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♯10.5 クモ騒動と秘密結社?

 ステージ6も、まずは左の小部屋から。メグミ達からちょっとだけ中の仕掛けを聞いている瑠璃と美井奈だが、攻略中は敢えて口にしない事に。弾美がネタばれを凄く嫌がるからだ。

 インした感じは、やっぱり下の層とほとんど変化は無し。白い石畳と石柱が等間隔に続き、真っ直ぐで何の変化も見られないマップ構成である。

 ミイナの釣りで、早速攻略の開始。ここら辺りの流れは、打ち合わせももういらない程。順調に経験値を稼ぎながら進んでいると、いつもと違う変化が早々と訪れる。


「石柱がトーテムポールにすり換わってる……あれって、昨日見た中ボスかな?」

「特殊技も攻撃力も、全然大した事なかったけど……ここにいるのに、何か意味あるのか?」

「何ですかね~? 片方ずつ、取り敢えず釣りますね?」


 主力武器の弓の久々の交換で、ちょっとウキウキ模様の美井奈。両手武器の通常の攻撃力と言うのを実感して、弓を射るのが楽しくて仕方が無いらしい。

 弾美に言わせれは、両手武器は強いけれど盾役とのバランスが大事だとの事。タゲを後衛アタッカーが取ってしまったら、戦術自体が成り立たないのだ。

 全力で攻撃してタゲを取りそうな時は、わざと弱い弓や矢に交換する事も大事だと言われ、以来美井奈は何種類か弓矢のセットを持ち歩く事にしている。

 確かに自分がタゲを取って良い事は、一つも無いのは分かり切っている。


 取り敢えず、雑魚なのか中ボスなのかも定かでないトーテムポールに攻撃を仕掛けたミイナだったが。反応が無い事にちょっと拍子抜け。HPバーも減らないし、飾りなのかと思ったほど。

 そう報告すると、パーティの面々は顔を寄せ合い作戦会議。ハズミンが今度は側まで寄ってみるが、動く気配は感じられない。その代わり、近付いた事でポールに変化が。

 中央の口元がカパッと開き、『Rポイント』という表示がカーソルの移動元に出現する。


「何でしょう、これ? 泉みたいにトレードするんですかね?」

「そう言えば、昨日のトーテムがアホみたいに指輪落としたなぁ」

「あ~、売らずに一応持ってるけど……Rってリングの事?」


 昨日のトーテムポールは近付いたら4つに分裂、一同は泡を食ったが実力は全然大した事も無く。サクッと倒されて、しょ~も無い性能の指輪を4つも落としたのだった。

 ただ、指輪に属性がそれぞれ表示されていたので、相談の結果持っておく事に。ひょっとして全部集めたら何か起こるかも知れないし、何かのトリガーかもとの思いだったのだが。

 早々と試すチャンスの到来かもと、弾美に促されルリルリは期待を込めてのトレード。次の瞬間、爆ぜた様な衝撃がパーティを襲い、全員がパニックに。


 いきなりの範囲攻撃だったらしいが、それは油断していたこちらも悪い。ただ、ポールが4つに分裂して宙に浮いているのは予想外。何しろ、剣先が届かない程高い位置にいて、向こうはキャラの真上を取っての丸太落としで攻撃して来るのだ。

 どっから丸太出しているんだと言う弾美の突っ込みも何のその。油断していると、特殊攻撃の本体落下の踏み潰しで、座り込みスタン状態から殴られ放題のループに追い込まれる。

 逃げ回る一同だが、弾美の指示は的確だった。遠隔で取り敢えず1体やっつけろと言われた美井奈は、しかし逃げ回るのに必死で半狂乱で言葉を返す。


「どっ、どれ倒せばいいんですかっ!?」

「どれでもい……ぬっ、あの派手な顔の奴がボスか?」

「あ~、最初に口を開けた部分だね、そうかも!」


 逃げ回る間隙を縫って、瑠璃は《魔女の囁き》からの《ウォータースピア》で派手な彩色のポールに魔法攻撃。一気に7割近くHPを削ったのは良いが、魔法の撃ち終わりを2体に狙われ、大慌てで逃げまくる。

 弾美が今度は真下に陣取っての《シャドータッチ》。更に美井奈の《みだれ撃ち》で、何とか1体を撃破。すると残りは地上すれすれまで落ちて来て、こうなれば左程怖さも感じなくなり。

 ハズミンが片手剣でガシガシ削って行き、何とか被害を最小限に抑えての勝利。敵のドロップはポーションやエーテル、万能薬などの薬品類が主。

 リングはと言えば、光の2級リングと言う名前に変わっていた。


「おやっ、ただのリングが2級に換わったな」

「……という事は、1級にもなるのかな、ハズミちゃん?」

「性能は上がるかもですが、敵も強くなるんじゃないですかねぇ?」


 他のリングの属性は、炎と風と氷。見事にパーティの欲しい属性を外している。ちなみに性能は2級で光スキル+2、防御+2である。ただのリングでは光スキル+1のみだったので、防御が付いただけ良品になっている。

 問題は、続けてこの指輪をトレードしても良いものかどうかだが。反対側のトーテムポールを見ながら、予想や意見がパーティ内に飛び交う。トレード出来るのかもまだ分っていないが、育てられるとしても手元に欲しい属性が無い。

 結局は、光のリングで試して、駄目だったら炎か氷にでもしようと言う事に。


「んじゃ、2度目のトリガー投げ込み試すぞ~」

「どうぞっ、隊長!」


 今度は遠隔の苦手な弾美がトレード役に。女性陣は離れて遠隔攻撃の準備。万端の布陣で臨んだトレードは成功だったのだろう、ハズミンは吹っ飛ばされて宙に4つの影が。

 準備していた遠隔攻撃を、ボスの1体に集中する瑠璃と美井奈。雑魚共々に二人の頭上に押しかけるかと思いきや、4体が一斉に攻撃魔法を唱えて来た。

 慌てる女性陣、魔法攻撃を止める手段も無く、それぞれ2撃ずつ《ホーリー》を直撃被弾。


「うわっ、2発ずつで助かったな。全部一人に来てたら死んでたぞ!」

「にゃ~、やられる前に撃ち落としますよっ!」


 回復は瑠璃にまかせて、美井奈の渾身の《貫通撃》が炸裂、ボスのポールを瀕死に追い込む。その瞬間、隣のポールがふらふらとボスに近付き2体で上下合体。小さなトーテムポールを作ったと思ったら、HPを交換していたり。

 下で見ていた弾美は慌てて魔法を使おうとするも、特殊技の発動中はどうやら無敵状態になるらしい。横槍も叶わず、敵のボスのHPは満タン回復。


「ひどいっ、せっかく削ったのに~!」

「もっかいボス狙えっ! 雑魚は俺が倒すから!」


 光属性に設定されているせいか、弾美の《シャドータッチ》は事のほか良く効く。雑魚の1体を吸い殺して、今度は近くの雑魚に弓矢でちょっかいを掛けてボスとの距離を引き離す。

 これ以上特殊技で回復されたら、たまったものではない。ほぼ間を置かず、再びの魔法と弓矢攻撃。ボスの生命値は半減するも、お返しの魔法が瑠璃を襲う。

 勝負は美井奈のSPが貯まった瞬間に決まっていた。武器の耐久度を惜しまぬ《貫通撃》でボスは崩れ落ち、他の相方達は抵抗むなしく地上へと墜落して来る。

 SPの使い場の無かった弾美が、ここぞとばかりに雑魚掃除。第2戦、終・了。


「お~、1級はHP+が付いてるよっ!」

「ふむ、いいな……美井奈、持っておけ」

「わっ、ありがとうございますっ!」


 1級の性能は、光スキル+3、HP+10、防御+3と先程よりはかなり良い感じ。さっそく美井奈は指輪を交換、ヒーリング後にさらに奥を目指す一行。

 今回の雑魚も、まあまあの強さ。相変わらず蛮族や獣人はウザいが、ギルや経験値は美味しいので良しとする。進んで行くと、前回と同じく河と橋と中州のガーディアンのセット。

 しかし、守る宝箱は何故か3つ見えていたり。


「……今回は大判振る舞いだな。宝箱が増えたのは、素直に喜ぶべきなのか?」

「完全な罠だよ、絶対にっ!」

「わ、私は今回は選びませんからね、宝箱!」


 中ボスはいつぞやのワニ型モンスター。呑み込みと噛み付きに気をつけてサクッと倒せば、やっぱり出て来たのは宝箱の鍵が1つ。あとは素材とポーションくらいのもの。

 弾美が隣を伺うと、サッと瑠璃の影に隠れる少女。狭間の瑠璃は微妙な顔。


「美井奈……当たるまでは逃げられないぞ?」

「お、お姉ちゃま……?」

「が、頑張って美井奈ちゃん……」

「…………じゃあ、真ん中……は、外れだと思います」


 付け加えて、小さい声で訂正してみたり。真ん中に進みそうになっていたハズミンはくるっと反転。隣の瑠璃が指を真っ直ぐ上げたかと思うと、少し躊躇して右に傾けた。

 弾美は右の箱を開錠。中には当たりの炎の術書が。弾美はちょっと詰まらなそうに、他も開けてみようかと提案してみたのだが。二人の猛反対にあって、敢え無く断念。

 仕方なく、次の宝箱を目指す事に。


 雑魚を掃除しつつ進んで行くと、程なく見えて来た次の宝物庫。ガーディアンは火の玉モンスターとアンデットのマミーで、それ程強そうにも見えず。弾美は瑠璃に、覚えたばかりの複合スキルを試しておくようにとの指示を出す。

 確かに中ボスへのぶっつけ本番は怖い。ただ、相手の火の玉は炎属性なので、氷系の技は効き難いかも知れない。そう話すと、隣の包帯男と効きを比べれば良いと言われ納得。


 戦闘は実にあっさりした物だったが、守護モンスターが格段に弱いと言う訳でもなかった。ルリルリの新複合技の《アイススラッシュ》は、弾美の連続スキル攻撃にも負けないダメージを叩き出し、何よりエフェクトがとても素敵。

