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♯11.5 地上へ!

 

 長いムービーになると予測して、早めにコントローラーから手を離した弾美だったが。案の定5分近くの超大作、動きも滑らかで見ていて感心はするものの。

 何というか、今更なオープニングムービーの挿入の感は否めない。半数近くの、脱落して行ったイベント参加者が見れない事態ってどうなのだろうかって思ってしまう。

 魔女の初出演だが、散っていった冒険者達は、見る事も叶わずリタイアして行った訳である。

 

 弾美の隣の女性陣は、文句も言わずムービーを観賞していた様子であるが。宿敵の魔女が出て来ると、途端に盛り上がって何やらきゃいきゃい感想を言い合っている。

 時間はまだ11時を少し過ぎた辺りだが、弾美はと言えばもうお腹がぺこぺこ状態である。いつも習慣の早起き散歩で、7時過ぎには朝ごはんを食べているのだ。

 時間的にも、そんなものはとっくに消化されている。


「あ~、腹減ったなぁ……二人は平気か?」

「お母ちゃまが、フルーツケーキとスコーン作ってくれたんです。持って来た袋に入ってますよ?」

「お~、美井奈ちゃんのお母さんは洋菓子作るんだ。それ食べる? 3時に取っておく?」


 弾美が下に母親の作り置きの、おにぎりとかの昼ごはんがあると言うと。瑠璃も実は自宅に、朝に母親と一緒に作っておいた、お弁当があると告白した。

 そんな訳で、ちょっと早い昼食会に。地上に出た感動も何も無い振る舞いだが、昨夜のバイキングみたいに、あれこれ摘んでのお食事会の方が楽しいのだから仕方が無い。

 昨日の食事会の感想なども交えながら、しかし食事の大半は弾美が腹に納める結果に。満腹状態の弾美が重い腰を上げて、電話を掛けに部屋を出たのは12時少し前。


「どこに電話掛けてたの、ハズミちゃん?」

「二人ほど、電話で召喚して来た。もうすぐインして、合流する手筈になってる」

「ギルドメンバーの人とかですか? 地上エリアって、どうなってるんでしたっけ?」


 弾美は簡単に、ここからは4人パーティでの攻略で、クエストやらエリア攻略やら、自由度が高くなる筈だと説明をする。他にも色んなお店やフリーエリア、裏エリアなども存在するらしい。

 あくまで噂の類いだが、信用出来る入手経路なのも確かである。


「裏エリアって何ですか、お兄さん?」

「よく知らないけど、闇市に入れたらそこから行けるって噂らしいな。取り敢えず腹も膨れたし、地上の街マップ、別れて探索してみるか!」

「あっ、さっきの戦闘での戦利品、全部私の所に来てる。分けておくね?」


 最後のアスレチックエリアの熾烈な戦闘の結果、色々と豪華な戦利品が舞い込んだ様子。影盗魔人からは各属性の術書と水晶玉、雷鳴の弓矢、水切りのレイピア、闇呼びの剣、呪いの指輪などの消耗品から武器装備が。

 さらにゴーレムからは命のロウソク、土龍のしっぽ、金のメダル、土の術書、後は2万ギルや薬品など。今まで見た事の無い命のロウソクというアイテムは、どうやら使用する事でライフポイントを1つ回復してくれるらしい。

 美井奈がライフ1つしか無いという事で、そのアイテムは美井奈の元へ。思い出したように、妖精チェックをしないとと、瑠璃がアイテム使用の催促をして来る。


 みんなで使用すると、地上脱出おめでとうの言葉とライフポイントが+1された。これで美井奈はライフポイントが3つとなり、何とか一息つけた。弾美と瑠璃も4つまで伸び、安全圏をキープ。

 妖精は他にも、地上には大樹『グランドイーター』の調査隊が来ているようだから、接触して情報を集めてみたらと勧めて来た。ただし、地下ダンジョンを脱出した事で、自分達は魔女に目を付けられたらしいとの事。

 脅すような口調で、ここから逃げ出しても意味は無い。命のある限り抗いなさいと釘を刺される。


「酷いな、退路は無いのか。まぁ、元から用意されてないだろうけど」

「身も蓋も無いですねぇ。それじゃあ、探索始めていいですか?」


 ところが、パーティが別れて行動し始めた途端、弾美の前を塞ぐ影が。未だにパーティを組んでいないらしいキャラが、弾美のパーティに入れてくれと誘いを持ち掛けて来る。しかも、数分で3人以上、最後の一人は結構粘って食いついて来る始末。

 そのキャラを見て、美井奈があっと声を上げた。何事かと弾美が訊ねると、前にステージ4まで組んでいた人物だと言う。


「えっ、アイテム全部取っていった人!?」

「ええ、まぁ……そういう契約だったんで、それはいいんですけど」

「何か、迅速装備2セット持ってるって言ってるけど……まさか、それも取られたのか?」

「えぇ……まぁ、約束だったんで……2つ差し出しまして」


 何となく恐縮して、小さくなる美井奈。何故か怒られている様で、とてもバツが悪い。弾美は完全に腹を立てて、その装備を取られた女の子とパーティを組んでる、お前はバカか盗人か? そんな奴と組む気は全く無い、と言い放つ。

 言い足りない罵詈雑言だったが、相手が何も言わずに立ち去ってしまったので仕方が無い。代わりに話し掛けて来たのは、ギルドのサブマスの進のキャラのシン。

 何をそんなに興奮してるんだと、ちょっと呆れた感じ。長い付き合いなので、左程驚いてる風も無く。


『何かいちゃもん付けられたのか、弾美? 地上は今、ちょっとギスギスしてるからな』

『おっ、来たか進! ギルド会話モードにしよう、そこら辺の事情とか詳しく聞かせてくれ!』

『いいよ、淳と弘一にも電話したから、昼飯終わったらインしてくる筈』


 その後は、4人交えてのギルド会話で、進が地上のショップの位置やイベントエリアの入り口の場所を説明してくれる。地上には鍛冶屋や武器防具屋、アイテム屋の他にも、合成ショップやレアアイテムショップ、更には教会やレストランも存在するらしい。

