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♯12 風邪っひきのゲーマー達

「さむっ……!!」


 たまらずに飛び起きた、真っ暗闇の自室の中。暗闇から伝わるのは、圧倒的な気温の低さ。昨日から寒いとは思っていたが、ここまで急激に温度が下がる事は稀ではなかろうか。

 弾美は身体を震わせながら、ベット脇の照明に灯をともす。夕方に美井奈を送って行った時に使った上着を羽織りつつ、寝ぼけた頭の働きで次に何をすべきかと思考を働かせる。

 枕元のデジタル時計を見れば、まだ午前2時過ぎ。起きるには早過ぎる。


 部屋の戸棚に、毛布が入っているのを思い出した。暖かい冬用の布団だが、全然違和感が無い程の気温である。取り出しながらも、暖房を入れた方が早かったかとも思うのだが。

 庭先から、マロンの寂しげな鳴き声が聞こえて来た。外はどれだけ寒いんだと、弾美は窓に歩み寄って確認。寒い夜の外気は触れられそうだと、変な感傷に浸りつつ。

 これは愛犬も家に避難させた方が良いかなという気になってみたり。

 

 この辺りの地方の独特の気象現象なのか、季節の変わり目に時々こんなぶり返しがやって来る事がある。放射冷却だとか何とか、詳しい仕組みは弾美も知らないが。

 階段を下りて行きながら、両親の心配もした方が良いと思い起こして。リビングの全部屋操作の室内調節器で両親の寝室を、堂々と明かりをつけながらオンにする。

 普段もオンにしておけば、1年を通して快適な生活を過ごせるのは間違い無いのだけれど。そんな勿体無い事をしている家庭は、そこら中探しても滅多に無い筈。

 電気代の事を考えると、どうしてもそちらに軍配が上がるようだ。

 

 子供の頃はこのスイッチ類で遊んでいて、散々家族に怒られたものだが。今日に限っては風邪予防の手助けになっている。先進技術も捨てたものではないと、弾美は一人納得顔。

 それが終わると、庭へ続くガラス戸をそっと開けて、マロンの名前を呼んでやる。呼ぶまでも無く明かりと人の気配に側にいた大型犬は、主人の了解を得ると、のそりと家に上がりこむ。

 冬の寒い日などは、玄関やリビングの隅っこで夜を越す事を許されているのだ。仔犬の頃には弾美の部屋まで連れ込もうと画策していたが、それは母親に全力で阻止された記憶がある。


 愛犬の脚の裏の汚れをボロタオルで拭いてやっていると、後ろから不意に弾美に声が掛かった。母親の律子さんが、気配を感じて起きて来た様である。

 室内の寒さに、やはり少し震えながら。羽織るものを探して視線を彷徨わせるのだが、適当なものが見付からずに困っている感じ。弾美は仕方なく自分の羽織っている上着を差し出した。

 感謝の言葉と共に、さっそくそれを肩にかける律子さん。


「ありがとう、弾美、暖房入れてくれたの? これだけ寒いんじゃ、仕方ないわねぇ……あんたの部屋も使いなさい、風邪引いちゃうわ」

「毛布出したから大丈夫……マロンも一晩避難させておくよ?」

「それはいいけど……お隣さんは大丈夫かしらねぇ? 昨日も旦那さん、調子悪そうだったけど」


 心配そうに窓の外を見遣る律子さん。だが幾ら親しいとは言っても、こんな夜中に警告に出向いたり電話をしたりするのも常識外れである。お隣の家は、こちらと違って静かなもの。

 弾美もそれは同じ事で、夕方からこちら、幼馴染の瑠璃の事が心配ではあるのだが。近くに居てもどうしようもないもどかしさを感じ、何となく犬の背を撫でてみる。

 母親が明日も早いと口にして、寝室に戻りたそうな素振りを見せたので。弾美もお隣の心配は、ひとまず脇に置いておいて。ひとまずは、素直に寝室に戻る事にする。

 今度はちゃんとした眠りに就くべく、再びベットへと向かう弾美であった。


     *     *


 朝になっても気温はなかなか上がろうとせず、マロンも外出にたじろぐ気配を見せたものの。やっぱり散歩はしたいようで、もやの掛かった街道にえいやっと飛び出す。

 ところが津嶋家はほぼ全滅模様。予想した通りに、瑠璃とその父親がまずダウン。ペットのコロンも具合が悪そうで、弾美は代わりに散歩に連れ出すのを断念したのだった。

 今朝はさすがに、公園で人の気配を探すのも一苦労な感じである。その分マロンの手綱を外して、好き勝手に一緒に駆け回れたのは良かったのだが。

 薫も今日は、さすがに外出を控えたようだった。公園で姿を発見出来ず、弾美は少し寂しい思い。仕方なく、ボールを使うのを断念して、土のトラックを延々と走り続ける事に。

 こんな寒い日は、さすがにボールを触る気になれない。


 ところが幾らも走らない内に、隣を一緒に走るマロンの気が、芝生の斜面の方に逸れたのに弾美は気付いた。知り合いでも発見したのかと、弾美もそちらに目を向けると。遅れて登場の薫が、普段より厚着をして立っていた。

 寒そうに身体を震わせながら、こちらに手を振りつつ慎重に斜面を降りて来る。


「弾美君、おはよ~」

「おはよう、薫っち。今日はさすがに来ないかと思った」

「ウチの田舎は寒い所だからねぇ。このくらい平気、多分」


 そう言いながらも、やっぱりブルブルと震えている薫。言っている事と行動が一致していないが、マロンを見るとにぱっと笑い、元気良くついておいでと駆け出してみる。

 弾美もそれに追従、今日はとことん走りたい気分。


「今日は瑠璃ちゃんお休み? 珍しいけど、ひょっとして風邪でも引いた?」

「うん、ウチのパーティは俺と薫っち以外、風邪で全滅」


 走りながらの会話は、それなりに労力を必要とするのだが。あっちゃーという顔付きの薫だったが、弾美が意外とさばさばしているのを見て首を傾げる。

 昨日の夕方からの事情を説明して貰いつつ、しばらく限定イベントの進行が停止するかもとの言葉に、薫は黙って頷くしかなく。知り合ったばかりの少女達の心配などしてみるのだが。

 

 昨日初めて少しだけ会話した、美井奈という女の子の事を弾美に訊ねてみると。変な奴だとのさっぱりした答えが返って来た。最初の人見知りから抜け出すと、途端に手がつれられない程の甘えん坊になるらしく、からかうと面白いとも付け加えて来る。