 ただし、SPを9割近く消費してしまうため、弾美のような連続スキル攻撃は絶対に無理。殴りで貢献しようと思ったら、何かしらでSPに細工をしないと駄目だろう。

 強烈な技だけに、高燃費なのは仕方ない気もするが。


 そんな事を考えている内に、あっさりと2体目も倒し去り、お待ち兼ねの開錠タイム。弾美は楽しそうに、美井奈に無言のプレッシャー。まずは右側の宝箱のセット前に陣取るハズミン。

 美井奈は小鼻を膨らませ、さっきよりは大きな声で選択肢を口にする。


「右……じゃないですねっ、多分……きっと」

「じゃあ、真ん中を開けてみようか」


 弾美は簡単に言葉を付け足して、ドロップした鍵を真ん中の宝箱に差し込む。途端に大爆発、範囲ダメージがパーティ全員を襲い、全員思わずのけ反って画面から顔を遠ざける。

 硬直していた瑠璃が、ようやく立ち直って全員に回復を飛ばす。最初に回復を貰った弾美は、せっかちにもすぐに左の箱を合鍵で開けてみると。

 金のメダルをゲット。一同、ほっと胸を撫で下ろして、視線は思わず美井奈へ。


「まぁ、当たっていなくもないが。取り敢えずこの方式で全部行こうか」

「うぅ……」


 左側では、美井奈は真ん中を除外。弾美は右の宝箱を開けて土龍の尻尾というアイテムをゲット。説明文には、アイテムを使うと一発でエリアから退場出来るとの事らしいのだが。

 何故にこんな後半に出るのかと、全員から非難殺到。一応、エリアに入ってすぐ使っても30分縛りは無効にしてくれるし、ポケットからの使用も可能な優れものなのだが。パーティではなく、使用者一人にしか適用されないらしいので結構微妙。

 取り敢えず、ライフが1しか無い美井奈が持っておく事に。


「そう言えば、ライフポイントが1しか無いの、すっかり忘れていました」

「地上に出れば、1個貰えるそうだから、それまで頑張れよ」

「了解です、隊長!」


 無理をさせているのは、いつも弾美のような気もするのだが。瑠璃は敢えて何も言わず、弾美の後ろに付いて進む。少し行くと、再び河の流れと中州のモンスター。

 今回は、6つもポイントがあるらしい。


 歯並びも鋭い魚型モンスターを倒した後、瑠璃は簡単な計算を頭の中でこなしてみる。6箇所のお宝出現ポイントに宝箱が3つずつ、つまりは合計で18個!

 果たして全部開けたら、今までの流れからしてどういう事態になるのだろう。今のところ、美井奈の奇跡的な除外率で、何とか半々の確立に持ち込めているが。

 今も美井奈は左を除外して、弾美があまり考えもせず真ん中を開けたようだ。少し身構えていた瑠璃だが、結果は結構な量の経験値を入手する運びに。恐らく美井奈は、直感で当たりと思った宝箱を、自ら外れだと言っているのだろう。

 弾美の嬉しそうな褒め言葉にも、少女は微妙な顔。


 ところがその微妙顔は、次の守護モンスターを目にしたパーティ全員のものになってしまった。門の前には何も居ないのだが、その近くの石柱がトーテムポールにすり替わっている。

 弾美が近付いて扉をチェックするが、ガーディアンがいるためか開かない。指輪が無かったら開ける手段を失っていた所だ。そしてここで問題が一つ、1級の指輪を使用するかどうか。

 直前の敵でさえかなり厄介だったし、ここは思案のしどころ。


「どうする、他に欲しい指輪無いし……光で行くか?」

「う~ん、作戦ちゃんとすれば行けると思うけど……」

「そう言えば、こいつら無生物なのにHP吸えるな……何でだろ?」

「トーテムポールは精霊とか、妖精扱いだった筈だよ、ハズミちゃん」


 なる程、そうだったらしい。そんな訳で作戦は、まずは弾美がボスの直隣の1匹のタゲを取って引き離す。それから後は、女性陣でボスを早めに殲滅すると言う流れに決定。

 美井奈からリングを預かって、弾美はカウントダウン。トレードと共に、かつて無い程の爆風ダメージ。離れていた女性陣は無事だが、ハズミンはHPに4割程度のダメージ。

 それでも何とか近付いて、弾美が闇魔法でHPを吸い返すのを合図に、水の魔法と美井奈の弓術がボスのポールを襲う。今度の敵はHPも多いらしく、最強の瑠璃の魔法にも、ようやく3割削れたかどうか。

 光魔法の詠唱より先に、美井奈の《貫通撃》が敵のHPを更に削って行く。もう一度ずつ必殺技を打ち込めば勝利は確実だろうが、反撃のレーザー光線は強烈だった。

 あっという間に、後衛の瑠璃と美井奈は火だるまに。


「ひゃあっ、やばいやばいっ、ハズミちゃん死んじゃうっ!」

「ポーション全部使えっ、もう1匹タゲ取ってみるからっ!」

「もう一撃で倒せますよ~、お姉ちゃまっ、死んでなるものか~っ!」


 たった一撃で、半分近く削られる程の威力。ただ、連射はさすがに出来ない仕様なのだろう、ゆっくりと宙を飛んでポールは近付いて来る。2発喰らった瑠璃は瀕死状態、数ミリ残った生命力で、なんとか生き永らえていた。慌てて薬品で回復しつつも、美井奈と共に敵との距離を取る。

 弾美がさらに、隣の雑魚に魔法を打ち込んでの強引なタゲ取り。これで遠隔組はかなり安全度が上がった筈。レーザー光線を喰らったのは弾美も同じで、しかも光魔法なので始末が悪い。

 自分もポーションを使いながら、ダッシュで敵をあらぬ方向に移動させる。

 

 瑠璃の新魔法の《魔女の足止め》が、追随する敵のボスポールを凍らせて足止めした。さらに再度の《魔女の囁き》からの《ウォータースピア》が敵のボスを追い詰める。

 美井奈はSPが貯まるまで、弓でのけん制の通常攻撃。光魔法では、全然削れなかったので仕方が無い。新戦術だが、これで接近戦で美井奈が不利になる事は無い。

 ただ、足止めはそんな長くは持たないようで、数十秒が精々だ。


 最後は同時の瑠璃と美井奈の必殺攻撃が炸裂、空中からの一方的な狙い撃ちの事態を逃れる事に成功した。とにかく怖いレーザー光線を撃たせない様に、後はひたすら雑魚の3体を接近戦に持ち込む。

 フリーの雑魚に、弾美が何度かこんがり焼かれたものの。取り敢えず全部倒し終わり、リングの育成戦闘は完了。最終的には数個の薬品と共に、光の特級リングが入手出来た。

 性能は光スキル+4、HP+15、攻撃距離+4%、防+4とユニークで優秀。命中範囲が伸びるのは、後衛の美井奈にはそれ程有り難くない。とは言っても、瑠璃は同化するまで指輪は外せないし、弾美はいらないと言う。

 そんな訳で、当分は美井奈が保有所持する事に。瑠璃も光スキルを20まで伸ばしたいと言うので、いつかは融通されるかも的な感じの約束を交わす。


「お姉ちゃま、光の魔法で覚えたいのあるんですか?」

「うん、ライトヒールは二人持ってた方が安全だからね~。麻痺と毒、一緒に貰う事もあるし」

「あ~、確かにそうだな。万能薬なら一緒に全部消せるけど、魔法じゃ無理だもんな」


 談話しながらのヒーリングも終わり、隣のトーテムポールは適当にリングを与えて起動させ、サクッと倒す事に成功する一同。等級が違うと、強さも経験値も全く違ったり。

 ここで美井奈がレベルアップ。レベル21になり、次の弓術スキルも見えて来た。


 宝箱を開ける前に、やっぱり中ボスの部屋のチェック。パッと見は長髪の巨人に見えたが、よく観察すると腕が4本あり、2体の内の1体は脚が4本ある。

 4つ腕4つ脚のケンタウロス巨人、完成するとどんな形や数になるのやら。


 最後の2箇所も、美井奈の直感は鋭い冴えを見せた。半々の確立に一度はミミックを引いてしまったが、それはまぁ愛嬌というもの。6回の選択の内、1発で当たりを引けたのが何と4度。素晴らしい命中率である。

 宝箱からは氷の水晶玉と、腰袋というユニーク装備。矢束の装備欄に装着出来て、性能はポケット+2らしい。その装備欄がフリーなのは瑠璃だけなので、必然的に瑠璃のものに。

 これにより、ルリルリのポケットは10にまで達した事に。ポケットの余裕が出来たため、水晶玉の連続使用など範囲攻撃も担えるキャラに成長したとも。


「これで何個開けた計算だ? それにしても、美井奈の的中率は凄いな!」

「8個だね~、今回は美井奈ちゃんのお陰で楽な展開かも~」

「えっ、私の功績ですか? それは……複雑な気分ですねぇ」


 そんな訳で中ボス部屋には、恐らく不完全体の阿修羅ケンタウロスが2体。見た目は右が剣と盾と両手武器のハンマーを装備している。左は片手斧の二刀流に弓矢を装備、見るからに攻撃力が高そうだ。

