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半径三メートルの箱庭生活  作者: 白い黒猫
月が痩せているのは、星が綺麗に瞬くから
2/23

一メートルの世界 <1>

「コーヒーは人にいれてもらうほうが美味しいんだ」


『かもめ食堂』

挿絵(By みてみん)


 最寄り駅から会社までは五分の距離。会社の開始時間は八時半。私が最寄り駅に到着するのは七時四十分。

 何故、そんなに早く行く必要があるのか? 一つは私の利用している電車の路線は何故か人身事故等により遅延が多く、万が一の場合に備えての事で早めに到着するようにしている。(ぶっちゃけ、遅延が起こったらそれで済まない事も多いけど、睡眠時間をあまり削りたくないのでコレが限界)

 そしてもう一つは、駅前の大手チェーンのコーヒーショップでの朝のコーヒーの一時。

 これが、プライベートと仕事、モードを切り替える大事な儀式なのだ。

 まず店に入り、大きく深呼吸して店に漂うコーヒーのアロマで肺を満たし、レジでコーヒーを買い、窓際のカウンター席に座る。そして職場や学校とそれぞれの目的地に向けて歩く人を眺めながらコーヒーを味わう。

 八時十五分になったら、『よし!』と気合いを入れて店を出て会社に向かう! これが日課だった。


 今日も、いつものように外を眺めていると、きつめの顔をしたロングストレートヘアーの細身の女性と、長身でイケメンともいえなくないけどニヤけた顔の男が、仲良さそうに手を繋ぎながら歩いている。

 カフェの窓からシゲシゲ見ている私の存在も気付いていないようだ。そのまま二人はカフェに入ってきて、ソファーシートに並んで腰掛けイチャイチャし始める。

(まいった……)

 二人は知り合いで、同じ会社に務めている。 数いる社内カップルのうちの一組。

 うっかり、目が合ってしまったので、とりあえず笑顔でお辞儀をする。向こうは、私の引きつった笑顔も気にもしてないようで、脳天気な笑顔で手をふってくる。そして再びイチャイチャし始める。

 見ている私の方が、気を遣ってしまうが、悲しいかな彼らはこっちの気遣いなどまったく気にしてない。ただ無邪気に愛の世界を楽しんでいるようだ。 

 そう、うちの会社の困ったところが、社内社外関係なくカップルが堂々としている所。

 二人のように普通のカップルがイチャイチャしているならまだ良いけれど、困ったことに不倫カップルまでも……。

 本人らは、隠しているつもりらしいが、会社自体が元々そういうオープンな環境の為、そこで毒された人は秘め事スキルが下がっているのかもしれない。

 しかも、その既婚男性は社内結婚して、出産の為、寿退社した奥さんを持つ。

 バレないわけがない! だって奥さんは辞めたとはいえ、会社の人とはまだ複数ルートで繋がっている状態。当然の結果、奥さんが乗り込んできて修羅場……。

 大変だね~と傍観していたら、知らない内に巻き込まれることも。

 昨年年末、社内の男性に年賀状を出した。すると正月に恐ろしい事が……。

 元旦にノンビリと家で過ごしていたら、電話がかかってきた。

『本広の妻です』

 何故正月に、会社の人の奥さんから電話かかってくるのだろうか? と私は首を捻る。

『ウチの人と、どのような関係で?』

 は? どのような?って同じ会社に勤めているくらいである。そしてたまに、幾人かの仲間で飲み会を楽しむだけ。いわゆる飲み仲間の一人。なんか電話越しでも、険悪なムードが伝わってくる。会社の人の奥様をそんなに激怒させるような年賀状を書いた覚えはない。確か年賀葉書の文面も『旧年中は大変お世話になりました。今年も宜しくお願いします』くらいしか書いてなかったと思う。

『本広さんには、いつも会社でお世話になっております』

 とりあえず大人な対応を返しておくが、相手は突然激怒する。ヒステリーに叫ぶ女性の電話を切る事も出来ず、私は一時間ほど聞き続けることになる。とんだ一年の始まりである。しかも後日破かれた私の年賀状が郵送で送られてきた。本広さん、一体過去に何をやったんですか……。


 また、こんな事もあった。 

 同期の男性と、普通に世間話して盛り上がっていたら、凄まじい殺気を感じる。恐る恐る殺気の方向を見てみる。後輩の女の子が般若のような顔でコチラを見ていた。

 オカシイ……フワフワっとした綿菓子みたいな雰囲気の可愛らしい子な筈なのに、なに故にそんなホラーな顔を?

 程なくして、その子と同期の男性がつきあい始めたという噂を聞く。会社の人も、そう言った事は慣れたもので二人を()()かく見守ることになる。

 私も()()かく見守りたいのは山々。でもその同僚とは仕事上の繋がりも多く、絡む事が多い。したがって会話も多い。その度に何故か彼女から発射される嫉妬ビーム。

(何故??)

