表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/20

第16話 共鳴の海、崩壊

 ――音が、戻らなかった。


 白と黒の光が収束したあと、世界は一瞬だけ静止した。

 空は灰色、海は鏡のように静まり返り、

 風も波も、息さえ止まっていた。


 目を開けると、そこは空と海の区別がない場所だった。

 上下も左右もなく、ただ“静けさ”だけが満ちている。


「……セリア?」

 呼びかけても、声は出なかった。

 空気が音を運ばない。

 それでも、彼女の姿は見えた。

 光の向こうで、白い翼がゆっくりとたゆたっている。


 彼女は、泣いていた。

 けれど涙も、音を立てない。


 ふと気づくと、俺の体からも光が零れていた。

 皮膚の下を、金色の糸が走っている。

 それは空へ、そして海へと伸びていた。


 無数の糸が世界を覆い、

 大地も海も空も――すべてが“共鳴”していた。



 遠くの空に、巨大な波紋が広がる。

 音のない衝撃。

 それは、視覚だけで伝わる地鳴りだった。


 地上では、王都の人々が空を見上げていた。

 誰も言葉を発さない。

 ただ、胸の奥で同じ鼓動を感じていた。


 同じタイミングで、息を吸い、吐く。

 まるで世界全体がひとつの心臓になったかのように。


 ――それが、“共鳴の海”。



 空間の中で、黒い声が響いた。

《見ろ。お前の望んだ平穏は、ついに成就した。》

 もう一人の“俺”――静寂の王の声だ。

《誰も傷つかず、誰も叫ばない。

 全ての命が一つの鼓動で眠る。

 これこそ、完璧な静けさだ。》


 俺は首を振った。

 心の中で叫ぶ。

(違う! こんなのは死んでるだけだ!)

《生きることに、何の意味がある?》

(意味なんてなくても、呼吸して、笑って……それだけでいいんだ!)

《笑い声など、一瞬で風に消える。

 だが静寂は永遠だ。》

(永遠なんて、いらない!)


 足元が崩れた。

 海がひっくり返り、空が割れる。

 金色の糸がすべて、俺に向かって収束してくる。


 世界の心臓――共鳴の根。

 それが俺の中に戻ろうとしていた。



 セリアが近づいてきた。

 翼が半ば透けて、光になっている。

 彼女の手が、俺の胸に触れた。

『リオ。もうやめろ。このままでは、汝が世界そのものになる。』

「……それでも、終わらせなきゃいけない。」

『終わらせる? 何を?』

「静けさだよ。」


 目の前の空が歪む。

 あの黒い影――もう一人の俺――が形を取り戻していた。

《やめろ。世界が崩れるぞ。

 お前が消えれば、この静けさも終わる。》

「それでいい。」

《お前がいなければ、人はまた争う。》

「それでも、生きるだろ。」


 黒いリオが黙った。

 そして、微かに笑った。

《……そうか。やっぱりお前は“音を選ぶ男”か。》


 その瞬間、彼は手を差し出し――俺の胸に触れた。

 光が走る。

 冷たい熱が心臓を貫く。


《ならば、私を受け入れろ。

 静けさも音も、共に抱いて歩け。》


 痛みと共に、黒いリオの姿が溶けていった。

 闇と光が混ざり合い、世界が震える。

 セリアが叫んだ(声は届かない)。

 風が戻り、波が立ち、空が裂ける。


 ――世界が、音を取り戻した。



 次に目を開けたとき、そこは砂浜だった。

 潮の匂いがした。

 波の音が、遠くで優しく響いている。


「……また、生きてるな。」

 呟いた声が、自分の耳に届いた。

 涙が勝手にこぼれた。

 音が、ある。

 それだけで、世界が鮮やかに見えた。


 セリアが隣に座っていた。

 傷だらけの翼を休め、空を見上げている。

『終わったのか?』

「ああ。もう、誰も眠らない。」

『……そうか。なら、少しだけ眠っていいか?』

「好きにしろよ。」


 セリアは目を閉じた。

 風が、彼女の髪を揺らす。

 空は澄み、海は穏やかだった。


 ――その静けさは、今度こそ生きていた。


 けれど、遠くの水平線の向こうで、

 薄い黒雲が、ゆっくりと蠢いていた。


次回予告:「第17話 リオ、消失」

世界は音を取り戻した。

だが、リオ自身の存在が少しずつ薄れていく。

彼の“平穏”が、ついに代償を求め始める――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