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第14話 混乱をもたらす男

 世界は、音を取り戻した。

 鐘が鳴り、風が歌い、鳥が啼き、人が笑う。

 人々は「平穏の賢者リオが再び奇跡を起こした」と口々に言った。


 ――だが、その賢者本人には、何も聞こえていなかった。



 白い風が吹く。

 市場の喧噪が唇の形でしか伝わらない。

 笑い声も、音楽も、遠い夢のようだった。


 耳の奥にあるのは、低い「ざらつき」だけ。

 波のような音。

 でも、それは世界の音ではなかった。

 俺の“内側”から鳴っていた。


《……リオ。》


 声。

 誰のものでもない、けれどどこか懐かしい響き。


《お前はまだ、平穏を望むのか?》


 胸が冷たくなる。

 思わず周囲を見回す。

 けれど誰も気づかない。

 ジークが何かを叫んでいるが、音は届かない。


《答えろ。望むのなら、与えてやる。完全な静けさを。》

「……お前は、誰だ。」

《私か? お前だ。》


 その声と同時に、視界が揺れた。

 世界の輪郭が一瞬だけ滲む。

 風が止まり、光が濃くなる。

 人の動きが遅れ、影が伸びる。


《忘れたか。私こそ、お前の“静寂”だ。

 セレナが消えたあとに残った、もう一つの根。》


「……嘘だ。俺は全部終わらせた。」

《終わりなどない。お前が生きている限り、

 平穏を求める心は世界を動かす。》


 その声は、やさしく笑った。

 だけど、笑いの裏に冷たい金属音が混じっていた。


《今の世界を見ろ。人はまた争いを始めている。

 音が戻れば、すぐに騒ぎ出す。

 なら、沈黙こそ救いだろう?》


 俺は頭を振った。

 だが、目の前の光景が変わる。


 市場の人々が、言い争いをしている。

 王都の門の外では、商人と兵士が剣を抜いている。

 わずか七日で、平穏は再び壊れはじめていた。


 ジークが何かを叫んで、俺の肩を掴んだ。

 その瞬間、彼の口が動いた――

 けれど、言葉は届かない。


《聞こえないだろう?》

「……うるさい。」

《このざわめきが、お前を苦しめる。

 だから私が代わりに、世界を静かにしてやろう。》


「黙れっ!」


 叫んだ声が、自分の耳の中で二重に響いた。

 一つは自分の声。もう一つは、その“影”の声。


《拒むな。お前も知っているだろう。

 静寂の方が、ずっと楽だと。》


 世界が歪む。

 色が薄れ、空気が波打つ。

 通りの音がひとつずつ消えていく。

 鐘の音も、風の音も、足音も。


《ほら。楽だろう。》

「……やめろ。俺は、こんな静けさは――」


 その瞬間、胸の奥に熱が走った。

 セリアの声が響く。

『リオ! 聞こえるか! その声に呑まれるな!』

「セリア……!」

『汝の中の静寂が、形を取り始めている!』


 視界が真っ白に弾ける。

 光の中から、人影が現れた。

 黒い外套を纏い、俺と同じ顔をしていた。

 だが、瞳の色が違う。

 深く、音を吸い込むような灰色。


《私はお前だ。リオ・クラウス。

 ――“静寂の王”だ。》


 彼は穏やかに笑い、手を差し伸べた。

《一緒に来い。平穏を終わらせよう。》


 風が止まり、影が伸びる。

 世界がまた――止まりかけていた。


次回予告:「第15話 セリアの決断」

分裂した“二人のリオ”。

セリアは、どちらの平穏を守るべきか――決断を迫られる。

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