表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

♯01 期間限定イベント開始!

 5月の始まりと共に、街中にはどこか不穏な空気が漂っていた。今の季節に丁度良い感じの青空が広がる平日の午後、他とは根本的に違う理念で創り出された、環境モデル都市『大井蒼空町』――区画整理も住居環境も設計段階からきっちりとなされ、住民もIT企業関係者とその家族を優先的に受け入れた街。

 学園都市の側面も併せ持っており、街の南側にはエスカレーター式の有名な公立学園が建ち並んでいる。もちろんその周囲には、学園生活に必要な設備もそこかしこに目立っている。

 例を挙げると、国内屈指の書籍量を誇る図書館、総合体育館、音楽ホール、文化会館、毎月企画の変わる芸術会館などなど――。

 学生達の質も、それにつられて高いとの認識が公然と存在している。


 もちろん学校に通う生徒達は、恵まれた環境の中で学園生活を過ごす事が出来る。学校のカリキュラムも、他とは変わったユニークで独創的なものが多く存在する。

 小中高一貫の地元の付属学校の教育システムは別として、大井大学は全国的に名前が有名である。各学部を取り揃えてある総合学部を誇る私立の大学なのだが、特に情報や理系の学部はレベルが高いとの噂である。

 その一方で、全く関係ないケーブル事業でのゲームイベントが、学生を中心に流行しているのも事実だったりする。まぁケーブル事業という範囲の狭さが、この街のみにその流行を留めているとも言えるのだが……。

 ――その流行も、ある意味奇跡なのかも知れないけれど。


     *     *


「ようやく5月だ、ファンスカの季節限定イベント始まるなっ!」

「おうっ、朝のうちにダウンロードしといたけど、結構時間掛かったぞ?」

「えっ、そうなのか……今回は4週間の長丁場らしいし、それだけ内容も凝ってるって事かも?」

 

 大井蒼空町の、自慢の学園エリアのほぼ西南に位置する中学棟。一学年平均5クラスは、少子化の進む今の時代多い部類だろう。さらにその中の2年B組の教室内。時間は放課後、校内清掃ももうすぐ終わりで、残りはホームルームを残すのみ。

 後はもう、学生の特権の放課後の自由時間が待っている。


「前情報が、今回はほとんど出て来なかったからなぁ。凄いひねった舞台とかかもな、今回は」

「よく分らないけど、前回のイベントは不評だったからな。それなりに力を入れてるかも」


 教室掃除の行われる最中、主に雑談と掃除音楽の奏でる喧騒の中。立花弾美(たちばなはずみ)江岡進(えおかすすむ)は、箒を片手にオンラインゲームの内緒話で盛り上がっていた。一応、真面目に手は動かしているが、どちらかと言えば二人とも早く学校から解放されたいがため。

 小学校からの恒例行事なので、特に面倒とかかったるいという事は無いのだけれど。早く家に戻りたい日などは、やっぱり気もそぞろになってしまうのは否めない。

 何度と無く時間をチェックしても、もちろんその分時が速く進む訳でもなし。

 

「今日は部活の無い日で良かったな、ギルドメンバー全員でイン出来る」

「そうだな、ゲーム内の集合場所とか決めて、夕食までに素早くイベント内容を把握したいかな」


 オンラインゲームと言ったが、実際はちょっと違う。このモデル都市は、全家庭というか全建物に高速光ファイバーで情報通信末端を提供している。その通信元のケーブル会社が、2年前から立ち上げたケーブル通信参加型オンラインゲームが『ファンタジースカイ』

 ――通称ファンスカである。


 ケーブル通信の性質上、ネットのように全国からのゲーム参加はあり得ず、プレーヤーは大井蒼空町の住人に限られる。それで採算が取れるのかは謎だが、環境モデル都市にはこれに限らず採算度外視のテストケースが至る所に存在しているのも事実。

 さっきからそのゲームの話で盛り上がっている立花弾美と江岡進は、かなり初期からこのゲームの参加者である。同じ中学の友人同士で、早々とギルドも作っていた。

 気心の知れた者同士の、少数精鋭なギルドである。


 キャラ名ハズミンを操る立花弾美は、そこのギルドマスターをやっている。『蒼空ブンブン丸』と言う名前のギルドで、幼稚園の頃からの友人の江岡進は、そこのサブマスター。

 まぁ、メインの団員6人は、やっぱり幼稚園からの友人で構成されている。ライトユーザーのサブ団員を合わせても10人ちょっとしかいないギルドなので、ギルマスと言ってもたいした権威も無いのだが。

 行動力とリーダーシップは人一倍ある弾美、自然とギルマスに祭り上げられたのが実情。


「パーティの概念が通用しないイベントだったら、皆で集まっても無意味だけどな。去年のイベントに、確か一回無かったっけ?」

「あったなぁ、虚しいソロでの競い合い……あれも伝説の外れイベントだったな」


 進はため息をついて、教室の各机に配置されているパソコンのモニターをチラッと見た。ファンスカはパソコンのネット環境とは違うカテゴリーに位置するゲームではあるが、学校の環境からなら接続は可能だ。

 しかし、万一パソコンの不正使用がばれたら、先生から大目玉を喰らうのは周知の事実。女生徒の一人が、ハタキでモニターをパタパタして歩いてるのを見て、進はもう一度ため息をついた。

 不確実な情報収集を目論むより、あと20分我慢すれば済む話なのだ。


「他の有名ギルドには、負けたくないなぁ……」

「まぁ、初日から脱落者の無いようにしようぜ?」


 どことなくのほほんとした表情で、箒を杖代わりにしながら弾美は言葉を返す。今までの期間限定イベントは、結構な難解試練が多かったのも事実である。その振り落としに引っ掛かると、酷い時には初日で参加条件を失ってしまうのだ。

 弾美達の運営するギルド『蒼空ブンブン丸』は、過去にベスト5位に入った事が実は一度だけある。その時の賞品の蒼空商店街専用商品券5千円と図書券3千円分は、とても美味しかった。