 既に何度か合同でインしているので、自分とも瑠璃ともかなり親しくなっていると聞くと。歳上の薫としても、黙ってはいられない。自分もその輪に加えて貰いたいと申し出る。

 弾美はそれをあっさり承諾。今日は無理だが、木曜日の放課後には合同インするかもとの事。


「わ、わかった。是非私も出席させて頂戴。何が必要かしら?」

「ん~、簡易モニターとか、コントローラーとか……結構な荷物になるけど、平気かな?」

「自転車持ってるから大丈夫だと思う。わっ、わっ、今から楽しみだなぁ……!」


 子供のようにはしゃぐ歳上の女性を横目で見ながら、弾美もそうなれば良いと切に願う。それまでに瑠璃と美井奈には、体調をしっかりと戻して貰わないと。

 なかなか明るくならない周囲の景色に、二人ともうんざりしつつも。それでも太陽の存在は、確実に時間の経過を提示してくれている。身体を動かした事で、ようやくしゃきっとして来た弾美。

 今日も頑張ろうと、持って来たタオルで汗を拭うのだった。


     *     *


 散歩から帰ると、家の中が少し慌ただしかった。お隣さんが会社を休むというので、そちらの研究チームへの申し合わせみたいな事を、母親二人が話し合っていたのだ。

 旦那さんと娘が風邪をひいた事で、恭子さんも看病で休みを取る事にしたようだ。津嶋家で無事だったのは、恭子さんだけだったようで、その事実についての発言を弾美は控える事に。

 ただ、学校が終わったら瑠璃の見舞いにでも来てくれるよう、さり気無い誘いは恭子さんからあったのだが。


「学校の方はどうなの、弾美? ひょっとして休校とかあるのかしら?」

「どうだろ、8時にメール通信があるかも知れないけど。情報パネルには何も無かったよ」

「私、今日こっちで朝食取るわ。パンとコーヒーお願い、りっちゃん」


 マイペースな恭子さんは、家族の看病も何のその。弾美の母親に朝食をねだった後、新聞を広げて読み始める。もっとも、向こうの家庭では朝食をとる元気のある者は皆無なのだろうが。

 母親同士の戯れ合いは放っておいて、弾美は自室に戻って学校の支度を整える。まだ時間は7時を過ぎた程度である。いつも8時過ぎに家を出るので、まだまだ急ぐ必要は無いのだが。

 週明けの登校日は、いつも何かと油断をしてしまいがちなのだ。気を引き締めて時間割のチェックに時間をかけてみる。


 着替えを終えた弾美は、そろそろクラスメイトが起きた頃かと、隣の部屋でメールチェック。親しい者同士でも、何かの折にはファンスカのシステムを利用してメールを送ってしまうのだ。

 案の定、フレンドからのメールが結構貯まっている。薫からのメールは、朝寒すぎて起きれなかったけど、風邪はひいてないとの事。そっちは大丈夫かと、心配する文面。

 美井奈名義の差出人は、確実に母親からのものらしかった。昨日のお礼とお詫び、結局今日は母子ともお休みモードですとの事。ゲームは出来そうに無いのでごめんなさい、励ましの連絡待ってますと結んであった。

 

 取り敢えず、簡単な文面でメールの返事を出す弾美。今日のイベント攻略は中止です、学校から帰って詳しい連絡を取りますと文面を結び、ちょっと一息。

 あとの面々は、学校でも顔を合わす奴らばかり。進は風邪ひいてないか心配する文面、弘一は風邪ひいたけどゲームにイン出来なくなるから、学校は休まず行くとの根性のある内容。

 ここまで来たら執念なのかもと、弾美は無理するなと書いたメールを返してみる。


 母親が食事の催促をして来たので、弾美は階下に下りて行く事に。マリモの店長からのメールは、相変わらず遊びにおいでの文面なので無視。行けば必ず、風邪っ引きで人手の足りなくなったお店の手伝いに駆り出されるに違いない。

 キッチンでは、父親が酷く肩身の狭い思いをしているようだった。恭子さんの広げている新聞に読みたそうな視線を向けつつ、テーブルの端っこでコーヒーを飲んでいる。

 弾美は席につくと、パンをかじりながら何気ない一言。


「姉ちゃんからメール来てたけど。連休に帰って来るようあれだけしつこく誘っておいて、両親が休み取ってないって何事かって」

「そ、それは……戻って来てたらちゃんと取るつもりだったんだけどねぇ」


 恭子さんは大笑い、確かにそれは無いわねと、酷くツボに嵌まったご様子。だが、他人の家族の事は笑えないと弾美に言われると、恭子さんの笑いはぐっと詰まってみたり。

 確かに事情は向こうも同じ。引きつった表情で、律子さんにお互い大変ねと持ちかける。


「りっちゃんも風邪って事で、今日休んじゃえば?」

「そんな世間体の悪い事出来ますかっ!」


 確かに、大の大人がズル休みなど出来やしないだろう。しかし最近の両親達のハードスケジュールは並ではない気がする。弾美も気掛かりではあるが、これと言って出来る事も無く。

 食事を早々と終え、学校へと向かう算段をする弾美であった。


     *     *


 大井蒼空付属中学校の弾美の教室では、朝から波乱含み。弾美のクラスの担任の先生も風邪で休みを取ったようで、そうなると数学の時間が確実に自習になるという事。

 教室の中を見渡しても、空いた席がポツポツと目立つ。学校でも風邪がはやっているのは間違いないようだ。具合いの悪そうな生徒もちらほらいるし、そういう意味でも教室は騒がしい。

 

 副担任が出席を取って、風邪が流行っているから気をつけてと分かりきった事をHRで述べた。進の情報によると、他のクラスの欠席率も似たような感じらしい。

 それから、率と言えばまた中間発表が出たから自習中にデータを持っていくと一言。


 自習の時間は4時限目で、プリントの提出の義務はあったものの。弾美や進が手分けして範囲分担を決めてしまったので、半分以上の空き時間が出来てしまった。

 強引に作ったと言えばそれまでだが、弾美と進が揃った事でゲーム仲間も自然にぞろぞろと集まって来る。隣の席の委員長、星野亜紀は迷惑そうにその集団を睨んでいたが。

 騒ぐと言うより、研究会のような佇まい。プリントも終えているので、強く文句も言えない。


「データ見せてくれ、進。今回はどんな内容だっ?」

「ステージクリア率もそうだけど、今回は活動パーティの数が分かるようになってたよ」

「へえっ! じゃあ、はっきりライバルの数も分かるんだ」


 進の持って来た紙切れを、弾美はせっかちにめくってみると。前回に見たのと似たような内容に、今回は少し違った付随文が書き添えられていて。

 ステージ突破率は、この際どうでも良いが。確かに活動確認済パーティというのが見て取れる。シリーズ装備や木の葉&果実入手率も、今回はパーティでの数値のよう。

 これは、この先パーティの人数制限が4人で変更が無いという証だろうか?



