表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/20

第8話 “平穏感染”と呼ばれた男

 事件の翌日、王都は異様な静けさに包まれていた。

 昨日まで喧騒で溢れていた街路が、まるで深呼吸をしているように穏やかだ。

 怒号も喧嘩も、露店の口論すら消えている。


「……静かすぎないか?」

 通りを歩く俺の足音だけが響く。

 ジークがパンをかじりながら言った。

「いいことじゃねぇか。平和だろ?」

「うん、そうなんだけど……“静かすぎる”のも違和感あるんだよな。」


 店先の老婆が優しく笑う。

「リオ様、ありがとうございます。あれ以来、夫婦喧嘩もなくなりましてねぇ。」

「えっ、いや俺何もしてないんですけど。」

「いえいえ、きっと“共鳴の賢者”様の加護ですわ。」


 そう言って、彼女は小さな花を差し出してきた。

 街のあちこちで、同じような光景が広がっている。

 誰もが穏やかで、声を荒げる者がいない。

 争いも盗みも、ぱたりと止んだ。


 ――まるで、俺の“平穏”が伝染したように。


「なぁソフィア、これってさ……」

「はい。“平穏感染”ですね。」

「平穏感染!?」

「学術的には“感情同調現象”。リオさんの共鳴が、周囲の人々に波及しているんです。」

「そんなウイルスみたいに言うな!」


 セリアが腕を組んでうなずく。

『なるほど。汝の心が静まれば、他者も静まる。だが逆に乱れれば、全てが崩れる。』

「やめて、フラグ立てるの。」

『事実を述べただけだ。』


 そのとき、王都の鐘が鳴った。

 人々が一斉に顔を上げる。

 城の高台に、王国宰相の姿。

 彼が高らかに宣言した。


「賢者リオ・クラウス殿の功績により、王都の犯罪率は一夜にしてゼロとなった!」

 拍手と歓声。

「これをもって、リオ殿を“平穏顧問”として任命する!」

「……顧問?」

 ソフィアが小声で言う。

「つまり、“平穏を管理する役職”ですね。」

「そんな部署いらねぇよ!」


 それでも群衆は熱狂した。

 パンを投げ、花を投げ、子どもたちは“共鳴ごっこ”を始めた。

 街中の人々が同じリズムで笑い、同じタイミングで頷く。


 穏やかすぎる。

 まるで、誰かが脚本を読んで動いているようだ。


「……なんか、おかしくないか?」

 ジークが眉をひそめた。

「みんな、同じ顔してやがる。」

 確かに、全員が同じ柔らかな笑みを浮かべていた。

 怒りも恐れも、まるで抜け落ちたように。


『リオ。これは“静寂”ではない。停滞だ。』

「……やっぱりな。」


 俺は広場の中央で立ち止まった。

 通りの先まで、同じ笑顔。

 同じ声。

 同じテンポ。


 ――平穏が、均一化していく。


 ソフィアが震える声で言う。

「リオさん。あなたの感情がこの街を支配しています。

 あなたが動揺すれば、全員が動揺します。」

「……つまり、俺がこのままくしゃみでもしたら?」

「王都が全員くしゃみします。」

「怖っ!」


 ジークが呆れたように笑った。

「要するに、お前の気分次第でこの国が変わるってことだな。」

「やめろ、それいちばん嫌なパターンだ!」


 そのとき。

 遠くの通りで、馬の嘶きが響いた。

 一台の馬車が暴走して、石畳を突っ走る。

 御者が叫ぶ。

「道を開けろ! 暴走だ!」

 群衆が一斉に静止したまま、まったく動かない。

 まるで“反応”という概念を失ったように。


「まずい! 避けろって!」

 俺が叫んだ瞬間、胸の奥が熱くなった。


《共鳴発動》


 光が走り、時間が歪む。

 暴走馬車の輪が浮き上がり、速度が落ちる。

 空気の流れがゆるやかになり、人々がそっと道を開けた。

 音もなく、馬車は停止した。


 歓声が上がる。

 だが俺は笑えなかった。


 その瞬間、街の全員が一斉に俺の方を見た。

 千の瞳が、まったく同じ無表情で。

 まるで“ひとつの意識”になったかのように。


 静寂。

 風も止まった。

 息をする音だけが響く。


「……やばい。」


 ソフィアが囁く。

「共鳴が、限界を超えています。

 このままでは、王都全体が“リオさんの心”に呑まれる。」

「俺の心に……?」

「ええ。もしあなたが不安を感じれば、この国中が怯える。

 もしあなたが怒れば、世界が壊れます。」

「そんな大層な力、いらないんだよ……」


 額に冷たい汗が流れる。

 まるで街全体が、俺の鼓動と同じテンポで脈打っているようだった。


 セリアがそっと言う。

『リオ。人の“平穏”とは、支配ではない。

 汝はもう、静かに願うだけでは済まぬ位置にいる。』

「……だから嫌なんだよ、賢者とか呼ばれるのは。」


 そのとき、空に裂け目が走った。

 まるで世界が警告するように、赤い閃光が夜空を貫いた。

 塔で見た共鳴の紋が、今度は王都全域の上空に浮かび上がる。

 地面が低く唸る。


 俺は息を飲んだ。

「……もしかして、これ全部俺のせいか?」

『そうだろうな。』

「即答すんな!!」


 王都を包む光は、やがてゆっくりと脈動し始めた。

 まるで、心臓の鼓動のように。

 それは確かに――俺自身のリズムだった。


 ――平穏、またも爆散。


次回予告:「第9話 “静けさの王国”誕生」

共鳴が頂点に達し、王都そのものが眠りにつく。

動かぬ世界で、リオは“平穏”の正体を問われることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