零メートルの世界 <2> (から二メートル先を想う)
『長続きするたった一つの愛は片想い。』
【影と霧】より
今年も残すところあと一ヶ月チョット。
信子先輩は着々と結婚式の準備を進め、夏美ちゃんは芳光さんについにキッパリ別れを告げ、今は英会話教室や料理教室などでセッセと自分を磨いている。最近はその英会話教室で出会った男性と良い感じになってきているようだ。二人ともますます綺麗になったように思える。
そして私はというと――。
渋谷のカフェで実和ちゃんが、深いため息をつく。
それは、今日一緒に観た映画に感動してという訳ではなさそうだ。ここ数日の彼女はまったく元気がなく萎んでいる。
黒くんの次に、会社の人で映画をよく一緒に観に行くのがこの後輩の西河実和ちゃん。
彼女は元々文学少女の為、物語を追う事が好きなこともあり映画はそれなりに好きだったけど、入社してなかなかの映画ファンへと成長していた。彼女がここまで映画に填っていったのは、私の影響というより、黒くんの影響が大きいと私は見ている。黒くんが愛する映画という世界を自分も体験したいから、彼女は彼の思想を追うように映画を見続ける。
私のブログに『観ました』と実和ちゃんがコメントをつける映画記事には、かなりの確率で黒くんのコメントがある。なんとも健気な行動である。なのに鈍い黒くんはそれに気がつかない。
彼女が今日元気ないのは、彼女が愛する黒くんが、また新しい彼女を作ったからだ。相手は彼女の同期の女の子となると、さらに傷も深い。
今日みた映画は、切ない片思いをテーマにした韓国映画、やや失敗だったかなと、今にして思う。
実和ちゃんと黒くんは同じ課にいる、いわば一番近い位置にいる存在。よけいに辛いだろう……。
「私って、魅力ないのでしょうかね、黒沢さんは私以外の女性をどんどん選んでいく」
何といってあげればいいのか? 黒くんはまず私の同期の女の子と付き合い、次に実和ちゃんの同期の子と付き合い、さらに次は私の同期と付き合い、そして今度は……。
黒くんという男は非常に身近な所から彼女を選んでいっている。そのタイプもバラバラ、何を基準に彼女を選んでいるのか、私にはさっぱり分からない。
『すぐまた別れると思うから、また次のチャンスがあるよ』とも言えない。私としては可愛い後輩である実和ちゃんと、友人である黒くんが上手くいってくれたら嬉しいのだが、こればっかりはどうしようもない。
「片思いって、切ないよね」
私も『片思い』という意味では、今似たような状況だけに、彼女の気持ちは痛いほど分かる。何を考えているか分からない相手を好きになると辛いものだ。
彼女のように、好きな人のすぐ側にいれるけど、相手が何処を見ているのかまでも分かってしまうのと、私のように一緒にいる時の相手しか分からないし、私の見えない所で何をしてて、何考えているのか、私をどう思っているのか何も分からないというの、どちらが辛いのだろうか? と考える。
今私が出来るのは、ベソベソと泣く彼女の話を、ただ全部聞いてあげるだけ。
(思いっきり、此所で泣いていいよ、そして笑えるようになるまで側にいてあげるから)
私は実和ちゃんの頭を静かに撫でてあげる。
「ねえ、月さん!」
「ん?」
一頻り泣いた彼女は大きく深呼吸する。そして私の顔を真っ直ぐみてくる。
「こういう時に、ピッタリの映画っていったら何なのでしょうね?」
「え…っと」
私は、悩む。そういう感じで映画のお勧めを聞かれたことは初めてだ。
「実和ちゃん、泣けるのがいい? 笑えるのがいい? ドロドロしたのがいい? 気分的にはどんな感じ?」
実和ちゃんは真面目くさった顔で、考える。目が赤くて痛そうだ。
「笑って、元気になれるのがいいです!」
なるほど! そういう方向で考えればいいのね……。
「『プリシラ』、『ジュリー&ジュリア』、『天使にラブソング』、『ココ・シャネル』、『チャーリーズ・エンジェル』、『キューティー・ブロンド』、『SEX AND THE CITY』『パーマネント野バラ』とかかな~」
女性が男性とかあまり頼らず元気に行動する映画のタイトルを挙げておく。真面目な実和ちゃんはそれを手帳に几帳面にメモする。こういう所がまた、この子の可愛い所である。
「ね、何か甘いもの食べたくない? ケーキ頼む? 奢るよ!」
実和ちゃんは、私の言葉に嬉しそうに頷く。良かった、少し笑顔になった。私はチョットだけホッとする。