♯02 ステージ2? 特訓が先!
「んで、結局付き合いで、弾美までステージクリア出来なかった訳か?」
「ああ、瑠璃がレベル7まで上げたいって言ったから、エリアボス攻略引き伸ばしてたら……いきなり妖精が騒ぎ出して、ビックリ仰天!」
「……イベント説明文読めよ、2時間リミットは凄く大事なルールだぞ。その調子じゃ、ライフポイント制も知らないだろ、弾美?」
時間は5月2日の、大井蒼空付属中学のお昼休憩。立花弾美と江岡進は、給食を食べ終えたあとの休憩時間に、昨日プレイしたファンスカの情報交換に勤しんでいた。
窓辺に陣取って、プレイの報告をする弾美と進の表情は、しかしどこか渋い。
教室内は明日からの連休を控え、どこか熱に浮かされたような雰囲気に包まれている。弾美達にしても、ゲームをやり込む絶好のチャンスなのだが、イベントの話になると話は別。
何しろ昨日始まったばかりの、振るい落とし方式の期間限定イベントなのだから。情報はまだまだ少ないし、それ故に予期せぬ不手際も当然起こり得る。
弾美のギルドも、当初の目論みは外しまくり。
「なにそれ? 妖精が何か言ってたっけ?」
「妖精は関係ない。多分レベル1からのスタートに気を遣ったんだろうけど……ライフポイント2つ分、キャラは最初から持っててイベントを継続出来る仕様みたいだな」
先ほどまでは、昨日の二人の結末を進に話していた弾美なのだけれど。その内容はと言うと、取り敢えず二人のキャラで、湧いた2匹目の火の玉NMを退治したまでは良かったのだが。
瑠璃のキャラが、2匹目のNMを倒して貰った大量の経験値のせいで。後ちょっとで弾美のキャラに、レベルが追いつくと意見を申し立てて。
雑魚を狩りまくって、必死に経験値稼ぎする事20数分。
気が付いたら、インして丁度2時間が経過していたようだ。その途端に、アイテム欄の妖精がピヨッと出現。周囲を飛び回りけたたましく喚き出して物申すには――
――ワタシが張り巡らせていた障壁が、これ以上持ちません。これからは徐々にHPが減っていくので、はやめに部屋に戻ってじっとしててネ☆
ワタシの警告を無視して酷い目にあっても、責任は取れませんからネ♪
その報告を聞いて、二人はビックリ仰天。大慌てで狩りを中断し、最初にインした部屋に駆け込む事に。正直、HPの消耗はそれ程酷いレベルでは無かったのだけれど。毒状態でボス戦に挑むのは、序盤からちょっと無謀だと判断した次第である。
進の話によると、HP減少の毒状態は15分毎に酷くなって行くらしい。リミット越えて15分後の毒状態は、レベル一桁のキャラには、どうにも酷だとの報告。30分後となると、戦闘どころではないだろうと言う予想がつく。
なにより、ピヨピヨと警告しながら飛び回る妖精が、とてもウザい。
「まぁ、スタートは出遅れたけど、2匹もNM倒せたし。瑠璃が前衛慣れしてないのはアレだけど……装備的には、先行する奴らよりは恵まれたかなぁ?」
「うむぅ、先を急ぎすぎるのも考えものだしなぁ。晃と弘一の事、昨日メールで報告しただろ?」
「うん。アホだな、あの二人は」
幼稚園の頃からの友達なので、弾美は言葉に容赦がない。昨日の夜にメールで、進から簡単な報告が来たのだが、ステージ2からは2人でパーティが組めるようになるとの事で。
『蒼空ブンブン丸』のギルドメンバーは、4時半にはステージ2の中立エリアで合流出来て、会話も出来るようになったらしい。 中立エリアは一種の結界内のようで、ここにいれば時間制限も関係ない仕様らしい。
合流したギルドメンバーで話し合った結果、進とE組の淳でパーティを組み、C組の晃と弘一でもう1パーティ結成して。情報を交換しながら攻略しようと、取り決めたまでは良かったのだが。
徐々に混み出した中立エリアに、さっさと進んでしまった方が特策だとの判断を下したC組チーム。妖精アラームが鳴ってるのにも全く意に介さずに。ステージ2に3つ存在する部屋の内の、最終エリアの難関アスレチックステージに、無謀にも挑んだらしい。
――結果、無残に敗退したのは、弾美にけなされている点からも読み取れる。
こうなったら、ゆっくり攻略の弾美の作戦の方が、優れていると進は密かに感心する。レア装備を獲得出来た点だけ見ても、これからの進行には有利だろうし。
4週間と言う長丁場を謳っているだけあって、今回のイベントはどうやら早説き方式では無さそうである。広いダンジョンが用意されている事からしても、じっくり攻略して行けば思わぬ仕掛けに巡り合える確立が高いのかも知れない。
そうは言っても、ライバルが隣にいれは、そいつより早く先に進みたいと思うのが人情。
もっとも、弾美の攻略速度は考えた上の物でも無かったりする。瑠璃に合わせていたら、たまたまNMを発見出来ただけ。一人でプレイしてたら、まず間違いなく見逃していただろう。
