♯13 フリーエリアと母参戦!
弾美のクラスの担任は、引き続き今日も休みのようだ。美井奈と瑠璃も同じく病欠。風邪の様子見でもう1日経過を見るという話を、弾美は昨日の夜のうちに聞いている。
そうなると、期間限定イベントの進行も焦っても仕方が無い事。弾美のギルドでは、メンバーが完全復帰するまで待とうという雰囲気に落ち着いている。
学校の方も、実は停滞ムードだったりする。先生の病欠数も昨日より増えてしまい、どうやら生徒の欠席も昨日より多い様子。午後からの授業は中止になるとの話がHRで言い渡され、それも仕方が無いという空気が教室に流れる。
「弘一の奴、今日も何とか休まずに来れたみたいだな」
「あいつ根性あるなぁ……瑠璃と美井奈は、明日には復帰出来そうだって」
「そりゃ良かった。じゃあ、明日からイベント攻略に戻るのな?」
「出来ればそうしたいけど……あんまり無理もさせられないから、ちょっと微妙」
そんな会話を交わしつつ、午前中のみの授業はやっぱり感覚的にも早い感じもする次第。給食は用意されているとの事で、それを食べて掃除をして、それから解散となるらしい。
変則的な時間割だが、急遽決まった半ドンなのでそれも仕方無い。
今日も2限目が自習となり、恒例となったファンスカのイベント評論会の面々。弾美の席を中心に椅子を持ち寄って集まり、たった1日振りだが進行状況や裏話などの定期報告。
さすがに、昨日の今日ではそれ程の変化は無いのだけれど。今日はクラスメートの一人が、弾美のリクエストの大学サークルのオリジナル攻略本を持って来てくれていた。
同人誌とは思えないぶ厚い作りで、データの取り方など玄人はだしである。皆が顔をくっ付けるようにして覗き込み、その内容の充実振りに感心する事しきり。
値段を聞くと、ポッキリ1000円らしい。同人誌は大抵は大量生産などしないので、原価が高くなってしまうらしいから、それを聞くと安く感じてしまう。他にもイラスト中心のものとか、好みのキャラで漫画を描いているものなど、合計5冊。
一同いつの間にか会話も忘れて、同人誌の読み回しなどしてみたり。買い取る事は可能かと訊ねたら、これはもう古い奴だからただで良いと返事が返って来た。
しばらくは、誰がどれを貰うか揉め合いになったりしたのだが。欲しいデータはコピー機を使って共有すると言う事で、何とか弾美が本を貰える事になった。
「良かった、俺は長槍のスキル技なら分かるけど、他はよく知らないからなぁ。結構カテゴリー分けとかも綺麗にされてるから、見やすくていいな、コレ」
「凄いよなぁ、コレ。何人くらいでデータ取ったのかな? 全部の武器データ網羅してるし、種族スキルもレベル100超えまで載ってるしなぁ」
「弾美、短剣スキルのデータのコピーお願い。あと、雷と風系の魔法のページもっ」
「イラスト集は、コピー欲しい人いない? 俺貰っちゃうよ?」
また面白そうな同人誌を見つけたら、買い取るから持って来てと同級生にお願いしつつ。そう言えばパーティに新規加入した薫は、確か大学の寮に住んでいたとか言う話を聞いたのを思い出す弾美。
彼女に言えば、もっと簡単に色んな同人誌を入手出来るかも知れない。大学の寮というのも見てみたいし、薫の部屋に押しかけての休日合同インを画策するのも面白いかも。
企む顔つきになった弾実を、進がちょっと不安げに観察する。長い付き合いなので、弾美の行動で誰かが犠牲になりそうな気配を、ついつい感じてしまっていたり。
変な方向に転ばなければ良いがと、進は内心念じるのであった。
* *
今日も茜は授業のノートのコピーを、瑠璃のお土産にするようだ。購買部のコピー機コーナーで偶然出会うと、茜は自然に弾美のグループに吸収された。
帰宅の集団は、波の様に学校の出口へと向かっている。友達にコピーをと思っている生徒も多いのか、2台あるコピー機もそれなりの列が出来上がっていたが。
弾美達はそんな殊勲な気持ちからではなく、例の同人誌のデータのコピーが目的。弾美が本体を貰うので、コピー代金は弾美持ちとなっている。そのため、枚数が4人で20枚を超えていて、それなりの出費になっていたのだが。
「終わったぞ、茜。今日もノートのコピー持って行ってやろうか?」
「ありがと。でも今日はお昼から丸々休みだから、私が両方行くつもりだよ」
「なんだ、相沢は今日も休みなのか……お大事にって言っておいてくれ」
礼儀正しく、進あたりはそんな感じで済むのだが。弘一や晃辺りだと、お見舞いに行こうかと大騒ぎ。そんな事をされたら治る風邪も酷くなると言われた二人は、それなりに傷付いた顔付き。
それでも土曜日に予定されている、弾美と淳の所属するバスケの練習試合に、薫や村っちが見学に来ると話してやると。すぐに立ち直って、これはチャンスと二人で顔を見合わせる。
自分達も行くから、終わった後にオフ会のセッティングをと懇願する二人。
茜のコピーが終わるのを待ちながら、そんな雑談をしていると。クラス委員長の星野亜紀が、帰り支度で近付いて来た。弾美を中心にしたクラスの男子達と、他のクラスの弾美のギルドメンバーの面々という顔触れの前で立ち止まり、ちょっと思案気な素振り。
誰に話があるのかと、皆が訝っていたら。亜紀は少し躊躇った後、弾美に向かってこう切り出して来た。茜など、ちょっと緊張しつつも興味津々な顔で成り行きを見守っている。オンナの勘で、何となく分かってしまう気のある素振りだが。
亜紀はそんな態度も、あまり隠すつもりも無い模様。
「立花君……今日も津嶋さんのお見舞いに行くの?」
「ん、どうだろう……昨日行ったし、まぁ家は隣だからそんな面倒がる事も無いけどな」
「そう……私も伺っていいかしら?」
「それなら、茜と一緒に行けよ。今から行くそうだから」
「ぴゃっ……!?」
急に話を振られた茜は、豆鉄砲から鰻が飛び出したかのようなビックリ顔。何となく他人の三角関係的な雰囲気の成り行きを眺めていたら、自分にも糸のもつれが絡んで来たみたいな。
