♯09 火の仕掛け突破!
『静ちゃんと茜ちゃん、ステージ4で限定イベントの資格喪失しちゃったって……せっかく進君に三人目紹介して貰ったのに、ゴメンって言ってた』
『ありゃっ、それは残念だな。まぁ、今回のイベントはシビアな仕掛けのエリアがやたらと多いから、やり込んでないプレーヤーじゃないときついかもなぁ』
『そうだね~、でも二人とも月末にピアノの発表会があるから、練習しないと駄目だから丁度いいかもって。発表会はみんなで聴きに行こうね』
『それはいいけど、ステージ6の振り落しが結構きついって進が言ってたな。向こうのパーティも苦戦したらしいし、こっちも気をつけないとな』
エリア攻略前のお喋りで、さっきまでの通信相手の情報交換をしていた弾美と瑠璃。今日の夕方の攻略で、とうとう静香と茜のコンビは脱落リストに載ってしまったとの話。二人ともおっとり系なので、弾美としてはそれ程の活躍は期待していなかったのだが。
権利を失ったと聞くと、やっぱり残念ではある。
一方、進をはじめとする、もう1つのギルドメンバーの構成パーティはと言うと。途中からじっくり攻略路線に切り替えたりしつつも、ようやくステージ6を突破して、地上エリアに達したらしい。
今は補充のメンバーを探しながら、エリア探索とレベル上げなどに時間を割いているとの話。補充人員の確保が難航しており、次のエリアが解放されても手の出しようが無いとぼやいていた。
こちらは未だに、地上の影さえ見えない。贅沢な悩みだと思う。
『すみません~、お待たせしました! 友達から電話で、宿題範囲の事聞かれてましたっ!』
『おうっ、美井奈は明日休みだし、精神的にも余裕だよな。落ち着いて行こうぜ!』
『了解しました、隊長! 今夜クリア出来たら、次のステージ進出ですよね?』
『ああ、ステージ6まで行けたら、もうすぐ地上に出れるらしいぞ~』
地上に出れるという言葉は、女性陣の想像力をいたく刺激したらしい。どんな風景の所だろうかとか、どんなお店があるのかとか、通信会話に華が咲く。
聞いていると良いイメージしか持っていない様だが、弾美は内心考えが甘いと思っている。自由度が高くなるし、色んなイベントが待っているとかの話は確かに聞こえては来るが。反面、何らかの振り落としは確実に存在する筈。
まぁ、その辺は自分が気を付けていればいいか、と弾美も結局は呑気に構えていたり。
さて、そろそろ各自装備や薬品のチェックをして、エリア攻略を始めようという話になった8時過ぎ。装備や魔法取得やアイテムでの成長で、各自の出来る事がどんどん多くなっている。
弾美と瑠璃は種族スキルも取得したし、チェックは怠れないところ。
* *
レベル20に達したハズミンは、めでたく種族スキルの2つ目を取得。《影走り》という闇属性のスキルは、ダンジョンなどで移動速度が少し上昇する上、物陰に隠れればアクティブモンスターから隠れたり、敵の追跡を振り払えるという特徴を持っている。
アイテムと装備で飛躍的に上がった闇スキルのせいで、戦い方にちょっと幅が出て来た。《シャドータッチ》でHPを吸える敵相手なら、ソロでも長期戦闘に立ち向かう事も可能かも知れない。
さらに闇の宝珠の使用で、《闇の腐食》という闇系の新魔法を取得に至った弾美。こちらは敵に掛ける弱体魔法で、掛けられた相手は毒状態になり、さらに攻撃力も落ちてしまうというもの。
釣りにも使える燃費の良い遠隔魔法の取得に、弾美としてはニンマリである。
名前:ハズミン 属性:闇 レベル:20
取得スキル :片手剣39《攻撃力アップ1》 《二段斬り》 《下段斬り》
:闇30《SPヒール》 《シャドータッチ》 《闇の腐食》
種族スキル :闇20《敵感知》 《影走り》 :土10《防御力アップ+10%》
装備 :武器 蛮刀 攻撃力+11《耐久8/8》
:盾 サソリ皮の盾 防+6《耐久9/9》
:遠隔 木の弓 攻撃力+8《耐久11/11》
:筒 木の矢束 攻撃力+6
:頭 黒いバンダナ 闇スキル+3、SP+10%、防+3
:首 胡桃のペンダント HP+4、防御+4
:耳1 玉のピアス 防+1
:耳2 白玉のピアス HP+5、防+1
:胴 黄銅の鎧 防+12
:腕輪 暗塊の腕輪 闇スキル+5、土スキル+5、HP+25、防+10
:指輪1 古代の指輪 体力+1、防御+5
:指輪2 皮の指輪 防+2
:背 深紅のマント 攻撃力+4、MP+4、防+4
:腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2
:両脚 なめしズボン 攻撃力+1、防+5
:両足 編み上げブーツ 攻撃力+3、防+6
ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬
:中ポーション :中ポーション :万能薬
ルリルリも20の大台に乗り、ハズミンと同じく種族スキルを取得出来た。水属性のスキルから《水上移動》という、文字通りマップの沼や河の流れの上を歩けるというだけの技なのだが。
他の属性のキャラが水中に入ったら、歩行速度が半減、または進入出来ない場合もある。それを考えると、場面によっては重宝する事もあったりするのだ。
細剣武器の《麻痺撃》は、ダメージこそほとんど出ないスキル技だが、使い方次第で大抵の相手の特殊技や魔法の発動を潰す事が出来る。守りの技とも言えるが、パーティに使える人がいるといないでは、安心度が違ったりするのだ。
ルリルリの装備では、上着の補正でポケットの数が植えたのが大きい。防御力こそ落ちたが、エーテルを使う事でヒーリングせずに継続して戦える時間が増えたのは確か。
名前:ルリルリ 属性:水 レベル:20
取得スキル :細剣30《二段突き》 《クリティカル1》 《麻痺撃》
:水27《ヒール》 《ウォーターシェル》 :光10《光属性付与》
種族スキル :水20《魔法回復量UP+10%》 《水上移動》
装備 :武器 蜂のレイピア 攻撃力+9 器用度+2《耐久10/10》
:盾 サソリ皮の盾 防+6《耐久9/9》
:頭 赤いバンダナ 火スキル+3、腕力+1、防+3
:首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2
:耳1 銀のピアス 器用度+2、HP+4、防+2
:耳2 青玉のピアス MP+5、防+1
:胴 カンガルー服 ポケット+2、MP+6、防+7
:腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4
:指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1
:指輪2 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1
:背 なめし皮のマント 攻撃力+1、防+4
:腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2
:両脚 流氷のスカート 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+10
:両足 黄銅の靴 防+6
ポケット(最大8) :小ポーション :小ポーション :中ポーション
:小エーテル :中エーテル :中エーテル
:水の水晶玉 :万能薬
ミイナの大きな変更点は、何といっても新しく入手した装備で外見がジャングル少女のような格好になった事。敏捷度や器用度も補正で上昇し、矢を放つ回転数も段々と上がって来ている。