 そこら辺は、自分達の目で確認してくれと言いつつも。扱っているアイテムや装備品で、既に品切れの商品も多々存在するとの情報を付け加えて来る進。


『グランドイーターの果実もそうだな。1個買うのに金のメダル2枚もするけど、あっという間に売れてもう品切れしてる。レベルが1つ上がるっていう、結構レアな性能だったから』

『お~、そう言えば25レベルまで上げないと、次に進めないって噂があったけど?』

『そうそう、それで今地上がギスギスしてるんだ。早解き組のレベルが低いせいで、フリーエリアでレベル上げしようにも適正レベルに達していない。クエストで金のメダルを稼ぐ方法は、果実の売り切れでもう無理。そんな訳で、レベルの高い遅解き組にちゃっかり混ざろうって連中がね』


 結構ウロウロしているらしいと、進は締めくくる。なる程それでかと、弾美は納得。進のパーティは平均21だが、それでもフリーエリアでは苦戦必至らしい。何しろ、まだ三人パーティ。がっついた低レベル者のソロはこちらも遠慮したいし、向こうも話し掛けてさえ来ない様子。

 それでも進のパーティのレベルはまだ高い方らしい。弾美の話を聞いて、ステージの途中から遅解きに変更したために、装備や金のメダルもまぁまぁゲット出来た。

 今はクエストエリアの攻略をしつつ、廃墟エリアも覗く感じでイン時間を使用中との事。


『クエストエリアも廃墟エリアも、敵の数が少ないし、再ポップ時間が長いからレベル上げには向かないんだ。でも、色違いの木の葉を集めないといけないから、無下には出来ない』


「いっぱい情報あり過ぎて、ちょっと訳が分かんなくなって来ましたねぇ」

「そうだね~、んと……レベルを25以上に上げて、さらに色違いの木の葉を集める?」


 進の説明によると、レベル25以上は門を潜る為の条件で、それでやっとイベントエリアに進出出来るそうだ。木の葉集めは、更に上に進む時に必要なキーアイテムのよう。

 NPCから聞き漏らさずに訊ねて行けば、これも簡単に出て来る情報らしい。ちなみに進のパーティは、廃墟とフリーエリアで既に2枚入手済みとの事。

 進の情報を、真面目にメモする瑠璃。美井奈はそれを見て、感心する事しきり。


 取り敢えずは、レアアイテム屋だけでも見ておいたほうが良いと進がキャラを案内するので。ぞろぞろと付いて行く一行に、今回突然話し掛けて来たのは。

 ようやくの感じの、弾美が電話召喚していた二人目の人物。風と炎の女性キャラの二人連れで、双方きっちり迅速シリーズを着込んだ、両手武器持ちの前衛キャラ達だった。

 名前はカオルとムラッチ。瑠璃があれっと言う声を上げて、炎キャラを注視する。


『遅れてゴメンっ! 村っち捕まえるのに、ちょっと苦労しちゃった』

『だって、食事中だったんだもん! 弾美君、ちょっと時間とか考えなさいよっ!』


「ハズミちゃん、この村っちって……マリモの春奈さん?」

「そうみたいだな、俺も村っちと薫っちが知り合いだって聞いた時はビックリしたけど」

「この方達は、ギルドの人じゃ無くって、お二人の知り合いなんですか?」

「おうっ、風の種族キャラがウチの四人目のメンバーだ! 美井奈の後輩になるから、よろしく指導してやってくれ」

「こ、後輩……!」

 