 パーティは作戦会議で、美井奈のマラソン案と弾美と瑠璃で1体ずつ引き受け案のどちらかで紛糾するも。4脚モンスターは足が速いのが定説でもある。

 追いつかれたら、攻撃力の高そうな中ボスに為すすべも無い可能性も。


「私の新魔法の《俊足付加》は出番なしですか?」

「う~ん、魔法が切れたら怖いしなぁ。じゃあ折衷案で行くか。外におびき出して、1匹を瑠璃と美井奈で交代で抑える。手の空いてる方が俺とマラソン役の補助な」

「ちょっと複雑っぽいですけど、お姉ちゃまの指示に従います。頑張りましょう!」


 そうして貰えると、弾美も非常に助かる。今回の敵は非常に攻撃力が高そうなので、よそ見して指示を出している暇などない感じ。ポケットの薬品も入れ替えて、武器をレイブレードに交換する。ステージ6は厳しいと聞いて、自前で鍛冶屋で修繕して貰ったのだ。

 強化魔法を全て掛け終わり、美井奈の釣りでいよいよ中ボス戦スタート。遠隔持ちの敵は不味いので、ハンマー持ちを引きずり回す作戦なのだが。

 ハズミンが一緒について来た弓矢持ちに殴り掛かり、ルリルリは様子見で距離を置いてサポート体制。いきなりの範囲攻撃は無かったが、それでも片手斧の二刀流と言うのはかなり強い。

 弾美は早くも苦戦模様、パーティの中で一番防御力が高くてこれなのだ。それでも攻撃力では負けてはいない、レイブレードで順調に削り、瑠璃に回復を貰いつつ臨戦態勢の維持。


 瑠璃のサポートに横槍を入れたのは、弾美が殴っていた弓矢持ちの中ボスだった。弓術による遠隔攻撃、しかもスキル技の使用で瑠璃のHPは途端に半減。一気にピンチへ。

 一方の美井奈は《俊足付加》の魔法で移動速度アップ、順調にハンマー持ちから逃げている。ぐるぐると部屋の前の空き地を回遊しつつ、魔法の持続時間を必死に計算。掛け直す時間が取れれば、瑠璃の手を煩わす事も無いのだ。

 ただ、やっぱり敵も脚が速い。なかなかアドバンテージが取れない美井奈は不安で一杯。


「わっ、わっ、ハズミちゃんっ、弓が飛んで来たっ!」

「こいつ複数攻撃使ってくる、瑠璃取り敢えずくっつけ!」

「えっ、えっ、お姉ちゃまのサポートは……?」

「何とか短期で終わらせるっ、魔法切れたら美井奈はこっちに敵を連れて来いっ!」

「りょ、了解です!」


 不完全体だと思って舐めていた訳ではないが、意外に強い中ボスに一同騒然。瑠璃はくっ付いて必殺の複合スキルを見舞ったが、まだまだ半分も削り切れていない。

 ピンチは続くもので、いよいよ美井奈も俊足の魔法切れ、たちまち追いつかれて振るわれるハンマーのスキル技。悪い事にスタンしてしまい、追い討ちの剣技も全く避ける事が出来ない。

 美井奈の悲鳴を聞きつけ、瑠璃が駆けつけようとするが厳しい距離。美井奈のHPが3割を切った時に、奇跡は起きた。


 覚えたての種族スキルの《雷精招来》は、キャラのHPが3割を切らないと発動しない。一旦条件をクリアすると、雷精が召喚されて呼び出した者を護る動きをするのだ。

 殴りかかった中ボスは、雷精の効果で反撃の麻痺&スタン状態になった。ようやく追いついた瑠璃が回復魔法を飛ばすと、任務を果たし終えた雷精はフッと姿を消す。

 続いて瑠璃は足止めの氷魔法。便利な魔法だが、何度も同じ敵に使っていると効果はどんどん薄くなる。ここぞという時に使用しないと、後で痛い目に合うのは自分なのだ。


「怖かったです、お姉ちゃまっ!」

「遅れてごめん、美井奈ちゃん! 今度は私が抑えとこうか?」


 心配無用と、美井奈は再びの俊足魔法を自分に掛ける。この魔法は便利だが、俊敏付加》と同様に他人に掛けるにはスキルが30以上にまで育てる必要があるのだ。

 魔法が切れるまで1分と半。何とか行けそうな雰囲気。


「こっち後ちょっとで終わる! 美井奈、頑張れっ!」

「了解です、隊長!」


 美井奈のスキル技攻撃に、再び怒りをそちらに向けたハンマー持ちのケンタウロス。マラソンに気合いを入れて挑む美井奈を、地響きを立てて追い回す。

 弓矢使いの中ボスの方は、レイブレードの削りに良く耐えていたと言ってもいい程。HPの量が多かったせいもあるが、最後は瑠璃の魔法攻撃により敢え無く撃沈。

 お返しの最後の弓術スキル技は痛かったが、これで二人フリーになった。


 ここまでくれば後は楽勝と思いきや。前衛で削る弾美と瑠璃に、別々に攻撃が見舞われる事態に冷や汗の連続。特にハンマーの一撃は、結構なダメージを文字通り叩き出す。

 4本腕のケンタウロスの強烈な攻撃に、パーティは最後まで手こずりつつも。今度は後衛で削りと回復に頑張る美井奈が、結構な後押しとなってくれて。

 何とか数分後には勝利を手にして、全員で喜びのハイタッチ。


「やばかったな……こいつが3匹とか出て来てたら危なかったかも」

「私、種族スキル発動してなかったら死んでたかもです~!」

「ごめんね美井奈ちゃん、サポート遅れて……でも、私がソロで殴り合い引き受けてても、多分死んでたかも?」

「私が役に立って何よりですっ! お姉ちゃまが生きてて良かったですっ!」


 互いに抱き合って、生きてた喜びを実感し合う瑠璃と美井奈。よく分からないノリだが、最近それが浸透しつつあって妙な気分。これも美井奈のパワーなのかと、ちょっと慄く弾美だった。

 ケンタウロスの戦利品には優良武器がたくさん。弓と矢のセットに片手剣、ハンマーと片手斧はパーティには不要だが、剣術指南書も1冊あったし、防具ではマントが1つ出た。

 ここに来てピンポイントで使えそうな装備の補充に、分配も和気藹々。


「ドロップって、やっぱり運なのかな? ボスやNMでも、結構出る装備の部位がパーティによって違うって聞くけど」

「あ~、こういうイベント企画では、均等に装備を入手出来るようになってるかもだけと。ボスやNM辺りはランダム性もあって当然かも知れないなぁ」

「何にしても、弓矢が補充出来て良かったですよ! あっ、新しいスキル技覚えました!」


 指南書によってようやく3つ目のスキル《近距離ショット1》を覚えたミイナ。これは補正スキルで、セットすればある程度の近距離からでも攻撃出来るようになる仕様である。

 弓術の弱点を少しだけ補えるが、パーティ戦術に大幅な変更を与える程ではない。さらに弾美と瑠璃もレベルアップ。それぞれ武器スキルにポイントを振ったが、やはり大きな改善点はなし。

 おめでとうを言い合った後、ヒーリングとポケットの補充をしてボスの間へ。


「大クラゲだ~、麻痺とか毒があったっけ、ハズミちゃん?」

「あんまり覚えてないな、範囲とかもあったかも」

「柔らかそうですねぇ、サクッと倒しましょう!」


 一行は例の如く、まずは弾美の先制で殴り掛かる。大クラゲの触手が迎え撃ち、次いで瑠璃も前線に参加。二人のスキル技で初っ端から大ダメージを与える。

 大クラゲは柔らかく、攻撃力も些細なもの。とても強そうに見えないが、殴るたびに体表を覆う電撃でこちらもダメージを喰らう。さらに、案の定の特殊範囲技が炸裂。

 いきなりクラゲが回転したかと思ったら、触手が鞭のように前衛に浴びせられる。


 触手の連撃で、かなりのダメージと麻痺を受けてしまった弾美と瑠璃の前衛組。さらに小さなクラゲが、ポコポコと周囲に湧き始める。子供クラゲには攻撃力こそ無いものの、抱きつかれたら動けなくなり、さらに毒状態になる特殊能力があるらしい。

 身をもってそれを知った瑠璃が、逐一報告をしてくれる。


「動けない~、ハズミちゃん助けてっ!」

「お姉ちゃまっ、ちっちゃいの多過ぎて倒してもすぐ取り付かれちゃいますっ!」

「面倒くさいっ、水晶玉使えっ!」

「あっ、そうか」


 瑠璃がポケットの水晶玉を使用、呆気なく散って行く子供クラゲ達。大クラゲにも少なからずダメージを与え、さらに美井奈の弓術のスキル技で一気に戦闘終了。

 中ボス戦に比べたら割と呆気なく感じたが、小クラゲの仕掛けには肝を冷やした一行。範囲攻撃の手段が無かったら、全員小クラゲにくっ付き殺されていたかも知れない。

 そう思うと、やっぱり怖い特殊技だった。

 

 脱出用の魔方陣とその上に浮かぶ鍵が出現する中、ドロップの確認もそこそこに脱出する一行。前回は次のエリア攻略で時間が足りなくなったので、急いだ方が良いとの判断だ。エリア攻略時間は、それでも40分以上は掛かってしまっている。

 足りるかと問われれば、ちょっと不安ではある。


「あっ、細剣もドロップしてる。あとは、出た装備はベルトくらい?」

「おっ、これで全員武器の交換が出来たなっ!」


 何となくハイタッチで祝う弾美と瑠璃、それを見て美井奈も横から割り込んで来る。防具もそうだが、やっぱり武器が良い物と交換出来るのは、前衛としては嬉しいものだ。

 そんな感じで、一行が装備出来る主な入手アイテム。

 ――光の特級リング 光スキル+4、HP+15、攻撃距離+4%、防+4

 ――ケンタの刀 攻撃力+13、知力+1《耐久11/11》

 ――ケンタの弓  攻撃力+14、知力+1《耐久14/14》

 ――剛毛のマント 攻撃力+3、防+5

 ――クラゲのレイピア 攻撃力+11、器用度+1《耐久9/9》


     *     *

 

