♯11 囚われの天使と氷の仕掛け
天候は昨日から肌寒い日が続いており、連休中の好天気が嘘のよう。朝日はとっくに出ている筈だが、窓からの景色はどこか薄ら寒い。毎度の弾美の部屋からの合同インも4回目を数えるまでになり、美井奈もすっかり場慣れした感じを受ける。
今日もお土産を家からわんさか持って来て、弾美には呆れ顔をされたものの。瑠璃の隣に座ってゲームにインするこの至福感は、少女にとって何物にも換え難かい様子だ。
今朝は起き抜け、少し調子が悪かった美井奈だが。一日遊ぶ気満々で、朝からの限定イベントのインを指定したのだ、へこたれている場合ではない。
弾美としては、美井奈が持って来た勉強道具も気になるし、パーティが今日上手く行けば地上へ到達すると言う事態ももっと気になる。美井奈の勉強道具は、十中八九瑠璃に何か吹き込まれた証拠だと言うのは推測出来る。ダテに長い事、幼馴染をやっている訳では無いのだ。
まぁ、昼から勉強会になってもそれはそれでいい。
実は瑠璃も、朝の散歩からどこか調子が悪そうだった。朝の冷え込みが急だったもので、家の人共々体調不良に見舞われているらしい。それでも朝の起き抜け時に比べれは、ずっと調子は戻した模様。
弾美は気を利かせて、部屋の室温管理を少しだけ温かめに設置する。季節の変わり目は油断ならないと、母親が注意を促していたのを思い出す。
特に女性は、色々と大変なのだそう。詳しくは話してくれなかったが。
全員既に中立エリアで、イン前の支度に余念がない。弾美も同様、昨夜父親達に聞いたゲームの裏事情を、頭の中から追い出して。コントローラーを持って、攻略に集中を始める。
薬品系の消耗品の補充も、あらかじめばっちりである。イベント当初から考えるとかなり逞しくなったキャラを確認しつつ、パーティ仲間に出発の合図。
「用意できたら、真ん中入るぞ~」
「了解です、お兄さんっ!」
レア装備の暗塊シリーズが二つに増え、防御力もHPも格段に上昇、頼れる前衛になったものの。タゲを確実に取る手段が無いまま、ここまで来てしまった感じは否めない。
炎や闇や土の種族スキルや魔法に、ヘイトを取るブロッカー適性のスキル類が存在するのだが。後は盾スキルを伸ばして行けば間違いなく取得が可能ではある。
その手段を持たないパーティは、アタッカーが複数でスイッチという技を使って、敵のタゲを交代でパスして行く。その間隙を利用して、フリーになった者はポケットの補充や回復をして、一息付くのを繰り返すのだ。
弾美のパーティでは、美井奈が割とタゲを取る手段に富んでいる。そこからマラソンに変化して、スイッチをしているのが今の所、弾美のパーティの現状である。
武器と盾も新調出来たが、正直盾スキルを伸ばすゆとりも無く。連続スキル技使用で、タゲ取りを頑張るしかないと思う今日この頃だったり。
名前:ハズミン 属性:闇 レベル:24
取得スキル :片手剣47《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 《下段斬り》 《種族特性吸収》
:闇38《SPヒール》 《シャドータッチ》 《闇の腐食》
種族スキル :闇24《敵感知》 《影走り》 :土10《防御力アップ+10%》
装備 :武器 ケンタの刀 攻撃力+13、知力+1《耐久11/11》
:盾 サソリ模様の大盾 耐毒効果、防+7《耐久12/12》
:遠隔 木の弓 攻撃力+8《耐久11/11》
:筒 木の矢束 攻撃力+6
:頭 黒いバンダナ 闇スキル+3、SP+10%、防+3
:首 鬼胡桃のペンダント HP+8、体力+2、防+6
:耳1 プニョンのピアス 防+2
:耳2 白玉のピアス HP+5、防+1
:胴 超プニョンの赤鎧 火スキル+3、腕力+2、防+14
:腕輪 暗塊の腕輪 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10
:指輪1 古代の指輪 体力+1、防御+5
:指輪2 プニョンの指輪 防+3
:背 剛毛のマント 攻撃力+3、防+5
:腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2
:両脚 なめしズボン 攻撃力+1、防+5
:両足 暗塊のブーツ 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10
ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬
:中ポーション :中ポーション :万能薬
ルリルリの変更点は、何と言ってもまたまたポケットの数が増えた事。水晶玉を忍ばせておける余裕も出来たし、エーテルのストック数も増え、継戦能力が格段に上昇している。
細剣の複合スキル技攻撃と、《魔女の囁き》からの水属性魔法という2つの必殺技も覚え、削り手としても存在感が出て来た感じもする。
弾美と同じく、武器と盾の新調も叶ったが、前衛としてまだまだな感じは否めない。何より弾美と大きく操作性に関しては水を開けられている事実は、本人も自覚している通り。
水属性の新魔法も覚えたが、本人は光属性をもう少し伸ばしたいと願っているようだ。
名前:ルリルリ 属性:水 レベル:24
取得スキル :細剣38《二段突き》 《クリティカル1》 《麻痺撃》 《複・アイススラッシュ》
:水43《ヒール》 《ウォーターシェル》 《ウォータスピア》 《ウォーターミラー》
:光11《光属性付与》 :氷20《魔女の囁き》 《魔女の足止め》
種族スキル :水24《魔法回復量UP+10%》 《水上移動》
装備 :武器 クラゲのレイピア 攻撃力+11、器用度+1《耐久9/9》
:盾 大亀の大盾 耐水魔法効果、防+10《耐久15/15》
:筒 腰袋 ポケット+2
:頭 流氷の髪飾り 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+8
:首 サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5
:耳1 銀のピアス 器用度+2、HP+4、防+2
:耳2 青玉のピアス MP+5、防+1
:胴 カンガルー服 ポケット+2、MP+6、防+7
:腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4
:指輪1 水の指輪 水スキル+2、精神力+1、防+1
:指輪2 水の指輪 水スキル+2、精神力+1、防+1
:背 クモの巣のマント HP+7、MP+7、防+7
:腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2
:両脚 流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10
:両足 超プニョンの黄靴 土スキル+2、体力+1、防+7
ポケット(最大10) :小ポーション :中ポーション :万能薬
:中ポーション :小エーテル :万能薬
:中エーテル :中エーテル :水の水晶玉 :土の水晶玉
うっかり胴装備を固定化してしまい、Tシャツの恩恵を受けれなくなったミイナだが。その甲斐あって覚えた《俊足付加》で、マラソンでは有利なキャラ付けになっている。
朝のチェックで妖精シリーズの同化を知って大喜びだったが、ピアスの予備が見当たらずに喜びも半減。その代わり、長杖やネックレス、マントなどの装備変更でMPがかなり上昇し、後衛の位置取りから出来る選択肢に幅が出て来ている感じもする。
弓と矢の合計値もとうとう26となって、いっぱしのアタッカーと言って良い数値だ。削りの速度にも期待出来るようになったが、その分タゲ取りの危険が増したとも言えるかも。
パーティ的には、もどかしい問題である。
名前:ミイナ 属性:雷 レベル:22
取得スキル :弓術32《みだれ撃ち》 《貫通撃》 《近距離ショット1》
:雷20《俊敏付加》《俊足付加》 :水10《ヒール》
:光36《ライトヒール》《ホーリー》《フラッシュ》
種族スキル :雷22《攻撃速度UP+3%》 《雷精招来》
装備 :武器 大樹の長杖 攻撃力+11、知力+3、MP+20《耐久12/12》
:遠隔 ケンタの弓 攻撃力+14、知力+1《耐久14/14》
:筒 尖骨の矢束 攻撃力+12
:頭 白いバンダナ 光スキル+3、武器スキル+1、防+3
:首 金のネックレス MP+8、防+3
:耳1 妖精のピアス
:耳2 金のピアス 敏捷度+2、MP+4、防+2
:胴 鉤爪付きの上衣 雷スキル+3、器用度+2、防御+8
:腕輪 超プニョンの緑篭手 風スキル+2、敏捷+1、防+6
:指輪1 光の特級リング 光スキル+4、HP+15、攻撃距離+4%、防+4
:指輪2 妖精の指輪 光スキル+2、風スキル+2、HP+2、防+2
:腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2
:背 深紅のマント 攻撃力+4、MP+4、防+4
:両脚 鉤爪付きの腰布 雷スキル+2、器用度+1、防御+7
:両足 編み上げブーツ 攻撃力+3、防+6
ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬
:小エーテル :中エーテル :雷の水晶玉
