気。クエをクリアするためには必要だと、弾美は近付いて挑発魔法を飛ばしてみる。

 もぞりと反応したそれは、急に膨れ上がって姿を現した。


 見た目はイソギンチャクの胴体に、節のある足を8本付けた様な、とっても奇怪な化け物蟲。触手の1本は酸を吐き、もう1本は粘着性の糸を吐いて敵を行動不能にして来るようだ。

 胴体にある大きな口は、もちろん呑み込み技を持っているよう。薫は驚きながらも、華麗にステップで避けている。さすがに瑠璃や美井奈とは一味違うキャラ捌きである。

 弾美は《闇の断罪》で敵の特殊技を牽制しながら、手馴れた感じでタゲ固定に成功する。程なくパーティで削り始めるが、酸攻撃が範囲で来るととても痛い。

 瑠璃が何とか《麻痺撃》で止めに入るが、粘着糸の絡め技も喰らいたくないのには変わりない。


 化け物蟲の特殊技に苦しんでいたが、パーティの削りスピードも知らずに上昇していた模様。薫の新魔法の《レイジング》は、パーティの攻撃力を底上げしてくれる効果があるのだ。

 ダメージを受けつつも、削りの速さで被害を最小限にとどめ。間もなく化け物蟲はお亡くなりに。倒した蓑のあった場所を調べると、大蟲の蓑の欠片というアイテムを得る結果となった。

 インして20分で、幸先良く2つ目のクエ終了。


『薫っちの新しい魔法、使い勝手いいな~』

『攻撃ダメージ、結構上がるね~! これも迅速の胴効果の魔法なのかな~?』

『天使とか妖精魔法みたいな、限定イベントだけの特殊魔法って事か? 確かに、メイン世界では確認されてない魔法ではあるみたいだけどな』

『へ~、弾美君はそういう情報詳しいの?』

『いや、大学のサークルの情報同人誌を友達に貰った。薫っちのコネで、もっと欲しいんだけど』


 薫はそういうサークルとの付き合いに関して、言及されるのを避けたようだった。それでも何とか繋ぎは取れるかもとの、曖昧な返事だけは返してくれる。

 明日遊びに行った時に、用意しておいてとの弾美の無茶振りには、かなり慌てた様子だったけれど。掃除で手一杯ですとの言葉は、案外本音なのかも知れない。

 

 ヒーリング後にパーティは、新たな道を探そうとするのだが。割と近くの枯れた切り株に、NMポイントを発見。トリガーの要求は『木』らしく、それも持っていると瑠璃が返してくる。

 NMの連戦になってしまうが、絡んで来る雑魚の相手よりはマシである。強化を済ましてし皆が準備完了の言葉を口にすると、瑠璃が湧かしトレードへと移行する。

 出て来た樹木のモンスターは、懐かしのトーテムポール。NM仕様なのか、以前見た時よりも大きくて厳つい感じを受けるのだが。


 戦ってみた結果は、見た目倒しと言うしかなく。4つに分裂したトーテム群は、あろう事かエリアを逃げ出す始末。攻撃の威力こそ強いものの、何だか物足りない戦闘結果だった。

 ドロップもチョー渋い結果なのは仕方の無い事かも。程度の低い両手棍と、木の実が数個、いつぞやの属性リングの初期段階も数個ドロップして、帳尻合わせなのか数だけは多いのだが。何だったのだろうと、拍子抜けのパーティ。

 トリガーが腐っていたのだと、弾美は冗談半分に言い放つ。


『……案外、そうなのかも?w』

『私の保管の仕方が悪かったのかなぁ?』

『お姉ちゃまは悪くないですよっ! 虫がこの辺を枯らしてたせいじゃないですか?』

『あ~、それが一番合ってそうだねぇ!』


 詮索はその辺にして、探索に力を入れろと弾美の洒落の効いた一言に。パーティはぞろぞろと移動を開始。森はしばらくして途切れ、風化から逃れている遺跡の壁に突き当たる。

 マップを見たら、右側は行き止まりっぽいのだが。俊足魔法を掛けた美井奈が、ひとっ走り見て来ますとの事。こういう時の美井奈の張り切り行動は、実はちょっと不安なのだけれど。

