二メートルの世界 <2> (の8ヶ月前)
『僕らはみんな人間だ
いい所もあれば 悪い所もある』
【ハピネス】
とんだ、映画鑑賞となった後も、大陽くんとのメールのやり取りは続いていた。別に彼の映画の鑑賞態度が許せなかっただけで、人格までを嫌いになったわけではないから。
人柄自体は、惚けた味わいがあり面白く、話しやすい。威圧感のある体型のわりに、子供っぽくニコニコした表情がその圧迫感をかなり軽減している。
SEということもあり、私の知らないパソコン系の話も詳しく色々相談に気楽にのってくれる。自分とは違った世界で仕事している彼の話は面白かった。
二人で出かけてから一月ほど経った頃、次のようなメールを貰う。
『渋谷で。「SFXの全て」という展示会があるんだ! ギーガーの原画とかも展示されるんだって! 実際に撮影で使われたクリーチャーも登場だって コレは外せないよ! 一緒観に行かない?』
流石に展示会場で爆睡することはないだろう。
『面白そうですね! 見てみたいです。渋谷で美味しそうなお店も探しておきます!』と返事を出す。
※ ※ ※
待ち合わせまで後三十分。私は想定以上に早めに来てしまった。別に楽しみで溜まらなくそうなったのではなく、心配性なのだ。まず十五分程前に着く事を想定して、ネットで電車の時間を調べ、さらにそれよりも早めの電車に乗っていつも行動してしまう。なので結果えらく早めに来てしまうことになるのだ。
仕方がないので、近くの本屋に入る。入り口の新刊コーナーを見ようとしたら、なんかバカデカイ男性が無心に本を読んでいて邪魔だなと顔を見ると、大陽くんだった。髪の毛を切ったらしい、頭がサッパリしている。
「あ、来たね、じゃあ俺コレ買ってくるから」
別にここが待ち合わせ場所ではないけれど、早めに来た人間の時間の潰し方といったら限られるらしい。そう言って、読んでいた本をもってレジの方へと去っていった。ウーン、相変わらず大きい。この一月でさらに成長したんじゃないかと疑ってしまう。離れていっても、あまり小さくならない後ろ姿を私はしみじみ眺めてしまった。
「おまたせ! どうする? 時間中途半端だから、先にお昼食べてからみようか、月見さんが言ってた、ハンバーガーショップ、井の頭線の辺りだよね?」
二人で行ったのは、タワーバーガーが名物のお店。このお店、バーガーを丸呑みしているキャラクターが面白いのと、タワーなバーガーのインパクトが凄いことで、お店のURLを送ったら大陽くんはそのキャラクターのように食べに行く話に食い付いてきた。
「こういう アメリカンな食べ物って好きなんだよね~」
子供のように嬉しそうに笑いながら、馬鹿デカイ、バーガーを見つめる大陽くん。
そして豪快に口を開けて食べる様子に、思わず声を出して笑ってしまう。ボロっと具材が落ち、お皿に乗る。
「良かったね セーフ」
私は口の周りを汚している大陽くんにナプキンを差し出す。
大陽くんの大きい口をもってしても敵わなかったバーガーだ。私の口に敵うわけはないので、ナイフとフォークを使って上の層から攻めていくことにする。
「ところで、月見さんって、ハリウッド系のSF映画って観ないの?」
嫌いではないけど態々千八百円かける価値を感じないのだ。映像だけが派手で、勢いだけで物語を進めてしまう、所謂大衆映画ってそれなりには楽しめるけど、心が揺さぶられるほど感動した事がないのだ。
「いや、観ない訳ではないよ、レンタルとかケーブルとかにすぐ来るからそれで観ちゃうのよね」
大陽くんは信じられないという感じで目を見開く。
「えぇぇえ そうなるかな? 派手な映画こそ大画面で音響の良い映画館で観てこそ、その迫力やパワーを楽しめるのでは? スターウォーズの戦闘シーンとか、ワンセグとかで観てもつまらないでしょ? 逆に脚本とか台詞が面白いのは画面サイズを問わず楽しめるかもしれないけど」
そういう考え方もあるのか。言われてみれば、そうかもしれないと思う。ハリウッド超大作と呼ばれるものの一番の見所は映像それを最大限楽しめるのはやはり大画面だろう、しかも最近の映画館は音響も良い。映画館が最高のアトラクションとなるわけだ。
私は、ど派手な映像と音楽で、幼稚な物語を誤魔化しているとしていた馬鹿ハリウッド作品、映画館だからだからこそ楽しめる作品という見方は面白かった。
改めて、映画館で映画を観ることの意味を、考えさせられた。
『SFXのすべて』という展示会は、今年の夏公開される、宇宙で遭難することになる巨大旅客宇宙船を舞台に繰り広げられる、パニックムービーの宣伝が目的なイベントなようで、過去のSFXを駆使した作品の裏側を紹介しつつ、最後にその映画で使われる衣装やセットなどを見せて盛り上げるという構成になっていた。
そこで、展示されている物を見ながら、それに纏わる映画についての話題を楽しそうに語る大陽くん。
ハリウッド大作映画について格好いい所も、馬鹿らしい所も含めて、彼にとっては面白いようだ。
こんな風に無邪気に映画を観る姿勢を忘れていたなとも思う。
そして、二週間後、私達は、今度は大陽くんがお勧めの映画を観に行くことになる。
私のように、理屈で映画を観ているのではなく、本能で楽しむだからこそ反応が楽しかった。
それ以後も、私が誘った映画は途中で意識を飛ばすこともあったが、『やっぱ寝た!』、『あれ? 意外にも最後まで無事だった』とか身体で映画の面白さを体現させる所が、途中から面白くなってきたから不思議なものである。
それに、大陽くんは同じ映画をみても、私とまったく違う所に面白さを見付けてくる。なので彼と映画を観ると面白いと思える部分が増え、映画の楽しさも倍増する。
気が付けば大陽くんは私の最大の映画友達となっていた。