ただ、偶然見つけたのが瑠璃一人だけだったら、返り討ちにあってた可能性も否めない。そんな事を全て踏まえて考慮すると、意外と偶然の幸運に恵まれた巡り会わせだったのかも。
こんな事が起こるから、合同インは面白いのだ。
「じゃあ弾美は、ステージ2から津嶋とパーティ組むのな? 今日は部活どうするんだ?」
「当然出るよ。進はどうすんの?」
「連休前だしな、今日はサボって淳とイベント進める」
「って、淳もサボらせる気かよ!」
E組の久保田淳は、弾美と同じバスケット部員なのだけれど。ここら辺のイン時間の共有は、どうやら昨日の内にすり合わせておいたのだろう。ちなみに進は、バトミントン部に所属している。
今日に限っては、サボる気満々らしいが。
この調子だと、連休前の気の緩みも相まって、今日の部活の出席率は酷い事になるかも知れない。弾美は内心淳を恨んだが、ギルドマスターの身としては、イベントに力を入れる進の気持ちも良く分かる。
弾美としては、2年でレギュラーナンバーを貰った手前もある。そんな訳で、ホイホイと部活をサボるわけにも行かない。そういう所は、かなり律儀な性格の弾美である。
いや、元々体を動かすのが好きだと言う理由もあるが。
「まぁ、先に進んで情報集めておくから、その辺は勘弁してくれ。ちなみに、ステージ2は3部屋構造で、2部屋で仕掛けを作動させて3つ目の扉を開くパターンだな。3つ目はアスレチックステージで、嫌な仕掛けがいっぱいらしい……失敗した奴らの言葉だけど」
「部屋の仕掛けは言うなよ、攻略する時の感動が薄れる。……ただ、瑠璃と組む上で聞いときたいんだが、二人パーティで攻略した感じの、難易度的な感想は?」
「装備も貧弱だし、スキルも精々1つだけど、死なないように気を遣えば何とかいけるよ。ボスもそれ程強いのいないし、問題は2時間縛りかなぁ?」
それは仕方ないと、正直なところ弾美は思う。時間縛りを無くしたら、ぶっちゃけ学校を休んでプレイする者も出るだろうし。時間を掛けさえすれば、キャラはどんどん強くなれるのだ。
以前のイベントでも、そういう失敗があったのだ。運営側は、相当頭を悩ませたのだろう。まさか、ここまで社会現象――とは言え、小さな街の中でではあるが――になるとは思ってもいなかったであろうし。
ゲームの名前が売れれば、それなりに問題も発生する。地域限定のゲームですら、そういう一面を抱えてしまっている。その割には、運営の景品に豪華な物を用意して、競争を煽っている様にも見えるが。
ただ、そういう反省を踏まえつつ、段々とゲーム環境が改良されていっているのも、感触として伝わって来る。もちろん他のネットゲームの運営の問題点なども、色々と参考にしたのだろう。
プレイ料を払っている訳でもないのに、プレーヤーへのサポート対応は良心的で素晴らしいとの評判も存在する。どこで儲けを出しているのだろうと訝る物もいない訳ではないし、このゲーム自体が一種の実験室だとの都市伝説も少なからず発生しているのも事実ではあるが。
もっとも弾美達中学生は、とことん楽しむ事以外は考えていないけれど。
「出遅れた訳だし、こっちはのんびり行く事にするよ。それよりどうせ限定イベントの時間は限られてるんだから、連休中にメインキャラの方でも集まってイベントしようぜ」
「それもそうだなぁ……連休中にオフ会しようって話もあるし、津嶋から相沢と林田も誘ってくれるよう頼んでおいて貰えるか?」
「おっけ~、じゃあ今夜インして日にち決めよう!」
学校内で集まるよりは、実はゲームにインして集合を掛ける方が楽な事もあって。皆での決め事は、こうやってゲームツールを使用する事も多くなっている今日この頃である。
そんな訳で明日からの4連休――二人とも気分的には浮き浮きである。
* *
今日の放課後は、いつになく騒々しい雰囲気だ。ホームルームが終わっても、雑談したり連休の予定を確認したりするグループが、教室や廊下のあちこちに点在しているせいだろう。
そんな中でも、素早く帰り支度を進める者、部活の用意をする者が混ざり合い、混雑に拍車を掛けているのが現状である。そんな喧騒が若者特有の甲高い声で、教室から溢れ返っている。
暫くは収まりそうにないなと、弾美はため息一つ。
それでも弾美は、団子になって談話する人々の集団を華麗にすり抜け、大きなスポーツバックを抱えて部室へと移動する。部活のある日は、瑠璃に声は掛けない。瑠璃も、文化部の活動で図書館に入り浸る日もあるし、適当に時間を見計らって帰宅する事もある。
要するに、帰宅の時間がバラバラなので、示し合わせが無理なのだ。