「隊長、武器の弓矢の合計値が26まで上がっちゃってるんですけど……もう少し低いのに変更しておいたほうがいいですかねぇ?」
「わっ、もうそんなにあるんだ……両手武器って凄いよね~」
「まぁ、盾無しで防御捨ててる分、強い事は確かだな。じゃあそうだな……雑魚釣る時は弱めにセットしておいてくれ、美井奈」
「了解です、隊長!」
そんな事前の話し合いの後、いよいよステージ6の主要エリアに入る大扉を潜る一行。広いマップの攻略も3度目となれば、いい加減パターン慣れして来るというもの。
案の定の茅と木の根の迷路エリア、今回の雑魚は角の生えた四足動物や鳥型モンスター。更にはゴーストやお化け木など、割と多彩な種類を集めている様子である。
そんなマップを狩り進めて行く内に、何だか不穏な空気が流れて来る。
「わっ、動物の死骸がありますけど……これは背景の一部?」
「カーソルが移動しないからそうだろうけど……なんか気持ち悪いな」
「そうだねぇ、あっ、宝箱あったよハズミちゃん!」
自然の迷路に設置されている宝箱の中からは、結構期待出来る品物の数々が出て来て一行を喜ばせてくれる。炎の神酒や経験値、炎の術書や氷の水晶玉など、入手は確かに有り難いのだが。そろそろマップも中盤、仕掛けを気にし始めるパーティの面々。
報酬に見合った意地悪な仕掛けが、絶対何かある筈だと疑ってはみるものの。それにわざわざ陥るのが、律儀な美井奈らしいと言うか。変な白いガスに単身突っ込んで、キャラが操作不能になったとうろたえる少女。
何の事やらと弾美が駆けつけてみるが、雷娘の姿は既にそこにはなく。
「どこ行った、美井奈っ。そこどこだ?」
「わっ、わかりませんっ! 勝手に白いガスと一緒に歩いて……うあっ、死骸がたくさんっ!」
「どこどこっ、美井奈ちゃん? うわっ、動物の死骸が山になってるねぇ、かなり不気味かも……」
瑠璃は慌てて探し回っているが、弾美は少し冷静にオートマップでキャラの居場所チェック。それによると美井奈は、少し進んだ広場の中心にいる模様。
瑠璃と合流して、弾美は慎重に急ぐという離れ業で通路を進んで行く。美井奈の自由を奪った白いガスというのは、弾美たちの視界には見当たらない。
だからと言って、油断していたら少女の二の舞に陥ってしまう可能性が。
広場に出る一本道の道の脇に、これ見よがしに何かの装置が置かれていた。壊れているような、そうでもないような、時折電気がショートしている気もするけれど。
カーソルが移動するので弾美が調べてみると、白ガス分解液と言うのが4本入手出来た。瑠璃も同じく何気なく触ってしまうが、同じ数のアイテム入手とのログが。
首を傾げる瑠璃は、説明文章を呼んで使い方を理解。どうやらポケットから使用可能らしい。
「白ガスって、美井奈ちゃんをさらったアレのことかな? このアイテムで、救えるっぽいね」
「だろうな、問答無用で操作不能に陥ったらしいから、これが無いと倒せないのかも」
「はやく助けて下さい~!」
美井奈のモニターをチェックする弾美だが、取り立てて目立った変化は無し。どうやら助けに来る仲間を待ち受けているらしい。それなら堂々と赴いてやると、弾美はポケットの中身を交換、広場に飛び出す。
二人に反応したのは、まずは白いガスの群れ。左右から2つずつ出現し、ごつごつした岩肌の広場を漂ってハズミン達に迫る。弾美は左に展開、ポケットから分解液を振り撒くと、呆気なくガスは消滅して行った。
それを見た瑠璃は、右から来た2つを受け持つ事に。前もって打ち合わせた訳では無いが、何故か息はぴったり合っている二人の動き。2つとも消し去った弾美は、一足先に広場の中央に進み出て周囲を窺うが。
次いでの仕掛けは、弓での一撃。ハズミンを射抜く攻撃は、何とミイナが放ったもの。
「美井奈~っ! 裏切り者~!」
「にゃあっ、ミイナの操作不能ですっ、隊長っ! ごめんなさい~~!」
「多分、白ガスの効果かな? 分解液かけたら治るかなっ?」
やってみるしかあるまいと、盾を構えてミイナに近付くハズミン。弓矢の攻撃のブロックは難しいのだが、味方からダメージを受けていたのでは話にならない。
慎重に攻撃をブロックしつつ、弾美はキャラを近づけさせる。前もって美井奈に、弱めの弓に替えて貰っていて良かった。そんな思いも、新たな敵が湧くまでの事。
動物の死骸の山が爆ぜて、おどろしい人型のモンスターが姿を現す。体躯に対して、顔と手の平がやたらと大きく感じるそいつは、大きな目を光らせて侵入者を睥睨する。
女性陣から悲鳴が上がったが、叫びたいのは弾美も同じ。美井奈の容赦のない《みだれ撃ち》をブロックし損ない、かなりのダメージを受けてしまった。さらには、中ボスの悪霊使いの酸攻撃でダメージ+盾の耐久度を減らされる始末。
どちらから相手をすれば良いのか、判断に迷う弾美。ボス級をフリーにさせておくのはもの凄く怖いが、味方を増やすのが先と美井奈に近付いて分解液を放つ。
これで美井奈が正気に戻らなければ、かなり不味い事態だったが。
幸い、美井奈は行動の自由を得て、こちらの目論みは成功。後ろからルリルリが、ハズミンに回復魔法を飛ばして来た。更に《光属性付与》を自分に掛けて、こちらに向かって来ている。しかし、その間悪霊使いをフリーにさせていたツケは重かった様子。悪霊使いの特殊技、死霊召喚が発動してしまった。
地面からゾンビが数体湧き出て、ボスに辿り着けていない内からパーティは大ピンチ。
「わっ、ゾンビにも白いガス付着してますよっ? このまま倒していいんですかね、隊長?」
「よく分からんが、分解液取りに行くならすぐそこの装置から貰えるぞっ。俺がボス抑えてるから、そっちは頼む!」
「了解っ、私は分解液持ってるから、試しに一匹倒してみるね~」
弾美がようやく、悪霊使いに張り付く事に成功する。連続スキル技でタゲを取り、先程までの鬱憤を晴らすような攻撃を仕向ける。美井奈は最初オロオロしていたが、分解液は持っていた方が良いと二人に諭されて。それならばと、自分に《俊足付加》を掛けて戦線離脱。
一刻も早く手助けに戻ろうと、必死に戦場を駆けて行く。
一方の瑠璃は、弾美の元にゾンビを近づけまいと悪戦苦闘中だった。雑魚には違いない敵なのだが、一斉にたかられるとそれなりに手強いし、何より気持ち悪い。
一匹目を倒すと、案の定筋書き通りのサプライズが。本体は地面にばったりと倒れたのだが、白ガスはそのまま宙を漂って、あろう事か瑠璃を呑み込んでしまった。完全に不意を突かれた瑠璃は大慌て。
それも後の祭り。操作不能のキャラは、ゾンビと仲良く弾美の元へと殺到し始める。
「わ~、ごめんハズミちゃん! 分解液使うつもりが、標準合わせる前に乗っ取られちゃった!」
「アホ~! ここは裏切り者の巣窟かっ!?」
「お姉ちゃま、今お薬取れましたっ! すぐに行きますよっ!」
美井奈の俊足が、事態の収拾に果たして間に合うのか。ボスに背を向けられない弾美は、ひたすらその場で殴り合い。死霊使いのHPは、まだゆうに半分以上残っていると言うのに。こちらはポーションを使い切って、そろそろ厳しい状況と言う有り様。
ゾンビの歩みが遅いのが幸いし、疾風と化した美井奈は辛うじて間に合ったようだ。勢いで連続使用してしまった分解液は、瑠璃を正気に戻し、さらにもう1体を屍に変えて行く。
ゾンビ本体を殴り倒さなくても、白ガスを消滅させれば良いと知った女性陣。瞬く間に数の優位は反転、召喚されていたゾンビはあっという間に元の骸に戻されて行く。
そのままの勢いで一行は死霊使いを追い詰めて行き、1分後にはボス昇天。
「こ、怖かった……この仕掛けは怖いっ、はやくここを離れよう?」
「うわっ、爆ぜた死骸のボス出現の場所に、宝箱が置いてあった。悪趣味だなぁ……貰うけど」
「お兄さん、開けておいて下さい。私達は装置のとこにいますからっ」
そそくさと広場を離れる、ガスに操られ組。それも仕方が無いかと、弾美は一人で宝箱の開錠。宝箱からは上物の片手斧を入手、中ボスのドロップはピアスや聖水、呪いの短剣など。
――血色のピアス 耐呪い効果、HP+10、防+2
パーティで使えそうなのはピアスのみ、美井奈に分配して一行は休憩後に更に奥へ進む。初っ端からパンチの効いている仕掛けに、弾美たちは早くもグロッキー状態なのだが。
それでも迷路地帯を抜けて、広い場所に出た開放感から、少しは持ち直した感じ。順調に狩りを進めて行くと、風景にも変化が。大きな岩や階段状の岩場が増えて来て、敵もサボテンの化け物やサソリ、蛮族や肉食獣に変化して来ている。
いつかのステージのように、蛮族の集団の襲撃を受けた時には、皆かなりびびったが。10人単位の、集団での組織だった攻撃に苦戦しつつも撃退してみると。蛮族が輸送中だったのか、オンボロ荷車が3台残されていた。
調べてみると1台目からは2万ギルの大金に、金のメダルや銀のメダルが数枚。2台目には生命の果実などの果実系や、1時間の間ステータスやHPなどの上昇する食事アイテムが数個。
喜ぶ一同だが、気分は複雑。何だか追い剥ぎみたいで後味が悪い。
そんな事を思っていたせいか、3台目に弾美が入り込んだ途端に仕掛けが作動。坂道を転がり出した無人の荷車は、崖を下まで転がり落ちて岩場にぶつかり大破する。
中に乗っていたハズミンは洒落にならないダメージを受け、おまけにパーティ分裂の危機に。
「び、びっくりした……画面見てたら目が回りそうになったぞっ!」
「ハズミちゃん、大丈夫? そこの崖、のぼって来れる?」