 学校内でも英雄視されて、鼻高々だったのは言うまでもない。

 

 今回は絶対にそれを上回ってベスト3位に入るのだと、サブマスの進はイベント告知を耳にした時から意気込んでいた。一方、弾美の方はと言うと闘志は内に秘めるタイプ。朝のうちにダウンロードも済ませているし、内心ではもちろん上位を狙っている。

 それでもそれは、仲間で盛り上がりながらが前提の話である。スタンドプレーなどで一人だけ活躍するのは、ギルドの流儀ではない。そこら辺は、小さい頃からの幼馴染同士。

 特に示し合わさずとも、互いに理解し合っている。


「まかせとけっ、ポーション系の消耗品も大量に買い置きしてるし、ギルドから脱落者は出させないからな。イベント中は絶対値上がりするのは、前からの経験で分かってるからなっ!」

「さすが我がギルドの参謀、頼りにしてるぜっ!」


 進の用意周到で生真面目な性格には、昔から何度助けられて来たか。そんな話を教室の端に佇んで、何となく悪巧み的な雰囲気を醸し出しつつ、二人で箒を持ってニヤけていたら。ハタキをかけていた女生徒が、こちらを変な目で見ながら声を掛けて来た。

 よく見ると、委員長の星野亜紀(ほしのあき)、クラス一番の権力者だ。


「立花君、江岡君、話してないでちゃんと掃除してっ!」


 二人は揃って顔を背けると、素早く委員長の声に反応する。そ知らぬ顔でかき集めた床のゴミを回収するため、ゴミの塊を求めて教室に散らばって行った。

 ――掃除の音楽は、残り時間後僅かを示していた。


     *     *


「瑠璃、帰ろうぜ!」


 ホームルームが終わると、弾美は隣のクラスで幼馴染の津嶋瑠璃(つしまるり)に声を掛けた。A組に所属する津嶋瑠璃は、部活は文学部で髪はショートカット、一見目立たない存在だ。だが、色白の肌と整った顔立ちは、学年内では意外と有名で隠れファンも多い。

 性格も生真面目で、細かいところに目が届く几帳面なタイプだ。ファンスカでの所有キャラ名は通称ルリルリで、ギルド唯一の完全後衛キャラ――俗に言う魔法使いである。本当はキャラ名ルリで登録したかったのだが、既に誰かに先に登録されており、キャンセルされてしまったのだ。

 始めるきっかけは、もちろん弾美に半ば強制的に引き込まれた訳なのだが。今では自分の育てたキャラにしっかり愛着を持っていて、ゲームの世界観も違和感無く受け入れている。

 弾美もイベントの戦力として、瑠璃に大いに期待している。


 一方の弾美は、ファンスカでのキャラは長槍使い、両手持ち武器を使用するバリバリの前衛である。ギルドマスターで、キャラの熟練度もメンバー中で一番高いとのもっぱらの噂。

 学校の部活動はバスケット部に所属、2年生ながら今年の春からレギュラーナンバーを貰った。身長は160センチを少し超えるくらい、日焼けした肌に精悍な目付きだが、笑うと途端に八重歯が覗いて可愛く見える。

 本人はそう指摘されると怒るけど。

 

「あ、うん……静ちゃん、茜ちゃん、帰ろう」

「おぅ、二人とも5月の限定イベント参加するのか?」


 瑠璃が仲の良いクラスの友達に呼び掛けると、弾美の後ろから進が声を掛けて来た。この女生徒二人は、瑠璃の影響で最近ゲームに参加して来た、割と新参プレーヤーである。

 相沢静香(あいざわしずか)林田茜(はやしだあかね)は『蒼空ブンブン丸』の、一応サブメンバーとして登録をしているのだが。正直レベルが違うので、ベテラン陣の狩りには滅多に同行しない。それでも瑠璃とも弾美とも親しいので、ゲームの話などでのけ者にされる事も無い。

 正直華がある分、ギルドの他の面子にも持て囃される存在だったり。


 会話は必然的に期間限定イベントに集中していき、グループはそのまま教室の出口付近でお喋りモードに突入。そのうち他のクラスからも、ギルドメンバーが帰宅集団に合流して来た。

 C組の加藤晃(かとうあきら)平野弘一(ひらのこういち)は、幼稚園からの親しい友達。身長や性格を含めて結構なデコボココンビだが、何故か二人とも馬が合う。もちろん弾美や進とも、子供の頃から一緒に遊ぶ仲だ。

 一方、E組の久保田淳(くぼたじゅん)は弾美と同じバスケット部員であるのが縁での加入だ。メンバーの中では一番長身だが、どちらかと言えば物静かで気弱な性格をしている。

 この6人が、ギルド『蒼空ブンブン丸』のメインメンバーである。


 さり気なく耳を澄ますと、周囲でもファンスカの話題が盛り上がっている様子。詳しく調べたわけではないが、この大井蒼空付属中学だけでも10を越す大型ギルドが存在するようだ。

 ただし、狩り場でブイブイ言わせているやりこみ系のギルドは、進に言わせればほんの3つ程度らしい。意外と学生達の間では、ライトユーザーも多いのが実情なのかもしれない。

 なにしろ、ほぼ無料でプレイできて、しかも動作環境が死ぬほどスムーズ。地域局地的な話題性もあり、ゲームに興味のある人なら一度はプレイしている筈だ。

 そんな訳で、弾美の中学校でも話題性は豊富だったりする。

 

 学校から帰っても、複数の友達とゲーム内で自由に会話出来るソースは、それだけでも強力である。しかも、イン出来るプレーヤーは街の住人と限られているので、変な遊び方やハラスメントをして来る者もほとんどいない。

 ただの会話ツールとして、ゲームのシステムを利用しないプレーヤーも学生の中には多いようなのだが。そんな人達に対しても、キャラを着飾って遊んだりペットを飼うなど、システム管理者側が門戸を広げているのがよく分かる。

