表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半径三メートルの箱庭生活  作者: 白い黒猫
星は、月と同じように空で輝くものの、とっても遠くにあります
8/23

一メートルの世界 <6>(から後方二メートル)

『恋というものは、オーバーのように、着たり脱いだりできるものじゃないんだ。』

   【チャンピオン】より

挿絵(By みてみん)


 渋谷の外れにある、カフェというより喫茶店という表現が相応しい重厚感のあるお店を見付けて入る。扉を開けた途端に香しいコーヒーのアロマが客を迎えてくれる。品のよいアンティークで纏められ、空間そのものが珈琲色に染まっているそんなお店だった。愛想はないけど真面目そうなマスターがネルドリップで珈琲を落としながら私達を迎えてくれる。

 入った瞬間に私は、『このお店は当たりだ!』と確信し、隣にいた黒くんの方を向いて期待に心を躍らせながら頷いた。

 黒くんも、ニヤリと同意の笑みを返してくる。

 奥まった壁に囲まれた落ち着いた席に案内され、私はキリマンを注文し、黒くんはマンダリンを注文する。

 落ち着いた所で、頭に浮かんでくるのは映画館の風景。 

「いや~強烈だったよね、あの会話」

 そう言って、黒くんからその話を振ってきた。思い出すだけでも、笑えてきて二人で思わずニヤニヤしてしまう。 

「多分さ、あの男性ずっと別れを切り出されていたんだけど、まったく気付いてなかったんだよね~。それで今日直接ハッキリ言うしかないと最後通告に呼び出されたとみた!」

「だろうね~」

 黒くんは頷く。会社とは異なり、髪もラフにして、ジーンズとカジュアルなジャケットという格好になると、大学生といっても通じるくらい幼くみえる。そんなに特別な格好しているというのではないけれど、色合わせとかのセンスがよい。昨日映画を観に行った誰かさんとは違って……。

「しかし、別れの演出として強烈だよね。俺だったら別れの気配を出してきた女性に、このタイトルの映画を誘われたら、その段階で気付いて速攻別れるよね」

 普通はそうなんだろう。しかしあの男性はまったく女性の気持ちが離れていってしまっている事に気がついてなかったようだから、仕方が無いのかなと思う。彼女が観たいといった映画だからと、無邪気に観に来たのだろう。そして恐ろしい事に無邪気に楽しんでいた。

 そんな話をしていると、珈琲が運ばれてくる。陶器のほっこりとしたカップがまた良い感じである。雑味なくスッキリして美味しい!コレならミルクも入れる必要もなさそうだ。一旦珈琲を二人で楽しむ。

「でもさ、大体において女性のほうが、別れ切り出してくるのって上手いよね」

「ん? そういうものかな?」

 黒くんは、太い眉をよせ少し悩む顔をする。 

「ん~なんかさ、別れたくなると露骨に壁を作ってくるというか。それで、『ああ、この子との恋愛は終わったな』と思うんだ」

 意外だ、今まで彼が社内で付き合っていた女性は、皆、彼にぞっこんという感じで、べったり甘えていたのを見ていただけに、あの彼女達が愛想尽かすものなのだろうか? 

「……黒くんって、振られて別れていたんだ! 逆なのかと思ってたけど」

 黒くんは、私の言葉に「うっ」と声を出し、気まずそうにする。私はその様子に何とかフォロー入れようと慌てる。 

「いや、悪い意味で言ってるんじゃなくて、結構彼女の方がベタ惚れという風に見えていたから! それに黒くんっていつも優しく見守ってくれて素敵な彼氏だと、みんな言ってたよ」

 黒くんは苦笑いする。私も言って『しまった』と思う。社内恋愛の怖い所は、色んな事が筒抜けで、歴代の彼女から惚気を直接・間接にと聞かされていた事をうっかり口にしてしまうとは。

「まあ、恋愛の終わりって、『なんか思っていたのと違う』って、そんなものじゃない? 月ちゃんだって今までそういう経験あるでしょ?」

 その言葉に、今度は私が『うっ』となる。逆に黒くんの顔が『しまった!』という表情になる。

「うーん、私は、相手が関東を離れることになって、流れ解散的な感じで別れたからね~。自然消滅というか……」

「ゴメン……」

 黒くんは申し訳なさそうに頭を下げて謝る。そして私は前の彼氏の事を、思ったよりも平常心で語れるようになっている事に改めて気がつく。

「そんな顔しないでよ、全然気にすることではないから」

 気まずそうに目を逸らしながら黒くんは彼らしくなくボソボソとつぶやくように言葉をもらす。

「いやさ、月ちゃん結構、引きずってたようだから……過去の恋愛を」

 黒くんに、実は恋愛に関してかなり気を遣わせていた事に気付く。男性である彼と恋バナなんてした覚えがないのだが……。

「謝りついでにさ、あの美香の事も悪かった、ゴメン。なんか色々迷惑かけたみたいだから」

 美香とは、彼が前付き合っていて、私に嫉妬丸出しで接してきた蜷川にながわ美香の事。私は思わず笑って首を振る。あの当時がかなりストレスであったのは確かだけど、今は蜷川さんとも普通の人間関係を過ごせている。