 美井奈の顔が、後輩と言う言葉にぱあっと明るくなる。しかしその直後、瑠璃に薫はずっと歳上だと聞かされて微妙な表情に。序列は崩れそうに無いと、どうやら悟ったらしい。

 村っちはチーム分けの話を聞いて、ちょっとだけ弾美のチームに来たそうな素振りを見せたが。うだうだ言う様な性格では元から無く、進に対してこれからヨロシクと熱く宣言。

 それでも、こちらのパーティとも密に連絡を取る段取りだと聞いて、ちょっと安心したようだ。


「ふっ、モテる男は辛いな……!」

「そうですねぇ、私もお兄さんの事好きですけど……それはお姉ちゃまも同じですよねぇ?」

「えっ、うん、まぁ……」


 不意を突かれた瑠璃は、美井奈の爆弾発言にビックリしていたものの。無邪気な少女の告白に、思わず頬を染めてみたり。コントローラーで口元を隠して、ちょっとモジモジ。

 弾美も負けずに照れ隠しモード発動中。変な切り返し方をするなと、美井奈に怒鳴ってみるものの。迫力不足は如何ともし難く、天然少女が最強に見えてくる暗示に襲われる。


 天の助けか、ギルドメンバーが続々インして来て弾美達に合流して来た。騒々しくログ話題も流れて行き、部屋に漂う気まずい雰囲気も少しずつ薄れて行く。 

 淳も弘一も、新しいメンバーの合流に大盛り上がりの様子である。淳の風キャラが例の属性Tシャツを着用していたので、瑠璃も慌ててその存在を思い出す。

 それは弾美も同じ事。そそくさと着替えて、同化作業を開始。


「私のキャラは胴装備固定しちゃってて、Tシャツ無駄なんですけど……どうしましょ?」

「向こうのパーティは迅速装備だから、雷スキルなら欲しがる奴いるかもな。ついでに、いらない装備とか全部渡しちゃおうぜ」

「そうだねぇ、あっ……でも薫さんの装備も見ておかないと、欲しい装備あるかも?」

「確かにそうだな、ちょっと見せて貰うか」


『薫っち、ちょっと装備見せてもらうぞ。それからスキルとか報告頼む。進、要らない装備とか術書とかあるから交換しようぜ! 弘一、歳上のお姉さんを口説くなっw』

『あっ、うんいいよ~、いや、口説かれるのがいいって訳じゃ無くてw』

『了解、こっちはあんまり装備は余ってないけど……先に装備屋とかレアアイテムショップ見ておいた方がいいかもな、ってさっきも言ったけどw』

『口説いてた訳じゃ無いっ! ちょっと自分のホームページ用に、取材のオフ会をだな、そのぅ……弾美団長の方からも是非一席!』


 弘一の必死な物言いに、お姉さんの村っちもちょっとほだされた様。イベントで好成績が残せたら、一席立ち上げて奢ってあげるとの言葉に、少年達は異様な盛り上がりよう。

 メンバー達は進の提案で、揃って商店の立ち並ぶ通りへと移動を再開する。中立エリアの西側にあるそこは、他のキャラ群で結構な混み具合を示していた。

 それはそうと、新パーティのカオルの現時点でのデータを見せて貰うと。



 名前:カオル 属性:風 レベル:16

 取得スキル  :長槍36《二段突き》 《攻撃力アップ1》 《脚払い》   

          :炎15《炎属性付与》 :雷15《俊敏付加》 :風13《風鈴》

 種族スキル  :風16《回避速度UP+3%》 


 装備  :武器 鋼鉄の長槍 攻撃力+22《耐久12/12》

      :頭 迅速の兜 炎スキル+4、雷スキル+4、器用度+2、防+7

      :首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2

      :耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

      :耳2 玉のピアス 防+1

      :胴 皮の服 防+6

      :腕輪 迅速の腕輪 炎スキル+4、雷スキル+4、腕力+2、防+7

      :指輪1 迅速の指輪 炎スキル+3、雷スキル+3、防+4

      :指輪2 皮の指輪 防+2

      :腰 迅速のベルト ポケット+3、器用度+2、防+7

      :背 迅速のマント 炎スキル+4、雷スキル+4、防+7

      :両脚 迅速のズボン ポケット+2、腕力+2、防御+7

      :両足 迅速のブーツ 腕力+3、器用度+3、防+7


 ポケット(最大8) :小ポーション :小ポーション :万能薬     

            :中ポーション :中ポーション :万能薬 

            :中ポーション :炎の水晶玉



『うおっ、薫っち……レベル16かよっ!? でも、装備は優秀だなぁ』

『うん、私と村っち、早解きの王道キャラらしくって。連休中にプレイ出来なくて、その分店売り装備は購入出来なかったけど。その代わり、妖精に宝珠とか金のメダルとかいっぱい貰えたw』

『そうそう、1日5エリア制覇して宝珠貰ったり、指定クリアタイムより3分下回るごとに、追加で報酬増える仕様らしくって。ライフポイントなんて、無駄に6つあるしw』


 おおっとどよめくメンバー達。どうやら二人とも、かなり前衛の殴りキャラスタイルに馴染んでいる、遣り込みプレーヤーの模様である。これなら安心して前衛の一角を任せられるが、さてこのレベル差をどうするべきか?

 弾美が頭を悩ませていると、進がグランドイーターの果実が手元に丁度2つあると言う。お近づきの印に、二人に1個ずつプレゼントすると言うと、お姉様方は大喜び。

 買い置いていたのと、遺跡エリアの探索で見つけた物で、3個揃えばパーティで使用するつもりだったらしい。 


 お返しのお返しと言う訳ではないが。薫がパーティリーダーの弾美に、地下で揃えた戦利品を丸ごとトレードして来てくれた。好きに使ってくれて良いとの大盤振る舞いに、村っちもサブリーダーの進に同様の素振り。

 内訳は風の宝珠が1個、金のメダルが6枚、カメレオンジェルが1つ、土龍の尻尾が1つ。術書や水晶玉は自分の属性のが出たが使ってしまい、トリガーの類いは全く出なかったらしい。

 お金は2万ちょっと。ほとんど消耗品に消えてしまい、最後の報酬で盛り返した感じだとか。


『おおっ、風の宝珠くれるのかっ! ありがたいぜ、薫っち!』

『何だ弾美、風のスキル伸ばしてるのか? こっちにも何枚かあるぞ』


 淳のキャラが風属性なのだが、風スキルは目当ての魔法が出て、もう必要ないらしい。今伸ばしているのは炎と雷スキルだと言うのを聞いて、美井奈がすかさずTシャツをトレード。喜んで貰って、本人もご満悦の様子。

 弘一のキャラは土属性の、しかも♀キャラで、土と氷と水スキルを伸ばしているのだそう。流氷の装備を何とか2つ集めており、超プニョンの黄鎧をいたく喜んでくれた。グラの変化を見て、瑠璃は思わず超プニョンの黄靴も差し出す。

 コミカル装備が、背の低い土属性のキャラにとってもマッチしている。愛嬌のある容姿は、本人もお気に入り。自身でキャラのイラストなんかを描いて、HPで紹介したりの活動も積極的だ。

 ♀キャラを選択して、周囲にネカマとからかわれても、本人は見栄えが全てと言い切る男振りを示していたり。


 そんな感じで、いい加減などんぶり勘定での装備や術書の交換がしばらく続き。どちらが得したか損したかなどは、同じギルドメンバーのせいなのか、それとも弾美の性格の浸透なのか、皆が全く気にならないよう。