 そんな感じでライトユーザーも、いつの間にか筐体を購入している訳だ。


 普段ではまずありえない、中学生や高校生、大学に通う者や時には社会人との交流やバトルが体験できるのも、プレイ理由としては大きい。例えばだが、中学生は高校生に対して闘志を燃やし、高校生は大学生に宿題を見て貰い、社会人にバイトを紹介して貰う。

 街でのイベントや発表会も、ゲーム内で告知されることがままあるし。言ってしまえば、大井蒼空町にあるもう一つのバーチャル街と捉えている者も多いのかも知れない。

 その見解は、あながち間違ってはいないのだろう。


 八人に膨れ上がった集団は、学校の玄関口を目指してようやく移動を始める事に。いつもの帰路へ着いた訳だが、話題が新鮮なだけにいつも以上に騒々しい。

 とは言え、そこはモデル都市の宿命。住宅地として用意された場所は限られているので、自然と学生達の流れは一律になっている。他の下校集団の流れに会わせ、制服の列は細く長く続いている感じだ。

 それでも15分も歩くと集団は自然に捌けて行き、弾美の帰宅チームも分かれ道ごとに一人二人とばらけていった。今は弾美と瑠璃の二人だけ、洒落た通りに面する一戸建ての建物の前で、二人は立ち止まって暫し会話する。

 出ている表札は『立花』と書かれており、その隣は『津嶋』である。幼馴染と言う以前に、お隣さんの関係が十年以上続いている訳だ。幼稚園時代から一緒に通う仲なので、もはや何をするにも一緒な感じ。

 そんな二人の会話に割って入るように、二軒の庭先から大型犬の鳴き声が。


「仕方ない、先に散歩を済ませよう」

「そうだね、あんまり鳴いたら駄目だよコロン!」


 立花家のマロンと津嶋家のコロンは、同じ親犬から生まれた兄弟で、同じ日に親元から貰われて来た。モコモコの毛の長い雑種で、小さい頃はとても可愛かったのだが……。

 一度テンションが上がると、餌を与えるか散歩させるか、とにかく遊ばせてやらないと落ち着きが戻らないのは困った点である。二人が一緒に下校すると、いつもこんな感じで騒ぎ立てる。

 鳴き声がひどいと近所迷惑になるので、二人ともそれなりに気を使うのだ。


 ちなみに、仔犬が貰い手を探しているという話を聞きつけたのは弾美で、ついでにお隣さんの分もと、一緒に引き取りに連れて行かれた記憶が瑠璃にはある。貰う子犬を選んで家に着いた時には、既に瑠璃が飼う予定の仔犬にも弾美によって名前がついていた。

 今から飼う予定の仔犬に、自分で名前を付ける権利が無いのは、ちょっとどうかなと正直思ったのだが。3日でその名前を気に入ったから、今では良しとしている。

 図体も存在も大きくなった今では、大事な津嶋家の家族の一員でもある。


「着替えて来るね、ゲームはハズミちゃんの部屋でする?」

「そうだな、夕飯までそうしよう」


 二人はほぼ同時に玄関をくぐり、着替えのために各々の部屋を目指す。数分後にはお互い、散歩に適した動きやすい服装で、リードを手に玄関に集合していた。

 雑種の兄弟犬は、ようやくの散歩に全身で大喜びを表現。連れ立っていつもの道を、軽快なテンポで走り出している。自然と弾美と瑠璃も、並んで小走りになっているのはいつもの事。

 二人とも汗を掻いても良いように、タオルを持参している。


 いつもの近くの川沿いの小さな公園まで、小走りで約5分。この時間、公園に人影は全く無いので、安心してリードを外してボール遊びをさせてやる。少し歩けば、橋を渡った先にもっと立派な公園があるので、この場所はいつも人気がないのだ。

 こじんまりしたこの公園は、子供の頃から二人のお気に入りなのだけれども。朝の散歩で大きい方の運動公園に行くので、夕方はこちらと自然に決まった感じだろうか。

 そしてこの貸し切り状態も、いつもの事。


 今頃ギルドの皆は、ゲームのバージョンアップのダウンロードに追われているのだろうか。瑠璃のクラスメイトの静香と茜は、二人とも朝の内に母親に頼んで登校して来たと、帰り道で話していたけれど。

 ここら辺の用意周到さを弾美に言うと、ニカッと笑ってこう返して来た。


「去年の一位の賞品に、家族で海外旅行プレゼントとかあったからな。親も少しは協力する気になるんじゃねぇの?」

「今回のイベント告知見たけど、内容も賞品も全部秘密のままだったよねぇ?」


 確かにそうかも知れないと思いつつ、瑠璃は前情報の少なさに少々不安な表情。もっとも、弾美の言うような賞品の多いイベントは、年に一度か二度と決まっていたような気もするが。

 例えば、夏休み前とかお正月前だと、確かに豪華な旅行券とかが上位賞品に付いていたが。期間の短いイベントだと、映画やコンサートのただ券や、食事券が精々だったような気がする。

 瑠璃も弾美に倣って、朝の散歩のうちにダウンロードは済ませておいた。そんな訳で、家に戻れば、直ぐにでも、限定イベントをプレイ出来る環境が揃っている。

 もっとも今日は、弾美の部屋でのインと決めてしまったが。


 弾美は前情報の少なさについて、特に気にしてはいない様子。それでもいつもより早めに散歩を切り上げて、帰路につくべく犬達を競り立てている。兄弟犬のテンションは落ち着いたが、どうやら弾美のそれは朝から上がりっぱなしのようだ。

