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半径三メートルの箱庭生活  作者: 白い黒猫
月が痩せているのは、星が綺麗に瞬くから
6/23

一メートルの世界 <4>

『道を知っていることと実際に歩くことは違う。』

            【マトリックス】より

挿絵(By みてみん)


 結局、その女子会? 参加の男性は黒くん、ただ一人という状況になった。

 お店は、私が前々から気になっていた、台湾屋台料理のお店。カジュアルだけれど、カーテンで各テーブルが区切られていて、ほどほどプライベートな空間を楽しめた。しかも料理の種類も多くなかなか良い感じである。

 私が勤めるモリシマからは私、信子先輩、後輩の西河実和ちゃんと黒くんの計四人、高森物産から三人の合計七人で丸いテーブルを囲む 。実和ちゃんはスローなペースで喋る子で、一緒にいると何とも穏やかな気持ちになる癒し系で、大好きな可愛い後輩である。

 このテーブルの形が良かったのか、話題が二つに割れず、良い感じの距離感で盛り上がる。多弁ではない実和ちゃんも、丸い顔をニコニコして楽しそうに参加していた。


 話題は、互いの会社の面白話。時には『分かる! 分かる!』と同調したり、『え! そんな事が!』と互いに驚いたりと、自分の世界以外の話を楽しんでいた。 

 そして、私の会社の朝礼の話に話題が及ぶ。うちの朝礼はフロア毎に行われるのだが、司会が持ち回り制で全員が数ヶ月に一回朝礼の当番が回ってくる。

 その内容は社是を斉唱し、挨拶の練習をし、報告や連絡事項を促し、最後に一言朝のスピーチを行って朝礼を終える。いくら慣れた人間の前だとはいえ、これが結構緊張するし、最後のスピーチがまた悩ましいもの。

 スピーチというかフリートーク的なもので、何しゃべっても良い。ある程度年齢のいった人は、それなりに有りがたそうな説教臭い内容の話をとうとうと述べるけれど。若い世代になると会社の不満とか、最近填っている趣味の話とか、家族の話とか好きな事を話している。

 人前に出て話すことが苦手な私には、この日がかなり憂鬱なもの。隣の課に当番が来たあたりから頭数を数えて日時を割り出し、何を語るかを悩み苦しむ日々が始まる。まさに今がその時期だったりした。私のフロアが営業の為に外回りを理由に上手く逃げる人も出てくるため、さらに迫る日数計算が難しかったりする。そこで、良いネタがないかを皆に相談していたのだ。基本的に信子先輩は、『仕事においてこんな問題があったからこうするべきだ!』といった問題提起な内容を語り、黒くんは日常生活であったトンデモ話をして笑いをとって和ませ、実和ちゃんは最近読んだ本などの紹介や感想といった話題をよくしている。

「月さんも、緊張してたんですか~! いつもノホホ~ンと面白いこといって、皆を笑わせて終わるイメージだったんですが~」

 後輩の実和ちゃんがとんでもないことを言う。あんなにカチンカチンになっている私が分からないとは。しかも笑いをとっているつもりはない。

「そうだよね、確実に笑いとってくる所は流石だと想い、俺も負けられんと思うってるもん! こないだの道を尋ねられる話は笑ったよ!」

 黒くんの言葉に、高森物産の女の子が何ですか? と聞いてくる。期待に満ちたその可愛い瞳がプレッシャーになるが、こんな目で言われたら言うしかない。私は仕方が無く、その時の話をもう一度繰り返す。

 風水的なものなのか 家系なのか、私のキャラクターなのか良く分からないが、私と母親はよく人から道を尋ねられる。

 家にいても玄関のベルが鳴り、出てみると困った顔の見知らぬオバサンが立っている。そして『あの丸川さんというお宅ご存じでしょうか? 住所的にはこの近くなのはずなのですが見つからなくて……』とか、あまり一般家庭の玄関で発せられる事がないらしい言葉を述べる。母も慣れたもので近隣地図を取り出し、『その尋ね先の住所を聞きこの辺りでは?』と教えて笑顔で送り出す。

 道を歩いていても、何かキョロキョロしているな~という人を見ていたらその人物が私の顔をみて『はっ』とした顔をして私を見る。そして近づいてきて道を尋ねてくる。おかげで新宿駅とかで地方から来た方に道を教えてあげたお礼として、沖縄フルーツとか、地方土産をゲットしてきている。

 そんな時、私自身が道に迷っていた事があった。すると、中学生くらいの女の子が近づいてきて、『あの何処に行かれようとしているのですか?』と道を教えるために近づいてきてくれた。