「この崖は、ちょっと無理っぽいですねぇ……私達が降りましょうか、お姉ちゃま? 道が無いですから、落下ダメージ受けますけど」
その間弾美は散らばる荷物の残骸から、馬車に置いてあった武器防具の回収。大した性能の物は無いが、売ればお金の足しにはなる。そんな作業で油断してたら、背後から砂カエルの襲撃が。危うく呑み込まれそうになって、大慌てで距離を詰めての退治。
油断のならない場所に、パーティはやはり分離行動は危険と判断。落下する女性陣。
「あいたたっ! ふうっ、リアルだったら確実に死んでるねぇ」
「あまり怖い事言わないで下さい、お姉ちゃまっ」
変な会話を挟みつつ、岩場の底で合流を果たしたメンバー。回復と休憩を終え、元の崖上へと戻る道を探し始める。インしてまだ30分程度だから、それ程の焦りも無いのだが。
ようやくマップの端っこに、細いのぼり階段を発見。岩場を縫うように上がって行き、大鳥やハリネズミの襲撃をかわしつつ、ようやく元の高さまで到達出来たよう。
それでも細い自然の階段は、まだまだ上まである模様。地図を見て判断するに、完全に寄り道となってしまうのだが。話し合った結果、時間もあるし寄ってみようと言う事に。
ところが幾らも行かない内に、行く手は意外な物で塞がれていた。その向こうは開けた広場のようになっていて、何本か太い杭が地面に打ち込まれた平らな土地が見える。
道を塞ぐ物体を目にした女性陣は、怯んでしまってキャラを近づけようとしない。弾美は笑い出しそうになるのを堪え、二人に向けて取り敢えずのお伺い。
「さっきの分解液、まだみんな持ってるか? 一応、またセットしておいた方がいいかもなぁ」
「うぅ、まだあるけど……また操られるのは、とっても嫌だなぁ」
「これって、三人全員が操られたらどうなるんですかねぇ?」
「さあ、どうなるんだろうな? 皆で殺しあうか、時間切れまで操作不能でゲームオーバーか。どっちにしろ、良い結果は待ってないだろうなぁ」
怖い思考に陥りそうな美井奈にはっぱをかけ、道を塞いでいる白いガスを分解液で消し去る一行。再度の白ガスの不意打ちが無いかを注意しながら、慎重に開けた高台に入って行く。
敵影は今のところ無し。代わりに広場の中央に高い台場が木材で組まれており、杭の1本に磔にされた女性の影が。よく見ると、他の杭の側の地面には、白骨化した生物の骸が。
一行が恐々と近付いて行っても、囚われている人影に変化はなし。どうやらNPCのようだが、話しかけても『助けて』と言うばかりである。ここに至って、額を寄せ合い相談する一行。
せめて、助けるのに必要なヒントくらいは欲しい所。
「助けたいけど、どうやって助けたらいいんだ?」
「ん~、どっかで鍵とかのアイテムの入手が必要なんですかねぇ?」
「鍵って言っても、紐で結ばれているようにしか見えないぞ」
「…………この女性は天使?」
へっ? という顔で瑠璃を見つめる弾美。美井奈の神様発言の影響で、自分の幼馴染もちょっと変になったのかと思わず訝しがる。瑠璃の顔は真剣で、モニターを注視する瞳は何かを読み解こうと忙しく瞬いている。
瑠璃が自分の画面で指し示した場所は、囚われの女性の頭の位置だった。つられて弾美が見つめていると、なる程時たまキラリと輪っからしきモノが光って見える。
本当に時たまなので、余程気をつけて見ていないと分らない。
「あ~、本当だ……ってか、よく見つけたな瑠璃」
「凄いですお姉ちゃまっ、これは有力なヒントですよっ!」
「うん、多分トレードするとしたら……妖精?」
それは幾らなんでも、泉の仕掛けの二番煎だろうと弾美は訝しげな反応。妖精と天使の間に、一体どれ程の親密感があるのかとかの議論は、取り敢えず置いておくとして。
瑠璃がトレードした瞬間、パーティのモニターに強制動画が。女性を縛っていた紐を妖精が解いて、自由を取り戻した女性は感謝の言葉と共に威厳を取り戻す。
その頭上には光り輝く天使の輪が浮かび上がり、周囲を妖精が嬉しそうに飛び回っている。
この辺りで弾美は危機感を抱き始め、動画の終了と共にパーティに戦闘準備の指示を出す。自由になった天使は、立ち上がったまま次のモーション待ち。弾美達が戦闘用の強化を終え、瑠璃が代表して再び話し掛けると。
再度の強制動画は強烈だった。周りの岩が崩れ始め、高台のそこかしこで地盤崩壊のムービーが。天使が慌てた様子で『奴が来るっ!』とこちらに向かって注意を呼び掛ける。
恐らく『奴』とは、天使を捕まえたボス級の敵である事は、容易に察しが付くが。
「うわっ、地割れで行動制限掛かるのか! 遠距離組っ、削り頼むぞ!」
「敵は飛べるんですか~、ちょっと卑怯ですよっ!」
「私とハズミちゃんで、なるべくタゲ取ろうねっ!」
「おうっ、取れない時は武器をレイブレードに替えるからっ」
舞い降りて来たのは、身体中ほぼ真っ黒な人型のモンスター。身体よりも大きなコウモリのような翼も黒で、割と大きな片手剣と、もう片方の手は鞭のような形状になっている。
鋭く釣り上がった瞳からは残忍そうな赤い光が漏れ、口から覗く歯はサメの様に尖っている。天使が警告を発するよりも先に、危険な相手だと判断は付くものの。
その魔人の能力までは教えて貰えずに、取り敢えず先制で近付いて殴り始める弾美。
お返しの前方範囲ブレスには驚いたものの、地割れを利用して距離を取る事も無く、正面から殴り合いを受けて立つ魔人。瑠璃が殴り合いに加わって、複合スキルで打撃を与える。
美井奈も少し距離を取っての遠隔攻撃。時たまの《みだれ撃ち》にも、タゲが来る気配も無く一安心。おまけにNPCの天使の回復補助まで飛んで来て、何故か楽勝ムード。
早くも敵のHPは半分を切っており、皆のMPもポケットも全然余裕。
暗雲が立ち込め始めたのは、魔人の鞭が弾美を絡め取った辺りから。敵の特殊技が発動してるらしく、ハズミンの豊富なHPがぐんぐん減って行き、逆に魔人が回復し始める。
吸われてるとの弾美の叫びも虚しく、女性陣の攻撃にもびくともしない。ようやく瑠璃の《麻痺撃》で弾美が解放された時には、魔人は8割がた回復している有り様。
これには吸われた弾美、怒髪天をつく怒りよう。
「ひでえっ、目茶苦茶吸い取られたっ!」
「あうっ、天使の手助けも、この有り様じゃあ上手くないねぇ」
「あっ、敵が距離を取りましたよっ? 何か来る気配……」
美井奈の予言通り、油断していたこちらに魔人の次なる奥の手が炸裂。地割れの亀裂が不気味に光ったかと思うと、そこから太く長い触手が数本飛び出して来たのだ。
触手は変な所に目が複数付いていて、先端は十字槍のような形状をしていた。むろん、殴る時にはそれを使用して来て、一行は複数の敵相手と戦うと言う大ピンチに。
瑠璃の判断は、今回は素早かった。魔人が入るように投げられた光の水晶玉は、敵の群れに結構なダメージを与えた様子。さすがに闇属性には、効果大の光の水晶玉である。
それに乗じて弾美のスキル技で、目の前の2体の触手は呆気なく朽ち果てる。
弾美の命令で、とにかくボスを狙い撃ちしていた美井奈。敵が近付いたらフラッシュを撃てる様に準備しつつ、一人触手の範囲外からボスのHPを削って行く。
瑠璃も目の前の触手を倒し終えると、魔法詠唱の準備。はっきり言ってこのレベルでスキル40台での魔法は、主力と言って差し支えない。《魔女の囁き》を乗せた《ウォータスピア》は、こちらに敵を引きつけるのに充分だった。
タゲ取り目的の魔法攻撃だったので、瑠璃に慌てる様子は無し。
「ハズミちゃん、こっち来たよっ!」
「おっけ~、美井奈も魔法とスキル技ぶち込めっ! こっちも触手倒し終わった!」
「了解です、隊長!」
瑠璃の前に迫った魔人は、怒りの剣の一撃を少女に見舞う。傷ついたルリルリだが、致命傷には遠く、そこに美井奈の《ホーリー》からの《貫通撃》が。
既に魔人のHPは再び半分を切っている。鞭の範囲外からのタゲ取りに、魔人は怒りの間合い詰めを敢行。瑠璃の足止め魔法はレジストされたが、美井奈の逃げ足もチョー速い。
武器をレイブレードに持ち替えた弾美の、渾身のスキル技に足止めされた時には、再び瑠璃も魔法の詠唱を開始していた。魔人の足が止まったのを確認した美井奈も、再び光魔法の詠唱を開始する。
最後の悪あがきにと伸ばされた鞭伸ばしも、弾美は完璧にブロックしてのけ。奥の手を防がれては、さすがの魔人も形無しである。おまけにこちらには、地味に回復を飛ばしてくれる天使までついているのだ。
気付けば、フォーメーションもばっちり決まっての完勝で終わっていた。
「やった~、けっこう綺麗な勝ち方だったね~!」
「そうだな、よくやった。もう少し、地形効果とかで苦労するかと思ったけどな!」
「嬉しいです~、何だか強くなった気がしますっ!」
恒例のハイタッチの後、綺麗な流れの戦術に興奮するパーティの面々。強敵だった筈の相手にすんなり勝った事で、自分達が強くなった事を実感出来た様子だ。
魔人のドロップも良かったが、まだ消えないNPCの天使に代表で瑠璃が話し掛けると。感謝のこもった言葉と共に、結構な報酬をパーティに提供して貰う運びに。
――ありがとう、優しき心と知恵を併せ持つ冒険者の皆さん。危うく魔女『フリアイール』の姦計で、こんな場所で『グランドイーター』の養分となって朽ちてしまう所でした。
私は天使のマリアベル。妖精の導きを司るべく、天界から遣わされた者の一人です。あいにく魔女の奸智が今は上回っていて、魔女の企みを止めるどころか、力の殆どを吸い取られてしまいましたが……。
