第7話 画面越しの予感
オンライン家庭教師のバイトを終えた私は、背もたれに体を預けるようにして深く息をついた。
疲れがじんわりと残っているけれど、それ以上に心を落ち着かせたくて、そっとパソコンの電源を入れる。
画面に映るログイン画面を見つめながら、指先が自然と小さく震えた。
(今日は……話せるかな)
ゲームにログインし、「ミラクルワーカー」の拠点に入ると、ランドリーの名前を見つけて、心臓が小さく跳ねる。
「おはようございます!」
できるだけ明るい声で挨拶をすると、ランドリーと和太郎が温かく返してくれた。
その中でも、彼の声を聞いた瞬間、胸がふっと緩む。
「昨日、ランドリー君が教えてくれてたよね?」
そう聞いてきたのは井伊和太郎。気さくで、どこか親戚のおじさんみたいな雰囲気がありがたい。
「いえ、途中だったので……よければ、続きをお願いしたいです」
控えめにそう答えると、すぐにランドリーが反応してくれる。
「昨日は中途半端になっちゃってごめんなさい。今日は人も少ないし、今から説明しますね」
「はい、ぜひお願いします!」
ちょうどそのタイミングで、和太郎がアイテム集めへ向かった。
残ったのは、私とランドリーとふたりだけ。
(……どうしよう、緊張する)
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。昨日の続き、説明しますね」
彼の声は、昨日と同じように落ち着いていて優しい。
言葉のひとつひとつが、時間の流れをゆっくりにしてくれるようだった。
彼に戦略を教わりながら、少しずつ緊張がほぐれていく。
そして、ふと気になって、勇気を出して話題を変えた。
「ランドリーさん、配信って……ゲーム以外にもやってるんですか?」
「はい。最近は歌とか、お菓子作りも始めて」
「えっ、お菓子作り……! 私も今度、挑戦してみようかな」
「それは楽しみですね。よかったら、今度一緒にやりましょう!!」
そのひと言が、不意打ちすぎて――
一瞬、止まってしまった。
(……一緒に?)
嬉しくて、でも戸惑ってしまう。
なんて返せばいいかわからず、少し間を置いてから、やっと「……はい」と答えた。
少し落ち着いたころ、彼がふと、こんなことを聞いてきた。
「どうして、このチームを選んだんですか?」
「えっと……選んだっていうより、唯一入れてもらえたチームだったんです」
そのことを話すと、過去のことも少しだけ口にしていた。
「最初は他のチームに入ってレベルが上がったら、自分のチームを作りたいって思ってたんです。でも、思ったよりうまくいかなくて。だから、今はこのチームでちゃんと役に立てるようになりたくて……」
彼は静かに聞いてくれて、それから少しだけ照れたように笑った。
「キャプテンになりたいって思えるの、すごいですね。僕は……そういうタイプじゃないから……」
彼の謙遜は、飾らない本音のように聞こえた。
少しだけ、彼の繊細さに触れた気がした。
(なんだか、似てるかもしれない…)
不器用で、でも誠実で。
そういうところに、惹かれてしまう。
***
配信が終わったあと、ランドリーにお礼のメッセージを送ろうとして、何度も入力しては消した。
(変に思われないかな……)
それでも意を決して、短くまとめて送信。
「今日はありがとうございました。また、よろしくお願いします。」
――送ってから、たった1分後。
「こちらこそ、今日はありがとうございました。明日以降もよろしくお願いします」
それだけの返信だったけど、画面を見たまま、私はしばらく動けなかった。
(嬉しい……)
そのままゲームの話に続いて、気がつけば配信の裏話や、お互いの小さな悩みなんかも話していた。
ふと画面の時間を見ると、もう2時間以上も経っていた。
「そういえば、時々チームでオフ会もやってるので、時間があればぜひ」
その言葉に、思わず画面越しに微笑んでしまった。
(会ってみたいな……いつか、実際に)
「東京とかって来られますか? 今って、どのあたりに住んでるんですか?」
「今は東京です。上京して。出身は名古屋なんです。」
「え!? ……僕も名古屋出身です! 今は東京ですけど」
「地元も同じで、……すごい偶然ですね」
「ほんとですね。親近感、すごく湧いてきました。もし地元トークしたくなったら、いつでもどうぞ」
その言葉が、胸の奥にふわっと温かく広がっていく。
——こんな偶然が、あるんだ。
(もしかして――この人が、あのとき美月に言われた“ツインレイ”……?)
顔も、本当の名前もまだ知らない。
でも、画面越しでも、感じることがある。
そんな甘い予感に包まれながら、私はそっと目を閉じた。