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♯10 美井奈家訪問と小さな騒動

 ようやく訪れた週末だと言うのに、気候的にはどんよりと曇った朝。時間的には6時15分、早朝散歩の時間だ。マロンとコロンは、そんな天気などお構い無しに今日も元気である。

 リードを外しても、2匹はちゃんと瑠璃の隣を離れずに、運動公園の散歩道を一緒に歩いてくれる。元気があり余っているものだから、時折瑠璃に視線を向けて、ちょっとダッシュをしようよと誘って来る。

 そんな2匹が駆け出したら、もう瑠璃の手には負えない。ひゅんと樹木を縫って駆けて行き、しかし一回りしたらちゃんと戻って来るから良いのだが。


 今回もそうなると思っていた瑠璃だが、樹木の向こうで女性の叫び声が聞こえて来た時には、内心大慌て。急いで2匹の消えた方向に駆け出したのだが、兄弟犬に構われているのが知った顔だと気付いて、ちょっと胸を撫で下ろす。

 週の半分くらいは、散歩中に顔を合わせている女性である。相手の名前も知ってるし、挨拶とかたまに話し込んだりとかして結構親しい間柄。犬達とも、もちろん大の仲良しだ。

 瑠璃は安心して、繋ごうと手にしていたリードをポケットに戻す。


「おはようございます、薫さん。……あれ、しばらく振りですよね?」

「おはよう、瑠璃ちゃん。連休中に里帰りしてたからね~」

「あ~、そうかぁ。薫さんって、故郷どこでしたっけ?」


 無礼にも女性の胸に前脚を乗っけているコロンを引き剥がしつつ、瑠璃は早朝散歩の常連さんに朝の挨拶。若くてしなやかな身体つきの女性だが、瑠璃よりはずっと年上。

 学園都市でもある大井蒼空町の集大成、メイン的存在の大井私立大学の大学院生に籍を置いているのは以前聞いて知っている。名前や歳も紹介し合ってインプット済み。

 辛島薫(からしまかおる)、22歳。薬理学系の学徒さんで、自称優秀な成績の助教授見習い志望? らしい。


「東北の大田舎だけど、ちょっと行くと温泉街とかもあって、結構栄えてるかな? 春休みに帰れなかったから、家族が顔見せろってうるさくて……」

「へぇ~、温泉はいいなぁ……」

「温泉まんじゅうなら、ゼミのみんなに配る用で買ってあるから、明日持って来てあげるよ!」


 マロンを撫でながら、薫は里帰りの話を瑠璃に語り出す。薫の服装は、ダボダボの濃い色のジャージの上下に、白いTシャツ。その下の膨らみは結構大きくて、瑠璃は少し羨ましかったり。

 色白で田舎育ち特有の元気の良さがあり、それに秀才特有のちょっと澄ました感じが覆い被さっている。ただ、潤んだ感じの大きな瞳や話し方から、根は素直なのが伺える。

 顔は美人の部類に入るが、あまり手入れしていない髪型とか服装は大きなマイナス点かも知れない。瑠璃でさえ、もう少し身支度には気を配る。女子寮に一人暮らしと聞いた事があるが、そう言う所からズボラな原因が根を張っているのかもと推測してみたり。


 薫と瑠璃が喋りながら散歩道に戻って歩き出すと、兄弟犬も揃って付き従う。すっかり会話モードなので、歩みはかなり遅くなっているが、広い芝生に出ると、薫は率先してボール遊びに付き合ってくれる。

 犬との付き合いが上手なのは、以前実家で飼っていたかららしい。


「瑠璃ちゃんは、ゲームするんだっけ? ほら、この街でしか配信してないネットゲーム。弾美君はするって言ってたけど……あれ、同じギルドって言ってたっけ?」

「はい、でもメイン世界のレベルはハズミちゃん程は伸ばしてなくって。でも、期間限定イベントは頑張ってますよ~。今、丁度ステージ6に着いた所ですねぇ」


 薫はちょっと驚き顔で、隣の瑠璃を仰ぎ見る。犬からボールを受け取りながら、おおっと言う表情に。それからにかっと笑って、自分を指し示す。何かの合図かと、兄弟犬は競って薫の顔元に殺到。

 ついでにぺろぺろと舐めてみたり。


「ひゃあっ、ちょっと! お姉さんの唇は安くないわよっ!」


 芝生に倒れ込みながら、何の抗議をしているのやら。瑠璃は慌てて救出したが、薫の機嫌はむしろ上々。瑠璃に向かって、もう一度自分を指し示して瞳をキラキラ。


「私も丁度、昨日ステージ6に辿り着いたところなのよ! いや~、帰郷から根詰めて、友達と攻略を頑張ったのよ! その友達も、ゴールデンウィークは一緒に旅行に出てたから、丁度いい感じだったんだけどね」

「あ~、そうなんですか。早解きはやった事無いから私は良く分からないけど、凄いですねぇ」

「そうなの、苦労したのよっ! それでさ、地上に出たらパーティ人数が4人になるって情報あるでしょ? 瑠璃ちゃんのパーティは補充のアテあるの?」


 瑠璃は少し首をかしげ、思案顔。そういう話は、弾美とは深く話した事は無かった気がする。ギルドのもう一つのパーティの進の組も、補充で苦労していると言っていたような。

 瑠璃がそう口にすると、薫はウンウンと深く頷いた。


「そうなのよねぇ……私達もステージ4から急に3人ってのでかなり苦労して。開始から1週間経ってたら、人なんていやしないしねぇ」

「あぁ~、そうかぁ……それで薫さん、どうしたんですか?」

「うん、2人で攻略出来るか試してみたら、結構行けちゃって。結局、補充のアテが出来るまで2人で頑張って。今は3人だけど、その人とも地上までの契約なのよ」

「私達のパーティは、3人目が小学生なんですよ! その女の子、パーティ組む時に知り合って、それからすっかり親しくなっちゃって」


 事の顛末を話し出すと、短い間なのに結構色々あった事に瑠璃自身がちょっとした驚き。実は今日も、午後から美井奈の家に遊びに招かれていたりするのだ。

 薫はちょっと羨ましそうに、一緒の部屋での合同インの話など聞いていたが。最後にやっぱり自分を指し示し、こう締めくくった。


「私の友達が、地上に出てばらけた方が誘われやすいならそうしないかって。瑠璃ちゃんのパーティに空きがあったら、私を候補に考えといてくれたら嬉しいな!」

「んと、地上に出るのに多分今日と明日いっぱい掛かると思うけど……それでも良ければハズミちゃんと交渉してみたらどうです?」

 