お礼にこの品を差し上げます。どうぞ貴方がたのその優しき力で、悪しき魔女『フリアイール』を止める堰となって下さい。でないとこの世界はとんでもない方向に向かい始めるでしょう。
地上で会えれば、もう少し力になれるかも知れません。どうぞ貴方がたに御武運を……。
「おおっ、なんか萎びかけてたらしいな、この天使」
「妖精の上司だったんだね、天使さんは~♪」
「地上でも出て来そうですねぇ、ちょっと楽しみです」
天使と魔女の因縁めいた物語は、ちょっとだけ横においといて。今回の魔人戦の主な装備ドロップと、天使の報酬の一覧はこんな感じ。他にも、消耗アイテムも盛り沢山の結果となった。
――天使のレイピア 攻撃力+14、知力+2、MP+8《耐久14/14》
――天使のピアス 光スキル+3、知力+2、MP+8、防+3
――魔人の剣 攻撃力+17《耐久14/14》
――魔人の下衣 攻撃力+3、体力+2、腕力+2、防+10
三者三様の驚きと共に貰えたのは、光の宝珠に天使のレイピア、天使のピアスに光の矢束。魔人の戦利品は魔人の剣に闇の術書に水晶玉、魔人の下衣に呪いの指輪、その他薬品など。
かなりの武器と装備の補充に、一同大喜び。その後天使は消えてしまったが、こちらはまだエリア攻略の途中である。ヒーリングと新装備の分配&着替えを終えると、パーティは岩場を降りて行き、エリアボスの間を目指す。
それにしても、とんだ寄り道だったと改めて思う一行であった。
「私が光の宝珠使ってもいいの、美井奈ちゃん欲しいんじゃない?」
「欲しい魔法あるんだろ、瑠璃? 美井奈はアタッカーに成長させる予定だから、瑠璃が使えよ」
「私はMPありませんし、たくさん魔法を覚えても使い切れないのでどうぞ、お姉ちゃまっ!」
元の台地まで降り切ると、瑠璃は天使から貰った光の宝珠の使用をパーティに相談したのだが。そういう事ならと《ライトヒール》を覚える事を願って、素直に使用に踏み切る瑠璃。
ところが覚えたのは、全く聞いた事も無い《エンジェルリング》という魔法だった。効果は大半が不明だが、リング発動中は全ステータスや攻撃力、防御力が倍近く上昇するらしい。
オマケに浮遊効果も付くらしいが、それはともかく何やら強烈な魔法っぽい。
説明を聞いた弾美は絶句、スキル20で覚える魔法ではない。これはどうやら、天使のプレゼントの宝珠効果と言うしか無い模様である。強烈な切り札を引いた感に、全員驚愕状態。
パーティから絶賛の声の中、瑠璃はしばらく新魔法の文字を眺めていたが。効果の大半が不明と言うのも、ちょっと怖い気もしてみたり。試しに一度使ってみようとして、ある事実に気付く。
あれっと声を出して、思わず脱力する瑠璃。
「何だ、どうしたっ、瑠璃?」
「うん、この魔法MP250も使うみたい。木の実や食事でMP底上げしても、まだ足りない……」
「ええっ、何でそんな魔法が、こんな序盤に出るんですかっ! わ、私覚えなくて良かった……」
それもその筈、ミイナのMPは装備を含めてやっと100くらいである。肝心のルリルリは、さすがに流氷シリーズも手伝って180もあるが、それでも魔法使用には全く足りない。
弾美は、期待させておいてからの余りな落差の仕様に大ウケ。ネタスキルと言うのは見た事はあるが、ネタ魔法は初めて見たと転げ回って大笑いしている。
瑠璃からすれば、欲しい魔法も引けなくて2度ガックリと言う結果に。それでも気を取り直して、笑い転げている弾美の復活待ちなどしてみたり。
まぁ、幼馴染みのツボには嵌まったようで、それはそれで良かった。
* *
弾美の復活後、パーティは再出発。途中の雑魚も段々と減って行き、視界の向こうに横へと広がる灰色の絶壁が見えて来る。入り口の複雑な飾りの大きな門は、案外簡単に見つかって。
入り口のゴーレムを一蹴。ポーション類をドロップで補充しつつ、建物の中に入って行く。
「あれ、今回はすぐにボスエリアなのかな? 入り口がすぐそこだよ?」
「本当ですねぇ。何ででしょう?」
「中身が広くなってるのかな? まぁ、入ってみれば分かるか」
中身は確かに下の層のどれよりも広かった。入ってすぐの強制動画情報によれば、全面ほぼ氷張りの地面に、部屋の中央付近に大きな雪だるま。部屋の中心から端の壁に走る溝は、落ちると這い上がるのに苦労しそう。
どうやらアクションゲームにありがちな、凍って滑って止まらない床の仕掛けのようだ。溝は一度落ちると、壁沿いを伝って入り口まで戻らないと、再チャレンジ出来ない感じ。
幸い今回のエリアボスも、全くその場から動こうとしない。考える時間はあると一行は相談タイム。弾美がマップを開くと、一応このボスエリアの概要を知らせる地図が見れる仕様のようだ。
瑠璃がそれを眺めて、本気の熟考タイムに突入する。だがどうやっても、出口らしき場所まで辿り着けない事を知ると、ちょっと本気で怒り出してみたり。
「この謎解きマップ、酷いよっ。どうやっても解けないようになってるっ!」
「ん~、瑠璃の話が本当なら……また雪だるまから出る敵を倒して、障害物作るとか?」
「あぁ、そうかもしれませんねぇ!」
「…………だったら、何とかなるかも?」
2度目の熟考に、弾美は完全にお任せモード。こういう時の瑠璃は信用して良いと、長い付き合いから把握している。美井奈はもちろん、お姉ちゃまを疑うなどとは思いもしない。
弾美が見る限りでは、障害物の背丈の氷柱がエリアに10本程度。更には鍵の付いていない宝箱が、露骨に3つ程窺える。
完全な障害の溝だが、マップを分断するように横に1本。橋が左右2箇所に掛かっており、左端に見える小さな扉に辿り着くには、どちらかを通らなければならない感じ。滑らない床は入った場所に少しと、左奥の扉前の2箇所しかなく。
見るからに手こずりそうで、考え込むと頭痛に襲われそう。
「……宝箱、開けたら消滅するタイプ?」
再度の瑠璃の質問に、弾美は恐らくとしか答えられず。まずは手前のエリアの、宝箱2個を回収すると言う瑠璃の言葉を受け。一行は、おとなしく後ろに付いて行く。
雪だるまは反応せず、恐らくキャラ達が感知範囲に入っていないせいだろう。2つの宝箱に見事辿り着くパーティ。中からは、性能の良い両手斧と土龍のしっぽが出て来た。
そして、目論見通り消滅する宝箱。
「消えた後に、むき出しの床が出て来たな……」
「うん、これなら手前に障害物1個、奥のエリアに1個作ればちゃんと行ける……かな?」
「凄いです、お姉ちゃまっ! どんどん行きましょう!」
ツツーっと滑ってのエリア移動は、手間要らずだが自分で止まる事が出来ないのでたちが悪い。ボスの前を滑り過ぎるのは愉快だったが、コイツを倒す時にはどうすれば良いのだろうと、後の苦労が忍ばれる。
それでも近付いたキャラ達に、ようやくボスが反応。ダルマの下の部分はカマクラのように穴が開いていて、そこから雪製のウサギが緩慢な動きで這い出して来る。
女性陣からは可愛いとの声が上がるが、来るまでに長い時間が掛かり、弾美はイライラ。
「あっ、ハズミちゃん。ここで倒したら駄目だよ! もう2回滑ったとこでお願い」
そんな訳で、また滑って移動。2個で良かったと、弾美は胸を撫で下ろす。こんなのを5個も6個も作っていたら、イライラの限界でボスに突っ込んでいただろう。
弾美の一撃で、ようやく追い付いた雪ウサギは氷柱に早変わり。瑠璃は満足したのか、わざと溝に落ちて、スタート地点に戻ろうとする。
「さっき滑ってた時に、ボスの真後ろに大きな穴が見えましたね」
「んっ、何だそれ? この溝が繋がってるのか?」
「分かりませんが、多分……」
弾美は確認しに行こうと、溝で出来た道を逆行してみる。丁度エリア分断する横溝を辿り、ボスの後ろに廻り込む。ボスは何故か反応せず、美井奈が見たと言う穴は、実はそれ程大きくなく。
見逃さないで良かったねと、宝箱2つがお出迎え。ただしそれに挟まれた、カボチャの作り物が1つ地面に置かれている。ハロウィンと言えば分り易いだろうか。
カボチャをくり抜いて、怪物の顔みたいにつくっているアレだ。
「……あれは、何?」
「ハロウィンのカボチャのお面ですかねぇ? お菓子をくれないと悪戯しちゃうやつですよ」
「よく知ってるな、美井奈……んで、あれは何?」
瑠璃も分らないと首を傾げるのみ。弾美は一応戦闘準備の呼びかけをして、単独近付いて行く。案の定、弾美が近付くとそいつは浮き上がり、パーティに向かって言葉を吐いた。
――お菓子をくれないと、呪っちゃうぞ~! と。
「呪っちゃうぞと来ましたか!」
「アホっ、聖水用意しろっ! 俺はそんな暇無いから殴ってるぞっ!」
あいにくポケットに聖水を用意していなかった弾美は、とにかく先に倒してしまおうと、先程入手した片手剣を振るい始める。連続スキルを受けても、カボチャ頭はびくともしない。
反撃技はやっぱり呪いの言葉。呪われたハズミンは、勝手にポーションを飲み始める。
「わ~っ、呪われたっ! ってか、強いぞこいつっ。HP全然減ってない!」
聖水をポケットに仕込んだ女性陣が、続いて助太刀に入ろうとするが。弾美の言葉を裏付けるような、反則的な強さ。そんな敵相手に、ルリルリでは前線を支え切れず。
フォローに入った美井奈が、どうやらタゲを取ってしまったよう。あっという間に美井奈にワープして近付いたカボチャ頭。一撃殴った後、呪いの発動。カオスを振り撒きつつ再びワープ。
――お菓子をくれないと、呪っちゃうぞ~!