 何事も無く戻って来て、行き止まりで怪しい場所は見当たらなかったとの報告。


 反対の方向に、壁沿いに移動となった一同だが。時折崩れが見れる壁だが、入る隙間とまではいかない様子で。焦れつつも数分に渡って、入る場所を探して歩く事に。

 その甲斐あって、入り口の大門ゲートに辿り着く結果に。しかし、ここもどうやっても開かないと言う事態は、完全にパーティの想定外。弾美もいい加減、イライラも頂点に。

 美井奈が今度は、率先して反対方向に偵察に行ってくれたのだが。入り口も見つけたが、敵も引き連れて戻って来たのは美井奈らしいと言うか。


『にゃ~っ、獣人がここにもいましたっ!』

『3匹か……1匹ずつ取るぞ~』

『了解~、最後の1匹取るね~』


 猪顔の獣人は、エリアに広く分布しているようだ。三人でタゲを取ってやると、美井奈は戦闘を手伝いながら、ちょっと行った所に入り口を見つけたと報告して来る。

 ようやく進むべき道を見つけ、パーティのやる気も少しだけ上昇。


 敵を倒して美井奈の案内で、ようやく壁超えに成功した一行。遠くに見えていた塔は、施設の奥にあるようだ。手前は何かの研究施設のように、用途不明な機材が並んでいる。

 温室のような建物も存在し、スプリンクラーや庭園のようなスペースも遠くに見える。立体的な白亜の建造物は、緑に囲まれてお洒落ではあるのだが。建物の崩壊は外見はそうでもない様だが、中はぐちゃぐちゃ。

 変な色の苔や崩壊した壁などで、入ってくれるなと言わんばかり。


 左手を捜索していた瑠璃と美井奈が、崩れかけた井戸を発見した。近くに巣くっていた蜂の群れと戦闘になったらしく、それを聞いた弾美と薫も慌てて駆けつける。

 井戸にポイントが移動するので、これはクエに違いないとの推測も。戦闘終了後に調べてみると、まさにその通り。レアアイテム屋の水汲みクエのようで、マップの探索につれて、予定通り順調にクエも消化出来ている感じだ。

 もっとも、事前の情報があまりに少ないので、この方法しか無いのだが。


『建物には入れないみたいだな、少なくとも正面からは……左か右から回り込んでみようか』

『左は行き止まりっぽいですねぇ……さっき調べたんですけど』

『それじゃ、右回りかな? 残りのクエは木の根っこ探しと、後は白いガスと水晶の噂だけかな?』

『白いガス……何だか嫌な記憶が蘇りますが……』


 研究施設らしき場所に白いガスと言えば、美井奈が操られたあの地下でのステージを思い出さずにはいられない。死霊使いの手強い敵の事を記憶から掘り起こしてみるが、再び遭いたい敵では断じてない。

 移動して行くと、施設らしき建物と少し離れた場所に、かなりの広さの温室を発見した一行。入り口には何かの装置が設えてあり、ターゲット可能なポイントになっている。

 もう一つ、壊れかけの装置からは懐かしの白ガス分解液が入手出来たのだが……。


『うわっ、これは……温室の中に何かいるって事か?』

『もう1つの装置は、薬草から薬品を作る装置だって~。色別に、ポーションとかエーテル、エリクサーを製造できるらしいよ~?』

『……ポーション入手も、命がけなんですかねぇ?』

『あれ……? 何か近付いて来るよ?』


 温室の入り口で、打ち合わせ中のパーティにキャタピラ音が近付いてくる。NPCのようだと、ネームカラーで知れるのだが。様子見で油断していると、いつぞやのネコのように、勝手にパーティの一員に居座ってしまっていた。

 パーティネームからは、従者ロボットと判読出来たのだけれども。瑠璃が恐る恐る話し掛けると、園芸バサミを貰えたらしい。どうやら、これで薬草を採取しろと言う事らしく。

 至れり尽くせりなのだが、少々厚かましいと思うのは筋違い?