 薫は大喜び、その後コートでシュート練習をしていた弾美と、何やらヒソヒソ話し合ってみたり。瑠璃は呑気にバスケットボールを触って、ドリブルやシュートの真似事。

 ちっとも思った方向に飛んでくれないボールに、マロンとコロンだけは大喜びだった。


     *     *


 大井蒼空付属中学の土曜日のスケジュールは、授業が3時限まで、1時間のお昼休憩の後、部活のある者は12時から4時間みっちり出来る事になっている。

 瑠璃の所属するような文科系の部活は、そこまで熱心ではないにしろ。運動系の部活動は、一番力を入れて練習出来る曜日なので、楽しみだったり地獄だったり。

 たまに高校生との合流練習もあるようで、交流に充てられる曜日でもある。

 

 今週はゴールデンウィークのせいで、2日も休みが多かったため。休みの雰囲気を待ちわびた帰宅部の学生達は、早々に群れるように帰路について行った様子。

 そんな中、隣のクラスの弾美は、真面目に昼食を取って部活動に。瑠璃はお昼から、美井奈の家に遊びに行く予定。HRが終わると、早々と帰宅の準備をして友達と校門を出る。

 相変わらず天気はあまりよろしくないが、雨が降る気配も無いといった感じ。

 

 前の待ち合わせの時には、美井奈が学校に忍び込んで来て泡を食った瑠璃だけれど。今日は校門から少し歩いた、橋の前での待ち合わせをしっかりと言い含めてある。

 美井奈は今度こそ、ちゃんと待ち合わせの場所にいた。そして出合うや否や、素早く瑠璃の腕を取ってレッツゴーホーム。一緒に帰宅していた静香と茜にも元気に挨拶は忘れず、しかし二人は呆気に取られている時間の方が長かったり。

 瑠璃は本当は、一旦家に戻って着替えたかったのだが。美井奈に手を引かれるまま、友達にお別れの挨拶をしつつ大人しく連行されて行く。

 いつも通りと言うか、いつも以上に元気な少女に、瑠璃は早くもお疲れモード。


「お待ちしてましたよ、お姉ちゃま! 家にお昼を用意してるので、早く帰りましょう♪」

「うん……美井奈ちゃん、元気だねぇ」

「何を年寄り臭いこと言ってるんですか! 今日は4時にはお兄さんの家でスタンバイする予定だから、後4時間半しか遊べないんですよっ!」


 それだけ遊べれは充分だとは思うのだが。美井奈は元気よく、瑠璃を先導して自分の住むマンションへと向かっている模様。本当は大学のキャンパスを突っ切った方が近道らしいのだが、さすがにそれは止めてと瑠璃がNGを出したのだ。

 今通っている道は、駅へ続く道を途中右に曲がった、オフィス街を横切る道である。ここを10分も歩けば、美井奈の住むマンションの棟が見えて来るそうだ。

 美井奈がいつも通学に使っている道のようで、ちらほらと学生服の姿も見える。


 大井蒼空町のオフィス街は、あらゆる意味で街の中心を担っている。場所ももちろんそうだが、IT企業や大手の会社がオフィスやビルをたくさん構えているのだ。

 有名プロジェクトチームや、複合企業での企画プロジェクトの進行などもあるそうで、言ってしまえばこの街自体が実験室でもあるのだが。瑠璃はあまり詳しくないが、そういう話は母親がとても詳しいのは知っている。

 長期に渡る企画は、この街が出来た時から進行しているのは割と有名な話。


 街造りを企画、構築して長年に渡って調査研究するプロジェクトチームも、複合プロジェクトチームとして存在してもいる。瑠璃の母親の恭子さんも、そういうチームを一つ抱えており、地元の大学で講演したりと結構有名なのだそうな。

 その分家を不在にする事も多く、あまり威張れた話でもないのは、娘から見た見地でもある。


 そんな話を話のネタに振ってみると、美井奈の顔は生き生きとして来る。少女の家も共働きで、昼間など寂しい思いもしているのだろう。母親の働き口は、割と時間に融通が利くそうなのだが、土日を丸々休めた事など無いそうだ。

 遠くへのお出掛けも、学校が長期休暇の時以外は皆無。一人っ子としては、家に帰ると誰もいないのは寂し過ぎる。ゲームで歳上とは言え知り合いが出来て、この上なく幸せを感じているのも無理のない事なのかも知れない。

 瑠璃も、妹がいた事などあったためしもなく。ちょっと新鮮な気持ちではあるのは確か。


 マンションの棟は、数えれるだけで5つ以上は存在していた。結構大きく象徴的な外観の造りで、周囲の自然も心和む感じな配置振り。無理なく調和していると言う感じが、大きな建物の威圧感を見事に減じているように見受けられる。

 建物の中に待ち構えていた驚きの演出も、瑠璃にとっては結構新鮮だった。ペットショップ・マリモでいつも見ているが、これだけ長くて大きな水槽はお店にも置いていない。

 中の熱帯魚は種類も豊富。落ち着いた採光のエントランスが、水族館に思えてしまう。


「初めて見た人は、だいたいこの水槽の並びを見て驚きますねぇ。各家庭にも、最初から水槽が設置されてるんですよ。このマンションのこだわりですかね?」

「うわ~、凄いねぇ。マリモのお店のお得意さんなんだぁ!」

「そうですね、餌とか新しい種類の熱帯魚とか。ロビーが向うにあるじゃないですか? 休みの日なんて、住人同士がお魚の飼い方で討論してたりするんですよ」


 それは何とも凄い話だと、瑠璃は素直に感心する。そのままの勢いで、端から端まで水槽のお魚を見て歩きたい誘惑を振り払い、瑠璃は少女に手を引かれエレベーター乗り場に向かう。

