恐れていたこと ―被弾の知らせ―
ここからどんどん緊張感は高まります。
その頃――
レイコの部屋では、ブリッジとはまったく違う時間が流れていた。
柔らかな灯り。
窓の外には、北太平洋の夜が広がっている。
船団の灯りが遠くに点々と揺れていた。
リヒトは静かに言う。
「驚かせたか?」
レイコは少し笑った。
「ええ。とても。」
少し間を置き、続ける。
「こんなに素敵なサプライズをしてくれるなんて、思ってもいなかったわ。」
リヒトは窓の外へ目を向けた。
「……君には、きちんと言えていなかった。」
レイコが首を傾げる。
リヒトは小さく息を吐いた。
「だから、どうしても言いたかったんだ。」
静かな時間が流れる。
北太平洋の夜。
エンジンの低い振動だけが、船の奥から伝わってきていた。
その時だった。
突然、通信が入る。
ブリッジからの呼び出し。
「ヴァルナー!すぐにブリッジに来い!」
リヒトは小さく息を吐いた。
「……すぐ戻る。」
レイコは頷く。
「ええ。」
リヒトは部屋を出ていった。
⸻
ブリッジに上がると、空気がまるで違っていた。
さっきまでの落ち着いた雰囲気は消えている。
張り詰めた緊張。
船長ヘンリーが振り向いた。
「ヴァルナー。」
「はい。」
「本社から速報だ。」
通信士がスピーカーを開く。
ノイズのあと、英語の声が流れた。
“BMM Fleet Security Notice.”
(BMM船団安全通達)
ブリッジの空気が一段と重くなる。
次の言葉。
“One of our container vessels has been struck.”
(当社コンテナ船の一隻が被弾しました)
リヒトは動けなかった。
言葉が出ない。
ミカエラが絶句する。
「……!」
それは、誰もが恐れていた知らせだった。
ホルムズ海峡。
今、世界で最も危険な海域。
逃げ場もなく、待機することすら危険な場所で、商船たちは次々と攻撃を受けている。
リトルベアが逃げられたのは――
奇跡に近かった。
ブリッジの誰もが、それを理解していた。
船長が低く言う。
「ヴァルナー。」
「はい。」
「オーガスティア様には言うな。」
短い命令だった。
「知ればショックを受ける。」
リヒトは黙って頷いた。
⸻
部屋に戻ると、レイコは窓際に立っていた。
海を見ている。
リヒトに気づき、振り向く。
「遅かったわね。」
リヒトは何も答えない。
だが――
顔色は明らかに悪かった。
それを見た瞬間、レイコの表情が変わる。
「ねぇ。」
一歩近づく。
「何があったの?」
沈黙。
リヒトは視線を逸らす。
レイコはさらに詰め寄った。
「答えて!」
声が震えていた。
リヒトは目を閉じた。
隠すことはできない。
低い声で言う。
「……コンテナ船が被弾した。」
レイコは動かなかった。
言葉が出ない。
ただ、立ち尽くす。
やがて、ようやく声が出た。
「……まさか。」
ゆっくりと顔を上げる。
「BMMの船?」
リヒトは頷いた。
「グループ船だ。」
部屋が静まり返る。
北太平洋の夜。
窓の外には、暗い海が広がっていた。
レイコはゆっくり目を閉じる。
長い沈黙。
やがて、小さく言った。
「……何としても、この航海は無事に終わらせなくてはならない理由が増えたのね。」
そして続ける。
「でも……」
声が震える。
「逃げて来てくれたら良かったのに。」
レイコは窓の外を見た。
遠く、海は暗い。
リヒトはゆっくり頷く。
「ペルシャ湾からは逃げられない。」
低い声だった。
「待つ以外、できることがない。」
少し間を置き、続ける。
「例え火の雨が降っても」
レイコは何も言えない。
分かっているが、株主としての気持ちとそれは違う。
リヒトはさらに言った。
「仮にホルムズ海峡が通航可能になったとしても……今度は機雷が待っている。すぐに動くことは出来ない。」
レイコは小さく呟いた。
「……神様。」
胸元のロザリオを握りしめる。
クルーズ船とはいえ、商船たちを連れて帰らなければならない。
そこにもまた、危機が潜んでいる。
レイコは窓の外を見た。
遥か遠く、
黒い雲が現れていた。
この航海が、クルーズ船にとって試練の旅だと知らしめるかのように。
ペルシャ湾にいること、地中海にいることが、今どれくらい危険なのか。
待つことさえ危険な中、船たちがどれほど過酷な状況にあるか。ニュースと並行してお読みいただくと、船への見方が変わってくるかもしれません。