 いつになく悪戯っ子のような表情に、瑠璃はさらにちょっとだけ不安になった。


 だって、いつも巻き込まれて振り回されるのは自分なのだから――。


     *     *


 コロンに運動に対する労わりの水をやって、犬小屋に鎖で繋ぐ。昼間の内は鎖無しで自由にさせているのだが、両親が戻ってくる前には繋いでおくのが津嶋家のルールである。

 仕事帰りのお出迎えに、大型犬の前足スタンプアタックは、忍耐力のある大人でも辟易するものらしい。仔犬の頃からの癖が抜けないまま、我慢するのは人間の方になってしまっている今。

 夕方には鎖に繋いでおくのが、ベストの選択となっているのだ。


 その後瑠璃は、コロンの頭をひとしきり撫でてお別れを告げ。玄関に置いてあったタオルとお茶菓子の入った袋を持つと、しっかり鍵を掛けて隣の立花家にお邪魔する。

 立花家は、共働きで5時~6時過ぎまで両親共に不在なのだ。津嶋家も大体同じかもう少し帰りが遅いので、大抵は瑠璃が一品か二品、お惣菜を作って待つのが決まり。

 無言で玄関を開けて侵入するのも慣れたもの。台所を見るとお茶の支度っぽい事を、弾美がしてくれていた様子。とは言っても、弾美と瑠璃の専用カップをテーブルに出していただけだが。

 お茶の催促だと理解した瑠璃は、早速それに取り掛かる。


 ポットにお湯は沸いていたので、瑠璃は素早くコーヒーを淹れる準備をする。トレイはいつもの所にあったし、お茶菓子は持参してあるので問題は無し。

 せっかちに弾美が二階から呼ぶのが聞こえ、瑠璃は曖昧な返事を返す。用意をすっかり整えて、瑠璃はトレイに二人分のマグカップを乗せ、そろりと階段をのぼって行った。 


 立花家の二階は、数年前から弾美の天下だった。歳の離れた姉が遠くの大学に通うために家を出てしまっているので、弾美は一部屋を遊び部屋に、もう一部屋を寝室に使っている。

 遊び用の部屋――本来は勉強部屋? のメイン家具はテレビと大きな本棚で、中央には小さな折り畳み机が置いてある。それから、来客用を含めて人数分の座布団。

 トレイをテーブルに置いて、瑠璃は一息ついた。


 テレビは二台あって、一台は俗に言う予備モニターと呼ばれる、液晶の持ち運び可能なモニターである。瑠璃が家から持ってきて、そのまま置きっ放しにしてあったものだ。

 今はそれにもしっかり電源が入っており、ファンスカのオンライン画面を映し出している。弾美が用意していてくれていたらしく、当人のそれはキャラ選択画面まで進んでいる。

 どうやらさらに進むと、限定イベント選択画面に進むらしいのだが。


「はやくパスワードを入れろ」

「うん、ちょっと待って」


 プレイ人数を二人に設定、ゲスト用のパスワードをキーボードから打ち込みつつ、ゲーム筐体に接続されている自分専用のモニター画面の位置をちょこっと調整。

 この予備モニターは、兄弟や親子などで同じ部屋でプレイする時とても便利である。オンラインを同じ部屋で遊ぶと言う、ちょっとした流行を大井蒼空町にもたらしたのだ。

 そのため、今でも電気店などではヒット商品に名を連ねている。その他にも、対戦型シミュレーションゲームで自分のターンでの戦略を見せられないゲームなどでも、大いに活用できてしまう優れものだ。

 ちなみに、一つのゲーム筐体に4つまでサブモニターを繋げることが出来るし、今は更にマルチタップも売っているらしい。大学ではサークル活動で、日々同じ部屋でファンスカをプレイしているという噂も流れてきている。

 もっとも、弾美の部屋の筐体は、今まで2台までしか繋いだ事は無いが。


 瑠璃がパスワードを打ち終えると、画面はファンスカの選択画面に流れていった。プレイ選択では、季節限定イベントのイラスト入り告知と、その説明画面への移動カーソルを発見する。

 ふと隣を見たら、弾美の画面は既にゲーム世界へのログインに移行していた。


「ハズミちゃん、今回の限定イベントの説明文読んだ?」

「読むわけないだろ、インして進に聞けばいいんだから」


 お茶菓子をぱくつきながら、事も無げに言い放つ弾美に、瑠璃は諦めたように自分も期間限定イベントへのインを決行する。下手に遅れると弾美にうるさくせっつかれる事になるし、説明してくれる仲間がいるなら、一緒に聞いたほうが断然良いとの脳内判断。

 様々な選択肢を決定クリックで進んで行くと、瑠璃のサブモニター画面もようやくログイン画面に突入する。数秒の暗転ローディングが始まり、その隙にと瑠璃は、冷めない内にマグカップを手にしてコーヒーを口に運ぶ。

 一息つく間もなく、隣から驚いたような弾美の声。


「ぬおっ、どこだここ?」


 それは、全く見たことの無い風景だった。一足早くイベント世界に降り立ったハズミンは、陰気な感じの小さな部屋に閉じ込められていた。例えるなら、自然洞窟と牢屋を足して2で割ったような感じの空間。家具といえば小さな机と、かすかな灯りを提供するランプくらい。

 出入り口は、木の根っこがすだれの様になっていて、ちょっと気味が悪い。


 瑠璃のキャラもようやくログイン出来たので、彼女はいつもの癖で自分のキャラを取り敢えずチェック。ルリルリの出現場所も、ハズミンと同じく薄暗く見慣れないエリア。

 チェックの瞬間、瑠璃は違和感に襲われ――隣からは、大爆笑が湧き起こった。


「あははははっ、ありえね~~っ(笑)」

「あれっ、服が……自分のと違う?」

「っていうか、レベルが1に戻されてるっ! 酷すぎるっ(笑)」


 なおも笑い続ける弾美に、瑠璃の方もちょっと可笑しくなって来て。つられる様に口元がひくついてしまうが、何とか冷静に状況判断の手掛かりを画面内に探す素振り。どうやら今回のイベントは、今までとは全く違うコンセプトで開催されるらしい。