 エレベーターのドアにペイントされていた絵も、やっぱり熱帯魚の泳ぐ姿。採光の良い場所には決まって緑も豊かな観葉植物。なかなかに徹底して、寛ぎ感が演出されている。


 美井奈の住居は4階のようで、到着したエレベーターは二人を何事も無く指定階へと運んで行った。鍵を取り出した少女は、自宅の扉を開くと瑠璃を恭しく中へと導く。

 お邪魔しますの言葉にも、家人は誰もいない模様。美井奈がいらっしゃいませと、凄く嬉しそうに瑠璃の学生カバンを取り上げてリビングのソファに運ぶ。


「えっと、お母ちゃまが二人分の昼食を用意してくれてるんですよ! あっ、お母ちゃまにお昼に電話するように言われてるんでした!」

「あ~、じゃあ私が昼食の用意しておいてあげるから、場所だけ教えて? いつも美井奈ちゃん達は、どこで食事するの?」


 実際は、殆どキッチンのテーブルの上に、きちんと用意されていたのだが。布を被せてあった二人分のサンドイッチと、冷蔵庫からデザート用にフルーツポンチが出て来た。

 お茶のセットも用意されていて、ポットからお湯を注ぐだけ。


 どこに何があるかのメモも、きちんとした字で用意周到に置かれている。どうやら美井奈の母親は、かなり几帳面な性格のようだ。部屋の中も可能な限り片付けられていて、津嶋家とは大違いなのが見て取れる。

 美井奈が先程話していた、水槽と言うのはキッチンのシンクのすぐ近くに造り付けになっているようだった。派手な色の熱帯魚が数多く泳いでいる。

 確かグッピーとか、そんな名前だったか。マリモで半端に覚えた知識だが、グッピーにもかなりの種類がいるようなので、その内のどれかまでは瑠璃には分からない。


 美井奈の電話は、10分はゆうに掛かっていた。瑠璃は水槽の魚を見たり、リビングの家具を眺めたりと全然気にならなかったが、戻って来た美井奈は済まなそうに陳謝する。

 礼儀の良さに、瑠璃はニッコリ。すっかり準備の整った食卓に一緒に座り、ランチタイムに。


「お姉ちゃまは、外食とかよくするんですか?」

「ん~、弾美ちゃんと一緒に、たまにランチとかするけど……ほら、この前美井奈ちゃんと一緒に食べた洋食屋さん。他はあんまり行かないかな?」

「あ~、いえいえ。家族と夕食とかはどうです? ちょっと遠くのお店とかに出掛けたりとか」

「あ~、そういうお出掛けは……いつ以来かなぁ? 両親の研究チーム? が一段落付いた時とか、お兄ちゃんが外国の大学に決まった時とか」

「あ~、お兄さんいるんでしたよねぇ……って、じゃあ年に1回とか2回?」


 瑠璃は可能な限り記憶をほじくり返すが、はじき出された答えはイッツ・ライトと言うしか無く。その通りだと答えると、弾美の家庭もそうなのかと再び訊ねられた。

 その答えも至極簡単。お隣さんという立場もあるが、向こうの情報は殆ど把握している。弾美の母親の律子さんも、その旦那さんも車の運転があまり好きでは無いのだ。

 長い事ペーハードライバーで、たまの外出には津嶋家に運転を頼む程の徹底振り。瑠璃の兄の渡英祝いの時は、さすがに2家族で2台車を使ったけれども。

 そう言えば、たまの外食は立花家と一緒の時が極端に多い気がするが。両親の職場が同じで仲も良いので、当然と言えるのかも知れないが。


 美井奈の家庭では、外食に出掛ける回数は月に1度はあるとの事。父親が仕事で遅くて夕食を一緒に取れない時など、母親と二人で外食に出掛ける事も多いそうである。

 贅沢と言うより、一種のコミュニケーションという感じなのかも知れない。美井奈とその母親は姉妹のように仲が良いようだと、瑠璃はこの前初めて会った時に思ったものだ。


 取りとめの無い会話と共に、二人昼食を取り終わると。美井奈は何をして遊ぼうかと、早くもトリップモード全開な感じ。瑠璃は戦々恐々、取り敢えずゲームを接続してみようと提案してみると、それが良いと意見は一致。

 二人してリビングの大きなモニター前へ移動する。ふと見ると、テレビの隣の明るい色のラックに、弾美がクレーンゲームで取った雷キャラ人形が飾られていた。

 その周囲には、ハズミンとルリルリ、そしてミイナの冒険写真のスナップが数枚、誇らしげに飾られている。ゲームのスクリーンショットは、ゲーム筐体から家庭のプリンタに直接接続して、簡単にプリントアウト出来る様になっているのだ。

 

 この機能は、学校などで自分の体験した冒険などを友達に自慢する時などに重宝する。NMや変わった中ボスの目白押しなイベントエリアでは、きっと大活躍であろう。

 それよりも、少女が自分達との冒険をとても大切に記録している事に、瑠璃は胸がジーンと熱くなる思い。


 美井奈が予備モニターを用意してくれている間、つい最近知り合ったばかりの少女が、本当に昔からの妹に思えてきてしまう。その出会いも、ファンスカあってのものだ。

 大切にしたいなぁと、瑠璃は姉のような感情を抱いてみたり。


     *     *  


 ステージ6の中立エリアに立って、周囲を見回す二人。美井奈の家にも、ちゃんと予備モニターとサブコントローラーは存在していて大助かりな瑠璃。何しろ、装備類はほとんどルリルリがストックしているのだ。

 聞いてみるに、母親とたまに一緒にゲームをするらしい。市販のゲーム筐体とソフトも、確かに周囲に転がっていた。ジャンルはまちまちで、レースやスポーツなどが多い。

 結構盛り上がるらしいとの事で、時間があったらしましょうと誘われた瑠璃だったが。ゲーム全般下手な事がばれるのを恐れ、丁重にお断りを入れてみたり。


 しばらくは貰った白いTシャツに着替えたり、妖精と語らいをしたりしていたのだが。ふと見ると、妖精から貰った二つ目のアイテム、ネックレスの同化が完了している事が発覚。

 喜んでいると美井奈が隣から覗き込んで、お祝いの抱きつき攻撃をして来た。ちょっと家族同然の、犬のコロンを思い出す瑠璃。こんな事を考えるのは、美井奈に対して失礼なのかもと、思考がフワフワ宙を彷徨う。

 