自分の属性の雷スキルから魔法を覚えた事も、敵の殲滅時間の短縮に役立っている。MPは相変わらず戦闘の度に足りない不満は募るが、攻撃力はパーティに入った頃からは考えられない程の上昇値を示している。
もう一つ、美井奈が不満なのは弓の耐久度が低い事。弓術スキルの《貫通撃》はとても強いのだが、耐久度を問答無用で使用毎に1つ減らすので、SPが貯まっていても使いにくいのだ。
魔法の《ホーリー》も単発でさえ凄く強いが、4回も使えばMP枯渇に追い込まれる。《みだれ撃ち》も矢を一度にたくさん使用するし、ミイナのスキル技や魔法は、だいたいこんなのばかり。
課題は継続しての戦闘力かも知れないと、美井奈は自己分析してみたり。
名前:ミイナ 属性:雷 レベル:18
取得スキル :弓術20《みだれ撃ち》 《貫通撃》 :水10《ヒール》
:光31《ライトヒール》 《ホーリー》 《フラッシュ》 :雷15《俊敏付加》
種族スキル :雷18《攻撃速度UP+3%》
装備 :武器 炎のフレイル 攻撃力+14 MP+10《耐久14/14》
:遠隔 蛮族の弓 攻撃力+9《耐久9/9》
:筒 ゴーレム石の矢束 攻撃力+9
:頭 白いバンダナ 光スキル+3、武器スキル+1、防+3
:首 妖精のネックレス 光スキル+2、風スキル+2、防+2
:耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1
:耳2 金のピアス 敏捷度+2、MP+4、防+2
:胴 鉤爪付きの上衣 雷スキル+3、器用+2、防御+8
:腕輪 黄銅の籠手 HP+4、防+6
:指輪1 皮の指輪 防+2
:指輪2 妖精の指輪 光スキル+2、風スキル+2 HP+2 防+2
:腰 マジックベルト ポケット+3、MP+2、防+2
:背 皮のマント 防+2
:両脚 鉤爪付きの腰布 雷スキル+2、器用度+1、防御+7
:両足 黄銅の靴 防+6
ポケット(最大6) :小ポーション :小ポーション :万能薬
:小エーテル :中エーテル :風の水晶玉
『さすがに強い敵いっぱい倒すと、装備のドロップが凄いですねぇ』
『そうだな、色々と装備とかスキル技の追加や変更あったし、各々確認怠るなよ』
『カンガルー服で防御落ちちゃったけど……ポケット増えるからいいよね?』
中立エリアに集合しての、恒例の突入前の話し合い。パーティは合成屋の前で輪になって、瑠璃が依頼して得た薬品や消耗品を受け取っている所である。
時間は夜の8時を少し過ぎた所、既に一同は各家庭からインしてパーティ結成済み。中立エリアの混み様は程々だが、今日入る予定の大きな扉前には人の列は見られない。
そんな訳で呑気に談話したり、各々お店チェックや妖精と話し合ったりの時間の後に。最後の物資補充にとルリルリの依頼待ちの一行。矢束や神水はもちろん、エーテルを素材に中エーテルにして貰ったりも出来るので、長期戦になりやすいボス戦用に是非欲しい。
いらない装備を売っていたら、知らない内に三人の合計資産は8万ギルを超えてしまっていた。かと言って、品不足でバカ高くなっている普通の装備を買う気にもなれず。
いつしか全員、強い敵のドロップ装備を当てにし始めていたり。
『お金はあるけど、素材がなくなっちゃった。レア素材用のレシピもなかなか出ないなぁ』
『んじゃ、合成品の分配も終わったし突入するか。今日は広いマップだし、気合い入れろ~』
『了解です、隊長っ!』
そんな訳で、気合いも新たに恐らくステージ5の最大の難関に挑む一行。パーティリーダーの弾美が、代表して大扉をクリック。画面が一瞬暗転し、程なくエリアに侵入する。
そこの風景は、やはり一度は見た感じの迷路エリア。茅や木の根で細い通路が形成されており、一同はモンスターの影や罠に気をつけつつ歩みを進め始める。
今回は迷路の至る所に、蜂の巣トラップが最初から設置されている様子。不用意に近付くと、たくさんのハチが襲って来る仕組みである。瑠璃だけは神水の素材が手に入ると言って、無邪気にはしゃいでいる様だったが。巣を壊すまでは、こちらも被害を受けまくり。
期待の宝箱も、やはり設置されているのは間違いなさ気で、一行の士気は初っ端から上がり気味。経験値やステータスアップの果実の大盤振る舞いで、探索にも力が入る。
例の中ボスゾーンまで、薬品の無駄な消耗も無く。手前での後衛陣のヒーリング中に、暇な弾美が覗き込んでみれば。沼地の真ん中の中洲に、設置されている3つの宝箱。
『沼の空き地の周囲に中ボスが見当たらないのが、ちょっと不気味なんだけど』
『沼はダメージ受けないタイプ? 私、種族スキルで水上歩けるようになったよ♪』
『凄いですお姉ちゃま! でも、罠は絶対あると思います!』
疑うことを覚えた雷娘は、ヒーリングを終えると率先して沼のふちを調べに掛かる。ハズミンもルリルリも続いて不審な点を調べるが、沼は濁っていて敵の姿を隠している雰囲気。
ミイナが焦れて不用意に沼に入った時に、敵はやっと姿を現した。
『わっ、わっ、また真っ暗ですデジャヴですっ!』
そして姿を消すミイナ。一瞬見えたワニ型のモンスターは、ミイナを咥えると再び水中に姿を消す。ただし、今度は目の部分だけ表示されてはいるようで、ゆっくり水中を移動中の様子。
大慌ての弾美だが、瑠璃の方が水中移動の移動力低下を受けないで済むのが幸いして。最速で追いついて細剣を振るうと、ワニは再び姿を現し、ミイナはようやく吐き出された。
瑠璃はワニのタゲを取って貰おうと反転し、弾美の元へ。しかし助かった筈の雷娘は、今度は真後ろに出現した大カエルの舌技に、再びイリュージョン魔術の憂き目に。
そして再び、姿を消すミイナ。
『油断し過ぎだ、アホ美井奈~!』
『ごめんなさい~、助けて~!』
大忙しのルリルリは、またまた反転して大カエルの元へ。パーティ表示のミイナのHPは、残り3割まで減ってしまっている。ワニの呑み込みは噛み付きダメージも負荷されていたようだ。
幸いこの敵も、ルリルリのひ弱な一撃でミイナを吐き出してくれた。美井奈がよく祈っているゲームの神様(?)に感謝しつつ、瑠璃は大カエルを引っ張って美井奈から引き離す。
『瑠璃、こいつら呑み込みあるからマラソンは怖いっ。殴りつつスキル止めろ!』
『わ、分った!』
なる程、舌を伸ばしての呑み込みを持つ敵相手に、マラソンは確かに無理っぽい。新しいスキル技の《麻痺撃》をいつでも出せるように構えつつ、瑠璃は大カエルに挑む。
一方の弾美は、瑠璃の防御魔法に加え、新魔法の《闇の腐食》で、敵の攻撃ダメージを低く抑える事が出来るようになった。加えて土種族スキルの防御アップの加護に、中ボス相手に盾防御を少々失敗しても、問題にはならないレベルになっている。
順調にスキル技でワニを削りつつ、他の二人の具合も気にする余裕も。
ようやく解放された美井奈は、何とか自己回復で戦線に復帰しようと頑張っていた。瑠璃に較べて美井奈の回復量は、スキル差もあって半分程度。それでも安全圏にHPが回復すると、遠隔技で苦戦する瑠璃の手助け。
ところが強すぎる攻撃力のせいで、スキル技を使うたびにタゲを取ってしまいそうで上手く行かない。一度は再びの呑み込み技を喰らいそうになって、瑠璃の《麻痺撃》に助けられる始末。
思い切って、遠隔攻撃のターゲットを弾美の相手をしているワニに変更。がっちりキープされている敵相手なら、思い切り武器の威力を発揮出来るという理屈だ。
美井奈のもの凄い切羽詰った追い込みに、ワニは10秒で昇天。
『でかした美井奈、ヒーリングしてろ!』
『は、はいっ!』
フリーになった弾美は、次なる獲物へと飛び掛かる。ヒーリング前にMPを使い切るべく美井奈から回復魔法を貰い、瑠璃の助太刀へと大カエルの目の前へ。
