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半径三メートルの箱庭生活  作者: 白い黒猫
太陽の力で、月は輝いている?
14/23

零メートルの世界 <1>

『人が知る

この世で最高の幸せは

誰かを愛して

そしてその人に愛されること』

   【ムーラン・ルージュ】

挿絵(By みてみん)


 二十代半ばになってくると、少しずつ私の元に届けられるようになるモノ。それは『結婚式の招待状』。

 それは目出度く喜ばしいこと。しかし嬉しい反面、私を複雑な気持ちにさせる。

 人に話すとビックリされ、「嘘だ~」とも笑われるが、私は実は結婚願望が人よりウン十倍強い。それは結婚生活への憧れというよりも、家から自由になるためには結婚しかないからだ。

 別に家に何か問題を抱えているわけではない。しかし父親は無邪気な暴君で、子供は自分の思い通りに動いて当然と思っている所があり、家にいても自分を無視した行動をすると激怒する。そして自分を敬うことを強制する。つまり我が家においてはキングなのである。

 父からしてみたら結婚前の娘の一人暮らしなんてあり得ないことだし、結婚相手も自分が認めた相手でなければならない。

 流石に兄は男だったために、就職とともに、関西の方の大手会社に就職しさっさと家を出ることを成功したが、姉は父のコネで自分が勤めている会社の系列の会社に就職させられた。私のも用意していたようだが、私は自力でモリシマに就職を決めた。コレは私のささやかな反抗である。

 姉は、フリーの仕事をしている男性と恋をして結婚しようとしたが父の反対に合い三年以上争い、結果その男性と別れてしまった。その後、父がもってきたお見合いの相手と殆ど即決という形で結婚してしまったのは、その相手が気に入ったというよりも、父への憎しみを抱いている姉がとにかく家を出たかったからである。そのことに父は気付かず、思い通りの結婚をした姉を喜び、姉から感謝されているとさえ思っている。

 母は母で、愛情深い反面、過保護で過干渉気味な所がある。兄も姉もいなくなった家で、私はそれまで以上に窮屈で息詰まりそうな生活をすることになった。

 誰でも良いから、私を家から連れ出して! と叫びたくなる時も多々ある。

 しかし、結婚するには相手がいる。私の前にある、文字通り大きいこの問題が私を悩ませる。

「百合子さ~ん♪」

 現場へ、原稿を届けにいったとき、同期の井口成実ちゃんが私に手をふってくる。同期とはいえ高卒で入社したこともありまだ二十二歳で未だに子供っぽく可愛らしい。

 近づいていくと、ニッコリ笑い、引き出しから白い封筒を、デーンと差し出してくる。

 結婚招待状である。 彼女は社内恋愛二年を経て、結婚とこの会社らしい出会いとゴールをするわけだ。

「勿論、来てくれますよね!」

 無邪気すぎる笑みがなんとも可愛らしい。その顔に幸せが満ちている。

「悩む所だけど、仕方が無い、行ってあげるよ」

「なんですか~それ!」

 私の言葉にキャッキャと笑う。こういう所は十代の時と変わらないけど、この子も、もう奥様になるのねと思うと感慨深いものがある。

 彼女は私にペンを差し出す。

「ん? 何?」

「出席なんですよね! なら、もう此所で出席通知しちゃって下さい」

 ニヤリ笑う成実ちゃん。時代は何でもスピードが求められるようになっているようだ。


 ※   ※   ※


「しかし、まさか、私の同期で、一番年少の成実ちゃんが一番に結婚するとは! 先こされるとは思いませんでしたよ」

 仕事帰り、信子先輩に誘われて近所の喫茶店でお茶をしていた。

 信子先輩は、その言葉に苦笑する。

「私としては、あの子にもう少し社会の厳しさを学んでから、結婚してもらいたかったけどね~アレじゃ、世間を舐めきったまま生きていくよ」

 成実ちゃんは、良くいえば天真爛漫、悪くいえば世間知らずな性格をしている。仕事でどえらいチョンボをしても、笑って誤魔化して反省しない。そして失敗を平気で繰り返す。そういう意味では問題児な面があり、現場と営業が揉める原因となっていた。