「わ~っ、一撃で3分の1も削られちゃいましたっ。このお化け強いっ!」
「不味いな、聖水も手持ち少ないし……タゲが自由だから、宝箱開けて逃げるか?」
カボチャ頭は攻撃されれは反撃するが、それ以外は割と気ままに飛び回っているだけ。ただし、宝箱の番人らしく、宝箱に近付くものには容赦しない気もするが。
瑠璃も2回殴られてHP半減の憂き目に。自己回復しつつも考えていたのは、蛮族の馬車から入手した食料の事。確かその中に、タルトが入っていたと思ったが……。
やっぱりあった。他は肉だの何だのばかりで、このデザートだけ妙に浮いていたのだ。瑠璃は咄嗟にそれをポケットに入れて、赤に反転して外使用出来るようにセット。
それから欲しがるカボチャに近付いて、ポイッとタルトを投げ掛ける。
飛び回っていたカボチャ頭は、それを機に急に大人しくなった。呆然と見守るパーティは、実は半壊状態。うっすらと透けて行くカボチャ頭、それからやがて姿を消してしまう。
最後に一言、言葉を残して。
――ありがとう……。
「わっ、消えちゃいましたっ! お姉ちゃま凄いっ!」
「あ~、希望を叶えてあげれば、弱体するくらいかなって思ったけど。お礼まで言われちゃった」
「おおっ、やるなっ瑠璃! 普通に殴り合ってたら、全滅させられてたなぁ」
喜び褒め称えつつ、弾美が残された宝箱を開ける。経験値が入って来て、それにより美井奈がレベルアップ、再びお祝いムードが沸き起こる。もう一つの宝箱には2万ギルが入っていて、地上に向けて貯めておいてくださいと言わんばかり。
今度こそ一行は、溝を伝ってスタート時に戻る。先程と微妙に違うルートを使い、新しく出来た氷柱と宝箱を取り終えたあとのむき出しの床を上手に利用しつつ。
雪ウサギを数匹従えて、見事に右の橋を渡って奥のエリアへ進出が叶ったパーティ。
「んと、雪ウサギは1匹でいいよ。そこ戻った氷柱の左で倒して、ハズミちゃん」
「難しい注文だな。失敗したら許せ」
ちょっと余計に倒してしまったが、取り敢えずルート的には問題ないとの瑠璃のお墨付き。上手に3つ目の宝箱を回収して、中から嬉しいカメレオンジェルをゲット。
ビックプレゼントに意気が上がる一行。そのまま塊となって、ルリルリの先導でツツーっと滑る事12回。見当違いの方向を目指しているのかと訝っていたら、さにあらん。たった2ブロックしか無い左奥の扉前に、一行は見事辿り着けてしまっていた。
その瞬間、吹き荒れる万歳の嵐。
「やった~、お姉ちゃまサイコーですよっ!」
「美井奈、あんまり暴れてキャラを溝に落とすなよ……お前だけ一人で最初からになるぞ」
「うっ……はっ、早く扉の向こうに進みましょう!」
すぐ横が両端とも溝になっているため、うっかり踏み外したら弾美の言う通りになってしまうだろう。美井奈は明らかに動揺し、道順を覚えていないのがバレバレである。
そういう弾美も、自信はそれ程なかったりするのだが。瑠璃の頭脳明晰さに、今回は救われた感じである。
扉を開けると、白くて細い階段が上へと続いていた。列を組んでのぼっていくと、やがて反対側に下りる階段と、左手に外に出るように続く通路が出現する。
下りる階段は、恐らく氷のボスエリアに戻る際にでも使うのだろう。そんな推測を元に、ハズミンを左へと移動させると、そこは見事な造りの空中庭園だった。
歓声を上げる女性陣。確かに美しい風景だか、弾美は先に造りをざっと見渡して頭にインプットする。長方形のタイル敷きの床は、下の氷のボスエリアのように、溝で分断されていた。
そして奥には鍵付き宝箱が3個。今回は渡れる橋も無い。どうやって向こうに?
「花壇があったりして綺麗な所だけど……向こうには行けないみたいだねぇ」
「また溝がありますね、落ちたら……あぁ、手前のスロープから出ればいいのか」
「取り敢えず、強化魔法掛けて進んでみようか。注意は怠るなよ?」
魔法を使用して、MP回復のヒーリング後、用心しながら空中庭園に進み出るパーティ。今回はムービー付きの演出のようで、一陣の風の出現に一行が驚いて空を見上げれば。
大きな影が宙を舞い降りて来て、巨大な飛行生物が庭園の一行へと急襲を掛ける。更に庭園の奥の茂みからは、巨大な薔薇がこんもりと湧き上がり。
一陣の風は、竜巻モンスターへと姿を変えた。
戦闘が始まった時には、3体のボス級の敵が既にマップに配置されていた。不意を突かれた一行はパニック状態。とは言え、奥の薔薇は剣の届かない間合いである。竜巻か飛行生物――ワイバーンを相手にするしかなく。
弾美は混乱から立ち直ると、空に逃げてしまわない内にワイバーンを倒してしまえと号令を掛ける。3匹もの敵の出現は想定外だったが、奥の薔薇は今の所何のリアクションも無し。
数を減らすなら今の内だ。
ワイバーンのブレスや鉤爪攻撃も何のその、正面から殴り合うハズミンと、側面からの援護のルリルリ。ミイナは離れた場所で、竜巻が二人にちょっかいを掛けない様にけん制しつつ、SPが貯まったらワイバーンへとスキル技を見舞う。
いい調子の連携で、ワイバーンのHPがようやく半分に減って来た頃。完全に存在を忘れていた薔薇の蔦が、何とこちらに向かって来ていた模様。いつの間にかミイナの自由を奪っていた。
悲鳴を上げる美井奈に、竜巻の突き飛ばしが炸裂。
「きゃ~っ、薔薇が生長してますっ、隊長!」
「うわっ……って、どうやって溝を渡ったんだ、美井奈?」
「竜巻に突き飛ばされて……あれ、こっちに渡れたのはラッキー?」
そんな事は近くの蔦を倒してから言えと弾美に叱咤され、伸び放題の蔦を魔法で焼き始める美井奈。蔦は土のゴーレムや雪ウサギのように、どうやら別HP扱いらしく、簡単に倒されてくれる。
それでも攻撃を受けると結構痛い。周囲の蔦を掃除し終え、取り敢えずは安全確保なのだが。
前衛ペアはそうでも無かったよう。フリーになった竜巻が、弾美に突き飛ばしを敢行し。溝に落とされた弾美は戦線復帰に大わらわ。ワイバーンの尻尾攻撃で、瑠璃も毒状態に。
必死に回復魔法を飛ばす美井奈だが、後ろからも不穏な気配が。蔦の繁殖は旺盛なようで、またぞろこちらに向かって棘の生えた触手を伸ばして来る。
焦れた美井奈は《貫通撃》でワイバーンに強打攻撃を敢行。タゲが向いたかと思ったら、ワイバーンは再び飛翔状態に。
「瑠璃、今の内に、俺達もそっちに渡ろう!」
「えっ、溝の近くで突き飛ばしをわざと受けるの?」
瑠璃のチャレンジは、案外簡単に1度で成功してしまった。続いての弾美も、竜巻との角度の調整に手間取りつつも、何とかこちらも1度で溝を飛び越えられて。
竜巻はどうやら、溝を越えて追っては来れない模様。ほっと安堵の一行に、空からの急襲再び。タッチダウンの範囲攻撃で、全員のHPが一気に半減。
巨体の衝撃は、一体如何程のダメージを負わせるつもりか。畳み掛けるような鉤爪攻撃を受ける美井奈からタゲを取ろうと、弾美と瑠璃は大慌て。
気付いたらミイナは2度目の《雷精招来》を敢行しており、伸びてきた蔦は呆気なく蒸発。
「にゃ~、死んじゃうっ、怖いっ!」
「安心しろ、タゲは取った! 瑠璃、今度蔦が伸びて来たら水晶玉使えっ!」
「了解~! 美井奈ちゃん、見える位置に移動してっ!」
ワイバーンが大きすぎて、回復魔法を掛けようにも美井奈の姿が見えない瑠璃。弾美はポーションと《シャドータッチ》で自己回復。溝を飛ぶ前に装備交換していたレイブレードで、がしがしと敵を削り始める。
ワイバーンの後ろで、水晶玉が使用されたようだ。範囲に巻き込まれた巨大生物はもうヨレヨレ。とどめの弾美の連続スキル技で、地響きを立ててようやく倒れ伏す。
その途端、アクティブに切り替わった巨大薔薇。数本の根っこをタコ脚のように使い、パーティにのそのそと近付いて来る。弾美の咄嗟の《クラック》と、瑠璃の《魔女の足止め》で突進を止められると、その場で範囲攻撃の薔薇の芳香を使って来る。
うっかりその特殊技の範囲内にいたら、睡眠状態になっていたのだろう。その想像に慄きつつも、一行は今の内にとポケットの整理と薬品使用で立て直しを図る。
1匹倒して余裕を得たパーティは、今度は薔薇退治にと武器を振るい始める。
たまの芳香攻撃に苦しめられつつ、ワイバーンよりは素早い勝利。こうなると後は楽なもの。遠隔オンリーで竜巻を倒すと、空中庭園の敵は完全沈黙。
再び静けさを取り戻した庭園だったが、巨大薔薇の隠れていた前方の空間に。最初からその存在をお披露目していた、お楽しみの鍵付き宝箱が3つ。
敵が1つずつ鍵を落としていたので、いつものように代表して弾美が開錠。宝箱からは流氷のイヤリング、氷の宝珠、氷の呼び水が。それに加えてモンスターからは風の術書や金のメダル、薔薇のローブや飛竜の兜や飛竜の長槍。
あとは薬品やレア素材など、結構な報酬振りである。
今回も結構しんどかったと、みんなで休憩回復しながら感想を口にする面々だったのだが。うっかり本気で、まだエリアボスを放置している事を忘れていた事実が発覚。
それはともかく、主なドロップ装備品の性能一覧。
――流氷のイヤリング 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+5