 淳のキャラは二刀流の短剣使いで、女王蟲の翅飾りや呪いを解いた暗黒の短剣を貰って感謝し切りの模様。二刀流を瑠璃に覚えさせたい弾美は、淳をやたらと羨ましがっていた。

 それを聞いた進が、闇市に修行所があるとの噂を耳にしたと打ち明ける。


『闇市って何だっ、進? レアアイテム屋より凄そうだなっ、入れないのか?』

『紹介状があれば入れるけど、金のメダルが10枚も必要なんだ。ちなみに金のメダルは、1枚3万ギルもする。どっちもレアアイテム店に売ってるよ』

『こっちのパーティの金のメダルは、最初はグランドイーターの果実に使ってたけど……クエストで入る事が分かって、今は溜め込み中。出来れば流氷装備か暗塊装備の取れなかった部位を買いたいけど、闇市も覗いてみたいなぁ』


 進と淳が、金のメダルの使用経緯を報告する。村っちに融通して貰って10枚に近付いたみたいだが、全部使って入ってみて、中でメダル不足で何も出来なかったら全く意味が無い。

 そう話す進に、こちらの所有枚数を尋ねられ。弾美が瑠璃に顔を向けると、アイテム欄を開いた幼馴染から答えはすぐに返って来た。


「10枚なら余裕で足りるねぇ……銀のメダルも勘定に入れたら、薫さんから貰った分も含めて27枚くらいかな?」

「うわぁ、一財産ですねぇ……でも、ここで10枚使っちゃうとちょっと心許ないかも?」

「ふむ、でもまぁ、行けないエリアがあると言うのも腹が立つ。買っちゃうぞ!」


 勢いにまかせてそう言い放つ弾美に、美井奈も拳を振り上げて、お~っと嬉しそうに呼応する。瑠璃としてはどちらでも良いのだが、取り敢えずは他のお店もチェックしておきたかった。

 武器屋や装備屋、特に見ておきたかった合成屋をスルーして、キャラの塊はレアアイテム店の前を陣取る形となり。他の冒険者キャラ達が何事かと、視線がチラチラ。


 レアアイテム店のNPCは、妖しい容貌の背の低い闇種族の男だった。一見さんお断りと口にした後、渋々と言った感じでアイテムリストを提示する。

 初めて見る弾美達には、刺激の強いリスト群だったりしたものの。


*各属性の水晶玉  1枚

*各属性の術書 1枚

*土龍の尻尾 1枚

*剣術指南書 2枚

*グランドイーターの果実 2枚(売り切れ)

*カメレオンジェル 3枚

*各属性の宝珠 10枚

*色んな種類の呼び(ランダム) 5枚

*2時間制限に+10分 4枚

*シリーズ装備(迅速、妖精) 3枚

*シリーズ装備(流氷、暗塊) 5枚

*ライフポイント+1 3枚

*金のメダル×1=銀のメダル×5or3万ギル

*闇市への紹介状 10枚


 シリーズ装備やライフポイントまで買い足せると知って、一行は驚きの表情。2時間制限に+10分の効能には、便利かも知れないけど、4人全員が買わないと意味がないと批難轟々。

 パーティが一番欲しいのは、実はカメレオンジェルかもと言う意見が強かったり。瑠璃は指輪を同化したいし、美井奈も胴装備と脚装備は、良い物が出たら交換したい気満々。

 弾美も頭装備に、手持ちのカメレオンジェルを使ってみたいのだが。半端な感じの数字が同化して、結局駄目だったら怖いと先延ばしにしていたのだ。

 ところが進は、合計+5まで平気だとの情報を聞いた事があると言う。


「んじゃ、使ってみるか……美井奈、一緒に使うぞ!」

「了解です、お兄さんっ!」

 

 同じく怖くて使えなかった美井奈と、同じ頭装備のバンダナに同時使用。一瞬の後、感動の同化完了の合図を受け取った二人は、瑠璃を真ん中においてハイタッチ。

 そして恒例の抱きつき攻撃に、瑠璃もちょっと羨まし気な表情。


「私も、指輪を同化させたいなぁ……使ってもいい、ハズミちゃん?」

「光スキル伸ばすんですよね、お姉ちゃま? 私の持ってる指輪、差し上げますよっ!」


 そんな訳で、薫から貰ったカメレオンジェルと美井奈が手渡してくれた光の特級リングを手に、瑠璃も指輪の同化完了と同時に装備交換。両側からおめでとうのコールに、ほのぼのとした気分でありがとうと返答する。

 動かなくなった弾美のパーティに、いい加減焦れていたギルドの面々だが。ハズミンとミイナの頭装備のグラが変わると、おおっと言う驚きの声が上がる。


『弾美、それって3つ目の暗塊装備かよ……すごいなっ!』

『いいなぁ、こっちは1個しか見つけられなかったんだよなぁ』

『すごいねぇ……金のメダル5個分の装備かぁ、遅解きルートもやってみたかったなぁ!』


 周囲の称賛を浴びつつも、水面下では瑠璃が銀のメダルを金へと交換し、弾美に10枚きっかり渡すという作業が。ギルド会話をしながらの、部屋の中では普通に会話。さらにキャラを操作して、闇市への紹介状を買う弾美、ちょっと忙しい。

 購入手続きで、今のパーティの登録をするからと、全員の名前の確認を言い渡された。どうやらこの時点で登録した者以外は、絶対に入れてくれない仕様らしい。

 ハズミンとルリルリ、ミイナとカオル。これで登録完了との言葉が返って来た。


『買ったぞ~、闇市の紹介状。ちょっと見て来て、入る価値あるか確認するから待っててくれ』

『おうっ、助かる……ギルド会話は継続出来るよな?』


 入ってみたら、どうやらそれは平気な様子。ダンジョン扱いの場所だと、駄目な可能性はあったのだが。四人であちこち動き回るが、闇市は住人からしてかなり変。

 獣人が店番をしていたり、自動販売機が置いてあったり……通信でそう報告すると、かなりウケたようで、何か買って来てくれとせがまれてしまった。ノリで自販機の前に立つハズミン。