ルリルリはへろへろに消耗していたが、何とか無事だった。ハズミンがタゲを取るのを確認して、自分にヒールを掛ける。その頃には大勢も決していて、美井奈も復活して削りに参戦。
終わってみれば、薬品もほぼ使わずに楽勝ペース。
『美井奈、毎回死に掛けたり居なくなったりするのはヤメロ!』
『好きで死に掛けたり居なくなったりはしてませんよっ!』
『あれ、ドロップした鍵は2つだけだね~、1個は罠なのかな?』
ヒーリング中の瑠璃の言う通り、中州に3個置かれている宝箱に対して鍵は2つ。その他には薬品や素材が少々、宝箱の中身に期待しようとまずは右の箱の開錠。雷の水晶玉が出て来て、瑠璃がさっそくポケットへ。多数決で今度は真ん中を開けたが、箱はミミックに早変わり。
ままならない選択結果を嘆きながらも、何とかそいつを苦労しつつ撃破する一行。それでも、経験値とギルはまぁ良い感じなので許せるけれど。
合鍵を使用して、残った宝箱からは氷の術書をゲット。
『前の怪獣とヴァンパイアが効いてますねぇ、私もうすぐレベル上がりそうです』
『はやいねぇ、そう言えば次のマップはどんなかなぁ?』
『さあな、美井奈が変な事しなきゃ、すんなり行けるだろ』
『しませんよっ! 私だって学習するんですから!』
憤慨する美井奈をなだめながら、次へと進み始めるパーティ。風景は段々と、乾いた赤茶けた大地のエリアへ。徘徊する敵は、何と久々の身体の部位のモンスター達。
手や足や顔、お尻や耳の肌色モンスターが、今回はログハウスっぽい集落の点在するエリアをうろつき回っていた。出合ったのはつい数日前だというのに、何となく懐かしい感じを受ける。
美井奈はどんどん釣りながら、ちょっと興奮気味だったり。
『わ~、懐かしいけど……色々と装備落とすんでしたっけ?』
『そうだな、ドロップ率は良くなかったような気はするが』
『これだけいっぱいいると、ちょっと不気味だねぇ』
確かにちょっと、見ようによってはシュールではある。狩り進めて行く内に、そいつらからプニョン装備というシリーズ装備が幾つかドロップ。前の皮装備シリーズよりはちょっと良いが、取りたてて付加された性能も無く。
美井奈はその内、顔部位が逃げ出したとパーティに報告。意味が分らない弾美は、現場に駆けつけてみる。ログハウス風の建物は、入り口の扉は付いておらず、その中にダルマ風の顔部位のモンスターが逃げ込んだと言うのだ。
詳しく聴いてもやっぱり分らないが、キャラは入れない仕様になっている模様。
『入って行けないなぁ、本当に中にいるのか、敵?』
『本当ですってば、赤いのとか青いのとか、3匹くらい逃げてお家に入っていったんですって!』
『あ~、NMでやっつけたのがそんな感じだったねぇ?』
一行は家の周囲を捜索しつつ、狩り残した雑魚を経験値へと変えて行く。捜索結果は、雑魚以外何も見つからず。その内美井奈がレベルアップ。お祝いとか雑談をしている内に、エリア攻略を始めて1時間が経過。
先程のログハウスに変化があるかもと期待しつつ、弾美は一行を引き連れ道を戻ってみる。案の定、傍目には分らないがハウスの入り口にカーソルが移動するよう仕掛けの変更が。
何かとじっとよく見れば、小さな呼び鈴だった。一同に微妙な間が訪れる。
『……呼び出していいのかな? ってか、呼び出せば出て来てくれる?』
『中ボスかNMか知らないけど、多分出て来るんじゃないかな?』
『3匹くらいいましたよ! 油断しちゃ駄目ですよっ!』
3匹も出て来るのなら、やっぱりマラソン役は必要だろうとの弾美の呟きに。美井奈がその役を買って出て、その気風の良さに弾美はちょっと不安顔だったり。
悪い予感とまでは行かないが、何かやらかしそうで、ぶっちゃけ怖い。
『大丈夫ですって! 実はお母ちゃまに文字打つの手伝って貰ってるんで、私コントローラーに集中出来るんですよっ!』
『またいるのか!』
弾美の驚き発言に、いますよ~(^-^)と美井奈を通じて顔文字付きの冷静な答えが返って来る。弾美はさっきからの言葉の応酬に、失礼な発言とか無かったかと顔面蒼白。
アホとか言ったかも……まぁ、思い返すと怖いし、怒っていないようなので弾美はスルーする事に。向こうからも、気にしないで空気だと思って下さいとの言葉。
授業参観で元気よく手を上げ、間違った答えを言っちゃった時みたいな空気。家に戻って顔を合わすのが気まずいったらありゃしない的な感情に、弾美は一人身悶えてみたり。
まぁ、本当に気にしないで行こう。瑠璃に呼び鈴を押して貰い、弾美は後ろで身構える。
強制挿入される動画があるという事は、こいつらが特別なモンスターだと言う事を示すのだが。映し出されたその敵の姿は、達磨の顔にやたらと大きな耳、ひょろっとした管にあばら骨をくっ付けただけの胴、手足はあるが存在するのは手首と足首から先だけと言う、とっても変な生き物。
デイタラボッチのようにやたらとでかく、各ログハウスから無理やり這い出るのは、赤と黄色と緑色の3体の巨人。迫力はとってもあるし、良く出来た動画だと思う。
でも、映っている生き物はやっぱり変。
丁度3軒のログハウスの真ん中の広場にそいつらは出現し、戦闘はいよいよスタート。弾美が手近な奴に殴り掛かると、3体は敏感に反応する。美井奈はそれより速く1匹目に矢を射り、タゲ取りに成功。
殴り掛かられつつ、2匹目にも攻撃。弾美に言われて、近くの敵に《フラッシュ》の呪文。怯ませてから脱兎の如く駆け出して、遠目で見ていた弾美は取り敢えず安心する。
『隊長~、はやく倒して下さいね~!』
『油断するなよっ!』
励ましの言葉もそこそこに、目の前の青ダルマモドキを殴り始めるハズミン。ルリルリがすぐにフォローに入る。二人とも強化系の魔法は唱え終わっているので、後はひたすら削るだけ。
連続スキル技のダメージも上々、敵の踏み潰しや叩き潰しも、連続で来るのが厄介だが、モーションが大きくなってる分避け易くなってもいる。
体力は結構あるが大した事無いかなと弾美も瑠璃も思い始めた頃、青ダルマモドキはとんでもない特殊技使用して来た。初めて見るモーションに、瑠璃は潰すべきかどうか一瞬迷う。
急に脱力のポーズをして来たかと思ったら、各部位がポロポロと分離して行く。
気付いたら2対7の超乱戦。ハズミンはタコ殴りの目に遭っていて、隣のルリルリもパニック模様。間の悪い事に手の平の特殊技の叩き潰しが飛んで来て、スタン状態のハズミンに新部位のお尻の付属のあばら骨ががっちり縛り付けキープ。
動けなくなった弾美は、仲間に指示を飛ばすしかない。美井奈からの通信も、敵がたくさんに分解したと慌てふためいた内容のもの。
『瑠璃っ、水晶玉使えっ! 美井奈も追い付かれそうなら、フラッシュか水晶玉で何とか対応しろっ!』
『了解ですっ!』
瑠璃も何とか了解したようだ。すぐさま間近で雷の水晶玉が炸裂し、範囲に巻き込まれた敵の縛り付けが外される。弾美は《シャドータッチ》の呪文で敵のHPを拝借、いい具合に弱り切ったお尻部位にスキル技を放って、何とか1匹撃破。
それがきっかけなのか、再び合体する青ダルマモドキ。瑠璃の回復が飛んで来て、弾美の体力をほぼ満タンまで治療する。やっつけた筈のお尻部位の部分は、何故か消えてはいない。
その事をどう考えれば良いのか、ちょっと悩む弾美。
『敵が再びくっ付きました、マラソンはまだまだ平気です!』
『おうっ、頑張れっ!』
美井奈の方もまだ平気らしい。こちらはもう一度袋叩きの目に遭ったら、ちょっと不味いかも知れない。一斉攻撃からの特殊技は避けようもないし、こちらが各個撃破されてしまう。
唯一の範囲攻撃手段の水晶玉は、瑠璃のポケットにはもう無い筈だ。敵のHPは既に半分を切ってはいるものの、予断を許さない状況には変わりなく。