そもそも部活のある日は、弾美は部活仲間と一緒に帰る事になっている。これは一年生の頃からの暗黙の了解なので、瑠璃は気ままに放課後を過ごす事にしている。
今日も友達と放課後の談話をした後、ゆったりとした足取りで取り敢えず図書室に向かう。頭の中で連休中に読む本のリストを作り、部員の誰かがいる事を期待して。
文化部の部活集会は、そもそも全く熱心ではないのだ。
期待に反しと言うか、予想通りと言うか。文化部の部員は誰一人いなかったが、常勤の司書さんがにっこりと笑い掛けて来た。それからいつものように、椅子と熱いお茶を勧められる。
ちょっと年配の、小柄で白髪の目立つ女性の司書さんは、驚くほど書籍全般知識が豊富である。おまけに書道やお華にも造詣が深く、瑠璃はこの人が大好きだった。
図書室に通う目的の半分は、この語らいの時間でもある。
「津嶋さん、連休の予定は何かあるの? 家族でどこかに出掛けたりとか……?」
「全然、両親とも休みが取れないそうなので……友達とは遊ぶ予定あるんです:けど。お休み中に読む本を借りたいんですけど、お薦めありますか?」
その後は、本のタイトルや雑談で話が弾んだ。それから、丁度連休に開催される書道の展覧会に、司書さんの作品が展示される予定だから、是非見に来てと招待券を渡されて。
もっとも、入場自体は無料なので、展覧日数と今こういう催し物をやってますという告知の意味合いの強い招待状のよう。簡単なつくりの栞みたいな招待状で、確かに習字展と書かれている。
出掛ける予定の無かった瑠璃は、是非行きますと嬉しそうに返事をしたものの。内心は、弾美が一緒に来てくれるかどうか、シミュレーションに頭をフル回転させていたりして。
一人で観に行くのは、こういう催し物はさすがに味気ない気がする。しかも、瑠璃にはもう一つ、連休中に覗いてみたい催し物があった。さすがに二つも付き合わされるとなると、弾美は難色を示すかも知れない。
って言うか、かなりの確率で怒り出すかも。
内心冷や冷やしつつも、いざとなったら同じクラスの静香と茜を誘って行こうと考え直していた瑠璃。そんな密かな夢想中に、突然開かれたドアと聞き慣れた声には、瑠璃は跳び上がりそうなほど驚いた。
入り口には、部活中の筈の弾美が制服姿で憮然とした顔付きで立っていた。
「ありえね~っ! 部活出席者たったの4人で、ランニングだけで動終わりになった!」
「…………帰る? それとも、お茶飲んで行く?」
「お茶飲んで、一息ついて帰ろうぜ」
司書さんが率先してお茶の用意を始めたので、瑠璃は恐縮して礼を言った。司書さんは話し相手が増えるのは大歓迎だと笑い、弾美は先程の顛末を不満気に話し出す。
瑠璃繋がりで、弾美もこの司書さんとは顔見知りである。部活の無い日などには、本を借りたり返したりの瑠璃に付き合わされて、いつの間にか知り合いになっていた感じだ。
弾美も割と、家では読書をする方なのだ。
弾美の話によると、意気揚々と部活に出たら、部室に集まったのは3年生のキャプテンと2年は自分だけ、後は1年生が2人で合計4人の有り様だったとの事で。
これではさすがに、フォーメーション形式の練習は出来っこない。そんなこんなで、ストレッチとランニングだけで今日の部活動は終わりになったらしい。気の毒な話だが、元々この中学は部活動に熱心ではなく、月曜と木曜日は練習を休みに定めている。
そんな訳で、部活動の士気も有り体に言うと全く高くない。
まぁ、この方式は進学校ならではのモノというか。生徒の中には、習い事や塾に通うものも自然と多く存在するので。学校の周辺の至る所にそういった教室の多い事から、学校側が取り決めた配慮である。
瑠璃の友達の相沢静香と林田茜も、ピアノ教室に週2日で通っている。大井蒼空付属中学はエスカレーター式にもかかわらず、3割の生徒は学習塾に通っているようで、中にはユニークな教え方の個人塾も結構あるそうだ。
学校の授業だけでも大変だと感じる弾美には、ちょっと信じられない話だったり。
そういう、部活はおざなり的な雰囲気は学生にも伝わるもので。本気で部活動に勤しむ生徒は、実際あまり多くない。全国的に名を馳せる強豪クラブも皆無に近く、弾美の所属するバスケット部も、良くて3回戦進出が精々。
県大会など、噂に聞く類いの都市伝説だと冗談で言われている程。
そういう話はさておいて、司書さんが弾美にも書道展の招待状を渡してくれたので。それを見た瑠璃は、内心ホッと胸を撫で下ろした。口は少々悪い弾美だが、人を傷つけるような事はしないし、実際かなり面倒見の良い性格なのを、幼馴染の瑠璃はよく知っている。
とにかくこれで、二人で出掛けるきっかけが出来た訳だ。