 何故なのだろう? という話をしたら高森物産の女の子は皆、前回の朝礼で聞いていた人達のように笑う。

「なんか、分かるような気がします。月見さんってそんな感じですよね! いつもエレベーターでも感じの良い笑顔で挨拶してきてくれるので、話しかけやすいですもの」

 可愛い女の子にキラキラして笑顔で言われると、なんとも恥ずかしくなり俯いてしまう。名前がなんともお酒の会に似合いそうな目出度い感じに変わっているが、その可愛い笑顔で許せてしまう。


 私の名前どの程度略されていくかで、相手の親密度が測れるというわかりやすさがある。『月見里さん』から『月見さん』になり『月ちゃん』となる。人によっては『ツッキー』『ツ』と呼んでいる。『ツ』に至ってはかえって呼びにくいのではとも思うのだが……。

「いや、皆さんの笑顔があったから、私も笑顔で話しかけたんですよ!」

 そう、男の人以上に、実は女も可愛い笑顔というものに弱い事を改めて思う。というか私は男女問わず可愛い笑顔、綺麗な笑顔に弱い。

「まあ、月ちゃんはウチの会社の受付嬢だからね。この笑顔でお客様を暖かく迎えているんだよ」

 黒くんが私の肩をポンポン叩く。私の「え?」という顔に、ニヤリと笑う。

 うちの会社には、受付嬢となるものなんていない。訪れた客に気付いた人が対応するシステム。悲しいかな私のデスクが入り口の近くにあることで、私が対応することが多い。

「みんなが、面倒だからあえて気付かないふりしているのに、月ちゃん対応するからね! 只でさえ細かい仕事しているのに!」

 信子先輩はそう言って、ため息をつく。

「でもさ~言わないけど、営業部のみんなも感謝しているよ! そして笑顔にどれだけ助けられているか」

 突然の言葉に思わず照れてしまう私だったが、信子先輩は、チッチと黒くんを払うような手振りをする。

「そういって、煽てて、面倒な受付業務押しつけようとしているだけだから、聞くことないから! だいたい営業部の客なんだからその、顔みたら分かるだろうからそのグループの人間が対応すればいいのよ! 実和ちゃんもお客様きたらちゃんと対応しなさい!」

 可哀想に後輩の実和ちゃんが、いらぬことで説教されてしまった。

「なんか、月見さんと黒沢さんって仲良いですよね、モリシマさん社内恋愛多いみたいですし、もしかしてお付き合いされているんですか?」

 高森物産の女の子は、ちょっとシュンとした実和ちゃんを助けるために、話題をそらせたのだと思うけど、その言葉に丸顔の実和ちゃんの顔がさらに傷ついた顔になる。

 あ、実和ちゃんって、黒くんの事好きなんだと、察してしまう。 

「イヤイヤ まさか!」 

 私は慌てて否定する。可愛い後輩を悲しませるわけにはいかない。

「こんな、尻軽な男、私はゴメンだよね~」

 信子先輩はニヤニヤと笑い、黒くんを指さす。

「俺って、社内の女の子にそういうイメージなの?! こんな一途なのに!」

 黒くんが慌てて反論する。太めの眉が不満そうである。

「だって、入社三年目で、毎年違う女性とクリスマスを迎えているって、相当だと思うけど。とっかえ、ひっかえ、凄いなと思って」

 『とっかえひっかえ』に力いれている所に私も思わず苦笑する。信子先輩も容赦ない。可哀想にコレで高森物産の子との恋愛は遠のいた感じで、高森物産の女の子の笑顔の柔らかさが若干下がる。黒くんを見る目も若干冷たくなったようだ。

「黒沢さんって、良い人だし、優しいからそういうことになるのかと!」

 実和ちゃんが、必死でフォローいれるけれど、あまりフォローにはなっていない。

 信子先輩の猫のような目が嬉しそうに輝いている。態と女の子にマイナスイメージを植え込んだ! 信子先輩って結構黒くんを可愛がっていたるように思うのに、こうして弄って虐める。

 いや、可愛いから虐める! それがこの先輩の愛なのだろう。

 まあ、恋は生まれなかったようだけど女子会自体は楽しく終了した。次回はピザの美味しいという噂のイタリアンに決定し散会となった。さて、正しい女子会になるのか、それともメンバー増えて宴会となるのか? 黒くんは次回も登場するのか? さてどうなるのか?