 その後ステージ6の中立エリアを散策、武器屋も防具屋も置いてある商品は皆高い。特別な性能が付加されている訳ではない防御力だけの防具が、平気で1万ギル以上するのだ。

 ちょっと良い性能の物だと、平気で2万とか3万ギルを超えている。ベルトの時は必要だと1本1万5千ギルを涙を呑んで払ったが、このステージではそれ程欲しい装備も無い感じ。

 後に備えて、財布の紐はきつめにしておくべきかと思案する瑠璃。


 考え込んでいると、美井奈が隣でもぞもぞしていた。何か一緒に遊びたくて仕方が無いのだろう。遊ぶ前には勉強を済ませるのが当然との信条を持つ瑠璃は、少女に提案。

 ごく当然のような口調は、よく天然が入ってると弾美にからかわれる類いのモノ。


「よしっ、キャラ放置しておいて、お勉強会でもしようか?」

「ええ~っ、せっかくなんだから遊びましょうよ、お姉ちゃまっ!」

「だって、今日の4時からのイベント攻略も遊びなんだから。それまでに宿題とか済ましておいた方が気が楽だよ、美井奈ちゃん?」

 

 勉強は刷り込み次第で楽しくなると、瑠璃は熱弁を振るう。何より今から5月ほぼいっぱいの間、一緒にイベント攻略を楽しむ仲でもある。もしそれが原因で、美井奈が非行に走ったり成績が落ちたりしたら、自分達は美井奈の母親に対して申し開きが出来ない。

 そう話すと、さすがの美井奈も神妙になった。


「逆に成績が上がったり、家事の手伝いを進んで始めるようになったりしたら、美井奈ちゃんのお母さんはどう考える? 誰かから良い影響を受けているんだなぁって、そう思う筈でしょ?」

「な、なる程~、凄いですお姉ちゃまっ! そこまで考えてるとは……」

「取り敢えず、宿題は全部済ましちゃおうか?」


 大人しく頷く美井奈に、何とか主導権を取れた事に気を良くする瑠璃。美井奈が勉強道具を出している内に、瑠璃は余った装備があるのでいらない術書や装備と交換しますとサチコメ表記。さらに、キャラは放置気味の言葉も忘れずに書き添える。

 バザーで余った装備を、一応高値で表示。間違って買われずに性能を見て貰うのに手っ取り早いのだ。売りに出すのは、蛮族の神様の落とした大剣や超プニョンの黄鎧や緑鎧、女王蟲の落とした女王蟲の翅飾りや顎鋏の短剣など。

 それより前に倒したNMや中ボスからの戦利品は、残念ながらお店でお金に換えてしまった。


 大剣などは、通常のものより遥かに性能が良いのだが。お店に売っても2万ちょっとなので、それなら物々交換した方が良いと、以前弾美も言っていた。今回の件も了承済みなので、弾美に怒られる心配も無い。

 勉強の用意は出来た美井奈だが、自分のキャラの胴装備はうっかり固定化してしまっている。同化が終了するまでは、紫色のTシャツに着替えれないと言う有り様である。

 それを嘆く美井奈だが、逆に背中に『ファッションプラザ・ヨシナガ』の文字が並んでいるルリルリの姿は、宣伝っぽくてちょっと笑える。


「準備出来ました、お姉ちゃま! 安心して遊べるように、先に宿題やっつけちゃいましょう!」

「そうだね、頑張ろう~」


 それからしばらくは、二人とも集中力も途切れずに教科書や問題集に立ち向かう。質問した所を懇切丁寧に教えて貰える美井奈は、結構得した気分で勉強時間も苦にはならない気も。

 たまにモニターに目をやる瑠璃だが、チェックまではしても買うために声を掛けて来る人は皆無。まぁ、Tシャツの同化実験がメインなので、それでも全然構わないが。

 

 美井奈の集中力は、結局宿題を片付け終わるまで持ったみたいである。元々、学校の方針も小中高と一貫していて、ハードなスケジュールなどは負わせずに学力を伸ばす工夫を成されているのだ。片付けるのが大変なほど、宿題が出る事態も無かったりする。

 宿題が終わると、美井奈の好奇心は勉強から瑠璃自身の事に移って行く。先程言っていたお手伝いとか、どんな事をしているのか、どんな感じてすれば良いかなど。

 憧れのお姉ちゃまのようになりたいと、その口調は物語っているよう。


「ん~、私の両親が帰って来るの、いつも6時過ぎだから。お米研いで簡単な料理を1~2品作ってたり、食器洗ったり。洗濯物を取り込んだり、ゴミ出ししたりはハズミちゃんだってやってるよ」

「へ~、でも私は家で包丁持ったら駄目だって言われてるし、手伝いって言っても魚の餌やりくらいですかねぇ? 後は、新聞取って来るくらいです」

「包丁使わなくても、サラダとか酢の物なら平気かなぁ? 今はスライサーみたいなのもあるし、1品くらいならチョー簡単だよ。家の人も喜んでくれるし」


 美井奈はたちまち、料理つくりに興味を持った様子。好奇心旺盛に、色々と瑠璃のレシピ内容を聞いて来る。サラダだけでも、中の具材を変えたら軽く10種類とかレパートリーを持っている瑠璃は、実際冷蔵庫の中身を見せてもらって、色々とアドバイス。

 最後は結局、料理も想像力頼みな所があると、瑠璃は華麗に締めくくった。


「ほら、緑モノが無くても大根と人参のシャキシャキサラダにしてもいいし、酢で軽く漬け込んで漬け物風にしてもいいし、色々出来るでしょ?」

「なるほど~、勉強になります……あっ、お母ちゃまがおやつにケーキ買ってくれてました! そろそろ3時だし、休憩にしましょう!」

「そうだね~、じゃあお茶淹れようか」


 美井奈は何とか、お茶の場所がどこか答える事が出来たので。隣で瑠璃の手際を眺めながら、感心する事しきり。それ程歳が離れていると言う訳ではないのに、ちょっと完璧過ぎると思う。

 ケーキとお茶をモニター前のテーブルにセットし、そこからしばらくティータイム。のんびりと昨日のゲームの内容や、学校での出来事を話し合う。


 学校での美井奈は、目立つ容姿も手伝ってなのか、それなりに苦労している模様である。実際に苛められたりえこ贔屓されたりという感じではないが、特別視されている雰囲気が漂う時もあるのだそう。

