第5話 声をなくした夜
配信を始めて半年が経った頃、フォロワー数は五千人を超えていた。
それでも一人で暮らしていくにはほど遠く、相変わらず親の援助を受けながらの暮らしが続いていた。
(いつまでも甘えていられない。本気で、やるんだ)
私は決意を固め、東京への引っ越しを決めた。
防音設備のある部屋。静かな夜。配信に集中できる環境。
しかし、そのための初期費用は大きく、またしても親の力を借りることになった。
感謝と罪悪感が残ったまま、私は東京へと移り住んだ。
新しい生活は慣れないことばかりだった。
生活費を稼ぐ為、オンライン家庭教師のアルバイトを始める事にした。
そんなある日、憧れていた配信者・天将からダイレクトメッセージが届いた。
「よければ、今度一緒に配信しませんか?」
画面を見つめる手が震えた。
「……はい、ぜひよろしくお願いします!」
共演者は他にもいたが、天将と共演できるだけで夢のようだった。
配信当日。開始一時間前にはすべての準備を終えて、ぎこちない呼吸のままログインする。
そこには、他の配信者たちがすでにいて、明るいテンポで雑談していた。
「初めまして、蛍野光です。今日はよろしくお願いします」
そう自己紹介をしたものの、会話に入るタイミングが分からない。
笑顔で相づちを打つだけで、言葉が喉で止まった。
天将がうまくフォローしてくれたおかげで配信は問題なく終わった。
でも、私の存在は風のように軽く、誰の記憶にも残らなかった気がした。
その後、彼から誘いの連絡が来ることはなかった。
それでも、コラボの効果は大きかった。
視聴者は増え、その配信の3ヶ月後にはフォロワー数が一万人を超えていた。
戦闘の操作も上達し、コメント欄の温度も少しずつ上がっていった。
(このまま頑張れば、きっといつか配信だけで生活ができる。)
希望が、ほんの少しだけ現実に手を伸ばしかけた頃だった。
雑談配信で、天将との共演を話題に出したときのこと。
>「天将とコラボしたからって調子に乗るな」
コメント欄に流れた一行が、胸をえぐった。
思わず口から出た。
「……そんなに悔しいなら、見てるだけじゃなくて自分もやってみれば?」
一瞬、コメント欄が止まり、次の瞬間には嵐のような言葉が流れ込んできた。
>「何様?」
>「売名行為のくせに!」
配信終了後、メッセージには誹謗中傷の嵐。
冷たい活字が、画面越しにこちらの心をじわじわと蝕んでくる。
特に堪えたのは、翌朝ログインしたときのことだった。
フォロワー数が、一晩で三百人以上、減っていた。
画面を見た瞬間、胸に鈍い痛みが走った。
その数字が、まるで自分自身の評価のように思えて。
(ああ……やってしまった)
そのとき初めて、私は本当に“言葉”が怖いと思った。
その日から、私は口を慎んだ。
配信では笑顔だけを浮かべ、無難な言葉を選び続けた。
やがて中傷は減り、フォロワーも少しずつ戻ってきた。
でも、かつてのように、素直な言葉がすぐ口に出ることはなくなった。
あの日、私は“声”をひとつ、失ったのかもしれない。
けれど、ある日の配信後、一通のコメントが心に残った。
「前よりストレートな言葉は減ったけど、それでも光ちゃんの言葉が好きです」
その言葉が、静かに私の胸を叩いた。
私はまだ、誰かの夜に寄り添えているのかもしれない。
だから、今日も配信ボタンを押す。
――誰かの夜に、小さな灯をともすために。