 実際は、修行の塔への入場券だったので、地上に持ち帰っても無意味な事が判明したが。いつぞやのカボチャ頭が店番をしている防具屋チェックで、瑠璃がはしゃいだ声を上げている。

 どうやら良品が置いてあったようだ。地上で買わなくて良かったと、美井奈と仲良く報告し合う。


「美井奈ちゃん、武器屋さんで良さそうな性能のある?」

「無いですねぇ……でも矢束は結構ダメージの良いのあるから、買っておきますね」

「防具屋さんは、防御の高いのと、防御が普通で付加価値の付いてるの、2種類置いてあるね。耳装備とか指輪で1個5千くらい、布装備で1万くらい、鋼装備で2万くらいだね」

「進に地上に置いてあるか聞いてみよう……おっ、ソウルイーターが店番してる……」


 ソウルイーターとは、魂を喰らう悪霊モンスター。メイン世界ではかなり強くて、特殊技には誰もが苦渋を舐めさせられた覚えがある筈の敵だ。見た目もかなり不気味なのだが、ちんまりと店のカウンターに納まっている姿は結構笑える。

 近付くのも怖いが、カボチャ頭も平気そうだったしと、弾美は思い切って話し掛けてみた。途端に画面を見て笑い出した弾美に、女性陣の対応もいい加減慣れたもの。

 弾美のモニター画面を覗き込んで、ログの確認をしてみれば。


「アナタのイノチ、金のメダル3枚デ買い取りマス……だってさ、美井奈ちゃん」

「……ブラックユーモアが過ぎますねぇ」


 詳しく見てみれば、ライフポイントやトリガーの呼び水が、レアアイテム店と同等の価値で金のメダルと交換が可能らしい。術書や土龍の尻尾は、残念ながら価値が下がってしまい、銀のメダル3枚で交換との事。

 使わない道具は、メダルと交換してしまえば良いとは思うが。シリーズ装備さえ金のメダルと交換出来るとのメニュー表示に、固定化した物をどうやって交換するのかと、瑠璃は思わず首を傾げたくなる。他はどうやら、情報屋とかレア素材の合成屋さんで全部のよう。

 何とか戻って来た弾美が発した第一声は、瑠璃をビックリさせるのに充分だった。


「瑠璃、俺達の命を売ろう(笑)」

「えっ、売るの……?」


 弾美の言い分は尤もで、瑠璃も何となく納得。要するに、これからも死ぬつもりは無いし、パーティのライフポイントは美井奈の3に合わせておけば、足並みも揃うと言うものらしい。

 言い切られた形の瑠璃は、せっかく増えたライフポイントを躊躇無く1つ減らす事に。一緒にいた薫も納得してくれて、取り敢えず2つ分減らしてくれとの言葉に素直に従う。

 これでライフ4つ分、12枚の金のメダルが出来た計算である。弾美はそれを預かると、地上のギルドメンバーの元へ。程なくして、全員引き連れて戻って来る。呆れた行動力だが、瑠璃にも美井奈にも全く異存は無い様子。

