第13話 揺れる境界線
穏やかの時間のはずが、心に小さな影が落ちる。
揺れる気持ちと、言えない本音。
二人きりで過ごした、あの穏やかな時間から数日が経った。
コメント欄に
>「最近ちょっと仲良すぎじゃない」?
なんて言葉が並ぶようになってから、私は少し距離を置くべきなのか悩んでいた。
配信者としての自分と、現実の彼と過ごす時間――その境界が、曖昧になっていくのが怖かったのかもしれない。
それでも。
ランドリーからの誘いを、どうしても断れなかった。
(少しだけでも一緒にいられたら)
そんな気持ちが、気づけばすぐ返事を打たせていた。
配信のあとにメッセージを交わしたり、ときどきゲーム内で二人でパーティを組んだり。
そんな何気ないやり取りだけで、胸の奥がほっと温かくなるような日々だった。
ある日、二人で再び訪れたカフェ。
そこには、静かで柔らかな時間が、緩やかに流れていた。
そのとき、不意にかかった声――
「…… ランドリー?」
顔を上げると、そこに立っていたのは、帽子とサングラス姿の女性だった。
「えっ……あっこんにちは」
ランドリーが少し驚いたように答える。 女性は私に視線を向け、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「へぇ珍しいねえ。ランドリーが女の子と一緒にいるなんて……。デート?」
冗談めかした口調。けれどその奥には、明らかに探るような色が混じっていた。
「いえ、ただの……友人です、よ」
ランドリーの声は、途端に小さい声になったが、はっきりと私にも聞こえた。
「ただの友人」―確かに、私たちはまだ付き合っているわけじゃない。
頭ではわかっているのに、胸の奥で確かな痛みが広がった。自分がこの関係に勝手に期待していたことを、まざまざと突きつけられたようだった。
作り笑いをしようとしたが、頬がこわばって動かない。
目の前のテーブルに視線を落とした。
「そっか、……ごめんね、お邪魔して」
軽く手を振って、彼女は何事もなかったように去っていった。 けれど、その背中は確かに何かを残していた。
カフェを出て駅までの道。 さっきまで弾んでいた会話は、自然と途切れがちになった。 歩幅だけが並び、言葉が見つからなかった。
改札前で私はようやく口を開いた。
「……さっきの人、みなとさんだよね」
「声でわかった」
「うん。びっくりした……」
そして、もうひとことだけ
「……あの人って、前に……ランドリーさんに気持ちを伝えた人、だよね?」
ランドリーが、小さく息を飲んだのがわかった。
「うん。……だいぶ前の話だけど」
私の中のざわつきが、やっと形になった。 だからだった。あの笑い方、あの探るような視線――
「……やっぱり、そうなんだ。」
呟きながら、胸の奥が苦しくなった。
ランドリーは何か言いたげだったけど、結局、何も言わなかった。
「今日は、ありがとう……」
「……こちらこそ」
二人の間には、冷え込む秋の空気が沈んでいた。
私は改札を抜け、ふり返らずに電車へ向かった。 背中にランドリーの視線を感じながらも、振り返れなかった。
***
その夜、ランドリーはひとり、編集作業をしていた。 暗い部屋に浮かぶモニターの光が、やけにまぶしく感じる。
画面には、数日前に光とパーティ組んだときの映像。 笑い合う声。自然な掛け合い。 心から楽しかったあの時間。
けれど今、その映像の中の彼女が、少し遠く感じた。
(……あんな顔、させてしまった)
後悔が胸を刺す。
ただの友人――それが、どれほど彼女を傷つけたのか。 しかも、みなとの前で。
言えなかった。「大切な人」―― たったそれだけの言葉を。
「ただの友人」――それは、誰よりも自分を守るための言葉だった。
でも、本当に守りたかったのは、彼女だったはずなのに。
罪悪感と自己嫌悪が、じわじわと胸を締め付ける。
優しいふりをして、本音から逃げて、彼女を遠ざけるような自分が、情けなかった。
そして今はただ、暗い部屋で光るモニターを眺めることしかできなかった。
読んでくださってありがとうございます。
次回、ランドリーの過去と心の傷が明らかになります。
二人の関係はさらに揺れ動きます。ぜひご期待ください。