 小休憩を挟んで、いよいよ難関の右の扉前に集う一同。用意もばっちり、武器の交換もあったし、みんな少しずつ強くなっている。気分的にもイケイケ状態である。

 そんな時に鳴り響く電話は、タイミングが良いのか悪いのか。弾美は一旦席を外し、戻って来て口にした言葉は、実は二人にも関係あったりして。


「なんか、今日は3家族で外食しようってさ。美井奈の母ちゃんが、こっちの両親に連絡とって、段取りをつけてくれたらしいぞ」

「あ~、お昼に美井奈ちゃんが電話してたけど……」

「はいっ、連絡してみてオッケーなら、こっちに電話するって言ってました! 車も出してくれるって言ってたけど、もう1台どうしましょうか?」

「うちの親父か恭子さんかな、まぁ大丈夫だろ? 7時に迎えに来るそうだから、これで気兼ねなくゲーム出来るな」


 今日のスタート時間が4時半だったので、少し終了時間が夕食に被りそうだったのだが。美井奈がどうしても合同インの方が良いと言うので、強行したという経緯があったのだ。

 弾美と瑠璃は、家の台所に夕食が遅くなるとのメモまで残していたのだが。美井奈の悪巧みと言うか計らいで、無駄……もとい気にしなくても良くなった模様である。

 本人はしてやったりと凄く嬉しそうだが、そこまでやるかと弾美などは思ったり。


 何はともあれ、気を取り直してのエリア攻略スタート。左の扉も大きなマップ変更は無かったので、こちらも恐らくパクリだろうとの妙な信頼関係など芽生えたりして。

 果たして、最初は迷路っぽい地下牢風味のダンジョン。違いがあるとすれば、通路に少し水が貯まっているくらい。足首程度までの水位だが、演出のみのようで移動力の低下は見られない。

 歩き出してみると、演出と言うより配置モンスターの理由付けという感じがして来た。行く手を阻む敵は、魚やワニ、クラゲや水蛇など、水棲モンスターばかりのようだ。

 雑魚とは言え、侮れない特殊能力持ちが多く、一行は慎重に進む。


 10分も歩けば、迷宮エリアもほぼ制覇出来てしまった。下の層との照らし合わせが時間短縮に効いているのだが、吸血鬼の棺桶のあった部屋に訪れたパーティは、今度は古井戸を見つけて騒然となる。

 特に美井奈は、かなりお気に召さない様子である。


「い、井戸は駄目ですっ! 何か出て来たら、私泣きますよっ!?」

「古井戸は、粗末にしたら祟るって言うしね~」

「いや、ゲームの常識の範囲で物を言ってくれ、瑠璃。あと、ちびるなよ美井奈」


 ここを一刻も早く立ち去ると言う事は、皆が賛同してくれた模様。程なく迷路は終わり、湿地帯には樹木型のモンスターがうようよ。蔦で絡み付いてくる奴や、球根のようなタイプ、一番多いのは洞が顔の形に見える、お化けの木タイプ。

 このタイプは結構木の実を落とすので、簡易ステータスアップやHPアップに役に立つ。ケチって死んでしまっては元も子もないので、30分程度の効果時間だけど積極的に使う事に。


「おっ、生命の木の実出たぞ。HP上がるから食っておけ、美井奈」

「ボス戦前とかで無くても、使っちゃっていいんですか、隊長?」

「また出るだろ、ケチって死んでも仕方ないぞ」


 たまに木の上から落ちてくる虫や、木の洞から飛び出すハリネズミに驚かされつつ、やっと辿り着いた通称ボスの丘。出迎えたのは若木のお化け木、小さ過ぎて顔の位置が良く分からない。

 ケリはあっという間について、一行はいつものルートで3本の通路から右を選択して進む。3度目の妖精の泉には、全員が期待に満ちた目で立ち並んでいた。

 頭の中では、各々が取らぬタヌキの皮算用。


「さて、誰が何をトレードしようか?」

「呪いのブーツと、呪いのネックレスと……私、同化の終わったネックレス持ってるけど」

「レイブレードは鍛冶屋で直して貰ったし、今回はいいか。他に修理する物も無いしな」


 そんな訳で、まずは美井奈が呪いのネックレスをトレード。呪いは見事浄化され、サファイアの首飾りに変化した。続いて弾美が、呪いのブーツを待望の暗塊のブーツに変えて貰う。

 ネックレスも暗塊シリーズだと思っていた弾美は、ちょっと拍子抜け。取り敢えずは2部位揃ったものの、残りの情報が無いので何ともいえない微妙な心情。

 最後に瑠璃が、同化の終了した用済みネックレスを泉に投げ込む事に。他に候補が無いので、パーティは気楽に承諾してくれた選択肢である。まぁ、前回の結果も知っている一同なのだが。

 そんな訳で、やっぱり妖精がピヨッと出て来て申すには。


 ――あなたが本当に欲しいのは、この使い過ぎて擦り切れたネックレス? それとも、この銀で出来たネックレス? もしかして、この金のネックレスかしら? さっさとどれか選びなさいナ☆


「むうっ、ネックレスも暗塊シリーズかと思ったけど違うんだな。暗塊のブーツは俺が貰うけど、サファイアは誰が取る? 結構性能いいぞ」

「わっ、腕力とSPが増えるんですか……アタッカーにはいいですねぇ」

「……ハズミちゃん、これって引っ掛けかな?」

「んっ、何が?」


 瑠璃のモニターを覗き込む弾美だが、相方が何を悩んでいるのかさっぱり分らない。美井奈も同じく、妖精の言葉を口に出して読むが、瑠璃が言う引っ掛けの場所を探し出す事叶わず。

 瑠璃が指し示したのは『本当に欲しい』という部分。前はここが、落としたとか何とかだった筈。


「本当だもんっ。昔話とおんなじ文章たな~って、私心の中で思ったから、覚えてるもんっ」

「……じゃあ、前と同じに擦り切れたネックレスを選んだら、それが戻って来るって事か?」

「…………ええっ、そんな意地悪あるんですかっ!?」


 堪えきれなくなって、弾美は爆笑。瑠璃の背中をバンバン叩いて、よく気付いたと絶賛の嵐。二人もつられて笑い出したが、どちらかと言えば呆れた系の笑いだったとも。

 弾美はなおも、この皮肉に満ちた引っ掛け言葉を思い返しては笑っていたが。瑠璃は大人しく金のネックレスを選択、MP付きのまぁまぁの性能を貰う事に成功。ついでに妖精、このガラクタいらないから返すと言って、擦り切れたネックレスの返品。

 この無体振りに、弾美は再び大爆笑。


「何か凄いキャラに見えて来ました、この妖精」

「そうだねぇ、もっと神秘的な存在であって欲しかったような気が……」

「あ~、笑ったな。面白い奴だなぁ、コイツ……」


 ここで得られた装備品を、皆で相談して装備の変更。弾美は暗塊のブーツ、瑠璃はサファイアのネックレスをそれぞれ貰う事に。美井奈は首装備の同化までは、我慢な感じ。

 ――暗塊のブーツ 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10

 ――サファイアのネックレス 腕力+3、SP+10%、防+5

 ――金のネックレス MP+8、防+3


 一同、何となく名残惜しそうに泉のポイントを後にして。ボスの丘に再び戻ると、やっぱり若木は生長を遂げていた。まぁ、それもちょっとだけ、人の背丈より大きい程度。

 戦闘もさっぱりしたもので、なにやら木製の両手棍棒を落としただけの結末。出現した魔方陣を無視して、今度は真ん中の通路を当然のように進んでみる一行。

 無視され続ける光の通路は、何だかちょっぴり寂しそう。


 今回の扉前のガーディアンは、2体の虫人間だった。顔は蟻や蜂に似ているが、尻尾はサソリのモノの様。甲殻を纏った外殻は硬そうな上、大きな盾まで装備している。

 盾の模様は、サソリの全身画。武器は湾曲したサーベル、殴られると痛そう。


「硬そうだし、強そうだし、毒持ってそうだな。範囲はなさそうだから、俺と瑠璃で1匹ずつな」

「了解~、毒の解除お願いね、美井奈ちゃん」

「任せて下さい、お姉ちゃまっ!」


 戦闘は案の定、敵の硬い装備に長引き模様。SPが貯まってのスキル技で、何とか一気に削って行けている。特に瑠璃の氷系の複合スキルは、敵のHPを面白いほど減少させる。

 気付いたら美井奈の攻撃支援もあって、弾美よりはやく1匹倒し切っていたり。


「わっ、わっ、もうこっち倒しちゃった。そっち手伝うね!」

「スキル技が面白いほど効いてたな。こいつ魔法の方が効くタイプかも」


 珍しいパターンに、逆に慌ててしまう瑠璃だったが。弾美の助言を貰っての魔法攻撃に、一発で弱っていた2匹目も撃沈。ドロップは薬品数種と宝箱の鍵、当たりはサソリの大盾くらい。

 中の宝箱からは、大金の1万ギルが出て来て、一同大喜び。とは言っても、パーティの台所事情に換算すると、レイブレードの修理代の半分程度なのだが。

 もう1つの箱からは、嬉しい金のメダルが1個。


「ハズミちゃんの持ち金が、これで3万ギル? 私と美井奈ちゃんで7万あるから、全員でまた10万ギル超えたね~、嬉しいっ♪」

「まぁ、強い敵に備えて、俺の金はレイブレードの修理代に充てるけどな」

「泉ポイント、3つ全ステージ使い切りましたしねぇ。地上でもあるんですかね?」


 あったら良いなとは、全員の偽らざる思いと言うか願望なのだが。地上の話題は、今のところ聞き伝えで断片的なものでしかない為に、完全に情報不足である。

 それはともかく、回避不能な3度目のボスとの邂逅。完全に巨大なお化け木に変化したそれは、何時ぞやの虫落しや爆弾実落しで、一同を混乱に陥れる。

 とは言っても、一度体験した事のある戦法に、そうそう何度も引っ掛かる程お人好しでもなく。逃げ遅れた瑠璃が一度、爆弾に削られた程度で被害は微少に抑えられた。


 ドロップは土の術書と力の果実程度だが、経験値の取得で美井奈がレベルアップ。弾美が果実を貰って、腕力を+1する。土の術書は取り敢えずのストック。

 溜め込んでいる内に、土の術書は結構な枚数になって来た。


「土の術書、使わないでいいの? ハズミちゃん、魔法覚えたんでしょ?」

「ん~、何冊くらいある?」


 物々交換で9冊まで増えていると瑠璃が答えると、弾美は複雑な表情。暗塊のブーツを装備したため、土のスキルが10に達して思わず覚えた新魔法を瑠璃は示しているのだが。

 覚えたのは《クラック》という、地上の敵にのみ有効な中距離魔法。ダメージこそ少ないのだが、移動を一瞬だが止められる能力がある。MPはあまり使わないが、再詠唱まで少し時間が掛かるのが難点か。