弾美は瑠璃に、一縷の望みを掛けて通信を入れる。
『瑠璃、脱力のモーションが来たら麻痺撃で潰してみてくれ! 次来たらヤバイ!』
『わ、分った!』
自分の取得したスキル技の特性を、大カエル戦を通してもよく理解していなかった瑠璃。さっきのカエルはルリルリが接近し過ぎていたから、呑み込み技を使って来なかったようだし。
たまに雑魚に使ってもダメージがたった1しか出ないので、封印しようとさえ思っていたのだが。弾美に相談して初めて、敵の特殊技を潰すのに使うのだと理解した瑠璃であった。
意識して使ってみると、なるほど敵の特殊技を潰せるという事実はかなり有利かも知れない。そんな訳でSPは保存して、地味に光付与とクリティカルに頼って削る事に。
スキル技を撃ち込むタイミングを計りつつ、瑠璃はじっと集中。
果たして、青ダルマモドキの再びの脱力モーション。それしか待っていなかった瑠璃は、すかさず《麻痺撃》をお見舞いする。敵は脱力したまま、しばし固まった状態。
何をしたかったのか完璧に忘れてしまったように、身体を起こす青ダルマモドキ。思わず笑いそうになった瑠璃だが、なる程こういう使い方をするのかと自分の新スキル技に納得の表情。
程なく、1匹目のダルマモドキは沈没。ルリルリがヒーリングに入ったのを確認して、ハズミンは2匹目を引き抜きに向かう。
『1匹倒したぞ、美井奈っ。次行くぞ~』
『お願いします、隊長っ!』
2匹目の赤ダルマモドキは、美井奈が分離中に水晶玉でも使ったのだろう。弾美か引き抜いた時には、7割がたHPが減っていた。瑠璃は先程の戦法を見習って、ここぞと言う時に《麻痺撃》を繰り出す。敵のきょとんとした感じがツボにはまって癖になりそうな頃、2匹目も撃破。
3匹目は全員でタコ殴り。途中瑠璃の特殊技止めの失敗で慌てた場面もあったのだが。弾美がすかさずマラソンに引っ張って行き、瑠璃と美井奈で各個撃破に成功。
結局元に戻ったときのダルマモドキのHPは2割足らず、難なく削り切りジ・エンド。
『やった~! でも、今回も結構手間取りましたねぇ!』
『手強かったな、まぁ、ドロップが良かったから許すけどな』
『あんな仕掛けは反則だよね~! 最後、特殊技止めるの失敗しちゃってごめんなさい~』
ドロップは赤ダルマが炎系、黄色が土系、緑が風系の装備に対応していたようだ。主に胴装備のドロップだが、何とかもう1部位当たりが出た感じ。ただ、パーティ内で伸ばしている属性の品は無かったので、ちょっと微妙かも。
それでも、防御が上がったりは素直に嬉しい。弾美が赤の胴装備を貰い、瑠璃と美井奈はそれぞれ靴と篭手を貰うので決定。後の鎧は取り敢えず保留で、売るか予備にする事に。
――超プニョンの赤鎧 火スキル+3、腕力+2、防+14
――超プニョンの黄鎧 土スキル+3、体力+2、防+14
――超プニョンの緑鎧 風スキル+3、敏捷+2、防+14
――超プニョンの黄靴 土スキル+2、体力+1、防+7
――超プニョンの緑篭手 風スキル+2、敏捷+1、防+6
他にも風の術書や土の水晶玉、薬品類と消耗品関係も結構なサービス振り。おまけに弾美と瑠璃はレベルが上がり、ボスエリアに向けて弾みがつきそうな予感。
片手剣スキルの振り込みで、ハズミンは久々に峠越しのスキル取得へ至った。残念ながら補正スキルの《種族特性吸収》で、瞬発性の向上とはいかなかったが。
これは種族に対応する特性を、たまに吸収する作用のあるスキル。ハズミンは闇属性だから、斬撃の何度かに1度、敵のSPを吸収する事があると言う感じだ。例えばルリルリがこれを覚えれば水属性なので精神力、ミイナなら雷属性なので器用度を吸収すると言った所。
もっともステータス吸収で加算された分は、数分で消えてしまう。加算の上限も、もちろんある。
* *
ヒーリングと装備の交換、ポケットの補充を終え、一行は意気揚々と仮称ボスの間へ向かう。途中の雑魚を軽快に狩りつつ、ようやく見えて来た不気味な景観の大きな入り口。
アーチを造っている柱は古めかしく、数ある彫刻は半壊していて障害物に成り下がっている。そんな遺跡めいた建物内をちょっと進んだだけで、すぐにもう一回り小さな門が出現する。
緊張する面々だが、怯えの色は無い。ここまで来たら引き返せない、開き直りとも言うが。
『用意はいいか? 今回も仕掛けがあるかもだから、しっかり観察する事!』
『了解ですっ! 私も考えますっ!』
『……今のは美井奈ちゃんの言葉? それとも……お母さん?』
えへへと誤魔化し笑いが響く中、ヒーリングと魔法強化も程良く終わり。ハズミンを先頭に、ボスエリアへと突入する一行。そして、差し出がましくも挿入される強制演出動画。
今回のフィールドには、からからに枯れた大木が数本、さらに部屋の奥に鎮座する火釜のような物体が配置されていた。踊るように立ち上がる炎が、不気味に人の顔を形作る。
そして今回も、動きようの無いセットに成り下がっているエリアボス。恐らく倒すのは簡単なのだろうが、エリア内に仕掛けは確実にありそうだと推測出来る。
それを解き明かそうと、真剣なパーティメンバー達。
『今回は、どんな仕掛けがあるのかな~?』
『ん~、今回も敵は動きそうにないな。ちょっと俺だけ近付いてみるか』
弾美が独りで、そろそろと火釜に近付く。他の二人は、そちらを注意しつつもフィールドの観察も怠らない構え。早くも美井奈から、下の層と同じく、右の壁に隙間があるとの報告が。
弾美が一定距離に近付くと、今回釜から湧き出たのは炎の形のモンスター。釜から零れ落ちるように出現し、その場に暫し佇んでこちらの存在に気付くと。
ヨチヨチと歩みも鈍く、近付いて来る。
『炎……を利用して、壁を昇るって可能なんですかねぇ?』
『ん~、よく分からないけど……枯れ木を利用するんじゃないかな?』
『そうだな、二番煎じは絶対無いから、敵を倒した時のアクションも違うんだろうな。試しにちょっとやってみようか、枯れ木の近くでこいつら倒すぞ』
数匹の炎型モンスターは、やっぱり弱くて一薙ぎで倒れてしまう。その代わり、倒れてもしばらくはその場で燃え続けて、不用意に近付くとダメージを受けてしまう仕様のよう。
身を持ってそれを知った美井奈は、恥ずかしそうに炎と距離を置くように移動。
――そして、自分の方向に倒れて来た枯れ木に腰を抜かしたようだった。
『び、びっくりしたっ! 木が倒れて来ましたよっ!』
『うわぁ~、良い具合に倒木の道が出来たねぇ……ちょっと拍子抜け?』
『お~、下の層を解いてたからかな、簡単に感じたのは』
倒木は斜めに壁に寄りかかり、いい塩梅に壁の隙間の空間に移動できる架け橋になってくれた。ちゃんと移動出来る事を確かめて、弾美は先頭に立って進み始める。
後に続く女性陣、下の層と変わらないのは、宝箱の設置も同じ。
『下の層と同じだね、のぼり切ったらボス戦かな?』
『かもな、心の準備しとけ~』
『了解ですっ、隊長!』
宝箱は2つは当たり、1つはミミックだった。光の術書と闇の水晶玉、それに戦闘の結果手に入れた宝箱の鍵。その結果を目にして、一同はあれっと言う顔になる。
何しろ、前回はボスを倒しての鍵のドロップだったのだ。何だか様子が違う。
のぼり切ったボス裏の壁の隙間には、やっぱり3つの宝箱が配置されていた。ただし、もの凄い用心のパーティをあざ笑うかのように、ボスの姿は影も形も無し。
宝箱の1つからは生命の果実、食べたキャラはHPが永続的に+10も上がるアイテムが出て来た。残りの2つは、エリアボスの代用にもならないミミック×2匹。
やっぱり鍵を2つ落として、さあ鍵付きの宝箱はどこ?