『しかし、遺跡に温室がやたらと多いのは気のせい?』

『西洋の歴史では、ハーブの栽培なんかは一般的だからね~。貴族の館とかでも、何種類も温室栽培してたりするんだよ~。何せ、薬にも料理の素材にもなる万能の草だから』

『へぇ、薫っち詳しいな』

『ウチの大学にも、割と大きな温室あるしね~。管理が学生の仕事だから、大変なんだけどw』


 ほぉおとパーティから、感心した雰囲気が漏れる。お母ちゃまがハーブティ好きなんですと、美井奈が話に乗っかると。採れ立てのハーブを分けてあげるよと、薫が軽く請け合って来る。

 それはそうと、温室の薬草採集は大した危険も無く終了出来てしまった。白ガスの仕掛けがあるのかと警戒した一行だが、出て来た敵は芋虫やハチくらいだったのだ。

 手分けしてポイントを見つけ、従者ロボットから貰った園芸バサミで採集して回る。ポイントはあちこち出現し、一度取ると別の場所に飛んで行くようだ。

 多人数での採集は、宝探しみたいでなかなか楽しかったのだが。時間もあるし、適当に切り上げる事に。


『ロボットの話だと、黄緑でエリクサー、紫色でエーテル、橙色でポーションだって。赤と青と黄色の葉っぱしかないから、どうなるのかな?』

『ええと、紫は赤と青ですよね? 橙色は……赤と黄色? 緑が無いのは何でですかねぇ?』

『葉っぱなのにねぇ? 黄色にちょっと青を混ぜたら、緑になるけど……』

『へぇ、そうなのか……瑠璃、黄色2つと青を試してみろよ』


 黄色は実は、1番たくさん採れた葉っぱなので。遠慮なく使ってみると、推測通りエリクサーゲット。盛り上がるパーティは、どれが必要だろうかとか、全部の葉っぱを効果的に使い切ろうと意見が飛び交う。

 結局は買うと高価なエリクサーが良いだろうと、何と大量6本もゲット。余りの薬草でポーションを作ってみたら、何と大ポーションを貰えてちょっとショックだったり。

 大ポーションならそちらをたくさん欲しかったと、前衛の本音の意見がポロリ。


 何にしろ、薬草摘みを楽しんだ一行は、ついつい白ガスの事を念頭からすっぽり忘れてしまい。薬品入手で浮かれつつ、次の建物へと向かっていると。温室の角を曲がった瞬間に、待ち構えていたガスに飲み込まれる犠牲者が約2名。

 油断していただけに、ショックも大きく。途端にパーティは大騒ぎの仲間割れ。


『美井奈っ、またお前か~!w』

『ごっ、ゴメンなさい~! あっ、でも近過ぎて弓矢撃てなくてラッキ~かも♪』

『うわっ、何コレ? 操作不能だよ~!』

『薫さん、これが白ガスの恐怖ですよ~。いま解除しますね~』


 弾美と瑠璃が解除する前に、カオルの槍にハズミンが横腹を1度抉られる騒ぎはあったものの。それ以上の被害はなく、何とか2次被害までには至らずに済んだ。

 弾美は、美井奈が逃げようとした方向を素早くチェック。どうやら、建物のエントランスに向かおうとしていた模様である。パーティは、再度白ガス分解液をしっかりポケットに仕込みつつ。

 大きな間口のエントランスに慎重に忍び寄る。


 強化を済ませて、いつ白ガスやアンデッドが湧いても驚かない心境に保ちながら。しかし、いきなり敷かれた足拭きマットが動き出すのは、完全にパーティの想定外。

 建物の中に強引に招くように、動く歩道のような動きでパーティを未知の世界へご案内。思わず逃げようとした前衛陣も、茂みから姿を見せた白ガスに一瞬怯む。

 結局逃げ出せるものもいないまま、一行はまとめて建物のエントランスに。弾美たち学生には見覚えの深い、靴箱の並びや傘立ての間取りであるが。

 その大きな靴箱や傘立てに入っていたステッキ、天井の電灯が襲い来るという事態は初体験。


『わっ、何だこれっ! ポルターガイストかっ!?』

『ひょっとして……今回は無機物を白ガスが操ってるとか?』

『わ~っ、ツボが飛んで来ましたよっ! かなり痛いですっ、隊長!』

『瑠璃っ、分解液試してみてくれっ!』


 慌てて動いた美井奈や薫は、建物の中から飛んでくるツボにぶつかったり、背丈の靴箱に挟まれたりと被害甚大。瑠璃は下手に動かなかったせいで、ステッキに小突かれた程度で済んでいるよう。