 確かに酷いが……いや、説明文を読むのをはしょったこちらも悪いとは思うが。


「メンバーと通信も出来ないっ、これ完全別世界の上、ソロ仕様だなっ!」

「えっ、そうなの……?」

「ポーション買い溜めの意味無かったなっ、進は今頃泣いてるぞっ(笑)」


 瑠璃も、必要かとMP回復薬のエーテルを幾つか買い込んではいたのだが……。全くの無駄になってしまった挙句、苦手なソロの冒険に挑まなければならないらしい。

 確かに……酷い。キャラの確認ウィンドウを広げつつ、瑠璃は現状を把握する。弾美の言ったとおり、キャラのレベルは1に戻され、装備はぼろぼろの囚人服っぽい上下だけ。

 ひ、酷すぎるっ! キャラの服装にこだわる瑠璃は、愛するマイキャラの萎れっぷりに泣きそうになった。しかも、武器すら持たされていない。どこかで入手するイベントがあるのだろうか?

 武器も無しでは、冒険以前の話になってしまうっ!


 隣で再び爆笑が湧き起こった。机をバンバン叩いて、マグカップが危ないことになっている。弾美のそれは寸胴で重いタイプなのだが、瑠璃専用のは洒落た軽量なつくりなのだ。

 どうやら弾美は、瑠璃より早く何らかの仕様に気付いた様子。それが何なのか分からない瑠璃は、慌てながらもその原因を探りに掛かる。貧相な装備より、笑える仕掛けとは何だろうか。

 コントローラー片手に、瑠璃は画面に集中する。


「瑠璃っ、アイテム欄見てみっ(笑)?」


 なるほど、そっちを見るのを忘れていた。装備していないだけで、アイテム欄に武器が用意されているのかも知れないと、瑠璃は慣れた操作でウィンドウを開く。

 だが、瑠璃の予想に反して、アイテムはたった2個しか持たされていなかった。一つは、一番回復量の少ない小ポーション。ポケットに入れておけば、即座に使用可能の頼もしい回復薬だ。

 もう一つのアイテム名は――


「ありえね~~っ(笑)」


 弾美はなおも笑いつつ、早速そのアイテムをハズミンに使用させたらしい。ピヨッという感じで、元気にカバンの中からモニター画面に飛び出してきたのは……。

 ――ピロピロと飛び回る、小さな妖精だった。


     *     *


 ――ここは魔力も生命力も、何でも貪欲に吸収してしまう大樹『グランドイーター』の根っこ部分なの。あなたは大いなる魔力を欲する魔女『フリアイール』の時空間トラップに捕まり、ここに放り込まれてしまったのネ☆

 ワタシがあなたを見つけた時には、既にあなたの体も装備も、枯渇状態で手の施しようが無かったわ。ワタシが出来る事といえば、こうやって『グランドイーター』の吸収を遮る小さな空間を作り出す事くらい。この部屋を出ると、再び養分にされてしまうから気をつけてネッ☆

 まぁ、ワタシが近くにいれば暫くは瘴気をシャットダウン出来るけど?


 そうそう、何の武器も持たないのも危ないから、一つだけ武器をプレゼントしちゃう。あとは、ひたすら上の層を目指せば、同じように魔女に捕まった仲間に出会えるかもネ☆

 取り敢えずは、地上目指して頑張って頂戴!


「はあ……捕まっちゃったんだ、知らない間に」

「おっ、やっと武器を手に出来るのか!」


 何とも強引な設定も、弾美の方はそれほど意に介していないらしい。妖精の魔法で、粗末なつくりの各種武器が空中に出現しており、それを嬉しそうに眺めている。

 その画面を見て、瑠璃は脱力状態から現実に戻って来た。


 自分の元の世界のキャラは後衛職なので、今まで武器のスキルも熟練度もほとんど伸ばした事は無かったのだが。両手棍の補正スキルに、MP消費量セーブなどの魔法使いに有り難いものが多かったので、必要に迫られちょこっと上げた程度。

 熟練度も、高レベルの杖を装備するために、弱い敵を殴って上げた程度でしかない。ルリルリはギルドの完全サポート的な存在を目指して作ったキャラなので、回復支援系の魔法使い仕様なのだ。

 つまりは、お世辞にも武器の使用に慣れてなどいない。


 今回のこの期間限定イベントはレベル1から、しかもソロでの出発限定らしい。と言う事は、ルリルリは否応無しに前衛デビューしないといけない?

 この部屋を出れば、恐らく敵役のモンスターが徘徊しているだろう。このゲームのレベル1キャラは、魔法など全く覚えていない。倒して進むには、何かしらの武器が必要。

 瑠璃の中にも、ちょっとした前衛への羨望が無いわけではなく。


「ねえ、ハズミちゃん……私も前衛役の武器を選んだら駄目かな?」

「むっ、そうか……レベル1からだと、完全別キャラ作れるなっ!」


 今まで使用していたせいで、慣れた両手槍を選ぼうとしていたハズミンだったけれど。慌ててそれをキャンセルし、暫し考えて片手武器から片手剣を選択しなおす。

 両手武器は確かに攻撃力は高いのだが、盾を装備出来ないので魔法の支援がないと辛い一面がある。しかも、種類があまり多くないので、一旦壊れてしまうと代わりが見つからず酷い目にあう事もある。

 限定イベントでは、それでは詰んでしまう可能性が。


 一方の片手剣は、種類は豊富だしありふれた武器の割には、特殊機能の付いた物が多く存在する。片手が空くので盾も装備できるし、ソロやブロック役のプレーヤーに好かれる、一番スタンダードな武器である。

 どこまでソロで進む事になるか分からないが、限定イベントの条件は以前からシビアとの評判なのだ。参加は誰でも出来る代わりに、振り落としで資格を失うとそれでお終い。

 賞品付きのイベントは、そんな感じに厳しい仕様が多いのだ。


 瑠璃の方は、一旦は片手剣武器から細剣にカーソルを合わせたものの。それに決定して良いものかと、暫しそこで躊躇していた。完全前衛は怖いので、ファンスカでよく見る魔法剣士のスタイルを目指したいのだが。