 元々魔法に頼る戦い方ではないハズミンに、強化系以外の魔法はあまり必要ない。


「暗塊装備をもう1個取れて、スキルが15になったら5冊使おうかな。取り敢えず交換材料として、引き続き取っといてくれ、瑠璃」

「わかった。そう言えば、氷の術書も結構あるけど……私もそうしようかな」

「魔法って、意外と使い所難しいですしねぇ」

「だよな、前もって掛けられる補助系とか強化系が、実は一番使いやすいんだよな」


 とは言っても、さっきの虫人間のような防御のやたらと硬い敵など用に、攻撃魔法も必要だったりするのだが。魔法論争を熱く語り合いながら、一行は3つ目の通路の探索に向かう。

 3度目ですっかり馴染みの、部屋の敵を全滅させての宝箱入手の流れ。蛮族たちを蹴散らして出て来た宝箱からの戦利品に、場は異様な盛り上がりを見せる。

 それもその筈、珍しい範囲攻撃用の矢束を獲得出来たのだ。


 炸裂弾という、遠隔の弓術で打ち出される矢束の一種で、矢の先に爆弾が仕込まれている物だ。4つある部屋の2つから出て来て、合計20本。もう2つからは風と雷の水晶玉が出て来て、まるで範囲攻撃手段を確立して下さいと言わんばかり。

 前の層の例もあるので、あながち違うとも言い切れない。弾美はいざという時の為に、美井奈に炸裂弾の使い方を伝授する。とは言っても、矢束を交換して打ち出すだけなのだが。


「勿体無いから、敵が複数いる時以外は使うなよ、美井奈。水晶玉ほど威力は高くないけど、普通に連続射撃の攻撃が出来るからな」

「なる程、矢束の交換が面倒ですけど、複数の敵相手の攻撃手段が出来て、心強いですね」


 20本では、案外すぐに使い切ってしまうかもだが。最後の大部屋には、水が張り巡らされたフィールドが半分以上、乾いた大地の端っこに鍵付き宝箱が2個程見えた。

 敵は大タコが数体、それから中ボスっぽいサメとクラゲのペア。ただし、サメはハンマーシャークと呼ばれるタイプで、先端の部分が斧のような形をしている。クラゲは何故か、半透明な身体が後付けされており、ちょっと異星人のよう。


 ヒーリングの後、雑魚の大タコから釣り開始。リンクしたらサメを弾美が、クラゲを瑠璃が受け持とうと話し合っていたのだが。幸いそんな事態も起こらずに、大人しく残ってくれた中ボス2匹。

 殴り掛かろうと近付くパーティに気付いたクラゲ人間は、バリバリと放電を開始する。ハンマーシャークの方は、何と魚雷を発射、ハズミンに少なくないダメージを与える。

 その攻撃手段に、思わず感動の絶叫をする弾美だったり。


「何だっ、今の攻撃……小判ザメ撃ち出して来やがった、すげえコイツッ!」

「……文字通りの魚雷だね。それよりクラゲ人間、雷属性だ~嫌だなぁ」

「何なら相手を交代するか? サメはちょっと、殴りが痛そうだけど」

「私がマラソンしましょうか、お姉ちゃま?」


 ところが部屋の中の半分は移動力低下の水地帯、美井奈の代案は敢え無くボツに。1対1の状態で、仕方なく殴りあうハズミンとルリルリだったが。特殊能力の嫌らしさに結構な苦戦。

 ハンマーシャークの呑み込み技は何とか潰せるものの、ヘッドバットや尾ヒレ攻撃、更には魚雷攻撃と短時間で次々披露してくれる芸達者な中ボス。瑠璃の方も、麻痺や放電、触手のムチムチ攻撃に、HPは早くもピンチな状況に。

 美井奈との共闘で、敵の生命力も結構削ってはいるが、先にどちらが倒れるかと問われれば瑠璃の方であろう。そんな訳で、弾美のアドバイスで、タゲチェンジ+凍らせ+遠隔でホイという作戦を遂行する事に。


 まずは美井奈が渾身の攻撃。魔法とスキル技の連撃で、クラゲ人間のタゲを強引に取る。ドスドスと敵が怒って美井奈に近付こうとしたら、瑠璃が《魔女の足止め》を使用。

 美井奈のSPの回復を待って、二人一斉に遠距離の弓術と水属性の魔法攻撃。初めてやったにしては、タイミングばっちり、後半は無傷での勝利に女性陣から歓声とハイタッチの気配。

 ……こっちはまだ戦闘中なのだがと、弾美はちょっと寂しげだったり。


 とにかくも中ボスを倒し切ったパーティは、鍵と諸々の戦利品をゲット。両手斧や魚の呼び水というトリガーと、宝箱からは炸裂弾が2セット。

 これで合計40本になったと、美井奈が報告して来る。


「いっぱい揃いましたけど、使いどころ難しいですねぇ」

「矢束の装備の交換は、サブウィンドウから簡単に出来るだろ、文句言うな美井奈。取り敢えず、ここのボスが虫を落とす時が使いどころかなぁ?」

「水晶玉も、結構いっぱい貯まって来たよ? 4戦目はともかく、5戦目は使い惜しみせず戦おう」


 そんな打ち合わせ後に迎えた第4戦。遠目からも見える大樹お化けを前に、パーティはいそいそと戦闘準備。丘に踏み入ると、毎度お馴染みの強制動画が挿入される。丘の頂上に育った大樹という感じでスタートした動画は、次第にもの凄い振動と共に動き出す。

 丘の頂上がめくれ上がったのは、大樹が動き出したからではない。何と地面に埋もれていた大亀が、その姿を現したからだ。丘の頂上はとうとう吹き飛んだように削れてしまい、背中の甲羅に大樹を生やした大亀がこちらへと襲い掛かる。


 どよめく一同、まさかこんな展開になるとは思わなかった。いきなりの大亀のブレスで、先手を取られての戦闘スタート。弾美が上手い具合に動いて、瑠璃と美井奈を範囲から外す。

 殴り掛かってみると、案の定の大亀の硬さ。弾美の連続スキル技にも、左程痛がった様子を見せない。瑠璃が横に張り付くと、美井奈が二人の真ん中後ろに陣取る。

 ここら辺の流れは計画通り。前方範囲のある敵用の戦術は何度も経験済み。


 ところがやっぱり来たのは、上に乗っている大樹モンスターの特殊技、その名も虫落し攻撃。一気に振りまかれる雑魚モンスターの出現に、一同思わず悲鳴を上げる。

 その数6匹、結構バカにならない多さである。


「美井奈、ちょっと範囲矢束の威力を確かめておけよ」

「了解です、隊長!」


 初の炸裂弾による攻撃は、数匹の雑魚と本体を巻き込んだ。その威力は、ボスにはともかく雑魚には効果絶大の様子。見れば一気に、3割以上のHPを喰い尽くしている。

 続いての2撃目では、タゲを取った雑魚がかなり接近していた。悲鳴を上げつつ攻撃する美井奈に、瑠璃が助け舟を出す。水の水晶玉の使用で、雑魚の半分以上を一掃。

 残りは殴って昇天させ、一息つきつつ再び雑魚が湧かないことを祈る一行。弾美の活躍で、ボスのHPは半分程度にまで減っている。大亀と大樹は部位別モンスターかと思いきや、どうやらそこまで凶悪では無い様子である。

 追い討ちをかけるように、美井奈と瑠璃の魔法攻撃が炸裂する。弾美も爆弾果実攻撃を華麗に避けつつ、パーティで最後の追い込みの指示を飛ばす。

 その結果、割と余裕を持ちつつの勝利となった。


「わ~、割と余裕の勝利でしたね。範囲攻撃って強いですねぇ!」

「そうだな、井戸でも恐らく使えって出された武器だから、使う心の準備しとけよ、美井奈」

「了解です……やっぱり行かなきゃ駄目?」

「そんなに怖くないと……思うけど」


 瑠璃のフォローも積極的な行動の原動力とはなり得ず。それでも時間は、前回よりはまだ多めに残っている。休憩とポケット整理のあと、弾美の号令でエリアを後戻りし始める一同。

 丁度エリアインして1時間が経過したくらいに、古井戸の部屋に辿り着けた。弾美は武器をレイブレードに交換、大物の予感に身を引き締めて部屋に入る。

 果たして、待ち構えていたようなNMの気配が。


 強制動画は、やっぱりこちらの恐怖を煽る様な作りだった。薄暗い部屋の不気味な古井戸がクローズアップされて行き、不気味な音と共に中から何かが飛び出て来る。

 驚くハズミン達キャラのアップ。その映像が引かれて行くと……一同の頭上には、クモの巣と巨大なクモが。


「うわっ、気持ち悪っ! お化けじゃなくてクモかよっ!」

「ハズミちゃんは、クモ嫌いだもんね~」

「そうなんですかっ? わっ、真上にいますよっ!?」


 呑気に挿入映像を観賞していたら、何と真上からの不意打ち攻撃。井戸ばかりに注意を払っていたパーティは、思い切り大クモの一撃を受けて大わらわ。

 どうやら、頭上の大クモがNMの本体のようだ。弾美が反撃しようとするが、こちらの剣は届かず、思わず悪態をついてしまう。しかも古井戸から湧いたたくさんの子グモが、わらわらと一行に迫って来ている。