 弾美は飛んで来るものを、盾でブロックしつつ。瑠璃と一緒に分解液を試してみる。


 推理は当たっていたようで、ポトリと力無く落ちるツボやステッキ。ここで使わずにどこで使うのかと、一行はどんどん厄介な靴箱やマット達を沈静させて行く。

 あらかた分解液を使い切ると、動く物の気配はようやく無くなって。残る飛んできそうな怪しい物体は、上り口に置かれた椅子とその上に鎮座する人形だけ。美井奈が呑気に、それにも分解液を振り掛けるのだけど。それは大いなる間違い、完全に敵対行動と取られてしまって。

 動き出したそいつは、完璧自分の意思を持っていた。


『アホ美井奈っ、そいつは敵だっ! ドール型モンスターは手強いぞっ!』

『ええっ、こんなに可愛い……くないっ、怖っ!』

『美井奈ちゃん、下がって……呪い振り撒いて来るよ~!』


 椅子に置かれていた時には、確かに可愛い容貌だったのだが。フワリと動き出した途端に、両手に巨大な包丁を構え、顔付きも不気味に変化する呪い人形。

 アンデッドの中でも嫌われる理由は、その凶悪な特殊技と小さな身体。的が小さく素早い動きで、直接攻撃が当たりにくいのだ。ソウルイーターよりも、ある意味性質が悪いかも知れない。

 慌てて逃げ出す美井奈だが、敵は待ってなどくれない。いきなりの回転削り技で、ミイナのHPは瞬時に半減。更に毒と呪いを、大きく裂けた口から吐き出して来て。

 パーティは一気にパニック状態、悲鳴と怒号が飛び交う有り様。


 弾美が何とか、美井奈と人形の間に割り込んだのだが。分身の術が掛かっていたのか、攻撃はいきなり空振り。しかも続いて近付いた薫には、呪いの操り人形の特殊技が降り注ぐ。

 天井まで伸びた髪が、薫に頭上から舞い降りて。操り人形と化したカオルは、呪い人形の手下と成り果てて。後ろで毒の解除や回復に追われていた瑠璃は、弾美と薫の悲鳴を聞きつけて。

 こうなっては仕方がないと、エーテルでMPを最大回復。奥の手の《エンジェルリング》を使用。


 この奥の手の魔法が無かったならば、こんなに早く立て直しは出来なかったであろう。下手したら、同士討ちで前衛からパーティは崩壊していたかも知れない。

 とにかく操り状態と呪い状態から回復出来た一行は、小さな的にようやく狙いを定め始める。華麗なステップや分身効果で攻撃は当たりにくいが、こちらも魔法などの小技を絡めて徐々に呪い人形を追い詰めて行く。

 操り技は不発と見た敵は、今度は椅子やツボや掛け軸を操って、自分の盾に使用し始める。


『うわっ、また邪魔者が出て来たよっ! あれっ、人形回復してない?』

『あ~っ、こっちMP減って来てますっ! 何でですかっ!?』

『やべっ、闇のフィールド発動してるっ! SPも貯まりにくくなってるぞ、結界作られてるっ!』

『うあっ、天使の魔法も切れちゃった~! どうすればいいっ?』

『色違いの髪の毛が結界作ってる筈だっ、4本全部切らないと!』


 何と、知らない内に闇の結界のお陰で、敵の有利な状況を作られてしまっていた。パーティは再びパニック、何とかそれを打ち破ろうとするのだが。掛け軸やステッキが後衛にまで邪魔に入って、身動きもままならない。

 むきになったハズミンが、範囲技の《ドラゴニックフロウ》で本体ごと攻撃を仕掛ける。雑魚のツボや椅子と共に、端っこにある結界の1本が音をたてて切れた。

 それに呼応するように、薫と美井奈の範囲攻撃が炸裂。あわよくば、結界ごと消えて頂戴との本心だったのだが。雑魚は掃除出来たが、残念ながら結界はまだ健在である。さらに飛んできた魔法に、薫が麻痺を受ける。