 私のように友達として付き合う分には、楽しくて可愛いのだが、仕事で接する事のある信子先輩にとっては、結構苦々しい相手でもあるようだ。

「ゴメンナサイ。私も結構言い聞かせたんですが、なかなか」

 申し訳ない気持ちで、信子先輩に代わりに謝る。

「彼女の耳は、地獄耳の反対で、仏耳! 都合の良い言葉しか入らないから 言うだけ無駄! ま、彼女と私仕事するのもあと少しだから我慢すればいいだけ」

 信子先輩は、成実ちゃんが結婚退職すると勘違いしているようだ。

「あの……。成美ちゃん、結婚しても会社には残るみたいですよ」

 ガッカリさせるつもりはないけど、訂正しておいたほうがいいだろう。私の言葉に信子先輩の顔が、チョット困った顔になりそして、真面目な顔になる。

「……月ちゃん、あのね……」

 改まった感じで、信子先輩が私を真っ直ぐみる。

「はい!」 

 私はその気配に、思わず背筋を伸ばす。

「私も結婚することにしたんだ」

「え!」

 思いもしない言葉に私は絶句する。嫌、考えてみたら先輩の所は交際期間もうすぐ五年、そんな話がいつ来てもオカシクはなかったはずだけど、そんな気配をまったく感じさせなかった。 あと、そんな間際まで、何も語ってくれなかった事にもショックをうける。

「ゴメン驚いたよね?」 

「えっ、はい! あ、おめでとうございます! 凄いですね! なんか ビックリという感じで」

 慌てて私は、お祝いの言葉を口にするが、上手い言葉が出てこない。

「月曜日に、上司に報告したの。上司以外では会社で話したのは月ちゃんだけだから」

「そうなんですか、いつ結婚をされるんですか? でも、そんな結婚なんて気配なかったですよね。いつのまに、そんな話になったんですか」

 根掘り葉掘り聞いていいものでないと思うのに、ついつい言葉が出てしまう。信子先輩らしくなく、チョット困った顔をする。

「入籍は今年中にするつもり、式は、式場を上手く見付けて出来るかぎり早めにと思ってるの。で、会社は来年三月までかな?」

 私は、次々語られるその内容に頭が付いていかず、混乱する。信子先輩が結婚? そして退社!

「え、ウチの会社、結婚しても続けられるのに、なんで辞めちゃうんですか?」 

 先輩は、気まずそうにへへと笑う。

「子供できたんだ!」

 なんでだろう、その一言を聞いただけで信子先輩がいつもより大人で女に見えた。

「え!」

 驚いて絶句する私に、信子先輩はいつもより柔らかめに笑う

「ま、ゆくゆくは結婚するつもりだったし、順番がやや前後間違えたけど、まあいいかという感じ」

 先輩はいつもこうだ、自分が望んでいるものを分かっていて、悩みつつも真っ直ぐ自分の道を歩く。そして次のステップへと悠然と進んでいくんだ。

 やっぱり、女性だけど男前で格好いい人だ。

「なんか、先輩パワーアップって感じですね。しかもアノ中島さんと一緒なら、無敵な家族作れそうですよね!」

 信子先輩は、『何ソレ』とケタケタ笑う。

「ま、そうなるよう、頑張るよ! アンタの事は、旦那にも託しておくから、会社で何か辛い事あったら何でも相談すればいいから」

 もう、『旦那』と言うところが、可愛らしいと思った。

「嫌ですよ! 中島さんに泣き言なんて持っていったら、こっぴどく叱られてますます落ち込むだけじゃないですか!」

 散々、仕事で、一緒遊びにいった先でと、説教をうけまくった私は、ブルブルと首を振ってしまう。兎に角、信子先輩の婚約者となった中島哲哉は自分にも他人にもキツク厳しい人だ。尊敬はしているものの、その言い方に私が社内で唯一キレて喧嘩してしまった相手でもある。

「まあ ヤツも子供出来たら、少しは丸くなるって!」

 うーん、あの中島さんと、こうやって笑いながら付き合い、そして結婚するなんて、やはり信子先輩は大物だと思う。

 私が(変な意味ではなく)惚れた女性だけある。

「期待してます、どうかヤワヤワまん丸にしてやってください」

 私は頭を下げる。とはいえ、あのキツイ性格は変わらないだろうし、そこが中島さんの魅力でもあるから言ってみただけである。


 後日中島さんの部署に行ったとき、コソっとお祝いの言葉を贈ると、ニヤリと『へへ、羨ましいだろ!』と私に珍しく惚気てきた。そして大のスポーツカー好きだった中島さんが、愛車を売りワゴンを買い替えたとか、漢字辞書を広げ子供の名前を悩んでいるとかいう噂も聞こえてくるようになる。

 そういうのを見ていると、不純な動機からではなく、結婚って素敵でいいなと想えてきた。


 ま、私の場合はその前に、相手が必要。まずは自分を磨き、素敵な恋愛をしないと! と私は自分に言い聞かせる。そして、一人の人物の顔を頭に思い浮かべてため息をつく。


『ムーラン・ルージュ』はユアン・マクレガーとニコール・キッドマンが主演のミュージカル映画。物語はかなり無茶苦茶で、勢いで作った感じの所がありますが、曲のチョイスが面白いです。ある年代のアメリカンポップスが好きな人は楽しめると思います。

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