 範囲行けとの弾美の言葉に、美井奈は躊躇せずに炸裂弾をお見舞いする。瑠璃も遅れず、たくさんのポケットに忍ばせた水晶玉を敵の中心に投げ込む。


 突然の不意打ちに怯んだパーティだったが、容赦ない範囲攻撃での反撃で分かった事が2つ。1つは、子クモのHPはたいした事は無いと言う事。もう1つは、天井に貼られたクモの巣にもHPが存在すると言う事。

 美井奈と瑠璃の攻撃で、余計な障害物は全て消滅した。その結果、天井から落ちてきた大クモの姿が、ようやく皆の前に晒される。クモの身体に人間の女性の上体がくっ付いており、その女性の顔はやっぱりクモに似せてある。

 はっきり言って、弾美は大のクモ嫌い。ちょっと拒絶反応で、画面から顔を反らしてみる。


 その隙を突かれた訳ではないが、いきなり目の前に現れるクモの巣。それを伝って再び天井に避難した大クモは、今度は魔法で攻撃を繰り出す。床を湿らせていた水が生命を得たかのように渦巻いたかと思ったら、槍となって一同に襲い掛かって来た。

 強烈な魔法に、パーティ一同4割近いダメージを受ける。場に湧き上がる、悲鳴と怒声。


「わっ、油断してたっ! クモの巣狙って、本体を叩き落してくれ。俺が殴れないっ!」

「魔法使うよ~、多分相手も水属性みたい~」

「増援来ない内にやっちゃいましょう! 私も魔法使いますっ!」


 矢弾の交換に時間を使いたくない美井奈も、瑠璃と揃って魔法攻撃。瑠璃の《ウォータスピア》で再び地上に落とされた水クモは、美井奈の《ホーリー》に焼かれてさらにダメージを追う。

 ようやくハズミンの活躍の場が巡って来た。近付いての連続スキル技攻撃に、さらに《シャドータッチ》で失ったHPを回復する。後ろで女性陣も、間隙を縫ってお互いを回復している。さらに瑠璃が接近戦に参加しての《アイススラッシュ》で、追い討ちをかけて行く。

 ようやくの押せ押せムードに水を差す反撃は、やっぱりクモの巣だった。


 今度はネットのようにキャラに覆い被さって来て、ハズミンとルリルリは壁に強制貼り付けの行動不能状態。前衛を封じてしまうと、水クモはゆうゆうと避難用のクモの巣を張り巡らせ始める。

 そうはさせじと、美井奈の炸裂弾が再び炸裂する。その範囲攻撃に、前衛を封じていたクモの糸は焼き切れたが、本体は部屋の奥の天井に既に避難済み。

 そこから放たれる、再度の水属性の魔法。パーティ全員のHPは半減、さらに追い討ちの子グモの発生。接近戦を挑むため、古井戸に近付き過ぎていた弾美と瑠璃。

 避ける暇もなく、子グモの群れにたかられる結果に。


 毒と硬直状態はまだしも、自分のキャラがクモに圧し掛かられている映像が余程ショックだったのだろう。その姿を目にした弾美は、本気で悲鳴を上げてしまう。つられて美井奈も怖くなったのだろうか、泣きそうな声を出しながら遠隔で攻撃。

 標準も目茶苦茶、半泣き状態の美井奈は、目に止まる敵に向け炸裂弾を放って行く。結果的に、2度目の瑠璃の水晶玉の使用が、パーティの生死を分ける事となった。

 天井から3度目の魔法を放とうとしていた水クモは、ぽとりと地上に落とされ詠唱中断。これが通っていたら、毒状態の弾美と瑠璃は恐らく死んでいただろう。


 容赦のないレイブレードの斬撃は、水晶玉のダメージも喰らっていた水クモをかなり追い込んで行く。背後からの回復と毒消しの魔法が飛んで来るが、弾美はもはや一刻も早く敵を倒す事しか頭にない。

 再度の連続スキル技の使用と、女性陣の魔法攻撃で、手強かったクモ部屋の敵は全て沈黙。漏れる安堵のため息と、弾美の鳥肌のたった肌をさする音。

 興奮状態から抜けた弾美は、100メートルを全力疾走した後みたいに息も荒かったり。


「……酷いな……井戸と来たら、普通はお化けだろうに」

「怖がり過ぎだよ、ハズミちゃん……」


 ともかく、色んな意味での危機は去って、ホッと一息のパーティの面々。戦利品にはお待ち兼ねの呪いの兜に水の宝珠、カメレオンジェルやクモの巣のマント、水の水晶玉など。

 呪いの兜は弾美が、水の宝珠は瑠璃が、クモの巣のマントは美井奈が貰う事に。


「何か出る装備が偏ってる気がしますねぇ、今日はマントと首装備が多いです」

「あ~、そうだねぇ。まぁ、泉のトレードはこっちの都合な感じもあるけど」

「確かにそうかもですねぇ。まぁ、強くなるなら文句は言いませんけど」


 確かに文句を言う筋合いはない。ヒーリング後、最後の戦場に向かいながらドロップ談話をしている女性陣。弾美は何とか立ち直ろうと、呼吸で気合いを入れ直している所。

 瑠璃がちょっと心配そうに、小首を傾げて弾実を窺う。


 既にこの時点で全員が1つずつレベルアップ。スキル技こそ増えてはいないが、水の宝珠効果でルリルリが新魔法の《ウォーターミラー》を取得した。掛けた相手に水の反射鏡を張り巡らせ、受ける魔法攻撃のダメージを軽減してくれるのだ。

 運が良ければ魔法を反射したりも可能だが、スキルの低い内はそう上手くは行かない模様。


 時間がないという事で、強化魔法を掛け終えた一行は、情緒の欠片もなく最終バトルに突入。弾美の突破から敵の行動を窺いつつ、それぞれのスキル技で敵のHPを削って行く。

 大亀と大樹のコンビは、今回は何と別々にHPを持つ部位モンスターへと変貌を遂げていた。厄介なのは足したHPが前回の二倍な上、特殊技も別々に発動させて来る事。

 倒す時間は、当然な事に単純計算で倍近く掛かってしまう。つまりは、こちらの被害もそれだけ増えるという事だ。洒落にならない敵の仕様に、パーティも悲壮な覚悟を決める。

 薬品を惜しげもなく使い、範囲攻撃手段も大盤振る舞いで猛攻を耐えて行く構え。


 長引くボス戦だが、魔法攻撃を有効に使った事もあって。ようやく大亀が完全沈黙、その代償と言う訳では無いが、2時間縛りが発動してしまったようだ。

 悲鳴を上げつつ、今度は厄介な大樹に取り付くパーティ。今まで大亀のせいで、剣先が届かなくて一方的に特殊技を浴びていたのだ。その分、恨みも相当溜まってはいるのだが。

 弾美はレイブレードに加えて、さらに炎の神酒も使用。最後の追い込みに目も真剣だ。幸い、先程までの範囲攻撃のダメージで、大樹のHPバーも3割がた減っている。特殊技の虫落しも、今のところたった2度きり、その度に瑠璃が水晶玉を使っている。

 お蔭で、手持ちの水晶玉もあと僅かだったりするのは仕方が無い。


「お兄さん、そう言えば炸裂弾でスキル技使ったらどうなるんでしょう?」

「むっ、どうなるんだろうな? 次に虫が落ちたら試してみろっ!」

「了解です、隊長!」


 大亀戦で、既にポケットのポーションを使い切ってしまった弾美は、回復は女性陣に頼るしか無い。神水の使用で、何とか2時間縛りの衰弱は逃れているが、大樹の鞭のようにしなる枝攻撃は避け難い事この上ないのだ。

 ハズミンのHPは、半分のラインを行ったり来たり。その分、どうしてもルリルリも攻撃に集中出来ないでいる。そんな感じの、不味いこう着状態が場を支配している。

 

 そんな中、再度の大樹の虫落しが炸裂。今度の悲鳴は弾美の声が一番大きかったり。それでも美井奈が、待ち構えての《貫通撃》を炸裂弾でお見舞いすると。

 何と、落ちて来た雑魚は一瞬にして蒸発。一瞬だが大樹のタゲまで取ってしまい、本人は大わらわで逃げ出す始末。その隙に弾美はポケットの交換を、瑠璃も慌てながらそれに従う。

 速足の魔法など掛ける暇も無かった美井奈は、本気の悲鳴を上げながら丘の周りを逃げて行く。大助かりの弾美と瑠璃は、連戦形式のボス戦に一息つく感じである。

 思わず、身体の凝りを解して身体のリラックスを促したり。


「はっ、はやく助けてっ! 隊長っ、何リラックスしてるんですかっ!」

「美井奈も強くなったなぁ……よしっ、あと半分削り切るぞっ!」

「ほいほい~、エリクサーでMPも回復したし、魔法から行くよ~」


 言葉通りの《魔女の囁き》からの《ウォータスピア》は、水スキルの+10上昇の効果もあって、結構なダメージを与えて大樹のタゲを取り戻す。近付いて来たボスに、今度は弾美の連続スキル技、更には瑠璃の複合スキル。

 ターゲットは目まぐるしく移動するが、恐ろしい程の終盤の猛攻に、エリアボスはたじたじ。最後は美井奈の遠隔スキル技で、長かったボス戦にようやくの終幕が訪れた。


「やった~、勝てた~っ♪ でも、部位モンスターはやっぱり苦労するねぇ」

「ちょっと、最後に出すのは卑怯だよな。明らかに時間足りなくなるっての!」

「そうですよね~、でも戦利品は多いみたいです!」


 勝利のハイタッチもそこそこに、ダメージ状態を解除するために早々のエリア脱出。今日の攻略はこれにて終わりの弾美の言葉に、ようやくの脱力ムードが訪れる。

 ラスボスのドロップは確かに多く、装備だけでも盾やベルト、両手棍に首飾りと4種類。更には土の水晶玉に果実が数種類、薬品類に金のメダルに木の呼び水というトリガーなどなど。