 やっぱりいきなり前衛など、段々と無謀に思えてくる心配性な性格が出現して。


「レイピアか、二刀流覚えるまでは辛いぞ、攻撃力ないし」

「う~ん、駄目かなぁ? 魔法剣士を目指したいんだけど」

「魔法剣士は、バランス取るのそれなりに難しいけどなぁ……まっ、いいんじゃねえの? 合流したら、俺のキャラとバランス取ればいいし」

「そうだね……取り敢えず、細剣スキルと水スキル伸ばす方向で成長させていい?」

「オッケ~! ってか、俺も回復魔法覚えないと辛いかも」


 などと二人で相談しつつ、先の心配などしていたのも束の間の事。弾美のキャラは妖精に貰ったばかりの武器を装備し、さっさと部屋を飛び出していった。

 目に付くのは、お城の地下牢のような薄暗い風景。部屋の中と同じように、自然洞窟と牢屋を足して2で割ったような景色に、血管のように木の根が壁沿いにはびこっている。

 どうやらこれが『グランドイーター』の根っこらしい。


 敵キャラは、至る所ですぐに見つかった。どうやらこのエリアはゾンビのようなのと、スケルトンタイプのがメインの雑魚らしい。戦ってみて、これは雑魚キャラだとすぐに判明する弱さ。ハズミンはほとんどダメージを追わずに、経験値を稼いで行く。

 マップは思ったより広いらしく、キャラが進んだ場所は自動的に記録されていく。ここら辺の機能は、メイン世界と同様で使い方に迷う事も無い。もちろん、戦闘システムなども全く同じだ。

 瑠璃のキャラも、少し遅れて部屋を出た。


「おっ、スライム発見~。むむっ、ポーション落としたっ!」

「えっ、どこどこ? ポーション欲しいっ!」

「東の端っこ。おっと、レベルも上がった」


 独特の音楽が流れて、ものの数分でハズミンはレベルアップ。HPとMPがちょっとずつ上がって、ステータスに振れるボーナスが2ポイント、スキルに振れるボーナスが2ポイント入る。

 弾美は少し考えて、楽しい成長方針の計画を素早く決定する。ステータスは体力に2ポイント全て振り込み、スキルは全く迷わず片手剣に2ポイント振り込む事に。

 弾美の計画は、とにかくレベルアップの前半はステータス補正を体力に注ぎ込み、HPを増やして死ににくくする。腕力や敏捷など、戦士に必要なステータスは後回しでも良い。

 スキルに関しては、取り敢えずは片手剣で問題ない。攻撃力も上がるので、敵の殲滅時間が速くなるのだ。それはつまり、敵の攻撃を受ける回数が少なくなると言う事。

 余裕があれば、回復系の魔法が出やすい、水か土のスキルを上げる。


 このファンスカのシステムでは、スキルを上げるという事は、技や魔法を覚えるという事と等しいのだ。ダメージ率にも影響するので、高いに越した事は無いが、何より楽しいのは10,30、50、70と10からは+20を超えると自動的に覚える、特殊技や補正スキル、そして魔法であろう。

 ただし、どうやら覚える特殊技の順番はランダムらしいので、なかなか自分の望んだキャラには育て難かったりする。スキルのポイントはアイテムでも取得出来るので、思ったよりは上げやすいのだけれども。

 前もって傾向と対策を立てておかないと、使い勝手の良いキャラにはなってくれない。


 前衛戦士を目指すハズミンは、取り敢えず魔法系のスキル群――光や闇、水や炎スキルには用が無い。その点、回復手段がポーションしか無くて一見不便だが、レベルアップで貰えるポイントだけであれやこれや上げるのは、とても大変なのだ。

 一点集中が、やっぱり強いキャラを作る秘訣だろうか。


「わっわっ、囲まれたっ!」

「……下手っぴ」


 弾美が取得ポイントを振り分けしていた隙に、瑠璃のキャラは不測の事態に陥ってしまったらしい。ゾンビに絡まれたままスライムに突っ込んで、HPが半減したのにパニくって。ついつい虎の子のポーションを、早くも使ってしまった模様。

 そういう時に限って、アイテムドロップも渋かったり。


「……ポーション出ない」

「……お前、もうちょっと練習しろ」


 それから1時間は、ひたすらレベル上げしながらスライムの再ポップを待ちつつ、ポーション集めに終始して。ルリルリに限っては、敵に囲まれない練習をしつつ、ダメージを受けずに敵を倒すコツを弾美に教わっていたりして。

 30分もすればマップは完全コンプリート。エリアボスのいる昇降口も発見して、ポーションが5個貯まったらボスに突入するぞと、弾美は瑠璃に通達していたのだが。

 ――何故だか、これがなかなか難しい。


「あ、ごめん……またポーション使っちゃった」

「……お前、もう火の玉に近付くな!」


 このエリアの敵キャラは、どうやら雑魚のゾンビとスケルトン、その半分の生息数のスライムとコウモリ、さらに一番数の少ない浮遊火の玉のみのようだ。後は、エリアボスのゴーレムが一匹だけ。

 ボスの強さは未知数だが、雑魚の中では火の玉が一番強い。


 それでもレベル5まで上がった二人のキャラなら、そこまで苦戦する筈は無いのだが。ハズミンの片手剣スキルは10に達し、めでたく最初のスキル《攻撃力アップ1》を取得した。

