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Legendiaより愛をこめて〜ホルムズ危機、そして私たちは恋を知る   作者: おーがすてぃーぬ


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63/80

戻れない海域 ―その先は、覚悟だけが通用する―

引き返せる地点は、もう過ぎています。

その時が迫ります。

サラーサの港を離れて、三日。


燃料施設の焼け跡を背に出港したあの港は、すでに水平線の向こうに消えていた。


クリスタニアは、静かに北上を続けている。


海は穏やかだ。


風も弱い。

波も低い。


——だからこそ。


ブリッジの空気は、重かった。



「現在位置、予定通り」


「機関、異常なし」


「通信、問題ありません」


報告は、いつもと変わらない。


だが。


誰も、余計な言葉を挟まない。


リヒトは、前方の海を見つめていた。


その先にあるものを——


全員が知っている。


紅海。



「……あと、どれくらいだ」


「約二十四時間で、紅海入口海域に入ります」


短い返答。


それで、十分だった。


——引き返すなら、今しかない。


その事実だけが、静かに突きつけられている。



沈黙を破ったのは、若い航海士だった。


「……本当に、行くんですね」


誰に向けた言葉でもない。


それでも、ブリッジ全体に届いた。


リヒトは、答えない。


視線も、動かさない。


航海士は、ゆっくりと息を吐く。


「サラーサで聞きました」


一拍。


「タンカーの人たち……」


言葉を探す。


そして、絞り出す。


「……限界だって」


その瞬間。


空気が、わずかに揺れた。


誰も動かない。


だが——


確実に、何かが変わった。


「だから」


航海士の声は、もう迷っていなかった。


「行きましょう」


沈黙。


そして——


誰も、それを否定しなかった。



リヒトは、ゆっくりと頷く。


それで、すべてが決まる。


クリスタニアは進む。


その意志を乗せて。



——その時だった。


「レーダーに反応。前方、艦影一」


空気が変わる。


一瞬で。


「識別は?」


「……中型船。航路上で接近中」


リヒトの視線が上がる。


「詳細を出せ」


数秒。


沈黙。


やがて——


航海士が、息を呑む。


「……識別完了」


一拍。


「レジェンディアです」


その名が、落ちた。



誰も、すぐには言葉を返せない。


ルイが、わずかに笑う。


「……なるほどね」


静かな声。

だが、その奥にあるものは明確だった。


「ヘンリー船長、心配してたんだね」


誰に向けた言葉でもない。


だが——


意味は、全員が理解していた。


レーダーの先。


まだ視認できない距離。


それでも、確実に——


“そこにいる”。


偶然ではない。



リヒトは、静かに告げる。


「進路、変更なし」


短く、明確に。


「このまま行く」


誰も異論を挟まない。


挟めない。


クリスタニアは、速度を落とさない。



やがて。


水平線の向こうに、白い影が現れる。


夕焼けの光を受けて。


もう一隻の船が、姿を見せる。


見間違えるはずがない。


レジェンディア。


洋上の女王。



その船もまた。


進路を変えない。


逃げるでもなく。


止まるでもなく。


ただ——


同じ海の上で、同じように進んでいる。



「……反航するな」


誰かが、呟く。

その言葉を、誰も否定しなかった。



リヒトは、わずかに目を細める。


「……レジェンディア」


それだけだった。



クリスタニアは進む。


レジェンディアもまた、進む。


二つの航跡が、やがて交差する。


戻れない海域。


その先にあるのは——


覚悟だけだ。


航海における「反航」は、単なるすれ違いではありません。同じ海を進む者同士が、互いの存在を確認し合う重要な瞬間でもあります。


特に緊張下では、その一瞬の交差が、士気や判断に大きく影響します。本作では、その意味を物語として描いています

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