『……あれっ、今回は凄い装備や強いボス戦は無し?』
『無いのかな……調べる場所を間違えたのかも、分からないけど』
『えっ、でも……他の壁には隙間なんてないですよ? 』
エリア内を見渡す限りでは、確かに美井奈の言う通りである。少女は無用心に断崖の端っこに立ち、ボスエリアをじっくりと眺めているよう。他の仕掛けはないかと宝箱をチェックしていた弾美は、ちょっと諦めモード。
瑠璃は雷娘の隣で、全く動かないボスを見ていた。他にヒントになる物は無いか、しばらく視線を彷徨わせる。
『あれ……あの枯れ木だけ、不自然に大きい気がしませんか?』
『あ~、ボスの裏にある? こっちから見たら手前だけど……何か中が空洞に見えるね~』
どれどれと、弾美が見下ろしグループに混じってみると。なる程確かに、背の高さの2倍程度で上辺を消失している枯れ木は、他のものより大きく、中が空洞に見える。
仕掛けがあるとしたら、他と明らかに違うというのは大きなヒントかも。
『時間もまだあるし、ちょっと行ってみよう。駄目なら、諦めてエリアを出ればいいだけだしな』
『了解~、何かあるといいな~』
一行は、元来た道を辿ってボス前へと到達。再び、せっせと生み出される火の粉モンスター。程々のスピードでその敵を誘導して、一行は部屋の上から怪しいと睨んだ、太い枯れ木の前へと陣取ってみる。
ハズミンがちょっとずつずらしながら、枯れ木のすぐ側で寄って来た敵を倒して行く。仲間が息をのみながら、倒した場所に変化が無いかをじっと観察している。
燃え落ちた枯れ木の表面の一角は、見事に通路を出現させた。歓声と共に、ヤッターの声。
『おおっ、危なくダミーに騙されるところだった!』
『やった~、美井奈ちゃんよく見つけたね~!』
本当に美井奈だったのかは敢えて触れずに、三人は恐らくのボス戦に備えての準備。強化魔法を掛け終わると、弾美を先頭に滑り台のような隠し通路に滑り込んで行く。
前回の苦戦を覚えているので、弾美は既に武器をレイブレードに代えている。神水と炎の神酒もすぐに使えるように用意しつつ、一同は隠しボスエリアへ。パッと見た感じは、薄暗い巨大な洞窟内を思わせる。
エリアに入った途端にBGMがチェンジ、ボス戦のスタートだ。
目立つのは中央に鎮座する、巨大な昆虫の親玉みたいなモンスター。腹の部分は女王アリとか女王ハチみたいに膨んでおり、巨体さ故に動けそうも無い感じ。
その代わり嘘みたいに長い6本の前足が、広範囲に自在に動くようだ。さらに、飾りにしか見えない翅が不快な音を立てたと思ったら、ボスの両脇に渦巻き状の敵が2体湧く。
ギチギチと不快な音を立てて、巨大蟲が鳴く。口は鋭い鋏状だが、上体は真っ直ぐ立ち上がっているので直接噛み付いてくる事は無いだろう。
弾美はウィンドウを開いて、まずは神水を使用。打ち合わせ通り、まずは単独で突っ込んで一撃を見舞う。すぐさま見舞われる反撃と、渦巻き2体の囲み込み。
瑠璃はその内の1体を相手にしようと思ったのだろう。ボスの範囲攻撃が来ないと知ると、ハズミンとの間に割り込むように動く。美井奈も、瑠璃とは別の渦巻きに果敢に攻撃。タゲを取ってしまったが、HPの値を見る限り雑魚である。
連続攻撃でさっさと削り切ろうと攻撃を仕掛ける。
『わっ、ハズミちゃんっ……壁際に何かいるっ!』
『わ~っ、渦巻きに突き飛ばされましたっ……って、うわっ、卵がいっぱい~!!』
渦巻きの突き飛ばしを喰らったのは、まずはルリルリ。壁際まで飛ばされたと思ったら、恐らくは仕掛けで用意されていたのであろう。ずらりと並んだ蟲の卵の列が反応する。
そいつ等は卵の中から酸を吐いたり、生まれ出て来て殴りかかって来たりとやりたい放題。挙句の果てには変な蔓が絡み付いて来たり、卵とは関係ない仕掛けまで作動する始末。
渦巻きを倒すつもりが、余計な敵を増やしてしまう結果に。
接近される前に削り切るつもりだった美井奈も、スキル技をケチったせいで第2犠牲者に。瑠璃とは違う方向の、奥の壁に飛ばされて同じく幼虫にたかられる悲惨な運命を背負い込む。
やたらと騒がしい、女性陣の協奏曲。
一方、弾美もボスの固い甲殻と多彩な攻めに苦戦中。左右から飛んで来る節くれだった昆虫の前足攻撃を盾で防ぎつつ、お返しにと斬撃を振るうものの。真上から降り掛かって来る酸の唾攻撃は防ぎようが無い。
意外にダメージが少なくて助かったとの思いも束の間、ログに盾と剣の耐久度が1つ減ったとの表示が。一瞬にして顔色を失う弾美。それもその筈、今装備してる武器は虎の子のレイブレード。
耐久力は元々、初めからたった2しか無いのだ。
弾美は決意して、巨大女王蟲の側面に廻り込む。一向に来ない仲間の応援に苛立ちつつも、削られたHPをボスから魔法で奪い取る。少量だったが、一息ついた。
ボスはやはり動けない模様で、代わりに前足攻撃が2本から3本に増えた。しかもたまに尻尾から毒針の遠隔攻撃を見舞われる。それでも耐久度減の異常よりはマシと、弾美は悲壮な覚悟で女王蟲を殴り続ける。
『お姉ちゃま、助け合ってまずは1匹、ぐるぐるを倒しましょう!』
こちらの凸凹コンビはと言えば、いまだに渦巻き2匹に苦戦中。って言うより、壁にぶつかって増えた敵相手に、余計な経験値を稼いでいる状態だったり。
機転の《フラッシュ》で難を逃れた美井奈が、離れた場所の瑠璃にやっとの事で合流する。合流して分かったのは、各々の残りHP。瑠璃が4割、瑠璃前の渦巻きが9割、美井奈が6割、美井奈の相手の渦巻きも同じく6割である。
卵から生まれた、軍隊アリのような雑魚も割と多数。瑠璃はヨレヨレのまま美井奈に近付いて、敵の中心に向かって水の水晶玉を使用。さすがに水属性の瑠璃が使うと強烈である。
雑魚はあっという間に瀕死に、弱っていた方の渦巻きも更にヨレヨレに。
『……この仕掛け、酷すぎるっ!』
『お、お姉ちゃま?』
完全に仕掛けに翻弄された瑠璃は、久々の半ギレ状態。腰の引けている美井奈を引き連れて、まずは弱り切った渦巻きを撃破して。雑魚を蹴散らしすっきりした所で、HPの半減した最後の渦巻きを二人で削りに掛かる。
瑠璃と美井奈の攻撃だと、今では美井奈の方がダメージが高い。タゲが時々ふらつきながらも、それが逆に吹き飛ばしの特殊技を避けるきっかけになった模様。最後は瑠璃のクリティカルで、2匹目の渦巻きも昇天。
大急ぎで弾美のフォローに廻る二人。
『遅いっ!』
『『ごめんなさい~!』』
驚いた事に、弾美はソロで既に半分近くもボスのHPを削っていた。自身のHPも、取り敢えずの安全圏で、それでもかなり必死な様子。美井奈に自分の毒の回復を、瑠璃に毒針飛ばしの特殊技の潰しをそれぞれ頼み、ルリルリが張り付いたのを確認して炎の神酒を使用する。
女王蟲の毒針飛ばしは、来る前に尻尾の先に針の生えるエフェクトで、見分けるのは簡単だった。すかさず《麻痺撃》で技を封印、弾美への毒攻撃を回避する。