 それから再度の呪いと毒の散布。生き生きと動き回る、仮初めの命のアンデット人形。


 追い討ちの特殊技に続き、人形も持っている範囲攻撃を披露。回転斬りを始めた人形は、独楽のように回転しながらフィールドを縦断し始める。攻撃を受けて弾き飛ばされた前衛はともかく、後衛の瑠璃や美井奈はあっという間に虫の息。

 特にタゲを取ってしまったのか、一番後ろにいた美井奈は、回転攻撃が終わった後も攻撃を受け続け。気が付けばHPが残り1割の危機に。悲鳴を上げて靴箱置き場を逃げ回る雷娘。

 雷精のお陰で何とか生きているが、このままでは危ない。


『助けて~っ、お兄さんっ! みんなっ、HPオレンジ色ですっ!』

『瑠璃っ、結界あと1本壊してくれっ! 美井奈っ、こっち逃げて来いッ!』

『ひ~っ、私が一番近いのにっ……呪いと麻痺で動けないっ!』

 

 ぎりぎり何とか間に合った弾美の割り込みフォロー。すれ違い様に《トルネードスピン》を叩き込み、呪い人形の動きを止める。同時に瑠璃が、最後の結界を壊す事に成功する。

 この時の薫と瑠璃のHPは残り3割、硬い防御を誇る弾美ですら5割程。


 麻痺のせいで、聖水をなかなか使用出来なかった薫だったが。MPを回復した瑠璃が、再び《エンジェルリング》を使用。今度こそ、敵に自由に行動させない布陣に持ち込む決意を見せる。

 瑠璃のヒーリング中に、美井奈が《ライトヒール》で前衛の毒や麻痺を治して行く。自分の回復は《風の癒し》任せだが、今度はしっかり《フェアリーウィッシュ》も掛けてある。

 入手したばかりのエリクサーを早くも使ってしまったが、死ぬよりはマシだ。


『今までの恨み~っ、避けるなこの~っ!』

『薫っち、熱くなるな……って言っても無駄か。追い込み行くぞ~!』

『りょ、了解ですっ! 《みだれ撃ち》からの《貫通撃》から行きますよ~!』


 武器をレイブレードに交換してあったハズミンは、怒涛の追い込みで厄介な敵を始末に掛かる。最後は全員の連続スキル技の豪華プレゼントで、ようやく小さな難敵は消滅。

 天井に伸びていた糸製の髪の毛が萎びて行くのを見つめつつ、パーティは安堵のため息。


 薫が今の戦闘で、レベルが28へと上がったようだ。いつの間にか抜かれていた美井奈は、軽くショックのコメント。何故か平謝りの薫だが、美井奈ももう少しで上がりそうだとの事。

 ドロップは呪いの装備を始め、結構良いアイテムや武器が満載の様子。大刃包丁は短剣らしいが、他にも呪いのピアスや呪いの人形、闇の術書や水晶玉、金のメダルに命のロウソクに闇の秘酒など。

 盛り上がったのは、呪いの人形という装備品。どうやら背中装備らしいのだが。


『えっ、呪いの人形って背中に背負うの……それは怖いねぇ?w』

『どういう装備ですか……私はちょっと遠慮しますけど!』

『背中はユニークアイテム多いからなぁ……まぁ、瑠璃持っておいてくれ』


 どんな装備だろうかと色々会話が盛り上がっていると、再度パーティに近付く小さな影が一つ。薫が驚いた様子で、慌てて後衛を守ろうと動き出すのだが。

 キャタピラ音を響かせる主は、先ほどの従者ロボットと判明。一同を案内するように、私設らしき建物を移動していく。調べてみると、どうやら他の道は障害物で進めないよう。

 仕方なく、従者ロボットの後ろを付いていくパーティ。案内されたのは中庭のようだった。


『あれっ、従者ロボット止まっちゃったねぇ。瑠璃ちゃん、話し掛けてみていい?』

『何で瑠璃に一々伺うんだ……ここは中庭? 野菜畑に見えるけど』

『話し掛けてみたけど、シャベル貰ったよ? また何か掘れって事かな?』

『変な野菜が埋まってますねぇ、ポイントいっぱいあるし、掘ってみましょう、お姉ちゃまっ!』


 パーティは従者ロボットからシャベルを貰って、いそいそとポイントを掘りに掛かる。ちょっとした嫌な仕掛けなのか、掘られた木の根っこが悲鳴を上げてMPにダメージを与えて来たり。

