第8話 羨望と恋心の間で
少しずつ距離が縮まっていく一方で、心の奥に芽生える小さな棘。
羨ましさと恋心のあいだで揺れる、そんな光の気持ちを描きました。
少し寝不足だった。
けれど、胸の奥が静かにざわついている。ワクワクとも、緊張とも違う、どこか不安定な気持ち。
ログインすると、ランドリーはまだ来ていなかった。
他の人達はすでに集まっていて、ヘッドセットからミラクルキッドの明るい声が響く。
「明日はイベントのチーム戦だから、ランドリーが来たら打ち合わせを始めよう」
ほどなくして、ランドリーがログインした。
「おはようございます」
その声が終わるか終わらないかのうちに、誰かがすぐに被せるように声をかける。
「おはよう!ランドリーくん
昨日は忙しくてログインできなかったけど、明日は頑張ろうね!」
明るく、よく通る声。
聞き覚えのある声だった。
「……あ、はじめましてだよね?ランドリー君から聞いたよ。光ちゃんって呼んでいい?私はシナチク、よろしくね!」
シナチクのアバターは、桜の花びらのような色のショートヘアで、薄桃色の和装風衣装に身を包んでいた。手には、巨大な召喚杖を携えている。
元気いっぱいの声に、少しだけ戸惑いながらも返す。
「はじめまして……よろしくお願いします。」
シナチクがランドリーに親しげに話しかける声を聞いて、胸の奥に、小さな棘がチクリと刺さる。
別に、シナチクさんを責めたいわけじゃない。ただ、羨ましかった。
あんなふうに、自然に近づけたら——
ヘッドセット越しに、ランドリーの「おはようございます」という声が響く。
それだけで、空気がふっとやわらぐのが分かった。
テンションが高いわけじゃない。けれど、落ち着いた口調が、不思議と安心感をくれる。
「おはよう、ランドリーくん!」
「今日もよろしくね〜!」
メンバーたちの挨拶に、ランドリーは一人ずつ丁寧に応える。
「よろしくお願いします……チーム戦、頑張りましょう」
簡潔で、誠実で。たったそれだけの言葉に、胸の奥がふわっと温かくなる。
彼の表情は、見えない。
でも、画面の向こうのその声が、まっすぐに心へ届く。
「じゃあ、打ち合わせ始めようか。明日は三戦、構成は——」
ミラクルキッドの指示に合わせて、各自の役割が決まっていく。
ランドリーがマップを見ながら指示を出した。
「光さんと……シナチクさんは、二戦目の中盤支援で。お願いできますか」
名前を呼ばれただけなのに、胸がぎゅっと締めつけられる。
彼は、きっと誰にでも優しい。
特別じゃないって、分かってる。でも——それでも。
(……私、何を期待してるんだろう)
「はい。分かりました」
「了解〜! 光ちゃん、一緒にがんばろ!」
明るい声に、私は少しだけぎこちなく笑って返す。
「じゃあ、明日の動き、少しシミュレーションしてみようか」
ミラクルキッドの言葉で、各自マップのポイントに散っていく。
ランドリーが、すっと右サイドに回り込んだ。
「右サイド、光さん、援護行けますか?」
「行きます」
短く返しながら、ほんの少し耳が熱くなるのを感じた。
名前を呼ばれただけ。
ただそれだけのことで、心が浮き立つ。
画面に映るアバターは、無機質な表情のまま動いている。
だけど——声だけは、確かに、私の心を動かしている。
(こんなふうに惹かれていって……どうなるんだろう、私)
チーム戦は、明日。
それぞれの想いを胸に、光たちは“戦場”へと向かっていく。
特別になりたいと思う気持ちは、きっと誰にでもある。
画面越しの声だけでも、人は人に惹かれてしまうから。
光の小さな想いが、これからどんな風に変わっていくのか。
次回もどうぞお楽しみに。