状態異常回復に待機していた美井奈も、これで安心して削りに集中出来るように。武器が壊れる回数ギリギリまで《貫通撃》を放ち、ボス蟲のHPはみるみる減って行く。
いい加減、蟲の発するギチギチと言う鳴き声も聞き飽きた頃、ようやくとどめの一撃で巨大女王蟲は死骸へと姿を変えて行った。途端に、周囲のグラフィックにも変化が現れ、蔦の中に挟まっていた卵の列が萎れて行く。
気付いたら、女王蟲の背後に階段が出現していた。虫の卵が消えたため、のぼれる様になったようだ。頂上には3つの宝箱、その奥には上へと続く梯子が設置されている。
『ハズミちゃん、ごめん~! 途中まで全然役に立てなかった……』
『そんな、ちょっとぐるぐるに翻弄されていただけですよっ。気にしちゃ駄目です、お姉ちゃまっ!』
『二人とも翻弄され過ぎだっ……まぁ、ああ言う仕掛けは喰らってナンボ、なのか?』
『それはそうと、ちょっと蟲とか卵とか気持ち悪かったかも……』
少々回復時間を取りながら、軽口の叩き合い。その後はお楽しみの宝箱チェック。ボスの女王蟲からは顎鋏の短剣、女王蟲の翅飾り、風の術書と水晶玉、金のメダルにあとはレア素材や薬品などが。
宝箱には炎の宝珠、流氷の髪飾り、炎の呼び水というNMのトリガーアイテムが入っていた。
詳しい性能はこんな感じ、短剣は使用できる者がいないので売るか交換に廻す事に。
――女王蟲の翅飾り 風スキル+3、敏捷度+3、SP+10%
――流氷の髪飾り 水スキル+5、氷スキル+5、MP+25、防+8
2つ目の流氷装備も、やはり女性専用らしい。瑠璃が持つ事に満場一致で決定し、ルリルリのMPとか水スキル、氷スキルは大変な数値に跳ね上がって行く。
結果、水スキルから《ウォータスピア》の魔法を取得。文句無しの攻撃魔法で、スキルが上がるごとに威力も上がる。氷スキルからは《魔女の囁き》という強化系の呪文。
これを先に唱えると、次の呪文の威力や効果時間がアップする補助系の魔法だ。
『おめでとうございます、お姉ちゃま!』
『ありがと~、これでルリルリも遠隔攻撃出来るよ~!』
『炎の宝珠、誰が取る? 美井奈欲しいか?』
『ん~、私MP少ないから……それにやっぱり、魔法をたくさん覚えても使い切れないかも……』
『雷属性キャラは、アタッカー向きだからなぁ……後衛系のステータスは確かに弱いかな』
そんな相談や魔法取得の報告を終えた後、一行はエリア攻略がまだだという事実に気付いて。用意されていた梯子をのぼると、さっそくエリアボスの火釜とご対面。
ダミーの宝箱の置いてあった丁度真下に隠し部屋があり、スイッチの仕掛けでパカッと扉が開いて。そうしたら、丁度ボスの真後ろに出たと言う訳だ。
反応した火釜は何はともあれ火の粉を飛ばし、脅威にもならない業火の音色を奏でている。
『せっかくだから、瑠璃の新魔法でやっつけて貰うか』
『そうですね~、私の弓ももう壊れちゃいそうで怖いですし』
『わかった~、行くよ~?』
雑魚の掃除は弾美にまかせ、覚えたての《魔女の囁き》から《ウォータスピア》のコンボ技。豊富なMPから放たれる水の槍は、ボスのHPをあっという間に半減させてしまう。
おおっという、パーティ内の歓声、はっきり言って凄い威力だ。今までのルリルリからは想像出来ないダメージを叩き出し、思わず調子に乗る瑠璃だったり。
もう一度と魔法の準備に掛かるルリルリに、火釜の反撃の炎系魔法。
不意を突かれて大慌ての一行。完全に下の層の仕様と同じで、反撃は無いと舐めて掛かっていたのだ。再度飛んで来たのは、範囲攻撃の炎系魔法だったりして。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、とにかくやっつけてしまえと女性陣から次々と魔法が飛んで。気付いた時には脱出用魔法陣の前に、ヨレヨレの三人の冒険者の姿が。
誰も言葉もなく、呆れているのやら怒っているのやら。
今回も攻略時間は1時間20分くらい、ステージ5最後のアスレチックエリアに挑む時間は充分ある。最後の戦闘で無駄に消費したHPやMPを中立エリアで回復しつつ、残った薬品のチェックと補充、ポケットに仕舞い込む一行。
『……何か、どうしようもなく意地悪ですね、イベントの製作者の人?』
『そうだな、油断させて襲うのが異様に上手だな……』
『酷いよね~、突き飛ばしといてトラップに追い詰めたりとか、そういう事しちゃ駄目だよ!』
駄目だよと言われても、そう言う仕掛けとモンスターを攻略してこその冒険者。って言うか、達成感も高まるというもの。アスレチックエリアは今回もきっと酷いぞと弾美に脅され、女性陣は早くも批難モード。
まるで弾美が悪いような言われよう、話の論点がずれまくっている。
とにかく、凶悪なボスやNMが出ない分、仕掛けが異様に嫌らしいアスレチックエリアである。三人でのアタックは、これが2回目。まだまだ慣れているとは言えないが、遠隔攻撃を使える美井奈がいた分、前回はちょっとだけ余裕があった。
何しろ、近付くまで攻撃されっ放しという事態だけは避けられる。
『おっと、今回は瑠璃も遠隔魔法が使えるなぁ……それじゃ、ヒーリングトラップだけ気をつけて、さっさとクリアしような』
『了解です、弓の修理も完了しましたけど……矢束の残りがちょっと、心許ないかなぁ?』
『う~ん、実は武器屋の矢束は売り切れなんだよねぇ。合成は素材が足りないし、困ったなぁ』
『俺の持ってる、予備の矢束やるよ。でも、次のステージで売ってないとヤバイな……』
この中立エリアを起点にしている冒険者の数も、もうそれ程多くないとは言え。それより遥かに多い人数のプレイヤーが、ここを通り過ぎて行ったのだ。品不足はなかなか回復しない模様。
次の中立エリアも恐らく似たようなものだろうが、敵の素材ドロップも思うように行かないのも事実。何とかどこかで入手しないと、削り手段の一つを失う事態にもなりかねない。
これもイベントの意地悪な仕掛けなのかと、人間不信に陥りそうなパーティだったり。
不満ばかり並べていても仕方が無い。少しでも輝かしい未来を求めて、一行はいざステージ5の最終エリアに挑む。残り時間は充分あるし、余裕を持ってクリアしたいものだ。
見慣れた筈のステージは、しかしのっけから趣を変えて来ていた。
『あれ……前回のマップと違いますねぇ』
『むうっ、思いっ切り二手に分けて、各個撃破を狙っている感じが見え見えだな』
ステージ2から見慣れていたつづら坂は、今回はお休みの様子。代わりに真っ直ぐな階段がどこまでも続いており、階段の真ん中には石製の人の背の高さの灯篭や柵が設置されている。その中央のオブジェが、左右の行き来が出来ないように障害物となっている。
右の階段と左の階段。どちらか一方を三人で選んでも良いのだが……丁度視界ギリギリに、宝箱がどちらの道にも置かれていて、取って下さいと言わんばかり。安全策を取るなら、片方は完全無視が良いのだろうが。
弾美は、そういう挑発めいた仕掛けは敢えて乗るタイプ。