 ――ステージ突破率&地上滞在率

*ステージ1突破率 ――

*ステージ2突破率 ――

*ステージ3突破率 ――

*ステージ4突破率、60%(+下層ステージ滞在率 1%)

*ステージ5突破率、57%(+下層ステージ滞在率 1%)

*ステージ6突破率、46%(+下層ステージ滞在率11%)

*地上滞在率、44% 活動確認済パーティ……87パーティ


 ――シリーズ装備

*妖精シリーズ 入手率、24%(全4部位)……最終部位入手率 0パーティ

*迅速シリーズ 入手率、67%(全8部位)……最終部位入手率 0パーティ 

*流氷シリーズ 入手率、18%(全4部位)……最終部位入手率 1パーティ

*暗塊シリーズ 入手率、 7%(全4部位)……最終部位入手率 0パーティ


 ――木の葉&果実入手率

*1~3枚……59パーティ

*4~6枚…… 4パーティ

*7~9枚…… 0パーティ


「活動確認済されているのが87パーティって書いてるだろ? 多分一緒にクエストこなしたり、木の葉を取りに行ったりしてるパーティの数を言ってるんだと思うけど」

「じゃあ、俺のパーティは入ってないな、地上に出たばっかりだし。ってか、今日もメンバーの半分が風邪で、攻略出来そうに無いや」

「ウチの兄貴がリーダーのパーティ、これ見ると結構進んでるかな? 木の葉3枚集めてる」


 高校生の兄と一緒にパーティを組んで攻略している、高野茂というクラスメイトが弾美のメモを覗き込んでそう言った。典型的な早解きで挑んで、果実を買い込んでレベルを上げ、クエストエリアと廃墟エリアでさらに経験値と金のメダルを稼いでいるらしい。

 早解き組は、だいたいこんな感じでのルートを進んでいるらしいのだが。フリーエリアは敵のレベルが高すぎて、最初に近付いて手痛い目にあって以来、攻略の範囲から外していると言う。

 そんな感じで、地上で4日と少し過ごして、今のレベルは24だそう。


「おっ、じゃあ茂のパーティはもうすぐ門を潜ってイベントエリアに進めるんだな!」

「うん、いきなり行くか、全部エリアを廻り切るかはまだ未定だけど」

「早いなぁ、俺が勝ってるのはレベルだけか」

「何言ってんだよ、弾美のパーティ、シリーズ装備をほとんどコンプリートしてるじゃんか」


 進の言う事はもっともだが、果たしてそれを有効に使えるかどうかは、これからの展開に掛かっている。早解きのパーティが苦も無くさっさと先のステージを駆け上がってしまえば、レア装備を苦労して揃えた甲斐も無いと言う物だ。

 弾美がそう言うと、イベント攻略はそこまで甘くないだろうとの意見が大半。しかし、友達との話を総合すると、レベルの補正は相当なものらしく。同じ敵と戦った情報を照らし合わせても、使って来た特殊技や配置された中ボスの種類が結構違うのだ。

 これからも、上げたレベルが自分の首を絞めるのではと、内心冷や冷やしている弾美である。


 レア装備の最終部位の入手率も、データを見る限りはハードな道のりのよう。薫の迅速装備を見ても、胴装備が出ていなかったので、恐らく最後の部位は胴なのだろうが。

 ヒントは今の所、全く無しと言っていいだろう。進も地上の中立エリアのNPCは全部話したと言っていたが、レア装備の情報は聞いた事も無いという。

 それはそれで、自分で解く楽しみが増えて嬉しいものだ。もちろん狙うは全部位コンプリート。


「あれっ、ステージ1から3のところ消されてるけど、これは何故?」

「うん、どうやらステージごと消滅したらしい。つまり、もう新規参入者は受け付けないって事」


 ひゃあっと、クラスメートから悲鳴のような声が上がる。時間の経過と共に下から切り捨てるというパターンは、今までのイベントでも存在したのだが。やはりその事実を聞くと、ちょっと焦ってしまう心理というものは誰しも働くようで。

 地上滞在率から察するに、4百人以上の冒険者が地上の中立エリアで活動しているようだ。あぶれた半端者達が、高レベルの遅解きパーティのあまった椅子を狙っている時間も、もうそれほど残されていないかも知れない。

 自分のレベルを上げて行かない事には、門を潜れず脱落者リストに入ってしまう可能性が高くなる一方な気がする。

 

「まぁ、厳しい気もするけど当然かなぁ? もうイベント始まって2週間経つし、ステージの情報もいい加減出回ってるしなぁ」

「確かにそうだなぁ……もう2週間か、長かったような短かった様な気がするけど」

「苦労したよなぁ、弾美は地上エリア全然廻ってないんだろ? すっごい苦労するぜ!?」

「うん、更に闇市の紹介状買って裏エリアも行けるようにしたから、廻る所いっぱいだな!」

「4位から7位の賞品も発表されたみたいだよ。やっぱり商品券や家電とかのセットになってて、今までのイベントと比較したら、賞品も結構凄い内容みたい」


 メモの賞品の欄を指差す進に、おおっという言葉と共に群がる同級生達。4位からして、既に2万円程度の商品券や文具・音楽商品券なのは凄い。しかも、キャンプ用品セットやラジカセ、最新掃除機や特選お米1年分など、副賞の幅も選べる仕様になっているようだ。

 家族も思わず応援したくなる、そんなコンセプトが見え隠れしている気もするが。


 闇市の情報は、さすがに誰も持っていなかったようである。早解きのパーティは、やっぱり金のメダルを果実でのレベルアップに使ってしまうから仕方ないのだろうけど。

 大きなギルドに所属してイベントに参加しているクラスメイトも、ほとんどが早解きパーティのようで。好奇心で闇市に入って、魂を売って金のメダルを増やしたと言う弾実の行動に、皆が驚き呆れている様子だ。