 むしろ、良かったと安心している感もあったりして。


『すまないな、弾美。貯まったらきっと返すよ』

『別にいいよ、イノチを売って得たメダルだから、価値は相場次第w』

『このお店で命売れるの? 私も6つも要らないから、2つ分売って渡すね?』


 そんな会話の後、すぐに6枚返って来たメダル。お礼の言い合いになって、和む場の中。穴場な感じの装備屋の品揃えに、一同揃って何を誰に購入するか頭を悩ませ始める。

 2つのパーティは10分以上掛かっての武器装備の変更を終える。弾美パーティの購入履歴はこんな感じとなった。

 ――遺跡のピアス 器用度+1、HP+5、防+2

 ――遺跡のリング 器用度+2、HP+5、防+3

 ――ゾゲン鋼の鎧 体力+2、HP+8、防+12

 ――ゾゲン鋼の手甲 体力+2、HP+6、防+10

 ――ゾゲン鋼の戦靴 体力+2、HP+6、防+10 


     *     *


 薫から貰った風の宝珠と、片割れパーティからの術書の融通で、一気に風スキルを20まで上げ切ったハズミン。見事に《トルネードスピン》の複合スキル技を取得出来た。

 その風スキル上昇により、一気に二つ魔法をゲットした弾美。まずは《風鈴》と言う魔法は、サイドステップの使用で、敵の注意を引き付けヘイトを取る事が可能である。

 もう1つの風魔法の《風の鞭》は、斬撃を1度だけ遠隔攻撃にするというもの。飛び道具が無いに等しいハズミンには、なかなか使い勝手の良い魔法かも知れない。

 更に暗塊装備で覚えた土スキルの《石つぶて》も、MPを使って敵のタゲ取りを可能にする魔法。ハズミンのヘイト取りは、これによりかなり楽になった算段である。

 超プニョン装備よりゾゲン鋼の硬質なデザインを選んでしまったが、暗塊の兜の装備により防御力に問題はなし。HPも大幅アップで、より頼れる前衛になった。



 名前:ハズミン 属性:闇 レベル:25

 取得スキル  :片手剣47《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 《下段斬り》 

                  《種族特性吸収》 《複・トルネードスピン》

          :闇46《SPヒール》 《シャドータッチ》 《闇の腐食》

          :風20《風鈴》 《風の鞭》 :土20《クラック》 《石つぶて》

 種族スキル  :闇25《敵感知》 《影走り》 :土10《防御力アップ+10%》


 装備  :武器 魔人の剣 攻撃力+17《耐久14/14》

      :盾 サソリ模様の大盾 耐毒効果、防+7《耐久12/12》

      :遠隔 木の弓 攻撃力+8《耐久11/11》

      :筒 木の矢束 攻撃力+6

      :頭 暗塊の兜 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15

      :首 鬼胡桃のペンダント HP+8、体力+2、防+6

      :耳1 銀のピアス 器用度+2、HP+4、防+2

      :耳2 遺跡のピアス 器用度+1、HP+5、防+2

      :胴 ゾゲン鋼の鎧 体力+2、HP+8、防+12

      :腕輪 暗塊の腕輪 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15

      :指輪1 サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5

      :指輪2 古代の指輪 体力+1、防御+5

      :背 剛毛のマント 攻撃力+3、防+5

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :両脚 魔人の下衣 攻撃力+3、体力+2、腕力+2、防+10

      :両足 暗塊のブーツ 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10


 ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬

            :中ポーション :中ポーション :万能薬   

  

         

 ルリルリは《幻惑の舞い》で、弱点の防御面が少しだけカバー出来るようになった。さらに攻撃力は複合スキルの《アイススラッシュ》が、氷スキルの上昇で効果がアップしている。

 魔法に関しても、《魔女の接吻》で敵からMPを盗めるようになったのは大きい。弾美にネタ仕様だと笑われた《エンジェルリング》も、流氷のイヤリングを獲得出来た事で詠唱可能まで後一歩といったところ。

 ゾゲン鋼装備で防御力も上がり、前衛的にも自信に繋がるところである。

 


 名前:ルリルリ 属性:水 レベル:25

 取得スキル  :細剣40《二段突き》 《クリティカル1》 《麻痺撃》

                《複・アイススラッシュ》 《幻惑の舞い》

          :水43《ウォーターミラー》 《ウォーターシェル》  

              《ウォータースピア》 《ヒール》   

          :光28《光属性付与》 《エンジェルリング》

          :氷30《魔女の囁き》 《魔女の足止め》 《魔女の接吻》

 種族スキル  :水24《魔法回復量UP+10%》 《水上移動》


 装備  :武器 天使のレイピア 攻撃力+14、知力+2、MP+8《耐久14/14》

      :盾 大亀の大盾 耐水魔法効果、防+10《耐久15/15》

      :筒 腰袋 ポケット+2

      :頭 流氷の髪飾り 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+8

      :首 サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5

      :耳1 天使のピアス 光スキル+3、知力+2、MP+8、防+3

      :耳2 流氷のイヤリング 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+5

      :胴 薔薇のローブ ポケット+2、HP+10、MP+10、防+9

      :腕輪 ゾゲン鋼の手甲 体力+2、HP+6、防+10

      :指輪1 光の特級リング 光スキル+4、HP+15、攻撃距離+4%、防+4

      :指輪2 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

      :背 クモの巣のマント HP+7、MP+7、防+7

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :両脚 流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10

      :両足 ゾゲン鋼の戦靴 体力+2、HP+6、防+10


 ポケット(最大10) :小ポーション :中ポーション :万能薬 

             :中ポーション :中エーテル :万能薬      

             :中エーテル :小エーテル :土の水晶玉 :水の水晶玉



 弓矢が更にグレードアップして、合計攻撃力がとうとう30に達してしまった美井奈。前衛の弾美がタゲ取りの魔法を覚えた事で、安心して削れるようになったと言える。

 幸運のお守り効果でポケットが増えて、継続戦闘能力が5割り増しの感があるが。なにより消費アイテムの水晶玉を除けば、唯一の範囲攻撃持ちキャラである。今ではもう、パーティに欠かせない後衛削りキャラとの呼び声も高い感じ。

 頭装備などで敏捷度が上がったお陰で、問題の攻撃間隔も割と速くなって来た。まだまだ伸びしろのあるキャラであるとも言える。



 名前:ミイナ 属性:雷 レベル:23

 取得スキル  :弓術34《みだれ撃ち》 《貫通撃》 《近距離ショット1》  

          :光32《ライトヒール》 《ホーリー》 《フラッシュ》 

          :雷22《俊敏付加》 《俊足付加》  :水10《ヒール》

 種族スキル  :雷23《攻撃速度UP+3%》 《雷精招来》


 装備  :武器 大樹の長杖 攻撃力+11、知力+3、MP+20《耐久12/12》

      :遠隔 雷鳴の弓矢  攻撃力+17、器用度+4、敏捷度+4《耐久12/12》

      :筒 貫きの矢束 攻撃力+14

      :頭 飛竜の兜 敏捷度+4、腕力+2、HP+10、防+8

      :首 幸運のお守り ポケット+2、移動速度UP、耐呪い効果、防+2

      :耳1 血色のピアス 耐呪い効果、HP+10、防+2

      :耳2 金のピアス 敏捷度+2、MP+4、防+2

      :胴 鉤爪付きの上衣 雷スキル+3、器用度+2、防御+8

      :腕輪 超プニョンの緑篭手 風スキル+2、敏捷+1、防+6

      :指輪1 遺跡のリング 器用度+2、HP+5、防+3

      :指輪2 サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :背 深紅のマント 攻撃力+4、MP+4、防+4

