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おれ、おまえのオヤジとエッチしたいわけじゃないんだよ!  作者: 嵯峨野広秋


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1/1

はじめての「二人きり」

 最初、なにがおきたのかわからなかった。

 日曜日。

 両親不在のおれの家のおれの部屋。


 ベッドの上で、

 彼女といい感じになっていたと思ったのに。


(こ、この体勢っ―――!)


 おれの前方からワキに両腕をとおして、そのまま下に体重をかけて落とす。

 おれの頭はベッドにおしつけられて、頭の上には、あいつのやわらかい胸。


 タックルをきる、ってやつだ。



「おいおまえ……いまなにしようとしてた?」



 いつも耳にしてる彼女の声でそういった。


「え……いや……江里花(えりか)……どうしたんだよ急に……」

「抱きつこうとしてたな?」

「ちょっとまてよ」おれは彼女の体をタップする。「とりあえず、体を――」

「ふん。いいだろう」


 江里花は立ち上がって、首のうしろを片手でおさえコキコキするように左右にうごかす。

 おれはこのクセにみおぼえがあった。


(あいつがオヤジさんのマネなんて……したことあったっけ?)


 おれは起き上がった。かべのポスターと目が合った。

 それは……伝説の格闘家のポスターだった。


「ほう、おまえ『おれ』のファンなのか? サインでもしてやろうか?」


 言うなり、机から極太のマジックをとり、キュッキュッとためらいもなくそのポスターに書き込んだ。


「本人直筆だ。ありがたく思えよ」

「おいまてよ。わるい冗談だぞ、江里花」

「なんだと?」

「オヤジさんのフリして、サインまでマネするとかさ。なんだよ。サプライズみたいなやつなのか?」

「江里花は、おれのたった一人の愛娘(まなむすめ)だ」


 腕を組んだ。

 ほそい腕なのに、なぜかムキムキの腕のような迫力がある。


「わけわかんねー」


 おれはベッドのふちに腰かける。


「今日、おれの部屋にきたいっていったのは、おまえなんだぞ?」

「ほう」

「いや『ほう』じゃなくて。やめろよ、そのオッサンみたいなしゃべりかた」

「なるほど、状況がのみこめてきたぞ。おまえは江里花の恋人だな?」

「あー、もう、そうやってオヤジさんみたいに…………」


 猪狩(いかり)正一(まさかず)

 その伝説の格闘家は、みんなの前からあっけなく姿を消した。

 飛行機事故だった。

 海外遠征中に、のっていたセスナが山中に墜落したんだ。そのとき、江里花はまだ小学生だった。

 高一で同じクラスになって、もしやと思って質問してみたら、予感は的中した。

 そこから彼女と仲良くなって、一年がすぎて、いま高二の夏。


 ――〈はじめて〉にはもってこいの時期だろう。

 

 彼女のほうは知らないが、おれはそのつもりだった。

 覚悟をきめていた。

 こういうのは男のほうだって、それなりにビビるもんだ。


 二人きりになってながい沈黙のあと、

 おれは意を決して、彼女にむかって抱きついたんだが、

 思いがけないスピードでおれの体は制止された。



「もう一つわかったぞ。おまえ、江里花とよからぬことをしようとしていたな?」



 にっ、とくちびるのハシが斜めにあがった。

 おれもおれで、わかりかけてきた。さっきのはやっぱり『タックルをきられ』てたんだ。


「まーわからんでもない。こいつは」スタンドミラーに自分をうつしながら言う。「いい女に成長した。はっきりいって、涙がでそうだ。あのちびっ子がなぁ……」


 ぐすっ、と鼻をすする音がした。

 自分の姿を鏡でみて、泣きかけてるなんてやっぱりこいつは―――いや、この人は、


「あなたはマサカズさん……なんですか?」

「そうだよ」

「いやそんなあっさり……マジですか?」

「おう」


 ぐっ、と江里花はチカラこぶをつくった。

 ポニテでキャミソール姿のキャシャな女の子が。


「ま……あいつはちゃんとママが育てただろうから、そう簡単に野郎の部屋にしけこむやつじゃないと信じてる」

「はあ」

「キミが好きなんだな」

「そう……ですかね」

「よし! じゃ、つづきをやるか!」

「え」


 ばっ、と江里花がハグを要求するように両腕をひろげた。


「カモン! 青少年!」


 満面の笑み。

 かわいい、いつものあいつなんだけど……。

 いかんせん、中身が……。


「ほら! どうした、ひとおもいにこいよっ!」

「え、ええ……」

「なんだ?」

「おれ、その」

「なんだ、はっきり言え!」

「お……」ぎゅっとおれは目をつむった。「お父さんとは、エッチしたくありませーーーん!!!」


 意外、という感じのきょとん(がお)

 この人が意外なことに、おれが意外だった。

 っていうか、本気だったのか。本気だとしたらおかしいだろ。三十ぐらいのオッサンとセブンティーンのおれがそういうことを「する」んだぞ?

 いかに、体は江里花のものとはいえ……。


 そのとき、


 こんこん、とドアがノックされた。



「どうしたの大きい声だして」



 か……母さんだ。

 夕方まで街に買い物に行くって言ってたのに、もう帰ってきてたのか。


「いや、なんでもないよ」

「あけていい? お菓子と麦茶もってきたんだけど」


 ばっ! とおれは江里花……いやマサカズのほうを見た。


(どうしよう。まさか正直に言うわけにも)


 がちゃっ、とドアがあく。カギをかけるのを、うっかり忘れていた。というか、彼女と二人きりの予定だったからその必要がなかったんだ。



「お邪魔してまーす」



 明るくそう言って、ペコリと頭をさげる江里花。



「わー、ルマンドじゃないですかー。私、これ好きなんですよー」



 おいのりのように手を組んで、うれしそうな顔。

 その顔にウソはない――ように、おれにはみえた。


(なんだったんだ……?)


 夕やけの空。

 おれは近くのバス停まで江里花を送っていく。

 家はおたがいに、バスの路線の近くにあって、乗り換えなしで()()できる。自転車でもムリではないが、ちょっと遠い。


(やっぱり、こいつの冗談じゃないのか?)


「ねぇ、コンビニあるよ。アイス買おうよアイス」

「もう晩ごはんだろ。やめとけよ」

「ぶー」

「こどもみたいにスネてもダメだ」


 あはは、と江里花は笑った。

 もうあのときほどの、得体(えたい)のしれない強さは見受けられない。たぶん今、こいつにタックルをかけたら、されるがままに倒されるだろう。


「なあ……その、今日はたのしかった、よな?」

「うん。たのしかったよ」にこっ、とくちびるを弓なりにカーブさせて微笑む。

「えっと、どんなことしたっけ、おれら……」

「んー、おしゃべりしたりー、ジェンガしたりー」


 ジェンガ?

 そんなのしてないぞ。

 もしや、こいつの記憶の中では〈そういうこと〉になってるのか?

 たのしい、という印象だけが残って、あとは都合(つごう)よく記憶の辻褄(つじつま)を合わせてる―――とか?



「じゃあねー!」



 バスのドアがしまった。


 急に、後悔が押し寄せてきた。


 これでよかったのか。


 歩きながら、おれの本能のままに行動していた場合をシミュレーションすると、



「おまえヘタクソだな」



 カッと顔が赤くなった。


 絶対できるわけがないよ。


 あいつのオヤジとエッチなんか。

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