レジェンディアより愛をこめて—ホルムズ危機で愛を知る
航海は、ここで一区切りを迎える。
けれど、海は終わらない。
パーティーの熱が静かに引いた翌朝。
サウサンプトンの埠頭には、まだかすかに余韻が残っていた。
リヒトは、ハワード提督の前に立っていた。
海風が、二人の間を通り抜ける。
「君の勇気と覚悟は大したものだ」
低く、落ち着いた声。
「ちゃんと私の意図を汲んでくれたようだ」
わずかな間。
「……だが」
提督の表情が、ほんの少しだけ崩れる。
「レイコは、嫁にはやらん」
リヒトの表情が揺れた。
「何故です!」
一歩踏み出す。
「認めてくださったのではないのですか」
提督は静かに目を細める。
「認めているさ」
「では……」
短い沈黙。
「君が婿に来るんだ」
「……え?」
完全に思考が止まる。
提督は淡々と続ける。
「君のことは、ジェームズ大佐から聞いていた」
「名前に聞き覚えがあってな。調べさせてもらった」
「君はドイツのヴァルナー上級大将のご子息だそうだな」
リヒトの視線がわずかに揺れる。
「……何故、それを」
提督は小さく息を吐く。
「君の父上の戦術には、いつも驚かされている」
「無駄がなく、合理的だ」
「私が尊敬している名将の一人でもある」
一歩、距離を詰める。
「これでもNATO加盟国だからな」
軽く、リヒトの肩を叩く。
「クリスタニアが帰港した後で構わない」
「後で我が家に来るといい」
「その間に、出来る手続きは進めておこう」
リヒトは姿勢を正す。
「はい、閣下!」
すぐに訂正が入る。
「違う」
短く。
「お父様、だ」
一瞬、言葉を失う。
そして、ゆっくりと頷く。
「……はい」
「お父様」
海風が、わずかにやわらぐ。
⸻
「話は終わったの? そろそろ出港ね」
「あぁ。怒られるかと思った」
「おじ様と何を話してたの?」
「それは、二人の時に話そう」
フォックス中尉が小走りで駆け寄ってくる。
「レイコ様ーっ!」
軽く敬礼。
「必要なものは、お部屋に運んであります」
一拍置いて、
「それから、ヴェイル中佐がこれを」
差し出された封筒。
「?」
レイコはそれを受け取り、ゆっくりと開く。
中には、短い一文。
『レイコ様、これからは家族です。』
「……は?」
思わず声が漏れる。
フォックスが口元を緩める。
「まだ内緒です」
ウィンクひとつ。
レイコはしばらく手紙を見つめたまま立ち尽くす。
やがて、小さく息を吐いた。
「……本当に、勝手な人たちね」
けれど、その声はどこか柔らかい。
後ろからリヒトの声。
「問題あるか?」
レイコは振り返る。
ほんの少しだけ笑って。
「いいえ」
一歩、彼の隣へ。
「帰りましょう、リヒト」
「ああ」
⸻
ブリッジでは、三井たちが準備を進めていた。
「離岸用意」
低く、短い声。
「タグ、スタンバイ」
「オールライン、クリア」
「前進微速」
静かに船体が動き出す。
岸壁が、ゆっくりと遠ざかる。
サウサンプトンの街並みが、朝の光の中で揺れていた。
風が、海の匂いを運ぶ。
クリスタニアは、再び海へ出た。
中東の緊張は、まだ終わらない。
それでも——私たちは、愛を知った。
海を渡るすべての船とともに。
我々は一つだ。
今も、これからも。
——レジェンディアより、愛をこめて。
すべての船が、無事に航海を終えられますように。
そしてまた、穏やかな海で会えますように。
with love