 取り敢えずの装備品の分配を済ませ、一同はお気楽ムード。


 主なパーティ分配装備の性能はこんな感じとなっている。使う当ての無い、亀のベルトや金のネックレスは、予備として瑠璃の保有という事に。

 ――クモの巣のマント HP+7、MP+7、防+7

 ――サソリ模様の大盾 耐毒効果、防+7《耐久12/12》

 ――大亀の大盾 耐水魔法効果、防+10《耐久15/15》

 ――鬼胡桃のペンダント HP+8、体力+2、防+6

 ――大樹の長杖 攻撃力+11、知力+3、MP+20《耐久12/12》


     *     *


 階下では、6時を過ぎた辺りから少し賑やかな雰囲気が漂って来ていたのだが。一度部屋の扉を開けて、瑠璃の母親が覗いていたのを弾美と瑠璃は気付いていた。

 美井奈はゲームに夢中で気付かなかった様子、一番扉に近い位置に座っていたのだが。


 完全にログアウトを終えて、三人が階下に下りて行くと。出掛ける支度の両親が2家族と半分、揃ってテーブルで談話中。7時との話だったが、それより前にすっかり打ち解けあっている模様。

 美井奈の家庭は母親だけの参加のようで、母親の姿を見て美井奈が思わず抱きつき攻撃。それを見た立花家と津嶋家の面々、子供の無邪気さにあてられ顔がメロメロ。

 親戚に生まれた赤ん坊を見に行った時の対応みたいだと、瑠璃は美井奈の恐ろしさを改めて実感。


「瑠璃、もうちょっと洒落た格好に着替えてらっしゃい? 運転は私がするけど、子供達は橋本さんの車に乗せて貰う事になったから」

「連休中にどこにも連れて行ってあげれなかったから、外食のお誘いは丁度良かったわねぇ」

「バイキング形式のお店で良かったかしら? ウチの子供が肩の凝る所を嫌うものですから」

 

 3家族揃えばやたらと騒がしいお喋りっ振りだが、喋っているのは10割が奥方ばかり。男性陣は蚊帳の外、弾美も大人しく外出用の服装に着替えて来る事に。

 車に乗って、ようやく母親達のお喋りから解放されたものの。今度は美井奈が皆を巻き込んでのハイな談話大会。今日の冒険の結末を、1から10まで母親に報告している。

 それを楽しそうに聞いている母親も、割とハイレベルなゲーマーなのかも知れない。


 15分後、美井奈の母親の先導で、2台の車はレストランの駐車場に滑り込む。半地下が駐車場になっていて、その上が割と大きめのレストランになっている模様。

 入ってみると、お客の入りはまぁまぁな感じ。割と値段が張る上に、お酒の類いは全く置いていないので、変な客層で無いのが有り難い。律子さんと恭子さんも気に入った様子、さっそく子供達を引き連れてお皿に料理を盛って行く。


 最初の数十分こそ、3家族全員での食事会だったのだが。お腹がふくれて来る順番で、デザートや飲み物を手に小さなグループに分かれて行く。最初に戦線を離脱したのは、母親三人グループ。お茶を出してくれるカウンター席に陣取り、時々笑い声を交えての談話会。

 父親グループも、次いで逆の静かなカウンター席に移動。二人ともお酒もタバコも嗜まないので、コーヒー片手に何やら静かに話し合っている模様。


「美井奈、バイキングって名前、何から取ったか知ってるか?」

「ん~、海賊? 獲物をぶん盗るぞみたいな?」

「残念、北欧の方にそういう食事形式があって、そこから取ったらしいね~」


 ほ~、という顔で瑠璃を熱くみる美井奈。三人の食欲は旺盛で、テーブルの上にはまだお肉や主食の乗ったお皿がてんこ盛り。ほとんどは弾美が食べているのだが、女性陣も、何となく釣られて口に運んでしまう。

 それでもしばらくすると、食事のペースも落ちて来て。デザートか食後のコーヒーへと移行する子供組。デザートも捨て難いと申し立てる美井奈に瑠璃が付いて行き、弾美はコーヒーを選択。

 完全に、主食でお腹がパンパンな弾美。もうコーヒーくらいしか入らない。



「弾美、食事は終わったのかい?」

「あ、うん。結構旨かったよ。中華のコーナーとか、全部制覇したいくらいだった」

「そりゃ良かった。……ちょっとお父さん達と話さないかい?」


 意外な申し出に、弾美はちょっと嫌な予感。父親は普段から仕事人間で、趣味と言うものをほとんど持たない程。家にいても、共通の会話というのが存在せず、かと言って弾美の成績についてとやかく言うような性格でもない。

 弾美が訝しがるのも当然だが、振られた話題は『ファンタジー スカイ』の期間限定イベントの話題のよう。しかも、進行具合はどうだとの質問に、弾美は完全に虚を突かれる。


「そりゃ、まぁ普通かな。もうすく地上エリア……って言っても分んないだろうけど。美井奈ともゲームで知り合えたんだし、悪い事じゃないだろ?」


 父親の隣の席に座り込みながら、ちょっとけん制気味に話題を返す。今日も7時近くまで、部屋に小学生を連れ込んでゲームをしていたのだ。確かに体裁は悪いかも知れないが、本人達は健全に楽しんでいるつもり。

 ところが弾美の父親は、笑いながら息子の思考を読み取ったように言葉を返して来た。


「あぁ、否定したり勘繰ったり、ましてや止めさせるつもりは全く無いんだよ。弾美が楽しんでいるなら、それでいい。学校以外の場で友達を増やしたり、勉強やスポーツと同じ程度にのめり込むのも文句は言わない。ただ、そうだな……」

「つまりだね、ちょっとイベント参加者の1プレイヤーとしての意見を、我々は訊きたい訳なんだ」


 瑠璃の父親の助け舟に、弾美の父親も深く頷く。瑠璃の父親は恭子さんという強烈な人格の前に、弾美の父親以上に影が薄くて謎な人物だったのだが。弾美にしてみれば、瑠璃の父親と言う格付けでしか無いのも当然かも知れない。

 趣味や娯楽に興味があるのかさえ、判然としない人物である。


「つまりだな……もしイベントのご褒美の中に、ある企画のスタッフの一員になる権利が貰えるとしたら、プレーヤーとしてはどう思うかな?」

「ある企画って?」

「郊外のアウトレットモールの、発案部門スタッフ」

 

 素できっぱり返され、弾美は言葉を失う。何でこんな話になったのだろう? 郊外のアウトレットモールの建設計画は3年も前から噂されており、今年ようやく土地の買収が終わったという話だ。

 今はその土地周辺の道路整備が始まっており、付近は工事関係の車両やら何やらで結構賑やからしい。大井蒼空町の付近には無かった巨大ショッピングモール建設の話は、結構あちこちで話題になっている。

 父親の研究グループが、何故に建設関係や街整備にまで手を広げているのかも謎。それとも今の質問は、あくまで人づての調査依頼なのだろうか?


「ええと……もし学生が1位とかになってその権利を取得したら、一体どうなるの?」

「ん~、完全なスタッフとして、企業に入って貰う訳ではなく、あくまでアイデアを出す権利というのかな? 仮にそのアイデアが通ったら、金銭的な見返りは得られる訳だけど」

「君の歳位の学生には生臭い話だとは思うが、例えば建物の外観に描く絵とか、そんなレベルでもいいんだよ。つまり、アイデアと言ってもピンキリな訳で……」

「いや、そもそも何でそんな話になる訳? 父さん達の研究って、そもそもゲームの分野とは全く関係ない……よね?」


 途端に気まずい沈黙。まさか、イベントのあの意地の悪い仕掛けの数々を、実は身内が編み出したのかと、弾美は冷や汗モノ。だが父親達が、ゲームの開発関係に携わる事はまずあり得ないのも、弾美は聞いて知っている。

 そこら辺を恐る恐る訊ねると、さすがに完全否定が返って来た。


「もちろん、我々の研究チームはゲームの分野とは畑違いだよ。しかし、大井蒼空町の架空世界、つまりは弾美達のプレイしているネットゲームだが。あれは完全なテストプレイで、わが社の研究チームは毎日膨大なデータを貰っているのは事実だ」

「……これ以上話すと、引き返せなくなるかな。つまり、これを知るとゲームする事自体に支障が出る程度の、重い裏事情なんだ。故に、我々は秘密結社並みの情報漏えいの禁止を約束させられている。例え身内であろうとね」

「秘密結社って、俗に言うフリーメーソンとか? 瑠璃の貸してくれた小説に、そんなのがあったけど……」


 瑠璃の父親はにやりと笑い、少し自嘲的に鼻を指でこすって見せる。その表情は、弾美に瑠璃の兄を思い出させ、ちょっとだけノスタルジックな想いが蘇った。瑠璃の兄には、弾美は子供の頃によく遊んで貰ったのだ。

 弾美にとって、世界で一番好きな同姓かも知れない。


「会員数不定の友愛団という点では一緒かな? 我々の活動は、いや仕事は要約すると人知れず住みやすい街を作る事だから」

「そのために、郊外にアウトレットモールを造るのにも、膨大な計画パターンやシミュレーションを何度も繰り返すのさ。集客の程度で、町内の店舗にどのような影響が出るかとか、集客がいずれ伸び悩むパターンまで考え出すときりが無いがね」