お茶を飲み終え歓談も一息ついた後、二人はようやく腰を上げる事に。瑠璃は貸し出された3冊の本を鞄にしまい込み、司書さんにお礼とおいとまを告げる。
学校内はと言えば、放課後たった一時間しか経過していないのに、人影はほとんど確認出来ない有り様だった。どうやら、活動を断念したクラブは予想のほか多かった様子だ。
声出しが原則の運動部の喧騒も、全く聞こえて来ない。
「おまたせ、帰ろうハズミちゃん」
「おうっ」
瑠璃は扉の前で、司書さんに最後の挨拶。扉を閉めると、図書室の外で待っていた弾美の横に並び歩き出す。さっき司書さんから仕入れた本のネタで、弾美もビックリする面白い話を口にしながら。
弾美も、これで結構読んだ本の数は多い。お互い、好きなジャンルの傾向はまちまちだったりするが、読んでみて二人とも好評価を付ける作品も多いのだ。
――人影のまばらな校庭を、二人は他愛ない雑談をしながら帰路についた。
* *
マロンとコロンの散歩をいつものように済ませると、時間は午後5時を過ぎていた。昨日より1時間以上、弾美の部屋でゲームを起動させるのが遅れてしまっているが、元々今日は夕方のインはしない予定だったし、それは仕方が無い事だ。
特に気にする風も無く、いつもの手順でオンライン接続を進めていく二人。それでも瑠璃は、ゲームを始める前に一応時間の区切りを口にする。
「2時間しかプレイしちゃ駄目なんだっけ? 私、夕御飯の支度あるから、6時半が限界かも」
「おうっ、取り敢えずステージ1だけクリアしよう。そしたらギルドメンバーと交信出来る様になるそうだから」
「わかった、今日は頑張るよ、私!」
「進の話だと、レベル5キャラで楽勝だったらしいけどな、エリアボス。皆40分でクリアしたらしい」
「…………」
そんな話をしている間に、ログインから昨日の洞窟のような部屋に降り立つ二人の分身キャラ。瑠璃は早速、いそいそと癖になってる自分のキャラのチェックを始める。
ルリルリは相変わらず泣きたくなる様な外見だが、NM二体を倒した功績は大きかった。そのせいで貰えた経験値で、レベルも何とか7まで上がっていた。
名前:ルリルリ 属性:水 レベル:07
取得スキル :細剣10《二段突き》 :水10《ヒール》
装備 :武器 粗末なレイピア 攻撃力+5《耐久4/10》
:胴 端切れの服 防+3
:両手 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4
:指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1
:両脚 端切れのズボン 防+2
ポケット(最大3) :中ポーション :小ポーション :小ポーション
まだまだ装備欄はスカスカで、頭装備から始まって、盾やマント、靴すらも無い。アイテムにしても、ポーションをポケットに入れるのが精一杯という感じ。
ただ、昨日弾美に倒して貰った火の玉NMから、恐らく当たりアイテムの『炎の短剣』をゲット出来たのはラッキーだった。攻撃力も初期装備より高いし、良い武器なのだが、短剣スキルの振り直しが必要なため、現在は使用を保留している。
それはともかく、状態異常を回復できる万能薬くらいは欲しいのだが……。
それでもまぁ、取得スキルをこの段階で2つ持っているのは心強いかも。そんな感じで自画自賛しつつ、ふと隣の画面を見ると。弾美のキャラは、既にエリアボスに突入していた。
驚いている瑠璃を尻目に、あっという間にボスのHPを削っていくハズミン。
ここで慌てて追従しても仕方が無い。瑠璃はアイテム欄から、昨日の調子で何気なく妖精をクリックしてみる。カバンに入っている持ち物の中で、唯一使用しても消耗しないアイテムだ。
――考えた人は、ちょっと変だと瑠璃は思う。
そう言えば、ライフポイント制というのが便利ウィンドウから確認出来るらしい。って言うか、ハートマークが二つ、確かに並んでいるのが直に確認出来ている。
昨日見落としていたのが、どうにも不思議でならない瑠璃。
――あらまぁ、まだこんな最下層でウロウロしてるの? 仕方ないなぁ……アナタってば、余程自分の腕に自信が無いのネ、可愛ソウ☆
ちょっとでも力を貸してあげたいんだけど、今のワタシにはこれが精一杯。大変だとは思うけど、ここを脱出できるよう頑張って頂戴ネ☆
陰ながら応援してるから、ドウゾ元気を出してネ♪
画面確認をしていた瑠璃は、いきなり語りだした妖精に暫し唖然とする。今日のご機嫌を伺おうと思って、何の気なしに『使用』したのだが……。
間を置かずに、アイテム取得の音楽とログが表示され、ルリルリのアイテム欄に『妖精のピアス』の文字が。思わず身を竦めて、事の成り行きを見守る瑠璃だったり。
瑠璃は暫し、完全に思考停止――これってブービー賞?
