窓辺の白薔薇——届かない理由
静かな夜ほど、心は逃げ場を失う。
答えは、まだどこにもない。
ハワード邸の夜は、静かだった。
レイコの部屋のトルソーには、日中ローズが見つけた、白地に銀の花びらが散りばめられたドレスが掛けられている。
灯りを落とした室内で、その白は淡く浮かび上がっていた。
レイコは窓辺に腰を下ろし、庭を見ている。
月明かりを受けた白薔薇が、青く沈んでいた。
足元には三頭のシェパード。
誰も声を発さず、ただ心配そうにレイコを見上げている。
その視線すら、今のレイコには遠かった。
なぜ、あんなにも船たちを思う人が——
サフィールのことになると、冷たく突き放したのか。
理解できないままだった。
サフィールは、レイコにはきっかけに過ぎない。
思えば最初から、あの船にだけは——
リヒトは突っかかってきた。
船が好きだ。
海運が好きだ。
それは、変わらない。
誰よりも大切にしている。
それが——
いけないことなのだろうか。
あの時。
バルセロナの夜。
海風と、灯りと、静かな甲板。
あの船で見たもの。
感じたもの。
それは、間違いだったのか。
「あなたに出会わなければ、こんなに苦しむことはなかったのに」
ダンスの後の、リヒトの切なげな顔が浮かぶ。
「……わからないわ」
かすれた声が、わずかに零れる。
シェパードたちは小さく鳴き、そっと身を寄せた。
温もりだけが、現実を繋ぎ止める。
リヒトは怒っていた。
——それとも、悲しんでいたのか。
だから、あんなにも冷たかったのか。
もし。
自分が、船を——
サフィールを、あそこまで特別に思わなければ。
リヒトは、あんな顔をしなかったのだろうか。
考えても、答えは出ない。
ただ、胸の奥が静かに痛むだけだった。
窓の外、夜の庭。
白薔薇は揺れず、ただそこにある。
その色は、どこか——
あの船に似ていた。
レイコは目を閉じる。
浮かぶのは、あの夜。
バルセロナの夜——
そして。
そこにいた、ひとりの男。
静かな夜だった。
それでも、心だけが波立ったままだった。
白は、何も語らない。
それでも、人はそこに意味を見てしまう。




