表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第2話 再出発の光

父は正義感の強い弁護士だったが、

一人娘の私にはいつも優しかった。


弁護士になる。それが“私の夢”だと信じて疑わなかった。


大学を卒業して、司法試験にも三度挑戦した。

でも、結果はすべて「不合格」。それはまるで、積み上げた年月すべてを否定されたようだった。


――27年間、私はいったい何のために生きてきたんだろう。


部屋に閉じこもり、カーテンも開けず、灯りすらつけない日々。

冷えた空気の中で、変わらず手を伸ばせる場所にあったのは、かつてからの趣味だったオンラインゲームだけだった。


ゲームの世界では、何者でもない自分でいられる。

そこには合格も失敗もない。ただ、走って、戦って、生き延びるだけ。


ある日、気まぐれにシューティングゲームを起動し、仲間募集をかけてみた。

すると、二人のプレイヤーが参加してきた。


「はじめまして、よろしくお願いします」

「ランクはいくつですか?」

「私はテンプラーです」

「俺は……ミスティック」


どちらも高ランクの実力者だった。彼らの連携は、まるで訓練されたチームのようで、私は圧倒されながらも引き込まれていった。


ふと漏らした、

「実況向いてないかも……」

という独り言。

配信者ってすごいな……と、動画で見かけた華やかなプレイ画面を思い出す。

私には、あんなふうに話しながらプレイなんて到底できそうになかった。

そんなとき、どちらかがこう言った。


「仲間と旅するRPGも面白いよ。“ソルジャーアドバンス”ってやつ」


その言葉が、なぜか胸に残った。


***


検索してみた“ソルジャーアドバンス”の配信では、

騎士のようなキャラクターが仲間たちを守りながら戦っていた。


剣を振るい、盾を構え、時には背中を預け、時には先頭を切って走る姿。

その画面に映る光景が、目に焼きついて離れなかった。


――かっこいい。こんなふうに、誰かを支えられる人になりたい。


その瞬間、心の奥に灯りがともった気がした。

弁護士を目指していた私とは、まったく違う場所。

でも確かにそこに、“自分の居場所”があるように思えた。


***


「私、配信者になりたい」


父にそう告げたのは、ある晩の夕食後だった。

テーブルの向こうでは、母が静かにお茶を注いでいた。


箸を止めた父は、無言のまま私を見つめていた。

そしてしばらくの沈黙のあと、言った。


「……そんなの“遊び”じゃないか」


その言葉に、胸がひどく痛んだ。

けれど、今は引けない。


「遊びじゃない。人生を変えたいの。もう一度、自分の足で立ちたい!」


声が震えていた。けれど、目だけは逸らさなかった。


父はしばらく私を見ていた。

そして、顔を背けるようにして小さく言った。


「……やるなら、責任を持ってやれ。途中で投げ出すな」


それは、父なりの精一杯の“承認”だったのだと思う。

母は、

「あんたらしくていいじゃない」

と、穏やかに微笑んでくれた。


“夢の終わり”ではなく、“新しい出発”だと、家族が受け入れてくれた。


***


ゲーム配信に必要な機材は、学生時代に買い集めていたものが揃っていた。


配信者として名乗る名前を考えていたとき、お風呂でふと歌っていた

「蛍の光」が頭に浮かんだ。


――どんなに暗い夜でも、自分だけの光を持っていたい。


そんな願いを込めて決めた名前、

蛍野ほたるの ひかり


***


「初めまして。蛍野 光です。今日から配信を始めます!」


緊張しながら発した第一声。

選んだゲームは、あの“ソルジャーアドバンス”。


ベッドに腰かけた女性キャラが、木造の小さな小屋で目を覚ます。

薄明かりの差す草原へと一歩踏み出すその姿が、なぜか他人事に思えなかった。


最初の指示コメントが画面に流れた瞬間、胸の奥が小さく震えた。


(…できれば、自分の力で進みたい)


現実では自信を失ってしまったけど、

この世界でなら、もう一度自分を信じてみたくなった。


ゲームの中の自分が、少しずつ歩き出すたびに、

現実の私も、確かに前へと進んでいる気がした。


こうして――私の“新しい人生”が、静かに、でも確かに始まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