――薔薇のローブ ポケット+2、HP+10、MP+10、防+9
――飛竜の兜 敏捷度+4、腕力+2、HP+10、防+8
ボス攻略はツツーっと滑りながらの、てんやわんやの魔法の撃ち合い。ボスの唱えるブリザード系の派手な魔法と、雪で出来たウサギのコラボは混戦に拍車を掛けるに充分だったり。
雪ウサギの倒し過ぎで、戦闘の終わった後に退出用の魔方陣に辿り着くのに一苦労の場面もあったけれども。何とかクリア出来て、恒例のハイタッチで締めくくり。
「やった~、クリア出来た~! あっ、イヤリングも貰っていいの?」
「もちろんだ。MP増やして、あの魔法使えるようにしないとな」
「やりましたよ~、今回は変なアイテムも結構貰えましたね~?」
美井奈の言ってる変なアイテムとは、カボチャ頭が消える際に落としたカボチャのパンツ、雪だるまの落とした雪だるマスク、雪だるマントなど。性能は微妙なユニークアイテムだが、グラはかなり面白い見た目だったりする。
――カボチャのパンツ 攻撃力+5、HP+15、時々呪い、防+6
――雪だるマスク 氷スキル+5、体力+2、防+1
――雪だるマント 氷スキル+5、攻撃力+3、防+1
他にもエリアボスは金のメダルと氷の術書、その他薬品をドロップ。地上前の最後の大きなエリアだけあって、今回も豊富なドロップ品の数々である。分配にも熱が入るが、流氷シリーズは瑠璃に決定済み。
ついでに氷の宝珠や薔薇のローブも貰って、瑠璃は今回かなりのパワーアップ。弾美は魔人の剣と魔人の下衣を、美井奈はカメレオンジェルを貰う事に決定した。
氷の宝珠の使用で、瑠璃が新しく覚えた魔法は《魔女の接吻》という、敵からMPを吸収する魔法。MPを持たない敵には無効だが、魔法を頻繁に使う瑠璃には有り難い新呪文である。
空中庭園での戦闘で、弾美も瑠璃もめでたくレベルアップ。これで地上に向けて弾みがついたが、更に瑠璃が細剣スキルで《幻惑の舞い》という新技を覚えた。
これは攻撃ではなく、SPを使って敵を惑わすスキル技。これを前もって掛けておけば、敵の攻撃を最低1~2回は自動的に避ける事が可能なのだ。細剣は攻撃スキル以外に、防御系の技も多く存在する。
何にしろ、回避の苦手な瑠璃には有り難いスキルである。
小休憩と消耗品補充の後、一行は最後の扉前へ集合。ステージ6のアスレチックエリアへと、意気込んで突入をかける。地上はもうすぐ、士気も上がると言うものだ。
入ってみたらみたで、一行を驚かすいきなりの仕掛けは。パーティ分断の最たるもの。何と今度は、どこまでも真っ直ぐなのぼり階段が、2つの仕切りで仕切られている。
主に柵だが、やっぱり灯篭や紅葉の飾られた花瓶、変わった形の岩などが隙間塞ぎに飾られている。階段も苔むした感じで、ちょっと神秘的だったり。
端的に言うと、今回のルートは3つあるという訳だ。
「わ~、いきなり3つのルートって……各個撃破する気満々?」
「ん~、ここは……遠隔の一番得意な美井奈が真ん中かなぁ?」
「えっ、私が真ん中ですか? それはとっても怖いんですけど……」
誰がどこを通るかで喧々諤々。押し切られる形で回復魔法を飛ばせる瑠璃が真ん中と言う事になり、本人はかなり緊張気味。仕掛けが酷いルートでない事を祈りつつ、それぞれ登頂開始。
最初は何事も無く、たまにシャドウや壷型モンスターが出るくらい。設置された宝箱はやはり道別にそれぞれ置かれていて、銀のメダルや炎の神酒など、まぁまぁの中身。
序盤から気を抜かないつもりだったが、意外と順調かもと思い始めた一行がルート上に発見したのは。エリアボスで思い出深い、例の泥ゴーレムを吐き出す洞窟型モンスター。
近付いて来た泥ゴーレムを思わず殴ってしまった弾美は、あっと声を上げてトラップの凶悪さを仲間に警告。
「やべっ、殴っちゃ駄目だ! 美井奈、殺すなって! こいつ等死んだら障害物になって通れなくなるっ!」
「……あっ、そうでしたっ! ぼ、ボスを倒せばいいんですよね?」
「そうそう、ってかボスしか倒しちゃ駄目だ!」
美井奈は遠隔攻撃で、既にかなりの数を倒していたのだが。慌ててボスのみに攻撃を集中。危うく自ら進路を断つ結果を何とかぎりぎり免れる事に成功する。
冷や汗をかきながら、通り過ぎたあとにウザい雑魚掃除。ほっと息をつくのも束の間、次も見た事のあるエリアボス。火の釜から生まれた火の粉が、ヨチヨチと階段を下りて来る。
これも小型版が、各々のルートに1つずつ。
「わっ、こいつらも厄介ですよね! ちっちゃいのって、倒しても消えませんよね?」
「消えなかったけど、ダメージ覚悟でなら飛び越せたかなぁ? よく覚えてないなぁ」
「さっさとボスを倒しちゃおう! ハズミちゃん、魔法で手伝ってあげるねっ」
水の攻撃魔法で、あっという間に自分の前の火釜を倒してしまった瑠璃は、弾美の前の敵にも同じく魔法攻撃。美井奈は弓矢のスキル技で、手痛い目に合う前に火釜を消滅させる。
ある程度上がって来てしまったパーティは、ここら辺りからもう必死。何しろこんな場所で通路を塞がれてしまったら、下まで降りて再びのぼるのにどれだけ時間が掛かるのか。
考えるだけでも恐ろしいが、やっぱり出て来た最悪の雪だるま。
「うわっ、コイツは土ゴーレムと違って、一発で道を遮断する障害物に化けるぞ! 絶対に倒しちゃ駄目だからな、みんなっ!」
「わっ、わっ、本体も雪球で遠隔攻撃して来ましたよっ!」
「範囲魔法で攻撃されるよりはマシだけど……きついなぁ」
遠隔組が反撃にあって苦労している中、弾美は一気に近付いてただ殴るのみ。雑魚の雪ウサギの攻撃力がさり気なく引き上げられており、意地悪な事この上ない。
ようやく仕掛けを超えた時には、パーティの面々はボロボロ、ポーションも使いまくりの状態。すぐそこに置いてあった宝箱からは、ご苦労様の大ポーションの補充。
なんともヤルセナイ表情を浮かべつつ、恐る恐るヒーリングする一行。
景色は段々と狛犬の銅像なども混じって来て、神聖な聖域の感じが見え隠れ。それでも下の層では鳥居のトラップで酷い目にあっているのを、皆忘れてはいないけれど。
慎重に進んでいると、各々の階段の小さな踊り場に、おみくじ箱がポツンと置かれていた。棒の上に小さな白い箱と言う簡素なものだが、試しに弾美がクリックすると。
ちょっとあり得ない説明文が、ログ表示される。
――1口5,000ギルのビックリおみくじと書いてある……。
「ビックリおみくじって何だっ? こんなの、本当に存在するのか?」
「5,000ギルは高いねぇ……何かいいもの、貰える仕掛けなのかなぁ?」
「お姉ちゃま、信用し過ぎですっ! 絶対変な仕掛けに決まってますって!」
完全に疑い性になってしまった美井奈だが、それも仕方の無い事か。弾美にしてみれば、興味を引きまくりの口上に、好奇心がウズウズ。思わず指定金額をトレードしてしまう。
――1番左端の仲間に5秒後、災いが降りかかると書かれてある……。
んっ? という不明の内容だが、災いが何なのかはジャスト5秒後に判明。1番左端のルートを攻略していたミイナの頭上に、いきなり大ダライが出現。ゴン、と言う凄い音と共に命中して、HPに10のダメージ。
ちょっと身構えていた弾美だが、ささやかな悪戯の様な仕掛けの発動に大ウケ。転げ回って大笑いし始める。自分のダメージの原因を弾美のモニターで知った少女は、完全に機嫌を損なってしまった模様。勢いで自分もお金をトレード。
……5秒後に大ダライが命中したのは、今度は瑠璃の頭でした。
「おっ、お姉ちゃま、ゴメンなさいっ!」
「……謝らなくてもいいけど」
つい自分も吹き出しそうになるのを我慢して、ちょっとにやけつつも瑠璃もおみくじ購入。再び自分の頭に大ダライが落ちてきたのを見て、瑠璃も完全に笑い出してしまう。
弾美はと言えば、息をするのも苦しそう。女性陣のコントを、笑い転げながらも目にしていたのだ。笑いの発作が治まると、不意に正気に戻って思うのは。
失ってしまった、パーティの膨大な所持金の額だったり。
「……こんな仕掛けに、パーティで1万5千ギル使うって」
「……勢いって、怖いですねぇ」
「あ~、面白かった!」
瑠璃だけは、良い出費をしたという顔で後悔も無い様子。どうやら思考が人とは違うよう。気を取り直して皆で進み始めると、一際大きな鳥居が出現。そして一旦パーティが合流出来るように、道を作っていた柵は途切れていた。
砂利の敷き詰められたその場所は、まるでどこかの境内のよう。小さな和風の建物が中央に建っていて、NPCが何かを売っていると弾美が報告する。
「破魔矢だ。1束5,000ギルだってさ……おみくじは売ってないな(笑)」
「あれだけ買ったんだし、もういりませんよっ!」
「あ~、でもこれは魔族とかアンデッドにチョー効くって書いてあるよ?」
瑠璃の取り成しで、渋々と瑠璃が購入した破魔矢を受け取る美井奈。先程思いっきり笑われた事を、まだ少し根に持っている様子の少女であった。
それより、と瑠璃は思う。勘繰るようだが、ここでこんな物を売っていると言う事は。この先に魔人とか妖魔系が配置されている証拠では無いだろうか?