      :両脚 鉤爪付きの腰布 雷スキル+2、器用度+1、防御+7

      :両足 編み上げブーツ 攻撃力+3、防+6


 ポケット(最大8) :小ポーション :中ポーション :中ポーション  

            :小エーテル :中エーテル :万能薬   

            :中エーテル :雷の水晶玉




『あれっ、美井奈ちゃんは弓術使いなの?』

『はい、そうですよ? 何か問題でも?』

『いや、弓術使いってメイン世界でも稀だから。前衛とバランス取るの難しいし、お金掛かるし』

『瑠璃が前衛慣れしてなくて、さらに美井奈が前衛に参加したら、まとめる自信が無かったからな。ステップ系使わず済んで、範囲攻撃外から攻撃出来る弓術使いなら行けそうかなって』


 なる程と、周囲のメンバーからはいい作戦だ的な称賛が湧き上がる。何より、今までパーティが上手に噛み合って地上まで登って来れたと言う事実が大きい。

 美井奈にしても、今では弓術使いとしての誇りと楽しさを持っているという。メイン世界でも挑戦してみたいのだけどと、ちょっと弾美におねだり顔。

 すっかり弾美団長のギルド『蒼空ブンブン丸』に入る気満々の美井奈だが、メンバー全員否は無い。


「イベントが終わったら、しっかりメイン世界でも鍛えてやるからな!」

「はいっ、お願いしますっ、隊長!」


 二人の呼吸もすっかり合ってきた今日この頃、瑠璃としても微笑ましい限りだ。時間はようやく2時に差しかかろうと言う頃。薫がちょっと安心した感じで、話し掛けて来た。

 顔見知りを利用して無理やり入れて貰った事に、ちょっと抵抗があったのだろう。


『じゃあ……レベルは別として、私達が入っても変な構成にはならない?』

『平気だと思うぞ、むしろ瑠璃の変わりにバリバリの前衛が一人欲しかった所だし』


 弾美の言葉に、ホッとした雰囲気の薫。ギルドの男子からも――特に弘一だが、大歓迎だとの声が掛かる。弘一はこういう奴だから相手にしないでと言われても、へこたれずにフレンド登録から自分をアピールしようと画策中らしく。

 久々のギルドメンバー間での楽しい会合だったが、時間が過ぎるのは早いようで。村っちが少し家の片付けをして、4時からのバイトに備えないといけないから落ちると申し出た。

 それに合わせる様に、瑠璃も少しそわそわし始める。部屋は昼食の片付けがおざなりにされているだけ、几帳面な瑠璃はそれが我慢ならない。


『俺のパーティ三人は、今日は時間全部使ってるから中立エリア以外は移動出来ないな。薫っち、悪いけど本格始動は明日からでいいかな?』

『了解~、明日からヨロシクね♪』

 

 改めてよろしくと挨拶を交し合い、弾美のパーティも落ちる事に。何だかんだと言いながらも、9時からインしていたのだ。皆が落ちる頃合いだとの判断だ。また今度との挨拶と、明日のイン時間の確認を行った後、三人揃ってログアウト。

 そして揃って、盛大なため息をついてみたり。


「あ~、何て言うか……たっぷり遊んでたっぷり喋った感じですねぇ」

「そうだな……おおっ、ようやく地上に辿り着けたんだよな、俺達!」

「そうだね~、長かったねぇ……」


 改めて感慨に耽る一同。ここまで約12日間、長かったと思うのも当然である。寛ぎモードに移行する弾美と、片付けモードに入る瑠璃。美井奈は一瞬迷ったが、瑠璃の片づけを手伝いに階下へとくっ付いて行く。

 弾美は先程のギルドメンバーや新メンバーとの交流を思い出しつつ、そう言えばマリモの店長はどうなったのだろうと思考を巡らせる。村っちと合同でイベントを攻略する約束だったが、彼女が連休中に旅行に出掛けてしまい、その目論見は没になったまでは聞いた記憶があるが。

 まさか村っちと薫が知り合いだとは思わなかったが、何にせよ身元のしっかりしたメンバーをパーティに迎えられて良かった。


 全くの初対面とのイベント攻略もあり得なくは無いが、信頼不足と言うのは怖いものだ。例えば、今日薫が信頼して宝珠やメダルを預けてくれたが、初対面では危ない行為なのだ。

 あまり言いたくは無いが、貴重品を持ち逃げする不届き者もネット世界では存在するのだ。顔の見えない気安さからか、逆にそういう犯罪も珍しくないのが現状。

 有名な世界的ネットゲームでは、ネット金銭の売買行為やハッキング行為、不法有利プログラムの流用やレア装備の不法入手など、次から次へと問題が持ち上がっている。

 『ファンスカ』では半分閉ざされた性質上、そこまで酷い問題は無いけれど。対人トラブルはそれなりにあるのは確かである。


 そんな事を考えていると、昨夜の父親との会話が蘇って来た。父親は直接的には、ゲーム開発室には関わりは無いとは言っていたが。意外なゲームデータの流用の話は、弾美にはそれなりにショックだった事も確か。

 今日の自分の罵詈雑言も、データとして父親の元に届くのだろうか? だとしても、自分の感情を抑える楔にはならなかったのは、燦然たる事実である。

 自分より弱い立場の者、小学生をカモにするような行為を、どうして見逃せようか? むしろ、その事実を突きつけて、悔恨の思念を湧かせられなかった事実が悔やまれる。


 ドロップを全て渡すと言う約束をしてしまった美井奈にも非があると、相手は言い逃れるかも知れない。だがそれは、ゲームの本質を逸れた行為であると弾美は思う。

 ゲームと言うのは、参加した者全員が楽しむためにあるのだ。ドロップ品の分配と言う、楽しみの半分を占める醍醐味を取られてしまって、どうしてゲームが楽しめようか?