弾美は全く、亜紀の思惑に気付いていない様子。瑠璃と亜紀が、どういう関係というか立場なのかも、我関せずなしれっとした表情で、本当に気付いていないみたいなのが逆にスゴイ。
茜は急に額に汗を掻き始め。亜紀によろしくと言われた時には、何をと訊き返しそうに。
我関せずなのは、クラスメイトも同じ事らしい。弾美からコピーを受け取ると、そそくさと別れを告げて帰路につく。事情を何となく察している進は、やはり困った顔で顎に手を当てて考え込む素振り。茜と目が合うと、憐れむ様に頷いてみせる。
そんな同情はちっとも嬉しくない茜だが、お見舞いに来るという人間を無碍に断る訳にも行かず。亜紀にそれと無く、瑠璃とそんなに親しかったかと問い質すも。
いいえと、素で返されてしまう。相手の無表情なのがかえって怖い茜は、愛想笑いで返すしか無い。
「学年で一番の秀才との噂のある人ですもの。一度じっくり話をしてみたかったの」
「委員長も勉強出来るもんな。小説とか持って行ったら、瑠璃も喜ぶぜ。一応最近は、色んなジャンル読み漁ってるみたいだし」
弾美が後ろから、それと知らずに焚き付けて来る始末。茜は精一杯の眼力で持って、弾美にそれ以上は何も言わないでと電波を発していたのだが。
軽く無視され、一団は用事も終わったし帰ろうかと動き出す。茜にとっては、地獄の裁判の審判人の役割をこなしに行くようなもの。足取りも重く、一番後ろをトボトボとついて歩いていたが。
いつの間にか、立花家と津島家の家の前に。横にいるのは弾美と亜紀の二人だけ。
「あっ、俺ちょっと出掛けないと。瑠璃の母ちゃんに、犬を獣医に連れて行くよう頼まれてたんだ」
「そう……残念だけど仕方ないわね。大人数で病人を訪ねるのも悪いし」
「ぴゃっ……!?」
強制的に二人きりにされた茜は、もうどうしてよいのやら。泣きそうな顔で、何度も訪れた事のある津島家の呼び鈴を押す。いつも賑やかな番犬が、今日は全く反応なし。
確かに弾美の言う通りのよう。茜にとっては、全く何の手助けにもなっていないが。
瑠璃の母親の恭子さんが、今日も休みを取っていたらしく、同級生の少女達を笑顔で迎え入れる。事情を話すまでも無く、茜は家内へと引き込まれてしまった。
瑠璃の母親は、さっそく主導権を握ってのマシンガントークに突入。さすがの委員長も、これには戸惑っている模様だ。茜は慣れているので、適当に聞き流しているが。
肝心のお見舞いは、当分先になりそうだと茜は内心喜んでいたり。
玄関先で5分以上、そんなやり取りをしていたら。いつの間にか着替えを終わった弾美が、話し込んでる女性陣の後ろを通って庭へと入り込んでいた。呆れるようにこちらを見遣り、お見舞いはどうしたという目付き。
こっちの事情は放っといてと、茜も視線で送り返す。
「恭子さん、旅行カバン用のカート借りるよ。コロンを獣医に連れて行くから。それから、いい加減二人を2階に案内したら?」
「そうそう、そう思ってたのよ! 弾美ちゃん、コロンをお願いね……それとも車出そうかしら?」
それには及ばないと、弾美はてきぱきと要らないダンボールを取り出し、コロンの仮住まいを丁寧に作り始める。側のコロンは、やっぱりぐったりしてしんどそう。
その優しさの半分もこっちに欲しいと、茜は内心恨めしく憤慨するのであった。
* *
獣医の名前は『いわさきペットクリニック』と言って、お昼時にもかかわらず結構な繁盛振りだった。大きなダンボールを院内に持ち込むのに苦労したが、入ってみると置き場も無い。
どうしようかと佇んでいると、受け付けのお姉さんが急き込んで自分を手招きしている。何事かと、コロンの入ったダンボールごと移動する弾美。
かなりの重さに、足元もふらふら。
「こんにちは、受診の紙を1枚頂戴。結構待つ感じ……だよね?」
「うん、それはいいんだけど……スタッフが2人も風邪で休んじゃって、先生二人でも全然廻らないのよ! 立花君、悪いんだけど手伝ってくれない?」
またこのパターンかと思いつつ、知り合いが困っているのならば手助けしない訳には行かない。受け付けのお姉さんに案内されつつ、ダンボールごと奥の診療所に入ると。
てんてこ舞いの唯美先生を発見。マリモの店長のお姉さんで、弾美や瑠璃とも知り合いの30半ばの美人獣医さんである。もう一人、獣医の資格をもつ20代後半の神田さんという男の先生と、今は荒ぶるネコを相手に格闘している。
動物は人間と違って、治療を受けているという感謝が圧倒的に無い。治療は常に、こんな感じらしい。
「先生、立花君が手伝ってくれるそうです!」
「ありがたいっ、軍手とエプロンそこの戸棚ねっ! 消毒終わったら、この子の固定手伝って!」
受け付けの女性スタッフに、コロンの順番のキープをお願いしつつ。弾美は翻弄されるように、治療と言う戦場に放り込まれる。小型のネコならまだマシな方。注射や治療を嫌がるペットは、時には飼い主にも牙を剥くのだ。
気性の荒い中型犬は特に厄介だが、弾美は何年も犬を飼っているだけあって慣れたもの。時には両膝や全身を使って、まるで動物と格闘している気にさえなって来る。
その合間には、粗相した動物の糞の始末や機材の消毒。二人の先生に言われるままに、あれを用意したりこれを片付けたり。たまに専門用語の羅列に苦しめられたり、逃げ出した動物の捕獲に奔走したり。
こんな修羅場を毎日体験しているのかと思うと、唯美先生や神田さんに対する敬意が自然に湧いて来るのだが。仕事の多さと忙しさが、常にそれを上回っている感じである。
好きでないと出来ない仕事と言うのも存在するのかもと、弾美は内心悲鳴を上げてみる。
いつの間にか、コロンの順番が廻って来ていたようだ。体温やベロや鼻の具合を見られている間、コロンはひたすら大人しく。弾美は心配しつつ付き添っていたが、恐らくただの風邪との判断に胸を撫で下ろす。
