第4話 湖の水竜、話せばわかる
辺境の朝は静かだ――と言いたいところだが、もちろん嘘だ。
俺が畑の草を抜いていたら、また村中が走り回っていた。
「リオ様ぁぁっ! 湖に水竜が出ました!」
「もう出なくていいだろうが!」
長老が杖を振り回しながら駆けてくる。
その後ろでは、昨日の宴の残り酒を片手にしたガルドとジークが、完全にノリ気の顔をしていた。
「よし行こう、リオ!」
「行かねぇよ!」
「水竜だぜ? 伝説級モンスターだぜ?」
「俺はスローライフ希望者だ!」
だが、言葉を聞いてくれる者は誰もいない。
気づけば俺は荷車に押し込まれ、ドラゴン(ガルドの農用個体)に引かれて湖へと運ばれていた。
いつの間にか、村人たちの掛け声まで始まっている。
「賢者様に平穏あれー!」
「平穏を爆散させる気満々じゃねぇか!」
数十分後。
霧に包まれた湖が見えてきた。
水面は鏡のように静かで、しかし底知れぬ青を湛えている。
その中心で、水柱が立ち上がった。
竜だった。
青銀の鱗、長い尾、金の瞳。
大きさは家十軒分。
口を開くだけで、波が岸辺を舐める。
「うわぁ……でけぇな」
「でかいなんてもんじゃない!」
「お前ら、逃げる準備はあるか?」
「ある!」
「よし! なら行くぞ!」
「なぜ行く方に使うんだその返事!!」
ジークが剣を構え、ガルドが魔力を集中させる。
ソフィアは淡い光の結界を張った。
そして、俺はといえば――
「なぁ、戦わずに話し合えないか?」
「は?」
「ドラゴンもそうだったけど、もしかしたら“誤解”の可能性あるだろ?」
「いや水竜だぞ? 言葉通じるわけ――」
その瞬間。
湖面に響いた低い声が、俺たちを包んだ。
『……聞こえているぞ、人間ども』
「通じたぁぁぁ!!」
「まじかよ!」
「ほら見ろ、話せばわかる!」
俺は胸を張り、湖に向かって叫ぶ。
「俺たちは争うつもりはない! ただ静かに暮らしたいだけだ!」
『静かに暮らしたい……? その願い、尊い』
「そうだろ? 平穏こそが――」
『では我が伴侶となれ、人間よ』
「……はい?」
空気が凍った。
風も止まり、鳥の声さえ消えた。
『我は永き孤独に飽いた。お前の“共鳴”を感じる。共に在れば、我にも平穏が訪れよう』
「いやいやいや、誤解だ! 共鳴は事故なんだ! 恋愛方向に解釈しないでくれ!」
『ならば、儀を交わす』
水竜がゆっくりと頭を下げた。
その瞳が金色に光り、俺の体が宙に浮く。
「待て待て待て! 俺は結婚とかそんな心の準備が――」
《共鳴発動》
また光が弾けた。
風が逆巻き、湖が揺れる。
次の瞬間、水竜の額に淡い紋章が浮かび上がり、俺の手にも同じ印が刻まれていた。
『契りは成された。これより汝は我が半身』
「やめろおおおお!!!」
岸辺で見ていた三人は口をぽかんと開けていた。
ガルドが最初に言葉を発する。
「……おい、これ、婚約じゃね?」
「いや、違う! 違うからな!」
ジークがニヤリと笑う。
「やるじゃねぇか、“水竜の嫁取り”なんて伝説級だぞ!」
「だから違うって!!」
ソフィアがうっすら微笑んで言う。
「おめでとうございます。賢者様」
「お前までぇぇ!!」
村に戻ると、すでに噂は広がっていた。
「リオ様、水竜と婚約」「辺境と竜族の同盟成立」
誰も俺の話を聞かない。
夜には早くも祝宴の準備が始まっていた。
「おい、俺の意思はどこ行った」
「リオ、世界が平和になりそうだな」
「俺の平穏はどこ行ったんだよ!」
焚き火の光の向こうで、水竜が湖面に顔を出す。
その金の瞳が、俺の方を見て穏やかに瞬いた。
『共に在ろう、人の賢者よ。汝の“静けさ”を我にも分けてくれ』
「……ほんと、頼むから静かにしてくれ……」
夜空には星が滲み、風がやさしく吹いた。
たった数秒の平穏。
それが俺の、最大の贅沢だった。
――平穏、またも爆散。
次回予告:「第5話 婚約報道、王都を騒がす」
水竜との“契約”がなぜか婚姻証明として王都に伝わり、外交問題へ。
平穏を望む男の受難は、国境を越えていく。