弾美は気にせず、売ってあった商品の中から首装備のお守りを1つ購入。もう売り物に目ぼしいのが無いと分かると、さっさと奥へと進み始める。
再び3つの分かれ道とのぼり階段が見えて来たが、その手前にNPCが一人立っていた。その人物の隣には、岩をくり抜いてつくられたお手水が3つ程並べて置いてある。
何の仕掛けだろうと弾美が話し掛けると、そのNPCはお辞儀をしておみくじ購入のお礼を述べ始める。どうやら、この境内に関わりのある人物のようなのだが。
――そのお礼の変わりに、ここの水で装備の呪いを解いて行かれてはどうですか?
「あ~っ、そうかっ。3つおみくじ買ったから、3回トレード出来るみたいだねぇ!」
「お~、これは……良かった、無駄な出費じゃなかったな! 瑠璃、呪い装備幾つある?」
「ん~と……丁度3つかな、短剣と指輪と兜だね」
持っていた瑠璃が、1つずつトレードして装備を浄化して行く。そして、暗塊装備の3つ目ゲットに湧くパーティ。弾美が取り敢えず兜と指輪を貰い、先程売店で購入したお守りは、美井奈に仲直りのプレゼント。
途端に機嫌がよくなる、根に持たない素直な少女。これも5,000ギルしたが、ポケットが増える装備は割と貴重なので痛くも無い買い物だったと弾美は思う。
――暗塊の兜 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+15
――サファイアの指輪 腕力+3、SP+10%、防+5
――暗黒の短剣 攻撃力+12、器用度+4、与毒効果《耐久8/8》
――幸運のお守り ポケット+2、移動速度UP、耐呪い効果、防+2
再び3つのルートに別れてのぼり始める前の柵の前に、2つのポスターが一行の目を引く。1つはシューズ屋さんの宣伝ポスターで、見終わると靴……では無く敏捷の果実が1つずつ。
もう1つのポスターからは、ちょっと不気味で意味不明なムービーが流れて来た。階段でけんけんぱをして遊んでいる子供……なのだが、顔の無いのっぺらぼう。歌の歌詞も不気味で、白いタイルは命を奪い、黒いタイルは気が狂うなどと子供の声で歌っている。
場は完全に沈黙。女性陣は怖がっているのか、訝しがっているのか。
「……多分、次の仕掛けのヒントかな? 悪質な嫌がらせで無い限りは」
「そうですねぇ……ルートはさっきと一緒でいいですか、隊長?」
「えっ、また私が真ん中……?」
そんな訳で、先程と同じ並び順で再び頂を目指し始めるパーティ。ここまで約15分、前のエリアでは1時間と20分掛かっていたから、まだまだ時間の余裕はある。
歌詞の一端を示すように、しばらくすると階段に白と黒で塗り分けられたタイルが出現する。弾美が試しに白いタイルに乗ると、HPがじわじわと減って行く事が判明。
顔を見回す一同、恐らく黒のタイルはMPを減らす仕掛けだろう。
「……MPって0になると、どうなるんですっけ?」
「気は狂わないから安心しろ、美井奈。ただ、魔法が使えなくなるだけだから」
「すす~って、通り過ぎちゃえば問題無いよね、ハズミちゃん?」
「まあな……敵が出現しなければ、全くその通りなんだが」
敵はやっぱり出現し、パーティは悲鳴やら非難やら、賑やかに苦情をモニターに浴びせ掛ける。HP減少かMP減少か、どちらか選ぶならやっぱり命に直結していないMPの方。
凶悪な魔法潰しは、後のヒーリングへの誘いへの布石か。
出て来た敵は、例のダルマ顔の頭だけの部位モンスター。しかし演出か何なのか、顔が消されてのっぺらぼう。後は唐傘のお化けとか、火の玉モンスターなどなど。
和風なお化けテイストに、妙な戦闘風景だが。くっ付かれたら大変な目に合う美井奈は目が真剣。シューティングゲームさながらに、階段上に出現した敵に素早く矢を射掛ける。
何が出て来たかなど、一々見ている暇もなく。
「美井奈、平気か~?」
「な、何とか……最強弓矢セットが強くて助かってます!」
「美井奈ちゃん、強くなったね~!」
普段の戦闘では二人に隠れて余り目立たないが、成長振りでは断トツな感じのミイナである。最強弓矢セットだと、雑魚などは2~3撃で倒れてしまう。余程敵の数が多くない限りは、何とか行けそうな感じ。
いち早く白黒タイルトラップを抜け終えた弾美は、少し心配そうに女性陣のモニターを見遣るのだが。瑠璃は遠隔魔法と直接攻撃を上手に使っており、程なくクリア出来そうである。
美井奈も少し危ないが、敵はもうすぐ打ち止めな気配。
「美井奈……白い方踏んでる。HPが減ってるぞ?」
「わひゃっ……!?」
接敵されてもいないのに、HPを減らしながら仕掛けを抜け出た美井奈。もちろん三人ともMPはすっからかん状態。抜け出た地点で、トーテムポールが上の方に鎮座しているのを見て、顔を見合わせる一同。
前回のトーテムは見掛けに敵わず弱かったが、今回もそうだとは限らない。MPが無いのはもの凄く不安。しかし瑠璃の場合で言えば、中エーテル4本も使わないと全回復しないのだ。
もの凄く不経済な計算に、やっぱりヒーリングしようかとの話し合いの結果が導き出され。
座り込んだ瞬間に、やっぱり作動する怪しい仕掛け。しかし今度は、真ん中のルートの階段に変化があっただけの静かなもの。瑠璃の目の前の階段は仕掛け階段だった模様で、ポッカリと一部分がのぼりで無く陥没して下りへと変化していた。
やっぱりあったと身構える一同だが、そこから敵が出てくる気配も無く。何となく沈黙したままキャラ達は休息を続け、うっかり全回復してしまったり。
瑠璃がキャラを前進させて、恐る恐る中を窺うと。小部屋には明かりが灯っており、中には全身鏡が一枚。見なかった振りをして先に進もうとしたら、隣の弾美ががっちり瑠璃の手を掴み。
にこやかに嬉しげにこう告げて来る。
「ドロップ何か良いもの出るぞ、頑張れ瑠璃!」
「一人じゃ絶対勝てないよぅ!」
幼馴染み同士でそうこう言い争っている内に、美井奈が別の仕掛けを見つけたようだ。飾られた花瓶にカーソルが移動して、どうやらスイッチになっているらしい。
調べてみると、左側だけでなく弾美のいる右側の仕切りにもそれはあった。試しに弾美が押してみると、瑠璃の前の小部屋は隠されてしまい、弾美の前の階段が音を立てて沈み始める。
おおっという感じで場は湧いたが、それは主に助かったという安堵感から来るもの。これを利用すれば3人分のドッペルゲンガーを倒せるという弾美の案は、素気無く却下された。
しかも、女性陣から猛烈な勢いで。
「お兄さんっ、私に倒せる筈が無いじゃないですかっ!」
「欲張りすぎだよっ、ハズミちゃん! 時間も無いし、その中のだけでいいよっ!」
ちょっと必死な物言いで返されて、弾美は仕方なく自分の案を断念する事に。取り敢えず自分の分身を湧かすぞと言うと、攻撃出来る範囲までおびき出してくれとの返事。
パリンと鏡の割れる音で、特殊な戦闘はスタート。恒例の金縛りで初撃を受けるが、連続スキル技からのバックステップで間を取り、さらに土魔法の《クラック》で動きを一瞬封じる弾美。
階段を出る前に闇魔法の《グラビティ》を浴びたが、無問題。既に柵越しにルリルリの姿が確認出来る位置まで漕ぎ着けているハズミンである。
これで何とか、数の優位に持ち込める。
敵から攻撃魔法がもう一度飛んで来たのは、素敵に計算外だったのだが。更にハズミンが距離を取ると、ようやく分身は追い掛けて来た。近付いて来ての一撃を盾でカバーするが、次の影分身のスキル技には驚かされた。
独楽のような回転での5連撃。全て喰らってしまい、ハズミンのHPは一気に持っていかれる。