 金のメダルは喉から手が出るほど欲しいが、ライフポイントはイベント継続の命綱。おいそれと売り払うのは考えものという意見が、常識的に考えると大半の者が思う事。

 弾美のやんちゃに慣れている同級生の面々も、それは不味いだろうという顔色。


「でも、パーティの一人でも欠けたら、どっち道攻略は上手く行きっこ無いんだし。それならライフポイントを、最低ラインのキャラに合わせるのも一つの手じゃないか?」

「弾美は1回も死んだ事が無いからなぁ、かなりきつい戦闘繰り返してるくせに。1回でもゲームオーバー経験したら、考えも変わってたと思うぞ?」

「そうそう、欲しいレアアイテムの上位だもん、ライフポイントって」


 そんなものなのかと、同級生の苦言に弾美は思案顔。考えてみたら、崖っぷちの美井奈を引き連れての地上エリア到達は、奇跡的な出来事だったのかも知れない。

 グループでは、この話をきっかけにレアアイテムの話で盛り上がっていた。術書や水晶玉は、買うほどの価値が無いとか、トリガーで出現するNMは何なのだろうかとか。


「弾美は遅解きだから、トリガーたくさんあるんだろ?」

「あ~、5つくらいあったかなぁ……珍しいのでは、アスレチックエリアで取ったのもあるぞ?」

「えっ、何でそんなとこでトリガー取れるんだっ!?」

「トリガーとか複合スキルの書とか、結構美味しく頂いたぞ。一歩間違えると死んでたけど」


 メンバーのざわつき具合いは、今日の最高のボルテージを示し。事の顛末を詳しく聞きたがる皆に答えて、弾美は思い出しつつアスレチックエリアの仕掛けを話し始める。

 隣の席の委員長もプリントを終え、弾美の話に聞き入っているようだった。目が合うと、ちょっと不自然に視線を逸らし、慌ててクラスメイトの持って来たプリントを回収している。

 委員長がゲームに興味があるとは、聞いた事が無かったが。


 今度誘ってみるのもいいかも知れないと、何となく内心でいい案だと思う弾美。ギルドの運営の事に思いを馳せながら、割と的外れな考えに辿り着くのだった。


     *     *


 放課後の教室は、先生の指導で早く家に帰ってくれ的な雰囲気一色だった。明日も休みが多ければ、ひょっとしたら休校になるかも知れないとの伝達もあり。それを受けて、生徒達の多くは微妙な表情に。

 学校が休みなのは嬉しいが、外に出回れないのではあまり関係ない。学校と各家庭がネット接続されているのが標準なこの街では、部屋に居ない事態が簡単にばれてしまうのだ。

 おちおち悪さもしていられないのなら、友達と会える学校の方が具合が良い場合もある。


「弾美ちゃん、ちょっとお願いいい?」


 急に呼び止められて、進と帰り支度をしていた弾美は驚いて振り返る。まさか瑠璃かと思ったが、声の主はその友達の茜だった。彼女も小学校からの知り合いで、瑠璃と仲が良いものだから、弾美の事を下の名前で呼ぶのに慣れてしまっている。

 茜は一人で、手にはコピーしたプリントを数枚ほど持参していた。どうやら今日の授業のノートのコピーのようで、それも何故か二人分の分量に見える。

 静香はどうしたか聞いてみたら、瑠璃と同じく風邪で休みだったらしい。


「私、これから静ちゃんの家にお見舞いに行くから、瑠璃ちゃんの所には弾美ちゃんに行って欲しくて。一応、今日の授業のノートのコピーと、あとは私から早く良くなってねって伝えておいて」

「真面目だな、茜。でもネット接続で、今日の授業範囲、全部分かるじゃないか」

「弾美、お前は……人の親切を無にするような事を……」


 進かちょっと呆れ顔で、弾美の発言を聞いてよろめいて見せる。茜も少しおカンムリな表情。自分の親切心に待ったをかけられ、病人にはこういう心遣いが必要なのだと力説。

 おっとり系の茜にすごまれても、あまり怖くは無いのだが。自分で直接行った方がその心遣いはより伝わるのではと弾美が言うと、瑠璃はお隣さんに来て貰った方が喜ぶ筈と言い返された。

 どちらにせよ、見舞いには行くつもりだった弾美。肩をすくめてコピーを受け取る。


 帰り道で合流した弘一は、メールの通りにいかにも具合の悪そうな顔付きをしていた。一緒に帰る同級生に、何となく生暖かい声援を貰う姿は、割と哀愁が漂っていたが。

 弾美がイベントの切り捨てトラップが怖いから、元気な者同士でレベル上げしようと提案したら。必ず行くのでヨロシクと、元気ではない弘一も掠れた声音で答えて来た。

 ゲーマー根性全開の態度は、もはや褒めて良いのか貶すべきなのか。


 夕方の帰宅路は、日が射していて結構温かである。昼夜の温暖さが激しいのも、あまりよろしくは無いのだが。弾美が家の前に着いた時には、元気に吠えるのはマロンのみ。

 いつもの通りに、一旦部屋に戻って着替えてからマロンを散歩に連れて行って。習慣的にやっている事なのだが、一人だと何となく味気ない。コロンの具合は朝と変わらず、恭子さんが犬小屋に暖かくする工夫をしていたが、効果は上がっていないよう。

 マロンも兄弟が隣にいない散歩は、何となく物足りない感じを受けている様子だ。




 お土産のノートのコピーと、冷蔵庫においてあった賞味期限ぎりぎりのプリンを持って。弾美がお隣の扉を開けて声を掛けると、恭子さんが喜んで迎え入れてくれた。

 父娘とも、熱は高いが容態は安定しており、医者に掛かる程ではないらしい。1日安静にしていたので、明日か明後日には良くなるだろうと弾美に告げて来た。

 ただ、飼い犬のコロンの事が実は一番心配で。犬は自分の具合を説明する事が出来ないので、明日も調子が悪かったら、獣医に連れて行ってくれと弾美に頼んで来る恭子さん。

 弾美は快く了承したが、さすがにそう言われると心配で。瑠璃に会う前に、コロンを見舞ってみたり。


 津嶋家の階段を上がるのも、実はかなり久し振りだったりする弾美。瑠璃の兄が海外留学する前は、ほぼ毎日のように遊びに訪れていたのだが。

 その頃の瑠璃は控えめな少女だったが、やっぱり頑張り屋さんで。瑠璃の兄は遊びの発明に関しても天才で、ちゃんと弾美と瑠璃が一緒に遊べるゲームを作るのがとても上手だった。