注射をして貰っている間も、コロンはちょっと悲しそうな表情をしただけ。そのまま診察室の端っこにダンボールごと放っておかれる感じで、弾美は再び治療現場に戻される。この部屋なら暖かいし、居心地もよいだろう。
コロンの具合を心配しつつ、お手伝いの格闘はもうしばらく続く気配。
ようやく一息つけたのは、もう夕食の時間も迫ろうかという頃合いの時刻。へとへとの弾美は、座り込んだままじっと手を見る。気取っての行動ではなく、動物に傷つけられた爪や何やらの後を調べているためなのだが。
ヒリヒリする傷跡も、腕には幾つか付いているけれど。何にせよ、地獄の忙しさが終わってホッと佇んでいると。神田さんと唯美先生がコーヒーを手に近付いて来た。
弾美の分も用意されていて、有り難く受け取ってみる。
「本当にご苦労様、弾美君。今日は特にしんどかったわねぇ……気候のせいで、風邪がペットの間でも流行ってるみたいだわね」
「そうみたいですねぇ、スタッフも風邪で休みで困ってたんだよ。有り難う、立花君」
神田さんは、ノッポで人当たりの良い感じの好青年。治療中でも全く声を荒げないし、獣医というのは優しい人が就くのかと思わせる、典型的な感じの性格の持ち主である。
一方の唯美先生は、逆にテキパキとして、ややきつめのリーダー型の性格。手術などでははっきりした物言いで、場に緊張感を行き渡らせる術を心得ている。
腕ももちろん良い様で、街でも信頼されている女医さんである。その分忙しくなるのは仕方が無いのだが、時には泊り込みで入院ペットの世話までしているらしい。
頭が下がるとは、こういう事だと弾美はただ感心するのみ。
表の窓口では、まだ来客の気配がしているが。後はもう、急患しか受け付けないらしいので、弾美としても一安心。神田さんが車で送ってくれるとの事なので、コロン共々お世話になる事に。
家に1本、電話を入れて今から帰ると伝えると。隣の家の恭子さんが、治療から戻らない愛犬を心配していたとの事。しまったなと思いつつも、母親に事情を簡単に説明する。
帰る前に伝えて貰うように、親に頼み込む弾美。
神田さんが、支度が出来たと言って来たので。まだもう少し残って後始末をする唯美先生にお別れの挨拶をしている時に、代金の事をふと思い出してみたり。
ペットの治療代金は、結構バカにならない。神田さんに訊ねると、思い出したように額を叩く。
「ああ、そうだった。今日のバイト代と折半でどうかな? それと、今度の犬の予防注射をただにしておいてあげるよ」
「それは助かるけど……こっちが貰い過ぎじゃないの、それ?」
「ああ、それ位はさせて貰わないとね。また頼む時に誘い辛くなっちゃうからね」
おどけた調子で口にする神田さんだが、その目が本気っぽく見えるのは、弾美の強迫観念か考え過ぎだろうか。とにかく弾美は礼を言って、コロンを車に運び込む。
帰りはそれ程の距離では無いのだが、弾美の住宅地に車で入ろうと思ったら話は別。車での出入り口は住宅地の端に1箇所ずつしかなく、そもそも車での出入りは難しい造りなのだ。
歩いて10分余りの距離にも、車でもやっぱり同じくらい掛かってしまう。面倒だが、住宅街の安全性を重視した結果、そういう造りになっているようだ。
「スタッフの人、明日は来れそうなの、神田さん?」
「ああ、電話ではそう言ってたけど……住みやすい街だけど、気候には敵わないよねぇ」
「そうだねぇ……そう言えば、神田さんは人を雇う立場なんだよね? スタッフを雇う条件みたいなのって、明確にあるの……こう、これだけは先に分かったら良いなっての?」
「ん~、難しい質問だねぇ。確かに獣医の仕事をじかに体験して、こんな仕事だとは思わなかったって辞めていった人も多いけど……」
時間潰しに何気なく訊いた一言だったが、神田さんは割と真面目に考え込んでしまったよう。弾美にしてみれば、土曜日に父親に聞いた話を、自分なりに消化したかったのだが。
大きな会社と、スタッフ数名で回している獣医とでは、そもそも条件付けが違うかも知れないが。弾美が、もし応募して来た人の性格や個性などが、詳しく分かるファイルがあったらどうかと付け加えると。
それは欲しいかもと、少し考えの答えが返って来る。
「薄っぺらな履歴書と数分の面談じゃ、その人の性格や仕事への適応性を見分けるのは不可能だからねぇ……スタッフの苦労話は、自営業やってる友達と逢ったりすると、幾らでも飛び出す類いの話題だからなぁ」
「へえっ、やっぱりそうなのか……苦労話って、例えばどんな?」
「ウチだと、動物が好きだったのにこんな筈じゃなかったって、1日で辞めていったりかな? 後は電話もよこさず来なくなったりとか、病院の物を勝手にくすねたりとか……」
段々と怖い話になって来たが、こういう話は子供にするべきでは無いと神田さんは気が付いたのだろう。はっと気付いて口を閉じ、夏休みはウチで働いてみないかと持ち掛けて来る。
隣のペットショップで春先に働いていた時には、よく声を掛けられたのだが。考えておくと返事すると、夏休みは結構忙しいのだと気になる一言がついて来た。
あっちこっちで社会勉強の場を貰えるのは、弾美としては嬉しいのだが。何でも楽な体験というのは在り得そうも無い。
その後の雑談は、風邪引きのお隣さんの情報とか、コロンのその後の看病方法とか色々。家の前まで送って貰い、弾美はお礼を述べて神田さんと別れる。
迎えに出て来た恭子さんに、コロンを無事渡し終え。獣医でのちょっとした経緯とか看病方法とかを全て伝えてしまうと、恭子さんはこそっとお礼を手渡して来る。
あまり渡し過ぎると律子さんに怒られるから、内緒にしておくようにと小声で通達。こういう時だけは、悪知恵の働く女性ではある。それはそうと、弾美は有り難く今日のバイト代を頂戴する。
お隣さんとは言え、身内同然。親戚から貰うお小遣いみたいな感覚である。
