白銀の装い — クリスタニアの影 —
止まった時間は、自分では動かせない。
誰かの手が、必要になることもある。
ジブラルタルで護衛艦れいこうと合流したクリスタニアは、そのままサウサンプトンへ向かっていた。
その頃、ポーツマス。
ローズ・ハワードの邸宅では、穏やかな昼下がりの光の中、和やかなランチタイムの真っ最中だった。
「今度の記念式典、かなり大きなものになるみたいね」
ローズが楽しげに言う。
エディとフォックスも頷く。
だが——レイコだけが、どこか遠くにいた。
会話は聞こえている。
だが意味が、心に入ってこない。
手は止まり、視線は窓の外へ。
「レイコ」
ローズがやわらかく呼ぶ。
「ドレスは決まっているの?」
「……いつものロイヤルブルーでいいわ。決めるのも億劫なの。」
興味のない声。
ローズは一瞬だけ微笑みを消し、肩をすくめた。
「それじゃ、ダメね」
即答だった。
「え?」
「今のあなたに、それは似合わない」
有無を言わせない声音。
エディとフォックスが、わずかに視線を交わす。
「行くわよ。街へ」
ローズは立ち上がり、そのままレイコの手を取る。
断る余地はなかった。
ロンドンのドレスショップ。
並ぶドレスの中から、ローズは目に留めた一着に手を伸ばす。
光沢のある白地に、銀の花びらを散らしたホルダーネック。
光を受けて、静かにきらめく。
「ねぇ、これ!」
レイコの前に当て、鏡を向ける。
「まるでクリスタニアみたいよ!」
レイコの瞳が、わずかに揺れる。
——白い船。
——静かに海を進む姿。
「……そうね。でも——」
「これにするわ」
かぶせるように言い切る。
「いいから、着てみて」
背を押される。
レイコは小さく息を吐いた。
逃げ場は、なかった。
邸宅へ戻ると、小包が届いていた。
「ねぇ、レイコ宛てよ」
中には手紙と、小さな箱。
『レイコへ。
パパとママは今、ドイツに来ている。
君に似合いそうなものを見つけたんだ。
記念式典があると聞いたから、そこでつけるといい。
私たちの愛する娘へ。
エヴァンス&キョウコ』
箱の中には、ヤグルマギクを模したサファイアのピアス。
深い青。
レイコの指が止まる。
どこかで見たような気もするが、どこだったか。
「決まりね」
ローズは満足げに言い、お茶の支度を始めた。
エディがそれを手伝いながら、小さく呟く。
「ローズ、完璧に仕込みましたね」
「だって——」
ローズは振り返らずに笑う。
「レイコの幸せは、私たちの幸せだもの」
フォックスは静かに息を吐く。
そして二日後。
ハワード家に連絡が入った。
クリスタニアの到着予定時刻。
セレモニーのスケジュール。
それは、確実に近づいていた。
——クリスタニアが、遂に姿を見せる。
白は、始まりの色。
それが何を意味するのか——彼女は、まだ知らない。




