一メートルの世界 <8>(から一メートル先を見る)
『恋とはサメのようなものだ。常に前進してないと死んでしまう』
【アニー・ホール】
誕生会は、夏美ちゃんが同じ課である信子先輩を誘い、黒くんも同じ課の後輩である実和ちゃんに声をかけたことで五人での飲み会となった。
流石に、この人数全員分を黒くんが奢るという事にはならず、私を除いた人数で割り勘という話に落ち着いたようだ。
実和ちゃんは、私を祝いという事以上に、大好きな黒くんに誘われたという事に顔中幸せでホクホクしている。恋する乙女の顔って良いものだ。見ている私までが幸せな気持ちになる。
当初微妙な関係の二人がいることでどうしたものかと思った飲み会も、楽しく和やかなものになった。
「なんか、すいません、プレゼント頂いているのに、こんな席まで用意してもらって」
そう、このメンバーみんなから、昼間にプレゼントを貰っていたのだ。信子先輩からは手触りが生半可なく良い、月の形をしたクッション。実和ちゃんからは『月の記憶』という月の写真と月の詩を編集した写真集。そして黒くんからは月のデザインの髪飾り。コレは今朝私が誕生日と知り営業外回りの途中で慌てて買ってきたものっぽい。
誕生日毎に、月グッツが充実していく私。嬉しいですが、だんだん部屋が凄い事になっているのは、秘密。
「水臭いこと言わないの! あと来月の私の誕生日、期待しているから!」
信子先輩がニヤリと笑う。
「はい! そこでは頑張らせてもらいます」
力強く真っ直ぐに返事をする私に、信子先輩は『良い子良い子』と褒めの言葉を返す。
「俺は、辞退させてもらいますが」
余計な事をいってくるヤツは、放っておこう。
「しかし、チミもとうとう二十五歳か、大きくなったね~」
乾杯の後、信子先輩はしみじみとつぶやく。
「あの、初めて出会った時から、さほど大きくなってないと思うのですが、身長体重もほぼ同じですが」
先輩のボケに突っ込むのは、後輩の勤め。
「で、二十五歳の抱負は? 誕生日に言うモノでしょ?」
皆の興味津々な顔に、私は悩む。良く分からない長くてなんか目出度い感じの名前だったカクテルを一口飲む。
「恋して、結婚……かな? 今年こそ恋人作りたいかな~」
結構お酒も入っていたことで、私はかなり恥ずかしい事をいってしまう。
でも周りも酔っぱらいなので、予想外に盛り上がる。
「よく言った~! アンタが重い腰を上げるのを、お姉さんは待ってたのさぁ~」
バンバンと叩いてくる信子先輩の愛が少し痛い。
前で黒くんは、ニヤニヤとしてコチラを見ている。
「で、月ちゃん、そういう言葉が出るということは、とうとう好きな人でも出来た?」
その言葉に私は、「うっ」と言葉を詰まらす。
「……これから、ゆっくり健闘させて頂くという所かな~」
「ふ~ん……まあ、頑張って」
明かに小馬鹿にした顔で笑う、黒くんの顔を軽く睨み付ける。本当にこの男くらい簡単に恋愛できれば私も苦労はしてない。
「そういう黒沢くんこそ、頑張ったほうが」
夏美ちゃんは、綺麗な色のカクテルから黒くんの方に視線を向けてニッコリ笑う。
「ん? 何を?」
黒くんはビックリしたように、夏美ちゃんに顔をむける。
「今回、珍しく彼女居ない期間長いから! しかもだんだん交際期間も短くなっているし、焦っているのかと」
確かにそうだ、映画をそういやまだ一緒に見ている。数ヶ月もフリーというのは珍しい。しかし、最後の一言はキツイですよ、夏美ちゃん。
「ま、お互い頑張るかって、所なのかな?」
黒くんに私はエールを送っておく。
「だね! 百合ちゃん、二人で頑張ろう!」
何故か隣の夏美ちゃんが力強く答える。私を名前で呼んでいるということは、結構酔っているようだ。
※ ※ ※
他愛無い事で盛り上がった誕生会は楽しく幕を下ろす。
電車を降りた私は、みんなからもらったプレゼント紙袋を、上機嫌で振り回しながら家へと向かう。
電車に乗っていたからマナーモードになっていた携帯がバックの中で震える。携帯を出し私はそこに表示された名前を確認してから通話を押す。
「お疲れさま~」
なんだろうニヤニヤしてしまう。お酒のせいだと私は、言い聞かせる。
『まだ、外? 俺も今家まで歩いている途中』
「同じだね~」
先程の飲み会の話など他愛ない話を歩きながら続ける。
『あのさ、ちゃんとこれは言葉で言うべきかなと』
「ん?」
『誕生日おめでとう』
頬がなんか熱い、私は酔いをさます為に深呼吸し空を見上げる。すると、光が空を走っていくのが見えた。
「あ! 流れ星」
私は思わず声をあげる。
『そういえば、流星群 そろそろ見頃だよね』
相手の声に、私は朝ニュースでもそんな事を言っていた事を思い出す。この名の流星群を五年前、星野秀明と親に内緒で出かけた旅行先で一緒に見た。そして、今電話越しだとはいえ、この人と一緒に空を見上げている。なんか不思議な気分だ。
「もう、この時間からも見れるんだね」
確かTVでは、見頃は深夜とかいってた気がする。
『あっ、こっちでも流れた』
電話の向こうから、チョット興奮した声が流れる。
「うん! 私も今見た、同じ流れ星かな?」
フッと笑う声がする。
『多分ね、結構見れるね! あっまた!』
電話越しではあるものの、一緒に同じ空を見上げ、流星群を見ている、近くに相手を感じる。
「願い事、し放題だね!」
『ゆり蔵さんは、欲張りだな!』
と突っ込まれる。
「いえいえ、願いは一つだけだよ!」
『カネ、カネ、カネとか?』
失礼な人だ。
『それは、自分の力でなんとかするよ! もっと良い物を願ってるの!』
「ふーん」
電話の向こうで、この人は星にどんな願いをしているのだろうか? 気になる。
聞いても、『別に、ただ見てるだけ』とかいいそうだ。おとぎ話的な迷信ではなく、現象を楽しむそんな人だから。
『そういえば、もう水曜日だから、週末観る映画、帰ったら座席予約しておくね。映画はアレでいいよね?』
「ウン! 宜しく!」
そういえば、二人でずっと楽しみにしていたアノ映画がもう公開か~楽しい週末になりそうだ。
「楽しみだね!」
『だね』
電話越しだけど、私達は微笑みあった気がした。相手がどんな顔で笑っているかなんか分かった。
~失楽園~ その後の世界
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コチラの短編でにおいて、五年前に流星を眺める様子が描かれています。