 特に気にしない事にしているし、良い関係の友達も大勢いるのだが。年頃の女の子に、容姿のコンプレックスを持つなと言うのは、逆に無理な問題であろう。

 そういうのを気にしない瑠璃の方が、逆に少数派だとも言える。




『おっ、すげぇレア装備……なぁ、どうやって取ったんだ?』


 いきなりじろっと装備を見られ、ルリルリの開くバザーを見もせずに、その氷属性のキャラは話し掛けて来た。この時期にまだ地上に出ていないのだから遅解き組のパーティの一員なのだろうが、外から装備を見る限りは大して良いものを着用していない。

 瑠璃と美井奈はモニターの変化に顔を見合わすが、どう答えてよいのやらと戸惑いの表情。

 

『おいっ、聞いてるのか? 流氷の装備って、どうやって取ったのか教えろよ!』

『えっ、あの……土と炎のボスエリアの仕掛けを解いて、隠し部屋で敵を倒して入手したんですけど』


 ちょっと嫌だと思ったが、素直に質問に答える瑠璃。どうせ下の層の情報だ、戻って取りに行く事も出来ないし、支障は無いだろう。もし欲しいと言われても、がっちり固定化しているので、外したら消滅してしまう。

 ところがその氷キャラは、苛立った調子でなおも詰め寄ってきた。


『アホかっ、下の層の情報聞いても何の役にも立たないだろうが!』

『……この層の攻略なら、他を当たって下さい。どの扉もまだ入った事無いですから』

『嘘つけっ! こんだけ装備揃えてるんだ、ほとんどのエリア廻り終わってんだろ!?』


 アホ呼ばわりの挙げ句に、嘘つき呼ばわりである。瑠璃は嫌な気持ち一杯になって、無視する事に決めたのだが。教えろだの自分だけ良ければいいのかだの、尚も側で騒ぎは納まらない。

 いい加減腹が立って、落ちようかと美井奈と相談していたら。不意に仲裁の声が背後から掛かって来た。


『あんたちょっと、いい加減にしたら? さっきから聞いてたら、言い分が自分勝手過ぎて引くんだけど?』


 近付いて来たのは、光属性の女性キャラ。白い肌のプラチナブロンドの長い髪の毛、金色の瞳が強い意思を語るように光っている。表示されてるキャラの名前は、メグミと言うらしい。

 見るからに前衛装備で、彼女も立派な装備を各部位取り揃えている。典型的な遅解きプレイヤーである事が、外見からも見て取れる。


『何だよ、テメェ。関係ない奴は引っ込んでろよ!』

『あんたと彼女も、関係あるようには見えないけど? クリア情報聞きたいなら、礼儀覚えてから出直しなさいっ!』

『んだと、テメェ!』

『語彙が不足してるんじゃない? 礼儀覚える前に、国語を小学1年からやり直したら? 何なら、直に教えてあげてもいいわよ坊や? 名前と番地言える勇気あるなら、会いに行くけど? それともハラスメント行為でGM呼ぼうか?』


 恐らく、最後のGMへ通達するとの脅しが効いたのであろう。暴言を繰り返していた氷男は、捨て台詞さえ残さずその場を立ち去り、そのまま直ぐにエリア落ちしてしまった。

 それを確認した瑠璃は思わず安堵のため息。隣の美井奈も、同じように脱力したのが窺える。


「凄いポンポンと啖呵の切れる人ですねぇ! 助けて貰ったけど、このメグミって人はお姉ちゃまの知り合いですか?」

「うん……確か前に何回か、一緒にプレイした人だと思うけど……」


 ゲームする時はほとんど弾美と一緒なので、ギルド同士の付き合いだと下っ端の瑠璃はフレンド登録までに至らない事が多いのだ。しかもギルド同士だと、一気に10人単位での人数での交流となるので、名前を全員分覚えるのは至難の業。

 それでも何となく覚えているのは、ギルドの上の方の人なのかも知れないが。


『大丈夫だった? 確か、冬休みに合同で狩りに参加した事あるよね?』


 瑠璃はここではっきりと思い出す。確か高校生の女性のみで結成されたギルドで、全属性キャラをコンプリートしていた、華やかな一団のギルドのマスターの人だ。

 弾美のギルドと同盟を組んで、確か2回くらい強敵の狩り場に挑んだ事があった筈。今年の冬休みだったか、それで1エリア制覇して、そこが未踏の地だった事から話題にもなった。

 弾美やサブリーダーの進とは、恐らくフレンド登録しているのだろうが。このギルマスのメグミというプレーヤー、どうやら瑠璃の事も覚えていてくれていた様子。


『はい、覚えてます。ありがとうございます、助かりました……ハズミンのギルドのメンバーです、で通じますか?』

『うんうん、後衛で頑張ってくれていた女の子よね! 私のギルドも女性ばっかりだから、頑張ってる女の子は自然に目に入っちゃうのよね……そっちの子も知り合い?』


 どうやら何とか力になろうと、いつの間にかミイナが側に寄って来てくれていたようだ。本当に心細かった瑠璃は、それだけでジーンとしてしまう。一緒に攻略しているメンバーだとメグミに紹介すると、キャラがエモーションでお辞儀をして来た。

 ミイナも丁寧にお辞儀で返す。何となく、それだけで打ち解けてしまったり。


「不思議ですねぇ、これだけでさっきまでのギスギスしてた雰囲気が無くなっちゃいました」

「そうだねぇ、高い谷間の揺れるつり橋を恐々と渡りきったら、向こう岸にいた人に温かいお茶を振舞われた様な気分?」

「あ~、何となく分ります! 嫌な人もいるけど、親切にしてくれる人もいっぱいいるのは、ゲーム続ける原動力になりますよねぇ!」


 メグミもこの時間は攻略は手掛けないという事で、どうせならみんなで談話しようという話に。フレンド登録を二人ともして貰いつつ、和気藹々とした雰囲気。その後に、中立エリアの端っこでキャラを座り込ませての座談会に突入。

