光の海 ―とっても綺麗だね―
北大西洋の夜。
長い航海の途中ですが、船の上では時々こんな時間があります。クルーたちが集まり、笑い、音楽が流れる夜です。
今回はレジェンディアのクルーたちが仕掛けた、少しだけ特別なサプライズのお話です。
ジブラルタル海峡を出て、四日目。
レジェンディア船団は静かに北へ向かっていた。
レイコの体調はすっかり回復し、ムーンカフェデッキにはクルーたちの笑い声が戻っている。
夕方の海は穏やかだった。
冷たい風がデッキを通り抜ける。
「東京着いたら何する?」
若いクルーの一人が言った。
「まず温泉!」
「いや寿司だろ!」
「休暇だよ休暇!」
笑い声が弾ける。
そのとき、誰かがレイコを見て言った。
「レイコさん、副長とデートしてきたら?」
レイコは思わず吹き出した。
「ちょっと!」
別のクルーが笑う。
「無理無理」
「クリスタニアのデビュー早まるんでしょ?」
「副長そんな暇ないよ」
するとアレックスが顔を上げた。
「じゃあさ!」
「この船でパーティーしようよ!」
リサがすぐ乗る。
「いいじゃない!」
ミカエラも腕を組んで笑った。
「ゲストいないしな」
「クルーだけなら好き放題できる」
レイコは苦笑した。
「もう、冗談ばっかり」
だがクルーたちは顔を見合わせ、静かに頷いた。
――その夜から準備が始まった。
もちろん、船長承認である。
キャプテン・ヘンリーは楽しそうに笑った。
「若い連中に任せよう」
そして無線が密かに飛ぶ。
Grizzly。
Golden Bear。
Silver Wolf。
Black Dober。
船団すべてへ。
サプライズ作戦。
⸻
カナダ沖。
夕暮れ。
海は静かだった。
そのとき――
レジェンディアが全点灯した。
クルーズ船の灯りが一斉に輝く。
次の瞬間。
周囲の船たちも灯りをつけた。
タンカー。
バルカー。
貨物船。
暗い海の上に、光の船団が現れる。
⸻
レイコはまだ何も知らない。
部屋のドアがノックされた。
「レイコ様」
エディだった。
「お着替えを」
差し出されたのはドレス。
カナダの雪のような銀色。
胸元にはクリスタルのアクセサリー。
レイコは目を丸くする。
「これ……」
エディは穏やかに微笑んだ。
「船内パーティー用に準備していたものです」
「今夜がその時でしょう」
その後ろでは、三人娘が準備を始めていた。
リサがメイク。
アレックスが髪を整える。
ミカエラはブリッジにいる。
無線を握り、にやりと笑った。
「ダーリンたち!」
「うちのボスが恋人に告白してなかったもんだから!」
ブリッジで笑い声が上がる。
「今日はちゃんと告白させる!」
「踊り終わったら長音だ!」
「合図するから付き合って!」
⸻
ドアが開いた。
そこに立っていたのは――
リヒト。
正装だった。
彼は静かに手を差し出す。
「レイコ」
「来てくれ」
連れて行かれたのはメインデッキだった。
そこはまるでクルーズの夜のように灯りがついている。
海の上の舞踏会。
音楽が流れ始めた。
Secret Garden
「Nocturne」
静かなピアノ。
リヒトは軽く頭を下げる。
「踊っていただけますか」
レイコは微笑み、手を取った。
二人は海の上で踊る。
レジェンディアの灯りの下で。
⸻
周囲の船たちは静かに道を開いた。
小さなリトルベアがレジェンディアに近づく。
“It’s so beautiful… I’ve never seen anything like it.”
(とっても綺麗……こんなの初めて見たよ)
輝くレジェンディアを見つめながら、
大きなタンカーたちは静かにその光景を見守っていた。
⸻
やがて曲が終わる。
その瞬間。
レジェンディアの汽笛が鳴った。
――ボオォォォ……
続いて周囲の船たちが応える。
Grizzly。
Golden Bear。
Silver Wolf。
Black Dober。
船団すべてが汽笛を響かせた。
レイコは驚いたまま周囲を見渡す。
「これ……」
リヒトはレイコの手を取る。
そして静かに言った。
「これは俺の気持ちだ」
少しだけ間を置く。
「レイコ」
「愛してる」
その瞬間。
ブリッジから歓声が上がった。
「やったーーー!!」
「副長ついに言った!」
ミカエラの声が無線に響く。
「ダーリンたち!長音いけ!」
再び船団が汽笛を鳴らす。
――ボオォォォ……
海の上の祝福だった。
の上では、船同士が声をかけ合うことがあります。
それは無線だったり、灯りだったり、ときには汽笛だったりします。
この夜の船団も、そんな海の合図のひとつでした。
小さなバルカー、リトルベアが目をキラキラさせる様子も、海運ならでは。商船とクルーズ船がともに何かをするこのは稀ですし、それをバルカーが見ることもないからです。
レジェンディアの航海は、まだ北へ続きます。