 その頃はもちろん、ネットゲームなどませた遊びなど眼中に無く。ファンスカもまだ配信前で、その存在すら知られてはいなかったのだが。一緒にみんなで楽しむという喜びを教えてくれた第一人者は、やはり瑠璃の兄だったと弾美は思う。

 

 瑠璃の部屋に入る前に、何となく瑠璃の兄の部屋で足を止めていたら。その隣の部屋が開いて、当人が顔を見せた。顔色は、ちょっと熱を持っているのが分かる程度の朱が差している。

 ちょっと驚いたような顔をして、少女はじっと弾美を窺っている。


「寝てないと駄目だろうが、病人なんだから」

「うん……下で声がしてたのに、なかなか入って来ないからどうしたのかと思って」

「ちょっと、昔を思い出してた。兄ちゃん元気か?」

「うん、手書きの手紙をありがとうって……エアメールがさっき届いたの、見る?」


 弾美は是非見たいといい、瑠璃の背中を押して部屋に入り込む。瑠璃をベットに寝かせて、しばらくは手紙や一緒に送られて来た写真の話で盛り上がる。

 メールでもたくさん、瑠璃の兄が写した授業風景やキャンパスの景色、街の風景などが送られて来るらしく。瑠璃はそれをきっちりパソコンでフォルダ分けして管理していたようだ。

 弾美が目にするのも初めてな画像が多く、水臭いぞと瑠璃に釘を刺す。自分は弾美の姉のメールをいつも真っ先に見せて貰っている癖に、瑠璃の兄の海外生活はあまり話したがらない風なのだ。

 弾美にそう言われると、瑠璃は躊躇いつつも本音を口にした。


「だって……ハズミちゃんがお兄ちゃんを追って、海外の大学に行くって言い出したら嫌だもん」

「なんだそりゃ、その時はお前も来ればいいじゃんか……第一俺は、そこまで頭良くないし」

「外国に住むのはちょっと怖いし、飛行機に乗るのも嫌かなぁ……?」


 何となく拗ねたような甘えたような口調に、弾美は少し気まずくなって。ベット脇に置いてあったへそくりニャンコのぬいぐるみを手に取り、さり気無く話題を変える。

 弾美の姉からは、メールでの返信しか今の所無いのだが。瑠璃に感謝しているので、その内何か良い物を買って郵送するとの言伝を賜っていたのだ。

 弾美の名前で出した手紙だったのだが、モロに瑠璃の文字で書かれていたため。聡い姉には、簡単に首謀者がばれてしまっていた模様。

 

 話はさらに、飼い犬のコロンの具合とか、学校の話になって行き。気が付けば、30分以上の長話に突入していた。最近ゲームばかり一緒にしている気がしていた弾美は、ちょっと意外な表情。

 ほとんど毎日顔を合わせているのに、ここまで話題が事欠かずによく喋れるものだと、弾美は率直に意見を口にした。自分は特に、お喋りに飢えている訳でもないのに。

 瑠璃は不思議そうに、自分も会話には飢えていないと反論。


「別に話題がなくても、そんなに気まずい感じはしないんじゃないかなぁ? ウチの家族は、お母さんは別にして、いつもそんな感じだよ?」

「そうかな……? 普段は一緒に勉強したりして、無口になることはあるけど。何もしてなかったらやっぱり変な空気になるだろ……?」

「そんなことないよ。散歩中でも喋らなくても、全然平気じゃない?」

「散歩中は、散歩という行為がすでに、思考を塞いでるじゃないか。よし、じゃあ今試してみよう」

「いいよ?」


 そんな訳で、しばらく二人で無言の状態に突入してみたり。変な空気とか気まずい感じの前に、二人が気付いたのは……部屋の扉の外でこちらを窺う誰かの気配。

 弾美が静かに席を立って、そろっと部屋の扉を開けてみると。お茶の用意の整ったお盆を持って、瑠璃の母親の恭子さんが、やっぱりそろっと佇んでいた。

 お盆のお茶は、何故かすっかり冷めているよう。


「……お気遣い無く」

「あら、いえいえ! こちらこそお気遣い無く」


 微妙な雰囲気の中で会話を交わす二人を、瑠璃が不思議そうに眺めていた。


     *     *


 夜の8時、弾美がイベント世界にログインすると。既にギルドメンバーの面々はギルド会話で談話中。何故か美井奈もその中にいて、弾美が驚いて問い質すと。

 昼間たっぷり寝たので、今は全然眠くないらしい。それで会話だけでもと、母親の監修の元にログイン中との事。もしやと思い、弾美はケーキのお礼でカマをかけると。

 普通に、また娘に持たせますね(^‐^)/との答えが返って来た。


『美井奈はゲームすると、全力ではしゃぐから。歯止めが利かなくなったら、無理やり布団に押し込んで下さい』

『実は娘の寝室からなので、もう布団に入ってるんですけどw 無理はさせないので、ご安心を』

『ええと……私達はどう対処すればいいのかな?』


 戸惑い気味の薫をパーティに招きつつ、弾美は何と言って説明すれば良いか考えていると。本人から、空気だと思ってくださいの言葉と、お母ちゃまばかり喋らないでと怒られました(;\;)との悲しいお知らせが。

 躊躇っているのは進パーティの面々も同じだが、女っ気があれば幸せというメンツが大半を占めるため。弾美が美井奈の母ちゃんは若くて超美人と言うと、大盛り上がり。


 そんなアホな会話で盛り上がっていると、バイトから速攻で戻って来た村っちが、遅れてゴメンと飛び込んで来た。早速三人ずつのパーティに別れて、一同はフリーエリアを目指す。

 だだっ広いフリーエリアだが、ギルド会話が可能なため一安心。パーティは弾美と薫と村っちの17~25の格差組と進と淳と弘一のレベル21組の2組構成。

 フリーエリアでの今夜の目的は、ただひたすらレベルを上げる事。メイン世界ではキャラを強くするために、当たり前のように行われている行為なのだが。


 適正エリアで適正人数で行えば、2時間も掛ければ高レベル者でも1は確実に上がるこのレベル上げも。今回は変則な狩りになるため、狩り場を慎重に選ぶ所から始める事に。

 微妙な分かれ方の2組だが、装備やスキルの充実振りから弾美のパーティの方が強敵を狩るのに適している。そこで弾美が考え付いたのが、種族スキルを利用した、2組でのレベル上げである。

