第17話 真実の名
三ヶ月の沈黙を破って、ついに届いた一通のメッセージ。
彼が選んだ言葉と、二人の関係が大きく動き出す―― 。
年が明けて、暫く経った。
吐く息が白く広がり、街路樹の枝先には小さな氷柱が光る。
ランドリーがいなくなって、三ヶ月が経った。
画面の中のイベントも何度か切り替わった。それでも、彼の名前がチーム一覧に戻ることはなかった。
ランドリーがいなくなったこの三ヶ月、私はアンチの目から逃れるように、チームのみんなと協力して、休む事なく戦い続けた。
彼の不在を「光のせい」だと非難する声は静まることはなく、匿名掲示板を、呪いのように確認してしまう日々。
それでも、ゲームを辞めれば全てが真実になってしまう気がして、毎日配信を続けた。
彼の抜けた穴はあまりに大きかったが、私は自分のスタイルを模索し、 みんなと――特にリーダーのミラクルキッドと積極的に意見を交わした。 キッドはチーム戦術を一から見直し、私自身もその過程で大きな役割を果たした。
その結果、ランドリーに頼り切っていた頃よりもチームの連携は深まっていき、気づけば私のレベルは100を超えていた。数字だけ見れば十分な成長かもしれない。
私は、日々の配信を続けながらも彼の事を思い出さないようにしていた。
だけど、つい彼のSNSの更新がないか確認してしまう。
(自分自身で誓ったでしょ。前だけを向くって)
自分に言い聞かせて、波打つ心臓を必死に抑えた。
そんなある日だった。
突然、スマホに一通のメッセージが届いた。
> 「久しぶりです。元気ですか?急に連絡してごめんなさい。話がしたくて、今度、会えますか?」
ランドリーからだった。
メッセージを、何度も、何度も見返す。
ようやく彼に会える。なのに、喜びよりも先に、胸の奥から湧き上がる怖さが私を支配した。
(はっきり距離を置きたいって言われたらどうしよう)
(それとも、もう配信者として一緒にはできない、とか…)
怖さと、三ヶ月間も音信不通だったことへの怒りにも似た意地が、私を突き動かした。
その日、私は返信しなかった。彼が、私の返信を待つ時間。私が味わった孤独を、少しでも彼に感じてほしかった。
***
「キリシマ」の名前で予約していると伝えられていた。
それが彼の本当の名前なのだろうか――。
指定された個室の割烹レストランには、いつもと違うスーツ姿の彼がいた。大人びたその姿に、三ヶ月の空白を思い知らされた。
彼の目の前の席に座りながら、彼からの返信を遅らせた自分の意地の小ささに、どこか自己嫌悪を感じていた。
三ヶ月、彼のことを忘れて成長しようと努めたはずなのに、結局、連絡を受ければすぐにここに来てしまう。必死に蓋をしてきた、彼に対する未練と依存を、私はまだ手放せていなかった。
「……久しぶりです。」
そう言った彼の声は、どこか緊張していた。けれど、その瞳には迷いがなかった。
「連絡せずにごめんなさい。…でも、ちゃんと伝えたくて…」
運ばれてきた温かいお茶の湯気の匂いが静かな空間にふわりと漂う。
ランドリーは静かに湯呑みに手を伸ばし、一口お茶を飲んだ。
「……あつっ」
彼は小さくつぶやき、少しだけ顔をしかめた。その手のひらが、ほんのわずかに震えているのが見えた。
私は、思わず小さく微笑んだ。久しぶりに見た彼の、どこか不器用な表情が、胸の奥を温かくした。
「食事が来るまで、待ちましょうか」
「うん」
前菜が運ばれてきても、私は箸を持たず、彼の言葉を待った。
ランドリーは静かに話し始めた。
「僕、配信者として…恋愛は絶対に隠さなきゃいけないものだって、ずっと思ってました。それがリスナーへの誠意だと信じていました。でも、それが正しいのか、ずっと…ずっと考えていました」
彼は、一言ずつ、噛み締めるように言葉を紡いだ。
その瞳は、逃げることなく、まっすぐに私を見つめている。
「…僕、光さんのことが本気で好きです」
その言葉に、心臓が大きく跳ねた。胸の奥が一気に弾むのを感じた。
「これは、ただの一時の感情じゃないです。…できたら、結婚を前提に、お付き合いして下さい。…光さんが、ありのままの自分でいられるように、守って行きたいです」
言葉が、まっすぐに胸に届いた。信じられなくて、夢みたいで、でも彼は真剣だった。その覚悟の重さに、私はすぐには言葉が出なかった。
「……急にそんなこと言われても、戸惑いますよね。」
ランドリーは少し苦笑いを浮かべた。けれど、その目は決して揺れていなかった。
私は、震える唇で小さく微笑んだ。
「……ううん。驚いたけど、嬉しいよ。……私も、ずっと好きだったから。」
その瞬間、彼の表情がふわりとほどけた。あの日、公園のベンチで、カフェで、私だけに見せてくれた、あの優しい笑顔だった。
その後、私たちは食事をしながら静かに話を続けた。
配信者として、これからどうしていくか。お互いのスタイルを守りながら、リスナーにどう伝えていくか。
そして――
「ねえ……」
私は小さく息を飲んでから、口を開いた。
「……私の本当の名前、言ってもいい?」
ランドリーは、少し驚いたように目を見開いて、それから柔らかく頷いた。
「うん。僕も、言いたかったです。」
お互いに、そっと名前を伝え合った。
画面越しじゃなくて、アバターでもなくて、誰でもない私たちの本当の名前。
「私の名前は、白瀬 凛(しらせ りん)」
「僕の名前は、霧島 颯(きりしま
そう)」
その瞬間、心の奥にあった壁が、音もなく溶けていった気がした。
「隠すのが正しさじゃなくて、信じてもらうことが覚悟なんだと思う。」
颯の言葉は、静かだけど力強かった。
私は、そっと手を差し出した。彼が、その手を両手で包むように優しく握り返す。
たったそれだけで、世界が変わったように感じた。
読んでいただきありがとうございます。
ついに互いの真実の名前を打ち明け合った二人。
隠す恋から、守りたい絆へ――。
次回、物語は最終話を迎えます。どうぞお楽しみに。