「ハズミちゃん……妖精にブービー賞貰った」
「んあ? こっちは倒し終わったぞ、どした?」
「あっ、まだ移動しないで。ステージクリアすると貰えないかも?」
そもそも、ボスを倒した時点で条件を外した可能性もあるのだが。弾美のキャラは、倒し終わった褒美のアイテム確認に忙しい様子。ボスを倒して通行可能になった昇り階段には、まだ移動してはいない。
ってか、こっちのログにも無関心。妖精も、ここまで無視されるとは思っていなかったかも。
「おっ、エーテルと中ポーションとお金だけか、ちぇっ」
「ハズミちゃん、妖精の話聞いてあげて……」
んっ? と言う顔で、弾美は妖精と言うワードに反応する。そう言えばと思い出したように、アイテム欄から妖精をクリック。何となく、過ぎ去る沈黙の時間。
瑠璃の方が、逆に弾美の所有する妖精の言動にどぎまぎしてしまったのだが。弾美が急に笑い出したので、条件をクリアしていたのが判明し、ようやくホッと一安心。
――妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1
妖精に、頑張れという言葉と共に貰った装備は、こんな感じでそれほど強くは無かったけれど。それをいそいそと装備して、満を持して挑んだルリルリの初ソロでのボス戦だったが。
――余裕過ぎる勝利に、どことなくモジモジする瑠璃であった。
* *
中立エリアがあるというのは、話には聞いていたのだけれど。小さな村くらいのスペースに、もの凄いキャラの数かひしめき合っていた。入ってすぐさまそれを目にした二人は、軽い眩暈に襲われたように、上体を同じリズムで揺らせていたり。
思考を停止させていたルリルリに、ハズミンからパーティお誘いのコール。すぐに承諾してパーティを結成しつつも群集の多さにちょっとだけ辟易する。
これでは、NPCを見つける事すら大変かも?
「人が目茶苦茶多いねぇ……」
「そうだな……取り敢えず、ちょっと分かれて情報収集しよう」
「分かった、あっちの方見てくるね、ハズミちゃん」
指で左の方を指差して、そちらにキャラを移動させる瑠璃。中立エリアの壁のグラフィックは、もろに土と根っこのみ。天井も同じく、さらに不気味な虫の徘徊なども付加されていたり。
瑠璃は、見てしまった後思わず体を身震いさせる。
弾美はキャラを反対側の壁に移動、キャラの作り出す列をすぐに確認する。不自然に美麗な造りの階段に沿って、恐らくは攻略エリア突入待ちのキャラ達の列なのだろう。
その先には、根っこの塊に埋もれた石造りの扉が。全部で同じ構造の扉が、3つばかり確認出来る。右と真ん中の扉前には、ざっと数えてそれぞれ50人以上のキャラが列を成しており、一番左はその半分くらい。
恐らく、左の扉が次のステージに繋がっているのだろうと弾美は推測する。そのためには、右と真ん中の攻略が不可欠のようだが、それを信じて並ぶには列は長過ぎる気が。
ここは、ギルドで確認を取ってみるのが一番かも。
弾美は困った時のサブマス頼みと、フレンドリストから進のキャラ『シン』と交信を試みる。他のギルドメンバーも皆インしているみたいだが、同じエリアにいるかどうかは不明。
ギルド会話で呼びかけても良いが、攻略中だと他人のログは気が散る事が間々あるのだ。その点進が相手だと、長い付き合いから気兼ねが必要ない。万一攻略中なら、何らかの方法でそう伝えてくるだろうし。
その頭の回転の速さも含めて、進は信頼出来るサブマスターなのだ。
『進、今ステージ2に着いた』
『あれ、弾美? 部活出てたんじゃ?』
『人数集まらなくて中止になった。それより今どこ?』
『ステージ3で、2つ目の部屋のイン待ち。ちょっと混んで来てるなぁ』
『こっちは凄い混んでる。多分50人以上、並んでるように見えるけど』
『うえっ、まじか! 一組インするのに5分として、2時間以上待つ計算だぞ』
うげっ、と思わず口に出す弾美に、瑠璃は不思議そうに隣から顔とモニター画面を覗き込む。瑠璃の方はあちこち歩き回った結果、鍛冶屋さんのNPCとアイテムの売店を発見した。
残念ながら、武器や防具を扱うお店は無い様子だったのだけれど。アイテム屋ではポーションや万能薬、エーテルを扱ってるのを何とか確認出来た。鍛冶屋では武器の修繕が出来て、これは必須のサービスである。使っている武器の耐久度が0になると、武器は壊れてしまうのだ。
薬品に関しては……品薄で、思いっきり高くなっていたが。
「ハズミちゃん、万能薬1200ギルもするよ?」
「なんでだっ!」
「品薄状態みたい、みんな買っていったんだね~」
弾美は暫し熟考し、さっと頭を切り替えて夕方の攻略を断念すると発表。進にその旨の会話を送信し、瑠璃にもさっさとログアウトするようにと促す。
チラッと時計を見ると、まだ5時半くらい。瑠璃のタイムオーバーまで、まだ1時間はある。弾美はオンライン画面から、メイン世界へのログインを再実行して、瑠璃に話し掛けた。