 闇種族のスキルである《影走り》は、ダンジョンなどで足が速くなる特性があるのだが。他にも物陰に隠れると、タゲを取った敵の追尾から逃れられる事が可能なのだ。

 そこで考えたのが、次なる作戦。まずは弓矢攻撃のダメージで敵の強さを判断し、強い敵なら弾美チームが、弱そうならば進チームが狩り進めようという戦法だったりする。

 上手く行くかは、さっぱり分からない行き当たりばったりな計略ではある。


『上手く行くかなぁ……? 取り敢えず、柔らかそうなスライムのいる沼縁に来たけど』

『多少のリスクは仕方が無いだろ。そこの大木が丁度木陰だし、ここを拠点にしよう。敵も多いし』

『分かった、んじゃ釣りを頼む弾美!』

『頑張ってください~、お兄さん方~♪』


 美井奈の心のこもった応援に、異様に盛り上がるギルドメンバーの面々。何故か薫や村っちまでも、美井奈の応援にお姉さんも頑張るよ~♪ と熱いコールを返している。

 こんなノリで大丈夫なのかと思いつつも、まずはたくさんいるスライムにアタック。ハズミンは弱い攻撃力の弓矢で、遠くの敵に矢を射掛けて反転して戻って行く。

 木陰を目指しつつ、ログのダメージをメンバーに伝える。


『5……試しにこっちで倒してみる』

『オッケー、じゃあ殴るよ~薫っち!』

『ほいさっ!』

 

 スライムを舐めている訳ではないが、一通り試した結果、こいつは安全パイだと言う結論に。そんな訳で、2組で枯れるまで狩り尽くし、次なる獲物はパタパタと沼の上を飛んでいるインプ。

 魔人族の使い走りと言う印象だが、HPは左程高くなかった筈。ただ一つ、特殊能力で仲間を呼び寄せる技を使って来た記憶があるのだが。それも、厄介な事に格上の魔人まで幅広く。

 仲間に相談したところ、生息数も割と多いし、何より魔人族はドロップと経験値が非常に美味しいし。そんな訳で、狩りの対象にはいいんじゃないか的な答えが返って来た。


『仲間呼んだら、空いてる方が取るって事で!』

『了解っ、じゃあ釣るよ~』


 ハズミンは忙しく走り回り、パタパタ浮遊しているインプに弓矢攻撃。くわっとタゲが来て、もの凄い勢いで追いかけてくる敵を、ハズミンは木陰でやり過ごす。


『6……防御は弱いな、そっちで』

『オッケー、タゲ切れた! 釣るぞー』


 土属性の弘一のキャラが、挑発魔法でタゲの切れたインプを掻っ攫う。淳の二刀流と、進の両手鎌が、あっという間に貧弱なHPの魔人族を倒し切る。

 これも行けそうだと、弾美はどんどん遠慮なく釣りに掛かる。


 何となく、暇な者が狩りの様子を実況するようになったのは、美井奈を暇にしないようにとの配慮なのだろうか。たまにインプが仲間の魔人を呼び寄せると、パーティは絶叫しつつも不意の事態を楽しんでる風でもあったり。

 何しろ、呼ばれた魔人は大抵銀のメダルや大量のギルをドロップするのだ。強い敵には違いないのだが、進のパーティでも油断せず時間を掛ければ何とか行ける程度。

 つまりは、美味しい敵には違いないという事でもある。


 沼のインプが綺麗に掃除された頃、進と淳が早くもレベルアップの運びに。その頃には、スライムの第二陣が再ポップしており、割と美味しい狩り場だとのパーティ評価。

 ここまで危険な道のりを、10分以上掛けて来た甲斐があった。スライムは全て進パーティに譲る事にして、弾美は近くで邪魔な大カエルを狩るとパーティに知らせる。

 アクティブらしく、何度か絡まれそうになって、狩りの潤滑さを妨げる存在なのは間違い無く。大型モンスターは経験値も良いので、薫達にも異存は無く狩りの対象に設定する。

 近くの邪魔な存在の敵を、特殊技の呑み込みに注意しながら狩り始める変則パーティ。


『弾美~、スライム狩り終わった~』

『了解、こっちも邪魔な大カエルの掃除終わった。次はインプ釣って持っていくな』

『オッケー、こっちからでいいのな?』


 弾美の種族スキルを使用しての釣り作戦は大当たり。最初はパーティでは使いようが無いネタスキルだと莫迦にしていたのだが。こんな風に役立つ日が来るとは思わなかった。

 何しろ敵がリンクしても、簡単にタゲを切れるので安全に釣りが出来るのだ。


 インプ2週目で、薫と村っちがレベルアップ。その次のスライムで弘一がレベルアップして、1時間を待たずにそれぞれがいい感じである。さらに狩りに熱が入り始める2組のパーティ。

 久々のレベル上げパーティに、弾美達は忘れていた初期の頃の感情――誰よりも強くなりたいという渇望を思い出す。あの頃は放課後のインが待ち遠しく、夕食休憩もそこそこにレベル上げに従事していたもの。

 今はそこまでやり込む事は無いが、期間限定イベントは別。組む相手は微妙に違えど、渾身の力で突き進むのみ。


 単調な狩り作業に、そこまで熱くならないだろうと思っていたのだが。戦闘中にも拘らず、美井奈を交えたトークが大盛り上がり。1時間が過ぎる頃にはスライム>インプ>大カエルのサイクルが完全に出来上がり、狩りのテンポも程よく順調。

 今夜中にもう1つずつのレベルアップを目指そうと、意気も上がる2組のパーティなのだが。ところが狩り場での異変は、意外な所からやって来てしまう。

 まずはスライムの色違いがポコポコと生まれて来て、一同揃って不審顔。


『あれっ、スライムの色がオレンジ色に変わってる……?』

『あ~、それはエーテルを落とす奴じゃないですか?』

『美井奈ちゃん、物知りね~。でも、何で急に変わったんだろ? NMが湧く前兆かな?』


 実際戦ってみた感触では、微妙に強くなっていたりして。今までの戦利品で豊富なポーションを惜し気もなく使いながら、取り敢えず狩りを続けてみる一行。

 こうなるとちょっとの油断も命取りと、周りに気を配る待機パーティ。次の変化は、沼の付近に湧き上がる蚊柱。ちゃんとHPが存在して殴る事も出来るのだが、一撃で消滅してしまう。