瑠璃の顔色も窺っておこうとは思っていたのだが。既に時間は7時を過ぎていて、8時からギルドメンバーとインの約束になっているのを思い出す弾美。
恭子さんによろしく伝えておいてと伝言を頼み、そそくさと自宅に戻る事に。その後は速攻で食事して風呂に入って、ゲームのインの準備をしなければ。
忙しいほど燃えて来る気質の弾美は、今からワクワクしっ放し。気分上々で自室に戻るのだった。
* *
学校が半ドンだったせいもあり、宿題や課題の類いが一切今日は出なかった。有り難い事には違いないが、来月には中間試験が待っている。あまり気を抜いてもいられない。
それでも弾美には、瑠璃という心強いブレーンが付いているのも確かである。試験では滅多に下手な点を取った事が無いのも事実、素晴らしい安全装置である。
几帳面すぎて、たまに口煩くなるのが玉に瑕だが。
そう言えば、自分のクラスの委員長と瑠璃は、どんな会話をしたのだろうかと一瞬興味が湧いたのだが。ファンスカのオンラインでメグミからのメールを発見し、綺麗に頭から流れ去る。
以前、瑠璃が中立エリアで世話になった件でお礼のメールをしたのだが、そのお返しのようだ。地上で会えたら改めてお礼や情報交換をしたかったのだが、まだ会えていない。
向こうは結構、大所帯で活動しているらしい。その報告なども添えられてあった。
簡潔な内容だったが、中にはこんな愚痴も。早解きパーティの情報を当てに地上の各エリアを攻略しようとすると、まるで敵の強さや種類や特殊攻撃が違って苦労するらしいのだ。
フリーエリアの敵は別にして、他のエリア攻略に関しては、レベル補正はかなりきついのでそちらも注意してとの忠告が添えられてあった。
フリーエリアは、どうやら23レベルの4人パーティ程度で適正らしいとの報告も書かれていた。メグミのギルドの早解き組は、レベル上げに相当苦労したとも。
上手く立ち回った連中は、レベル18くらいで地上に到達し、果実&クエストや遺跡エリアで23程度までレベルを上げ、そこから適当にフリーエリアを利用して、イベント扉を潜って行くらしい。
正解はまだ不明だが、遅解きの方が波乱があって楽しいよね、と最後は締められてあった。弾美も全く同じ意見である。
フリーエリアは、エリアチェンジ付近の近場に蛮族が多くたむろしているので、確かに絡まれやすく危険なのだが。その奥は結構アクティブが少なくて、楽に移動出来てしまうのだ。
出来れば自分達のパーティも、人が揃ってさえいれば謎解きの方に挑戦したいのは事実だが。揃っていない時に進めるのは、弾美としては絶対にやりたくない。
それに何より、レベル16という低レベルでパーティに迎え入れてしまった早解き組が2人、今ギルドにいるのだ。フリーエリアを有効利用して、レベルの底上げをしてしまいたいのも本音である。
イン前の時間を利用して、お礼の返事の文面を考えつつも。こちらは風邪っ引きが続出してろくな情報も差し出せないと、素直に詫びなど入れてみたり。
借りはあまり作りたくないのだが、頑とした事実なので仕方が無い。
ちょっと約束の時間より早かったが、インしてみると既に何人かギルドメンバーが先にいた。薫は元気にクエストをたくさん受けたと報告し、メンバーが復帰した時には時間短縮に役に立つと浮かれ模様。
受けたクエストは、エリアごとに選別してちゃんとノートにまとめてあるらしい。聞いて貰いたい感じだったので、取り敢えずフリーエリアのクエストを弾美が聞いてみると。
意に反して、フリーエリアのクエストはたった1つ。後は噂とか情報ばかりらしいとの事。
**カオルのクエスト・噂レポート**
……クエ……
蛮族3種(猿人、魚人、馬人)の落とす素材を持って来て、お礼はする――合成屋
……噂……
煌く葉っぱが山の北側に落ちて行くのを見た!
果ての地域に友好的な種族がいる
その種族は何やら争い事で困っている?
その種族と天使が一緒にいるのを見た?
この地域は変種(NM?)が多いので注意して、餌に釣られてやって来る変種(トリガーNM?)も多数いるらしい?
『おおっ、薫さん凄いマメだなぁ!』
『えへへ、後はマップが完成すれば完璧なんだけど。種族分布とかも込みでね』
『どんだけ滞在するつもりだ、薫っち。でも、明日瑠璃達が復帰するなら、フリーエリアの面倒事を全部終わらせておくのも手かな。そしたら安心して本筋を攻略出来るしな』
『そうだな、レベル上げメインで、暇が出来たら蛮族のドロップ狙ってみようか?』
薫のレポートに、弾美や進がああだこうだと意見を並べ立てる。何しろ、移動するだけで結構な時間を食うエリアなのだ。出来ればついでの事情で、クエや面倒事を始末しておきたい。
ドロップ狙いなど完全に運なので、時間の配分なと計画出来ない。2時間縛りがある期間限定イベントなだけに、些細なクエのドロップに拘っていると命取りになる恐れがあるのだ。
そう言う点では、進の方が冷静なのだが。弾美は熱くなると、細かい事が吹っ飛ぶタイプ。
淳が風呂から上がったから誘ってくれと、恐らくギルド会話のログを読み直しながら言って来た。皆もたまにやるが、集合時間前にログインしての離席は、こういう会話を後から拾えるのが有利な点である。
村っちも昨日の夜より5分も早く、バイトから戻ってインの挨拶を告げて来た。やる気満々のテンションで、今日はどういう組み分けをするのかと弾美に訊ねて来る。
そこに、波乱を呼ぶあのキャラが参戦。しかし今日の口調は、やけにアダルティ。
『こんばんは、皆さん。今日も同じ場所でレベル上げでしたよね?』
『美井奈ちゃん……のお母さんでいいのかな?』
『はい♪ 今日は娘の要望で、私が操作して一緒に狩りに同行したいんですけど……いかがでしょう、ハズミンさん、皆さん?』
おおっと、途端にどよめく一同。ギルドメンバーにせがまれて、土曜の食事会の時の美井奈の母親の写真を男どもに見せてしまったのだ。弾美はその事を軽く後悔していたが、反面美井奈の母親の支持率は急上昇の模様である。