 女性陣がなかなか戻って来ないので、何となく悶々とした思考に嵌まり込んでしまった弾美。ようやく賑やかな声が、温かな湯気と共に階下から上がって来た。

 遅いと思ったら、おやつの支度をしていたらしい。


「おまたせ~。3時には早いけど、美井奈ちゃんの持ってきたおやつにしよう~♪」

「お母ちゃまの手作りですよっ! ぜひ感想を持って帰ってと、お母ちゃまの厳命です!」


 先程片付けられたテーブルに、再び美味しそうな洋菓子が並んでいく。フルーツケーキは、取り分けしやすいように既にナイフが入っていた。細やかな気遣いに、なる程美井奈が過保護だと言うのも判る気がする瑠璃だったり。

 フルーツケーキとスコーンは、文句無しに美味しかった。手作りのお菓子というのは、絶対に市販のものと違う独特の風味が存在すると瑠璃は思う。

 それが変な風に転がると、店売りのものと反対に不味くなるのだが。市販の物では出せない美味しさだと瑠璃が評すると、美井奈は自分もそう思うとニッコリ。

 弾美は難しい評価は瑠璃にまかせて、半分以上一人で平らげてしまった。


 それからは楽しい勉強会。小さな机に、三人分のテキストが所狭しと並ぶ。瑠璃は張り切って仕切っていたが、おやつを食べ過ぎたので今日の夕方の散歩はちょっと遠出をしようと提案。

 美井奈は、今日はもう少し犬達と仲良くなりたいと目を輝かせて口にする。確かに可愛いとは思うのだが、どうしてもあの体格を目にすると怖じ気付いてしまうのだそう。

 マロンとコロンの小さい頃の写真が瑠璃の部屋にあると言うと、美井奈はぜひ見たいとせがんで来た。実は弾美の部屋にもあるのだが、それはまぁ、内緒と言う事で。

 自分の子供の頃の写真を見られると言うのは、酷く恥ずかしいものだと思う。


 取りとめの無い話をしながら、静かに時間は過ぎて行く。勉強のはかどり具合も、まぁまぁといったところ。ところが時間が経つうちに、弾美は美井奈の容態がちょっと変な事に気付く。

 何となく顔が赤くて、最初は知恵熱だと思ったのだが。ぽ~っとしている少女の感じに、弾美は風邪の症状を疑って。頭に手を当ててみると、案の定熱を持っている。

 昨日からはしゃぎ過ぎの所を、昨夜の急な冷え込みだ。瑠璃も美井奈の異変に気付き、心配そうに少女を見ている。


「美井奈、お前朝から調子悪かったんじゃないのか?」

「……ちょっと寝冷えしてしまいましたけど、1日くらい持つかなと思って」

「いや、1日持っただけじゃ駄目だろ。明日学校あるんだし」

「私もちょっと調子悪かったんだけど、やっぱり風邪ひいちゃってるかも」


 美井奈に訊ねてみると、少女の自宅は今の時間無人だと言う。立花家も津嶋家も、親は今日も仕事中で不在である。タクシーで送ろうかと言ったが、美井奈は頑なに辞退する。

 仕方が無いので、厚着をさせて弾美が自転車で送る事に。瑠璃も少ししんどそうだったのだが、どうしてもついて来ると言い張って自分の自転車を出して来る。

 騒ぐ犬達は取り敢えず置いておいて、最徐行で歩道を進む2台の自転車。10分も掛からず、美井奈のマンション前に到着した。

 

 美井奈の自宅に到着した時間は4時半を過ぎたくらい。5時半には母親が戻ってくると言うので、瑠璃が少女をパジャマに着替えさせて布団に押し込む。

 弾美が冷凍庫から見つけて来たアイスノンは、キンキンに冷えていた。タオルで包んで後頭部に押し込むと、少女は一息ついたようだった。

 

 母親に電話で知らせておいた方がいいだろうと、美井奈に番号を教えて貰う。瑠璃と美井奈が交代で状況を知らせた結果、美井奈の母親は帰りに風邪薬を買って帰ると報告して来た。

 症状が酷いようなら、明日学校を休んで病院行きだと弾美が言うと。電話の向こうで母親も調子が悪そうだったので、親子でお医者に掛かるかも知れないと返って来た。

 どうやら親子とも、揃って寝冷えが原因らしい。


「母親が帰るまで居てやろうか、美井奈?」

「いえ、お姉ちゃまも具合悪そうだから……私寝てますから平気です」


 弾美と瑠璃は、ちょっと相談してメモを残して家路につく事に。美井奈にお別れを言って、自分達が扉を出たら鍵を掛けておくようにと厳命する。

 そこから自転車で、再びゆっくりと帰宅する二人。家に着くと、瑠璃の両親とばったり出会った。いつもより早い時間の帰宅だが、瑠璃の父親の顔色を見ると納得。辛そうなのは、どうやら親娘とも一緒な様子である。

 この調子では、明日は学校や会社どころでは無いかも知れない。


「ゆっくりやすめよ、瑠璃。何か用事あったら遠慮せず言って来いよ。今日の夕方と、明日の朝の犬の散歩、俺一人で行ってやるから」

「ありがとう、ハズミちゃん。あっ……明日学校休む事になったら、代わりに図書館で借りた本返しておいてくれる?」

「オッケ~」


 そんな会話を交わしつつ、各々自宅へと戻って行く。灰色の雲の向こうに確実に存在する太陽は、ゆっくりと確実に地平線の向こうへと姿を隠して行く所。

 テレビのある2階の部屋は、先程の華やかさとはうって変わって静か過ぎる気がした。瑠璃がしっかりと片付けて行ったので、一見しても人のいた気配は感じないのだが。

 それでも人のいた温もりだけは残っている気がして、何となく心和んでみたものの。





 ――限定イベントの攻略は、しばらくは灰色の雲の向こうだなと気付いてしまう弾美だった。


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