 何のネタだろうかと、思わずそれを追い始める連中もチラホラ。


『あはは、虫柱……経験値5だってw』

『いやいや、明らかにおかしいだろっ! 周囲に気を配った方がいいって!』

『何で急に敵の種類が変化するの? わっ、虫柱にカエルが寄ってきたっ!』

『カエルは注意ですよっ、呑み込まれない様に気をつけてください!』

『美井奈は呑み込まれのプロだからな……カエルに2回、ワニとサメに1回ずつだったか?w』


 バラさないで下さいと騒ぐ美井奈を尻目に、冒険者にたかり始める蚊柱の群れ。それに釣られて、大カエルがいつの間にか周囲に集まって来ている様子なのだが。

 2組いる余裕で、何とか敵を退けて行くパーティ。全て何とか倒し終わった頃には、軽い達成感すら湧き起こる。ところが背丈よりも高い藪の間から、大蛇が顔を覗かせているのを目にして。

 どうやら食い物を探しに現れたらしく。食物連鎖、ここに極まれり。


『わっ、カエルに釣られて、今度は蛇が来たっ!』

『NMだっ、強いんじゃないの、コレ?』

『弾美中心に、パーティ組みなおそう! レベル高いキャラ4人で』


 見付からない様避難しつつ、話し合いにより弾美と進、弘一と淳の『蒼空ブンブン丸』の生え抜きで大蛇退治に乗り出す事に。敵の強さは不明だが、これで倒せないなら仕方が無い。

 戦闘前に、進が転移の棒切れというアイテムを弾美に渡して来た。アイテム屋のクエストをこなすと買える様になるアイテムで、一瞬で地上の中立エリアに転移出来るアイテムだ。

 緊急の際には、これで逃げろという事らしい。


 悲壮な覚悟からの戦闘は、一進一退の過激な攻防がしばらく続いた。近くにアクティブの大カエルが再ポップしていたら、そうも言っていられなかっただろうが。

 弾美ががっちりタゲを取るのだが、弘一も片手剣と盾持ちキャラ。氷属性キャラの進は、両手鎌持ちだがスキルは魔法にもかなり振り込んでいるため、削り力がやや不足気味。

 弾美の複合スキルと淳の二刀流で、手強い大蛇のHPを削って行くものの。大蛇の毒や呑み込み、尻尾範囲での反撃がこの上なく容赦ない。純粋な回復役がいないので、ポーションが見る間に減って行く戦闘組の面々だったり。

 弾美はいつもと勝手の違うパーティの構成に困惑しつつも、ひたすら敵の攻撃をかわす仕事に集中。SPが貯まったらスキル技で削り、敵が沈黙するのをひたすら待つ。

 

 進の氷魔法のスタンでの範囲攻撃止めから、ようやく流れはこちらへと来たようだ。噛み付き攻撃をブロックした後の、弾美の新複合スキル《トルネードスピン》で、ようやく決着がついた。

 一応周囲を警戒しながら、美井奈に実況してくれていた薫と村っちから歓声が上がる。結構な経験値と、ドロップも金のメダルに剣術指南書、両手剣と蛇皮のベルトとマントなどなど。

 喜びながらどうやって分けようかと話していたら、薫がもう1体NMを発見したとの報告。


『みんな~、オレンジ色のでっかいスライムがいるよ~? こいつもNMみたいw』

『うわっ……フリーエリア人気無いから、出番待ちのNMが多いのかもな?』

『チャンスじゃないですかっ、みなさん頑張ってくださいっ!』


 美井奈の応援を受けて、今度はレベルの低い薫と村っちを軸にパーティを組んでみようという話に。所詮スライムだし、経験値稼ぎにいいんじゃないか的な意見の中、張り切り出す女性陣。

 進と弘一が加わり、弾美は今回は解説者に回る事に。淳と一緒に見学をしながら、美井奈と呑気に語り合ったりなどしつつ。それでもレベルの低い女性陣の削りは、なかなかどうして侮れない。

 あっという間に、特大スライムを削って行っているよう。


『コロンがな~、風邪引いてて調子悪いんだって。明日病院に連れて行かないと駄目かも』

『えっ、コロンはお姉ちゃまの方の子ですよね? なんでお兄さんが?』

『津嶋家が、ほぼ風邪で全滅してるからな。明日部活休んで行くって言っちゃったし』

『犬も風邪引くんですかぁ、よっぽど急激に寒さが来たんですねぇ……』

『おっ、スライムの範囲攻撃を進が止め損なった、ちょっと悲惨な事になってる……w』

『弾美……何故失敗を嬉しそうに話す?w』


 ほとんど関係ない話を繰り広げる中、割とあっさり特大スライムを平らげる特選パーティ。こちらからも金のメダルや大エーテル、水属性の指輪や術書や水晶玉のセットがドロップ。

 経験値も戦利品も、ほくほくの結果にメンバーが盛り上がってる中。何故だか狩り場には、大カエルとスライムが再ポップしないという事態が生じていた。

 どうやらNMが湧いた後は、しばらくの間雑魚は出現しない模様である。レベル上げの狩りが再開出来ず、困った一同はそれならばインプだけでもと探し始めるも。

 真っ赤なベストを着たインプが1匹、沼の上空を滑空しているだけ。


『……NM3連発って、メイン世界でも記憶に無いんだけど?w』

『無いなぁ……限定イベントって、大盤振る舞いだなぁw』

『ってか、アレもやっぱり仲間呼ぶのかなぁ……?』


 今回は仲間を呼ぶモンスターなだけに、パーティ分けも慎重に。HPの低いインプを薫と村っちと盾役の弘一でキープし、手強い魔人は弾美と進と淳で倒そうという作戦に。

 敵が増援を呼ぶまでに、結構間があるのかと油断していた弾美パーティだったが。弘一が挑発で釣ると同時に、インプは手に持った角笛をいきなり吹き鳴らした。

 聞きつけて現れた真っ赤な肌の魔人は、炎をまとった両手鎌を手にしてヤル気満々。いかにも強そうな外見の敵の出現に、パーティからは悲鳴が上がる。

 弾美が攻撃を盾で受けると、やっぱり炎の追加ダメージ。おまけに闇系の魔法攻撃が、ウザい事この上ない。


 やはり強いのは魔人の方だが、削り力に関して言えば負けてはいない構成である。弾美は範囲攻撃の炎のブレスに手間取りながら、攻撃的なパーティ布陣で魔人を追い詰めて行く。