もちろんとか、是非ご一緒にとの誘いの嵐の中、一人弾美は美井奈の本音を鑑みていたり。出来れば自分でプレイしたいのが本当の所だろうが、学校を休んでいる手前、ゲームをするのもはばかられるのは良く分かる。
瑠璃などは、そういう所がもの凄く几帳面である。少女はそれを見習おうとしつつも、やっぱりどこかで一緒に繋がっていたい気持ちがあるのだろう。
結局、少女の気持ちを汲んだ形で弾美は了承を伝えるが。直接会った時には、こってり絞ってやろうと不穏な目論見を画策していたり。病気の時にはきっちり休む、それが常識だ。
瑠璃の遣り方の方が、やっぱり正しいと弾美は思うのだが。
それはそれとして、今日はイベント進行組で、ちゃんと二つパーティを組む事に。進の方に村っちが加わり、弾美の方は美井奈(母親)と薫の3人でのパーティ結成に。
進が真面目に、新パーティでの戦術や位置取りを練りながら行こうと提案。こちらは前衛であり最大の癒し手の瑠璃がいないので、そこまで詰めて考えられないのだけど。
自分が魔法の挑発技でタゲを取るから、みんなで削ろう的な作戦で了承を得たりして。
『美井奈の母ちゃん、弓矢は弓と矢の種類の組み合わせで攻撃力変わるから。タゲ取りそうなら、ちょっと弱くしてみて』
『了解しました。あと、今日は沙織と呼んで下さいな♪』
それだけの言葉で盛り上がる男衆、はっきり言ってアホである。恐らく、村っち辺りは冷ややかな顔付きになっているだろうと、弾美は予想してみるが。
フリーエリアに出てみると、沙織さんのキャラ操作は結構上手い事が判明。村っちははアホな男性陣に早々と見切りをつけて、沙織さんと競って釣り競争。
エリアチェンジ場所近辺の猿型蛮族を、上手に二等分してそれぞれの組で殲滅して行く。
『沙織さんって、結構上手だねぇ? 実は遣り込んでるんじゃない?w』
『いえいえ、前衛でのやり取りをしないキャラだから、ボロが出ないだけですよ?w』
『あんまり褒めると美井奈が拗ねるから、村っちも程ほどにな?w』
『……ちょっと拗ねちゃってますねぇ』
沙織さんの返答に、思わず弾美はモニター越しに苦笑い。この短期間で少女の性格をだいたい把握出来ているのは、一緒に冒険をこなした密度の濃さゆえか。
付近の蛮族は掃除出来たのだが、肝心のドロップはギルや粗末な装備品のみ。視界を高い山が塞いでおり、昨日はそれを右に進んで沼に向かったのだが。
今日はちょっと遠回りして左に進もうかと、サブマスの進が提案してきた。
『なんで、遠回りじゃんか?』
『だから、フリーエリアの葉っぱの場所教えておこうって。昨日も言ったけど無視してただろっ』
『あ~、全員いた時に取ればいいかなって。パーティに1個あればいいの?』
『いや、全員集める必要あるんだけど。場所が分かれば、次真っ直ぐ取りに来れるだろ?』
それではそうしようと、進の先導で北回りのルートで進む事に。意外に蛮族の姿が多く、倒しつつの移動をしている内に。何匹目かの討伐で、ようやく目的の素材が1個出る結果に。
収集すべき葉っぱは、荒涼の地に緑の丘を作り上げていた模様。遠くからでも目立つので、簡単に見分ける事が出来た。入手すると、他の人には譲渡不可の特殊アイテムのよう。
アイテム名は『赤色の葉っぱ』と言うらしい。見た目は普通の紅葉した葉っぱなのだが。
『ここまで20分掛かっちゃったな。2個目のドロップ狙おうか?』
『いや、レベル上げを優先しようか。ドロップ運のいい津嶋もいないしなぁ。アイテムは弾美が持ってていいよ』
『オッケー、じゃあ沼に向かうか』
『瑠璃ちゃんはドロップ運がいいのかぁ……私はあんまり良くないなぁ』
皆でドロップ運の良し悪しを自己申告しながら、5分後には沼に到着する二つのパーティ。ところが沼には先着のパーティが2組、距離を置いて猛烈に獲物の奪い合いをしている。
検索するとレベル21~22のパーティらしいが、ちょっと見ていて危なっかしい。戦闘中にもかかわらず、見切りで次の獲物を釣って来るので、盾役がふらついてしまっている。
獲物を取り合って、我を忘れている感じ。命は貴重だと言うのに。
ここが割と美味しい狩り場だと、ひょっとして昨日見られて嗅ぎ付けられてしまったのかも。昨日はたまたま空いていて、今夜は混んでいるだけなのかも知れないが。
25レベル制限と言うのは結構シビアな条件なのかもと、弾美は改めて感じてしまう。そこまで深く考えていなかったが、確かに廃墟エリアやクエストエリアをいくら攻略しても、イベントエリアを進めないとクリアには近付いていない事になる。
全部のエリアを廻る気満々の弾美は、そこまで切羽詰まってはいないのだが。
『うわ、ここは駄目だなぁ……別の場所探そうか?』
『そうだなぁ……今日はポーションも多めに持って来たし、手分けして良さそうな場所探すか』
『そうだねぇ、時間がもったいないし、よし行こう!』
村っちの掛け声で、弾美組は南東の方向へ、進組は北東へと探索スタート。ちょっとワクワクしながらも、探すのはHPが低くて柔らかそうな敵の群れである。
ところが弾美組は早くも、こっちは昨夜のNM湧き後にやっつけた敵しかいない事が判明。水鳥はともかく、カメやザリガニは硬くて厄介、魚人に至っては特殊技が結構きつくて嫌らしい。
別の場所を探索しようとしたら、ミイナ(沙織)が何かを発見。変な魚人がいると言う。
『あれあれ、NMっぽい魚人が見えましたよ?』
『なにっ、誰かの湧かし逃げか……っ!?』
『えっ、俺達も行った方がいいかな……?』
周囲を見渡してみても、リンクしそうな魚人や敵影はなし。強化魔法を掛け終わった弾美は、久々な気のするレイブレードを装備して、すぐ終わらせるから平気と返信。
ミイナ(沙織)が行けるなら釣りますよ~と言って、戦闘開始。薫も張り切って殴り始めるが、ハズミンの最強形態は両手武器の削りにも全くひけを取らない。