「へえ……まぁ、イベントのご褒美の与太話は置いといて。ゲームのデータなんて、一体何に使うのさ? 俺もそのフリーメーソンに入るから教えてよ」


 二人とも、真面目に振った話を与太話と一蹴されて、少し傷ついた顔を見せたものの。やがて弾美の父親がため息をついて、顎を扱きながらおもむろに語り出した。

 その表情は全くの真剣で、研究データを淡々と読み進むような飾りの無い口調である。


「ゲームと言うのは、人の色んな側面を露出してくれる、見ようによっては便利な媒体だ。街限定のネットゲームから、我々が得る情報は大きく分けて3つだ。3つしか無いと言っているのではなく、研究のテーマが今の所3つあると言う事だが」

「そう、1つはネットワークの構築の調査。例えば我々社会人は毎日会社に出掛け、昼食を外で食べ、ある程度の顔見知りでない人数との接触がある訳だが。主婦や学生など、ほぼ毎日同じ顔触れとしか会わない人種に、ネットゲームはどういった影響を与えるのか?」


 良い悪いの程度を含めてね、と瑠璃の父親は締めくくった。話を次がれた弾美の父親は、息子の顔色を推し量る様に、さり気なく弾実を窺っている。

 なおも言葉を続けたのは、毒を喰らわば皿までの精神か。


「非行やいじめや引き篭もり、いわゆる現代病への効果の程も、調査には含まれている。他県、他地域との比較になるが、ネットゲームをしている者とそうでない者の比較ももちろんする」

「最後は実際にデータを使う事も可能な、性格分析……と言うのかな? プレーヤーの言動や選択から、性格のカテゴリー分けを行うのさ。飽きっぽい者、乱暴な者、機知に富む者、上手にリーダーシップを取れる者……光や闇の種族を選ぶ者の6割以上が、ギルドマスターに就いている事実を知っているかね?」


 驚き顔も定着してしまった弾美は、ただ緩慢に首を横に振るだけ。だが、言われてみれば自分も闇の種族でギルドマスター。知り合いのギルドのマスターにも、思い出せば光や闇の種族が多い気がする。

 もっとも、と瑠璃の父親は言葉を重ねる。これはその地域の風俗や学習経験で塗り固められた、曖昧な特別視による選択に過ぎないと。水の神を祭る地域で選択が為されるならば、水を特別視するデータが間違いなく得られるだろう。

 

「さて、これは本当に口に出すのは不味いんだが……」

 

 二人の父親は顔を見合わせ、しばし無言。弾美は手の平の中で完全に醒めてしまったコーヒーに気付いて、それをカウンターの奥へと押しやった。

 それでも自分が長い事携わって来た、ゲームの裏事情なら訊いてみたい気がする。薄暗いセットのカウンター席から、弾美は頑として動こうとせずに続きを父親に促した。

 弾美の父親は声量をもう1トーン落とし、周囲に気を配る素振り。


「そうやって取られた性格のデータは、実は大井蒼空町の企業の入社試験にも影響を与える。考えてみたまえ、たった一度のペーパー試験や面接で、その人物の深奥まで見通せる訳が無いだろう? 企業が欲するのは、途中で簡単に退社する事がなく、機転の効いた頭脳の持ち主。または、リーダーシップを持って場をまとめる性格の持ち主なのさ」

「幸い、地元の大学生のプレイ人口は5割を超える勢いでね。データ取りは順調と言って良い。そして、今年の新入社員のデータでは、満足な数値を得られている」


 むろん、性格の良さのみを考慮する訳ではなく、多少姑息な手を使っても利益を生むプレーヤーも、企業にとっては良質とみなされる事もある。上澄み理論と言って、どんな集団にも必ず優れた者と落ちこぼれは生まれてしまうのだ。

 それを上手にコントロールするのは、企業にとっても至難の業だ。同じ工場から同じ過程で生み出された家電にも、最良品と欠陥品は低い数値ではあるが存在する。


 だが、常に良品を自社に迎え入れたいと言う願望は、どこの企業でも同じように存在するのだ。その手助けのデータ提出も、自分達の研究チームの課題なのだと言う。

 上澄み理論の考えで言うと、街作りにもそれは当て嵌まり、良質な人員を厳選して入居させて作ったこの街でも、やはり問題を起こす人々は居たようだ。

 完璧な街作りと言うのは、自分達の研究チームの悲願でもあるが、それを行うには膨大な資料や過去のデータ、ネットゲームのコミュニティからの情報など、まだまだ様々な研究が必要らしいとの事だった。


「昔の人の遣り方と言うのは、実に参考になるんだがね。人類は退化してるんじゃないかと、時々思うよ。香港ではビルを建てる際には昔から風水を参考にするし、京の都の街並みなど実に合理的だ。現代の都市作りはヒートアイランド現象は言うに及ばず、流通や住む人間の事などまるで念頭に置いてない、稚拙なアイデアとエゴの塊だよ」

「我々は大井蒼空町の駅前で自動車事故が起こったら、街の道路の作りに欠陥があったのでは無いかと、何通りも分析を行う。小学校の給食で食中毒が起こったら、流通や生産過程でのチェックで原因の洗い出しを欠かさない。エゴとは無関係だね。街中にやたらと高いビルを乱立して、一体何になる? 物質とはいずれ地に還るものなのだよ」


 いつに無く饒舌な二人の父親のトークに、弾美は酔った様に頭の芯が麻痺していた。父親達の携わる研究の全貌を一気に聞いて、頭の中で全く消化し切れていない。


「大井蒼空町のような街ぐるみでのテストケースは珍しいパターンだし、途方も無い金が必要になる。これからはネットゲームでの人間観察が主流になる気がするね。何しろ、街を動かす主役は常に人間なのだから」

「そういう事だね。人間の引き起こす様々な問題を、これからどう処理して行くかも手腕を問われる所だね。上澄みの澄んだ上の水と、沈殿した下の泥の部分。ネットゲームでの取捨分別と、更には沈殿した泥の救済に役立つコンセプトが、ネットゲーム内に存在するのか否か」

「それって……引き篭もりの人間が、ゲームで立ち直れるかって事?」

「端的に言うと、そんなパターンも在り得るかも知れない。地域限定のネットゲームだと、簡単にオフ会が開けるし、新しい出会いの構築は前向きな感情を喚起するだろう? また、家庭不和から夜の街を出歩いて、犯罪に巻き込まれる子供を未然に防ぐ事が出来るかも」

「違う楽しみを提供して、寂しさを紛らわせる? それって、引き篭もりを増やすだけなんじゃ?」

「そうかも知れないが、程度差と言うものも存在するんだよ、弾美。暴力団予備軍を増やしたり、覚せい剤に手を染めたり、年端も行かない子供が身を売ったり……引き篭もりとどちらがいい?」


 口にしていて、自らの言葉に身を震わせる弾美の父親。弾美の正義感は、どちらかと言えば父親譲りらしい。倫理に沿わないニュースが流れると、弾美の父親は必ずモニターに向かって文句をのたまう癖があるのだ。

 その姿を見て、弾美も悪い事は悪いと頑とした態度を外で取るようになったとも言える。


「ネットゲームと言うのは繋がっている安心感を、どうやらプレーヤーに与えるらしいしね。実は弾美君のプレイしてるゲームも、学生や社会人用の相談窓口が存在するんだよ。もちろん、資格を持った専用のカウンセラーが、随時相談を受け持っている。大井蒼空町でも、利用率は低くないようだね」


 さすがにその内容までは、秘密厳守規定によって、研究チームは目にする事は無いと瑠璃の父親は語った。そう言えばそんな機能があるのを、瑠璃や友達が話していた覚えがある。

 何にしろ、ネットゲームにそんな可能性を見出していたとは、弾美は素直な驚きを覚える。最初は完全に話の大きさにびびっていたが、今は興味の方が先行している。

 内容はしかし、フリーメーソンの秘密結社張り。確かに、他人にペラペラ喋れる内容ではない。


「他には、ネットゲームを通じて、何かやってる事ないの? 何か面白くなってきた」

「興味を示してくれて、こちらも嬉しいよ。後はそうだな……学生主役のクイズ番組のようなものをテレビで見掛けた事があるだろう? ああいうのをネットでも行って、優秀な人材を研究チームで青田刈りしようと言う話もあるな。野球のドラフトみたいに、契約金を払っても優秀な人材が欲しい企業は、世の中にはいっぱいあるんだよ」


 優秀なその人材が、研究チームでパテントを生んでくれれば、契約金など安いものらしい。そのテストケースを今回の期間限定イベントのご褒美で提供し、試してみようと言う事らしいのだ。

 弾美自身も、そのテスト生の中に入っていると言う事実は複雑ではあるが。そういう事情を全部聞き終わった後に考えてみると、そういう積極的な人材確保もアリかと思う。

 でなければアウトレットモールの企画考案など、そういう事業に関わる事など皆無だろうし。


 弾美がそう言うと、父親二人は少し安心した顔付きになった。テストケースを仕掛けると言っても、相手のいる事である。思った通りの反響を得られない事も、もちろんあるのだ。

 元の席では瑠璃と美井奈が、食事を完全に終えての寛ぎモード。瑠璃はたまにこちらを窺って、何の話をしているんだろうと首を傾げているようだが。




 そろそろ店を出るかなという雰囲気が、男性陣の方から湧き上がっている。しかし、ママさん陣に了承を得なれば、それもままならないのも当然の理。

 弾美が率先してお伺いを立てに、母親陣営に訊きに行こうとすると。弾美の父親が、やや大仰に先程の約束を持ち出して来た。つまりは、フリーメーソンの掟である。

 今日聞いた事は、絶対に誰にも漏らさない事。


「今夜お前に仕事上の秘密を話したのは、完全に父親としてのエゴなんだろうな。息子に自分の仕事の苦労話を聞いて欲しい、少しでも理解して欲しいっていう。お前の事は信頼しているが、もう一度だけ言っておく。今夜の男同士の秘密話は誰にも漏らさない事を願うよ」


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