   ※   ※   ※


 地下鉄組が多いので、JRを使う私は地下鉄入り口で皆と別れた。

 空を見上げると、気持ちいいくらいまん丸のお月様が輝いている! 私は少し伸び始めた髪の毛を手櫛で整え、大きく深呼吸して駅へと歩き始める。

「あ、月ちゃん! 俺もそっちだから」

 黒くんが、追いかけてくる。

「あれ? そうだっけ?

 たしか、千葉方面でいつも上野方面に向かっていた記憶がある。

「うん引越ししたから、新宿方面で方向も同じ!」

「そうなんだ、小田急? 中央線?」

「中野の方! その方が、終電遅くて楽だから」

「なるほどね~よく会社泊まっていたもんね! それはそうと、今日は残念だったね~彼女ゲットできなくて」

 黒くんは苦笑して、頭を掻く。

「俺ってそんなに、彼女欲しさにガツガツしているように見える? 純粋に交流楽しみたかっただけなんだけどね! 月ちゃんとも久しぶりに飲めたし」

 たしかに最近飲みにいってなかった。というか、最近は信子先輩の『オヤジと飲むと、落ち着いて飲めてよい!』という意見から始まった、定期的に経理部の深川さんと営業の矢口さんと本広さんといった既婚男性とユッタリとした飲み会を楽しんでいる。

 なので、若い世代だけで行くのは確かに久しぶりかもしれない。私自身、憂さを晴らせと言わんばかりの、体育会系のノリで馬鹿騒ぎする会社の飲み会がやや苦手だから避けていたこともあるが……。

 逆に無理な納期ばかりを要求している黒くんにとっては、現場の人とともにそういった飲み会で話を聞くのも大事な事なので、よく参加はしているようだ。

「そういえば、最近飲みにいってなかったね! 最近は信子先輩と共に深川さんと矢口さんと本広さんと、飲みに行くのを楽しんでいたからね~」

 黒くんは露骨に顔をしかめる! たしかに深川さんは経理という部署の課長をやっていることもあり、細かいし嫌みっぽい所もあり社内でも苦手としている人は多い。しかし冷静な視点で会社の事を把握している所があり話してみると、結構勉強になる。

 しかも、酒入るとエロオヤジな人間的な部分も見えてきて、それはそれで面白かったりする。いやエロいのは普段からだったかもしれない。

「あの、嫌みオヤジと飲んで何が楽しいの! 荻上さんを慕うのはいいけど、彼女と付き合っていくとオヤジ化、サド化していくからそれだけ止めてよ!」

 やはり、信子先輩から虐められているのは察しているのね。でも虐められているのを意外に楽しんでいるようなので、良いコンビだと思っているのは私だけだろうか?

「でもね、赤提灯とか女の子だけではいけない所にも行けて、楽しいよ! 黒くんも、今度コチラも参加する?」

「遠慮します! だって荻上さんに虐められ、オヤジ連中に説教され、俺、その飲み会で良いことないじゃん」

「確かに……」

 そのメンバーだと、女の子の私と信子先輩は可愛がってもらえるけど、野郎の黒くんは確実に肩身が狭いのかもしれない。

「それはそうと、久しぶりに映画でも行かない? 今週末とか! そして若人の世界を楽しもうよ」

 面白い事に黒くんは彼女がいないと、私を映画に誘ってくる。『誰かと見るから映画が、より楽しいんじゃん!』と以前言っていた。確かにその通りである。私も前の映画好きな彼氏と別れた後、一人でしばらく映画を楽しんでいたのだが、やはり映画館を出た後がなんとも寂しかった。そんな時黒くんという映画友達と出会えた事はどれほど嬉しい事だったのか。傷心の時期に自然な形で一緒にいてくれた事は本当に感謝している。それ以来、彼に彼女がいない時限定の映画鑑賞友達となっている。

「いいね!」

 私はそこまで言って、ある映画友達の顔を思い出す。

「あっ、でも、日曜日でいい? 土曜日用事があって」

 黒くんは、無邪気な子供っぽい嬉しそうな笑顔を返してくる。

 ちょっと秋めいてきた、冷たい風が酔っぱらった頬には気持ちよかった。

「あ、電車そろそろ来るよ、走ろうよ!」

 陽気な酔っぱらい二人は走り出す。


『マトリックス』は私が紹介するまでもない、人気SFアクション映画です。その複雑で難解な物語も見所なのですが、それ以上にこの作品は映画のアクションというものの見せ方に改革を起こしたと私は思っています。この映画以前と以降でアクション映画の表現が明かに変わりました!


あと、この女子会を黒沢明彦視点からみた『日曜日が待ち遠しい』があります。

『http://ncode.syosetu.com/n7964o/26/』

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