 メグミが呼んだ、同じ攻略メンバーの一人が着いてから、話はさらに華やかに。ケイトと言う炎キャラで、逆立った赤毛が気の強そうな雰囲気を醸し出している。

 メグミが彼女を呼んだのは、瑠璃が宝珠も1個余っていると口にしたのも理由の内。ケイトが炎スキルを伸ばしているので、こちらも使うのを戸惑っている宝珠と交換してくれないかという商談を持ち掛けられたのだ。

 渡りに船と、瑠璃はすぐさま快諾する。


『ウチのギルドは今、3パーティに分かれて攻略してるのよ。1つはもう地上に出ちゃったけど、もう1つのパーティの荷物番の娘呼んだから、物々交換しよう!』

『あ~、ぜひお願いします。遅解き同士だと、装備は被っちゃうかもですけど』

『でも、属性や武器選択の違いで余っちゃうのも出て来るからね。緑鎧とかは欲しがる娘がいるかも』


 そこからは更に二人追加、風属性と雷属性の女性キャラで、瑠璃が中学生ギルドの一員だと知ると、妹のようにちやほやされてしまったり。ノリの良い人ばかりで、商談しているのか雑談しているのか分らなくなって来るほど。

 しばらくは失敗談に華が咲いて、美井奈はそれなら参加出来ると大張りきり。ほぼ同じルートを辿って来た高校生ギルドのメンバー達は、装備もレベルも瑠璃たちに引けを取らない。

 失敗から引き起こした美井奈の蛮族の神様降臨の話は、皆さん大ウケ。


『ひどっ、ハズミンが知らない内に仕掛け作動させちゃったの?w そりゃあ焦るわねぇw』

『ええ、怒られました! お母ちゃまは隣で笑ってたけど』

『あははw でもドロップ良かったから、まぁ許されるわよね。その時大剣出たの? 私達の時は頭装備だったから、それ欲しいわ!』

『術書1枚じゃ、安すぎる性能よね……ケイト、3枚は出さなきゃ』

『うっ……2枚ブラス、他の物じゃ駄目かしら?』


 瑠璃は遠慮気味に1枚で構わないと言ったが、結局は色々と便宜を図って貰える事に。4時に一旦落ちて、それから4時半からの攻略だと瑠璃が口にすると、先に交換を済ませてしまおうと慌ただしくなって来る。

 そんな訳で、物々交換の交渉がスタート。

 

*炎の宝珠=氷の宝珠

*神気を纏った大剣=闇の術書、雷の術書、尖骨の矢束×6

*超プニョンの緑鎧=雷の術書

*炎の術書×2=土の術書×2、知恵の果実

*赤いバンダナ=白木の弓


 やっぱり水や光の術書は、どのパーティも誰かが分担して伸ばしている系統の魔法のようで。出たとしても、すぐさま内輪で使ってしまう模様。スキルが伸びた分、回復量やダメージが上乗せされるので当然とも言えるが。

 物々交換で、雷や闇の術書を貰えたのはラッキーだった。何より炎の宝珠が氷の宝珠に変わった事により、細剣の複合スキルをステージ6攻略前に覚える事が出来る。

 瑠璃がそう話すと、場は凄い盛り上がりように。


『えっ、複合スキルの書なんでどこで手に入れたのっ?』

『えっと、アスレチックエリアで……中ボス前の、ヒーリング潰しの影の魔人からです』

『ひゃ~、それってわざと湧かしたの? 普通は避けるでしょ、その仕掛け』

『ん~、私達は結構MP消費しながら進むから、ヒーリングは頻繁にしないと駄目なんですよ』

『3匹倒して1個しか出ませんでしたから、お姉ちゃまのドロップ運は凄いです!』


 魔人が3匹湧いたと言う時点で、ドロップどころか命の危機なのだが。瑠璃が灯篭の仕掛けを話すと、一同感心しきり。この娘、見かけによらず侮れないわ的な視線がチクチク。

 さらに、リーダーの弾美が暗塊の装備を所有していると聞くに及ぶと、どこかソワソワとした空気が流れ始める。何しろ話を聞くに、自分達の所有していない思いっ切りのレア装備を、年下のパーティが持っているのである。

 それでも、呪いの解き方や未確認の情報を気楽に与えてくれるのには、リーダのメグミは素直に感謝を述べた。瑠璃の方も、助けてくれた上に有意義な時間を提供して貰い、大助かりだとお礼を口にする。


 最後はお互いに攻略頑張ろうねと、地上に出ても連絡取ろうねの言葉と共に、即席の座談会は解散となり。華やかな場だっただけに、分かれる時に少しだけ寂しさがあったりして。

 それでもおべっかではなく、瑠璃にとっても本当に有意義な時間だったのは確か。


     *     *


 ログアウトしてしまうと、途端にリアルで忙しくなった。食事の片づけをちゃんとして、美井奈にも部屋を片付けるように指示を出す。それから着替えや出掛ける準備を終えた美井奈に、食器を仕舞う場所を尋ねる瑠璃。

 やっぱり他人の家の台所は使いづらい。それでも瑠璃は、見回した範囲ですっかり片付いた室内に気を良くする。隣で美井奈も、外出の支度を終えてウキウキの顔。


「準備は出来た、美井奈ちゃん? 家の鍵とか、ちゃんと持ってる?」

「はいっ、ばっちりです、お姉ちゃまっ!」

「じゃあ、今度はハズミちゃん家でイベント進行だね。その前に犬の散歩するから、ちょっと時間頂戴ね?」

「了解ですっ、私も散歩の役に立ちますよっ!」


 外はいつの間にか、風が強くなっていた。少しだけ肌寒さを感じた瑠璃は、美井奈の服装を横目でチェック。一応、暖かそうな上着を着ている事に安堵し、お姉さんっぽい思考にちょっと照れてみたり。

 街のこの辺りはあまり歩いた事のない瑠璃は、ちょっと不思議な感じに捕らわれつつ。ここから少し行けば、両親の在籍している研究所もあるらしいのだが。美井奈に訊いても、さすがに企業の並び順は知らないらしい。

 ただ、この通り一帯がもの凄く治安が良いのは有名だとの事。


「地域一安全な通学路だって、以前先生が仰ってましたけど。車もほとんど通らないし、何かあれば30秒で通りに並ぶ企業のガードマンが飛んで来てくれるらしいですよ?」

「へぇ~、それは知らなかったなぁ」


 何しろ瑠璃は、ここを通学路として使ってなかった訳だし。そんな他愛の無い話をしている内に、景色は段々と瑠璃の知っている住宅街へと変わって行く。程なく津嶋家に辿り着き、愛犬の熱烈なお出迎え。