「まだ時間あるから、ちょっとメイン世界で細剣の練習するか?」
「あ~、そうだね~」
いくら幼馴染とは言え、そして虚像のゲーム世界とは言え、あまり弾美に負担を掛けたくはない。瑠璃は素直に、弾美の提案に従う事にする。
何だか久し振りのメイン世界に思えるが、実際は3日振りくらい。こちらのルリルリも、レベルが下がってて、しかも変な服を着せられてたらどうしようという怖い疑念もすぐに晴れる。
当然とは言え、無性にホッとしてしまう瑠璃。
お気に入りの衣装もそのまま、自分の部屋で寛ぐマイキャラの姿に、張り詰めていた緊張もほぐれていく。瑠璃は一発攻略のイベントや、大物討伐のギルドの集いなどは、緊張してしまってどうも苦手なのだ。
逆に、ストーリー性のあるミッションや、物語の奇抜で楽しいクエスト、キャラ性が全面に出て楽しませてくれるファンタジーの世界観は大好きなのだけれども。
せっかくの連続ミッションなどの壮大なお話を、連続スキップで読み飛ばす他のメンバーの価値観は、自分とは相容れない感覚だと瑠璃は認識している。
表立って非難こそしないが、弾美にだけはヤメテと常日頃から注意している瑠璃である。
ほんわかしながらキャラチェックしていたら、案の定弾美が焦れて来た。慌ててキャラを移動させて、架空の街中に飛び出るルリルリ。街はどこか閑散としていて、期間限定イベントの存在感を改めて感じてしまう。
ちょっともの悲しい街のありように、NPCがやけに目立っている。
「安い奴でいいから、細剣買えよ瑠璃」
「うん~……あっ、スキルも熟練度も無いから初期の武器しか装備出来ないや」
「それもそうだな」
そんな訳で、武器屋を覗いて初期の武器を購入する瑠璃。装備欄から装備交換させてやると、ルリルリのグラフィックが細剣持ちに変化する。その後、狩り場というか訓練場をどこにするのかと、弾美の言葉を待っていたら。
弾美の指は、弾むようにキーボードを叩いていた。どうやら、誰かと通信している様子。
「狩り場、どこがいいかな、ハズミちゃん?」
口にしながら、弾美のモニターを覗き込む瑠璃。画面下に表示されるログを追うと、キャラ名でマリモと言うのが目に入って来た。どうやら会話相手は瑠璃も知り合いの相手、街で唯一のペットショップを経営する店長のようだ。
店名も同じく、そのまんま『マリモ』と言う名前である。ブラジル系のハーフだと自称する、大柄だが性格の穏やかな店長は、リアルでも二人の顔見知りである。
ゲーマー度も高いようで、ゲーム世界でもよく目にする人物だ。
「おうっ、ブァマに移動して、街のすぐ外でやろう。経験値は入らないけど、簡単には死なないモンスターがいるから」
「うん……店長、仕事中なのにインしてるんだねぇ」
「暇だから、こっち来るって……仕事中なのにお気楽だな」
二人して何となく虚ろな微笑を浮かべながら、目的地にキャラを移動させる作業をこなす。ブァマ行きの街間ワープを利用して辿り着くと、早速ハズミンからパーティ勧誘のコール。瑠璃が慌てて承諾すると、パーティ人数は3人を表示していた。
既にマリモもパーティの一員で、街の入り口でハズミンと一緒にルリルリを待っていた様子。瑠璃のキャラを確認すると、マリモは小さな体でいっぱいの喜びを表現して来る。
『店長さん……いつも思うけど、お仕事平気なの?』
『さすがにイベントは進められないけど、レジ以外は基本店番だからね。お客がいない時は、モニター見てても平気だよ。今日はどこも空いてるから、NM倒しに行こうよ!』
『やだよ、客が来たらこっちほったらかしじゃん! この間酷い目にあったし!』
うんうんと、思わず同意する瑠璃。自分のキャラにも、頷きのモーションを取らせるのを忘れない。部活の無い平日にファンスカにインすると、たまに狩りに誘われるのだが。
大事な時に限って接客が入るのか、突然動かなくなる通称フリーザー。敵との戦闘中でもそんな事がしょっちゅう起こると、組んでるこっちもピンチに陥る訳で。
それでも全く悪びれない店長、困ったものである。
小さな体が、怒ったように地団駄を踏む。店長のキャラは、土属性で見た目は肌の茶色いモグラ人間。人間を基準とすると、その3分の1くらいの身長でコミカルな容姿が売りである。
体の割合からすると異様に大きな腕は、いかにも力持ちのモグラっぽい。土属性魔法に秀でているのは当然だが、腕力や防御力の高い、前衛向きのキャラである。
盾キャラ用に使用される頻度が、一番高いキャラでもある。
一方、弾美の闇属性キャラの見た目は、灰色の肌と黒髪の、ダーク系をふんだんに取り入れた人間タイプ。能力はSPが豊富で、スキル技で追い込む戦術に秀でている。
ステータスに目立った強みは無いが、種族スキルと言うレベルが上がると自動取得する能力には、探索や隠密系が多い。そのため、狩りや戦闘には自然と強みを発揮する。
