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第18話 音を知らぬ少年

 海はまだ、あの日の光を覚えていた。


 白い波の向こう、古い港町。

 人々は穏やかに暮らし、

 子どもたちは笑い合っていた。


 だが、その笑いに――音はなかった。



 少年の名はリュカ。

 十五歳。

 髪は砂色で、瞳は淡い灰。

 彼は生まれつき“音を聞かない”。

 この時代では、それは特別なことではなかった。


 この世界には、音がない。

 風も、波も、声も、

 ただ“心”だけが響き合う。


 それを人々は《共鳴通信》と呼んだ。

 言葉を使わず、思考で会話を交わす文明。

 音が失われて半世紀――

 この静けさこそが“平穏”だと信じられていた。


 だが、リュカだけは、その静けさの中で

 何かを“欠けている”と感じていた。


 ――なぜ、みんな笑うのに涙が出ないんだろう。


 彼はいつも、ひとりで海を見ていた。

 波は打ち寄せる。

 けれど、その音は彼には届かない。

 ただ、泡の揺れと光の反射が、規則正しく繰り返されるだけだった。



 ある日。

 古い灯台の裏手で、リュカは小さな“欠片”を見つけた。


 黒く、滑らかな石。

 手に取ると、心の奥に微かなざわめきが生まれる。


 ――カナ……


 声。

 誰かの“声”が、かすかに響いた。

 驚いて辺りを見回すが、誰もいない。


 彼はもう一度、その石を握る。

 今度は、はっきりとした声がした。


 《……リ……オ……?》


 その瞬間、世界が微かに震えた。

 風が、音を取り戻した。


 最初に聞こえたのは、波の音。

 次に、鳥の羽ばたき。

 そして、自分の心臓の鼓動。


 “音”だった。

 リュカはその場に膝をつき、涙を流した。

 初めて聞く“世界の声”に、

 胸が痛いほど満たされていった。



 ――その夜。


 彼の夢に、白い砂浜が現れた。

 波が打ち寄せる。

 その音が、懐かしい。


 その海辺に、ひとりの男が立っていた。

 金の瞳、灰の髪、静かな笑み。


 「……誰?」

 リュカが問うと、男はゆっくりと振り向いた。


 「昔、この世界に“音”を返した人間だ。」

 「音?」

 「ああ。お前が今、聞いているもの全部だ。」


 リュカは胸に手を当てた。

 鼓動が確かに響く。


 「……これ、全部、あなたが?」

 男は頷いた。

 「けれど、同時に失った。だから、お前たちは音を知らずに生まれた。」

 「……なんで?」

 「静けさは、人の心を守る。だが、守りすぎれば、生きることを忘れる。」


 男――リオは穏やかに笑った。

 「お前の中に、私の欠片がある。それが“音の根”だ。」

 「欠片……?」

 「それを使えば、この世界をもう一度、選び直せる。」


 リュカは目を見開いた。

 リオの姿が、風に溶けていく。

 最後に彼が言った。


 「音を恐れるな。静けさも、拒むな。

 ――その両方を、愛せ。」



 朝。

 リュカは灯台の上に立っていた。

 手の中の黒い石が、淡く光っている。


 彼は静かに目を閉じ、呟いた。

 「……聞こえる。世界が、まだ生きてる。」


 風が吹いた。

 波が鳴いた。

 鳥が啼いた。

 人々が振り返る。

 耳慣れない“音”に、誰もが立ち尽くした。


 静寂の時代が終わり、

 新しい“共鳴”が始まろうとしていた。


次回予告:「第19話 音を継ぐ者」

リュカの中で目覚めた“音の根”は、

世界中の静けさを揺り動かしていく。

だが、その力を狙う者たちが現れ――

新たな“賢者戦争”が幕を開ける。

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