 インプ殲滅班は、魔法を確実に止める手段を持たずに苦戦してはいるものの。やはりHPが元から少ない弱点に助けられ、あと一息という所まで追い詰めていた。

 こっちは片付きそうとの余裕の通信が、しかし一瞬後には悲鳴と罵詈雑言に変わる。

 

『キャー、インプが死に際に、もう1匹魔人呼んだーっ!!』

『信じられねえっ、弾美っ、そっち終わりそうかっ!?』

『まだ半分以上削れてないっ! そっち弘一だけで抑えられるかっ!?』


 絶対に無理! との答えが返って来たが、やって貰うしか無いとギルドの面々。昔馴染みなだけに容赦のない押し付けだが、補佐に進が廻る事で何とか折り合いがつく。

 そんな訳で、削り班から進が抜けてキープ班に。2匹目の魔人は炎をまとった大斧を携えており、こちらもかなり強そうだ。薫と村っちの女性コンビが削り班に合流して、さっさと数を減らすべくHPの半減した魔人をガンガン殴り始める。

 幸い側面に回って殴れば、魔人の攻撃はやって来ない。敵が単純な特殊技しか持ってなくて助かった。弾美だけブレスや大鎌の攻撃に晒されながら、何とかポーションがぶ飲みで命を繋ぐ。

 レベルが低いとは言え、アタッカーのみの構成は強烈。程なく1匹目を屠ると、漏れる安堵のため息。


『こっちようやく魔人倒したぞ~っ、でも、俺はもうポーション切れた~!』

『こっちはやばいっ、早く応援来てっ!』

『おめでとうございます~♪』

『いや、まだもう1匹いるってば、美井奈ちゃんw』


 戦闘中のパーティメンバーの入れ替えは、戦闘テクニックとして主流ではあるものの。認められているのは3回までで、それ以上すると経験値やドロップの削減というペナルティが生じる。

 熟考の末、淳と村っちが殲滅パーティに合流する事になった。初っ端に何とか弘一からタゲを奪い取って、弘一がその隙に薫からポーションの補充を受けて戦闘続行。

 削り削られの激戦の末、時間は掛かったものの2匹目も撃破に成功。喜ぶ一同だが、一番喜んでいるのは美井奈だったかも知れない。


『おめでとうございます、皆さんっ!』

『ありがと~、美井奈ちゃん☆』

『……美井奈、ちょっと興奮し過ぎじゃないか? お前は病人だろ。戦利品をお土産に貰ってやるから、もう寝ろっ!』

『そうですねぇ……風邪を長引かせてもいけないから、そろそろ寝かせる事にします。皆さんお休みなさいm(-_-)m』


 本人の意向はまるで無視。それでも暖かいお休みなさいの大合唱がしばらく続き、敵影の完全に途絶えた沼縁で、休息を取りつつしばし歓談。弾美の複合スキルは片手剣の癖にかなり強いとか、いやいや母親の前であんな物言いをする度胸の方が凄いとか。

 弾美にすれば、さり気無い気遣いを見せたつもりだったのだが。時計を見れば、時間ももう9時半を過ぎている。病人が床に就くには、程好い時間には違いない。

 それにしても、言い方ってものがあるだろうとメンバーは結構呆れ顔。


 それはともかく、魔人とインプの経験値とドロップは良好だった。薫と村っちは今日2度目のレベルアップ。弾美もつられて26に上がってしまい、進達ももう少しで上がりそうとの事。

 戦利品には闇の術書と水晶玉、闇火の大鎌に闇火の大斧、呪いのネックレスに魔人の下衣、後は金のメダル2枚とインプの角笛という、用途不明のアイテム。


『お~、大斧は性能良いねー、私貰って良い?』

『スキル伸ばしてるの村っちだけだから、全く問題無しだろ。大鎌は進だな』

『魔人の下衣も性能いいなぁ、ポケット減るけど俺貰おうかな?』


 そんな訳で淳が魔人の下衣をお持ち帰り。薫は特に要らないと遠慮するので、剣術指南書を押し付ける事に。弾美は遠慮無く金のメダル2枚と、瑠璃のお土産用に水の術書と大エーテル、美井奈のお土産に呪いのネックレスとインプの角笛を貰う。

 今夜一番頑張った筈の弘一は、元々流氷装備2つと暗塊装備1つを装備しているという事もあって。余りもので良いだろうと、何故か不遇の扱い振り。

 本人は文句を言いつつも、闇の術書を貰えて鉾を収めるという遣り取りが。



 その後しばらく、他のモンスターを狩りながら沼の東南を探索して歩いてみたが。魚人やザリガニ型、水鳥やカメ型のモンスターばかりで、3人で狩るにはちょっと辛い強さ。

 ポーションのストックも残り少ない一行は、用心しつつの狩りを強いられ。結局は、残り時間で何とか進達のレベルを上げる程度の経験値を稼ぐに留まった。

 それでもパーティは進達がレベル23に、薫と村っちが19へと上がって、1日の成果とすれば上々の大満足。明日も同じ場所に行こうかと、誰かの提案に同意の声も大多数。

 インの時間も8時で良いと、これも全員の同意で決定された。


 2時間縛りの仕掛けが、丁度いい感じで発動したので。各自、持っている転移の棒切れで中立エリアに舞い戻る事に。便利なアイテムに、弾美は思わず進に買い置きを頼んでしまう。

 進が請け負いつつも、アイテム店のクエストについて弾美に説明していると。薫がさり気なく横から、クエスト表を製作中だと打ち明けた。そんな訳で、弾美は彼女をクエスト大臣に任命。

 ちなみに、瑠璃はカバン大臣らしい。金のメダルや余計なアイテムは全部彼女持ち。いないと不便でどうしようもない。押し付けられた事を知っている進などは、ちょっと不憫に思ってみたり。

 幼馴染みがいなくて寂しいんじゃないのと、村っちあたりがからかってくるが。弾美にしてみれば、瑠璃は空気みたいな存在なので、何ともコメントの仕様がない。

 だから返答は、ちょっと強がった感じて返したのだが。





 一刻も早い体調の復帰を待ち望んでいるのは間違いなく。何となく隣の家を窺ってしまう弾美だった――


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