『よしっ、俺と美井奈が右を行くから、瑠璃はソロで左な。いざとなったら、美井奈が遠隔でこっちに釣ればいいから』
『あ~、そうだねぇ。それならこっちも安全かな?』
呆気なく納得する瑠璃。タゲを取って貰えるなら、そこまで危険な事は無い筈である。何より宝箱のスルーは後で何が入っていたか気になって、精神衛生上よろしくない。
そんな訳で、初めての二手に分かれての変則攻略のスタートである。最初の登りは敵影も全くなく、一行は余裕の移動で一気に宝箱まで辿り着く事に成功。
宝箱は左右それぞれ1個、階段の踊り場に置かれている。
『おっ、雷の術書か。美井奈取っとけ』
『ありがとうございます、お兄さんっ!』
『こっちは魔力の果実だ……MP伸びるから、美井奈ちゃんあげるよ』
『えっ、いいんですか、お姉ちゃまっ?』
感謝しまくる美井奈をせかし、一行は更に上を目指して階段を登って行く。ちらほらとモンスターも出て来るが、それ程強くもない感じ。今のところ、瑠璃でもサクサク倒せているようだ。
宝箱は要所に点在し、中からはエリクサーや炎の神酒などの薬品類から、片手斧や片手槍などの高価な武器が。パーティを二つに分けて正解だったと、弾美は内心喜んでいたが。
仕掛けが作動するのは、実はここからだったり。
階段はやがて、赤い鳥居の様なものを潜るように細くなっていた。そしてその横に、やたらと大きなちょうちんの飾りが。弾美達の方だけ灯っていて、瑠璃の方は暗くて不気味な感じ。
仕掛けが作動していたのは、灯りのついていない瑠璃の方。暗闇が邪魔して鳥居を潜れない。
『あれ、ハズミちゃん……先に進めなくなってるよ?』
『ふぬっ? ……あ~っ、何かちょうちんがタゲれるな。多分仕掛けが……』
なる程、確かにちょうちんにカーソルが移動する。瑠璃はこわごわとそれをクリック。ちょうちんに明かりが灯り、鳥居が明るい表示に切り替わった。ところが反対側にいた二人には、突然の暗闇とダメージに加え、鈍いとついでにドーム効果のプレゼントが。
大混乱のパーティメンバー。通信を通じて弾美にお叱りを受けた瑠璃は、一体何の事やら。通れるようになった鳥居を抜けてみると、反対側の二人は闇のドームに囲まれて全く見えず。
その闇に突入して行く、化け猫やコウモリなどの暗視付きの敵を見て、瑠璃は顔面蒼白。
『ハズミちゃん、敵がいっぱい入っていった! 逃げて!』
『どこですか~、逃げれません~真っ暗です! また食べられちゃった!?』
『ちょうちんどこだっ? こっちからは操作出来ない、瑠璃頼むっ!』
慌てていた瑠璃は、離れて操作すれば良いものを。鳥居の真下から移動するのを忘れて、ポチッとちょうちんクリック。その途端に向こうの闇は、きっかりと晴れたらしい……瑠璃は闇に見舞われて全く見えないけれど。
なる程、モンスターに食べられるとこんな感じで画面が真っ暗になるらしい。変なテンションで感心しながら、瑠璃は全くなすすべ無し。その内、こちらの闇ドームにも敵が侵入して来たらしい。
HPが素敵に下がって行くのだけは、パーティ表示のバーから確認できるのだが。
半ギレで何か分からないモノを殴っていたら、急に視界が晴れた。目の前には3体の敵がいて、自分にたかっている。ミイナの遠隔攻撃の手助けで、何とか死なずに済んだのだが。
肝を冷やした瑠璃は、二人にしっかりお詫びと謝礼。闇ドームの範囲から出たのを確認した弾美が、再びスイッチを切り替えてのぼり始める。
ところが、少しものぼっていない内に次の仕掛けが待ち受けていた。一番単純な、上から岩が転がり落ちて来る罠なのだが、全員闇トラップの鈍いに掛かっているため始末が悪い。
幾つかぶつかって洒落にならないダメージを受けつつ、なかなか収まらない落下に焦れ始める一行。ふと見れば、中央の灯篭にカーソルが移動するのに気付いた美井奈。
『隊長、真ん中の石の灯篭にカーソル移動しますけど! これは落下を止めるスイッチでは?』
『よく分からんが、取り敢えず試してみろ、美井奈っ!』
隊長の弾美の了承を得た美井奈は、勢い込んで灯篭をクリック。ポッと明かりが灯って、マップの中央の柵に変化が。弾美と美井奈の通路に蓋をするように傾くと、転がる岩は全部瑠璃の通路へと押し寄せていく。
もはや避けようもない瑠璃は、自分に回復魔法を掛けるよう専念するだけ。しばらくしたら、ようやく落下は止まり、ルリルリのHPの減少度も辛うじて持ちこたえた模様。
『…………ハズミちゃん?』
『仕掛けを触ったのは美井奈だぞっ!』
『ええっ? 触っていいって言ったじゃないですか、隊長っ!』
しばらくは収拾の付かない罪の擦り付け合い。MP空っぽの瑠璃は、それでもこのエリアでのヒーリングを躊躇していたが。座っても何も起こらない事に、最大限の安堵のため息。
口論は取り敢えず、お互い様で言いっこ無しという結論に。
実の無い喧嘩より、形に残る宝箱の中身が何より嬉しい。左右併せて8個目の宝箱からは、経験値と剣術指南書が。これにより、美井奈がレベル20に。2つ目の種族スキルも覚え、使えるかどうかは別として割と戦闘向け。
指南書も貰えると聞いて、実井奈はもはや感謝を通り越して恐縮しきり。
『だって……私ばっかり貰って悪いですよ! これはお二人どちらかが使って下さい!』
『だって美井奈が一番弱っちいじゃん』
『弱いかどうかはともかく、私とハズミちゃんはスキル技取ったばかりだしね~』
二人に押し切られる形で、美井奈は結局指南書を有り難く頂戴する。スキルに更に+2して、3つ目の弓術スキル技取得も、後もう一息と言う感じである。
ゲーム初心者の美井奈は、自分のキャラがそこまで強くなったためしがない。
15分も経てば、半分以上は来れただろうかと言う感じだけれど。ようやく広い踊り場が見えて来て、中央に大きな岩のオブジェが。相変わらず合流は出来ないのだが、真ん中にあるのでどちらからもタゲれる仕様になっている。
何かと思えば、やっぱりポスター広告の仕掛けらしい。これには嫌な仕掛けはないだろうと、みんなで一斉にクリック。
――ファッションプラザ・ヨシナガでは、5月の春物在庫一掃セール中! 梅雨に備えて、まだまだ暖かい羽織り物系は必要ですよ! この機会を、ぜひお見逃し無くっ☆
『わっ、駅ビルのお洋服屋さんですね……って、何かTシャツ選んで下さいって出てますけど?』
『色に対応して、何か属性効果が付いて来るらしいな……俺は黒でいいや』
『ん~、属性効果なら私は水色かなぁ? でも、白の光スキルもいいかなぁ』
結局瑠璃は白を、美井奈は紫色のTシャツを選択。胴装備のようで、防御力は+1と無きに等しいのだが……それぞれ属性スキルが+3付いており、2時間着用ごとに+1同化されて行く仕様だとの説明文が。
有り難いのだが、ダンジョンをTシャツでうろつく冒険者というのも、シュールで笑える。
『中立エリアでもいいんですかね、これ着るの?』