 せっかくヒーリングしたのにと文句を言いながら、たまにポイントから出て来るモグラ型モンスターに、こちらも悲鳴を上げつつ。そんなに強くない敵を倒して集めた、『絶叫木の根』が合計10個以上。

 クエスト達成には、充分な数量である。


 ここまでで、既に1時間程度。そろそろマップも完成したし、行ける所ももう無いかなと相談していたパーティなのだが。ここに来た時からずっと気になっていた、キープアウトの表示板と紐で隔離された中庭の一角。

 隙間から覗いた美井奈は、水晶の結晶が綺麗ですとの感想を口にするのだが。何やらポイントがあるのが気になりつつ、入れないのでは仕方が無いと諦める素振り。

 瑠璃が何気なく、貰ったシャベルを従者ロボットに返却する。貰った採集用アイテムは使用限界があるらしく、使っている内に壊れてしまっていたのだ。

 奇跡的に瑠璃のシャベルだけ壊れずに残ったのだが、これ以上持っていても仕方が無い。そう思っての返却行為が、まさか従者ロボットの次の行動の引き金になろうとは。

 マメな瑠璃だからこそ、発見出来たルートだろう。


『わっ……あれっ、今度はつるはし貰っちゃった』

『んっ、誰に? むおっ、ロボット動き出してるぞっ?』

『あ~っ、立ち入り禁止の場所、入れてくれるみたい~!』


 お姉ちゃま凄いですとの、毎度の美井奈の賞賛の中。従者ロボットは封印のための紐を、割とあっさり解いてくれていた。パーティは、貰ったつるはしを手に大盛り上がり。

 布で隔離されていたのは、美井奈の見立て通り水晶の畑だった。キラキラ輝く水晶の結晶が、畝に従って綺麗に育っている。つるはしをポイントに使用すると、採集出来たのは範囲攻撃アイテムの水晶玉。

 大喜びのパーティは、調子に乗って四人掛かりで掘り始める。


『これは凄い~っ。最後にボーナスステージだね~!w』

『俺だけで、もう4個も取っちゃってるぞっ。まだつるはし壊れないなっw』

『負けませんよ~、お兄さんっ! 私もここで4つ目ですよ~♪』

『……あの、今地面揺れなかった? 何か嫌な予感がするんだけど』


 美味しい話には裏と言うか罠があると、一人瑠璃が嫌な予感を覚えているのだが。はしゃいで物欲に走る一行は、地面の揺れにも気付かなかったらしい。

 メンバー内の水晶玉獲得数が15を超えた時、瑠璃の危惧する異変が畑を襲った。パーティごと否応無しに巻き込まれる、地盤沈下の一斉落下。悲鳴を上げる暇も無く、全員仲良く盛大に落下ダメージを受け。

 ふと見たら、みんな揃って陥没した大地の底に。


 見上げる空は、遥か遠く……と言う程落ち込んだ訳ではないけれども。どうやって上がろうかと相談し始めるパーティに、またもや忍び寄る怪しい影が1つ。

 先ほどの畑でも、やたらとモグラが出て来ていたと思ったら。巨大なモグラNMがどうやら地下に潜んでいた様子。ちょっと土の種族キャラに似ていて、ユーモラスな外見だが。

 両手に長く鋭く伸びた爪が、いかにも硬くて痛そうだ。種族的に土属性は体力と腕力、それに防御力に優れているのは周知の事実だ。敵に回すと、、それなりに厄介ではありそうだが。

 それよりも、サングラスを掛けて、装備を着込んでいるのは何故?