 断っておくけれど、私はその同僚に対してコレっぽっちも恋愛感情はないし、向こうも同様。ただ映画という趣味が合う事から話していても楽しいそんな友人である。

 だけど彼女には、私が邪魔でしかないようだった。結局二人が破局を迎えるまで、その恐怖体験は続く。勿論私とその同僚がつきあうなんて事にもならなかった。

 信じられない事に、その二人はそれぞれ別の人と社内恋愛中……。

 結局、何の関係もないのに人の恋愛や家庭の事情に振り回されてグッタリの私。

「私はさ、絶対社内恋愛無理です。あんなプライベートを会社の人に晒す生活なんてあり得ない! 人生の全てのドラマを社内で完結させなくても良いと思いませんか?」

 ランチタイムに思わず愚痴を漏らしたくもなる。

 信子先輩は苦笑する。

 私より一年先輩の荻上おぎがみ信子先輩も、中島哲哉さんと絶賛社内恋愛中。相手の中島さんは奥歯に衣着せるという言葉を知らない、毒舌男。信子先輩とラブラブしている場面を見た事なく、仕事上の事でバトルしている姿ばかり目につくカップル。

 私もその毒舌の洗礼を受け、結構泣いたことも何度か……。

「先輩の所はいいですよ。プライベートを職場に持ち込んでないし、会社ではバリバリ仕事バトルモードで、馬鹿ップルってる所見た事ないですもの!」

「というより、私の所はプライベートでも、ああだからね~。いつも喧嘩しまくり」

 ポンパで前髪を上げている為に、全開になったおでこをポリポリ掻きながら信子先輩は照れたようにつぶやく。

 そういいながら、お互いベタ惚れで、何やかんや四年目。一緒にキャンプに行った時など、互いを信頼しあい、フトした拍子に甘えている姿が、見ていてなんとも微笑ましい。私がこの会社で唯一暖かく見守りたい二人である。

「そういう、月ちゃんはどうなの? そういえば幼なじみ君だっけ? 映画行くとかいってなかった?」

 野菜ジュースを飲みながら、思い出したかのように信子先輩が聞いてくる。いや、照れて話題の矛先をコチラに向けてきたようだ。私は、その言葉にまた不機嫌になる。

「幼馴染みじゃないですよ! 単なる小学校の同級生」

「似たようなもんじゃん」

「違います、幼い時に馴染んだことないですから。そして映画は、最悪でした」

 プリプリ怒っている私を面白そうに見ている。

「面白くなかったの?」

「映画は、感動的でしたよ……でもね……映画を観ながら、その友人、ナント爆睡してたの! いびきかきながら」

 信じられます? と信子先輩に顔で問いかける。

「……しかも、その後行った、焼き肉屋でも爆睡」

 信子先輩は飲んでいたジュースを吹き出す。

「……で、相手爆睡中その間、月ちゃん、何してたの?」

 信子先輩は、私が差し出したポケットティッシュをありがとうと受け取り、濡れた机を拭く。

「肉、焼いて食べてましたが……野菜も、一時間チョットの時間をね」

 コチラがこんなに怒っているというのに、信子先輩は大爆笑する。

「まあ 初デートで 寝られて、しかも焼き肉屋ってことは、まあその線はないわね」

 デートでも、そういう相手でもないと言っているのに、私が現在彼氏なるものがいないだけで、一緒に異性と出かけたとすると、恋人探しに勤しんでいるように見られるのは困ったもの。

「当たり前です! そもそもデートじゃないし、二度とアイツとは映画に行きません」

「そういえばさ、月ちゃんの、タイプってどんなんなの? 芸能人では美形好きよね?」

 確かに ジョニデとか美形な俳優の話をしているけど、私としては才能の方重視しているつもり。なのに顔しか見てないように言われるのは心外である。

「別に、そんなにコダワリないですよ。自然にのんびりした時間が過ごせれば、映画みて一緒に感動できて、そのあと喫茶店で楽しくその話題で盛り上がれたらそれでいいかな?」

「だったら、黒くんとつきあっても良かったのでは? 結構一緒に映画観に行ってたよね? てっきり付き合うのかと思ってた」

 黒くんとは、黒沢明彦の事で例の彼女を般若化させたという同期男性である。

 確かに、入社当時は良く出かけていた。相手に彼女が出来ると流石に行かなくなってきた。

「ウーン」

 私は唸る。

 一緒に映画を観る。これって恋愛が始まる良いキッカケにもなりえるけれど、意外に落とし穴がある事を、皆気がついてないようだ。

【物語の中にある映画館】にて

この時月ちゃんが、友達と観たという設定の映画

「シングルマン」

http://ncode.syosetu.com/n5267p

の解説があります。

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