ミイナの遠隔攻撃を見るのも、何だか久し振りな気もするが、実際は2日振りでしかなく。アタッカー3人揃いでの削り力は凄まじく、魚人NMの反撃もいつの間にか尻すぼみ。
宣言通りに、魚人NMは見せ場も無くあっという間に撃沈されてしまった。ドロップはトライデントや水の術書、ギルも2万くらい出て有り難いことこの上なし。
さらに、魚人の鱗と魚人の目玉という用途不明のアイテムも入手してしまい。
『あっ、魚人の鱗は合成店のクエストの指定品だよ、弾美君』
『おっ、じゃあ猿蛮族に続いて2個目か、やったな弾美!』
薫の言葉でアイテムの一つは使用目的が判明。その後ハズミン組は、進と合流すべく北へと進んで行く。進のチームは、沼地から岩地へと変わる場所で、サソリやハゲタカ、サボテン型の敵と戦っていた。
経験値はまぁまぁだが、特殊攻撃の辛い敵ばかり。相談して奥へと向かうと、団子虫のような敵と砂虫のような敵、更にはケンタウロス獣人が混ざって来た。
虫形は、一般的なゲームデータではHPが少ないのだが。倒してみるといい感じなのが発覚。
『むっ、進! 団子虫を連続3匹倒して行ったら……経験値が急に上がったぞ!』
『えっ、マジかっ! 間に他の敵を挟んだら駄目なのか!?』
『条件はよく分からないけど、団子なだけに3繋ぎなのかも……?』
どんな洒落だと騒ぎつつ、しかし確かに団子の2匹目は2倍に、3匹目は急に経験値が3倍まで跳ね上がる。ここは美味しいと、ギルドメンバーのテンションも急に上昇。
フリーエリア40分後で、やっと見つけた新天地。団子虫も気持ち悪い外見の砂虫も、強敵で無い上にすぐ倒れてくれる。ケンタ獣人やサソリが時たま絡んで来るので、団子虫のチェーン中でない方が受け持つ段取りに。
その内ケンタ獣人から、偶然に大麻袋という装備がドロップした。矢筒に装備するタイプの防具で、性能はポケットが+3、HP+5、SP+5%という優れものである。
ファンスカのシステムにおいて、ポケットが増えると言う事は継続戦闘時間が大幅に延長されると言う事。中ポーション1個のHPの回復量が80なので、ポケット+1されるだけでHPが+80されたのと同じ恩恵を受けるのだ。スカスカの装備欄のキャラに+3装備となると、相当な良品だ。
そんな訳で、遠隔装備欄の空いてる前衛達からは欲しい! の熱烈コール。ギルド『蒼空ブンブン丸』では、こういう時の解決方法は弱い者から+譲り合いに尽きる。
そんな訳で、レベルの低い薫と村っちか、昨日ポケットが-2となってしまった淳が候補に。薫は先程の魚人NMのドロップのトライデントを貰ったから、今回は遠慮するとの事。
紳士の淳も今回は譲ると言う事で、村っちが1個目を貰う事に。
『ありがと~! 淳君、今度奢ってアゲル♪』
『えっ、淳だけずるいっ!』
弘一の焦った物言いも、いつもの笑いのタネ。フリーエリアで1時間が過ぎで、村っちと薫がようやくレベル20台へと到達した。皆からのお祝いにお礼を返しつつ、それぞれ覚えた新種族スキルのチェックに余念が無い。
狩りの対象も、大麻袋のドロップを受けてケンタ獣人を積極的に狩り始めるハズミン組。獣人だけに、たまに銀のメダルや換金性の高い装備品のドロップも美味しいし、経験値もまずまず。
弾美は団長をやっているだけあって、サービス精神も旺盛。皆に大麻袋を行き渡らせようと大張りきり。
団子虫を譲り受けた形になった進チームは、さすがに経験値の入りが良い。1時間半が過ぎる頃には進達も24へとレベルアップとなった。イベントエリア進出レベルまで、あと一息である。
弾美チームは、熱くなった弾美がとにかくケンタ獣人を追い掛け回す。進達がレベルアップを告げる頃には、努力と言うか執念の甲斐あって大麻袋の追加のドロップが2つほど。
さらにクエストアイテムらしい、ケンタ族の馬蹄というのを2つ入手。クエストアイテムは、これで1セット揃った計算だ。
ついでにミイナもレベルアップ。これで24なので、後1つ上げればイベント資格に到達である。それはそうと、はしゃいでいるのは本人か、はたまた今日の操作人である沙織さんなのか。
いそいそと、ステータスやスキルの振り込み先を弾美に訊ねて来る。
『おめでと~! それよりも大麻袋、やっと2つ程出たぞ~。薫っちは次出たの貰うそうだから、そっちで分けてくれ』
『おおっ、ありがとう! ところで、そっち経験値は貯まってるのか……?』
『NMも倒してるし、ミイナはたった今上がりましたよ~♪』
『うん、悪くない感じだな。俺もそろそろ上がりそう』
それなら問題ないと、進は大人しく引き下がる。何しろ弾美とは長い付き合い。一度脱線したら路に戻るどころか、そのまま荒野を突き進むタイプなのは分かっている。
1時間40分が過ぎる頃には、メンバーの中にそわそわとした雰囲気が。今夜は狩りを始めるのが遅かった分、NM湧きタイムが早いか2時間縛りの時間切れが早いか、とっても微妙な所。
じりじりと時間が過ぎて行く中、弾美チームは荒野の端に異変を発見。報告した美井奈(沙織)は最初張り切っていたけど、近付いてみると拍子抜けのコメント。
『ああっ、変なケンタウロスって思ってたら、NPCでしたっ……』
『あー、このNPCがクエ情報にあった、友好的で争い事に困っていて、天使と一緒にいるのを見掛けた種族……なのかな?』
『お~、話し掛けたらクエが発生したっぽい……クエスト大臣、進めてくれ』
『それって、今弾美君が持ってるアイテムじゃないの? トレードすれば終わる筈だよ?』
――むっ、他種族の者がこんな所まで、はるばるとご苦労な事だな。それはそうと、この先には我等の集落があるゆえ、この付近で騒ぎは起こさぬように。
……その格好から考察するに、どこかから流れて来た、腕に自慢のある冒険者のようだが。良かったらその腕前を、諍いに困っている我等の種族に貸してくれまいか?