前衛にも後衛にも力を発揮出来る、万能キャラの面を持っている。
瑠璃の水属性のキャラは、空色の肌に青色の髪の毛、魚をイメージさせる背ビレがチャームポイントの可愛い外見である。精神力やMP量に優れ、回復支援ではナンバーワンの安定力。
ちなみに瑠璃が水属性のキャラを選んだのは、別に後衛がやりたかったからでも容姿に惹かれたからでもない。自分の名前から藍色を連想し、対応する色のキャラを選んだのだ。
それでも魔法職の選択は、瑠璃にとっても相性が良かった様子。
弾美の方は、キャラ選択を散々悩んだ挙句に光と闇の2択まで絞り込み、能力を考慮して闇属性に決定した。今では使い慣れた、お気に入りのキャラに育っている。
仲間内からの評判も高く、今ではギルドパーティでの狩りでは、安定感を醸し出す存在と言われる程。削りアタッカーとして能力は高い上、時にはサブ盾までこなす万能タイプ振り。
ギルドの顔としても、無くてはならない存在である。
『そんな事言わないで、こんなに空いてる狩り場なんて滅多に無いんだから!』
『今日は、瑠璃の前衛練習がメインだよ』
その言葉を受けて、瑠璃は装備したばかりの細剣を、キャラに掲げさせて店長に見せびらかす。とは言っても、一番安い初期の安物武器なのだけれど。
こんな感じでゲーム内のキャラは、色々と楽しくてユーモラスな動作をする事が出来る。相手とのコミュニケーションを、このエモーションで取ることが可能なのも、架空世界の人気の一つ。
エモーションで瑠璃が調子に乗っていると、弾美に後ろからチョップされた。
「フィールドに移動するぞ」
「うん……」
ちょっと涙目になりながらも、瑠璃は素直に返事を返す。それからは、フィールドを移動しながら敵モンスターを見つけ、細剣で殴りかかる修行の時間。
店長の我がまま混じりのぼやきは、取り敢えず弾美に一任。ひたすら敵の攻撃危険エリアと、それをすり抜けて攻撃する技術の習得に余念が無い。
分かっていたが、これが意外と難しいのだ。
「ちがうちがう、背中向けずにバックステップ又はサイドステップでかわすんだってば!」
「うぅ、難しい……」
「何でいちいちタゲ切ってるんだよ、モンスターをタゲって攻撃範囲を表示させなきゃ。敵に近いほうがSP回復しやすいから、懐に潜り込むテクも覚えたほうがいいぞ」
「そこまでは、無理かも……」
前衛の難しさを改めて噛みしめつつ、早々と弱音の泥沼にはまり込みそうな瑠璃。いつも後衛担当なので、敵との微妙な距離感とか、効果的なSPの溜め方なと考えもしなかった。
後衛の距離感なんて、せいぜいが仲間に回復が届く範囲を確認する程度。それから、敵対心を取らないように注意しながら、仲間を回復したり、支援魔法や攻撃魔法を掛けたり。
後は近くに、アクティブな敵がいないかの確認くらい。
戦い方のコンセプトが全く違うので、瑠璃が戸惑うのも無理は無いのだが。アクション性の強い戦闘と、美麗で繊細な3Dグラフィックが、そもそもこのゲームの売りでもある。
多少の敵とのレベル差も、操作が上手なら何とでもなるのが面白い。アクション操作が苦手な人なら、仲間でパーティを組むのを前提に、戦術を駆使して戦えばよい。
魔法剣士を目指せば、少々のダメージは無効に出来るのでソロも可能になって来る。育てるのに相当苦労はするが、繊細なアクション抜きでも強い敵に挑めるようなキャラが出来てしまう。
その他にも、範囲攻撃で敵を一掃したり、瑠璃のように後衛支援系を目指したり、育て方で色々と幅広いキャラが誕生する。それがオンライン内で仲間と遊ぶ、ファンスカの売りでもある。
考え方で、門戸が広がるアクションゲームが『ファンタジースカイ』なのだ。
『あっ、そうだ……明日暇なら、お店の方に遊びにおいでよ。せっかくの連休なんだしさ』
愚痴にも飽きたのか、店長も今はお手伝いヘルプ依頼発動中。近くの敵か枯れてきていたので、わざわざルリルリのために、遠くから敵を釣って来てくれていたマリモだったけど。
思い出したように、二人にそう提案して来た。
『いいけど……何かあるの?』
『いやぁ、そう言う訳でもないんだけど、姉さんも会いたがっていると思うしさ?』
二人は揃って顔を見合わせつつも、ちょっと警戒気味に探りを入れる。マリモの店長は基本良い人ではあるのだが、性格的にずぼらで頼りない所もあるのだ。
マロンとコロンの餌やペット用品で、再々お店の世話になっていた二人。それが縁で店長と知り合ったのだが、気が知れてくると事ある度に店の仕事などを頼まれ出して。
まぁ、バイト扱いでお小遣いをくれるので、それはそれで別に良いのだが。
「そう言われちゃ、断れないな」
「そうだねぇ……明日、夕方のマロンとコロンの散歩コース変えて寄ろうか?」