 ついでにマロンも散歩させようと、着替えの終わった瑠璃は2本のリードで兄弟犬を誘導する。美井奈も1本手渡され、意外な力強い引きに思わすすっ転びそうに。基本小走りで無いと、犬達はどうにも満足しないらしい。

 二人でワイワイとやってると、帰宅途中の弾美が声を掛けて来た。


「お~い、瑠璃っ、美井奈っ! 散歩なら俺も混ざるぞ」

「あっ、お兄さんっ、お帰りなさいっ!」


 帰宅集団の同じ部活のメンバーに手を振って別れを告げながら、弾美は尻尾を振って飛んで来たマロンをがっちりキャッチ。公園への道を、今度は三人と二匹で賑やかに行進となり。

 いつものハイな調子で美井奈の話す内容は、今日の楽しい出来事や、お昼のインでの不愉快な顛末。その説明に眉をひそめていた弾美だが、知り合いが助けてくれたと訊くとしたり顔で頷いて見せる。

 しかし、因縁をつけられた事に対しては、かなり憤慨している模様。


「何て名前のキャラだっ、俺からも文句言ってやる!」

「あぁ~、名前覚えてないし、もういいよ? ハズミちゃんが出たら騒ぎが大きくなるから駄目だよ」


 瑠璃は慌てて、本心からそう口にする。美井奈もそれには激しく同意。直接的な被害は何も無いのだから、消極的な解決法だが無視してしまえばそれで良い。

 弾美はブラックリストという手もあると、使い方を説明するのだが。そもそも、名前を覚えていないのだから仕方が無い。それより新しい知り合いが出来ての物々交換の話に盛り上がりを見せる、リアルパーティの面々。

 マロンとコロンは、蚊帳の外で少し寂しそうだったが。


  美井奈のさり気ない話題転換に、瑠璃も勢い込んで複合スキルを覚えた事を報告する。まだ使った事は無いのだが、武器スキルを伸ばした事のない瑠璃には初めての体験である。

 今からインが、楽しみで仕方が無い。


「そりゃあ強いよ、複合スキルは! 範囲攻撃とか、後は付加でスタンさせたり麻痺させたり色々種類はあるけど。瑠璃のは氷スキルだから、それを伸ばせばどんどん強くなる筈だな」

「私も複合スキルって、覚えた事無いですねぇ……レベル30無いんじゃ、当然かもですが」

「うん、メイン世界じゃレベル50以上のエリアから、やっと出て来るくらいかな? イベント限定の仕様だなぁ」


 それを聞いた美井奈は、自分も覚えられる可能性があると知ってまたもハイテンションに。こう言ってはアレだが、メインの美井奈のキャラは破天荒である。つまりは育て方を試行錯誤した結果、かなりヘボい出来なのだ。

 イベントのキャラはレベル20だが、そちらの方が強いくらいだと思う。


 弾美だって強い武器や防具以上に、複合スキルは欲しいのだが。メイン世界では削りキャラ、つまりは派手な複合スキルでガリガリ敵を削る前衛だったのだ。今のハズミンの片手剣の技では、ストレスを感じずにはいられない。

 とは言っても、パーティバランス的にも自分が強くないと、せっかくの厚い防御とHPが役に立たなくなる。タゲがふらついて女性陣が殴られるのは、あまり好ましくない。

 片手剣を選んでちょっぴり後悔を感じなくもないが、展開が先まで全て見通せる訳でもなく。これからの、強力なタゲ取り手段の入手に期待するしか無い。


 犬達は公園で、勝手にはしゃぎ回る事に決めたようだ。話し込む飼い主の元を離れると、公園の障害物を縫って二匹で楽しそうに駆け回っている。

 それを何気なく見ていた弾美だが、あんまり夜まで時間がないことを思い出し、少し慌てた感じでベンチから立ち上がる。まぁ、最悪1エリアだけクリアして、後は各自宅からでも良いのだが。

 そう話すと、美井奈が秘策があると言い出した。悪戯っぽい表情で、何かを画策しているよう。


 そんな話をしている間に、犬達が喉が渇いたと戻って来た。満足そうな犬達を確認して、これにて散歩は終了。帰宅しながら、二人して美井奈に秘策の何たるかを問い質してみるのだが。

 笑いながら、まだ秘密だとの答え。計画が上手く行かないかもと、巧みにはぐらかす少女だったり。


     *     *


 弾美は部屋で、ジャージ姿になって完全にリラックスムード。運動後の気だるさを全面に出していたが、コントローラーを握るその瞳にはエネルギーが満ち溢れている。

 その隣に座る瑠璃は、通い慣れた弾美の部屋で一息ついた感じ。変な話だが、先程までの初めての美井奈のお宅訪問で、ちょっと緊張していたようだ。

 兄弟犬との散歩も弾美の部屋でのゲームも、瑠璃にとっては日常の1コマ。肩の力も抜けると言うもの。


「メグミさん、いないねぇ……もう落ちちゃったみたい。今日は夜からの攻略だって言ってたし」

「そうみたいだな、俺からもお礼のメール送っておくよ」

「うん、お願い。ありがと~、ハズミちゃん」

「今度会えるとしたら、地上ですかね~?」


 まだ見ぬ地上を夢見つつ、美井奈が瞳をキラキラさせながらそう口にする。時間がないから、取り敢えずはメールより攻略が先と、お互いキャラやポケットのチェック。

 物々交換で得た術書や買い置いてあった薬品をトレードしたり、新しく覚えた魔法のチェックをしたり。慌ただしく中立エリアで動き回ったキャラ達は、最終的には大扉の左の小扉前に集合。

 みんな今日と明日の攻略で地上エリアに辿り着こうと、やる気満々である。



 ハズミンのレベルは順調に2エリアで2つ上がっており、装備も鎧の入手でいきなり硬くなった感じを受ける。ただ、プニョン装備の見た目は、勇猛と言うよりユーモラスなグラだったり。倒して入手した相手が相手なだけに、それも仕方が無いとも言える。

