第2話 再出発の光
父は正義感の強い弁護士だったが、
一人娘の私にはいつも優しかった。
弁護士になる。それが“私の夢”だと信じて疑わなかった。
大学を卒業して、司法試験にも三度挑戦した。
でも、結果はすべて「不合格」。それはまるで、積み上げた年月すべてを否定されたようだった。
――27年間、私はいったい何のために生きてきたんだろう。
部屋に閉じこもり、カーテンも開けず、灯りすらつけない日々。
冷えた空気の中で、変わらず手を伸ばせる場所にあったのは、かつてからの趣味だったオンラインゲームだけだった。
ゲームの世界では、何者でもない自分でいられる。
そこには合格も失敗もない。ただ、走って、戦って、生き延びるだけ。
ある日、気まぐれにシューティングゲームを起動し、仲間募集をかけてみた。
すると、二人のプレイヤーが参加してきた。
「はじめまして、よろしくお願いします」
「ランクはいくつですか?」
「私はテンプラーです」
「俺は……ミスティック」
どちらも高ランクの実力者だった。彼らの連携は、まるで訓練されたチームのようで、私は圧倒されながらも引き込まれていった。
ふと漏らした、
「実況向いてないかも……」
という独り言。
配信者ってすごいな……と、動画で見かけた華やかなプレイ画面を思い出す。
私には、あんなふうに話しながらプレイなんて到底できそうになかった。
そんなとき、どちらかがこう言った。
「仲間と旅するRPGも面白いよ。“ソルジャーアドバンス”ってやつ」
その言葉が、なぜか胸に残った。
***
検索してみた“ソルジャーアドバンス”の配信では、
騎士のようなキャラクターが仲間たちを守りながら戦っていた。
剣を振るい、盾を構え、時には背中を預け、時には先頭を切って走る姿。
その画面に映る光景が、目に焼きついて離れなかった。
――かっこいい。こんなふうに、誰かを支えられる人になりたい。
その瞬間、心の奥に灯りがともった気がした。
弁護士を目指していた私とは、まったく違う場所。
でも確かにそこに、“自分の居場所”があるように思えた。
***
「私、配信者になりたい」
父にそう告げたのは、ある晩の夕食後だった。
テーブルの向こうでは、母が静かにお茶を注いでいた。
箸を止めた父は、無言のまま私を見つめていた。
そしてしばらくの沈黙のあと、言った。
「……そんなの“遊び”じゃないか」
その言葉に、胸がひどく痛んだ。
けれど、今は引けない。
「遊びじゃない。人生を変えたいの。もう一度、自分の足で立ちたい!」
声が震えていた。けれど、目だけは逸らさなかった。
父はしばらく私を見ていた。
そして、顔を背けるようにして小さく言った。
「……やるなら、責任を持ってやれ。途中で投げ出すな」
それは、父なりの精一杯の“承認”だったのだと思う。
母は、
「あんたらしくていいじゃない」
と、穏やかに微笑んでくれた。
“夢の終わり”ではなく、“新しい出発”だと、家族が受け入れてくれた。
***
ゲーム配信に必要な機材は、学生時代に買い集めていたものが揃っていた。
配信者として名乗る名前を考えていたとき、お風呂でふと歌っていた
「蛍の光」が頭に浮かんだ。
――どんなに暗い夜でも、自分だけの光を持っていたい。
そんな願いを込めて決めた名前、
“蛍野 光”
***
「初めまして。蛍野 光です。今日から配信を始めます!」
緊張しながら発した第一声。
選んだゲームは、あの“ソルジャーアドバンス”。
ベッドに腰かけた女性キャラが、木造の小さな小屋で目を覚ます。
薄明かりの差す草原へと一歩踏み出すその姿が、なぜか他人事に思えなかった。
最初の指示コメントが画面に流れた瞬間、胸の奥が小さく震えた。
(…できれば、自分の力で進みたい)
現実では自信を失ってしまったけど、
この世界でなら、もう一度自分を信じてみたくなった。
ゲームの中の自分が、少しずつ歩き出すたびに、
現実の私も、確かに前へと進んでいる気がした。
こうして――私の“新しい人生”が、静かに、でも確かに始まった。