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第20話 静寂の果て

 夜明けが、世界を包んでいた。

 波は穏やかで、風は柔らかく、

 街の屋根には光の粒が降り注いでいた。


 リュカは丘の上に立っていた。

 胸の奥で、音の根が小さく脈打っている。

 それは、心臓の鼓動と同じリズムだった。


 ――ドクン。ドクン。


 世界が、それに合わせて息をしている。

 空の雲が流れ、鳥が飛び立ち、

 どこか遠くで、人が笑う。


 「……ああ、これが“生きてる”ってことか。」


 呟いた声が、風に溶けた。



 丘の下から、少女が駆け上がってきた。

 年の頃はリュカと同じくらい。

 栗色の髪に、小さな鈴を結んでいる。


 彼女の名はミナ。

 “音の時代”が始まってから生まれた最初の子ども。

 彼女の笑いには、まだ少しの不安と、

 それ以上の希望が混じっていた。


 「リュカ、またあの光、見えたの?」

 「うん。」

 「怖くないの?」

 「前は少し怖かった。

  でも今は――きっと、世界が話しかけてるんだと思う。」


 ミナは首を傾げた。

 「世界が?」

 「うん。音って、誰かが“生きてる”って伝える手段なんだ。

  風も、鳥も、人も、全部そう。」


 リュカは胸に手を当てた。

 鼓動が静かに響く。

 その音が、ミナにも伝わっていく。


 「この音、聞こえる?」

 ミナは微笑んで頷いた。

 「うん。あたたかいね。」


 風が吹いた。

 木々の葉がざわめく。

 ふたりの間に、柔らかな沈黙が流れた。


 それは“無音”ではなかった。

 風の音、草のささやき、呼吸のリズム――

 それらすべてが“生きた静けさ”になっていた。



 そのとき、リュカの耳に懐かしい声が響いた。

 《……よくやったな。》


 驚いて振り向く。

 そこには、誰もいなかった。

 だが、空気がわずかに震えていた。


 《音は、もうお前たちのものだ。

  私は、静けさの底で見守っている。》


 リュカは笑った。

 「ありがとう、リオ。」


 ミナが不思議そうに見上げる。

 「誰?」

 「昔、この世界を作った人さ。」


 「その人、今どこにいるの?」

 リュカは空を見上げた。

 朝日が昇る。

 金色の光が、すべてを包む。


 「――たぶん、この静けさの中に。」



 丘の上で、風が鳴った。

 それは“音”であり、“祈り”だった。

 鳥が飛び立ち、雲が割れる。


 リュカは〈音の根〉を掌にのせた。

 それはもう、光を放っていなかった。

 ただ、小さく震えていた。


 「この世界が、また静かになってもいい。

  でも、今度は“生きてる静けさ”であってほしい。」


 そう言って、彼はそっとそれを地に埋めた。

 土の中に、鼓動が消えていく。


 その瞬間――風がやんだ。

 世界が一拍、息を止める。


 そして。


 鳥が鳴いた。

 波が寄せた。

 誰かの笑いが遠くで弾けた。


 リュカは微笑んだ。

 「これが……静寂の果てか。」


 ミナが手を握る。

 その手の温もりが、確かな“音”を持っていた。


 ふたりは、光の中を歩き出した。


終章


 音は、消えるためにあるのではない。

 静けさは、止まるためにあるのではない。


 どちらも、生きるために必要な鼓動だ。


 風が吹き、

 世界が息をした。

 

 ――そして、すべての静けさは、

 音の中で永遠に生き続けた。


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