第4話 追いかける背中
翌日も配信を続けた。
山道の奥で遭遇したのは、巨大な蛾のようなモンスター。どうにか倒したものの、体力はほとんど残っていなかった。それでも私は、ひとりで前に進み続けた。敵を倒すたびに経験値が入り、レベルがじわじわと上がっていく。
その姿を見て、視聴者も少しずつ増えていった。
私はその日、初めて“前進している”という手応えを得た。
さらに次の日、思い切ってゲーム以外の雑談配信にも挑戦してみた。
(……あまり自信はないけど、本の話なら)
スマホを固定し、手元だけの簡単な配信スタイル。紹介したのは、最近読み返した大好きな一冊。ずっと心に残っていたセリフや、登場人物の苦悩、自分と重なって見えた部分――。
「この主人公、自分が何者か分からなくて悩むんですけど……私も、ちょっと似てるかもしれないなって」
話しながら、気づけば胸の奥にあった思いが、ぽろぽろと言葉になっていた。
コメント欄には
「その本、私も読んだことあります!」
「紹介がわかりやすくて好き!」といった温かな声が並んでいた。
「ナチュラルに話すのがいいね!」「落ち着いた声で癒やされる」
ささやかな応援がリアルタイムで届く。
(少しだけ“自分らしさ”を出せた気がした。)
そうして、3ヶ月が経った。
ゲームのレベルは32。視聴者数は30~50人前後で安定し、少しだが常連リスナーもできていた。
そんなある日、画面の中に、ずっと憧れていた配信者《天将》の姿が現れた。フォロワー数100万人を超える、トッププレイヤーのひとりだ。
漆黒と金を基調とした重厚な装備。背中には巨大な刀剣。
周囲のプレイヤーが思わず足を止めるほど、その存在感は圧倒的だった。
彼が乗るのは、真紅のたてがみを持つ黒馬。
(本物だ……)
「初めまして。私は蛍野光といいます。あなたに憧れてこのゲームを始めました。もしよければ……私を天将さんのチームに入れていただけませんか?」
震える声でそう話しかけると、彼は少し沈黙してからこう言った。
「レベルは?」
「……32です」
「最低でも60は欲しいな。俺は、人を育てるのが苦手なんだ。ただ、俺についてきたやつらが、勝手に強くなっただけで」
冷たいようで、どこか優しさのにじむ声だった。
「でも、せっかく出会ったんだ。何か困ったことがあれば、相談くらいには乗るよ。じゃあ、またな」
そう言って、彼は馬に乗って去っていった。
配信のコメント欄には「惜しかったね」「レベル上げ頑張れ!」といった励ましの声が並ぶ。
(よし……もっと強くならなきゃ)
それからの3ヶ月、私は黙々とレベル上げを続けた。
配信も欠かさず続け、ついにレベルは60に到達。初期エリアから周囲の森や洞窟を攻略し、マップ全体の約3分の1をクリアするまでに成長していた。戦闘の操作にも、やっと手応えを感じられるようになってきた。
――けれど。
チーム戦に参加するには、どこかのチームに所属していなければならない。でも、まだ誰からも声はかからなかった。
(焦らなくていい。きっと、私にもいつか――居場所ができる)
そう自分に言い聞かせて、私はまた配信ボタンを押す。どんな未来が待っているのかはわからないけれど、少なくとも今は、進み続けるしかなかった。