普段は繁華街とは反対方向の、街の外を流れる河の河川敷の公園が散歩のコースなのだけれど。瑠璃の意見に弾美はそうしようかと頷いて、店長にその旨返信を送る。
ただし、ちょっと警戒は入ってるけど。
『了解、先生に会いに夕方の散歩がてら向かうよ!』
『つれないなぁ、僕は二の次?』
店長のお姉さんは、ペットショップに隣り合った建物で獣医さんを開業しているのだ。マロンとコロンも散々お世話になっており、その人の名前を出されてはさすがに断れない。
この人は弟と違ってしっかり者で、二人の事も犬の健康管理の事も、とてもよく気に掛けてくれる。お医者さんとしての腕も確かで、街でも評判の良医である。
とは言え、向こうも忙しい人なので気楽に会いには行けないけれど。
「何だか、予定立たないうちに行く所いっぱい増えていくなぁ」
「4日も休みあるから、全然平気だよ!」
自分も弾美と行きたい場所があるので、間違っても大変だとは言えない瑠璃。勢い込んでそう口にしながら、何となく曖昧な笑みを浮かべてみたり。インドアで既に、限定イベント一日2時間と読書3冊分のスケジュールは……実は結構な重圧なのだけれど。
まぁ、学校から出された宿題はそれほど多くはないし平気だろう。何にしろ、4日もある大型連休なのだし、楽しまなければ損と言うもの。家族でのイベントは全く無いけど、それは弾美も一緒。
そう考えてみたら、意外と暇な時間は多いのかも。
その後の3人パーティでの戦闘修行は、雑多な無駄話が大半を占める事になってしまい。瑠璃の前衛慣れに関しては、残念ながら中途半端に時間切れを迎えた。
別れ際に二人で相談して、夜の8時ごろにも一応様子を見る事を約束する。限定イベントのエリアの混み具合によっては、次のエリア攻略にトライしてみようとの事で合意を得て。
可能性は薄いけど、と弾美は付け加えていたが。
* *
夜には約束通り、瑠璃はリビングのモニターの前で、自分のキャラをインさせて弾美の報告を待っていた。キャラのログインはメイン世界の方で、静香や茜のキャラと情報交換や世間話をしたり、連休の予定を話し合ったり。
弾美はイベントの方の世界にインしており、しばらくは混み具合を調べていたようだ。やがて今日は諦めたと言う通信が来て、明日の夜はギルドで集まって何かするから、8時から空けておく様にとの文面の通達が来た。
静香や茜にも、同じ文面を回すようにと付け加えられて。
文面でのやり取りと言うのは、何だか味気ないと瑠璃は思う。さすがに夜中に弾美の部屋に、しかもゲームのためにお邪魔するのは論外だが。隣に存在を感じつつ、言葉を交わしながら一緒にイベントを進める事の出来る空間は寛げて良いものだ。
楽しくて手放したくない瞬間だと、瑠璃は切に思う。
瑠璃の家は、兄が大学進学で家を出て行ってしまって以来、彼女が独りでいる時間が極端に増えてしまっていた。読書する時でさえ、瑠璃は両親がいる時は、一階のリビングに降りるのが習慣になっている。
時には、こんな感じでゲームも階下でする事もある。それもまぁ、予備モニターがあるから出来る事なのだけれど。チャンネル権をゲーム画面で奪うのは、さすがに両親に対して申し訳ない。
瑠璃の家庭での両親のゲームに対する理解は、他の家庭とそれ程変わらず低いのだが。瑠璃の成績はかなり優秀なので、うるさく言われた事は今までに無い。
その点は有り難いし、友達にも羨ましがられる事も多かったりする。
リビングでは、母親の恭子さんがテレビを見ながら色んな話題について喋っていた。他の人に言わせれば、頭が良過ぎて色んな事象を幾つも同時に思考する人独特の、ひっきりなしな思考の飛び方をする女性らしいのだけど。
要するに、話題について行く方はもの凄く大変だという事でもあったりして。世間は連休なのに両親共に休みが取れない事を、ここ数日の夕食時に何度も詫びられていた瑠璃なのだが。
その話題が出るたびに、こっちは平気だから仕事頑張ってねと、一応の気遣いを見せるのはそれなりに大変。お隣さんの弾美が、家族で旅行に出かけてしまったなら、恐らく留守の間にとてつもなく寂しい思いをしただろうけれど。
こう思っては何だが、弾美の両親も休みが取れない事を、瑠璃は密かに感謝していた。
画面の中では静香も茜も、そろそろ落ちてお風呂に入ると言うので。瑠璃もそろそろ潮時かなと、弾美とギルドメンバー全員に向けて、今夜は落ちますとのメッセージを送る。
その途端に返って来る、たくさんのお疲れ様のメッセージ。
『んじゃ、おやすみ(^-^)ノ』
『おやすみ、また明日!』
『お疲れ様~、またね~』
今日の放課後に図書館で借りた本は、まだ一章も読めていない。お風呂が空くまで少しでも読み進めようと、瑠璃はゲームを終了させながらハードカバーの本を手に取る。
これはこれで至福の時間。母親の雑談をBGMに、いそいそと読書の用意を始める瑠璃。
――ログアウト中のイベント告知画面では、妖精が魅惑的な笑みを浮かべていた。