「ほら~っ、目茶苦茶強いじゃないですか、お兄さんっ!」
「あんなの喰らったら、私達じゃ持たないよ、ハズミちゃんっ!」
「うるさいっ、いいから削るの手伝えっ!」
二人の茶々もどこ吹く風の弾美である。瑠璃に回復を貰って、美井奈の遠隔援護を受けつつ、お返しの斬撃を容赦無く振るいまくる。時折来る魔法とスキル技がチョー厳しいが、女性陣にして見れは、どれだけ攻撃してもタゲは来ないのだ。
最大奥義でドッペルゲンガーを追い込んで、ようやくハズミンの分身は没。
ドロップを見て弾美は狂喜乱舞。闇の術書や水晶玉に混じって、待望の《複合技の書:片手剣》が出て来たのだ。残念ながら片手剣のスキルが30、風が20無いと覚えられないようで、風スキルを全く伸ばしていない弾美にとっては厳しい条件。
手持ちの風の術書は、瑠璃によると8枚らしい。全然足りないが、文句を言っても始まらない。
「なんだ、美井奈も欲しくなったか?」
「いえ……まぁ、欲しいですけど死にたくはないからいいです」
再度のヒーリング中、ちょっと羨まし気な美井奈に、からかいの言葉をかける弾美。瑠璃が気を遣って、次は絶対美井奈ちゃんの番だからねと口にすると。
パッと顔を輝かす少女。何より瑠璃の心遣いが嬉しく、抱き付いて喜びを表現してみたり。
トーテムポールは、右と左の柵の区切りの台座に、左右2つずつの合体で鎮座していた。長さが半分のポールは、傍から見ると威厳が全然無い感じである。
そしてやっぱり弱かったのが判明。属性の指輪をジャラジャラ落とす、それだけの存在なのかも知れないが。水や闇や雷がようやく出て、それは一同にとって嬉しい誤算だった。
育てるつもりの指輪を、各々で取り敢えずはキープする事に。
そのままボスエリアまで一直線の一行。分身湧かせ騒ぎで、予定よりも時間を食ってしまったのだ。あと10分程度はあるが、念の為とヒーリングを飛ばして例の如くの強制ムービー観賞。
いつもと様子が違うと感じたのは、ゴーレムの全身あおりのシーン。毎度のゴーレムだと安心し切っていたメンバーを嘲笑うかのような、一部位のみの変更が。
ゴーレムのお腹にポッカリ穴が開いており、灯篭を思わせる作りに変わっていた。そこに爛々と輝くロウソクは、周囲にくっきりと陰影を投げかけている。
嫌な想像を掻き立てる、それは煩悩の灯火か?
「あのロウソクは……ひょっとして?」
「いや、そんな……待て待て、魔人が3体とゴーレムを一緒に相手にするのは無茶だろっ?」
「はわわっ、でもでもっ……先にロウソクの火を消せばいいのでは?」
「影盗魔人に殴られながら、ゴーレムと戦うのか……むっ、美井奈! 破魔矢セットしておけ!」
おおっと、そこに一条の光を見出した一同。それから各自、使う足止め魔法の確認。先程の闇の術書のゲットで、ハズミンが闇の新魔法の《グラビティ》を覚えたのだ。
美井奈は俊足の呪文を掛けて、とにかく距離を置いて削る事を言い渡される。そう言えばと、先程の売店に白木の木刀などが売られていたのを思い出す弾美。攻撃力が低いくせに5千ギルもするので見向きもしなかったのだが。
今更遅いが、影盗魔人には効果覿面だったのかも知れない。
そんな事を考えている内に戦闘スタート。陰影のやたらはっきりしたボスエリアに流れる不穏な空気の中。やっぱり、キャラ達の後ろから湧く影盗魔人×3体。
ゴーレムの直接的な動きはなし。今のうちにと、装備の変更と魔法の準備に追われるパーティ。属性の相性を考えて、弾美が瑠璃の魔人に《グラビティ》を、瑠璃が弾美の魔人に《魔女の足止め》をかけ、弾美はゴーレムにダッシュ。
影盗魔人からの容赦ない魔法攻撃は取り敢えず無視しつつ、ゴーレムに殴り掛かる弾美。
破魔矢の攻撃がもの凄く効いているとの美井奈の情報に、緊張感が少しだけ和らいだものの。魔法攻撃の強烈さに、こちらのHPも早くも酷い有り様。一人でもフリーになったら、かなり戦況も有利になるのだが。
瑠璃が上手に4体巻き込むように、光の水晶玉を使用した。これによって、影盗魔人はかなりヨタッて来たものの。足止め魔法が早々に切れて、距離の有利も消滅してしまう。
ゴーレムと影盗魔人相手に殴り合う弾美は、かなり不味い状況。自分の分身魔人に《魔女の足止め》を掛け直した瑠璃が必死に回復を行うのだが。
気を抜くと、ハズミンのHPはレッドゾーンに突入しそう。
「お姉ちゃまっ、もう1回水晶玉お願いしますっ!」
「いけいけっ、とにかく数減らしてくれっ!」
範囲攻撃の要請に、瑠璃の2度目の水晶玉投げ。さらに美井奈が自分の影に《貫通撃》をお見舞いし、1体目の影盗魔人を即効で撃沈。意気込むパーティの面々、さらに弾美は美井奈に《フラッシュ》の要請。ハズミンの影の目を眩ませて、さらにゴーレムに《グラビティ》を掛ける。
敵から距離を置いて一息ついた弾美は、素早く敵の残りHPを確認する。ゴーレムは5割、ハズミンの影盗魔人は7割、瑠璃の影もまだ7割残っている。
美井奈の破魔矢の威力は捨てがたいが、ゴーレムの消滅で影盗魔人が弱体する事態は大いにありえる。弾美は美井奈に武器の交換を指示、徹底してゴーレム狙いに絞る作戦に。
了承した美井奈は、自分のHPを魔法で回復。自分の影盗魔人との遠隔合戦で、実は残りHPが3割を切っていたのだ。もはや定番の《雷精招来》は回復してもしばらくは消えない模様。
美井奈は安心して、ゴーレムに攻撃を開始する。
影盗魔人に追い掛けられつつも、スキル技はゴーレムに振るう弾美と瑠璃。更には容赦の無い美井奈の遠隔攻撃に、硬さを誇るゴーレムも、割とあっさり崩れ去ってしまった。
歓声を上げるパーティの面々。今度は今までの腹いせとばかりに、やっぱり弱体化した影盗魔人を逆に追い掛け回したり。1割に減った敵のHPを削り切るのに、それ程時間は必要無く。
気付いたら地上へのゲートが開いて、感動的な音楽が演奏され始めていた。
* *
だだっ広いクリーム色の荒野を、長い列を作って進むキャラバンの馬車隊。様々な種族で形成されたそれは、何かの調査隊のよう。地図を見ながら彼方を指し示した先には、遠目からも巨大な大樹『グランドイーター』が見て取れる。
キャラバンは何とか、長い旅路の果てに大樹の元に辿り着いたようだ。根の又に潰されたように広がる遺跡群。それを足掛かりに、調査隊は小さな集落を形成して行く。
調査の進行具合は、一言で言えば難航しているようだった。至る所に敵対するモンスターや、崩れた遺跡や張り出した根っこが、複雑なダンジョンを造り出してしまっているせいだ。
大樹に近付くにつれ増大する、不可解な疲労も原因の一つだったが。
やがて、キャラバン隊の知らぬ内に、大樹グランドイーターに変化が起こり始める。長く太く張り出された枝や葉が、魔力を供給されて魔方陣トラップを作り始めたのだ。
その魔方陣トラップは、夜な夜な時空を越えて、各地に散らばる力ある冒険者をさらって来る。それが魔女の姦計とも知らずに、自らの生長の為の養分とするべく。
それは負の連鎖の筈だったのだが、ある瞬間からイレギュラーが発生する。
全てを失った筈の冒険者が、妖精に誘われて地上に姿を現し始めたのだ。驚く調査隊の面々と、この事態を生み出した魔女に関する情報を交わす冒険者達。戦いはもう、避けられない。
それを遥か高みの大樹の枝の上で眺める『フリアイール』の魔女。楽しそうに下界の騒動を眺めながら、周りに生っている果実を手に取って口にする。
瞬間、グランドイーターの魔力を吸収した魔女は、青白い光に包まれる。
狡猾な笑みを浮かべ、魔女――フリアイールは、より強力な力を得るための手段を講じるのだった。