『そりゃそうだろ、これ着たまま、さすがに敵と戦えないぞっ!』
取り敢えず明日試してみようと言う事で話はまとまり、再び階段に挑む一行。後半エリアは段々と敵が増えて来て、パーティの休憩を誘う気満々な気がしてならない。
挙句の果てに、ここに来ての中ボス登場。どこから見てもトーテムポールのような木の積み木は、丁度真ん中の台座の上にピンとそびえ立って一行を見下ろしている。
その脇に、宝箱が左右に1つずつ。
『ヒーリングしたいけど……しないほうが良い?』
『エーテル使うの勿体無いしなぁ……美井奈は余裕あるか?』
『俊敏の魔法を結構使っちゃってるんで、私もヒーリングしたいですけど……』
見渡してみても、周囲に不審なものは無いっぽい。女性陣から見ての確認も、だいたい同じ答え。相変わらずの下から登って来た道と同じ景色で、中央には灯篭と柵の障害物。反対の壁側にも、特に目立った痕跡は無い。
大丈夫だろうと結論を出して、女性二人はヒーリング。中ボスは視界ギリギリで動きは無し。変化が訪れたのは、一番近くの石の灯篭だった。少しずつ明かりが灯り始め、気付けはキャラ達の影が放射状に長く伸びて行く。
そしてその影、本人とは別行動を取り始めたり。
『わっ、わっ、何か湧いてる……ドッペルゲンガー!?』
『げげっ、コイツその上位種の魔人だっ、強いぞ!』
『え~~っ? これが噂のヒーリング潰し!?』
現れたモンスターは、ドッペルゲンガーの上位種の影盗魔人。キャラのデータを盗んだ上に、相手の通常攻撃半減や魔法攻撃などを多用してくる手強い相手だ。しかもドッペルゲンガーの、自分のコピーした本体のみを付け狙う特性は全く同じと来ている。
それを知っている瑠璃は、再び顔面蒼白。
剣の応酬では、まず勝てない相手ではある。ましてやタイマンでは、全く勝てる自信が無い。一応身構えていた弾美は、先手を取って自分のコピーを殴り始めたのだが。女性陣はMPもほとんど無い状態で、いきなり苦戦を強いられる。
美井奈がコピーの攻撃で、かなり不味い状態になっている。弾美は助けの通信を聞くと、ミイナのコピーに照準を切り替え、詠唱しかけの魔法を間一髪で止める事に成功。
瑠璃もほとんど絶望状態。ただ、魔法を喰らって大幅にHPを削られる事態は《麻痺撃》で食い止める事が出来ているだけマシな程度。コピーもやっぱり細剣使いなので、直接攻撃はたまのクリティカルがちょっと痛い程度。
こちらから殴るのは、SP稼ぎ程度の効果しかない。瑠璃の攻撃は、ほとんどが一桁のダメージしか出せず、これで勝てるなら魔人は評判倒しである。
美井奈は取っておきのエリクサーを、弾美の指示で使用したようだ。回復した魔力で、弾美を小回復。更に《ホーリー》の魔法で自分のコピーを追い込んで行く。
『ついでだ、水晶玉も使っちまえ、美井奈!』
『了解です、カバンの中からの使用なので、ちょっとお待ちを!』
言葉通り、ちょっとの間の後に炎の範囲爆発が作動。それでもさすがに魔人の名を冠するだけあって、魔法攻撃にも耐性がある模様の3体の敵。
弾美と美井奈の二人掛かりで削っているコピーのHPが、やっと半分に減少した程度。残りの2体は8割も残しており、瑠璃のコピーに至っては回復魔法を唱える有り様。
絶望感の波紋の中に、しかし微かな光明も。
瑠璃が気付いたのは、交戦している敵への違和感ではなく、明かりの灯った灯篭。美井奈の水晶玉の攻撃に、一瞬だけHPバーと名前が浮き出たのだ。今はネームレスの非キャラ表示だが、いつの間にかカーソルが移動出来るようになっている。
ほとんどヤケっぱちの瑠璃は、なけなしの魔力で《ウォータースピア》の使用に踏み切る。ただし、標的は目の前の分身ではなく、灯篭に向けての魔法の撃ち込みだ。
魔法の詠唱は奇跡的に止まらず、瞬間、戦況に大きな変化が。
『うおっ、なんだっ? 瑠璃、今何した?』
『もう一個、水晶玉あったんで使いますよ~、隊長っ!』
周囲に風の爆風が轟き渡る。灯篭の光を得られなくなり、極端に弱った影盗魔人達はその一撃で揃って消滅。その前に、既に瑠璃の機転で3体のHPは1割までに衰弱していたのだが。
魔法と水晶玉の攻撃で壊れた灯篭を見遣りながら、瑠璃は諦めるものでは無いなと実感する。正直、今回こそ駄目だと諦めかけてしまっていたのだ。
『光の点いてた灯篭、攻撃出来る事分ったから……攻撃したら壊れちゃった』
『な、なるほど~元を破壊して弱らせれば良かったんですね、さすがお姉ちゃまですっ!』
『凄い機転だな……でかしたぞ瑠璃!』
弾美が上機嫌なのは、ドロップ内容にも起因していた模様。各自の属性の術書と水晶玉がそれぞれドロップしており、灯篭からは光の呼び水というトリガーも出た。しかし、何よりの当たりは《複合技の書:細剣》である。
武器のスキル技は、普通はスキルポイントを割り振って一定の数値で取得するものである。しかし、複合スキルに限っては全く話が別。複合スキル技は非売品の書を消費して覚えなければならず、書を入手するのも覚えるのも結構大変なのだ。
瑠璃のコピーが落とした細剣の複合スキル技は、細剣のスキルが30、氷が20無いと覚える事が不可能らしい。今の瑠璃には使う事はもちろん、覚える事すら無理なのだが……取得すれば強力な切り札になるに違いない。
更にはハズミンとルリルリ、同時にレベルアップ。影盗魔人は経験値も良かった模様。
こうなると、次に控えるトーテムポール風の中ボスなど雑魚扱いされてしまう始末。一度仕掛けが作動した場所では、ヒーリング潰しは二度と起こらない事は分っていたので。
休憩後、一行は中ボスを軽く一蹴。中エーテルや木製武器のポールや木の素材、宝箱からは精神の果実や金のメダルをゲットして、そのまま見え始めた頂上へと急ぐ。
道中MPはなるべく節約して、ヒーリング無しで最後の決戦場へ向かうパーティ。ボスよりも仕掛けが怖いとの意見は、実は全員一致の言葉だったり。
ボスの強制動画も大した感銘を受けず、何よりようやくパーティが合流出来た事実が瑠璃にとっては嬉しい事この上ない。強化魔法もそこそこに、ボスに取り付き殴り始めるハズミン。
ボスは、このエリアのお決まりにすっかり定着した感のあるゴーレム。外装甲はやや堅いけど、中ボスよりは多少強い程度の敵を、一行は苦も無く撃破する。
安堵の通信は、ボス打破では無く、このアスレチックエリア走破に対しての感想である。
『やった~、途中怖かったけどクリアですっ!』
『怖かったな……色々文句言いつつも、仕掛けの意地悪さを舐めていたかもなぁ』
『私は半分諦めてたけど……ソロで登れって言われた時点で』
『それは諦めるのが早過ぎだ、瑠璃っ!』
土の術書や中エーテル、素材などのドロップを確認しつつ、ようやく訪れるに至った6番目のステージ。ここをクリアすると、念願の地上である。パーティの士気もさらに上がり気味。
何にせよ、三人で無事に到達したいものだ。
――凶悪な仕掛けに毎回たじろぎつつも、やっぱり攻略は楽しみな弾美だった。