『……何であのモグラ、装備をまとっているんですか?』

『さあな……瑠璃、接敵前に強化くれっ!』

『了解~、時間的に最後の戦闘だね~』


 細かい事はおいておくとして。戦闘準備が整う前に、狭いフィールドでは見つかってしまうのも当たり前。素手で殴って来るのかと思いきや、大モグラはつるはしの両手持ちらしい。

 ブロックしてもかなりのダメージが、盾越しにキャラに見舞われる。見掛けのユーモラスさに騙されると、痛い目に合いそうだと弾美は気を引き締めるのだが。

 いきなりの範囲地震攻撃には、一同驚きを隠せず。

 

『きゃあっ、何ですかっ、地面が揺れましたよっ!』

『敵の範囲技みたいだな……瑠璃、今の範囲攻撃潰せそうか?』

『モーション大きいね~、やってみるっ』


 大モグラの防御力とHPは、やっぱりかなり高いようだ。それでも四人掛かりで削ってしまえば、順調に敵は弱って行く。時折やって来る地震攻撃も、弾美と瑠璃で潰しまくる。

 案外楽勝かなと思った頃に、大モグラの武器での特殊技が炸裂。畑を耕すように、周囲に群がるキャラをつるはしで高速乱打して行く。遠くで見ていた美井奈は、余りの敵のアクション振りに、コントローラーを落としそうになったと後に語ったとか。

 前衛のHPは一気に半減、それより精神的ダメージも大きかったり。


 魔法や薬品での回復で、立て直しを図るパーティだが。一瞬の隙を突かれて《ストーンウォール》が通ってしまう。キャラと敵を隔てる土壁が出来上がり、直接攻撃が阻まれる。

 敵はすかさず、遠隔魔法の《クラック》や《ストーン》、さらには地震攻撃でダメージを与えて来る作戦に切り替え。こちらの前衛は、全く為すすべ無しかと思いきや。

 弾美は後衛に号令を掛け、遠隔での反撃を支持。瑠璃と美井奈が、被弾しながら反撃の魔法攻撃。自分は《竜人化》しての範囲攻撃で、壁を一気に壊しに掛かる。

 遠隔攻撃に転じていた大モグラは、急な反撃に対応出来ずにオタオタ。


 その隙を逃がさす、魔法の壁を突破して大モグラの懐に飛び込む前衛陣。SPを溜めまくっていた薫の連続スキル技で、一気に大モグラのHPを食い千切る事に成功。

 結局は大モグラの、遠隔で一方的に苦しめると言う作戦は当て外れに終わった模様である。戦闘はそのまま、パーティ優勢のテンポのまま終了を迎える事となった。

 時間も丁度良かったようで、戦闘終了と共に2時間縛りが発動。

 

 ドロップは土竜のグローブに土竜のつるはしに安全ヘルム、金のメダルや土の術書、神水やエリクサーなどなど。つるはしは両手ハンマー扱いのようだが、パーティの誰も使えない。

 美井奈がこの戦闘でレベル28に上がって皆に追い付いた。お祝いを貰いつつ、少女も感慨深げである。まさかここまで成長出来るとは思っていなかったらしい。

 ――土竜のグローブ 土スキル+2、HP+20、防+14

 ――安全ヘルム 土スキル+2、HP+20、防+15


 気が付いたら、従者ロボットが梯子を下ろしてくれていたのだが。これ以上行く場所も無いしと、全員で転移の棒切れを使用。3つ目のクエストエリアでの冒険に終止符を打つ。

 時間も夜の10時を過ぎており、恒例の落ちる前のごたごたが巻き起こるのだが。クエの報酬や使った薬品の補充は、明日の合同インで良いだろうと弾美が判断を下して。

 それより明日の待ち合わせを、きっかりと薫にお願いしておいて。


 それぞれ順次、オンライン世界からお休みなさいの言葉と共に落ちて行くのだった。最後に残った弾美も、フレリストを見ながら落ちる算段をしていると。

 進から、こっちも終わったとの通信が入って来た。ご苦労さんなどと呑気に労わりの言葉を返す弾美だが、いつも冷静な印象の進の様子が少しおかしいのに気付く。

 どうしたのかと訊いてみると、進は幾分調子を取り戻し。あくまで噂なのだけどと前置きして。





『イベントエリアを、全部突破したパーティが出たらしい。それがどうやら……弾美、お前が昼間に口にしてたハヤト組みたいで。地上は今、凄い騒ぎになってるぞっ!』


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