 このスキルは補正スキルと呼ばれるもので、セットするだけで攻撃時に常時発動する。下手な攻撃スキルを覚えるより使い勝手は良いと言えるが、瞬発性に欠けるのが難点だ。

 一気にガツンと削りたい時は、やっぱり攻撃スキルが欲しい所。


 一方のルリルリは、その瞬発力の高い攻撃スキル技《二段突き》を取得した。これはSP(スキルポイント)を消費して使用する技で、一気に敵のHPを削る力がある。

 ただし、前衛に慣れていない瑠璃にとっては、余計に混乱の元になってしまっているのが現状だったり。一度弾美に見本を見せて貰って、その破壊力には感心したが、所詮は元のダメージの低い細剣のスキル技。

 一撃で敵を屠るほどのパワーは、残念ながら無い。


 補正スキルも攻撃スキル技も、セット数に上限があるので、増えて行くに従って選択に頭を悩ませる事になる。普通は使い勝手の良いものを選択するが、狩り場や敵の属性によってセットを変更したりも出来る。

 今の二人の現状は、ひたすら数が増えるのを願っている段階だが。

 

「はやくスキル技出すのに慣れないと、お前マジでやばいぞ」

「うん……あれ? ハズミちゃん、変なの湧いてる」

「ぬおっ!?」


 ルリルリが苦労して火の玉を倒した後、ポーション回収目的でスライムの再ポップポイントに到着してみると。別ネームの一回り大きなスライムが、デンとその場に鎮座していた。

 明らかに先ほどの雑魚とは一味違う容貌は、どうやらNMニュートラルモンスターらしい。NMとは時間やら何やらの制限付きで、滅多にプレーヤーの前に姿を見せる事は無いレアモンスターの総称を指すのだが。そいつらは雑魚よりはるかに強い代わりに、経験値も美味しいし良いものをドロップする事も多い。

 そんな目の前の敵は、プルプル震えてどこかユーモラス。


「NMじゃないか、行けっ瑠璃っ!」

「むっ、無理っ! 代わって、ハズミちゃん!」


 急に瑠璃のコントローラーまで持たされて、弾美は二つのコントローラーを手にあたふたする。隣の画面に目をやれば、NMに知覚されたルリルリが、今にも襲われているところ。

 大慌ての弾美だが、それ以上に瑠璃もパニック状態の模様。


「バカ瑠璃っ、急に渡すなっ!」


 とは言いつつ、見捨てる訳にも行かない弾美は、自分のコントローラーを投げやって臨戦態勢。咄嗟にスキル技の《二段突き》を使って、先手を取る事には何とか成功する。

 同時にチラッと、自分のキャラ画面も確認。大丈夫、近くに敵は湧いていない。


 NMのHPゲージは、スキル技を使用したにも拘らず、まだ余裕で半分以上残っていた。結構強いかもと内心感じつつ、瑠璃のキャラのSPゲージを確認。スキル再使用まで、まだもう少し掛かる感じである。

 弾美はそれを確認しつつ、突きを出しながら敵との距離を保つ。時たま酸を吐く攻撃は確かに強烈だが、モーションが大きいので、慣れれば避けることが可能。

 スキル再使用可能と、ようやく便利ウィンドウの表示が知らせて来た。弾美は慣れないルリルリを操って、深く踏み込んで再びスキル技の《二段突き》を放つ。


 くっ付くほどの隣で、瑠璃がはっと息を呑むのが分った。踏み込み過ぎて、こちらも浅くないダメージを受けてしまったのだ。だが、危険な酸攻撃ではなく、所詮は通常攻撃。再び酸攻撃の前のエフェクトを確認して、危険エリアを脱出する。

 その途端、もの凄い範囲攻撃が来た。


「うわっ、うわっ!」

「うはっ、スライム油断ならないっ!」


 360度の、全範囲攻撃。NMは特有の攻撃を持つものが多く、本当に油断ならないのだ。多人数で有利に戦闘してても、いつの間にか死人が出ていることも多かったりするのだ。

 とは言え、素早く範囲外に逃げ延びたルリルリは全くの無傷でこれを乗り切っている。敵のHPゲージも、先ほどからの攻撃が効いてようやく残り3割。弾美はポーションすら使わず、スライムの残りHPを危なげなく削り切って行く事に成功する。さすがベテラン前衛キャラ持ち。

 これには瑠璃も大喜びである。


「わ~、ありがとうハズミちゃん!」

「おっ、何か装備落としたなっ。俺も湧きチェックするから、暫くは乱心するなよ」

「う、うん」


 酷い言われようだが、とにかく助かったのは事実である。瑠璃は再び受け取ったコントローラーを持ち直し、弾美に感謝しつつ戦利品をチェックする。

 至福の一瞬だが、自分の手柄ではないので喜びは半分くらい。


「指輪と水の術書と、中ポーションとお金をドロップしたみたい」

「おっ、こっちも発見! 指輪の性能は?」

「水スキルが+3と、精神力+1、あと防御力が1みたい」


 ほんの序盤の戦利品にしては、なかなかの性能である。水の術書は、使用すると水スキルが+1される。中ポーションは、中くらいの効き目のポーション。今のレベルのHP量だと完全回復してくれるので、ボス戦には有り難い。

 ハズミンの方も危なげなくスライムNM戦に勝利し、瑠璃と同じ戦利品を得たようだ。しかもレベルが6に上がっていて、一時間のプレイではまずまずの成長振りである。

 それを横目で見ていた瑠璃は、自分のキャラの経験値もチェック。先ほどNMを倒したせいか、こちらも後ちょっとで上がるとこまで来ていたようだ。

 これは思わぬ副産物、有頂天で弾美に声をかける瑠璃。


「あっ、私も後ちょっとで6に上がる! 待ってて、ハズミちゃん」

「いや、ポーション7個も貯まったし、そろそろボスを倒さないか? 雑魚の経験値、もう完全に不味くなって来てる……」

「あ、後ちょっとだから……」


 確かにハズミンは7個も持ってるかも知れないが、こちらはは小が2個と中が1個だけ。もっとも、ポーションを速攻(ボタン一発)で使うのは、ベルトポケットに入れておける分だけなのだが。つまりは、初期設定では3つが限界なのは分かっているのだけれど。