 新しい片手剣スキルは補正スキルで、セットすれば闇属性のハズミンが使えばSPをたまに吸収する斬撃となるのだが。瞬発力のあるスキルが欲しかったと、残念な結果の弾美であった。

 他の主だった装備の変更はなし。今日の呪い解除に期待は大である。



 名前:ハズミン 属性:闇 レベル:22

 取得スキル  :片手剣43《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 《下段斬り》 《種族特性吸収》

           :闇33《SPヒール》 《シャドータッチ》 《闇の腐食》

 種族スキル  :闇22《敵感知》 《影走り》 :土10《防御力アップ+10%》


 装備  :武器 蛮刀 攻撃力+11《耐久8/8》

      :盾 サソリ皮の盾 防+6《耐久9/9》

      :遠隔 木の弓 攻撃力+8《耐久11/11》

      :筒 木の矢束 攻撃力+6

      :頭 黒いバンダナ 闇スキル+3、SP+10%、防+3

      :首 胡桃のペンダント HP+4、防+4

      :耳1 プニョンのピアス 防+2

      :耳2 白玉のピアス HP+5、防+1

      :胴 超プニョンの赤鎧 火スキル+3、腕力+2、防+14

      :腕輪 暗塊の腕輪 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10

      :指輪1 古代の指輪 体力+1、防御+5

      :指輪2 プニョンの指輪 防+3

      :背 深紅のマント 攻撃力+4、MP+4、防+4

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :両脚 なめしズボン 攻撃力+1、防+5

      :両足 編み上げブーツ 攻撃力+3、防+6


 ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬

            :中ポーション :中ポーション :万能薬



 流氷の髪飾りを入手して、ますますMPにゆとりの出来たルリルリ。しかしカンガルー胴装備とプニョン靴装備が、流氷シリーズのグラと激しく喧嘩して、何とも不釣り合いな見た目になってしまっている。キャラの見た目にこだわる瑠璃が、この事をどう思っているかは訊ねるまでも無く。

 そんな事より、複合スキルの《アイススラッシュ》と《魔女の囁き》からの《ウォータスピア》と言う、2つの必殺技を覚えたのは、パーティの削り速度アップにとっても大きい。

 新魔法の《魔女の足止め》は、文字通り敵の足元を凍らせて足止めの出来る便利系魔法。レジストされればそれまでだが、敵から離れて倒すのには重宝するのは確か。



 名前:ルリルリ 属性:水 レベル:22

 取得スキル  :細剣34《二段突き》 《クリティカル1》 《麻痺撃》 《複・アイススラッシュ》

           :水33《ヒール》 《ウォーターシェル》 《ウォータスピア》

           :光11《光属性付与》 

           :氷20《魔女の囁き》 《魔女の足止め》

 種族スキル  :水22《魔法回復量UP+10%》 《水上移動》


 装備  :武器 蜂のレイピア 攻撃力+9 器用度+2《耐久10/10》

      :盾 サソリ皮の盾 防+6《耐久9/9》

      :頭 流氷の髪飾り 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+8

      :首 妖精のネックレス 防+2

      :耳1 銀のピアス 器用度+2、HP+4、防+2

      :耳2 青玉のピアス MP+5、防+1

      :胴 カンガルー服 ポケット+2、MP+6、防+7

      :腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

      :指輪1 水の指輪 水スキル+2、精神力+1、防+1

      :指輪2 水の指輪 水スキル+2、精神力+1、防+1

      :背 なめし皮のマント 攻撃力+1、防+4

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :両脚 流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10

      :両足 超プニョンの黄靴 土スキル+2、体力+1、防+7


 ポケット(最大8) :小ポーション :中ポーション :万能薬 

            :小エーテル :中エーテル :万能薬    

            :中エーテル :水の水晶玉



 弓と矢を新調した美井奈は、攻撃力の合計が既に20を超えており、数字だけ見ればいっぱしのアタッカーではあるが。SPの貯まり方は弾美に比べて全然遅いので、スキル技の乱用でタゲをとる事態は、今の所心配ないようだ。

 防御も少しだけ上昇したが、術書の使用でうっかり胴とズボンを固定化してしまったのには本人も参った模様。そのせいで覚えた《俊足付加》は、自身の移動速度を上昇させる魔法。

 これでマラソンもばっちり。ただし新しく覚えた種族スキルは、なるべく発動して欲しくないと願う美井奈であった。



 名前:ミイナ 属性:雷 レベル:20

 取得スキル  :弓術26《みだれ撃ち》 《貫通撃》  

           :雷21俊敏付加》 《俊足付加》 :水10《ヒール》 

           :光31《ライトヒール》 《ホーリー》 《フラッシュ》   

 種族スキル  :雷20《攻撃速度UP+3%》 《雷精招来》


 装備  :武器 炎のフレイル 攻撃力+14 MP+10《耐久14/14》

      :遠隔 白木の弓  攻撃力+12《耐久12/12》

      :筒 尖骨の矢束 攻撃力+12

      :頭 白いバンダナ 光スキル+3、武器スキル+1、防+3

      :首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2

      :耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

      :耳2 金のピアス 敏捷度+2、MP+4、防+2

      :胴 鉤爪付きの上衣 雷スキル+3、敏捷度+2、防御+8

      :腕輪 超プニョンの緑篭手 風スキル+2、敏捷+1、防+6

      :指輪1 プニョンの指輪 防+3

      :指輪2 妖精の指輪 光スキル+2、風スキル+2 HP+2 防+2

      :腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2

      :背 プニョンのマント 防+3

      :両脚 鉤爪付きの腰布 雷スキル+2、敏捷度+1、防御+7

      :両足 黄銅の靴 防+6


 ポケット(最大6) :小ポーション :中ポーション :万能薬

            :小エーテル :中エーテル :雷の水晶玉




 弾美の号令と共に、キャラ達はステージ6の最初の攻略に挑む。事前の噂では、かなり振り落としの仕掛けが意地悪なのだそうだが。そういう意味では今日と明日、合同インで攻略出来る体制は大いに助かった感じもする。

 美井奈の秘策という言葉も気になるが、今は攻略に集中するのが先。





 ――合言葉は『地上に向かって一直線!』 弾美パーティの挑戦は、まだまだ続く。


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