「いや、アレこそ、黒くんが謝る事でもないじゃん。それに今となっては蜷川さんの事、なんか羨ましいなと思ってる」   

 丸い目をますます丸くして、黒くんがコチラをみてくる。

「え! なんで?」

 この感情、説明しにくいな、と私はしばらく考える。

「うーん、ベティー・ブルーって映画観たことある?」

「あるけど、確かエキセントリックな女性の狂気的な愛を描いたフランス映画だよね?」

 顔をしかめていう黒くんの様子から、あまり好きな映画ではないらしい。一般に男性にはあまり人気がない作品だからまあそうだろうなとも思う。平凡でどちらかというと冴えない人生を歩む中年男性ゾルグが、若く美しく火花のような感性をもったベティーという少女に出会い、激しい恋愛を繰り広げるという物語なのだが、この恋愛が凄まじい。何処までも激しく、ゾルグへの愛の証を手に入れる為に奔走し、相手も自分も周りも振り回し傷つけながらも愛に走っていくベティー。そんなベティーを穏やかに見守るだけのゾルグ。愛し合っている二人なのに、幸せに落ち着くことが出来ず崩壊へと突っ走るというそんなラブストーリー。

 大抵、男性はこのベティーという女性の行動に対してひく。でも私は憧れた。自分の全てをぶつけられる相手に出会い、自分が壊れるまでも相手を愛していくという行動に畏敬の念すら感じてしまった。

「私、あの映画大好きで、観て凄い衝撃を受けたんだ」

「女性は、結構好きだよね、あの映画」

 あまり同意はできないけど、とりあえず先を聞くためといった感じの言葉を黒くんは返してくる。

「相手とか、周りとかまったく気にしないで、愛の為だけに生きて壊れるって、私には絶対出来ない行動だしね! そういう所が格好良い! と思ったの」

「格好良い……?」

 黒くんはポカンとした間抜けな顔をする。

「そう、でも私はといったら、前の彼氏が実家に戻るために関東はなれると聞いても、『そうなんだ、仕方が無いよね』という言葉を返すだけで、相手を追いかけるとか、泣いて止めるといった事も一切出来なかった」

 大好きだったのは本当。彼以上に気が合い、好きな人、この先これほどの相手が現れるとも思えない程。でも大学卒業とともに、実家の旅館を継ぐために田舎に帰るという相手に、『仕方が無い』という言葉しか出てこなかった自分にも驚いた。追いかけて地方で就職するという選択肢もあったと思うけど、恐らく絶対反対してくるであろう親と戦って行動しようとも思えなかった。また結婚するにしても、私の父親は自分本位な頑固親爺。結婚前の娘が一人暮らしをするとか、娘が苦労するような結婚というか、自分の価値観から外れている相手を絶対に許してくれるような人ではない。その当時結婚の為に姉は父と三年にわたり激しい戦い繰り広げている最中だった。そこに私まで戦の狼煙をあげる勇気はない。

 結局、諍いも一切もなく、互いが一番傷つくことのない、狡い選択をした。笑顔で『じゃあ、またね』と東京駅のホームで別れ、現実から目を逸らした。その後電話やメールで細々と繋がりを続け、友達なんだか何だか分からない状態で、恋愛をフェードアウトしていった。

 今でもメールや年賀状ののやり取りをしているけれど、友達というより知人に近い関係。

「黒くんは、引きずってたと言うけど、違ったかなと、今分かった。ハッキリした『サヨナラ』のイベントがなかったから、気持ちが整理できなかっただけなんだと、今にして思う」

 だから、もう本当に大丈夫だよ! という意味でヘラっ笑う。

「……たしかに、自分で納得して別れないと、後ひくよね」  

 黒くんは、そう言いながら視線を天井に向ける。彼の過去にそういった経験があるのだろう。

「人生にも、句読点って必要だよね、本当に!」

「上手いこというね!」 といって彼らしいニヤリとした笑いを見せる。

「でしょ!」

 私は偉そうに威張るポーズをしてみせる。

 黒くんはそんな私を見て笑っていたが、その顔がフト真面目になる。いつも明るく脳天気に笑顔を振りまいているような彼だが、こうして真面目な顔していると目は丸くて可愛らしいが太めの眉で精悍にも見える。背広の似合うややガッシリした体型で頼りがいはあるし、子供っぽい所はあるが性格も優しい。彼が意外にモテるのも分かる気がする。

「あのさ……」

「ん?」

「俺達さ……………………。来週も、また映画、何か観ない?」

 私はその言葉に、チョット悩む。

「んー。来週も土曜日は用事入りそうだから、日曜日でよければ」

「……。OK!」

 黒くんは苦笑する。

「あれ? もしかして日曜日は予定あった?」

「……。ないよ!それより何観る?」

「そうだね~是非、単館系の方がいいかな!」

「いいねぇ、来週だったら何がいいかな…」

 二人で、映画雑誌を広げ、相談を開始する。

 観た映画の影響もあり、ついつい今日は恋愛論や過去の恋愛等について語りあってしまったことに、少し照れを感じてた。

 来週は、ちょっと方向の違う映画にしたほうが良いかな? と私はサスペンス系の映画を指さした。

ベティー・ブルーは私も大好きな映画で、月ちゃん同様私もヒロインの愛に衝撃をうけたました。決してハッピーな恋愛ではないのに、ベティーのような恋愛をしたいと思うのは私だけでしょうか?

【物語の中にある映画館】にて

「ベティ・ブルー」

http://ncode.syosetu.com/n5267p/4/

解説があります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