 ポケットから以外で使うには、いちいちアイテム欄を開かないと駄目なので、極端に遅くなる。だから、3つ以上持っててもソロでのボス戦では事実上使用不可能に近い。

 瑠璃が引き伸ばしている理由は、強い敵に向かうのにひたすら自信が無いから。


 そんな思いの中、ルリルリも何とか雑魚を倒した経験値でレベル6へと到達出来た。敵が近くにいないのを確認して、待ってましたのボーナスポイントの振り分けを始める瑠璃。

 最初の数レベルは弾美に言われた通り、ステータスは体力に振り込むのは確定済み。何しろにわか仕込みの前衛なのだ、HPは多い方が良いに決まっている。その次にスキルを振り分けようと、スキル画面を見遣ると。

 細剣スキルは区切りの10で、水スキルは気付けば6になっていた。ルリルリは水属性でキャラ作成したので、最初から水スキルには3ほど振り分けられているのだ。

 そこに取得した指輪の補正が+3で、水スキルの合計が6になった訳だ。そういえばさっきのNMドロップで、水の術書を入手したっけ。レベルアップ間近が嬉しくて、すっかり忘れていた。

 瑠璃はアイテム欄を確認すると、何気なくそれを使ってみる。

 

 見事、スキル+2アップ! 属性というのは強力で、同属性の使用だと、たまにこういう事が起こるのだ。これでボーナススキルを注ぎ込めば、水スキルも区切りの10に達する事に。

 序盤のステージから、念願の魔法が覚えられる。


「む~ん、この突き当たりの血文字の場所なんか、いかにも怪しいんだよなぁ……。でも、同じエリアで2種類もNMは湧かないかなぁ?」


 ハズミンの方は、2匹目のドジョウを探しながら、目に付く雑魚を狩りまくっていた。雑魚キャラからはめぼしいドロップ品も無く、経験値も不味いとくれば、確かにこのエリアに留まる理由は既に無くなっている。

 瑠璃に付き合ってこのエリアに滞在しているが、どうやら弾美の我慢の限界も近い様子。長い付き合いから、焦れているのが瑠璃には良く分かってしまう。

 一方のルリルリは、ここ一番の引きを期待して、虎の子のボーナス2ポイントを水スキルに振り分ける。細剣スキルは既に区切りを迎えているので、今度は魔法を覚えようという目論見なのだけれども。

 ――と、チリチリンと軽快な音が鳴って、スキル取得の合図。


 《ヒール1》――念願の回復魔法である。瑠璃は思わず小躍りし、弾美はようやくルリルリの成長に気が付いた。隣からモニター画面を覗き込み、おおっと声を上げる。水スキルは回復魔法が出やすいとはいえ、必ず最初に出るとは言い切れないのも確かなのだ。

 そこはランダム取得の仕様、運命の悪戯に泣く事も間々あるのだ。


「おおっ、やったじゃん。これでボス戦も楽勝だなっ!」

「そ、そうかな? ……あれ、ハズミちゃんのモニター画面、また変なの湧いてる?」

「ぬおっ!」


 そこは先程、弾美が何か怪しいと踏んでいた場所だった。ハズミンがポップ待ちで無防備に立ち竦んでいるその真横に、特殊な名前の一回り大きな火の玉が前触れも無く出現して。

 瑠璃のステータス画面を眺めていた弾美は、完全に虚を突かれた形に。慌てて戦闘態勢を取るハズミンに、襲い掛かる火の玉NM。固くてHPも豊富で、かなり強そうだ。

 傍目で見ていても、苦戦しているのが伝わって来る。


「こいつっ、ひょっとしてエリアボスより強いかも!?」

「が、頑張れハズミちゃん!」


 隣からの瑠璃の声援にも後押しされ、弾美は必死にハズミンを操る。片手剣が何度も青白い炎を薙ぎ払い、逆に火の玉は魔法でハズミンのHPを削いでいく。

 ステップ防御と言うこのゲーム独特の防御方法も、魔法にはまるで効き目が無い。その場で踏ん張る盾防御に対して、ステップ防御は打撃の攻撃を華麗に回避する防御方法なのだけれど。

 魔法は必中のこのゲーム、有効な方法と言えば、魔法の詠唱を邪魔する事くらい。得意の戦法を封じられたハズミンだが、ガチの殴り合いもなかなかのものだった。

 ハズミンのポケットから、戦闘中に2度ポーションが使用されたものの。3個目を使う前に、勝負はどうやら決した模様。敵NMを倒した瞬間、おめでとうと大きなログが画面を賑わせた。

 弾美は小さくガッツポーズ、瑠璃は手を叩いて喜んでいる。


「よっし、2匹目ゲット!」

「おめでとう~、ハズミちゃん! 何かいっぱいドロップしたよ!」

「おっ、本当だ。今度は火のスキル関係が多いのかな?」


 ドロップ告知を見ると、ちょっと良い腕輪と火の術書、初期装備よりはマシなズボンとお金が入ったようだ。経験値も結構入り、そのせいでハズミンはあと少しでまたレベルが上がりそう。

 思わぬ誤算だが、ここまで来たら上げ切ってしまうのも手かも知れない。そう思い直しつつも、隣の瑠璃を確認すると。何かいいた気な感じで、こちらを見ている瞳と目が合った。

 幼馴染の勘が、それをひしひしと伝えて来る。


「強かったなぁ、こいつ。……瑠璃、倒せそうか?」

「う、ううん……」


 いかにも自信のない表情で、恐る恐るコントローラーを差し出す瑠璃。何かの伺いを立てるように、弾美に上目遣いで語り掛けて来て。申し訳無さそうな素振りだが、そこは幼馴染の垣根の無さすら伺えてしまうのも悲しい宿命。

 無言の会話は数秒続き、根負けした弾美は渋々コントローラーを交換。





 ――その日は結局、エリア攻略は出来ない二人だったり。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