この近辺には、魚人とインプと、我等と袂を分けて久しいケンタウロス族が、それぞれ縄張りを張っているのだ。日々の争いが最近激化して、我々としても気を抜けない状況なのだ。
『魚人の目玉』と『インプの角笛』と『タウロスのたてがみ』というアイテムがある。それぞれの首領がボスの証として誇っているものだ。そいつらを倒した証に、その3つを取って来てくれ。
そうすれば、我等の集落に入れる手形を渡してやろう。
どうやら集落前で見張りをしているケンタウロスNPCは、偉そうな感じでそう語り終えた。弾美はアイテムをチェックして、薫の言う通りトレードしようとしたら。
アイテムが1つ足りない事に気付いてショックを覚えてみたり。
『薫っち、1個足りないぞっ!』
『えっ、あれ……? あっ、ゴメン、合成屋のクエストアイテムとごっちゃになってた!』
『クエスト内容を読んでみるに、タウロスのたてがみというアイテムが足りないみたいですね』
ミイナ(沙織)の指摘通り、未だ見掛けていないのはケンタ獣人のNMのみなのだが。しょんぼりしつつ、荒野を引き返している内に、向こう側のパーティはギルド会話で盛り上がっていた。
どうやら団子虫NMが湧いたらしい。ポコポコと生まれるそれは、倒すごとに経験値が倍になって行く仕様のようだ。最初しょぼかった数値が、数をこなすごとに大変な数値に変わって行く。
強さも硬さも、比例して上がっていくようなのは、まぁ仕方の無い事態と言えるか。
『目茶苦茶硬くなってきたーっ、でもレベルあがったー♪』
『おめでとうっ、そろそろ打ち止めなのかな? 団子虫の巣が萎れて来たっぽい』
『おめでとうっ、村っちさん! 弾美のくれた大麻袋が何気に心強いぞっ!』
同意の声が重なって上がる。前衛にしても、ポーションが+3個追加で使える事態は、かなり大きな差異なのだ。スイッチが上手に作動しなかった際など、大幅に危険を軽減してくれる。
攻撃魔法を使えるキャラが進だけな為、硬質化したNMの討伐に向こうは手間取っているようだが。こちらで出来る事は無いと、周囲のケンタ獣人を再び狩り始める弾美パーティ。
そろそろ縛りの発動する時間かなと皆が思い始めた頃、やっぱり発見報告があったのはミイナ(沙織?)からだった。
『あっ、タウロスNM発見ですっ! 娘が見つけましたっ♪』
『なにっ……! まだ起きてたのかっ、さっさと寝ろっw』
『弾美君、気持ちは分かるけど……せめて褒めてあげようよw』
『娘が……ちょっと口に出せない状況に(^-^;)』
身内のごたごたは取り敢えず置いておくとして。確かにちょっと遠めに、異色のタウロス獣人の姿が。赤茶色のたてがみの一際大きな体躯のそいつは、豪奢な鎧を着込んでおりかなり強そう。
弾美はすかさず強化魔法を身に纏い、NM相手の戦闘準備。時間が無いので、やっぱりレイブレードを装備して、短期で決着をつける気満々。
って言うよりも、こちらはやはり3人パーティなので。瑠璃のいない穴を心配しての事なのだが。
戦闘は初っ端から、特殊技と複合スキルの撃ち合いで熾烈な削り合戦に。油断していると、横から殴っている薫にも、不意打ちのように蹄の蹴りが飛んで来る。
タゲがどうのと言うよりも、攻撃されたら一定の確率で反撃が飛ぶような仕掛けらしい。メイン回復キャラ不在のハズミン組は、死なないようにと皆必死である。
弾美の《シャドータッチ》でのHP吸いと目潰し効果で、蹄蹴りの命中率は何とか低下してくれた。しかし、タウロスNMのHPを何とか半分まで追い込んだ時に、無情にも2時間縛りが発動。
程なく団子虫NMとの戦闘を終えた進パーティが、心配して声を掛けて来る。
『おーい、大丈夫か、弾美? 2時間縛りが来ちゃったみたいだぞ!』
『あっ、いたいた……余ったポーション渡そうか、薫?』
『頑張れー、沙織さんっ!』
『心配無用っ!』
余裕はそれ程ある訳ではないが、戦闘中なので短い返答しか出来ない弾美。ケンタNMは短槍と大きな盾を装備しており、盾の使い方が何となくいやな感じを受ける。
そんな事を思っていたら、やっぱり盾を使っての特殊技の連続使用を隠し持っていたケンタNM。盾での突き飛ばしから、距離を取っての短槍チャージ。
ハズミンのHPは一気に6割近く持って行かれる。強烈な一撃に、画面のブレも凄かったり。
『わーっ、やばいやばいっ! 弾美回復っ!』
『心配無用っ!』
近付いた敵に、スキル技の《下段斬り》からの再度の《シャドータッチ》を使用。ミイナの回復と合わせて、取り敢えず一息つく。慎重に間合いを計り、今度は盾でのブロックでは無く、サイドステップでの防御に切り替える弾美。
盾ほどの確実性には欠けるが、メイン世界のハズミンが一番慣れ親しんだ戦術である。両手武器持ちのキャラだけに、敵の攻撃を弾くのではなく避ける防御。
これが出来ない内は一人前の前衛とは言えないと、自分に課した課題のテクニック。再度の盾の突き飛ばしを華麗に避けてしまえば、チャージを繰り出す距離がある筈も無く。
ギルド通信での、わっと言う歓声が凄い。弾美の興奮度も、じりじりと上がっていく。SPが満タンに貯まったのを見計らって、今度繰り出すのは複合スキルの《トルネードスピン》。
回転の5連撃に、幸いにも3度補正スキルのSP吸収が乗った模様。撃ち終わっても4割残っているSPを利用しての《二段斬り》で、合計7発連続ヒット攻撃!
