第3話 レベル1の出逢い
私はゲームの世界の街に足を踏み入れた。
私のアバターは、白と赤を基調とした騎士の装い。金属の肩当てが輝き、腰には細身の片手剣、手には小さな丸盾を構えている。黒髪は後ろでひとつにまとめている。
街に足を踏み入れたものの、見慣れない景色にどこへ向かえばいいのか分からず、しばらく立ち尽くしていた。
すると、一人の男性プレイヤーが声をかけてきた。
「初めまして。僕は《ミラクルキッド》っていうんだ。あなたは?」
彼のアバターは、銀色の鎧を着た騎士だった。
背中には紺色のマントが揺れ、腰には一本の剣をさしている。
「初めまして。蛍野光です。……今日が初日で、何をしたらいいのか分からなくて」
「そうだったんだね。それなら、ちょうどいいよ。僕は《ミラクルワーカー》っていう初心者サポート向けチームのキャプテンなんだ。よかったら、うちのメンバーに会ってみない?」
その言葉に少し安心して、私は彼のあとをついていった。
ゲーム内の街はファンタジー風の建物が並び、中心には大きな噴水がある。その広場に集まっていたのは、男女3人のプレイヤーだった。
「今はこの4人で活動してるんだ。みんな、彼女は今日から始めた《蛍野光》さんだよ」
キッドが紹介してくれたのは、
井伊和太郎、ランドリー、キャリーレイ
和太郎は重厚な戦士風の鎧を身にまとい、肩には巨大な斧を背負っている。
ランドリーは黒と青を基調にした、アサシン風の装備。どこか影のような静けさが宿っている。
キャリーレイは優雅な魔導士のローブに包まれ、手には魔法の杖が輝いている。
「よろしくお願いします。蛍野光です」
私が挨拶すると、それぞれが優しく応じてくれた。
「僕もまだ初心者みたいなもんだよ。一緒に少しずつ覚えていこうね」と、和太郎がにこやかに言う。
「和太郎さんは僕よりずっとプレイ歴長いじゃないですか!」 と、ランドリーが笑いながら言う。
「覚えが悪いのが悩みでね。若い君たちには敵わないよ」
メンバーのやり取りは和やかで、少しだけ安心した。そんなとき、ふとキッドの姿が見えなくなっていることに気づいた。
「キッドさん、どこに行かれたんですか?」
「たぶん、商店でアイテムの補充かな。光ちゃんは、他のプレイヤーと話した?」
「いえ、ミラクルワーカーさん達が初めてです」
「この《ソルジャーアドバンス》は、基本は、チーム制のオンラインRPGでね。いろんなプレイスタイルがあるから、自分に合った仲間を見つけるのが大事なんだ。焦らなくていいよ」
「はい。ありがとうございます」
和太郎は、街の外にある低ランクゾーンでの戦闘について丁寧に教えてくれた。
「少し、一緒に戦ってみる?」と誘ってくれたそのとき――
「僕たちは、もうこの周辺のクエストは終わってるんです。今は街に戻って補給中って感じで」
ランドリーの声は、先ほどとは違い、落ち着いたトーンで淡々としていた。よそよそしいというよりもどこか距離を取ろうとしている印象を受ける。
「ランドリーって、人見知りなんだよね」
キャリーレイが笑っていった。
「そうなんですね」
ランドリーは、それきり何も話さなかったが、不思議とその声だけが、耳に残った。
そのタイミングで、キッドが戻ってきた。
「ごめんね、光さん。また今度ゆっくり話そう」
「いえ、大丈夫です。自分なりに頑張ります」
「よし、それじゃあ次のダンジョンに向かおうか!」
「はい!」
チームのみんなが声を揃えて返事をし、別れ際にキッドが私に声をかけてくれた。
「光さん、またどこかで会おうね。今はまだ始まったばかりだし、自分のペースでいいよ」
「はい。また会いましょう。ありがとうございました!」
彼らが去ったあと、私はひとりで街を出た。
最初に出会ったのは、初級エリアに出現するクマ型のモンスターだった。剣を振る。ガードする。キーを押し間違えて、危うくやられかけながらも――なんとか、一体目を倒すことができた。
「やった……!」
胸が高鳴った。心臓の鼓動がうるさいほど響いている。
勝利のエフェクトが消えたあとも、しばらく手が震えていた。
ふと配信画面に目を向ける。視聴者は8人。コメントは、ひとつだけ。
> 「ナイス!初撃破おめでとう!」
短い言葉だったけれど、今の自分には何より嬉しい励ましだった。
「……今日はこのへんで終わります。ありがとうございました」
静かに配信を切る。画面が暗転し、部屋の静けさだけが戻ってきた。
布団にもぐり込んだけれど、なかなか眠れなかった。頭の片隅に、あのチームの人たちのことが浮かぶ。キッドの明るさ、和太郎の親切さ、キャリーレイの気遣い。
そして――ランドリー
(……あの人、やっぱり不思議だったな。会話は少なかったのに、なぜか声だけが残っている)
*
ランドリーは、ログアウト後、アーカイブを見返していた。「光」というプレイヤーが、心に引っかかったまま消えなかった。理由は分からない。なぜか――また、どこかで会いそうな気がした。