これにはさすがのタウロスNMもたじたじ。自慢のHPもあっという間に2割を切り、やんやの声援の中、さらに美井奈と薫の追撃も加わる。
最後はどうやら、圧勝に終わったようではあるものの。こちらの状況も2時間縛りの衰弱や、回復し切れていない傷で、見た目も大変な有り様なのは隠せない。
この経験値で弾美と薫がレベルアップ。弾美は27に、薫はやっとの21である。まだまだ前途は厳しいが、2日で4つのレベルアップは、慣れない土地では上々と言えるだろう。
『ナイスファイト、弾美! やっぱり弾美の削りっ振りは燃えるなっ!』
『片手剣持ってるのが、凄い不自然に見えるけどなw 盾要らないじゃんw』
『お兄ちゃま、凄いですって、美井奈からの伝言ですよ(^-^)/』
『仲良いのねー、弾美君と美井奈ちゃん……本当の兄弟みたいでうらやましー☆』
『お兄ちゃまと呼ぶなっ! ってか、衰弱で座れないから傷が治らないっw』
『おおっ、確かに不味いな……ポーション勿体無いし、そろそろ転移で帰ろうか?』
タウロスNMの待望のドロップは、タウロスのたてがみ以外にも豪華な感じ。絹の腰袋と豪奢な大盾、豪奢な短槍に金のメダル、炎の神酒にギルも1万以上でやっぱり上々。
弾美は絹の腰袋を薫へと融通。残り物には福がある的な性能の良い筒部分の装備に、薫は感激もひとしおの様子である。これでポケットは最大上限数の12になったと大喜び。
弾美もそれを聞き、ちょっと羨ましくなる。自分も弓矢を止めて腰袋に変更しようかと思案顔。
――絹の腰袋 ポケット+4、HP+10、SP+10%
――豪奢な大盾 体力+4、防+12《耐久8/8》
『性能の良い盾が出たから、防御力8の盾いらないや。弘一いるか~?』
『性能のいい方くれっ』
『そんな事言う奴にはやらね~w』
『コントしてる場合じゃなくて、本当に衰弱やばいってば!w』
村っちの悲鳴もごもっとも。こんな状態では雑魚に絡まれただけでも、うっかり死亡してしまうかも知れない。次々にギルドメンバーが転移して行く中、しかしハズミン組に衝撃の事実が発覚。
急遽、今日参戦を決めたミイナの分の、転移の棒切れが足りないのだ。
弾美が進に補充を頼んだ時、進は念の為にと5本程度渡そうとしたのだが。1本が1千以上すると聞いた弾美が、変に遠慮して人数分しか受け取らなかったため。
手持ちが薫の分を含めて、2本しか無いのだ。
『進~っ、帰って来い~w』
『すまんっ、つられて戻っちゃった;; 弾美が2本、女性陣が0だった、よね?』
『ごめんなさい~、私が急に参加しちゃったばかりに(;\;)』
『私がライフポイント4つあるから、1個減らしても問題ないよ? そうしよっか?』
薫の献身的な意見も飛び出すが、それもやっぱり可愛そう。そんな思案中に、弾美はふとクエストのタウロス族の事を思い出す。集落が近くにあるって言ってたような、違ったような?
クエスト大臣に尋ねてみたら、そういえばそんな事を言ってたような気もするとの答え。歩いて帰っても、ここからだと余裕で15分以上掛かってしまう。その間にもう1段衰弱レベルが上がり、更に絡まれての戦闘も何度かあるとしたら。
ポーションが圧倒的に足りず、やっぱり全滅コースなのは容易に想像出来てしまう。
すがる思いで、タウロスNPCにアイテム3種のトレード。イベント動画の時間が、いつもの1千倍も鬱陶しく感じる。ピロリ~ンとの軽快な音と一緒に、発行されたタウロスの手形を手に、東の岩場を必死に探索する一同。
幸い、絡まれての戦闘はたったの1度で済んだ。何より執念を発揮して、2分でタウロスの集落を見つけた一行は、滑り込むようにエリアに飛び込んで行く。
待望のエリアチェンジの情報と、減って行くのを止めたHPバーを目にした弾美パーティの面々は歓喜の嵐。今日一番の冒険だったと、危機一髪な状況を振り返る。
『助かったよ~、集落見付かった~!』
『おおっ、良かった……どうやって償おうかと考えてたよ』
真面目な進の意見が逆に笑えてしまうのは、やっぱり全員助かった安堵からだろう。滑り込んだタウロス族の集落は、いかにものどかな感じのつくりで、住人は全てタウロス族のよう。
弾美はさっそく集落を見学しながら、ギルド会話でその町並みを報告しつつも。そろそろ夜も遅い時間なので、落ちる人は遠慮なくどうぞとの催促も忘れない。
特にミイナ(沙織)には、きつく釘を刺してみたり。
『美井奈……明日元気にゲームしたいなら、ちゃんと休息取って風邪治せよっ!』
『そうですね、それではミイナは一足お先に落ちる事にさせて頂きますね。今日はご一緒させて貰って楽しかったです、ありがとう皆さん♪』
『お休みなさいー、美井奈ちゃんお大事にー☆』
『お休み~、明日もヨロシクね~♪』
ギルド会話でお休みコールの響く中、薫も朝型だからと早めに落ちて行き。集落に一人残された弾美は、落ちる前にお店チェックだけでもしようかと思ったのだけれど。
パーティが自分だけになってしまうと、何となくやる気も出なくなり。明日でいいかと、結局自分も落ちる事に。
2日病欠の瑠璃からは、明日は学校に行けそうですとのメールが夕食の後に入っており。コロンを獣医に連れて行ってくれたお礼も、しっかりと書き添えられていた。
瑠璃からメールなど、毎日顔を合わせているお隣同士の関係上、滅多に無い事態なのだが。美井奈共々、何とか復帰出来そうな様子でホッとする弾美。
せっかく4人目のパーティ仲間がすんなりと決まって、限定イベントの進行に弾みが付きそうだったと言うのに。思わぬ横槍が入ってしまい、痛い足踏みをした感もある。
短期間の限定イベントの性質上、かなりしんどいマイナス点を貰ってしまったかも。
それでも、と弾美は考える。4人揃ったパーティの化学反応は、きっと他のどこのパーティよりもすごい筈だと。きっとこの劣勢を跳ね返せると信じて疑わない弾美は、既に何パターンか最終ボスとの仮想戦闘をこなしてみたり。
――ライバルは多いが、きっと平気な筈。その自信だけは誰にも負けない弾美だった。